4001 徴Ⅱ
皆様、明けまして御目出度う御座います。
新年最初の投稿は未公開の新作。『徴Ⅱ』、お楽しみ頂ければ幸いです。
4001 『徴Ⅱ』
午後の日差しの中、ウッドデッキのベンチでのんびり過ごす。
晩秋とは言え、良く晴れた日は暖かくて気持ち良い。
それにしても、庭の木立を飛び回る小鳥達。雀にメジロ...
何故、小鳥達は全く警戒しないんだろう?
管さんは狐、雪は犬。此処までは、まあ分かる。
でも、鵬は巨大な猛禽だぞ?あまりにも無防備な気がするけど。
「お父さ~ん。」
翠の声、だ。藍と二人、庭で虫取りをすると言ってたけど。
この季節、虫は殆どいない。テントウムシの越冬場所でも見つけたのか。
「お父さ~ん。早く来て。藍が、変なモノ捕まえたの。早く。」
変なモノ?翠はテントウムシを知ってるから...
翠が知らない、晩秋の虫。大型の蛾とか、カマドウマの類い?
ウッドデッキを下り、二人の所に向かう。
「今まで、見た事がないモノなんだけど...」
俺を見上げる翠の瞳に困惑の色。翠が、見た事のないモノ?
「ガ、だよ。ちょっと、おおきいだけで。」
藍は虫籠を背中に隠した。普通の蛾なら、隠す必要は無い。
というか、何時もなら得意気に、虫籠の中を見せてくれるのに。
「藍。捕まえたのは蛾、なんだよね?」 「...うん。」
「じゃあ隠す必要は無いでしょ。虫籠を見せて。」 「でも。」
「大丈夫。蛾じゃなかったら、どうするか一緒に考えよう。」
「ホント?」 「うん。」
しかし、藍が差し出した虫籠を見た瞬間、思考がフリーズした。
何だ、これ?
ぱっと見は、大型の蛾。
翼の色と模様は、ヒメヤママユに似ている。しかし。
体の模様は...いや模様じゃない。着物?
そして頭部。俯いてるけど、髪の毛と横顔が見える。
『これ』は、虫じゃない。
妖、だ。
一瞬の後、思考が急加速。しかし、混乱が思考を上回る。
『これ』は、お屋敷の結界をどうやって抜けた?
何故、管さんや鵬は『これ』に反応しなかった?
深呼吸。懸命に心を静める。
「ええと、翠。」 「はい。」
「お母さんか、お姉さんを呼んできてくれる?出来るだけ急いで。」
「うん。分かった。」 次の瞬間。
「お待ち下さい。」
背後から聞こえた声。そっと、振り向く。
「お父さん。あれ...」 翠も、魅入られたように足を止めた。
虫籠の中のものより、かなり大きい。
白い、着物みたいな服が目に付く。何より、大きな眼、とても綺麗な顔。
心の奥に、不思議な感情が湧き上がる。
何となく嬉しいような、懐かしいような。何故、だろう?
「どうか、その者を籠から出してやって下さいまし。
そのままでは、長く保ちません。」
目の前、距離は1m位。
羽はハッキリ見えないけど、『それ』はフワフワと浮いている。
既視感。やっぱり、見覚えが有る。
一体、何時、何処で?
「重ねてお願い致します。その者を籠から出してやって下さいまし。どうか。」
「お父さん。このままだと、この子、死んじゃうの?」
藍の声。我に返る。
「そうだね。出してあげようか。」
「うん。もう、かんさつしたから。」
蓋を開けると、『それ』は蓋に手を掛けてた。
虫籠を出て、何度か羽を動かした後、ゆっくりと浮き上がる。
「有り難う御座います。」
『それ』は、安心したような笑顔と声音。
「失礼ですが、以前何処かで、お会いした事が?」
「はい。あなたのお祖母様とは旧い知り合いです。
その縁でお母様とも、そして何より。
幼い頃から、我らはR様を、本当に良く存じておりますよ。」
『それ』も、俺を知ってる?
「お祖母様とお母様の術で、R様の記憶は封じられました。
ただ、既に術は解けたようですし、これなら如何ですか?」
不意に、『それ』を中心にして光の輪が拡がった。
いや、光の輪では無い。光を放つ無数の羽。
何時の間にか『それら』が俺達を取り囲んでいた。
やはり、前にも、この情景を見た事が有る。一体、何時?
心と記憶の奥底から湧き上がる、激しい感情。
懐かしいような、何となく嬉しいような。
「あなた様を、我らの里にお連れするつもりでした。
それを、あなたのお祖母様とお母様は、良く思われなかったのです。
ですから、我らはお祖母様とお母様の寿命が尽きるのを待って、
目的を達成するつもりでした。」
つまり、俺を、妖の住処に?
「しかし、あなたは『あの方々』と出会い、変わりました。
我らの手など、到底及ばぬ存在へ。」
「祖母と母が、僕の記憶を封じた後も、僕の事を...」
「勿論です。最初の内は、あなたを里にお連れする機を覗うために。
あなたが『あの方々』と出会ってからは、その変化を見届けるために。
我らが、この場所に自由に出入り出来たのは、
あなたを里にお連れするのを諦めていたからでしょう。」
『あの方々』? それはSさん、姫、そして『あの人』の事か。
『それ』は、俺が3人に出逢う前からずっと、そして出逢った後も?
「左様。あなたが、この場所に居を移した後は、特に優れた者を。しかし。」
『それ』は抑えきれないように、クスクスと笑った。
「我が一族有数の...それを、まさか素手で。
そう言えば、二人は虫取り網を持っていなかった。
この季節。もう、網を使う虫はいないと思っていたから。
「それを見つけた姉君も、捕まえた弟君も。あなた以上に興味深い御方。」
一瞬で、心が醒める。
「子供達を里に。もし、そうお考えなら、私も祖母や母と同じく。」
「いいえ、それは違います。」 「では、どういう?」
「あなた方との友誼を結び、その行く末を見届けたいのです。
許して頂けるなら、あなた方の求めに応じ、我らの力をお貸し致しましょう。
『あの方々』の力に比べれば、微々たるものでは御座いますが、何卒。」
不意に、右肩に重さを感じた。視界の端に、白い毛の塊。
「申し出を受けよ。」 管さんの声。
「あれらは、極めて旧く、強い力を持つ種族。
何の影響も無いので、これまでの出入りを咎め無かった。
しかし、正式に友誼を結ぶと言うなら、姫にも若にも、将来の助けになろう。」
「でも、SさんとLさんには。」
「必要なら我から説明する。心配ない。それに、あれを見よ。」
翠と藍の周りを、『それら』が飛び回っている。
そして、翠の手や藍の肩に舞い降りているものも多い。
どうする?俺の独断で決めても良いのものだろうか...
只でも二人は人ならぬモノとの関わりが濃すぎて心配なのに。
その時、二人の笑い声が聞こえた。
屈託の無い、無邪気な。そして『それら』の笑い声も。
やはり、『悪意』を感じない。それなら...
「翠、藍。」 二人は振り向いた。
「なに?」 「お父さん?」 やっぱり、何もかも、何時もと同じ。
「それ、二人が捕まえたのは妖で、沢山いるんだけど。」
「うん。」 「すごく、キレイだよね。」
「二人と、友達になりたいって言ってるんだけど、どうする?
お母さんとお姉さんじゃなく、二人に決めてもらいたいと思って。」
「なにを、きめるの?」 藍は不思議そうな表情。
翠は、藍の後ろでニコニコ笑っている。
「...いや、だから、友達になるかどうかを二人に。」
「もう、ともだちだよ。ね、おねえちゃん?」
「うん、みんな、友達。」
「やはり、若も姫も、我らが見込んだ御方だ。」
それから暫く、辺りは明るい笑い声に包まれた。
『徴Ⅱ』完
本日投稿予定は1回、任務完了。
次作の検討と投稿準備のため、明日からお休みを頂きます。
1月7日追記
お休みの間、別系統の作品を投稿致します。




