0302 旅路(上)②
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0302 『旅路(上)②』
2時間ほど車を走らせて○▲神社に到着。やはり、相当な人出。
案内の人の指示に従い、神社から少し離れた臨時駐車場に車を止めた。
2人がお洒落をしているので、窮屈だが俺もスーツを着ている。
車を降り、神社への道を3人並んで歩いていると、Sさんが言った。
「私たち、家族に見えるかしらね。」 「ふふ、じゃ私は末の妹ってことで。」
「私は長女、R君は真ん中ね。」
「何というか、出来の悪いのが一人混じってて申し訳ないです。」
『そんなことはない』と2人は笑って否定してくれたが、
冴えない男がモデル顔負けの美人と一緒なのは、正直気が引ける。
しかも今日は美人が2人。公平に見て、とても3人が家族には見えないだろう。
芸能人2人とネージャーならありそうかも、考えているうちに神社に着いた。
列に並んで初詣の順番を待つ。案の定、彼方此方から2人に視線が集まる。
中には彼女連れなのに呆然と2人に見とれ、彼女に肘打ちを喰らった青年もいた。
『無理もないよな』青年に同情していると、ふと、嫌な視線を感じた。
それとなく視線の方向を窺う。
明らかにソッチ系の若い男が下卑た笑いを浮かべている。
Sさんに話した方が良いか考えながら、もう一度様子を窺うと、男の姿は無かった。
順番が来たので3人で初詣。その後は境内の出店を見て回る。
姫はとにかく食べ物を買いたがって、
Sさんが止めるのも聞かずに、焼きそばや焼き鳥、
お団子や今川焼きなどを大量に買い込み、仕上げに豚汁を注文。
嬉しそうに出店の横のテーブルについた。
「さあ、早く食べましょう。」
昼食からそれ程時間が経っていない。
食べきれない分が回ってくるのは目に見えていたので、
ホットコーヒーだけを買おうとすると、
Sさんが「帰りは私が運転する。」と言って、生ビール(大)を買ってくれた。
姫が気前よく買い物をしたので店のおばさんも機嫌が良い。
姫の前に豚汁を置きながら「姉弟仲が良くて結構ですね。」等とお世辞を言う。
結局焼きそばと豚汁の半分以上は俺が食べ、
お団子と今川焼きはSさんが手伝って何とか完食した。
「もうお腹が一杯で動けません。」姫はぐったりしている。
「初めてではしゃぐのも分かるけど、これに懲りて買い物はほどほどにしてよ。」
「は~い。」と返事はしたものの、姫にしょげた様子はなかった。
これから能が奉納されるらしいが、それを見てからでは帰りが遅くなる。
大きな風船や何かを欲しがる姫をたしなめながら、
来た道を逆に辿って、空き地を囲っただけの臨時駐車場に戻った。
駐車場の出入り口には大きく『満車』の表示が出してあり、
案内の人もいなくなってる。
もう日暮れが近い。
仮設の照明は点いているが、臨時駐車場は既にかなり薄暗かった。
車を停めた場所に向かおうとした時、背後から声をかけられた。
「よお、仲が良くてうらやましいな。
綺麗なおねーちゃん2人、俺たちにも貸してくれよ。なあ。」
振り向くと若い男が2人立っていた。
その後ろにスーッと黒い車が停まり、もう1人降りてくる。
参拝の列に並んでいた時に見た男。迂闊だった。
消えたのではなく仲間を呼んできたのか。
2人に目をつけてずっとチャンスを待っていたのだろう。
Sさんに話しておくべきだった。
3人相手じゃ、まず勝ち目はない。
能の時間が近いせいか、あいにく周りに人影も無い。
「見ての通り、これから帰る所なんだ。悪いな。」
言いながらそれとなく相手の様子を窺う。
「このまま帰れる訳無いだろ。舐めてんのか、え?」
最初に声を掛けた男が凄む。
最後に車から降りた男は運転手だから...一番下っ端だろう。
だとすれば、最初からずっと黙っているもう一人が多分コイツ等の頭。
この男を狙い、相手が混乱してくれたら、Sさんが姫を誘導して逃げられるかも。
「舐めてなんかいないよ。ヒビってるんだ。」
一歩前に出ようとしたところで、Sさんが俺の左手を掴んだ。
「待って。」 囁くような声。
俺の右側から、すうっと前に出たのは姫。
だけど、その後ろ姿に違和感。何か変だ。
女の子の方から無造作に近寄ってきたので、3人は呆気にとられている。
そこに、姫がちょこんと頭を下げて声を掛けた。
『こんにちは。良いお正月ですね。』
驚いた。それは確かに姫の声。
だが、その声に川のせせらぎのような、木々の葉が風にざわめくような、
そんな不思議な響きが重なって聞こえてくる。
こんな声は生身の人間には出せない。全身がザワザワと総毛立った。
姫は男達の車を指さして続けた。
『あの車の傍に蝶々が飛んでますよ、見えますか?』
男達が一斉に振り返る。
『ほら、金色に光る蝶々、綺麗でしょ。』
姫の言葉が空気を震わせる。軽い目眩の後、俺にも蝶が見えた。
男達の車の運転席近く。
掌ほどもある金色の蝶が2片、悠々と飛び回っている。
正月に蝶?いったい何処から現れたのか、まるで手品のようだ。
「これ以上は駄目、耳を塞いでて。」
Sさんが俺の正面にまわり、両手で俺の耳を覆ってくれた。
その手にギュッと力が入る。柔らかく、温かい感触。
すぐ後に姫が何か言ったのは聞こえたが、言葉までは聞き取れない。
その途端、3人の男が次々に膝をついたかと思うと、そのまま地面に倒れた。
一番手前の男は呆けた顔で開いた口から涎を流している。
「早く、誰かに見られたらまずいから。」
Sさんの声、姫が足早に戻ってくる。
素早く車に戻り、姫と俺が後部座席に乗り込むと、
Sさんが直ぐに車を発進させた。
男達の車とは反対方向の出入り口から駐車場を出て一般道に戻る。
「折角の初詣なのに、最後でとんだ邪魔が入ったわね。」
「あれも、『術』なんですか?」 「そう、とても古い術。」
Sさんは、何だかとても楽しそうに見えた。
「元々は神懸かりした依代が神託を告げる時、稀に見られる現象で、
それを基にして開発されたと伝わってる。でも、体質依存が特に強い術だから、
あの完成度で使いこなせるのは多分Lだけ。私もあの術は苦手なの」
「Sさんに任せると絶対に度を過ぎて、Rさんには刺激が強いと思ったので、
今日のお仕置きは私が担当しました。お目出度いお正月ですから、ごく軽めで。」
いやあれでも十分刺激は強いです。Sさんならあれ以上って、一体どんだけ?
「アイツ等、私たちが参道を歩いてる時から嫌らしい目付きでこっち見てたの。
お正月だから大目に見ようかと思ったけど、実際に手を出してきたら、
やっぱりお灸を据えてやらないとね。ま、30分もすれば眼が覚めるでしょ。」
俺が気付くよりずっと前に、Sさんは気付いていたと。
相手が悪すぎる。まあ、何というか、正月早々不運だったな。自業自得だけど。
姫にそっと尋ねた。
「最後に何て言ったんですか?」
「『お花畑の中で、蝶々見ながら寝てなさい』って、
それならあの人達も、怖くないですよね?」
大の男が3人、女の子一人相手に何も出来ずに昏倒した。
その点こそ、あの男達のトラウマ(心的外傷)になるのは間違いない。
なら、『お花畑の中で蝶々』の幻視は、心の傷をより深くするだけだろう。
でも、反論はしない。悪意を持った男達に、100%の非がある。
姫はただ、相応の反撃をしただけ。しかも姫なりの手加減までして。
それにしても、あまりに怖ろしい能力。
その声だけで、自在に幻視を見せて相手の心を操るなんて。
それは当然、何の道具も使わず、声の届く全ての相手に、
たった一人の術者で対応できることを意味している。
もし、放送機器を使ってあの声を流しても効果が同じだとしたら...
姫の体ごと、その能力を欲しがる者達が現れるのも無理はない。
そして、姫のあの能力でさえ、俺の常識の遙か彼方。
なのに何故、あれを直接聞いて、Sさんは何ともないのか?
そして姫の力ですら『その一部』でしかない力を持っていたという、
『姫の母親』とは一体?
その一端をこの眼で見たとはいえ、術者の力はあまりに想像外。
混乱したまま、気持ちを整理出来なかった。
Sさんは運転しながら何か考え込んでいる様子。ほとんど喋らない。
姫は俺の右肩に寄りかかり、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
可愛い寝顔。窓の外を流れる光の河。何時の間にか、俺も寝てしまった。
『旅路(上)②』了
本日投稿予定は2回、任務完了。
明日は『旅路(中)』、2回投稿予定。頑張ります。