0301 旅路(上)①
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0301 『旅路(上)①』
「あの、次の週末位にはアパートに戻ろうと思っているんですけど。」
金曜日の夜。リビングでSさんとハイボールを飲みながら、俺は切り出した。
既に姫は部屋に戻って、もう熟睡している頃だろう。
姫の誕生日を無事に乗り越え、平穏な日々が戻ってきたのだし、
いつまでもお屋敷に居候させて貰う訳にもいかない。
昏睡中に減った体重もほとんど元に戻って、体調も充分回復している。
Lさん、Sさんと離れるのは正直寂しいが、もうそろそろ、と思った。
ボロい軽で40~45分。ロードバイクを走らせても多分一時間半。
大した距離じゃない。そう、自分に言い聞かせる。
「Lが寂しがるわよ?あの娘、君がいつ此処を出るって言い出すか心配で、
最近少し情緒不安定になってる。君にも分かるでしょ?」
「それは分かりますが、何時までも居候させて貰う訳にもいかないので。」
Sさんが俯いてグラスを揺らした。
細い綺麗な指、リビングに澄んだ音が響く。
やがてSさんは顔を上げ、真っ直ぐに俺を見詰めた。
「ねえR君、君、此所に住まない?私もLも、もう君を家族だと思ってる。
君がずっと此所に住んでくれる方が絶対Lには良いし、私も嬉しいわ。」
「でも、僕は今、家賃も食費も」
「だ・か・ら、そんな事気にしないで!家族なら家賃も食費も要らないでしょ。
第一、Lの事ではどれだけお礼をしても足りないくらいなのに、
家賃や食費なんて貰ったらそれこそ天罰が下るわ。ね、そうして頂戴。」
「じゃあ、新しいバイトが見つかるまでは此処に置いて貰うと言う事で。」
Sさんは悪戯っぽく笑った。
「実はね、君のアパート、11月末で解約済みなの。
『Rの姉ですけど、Rは体調崩して暫く入院するから』って言ったら
簡単だったわよ。別に嘘ついた訳じゃないし、
君の印鑑や委任状を準備したせいもあるとは思うけど。
アパートに残ってた荷物も、全部倉庫に運んであるわ。」
「...じゃ、僕は今、ここ以外に住む場所が無いって事ですか?」
「君の実家には住めるでしょうけど、かなり遠いでしょ?」
「ちょっと強引な気がしますが。」
「ごちゃごちゃ言わないの。それとも何、此所の暮らしに不満でもあるの?」
「いえ、是非、此所に住ませて下さい。お願いします。」
「うん、良い返事。」 Sさんはニッコリ笑って俺の頭を撫でた。
そんな訳で、俺は正式にお屋敷の一員としての生活を始めた。
今から大学へ戻っても留年は決まっているので大学へは戻らず、
Sさんから術の基本を教えてもらって修行したり、
街で新しいバイトを探したり、もちろん姫と2人で出かける事もあって、
とても楽しく充実した日々を過ごしていた。
充実した日々が過ぎるのは速い。
あっというまに年の瀬となり、迎えた大晦日。
皆で夕食後のコーヒーを飲んでいると、
姫が『初詣に行ってみたい』と言い出した。
初詣や出店を取り上げているTVのニュースを見て興味を持ったらしい。
俺には陰陽道と神社がどう関わるのか判らないので黙っていたが、
Sさんはかなり乗り気だった。
「少し遠いけど○▲神社なら特に障りも無いし、
結構賑やかだから良いんじゃない?」
「そこが良いです。みんなで行きましょう、ね。」
姫は遠足前日の子供のようだ。
「明日は元旦の祀りがあるけど、その後ならOK。R君、運転お願いね。
それから、元旦の祀りに君も参加してもらいたいの。時間は朝6時、正装で。」
「はい。」 Sさんの言葉で明日の予定がぴしりと決まった。
翌日の夜明け前。
俺は荷物の中から大学の入学式に着たスーツを引っ張り出した。
欠伸をしながらネクタイを締め終わり、身なりを確認していると、
姫が呼びにきてくれた。その姿を見て、思わず溜息。
目が覚めるような真白の着物と袴姿、
髪を結い上げた姿はまるで巫女さんのようだ。
いつものふわっとした感じとは違って、きりっと凛々しい。見惚れてしまう。
「あの、似合ってませんか?」
「いや、あんまり似合ってるのでビックリしちゃって。」
慌てて言い訳した後、姫に確認した。
「僕の方こそ、このスーツで大丈夫ですか?」
「大丈夫です。じゃ、行きましょう。」
案内されたのはお屋敷の図書室。
図書室の奥には扉があり、いつ見ても閉じていたが、今日は開いている。
姫はためらわずにその扉の中へ入っていく。俺も後に続いた。
扉の中へ入って驚いた。
そこはお屋敷の雰囲気とは似ても似つかぬ畳貼りの広大な和室で
部屋の奥には一段高い板張りの部分があり、竹(笹?)と注連縄(?)で
小さな祭壇が組み上げられていた。祭壇の真ん中には小さな炎が見える。
祭壇の横にはSさんが座っていた。Sさんも姫と同じ、純白の着物と袴。
ただでも隙のない人だが、今日は更に厳粛な雰囲気。
巫女さんというより女神様のようだ。
姫に促され、祭壇の前に姫と並んで正座する。脚が持つといいんだけど。
Sさんが立ち上がり、祭壇と俺たちに一礼した後、祝詞を奏上(?)した。
意味は分からないが、澄んだ声を聴いているうちに、
心が洗われ身が引き締まるような気がする。
祝詞が終わった。
Sさんはもう一度祭壇に一礼して膝を付き、三方を捧げ持った。
膝立ちで俺たちの前に進み、まず姫に三方を差し出す。
「私と同じように、人型は私の取るものとは別のものを。」
姫が小声で教えてくれる。
三方の上には白い紙人形が2体載っている。『身代わり』と同じ形。
姫は手をついて一礼し、そのうちの一体を取って、
ある動作をして三方に戻した。一礼。
俺も見よう見まねで、姫のとは別の人型をとって同じ動作をした。
人型を三方に戻して一礼。
Sさんが祭壇に向き直り、小さな声で呪文のような言葉を唱えながら、
人型を炎の中へ入れる。二枚目の人型を入れた時、
思いの外炎が大きく燃え上がって部屋の壁が赤く染まる。
次の瞬間、火のついた小さな紙片が舞い上がり、俺のすぐ前に落ちて燃え尽きた。
Sさんは、一瞬、その紙片に鋭い視線を向けたが、
その後は何事も無かったように袱紗で灰を拭き取って、俺たちに一礼した。
「退出します。」また姫が小声で教えてくれる。
どうやら脚はもってくれたようだ。手をついて祭壇に一礼し、部屋を出た。
「あとは私たちだけの仕事です。部屋に戻って待っていて下さい。」
姫の横顔が緊張していたのが、何となく気になる。
部屋に戻って待っていると、一時間程で姫が呼びに来てくれた。
「朝食です。」もう既に洋服に着替えていて特に変わった様子もない。
ダイニングのテーブルにはお雑煮の椀が並んでいた。
それと立派な重箱のお節料理。Sさんが微笑む。
「今年は3人分だし、男の人もいるから大きい重箱を使ってみたの。」
「Sさんのお節、美味しいんですよ。」 「お節料理も作れるんですか?」
「ちょっと手抜きしてるけど、一応はね。手作りの方が美味しいし。」
一体何時作ったんだろう? 年末、そんな様子は見えなかったが、
本当に底の知れない人だ。
「初詣、朝はかなり混むと思うから少し落ち着いた頃、
そうね、昼ご飯が済んだら出かけましょうか。あ、そうだ。これ、お年玉。」
「ありがとうございます。」 「え、僕も貰って良いんですか?」
「Rさんはまだ社会人じゃないから貰えるんです。一緒に買い物出来ますね。」
姫は本当に楽しそうだった。
『旅路(上)①』了
『旅路』投稿開始。
本日は2回投稿予定。一回目完了です。