3602 召喚②
3602 『召喚(下)』
「子供の頃、お父さんも好きだったよ。さっきみたいな番組。」
「ホント、に?」
「うん。まだ『感覚』が働いてなかったから、
怖がって、それを楽しんでいたんだね。
『感覚』が働いていたら、きっとお祖母ちゃんに怒られてたと思う。」
「『怖いTVを面白半分で見ちゃいけません』って?」
「そう。」小さな、笑い声。
「じゃあ、TVの続き、どうする?」 「見ても大丈夫、かな?」
「『式』がいたなら、悪い事は起きなかった筈だよ。見たい?」
「うん。」 翠の顔に笑みが戻った。
その後は体験談の再現ドラマとUMAコーナー。
翠の感覚も、スタジオの式も、活躍する機会はなかった。
「実は、昨夜翠と2人で視たんですよ。『心霊●▲特集2時間スペシャル』
マズかったですかね?まだSさんには話していないんですけど。」
姫と2人で夕食の準備をしている。子供達とSさんはリビング。
穏やかな夕方の一時。
「全然問題有りません。昨日は、
『見せなければ済むという時期じゃない。』って、Sさんも。」
やっぱり、事前の禁止が無かったのはそういう意図が有ったから。
「それなら良かった。その番組の中で、
その、何というか、ちょっとした異変が起きたので。」
「ちょっとした異変、ですか?」
姫の眼に宿る光が強くなった気がした。
「心霊系の動画を紹介するコーナーの途中で、
翠が『怖いものが来てる』って。動画自体は多分作り物ですけど、
スタジオの雰囲気に惹かれて『何か』が寄ってきてたんだと思います。」
「それで、術者が前もって配置していた式が発動したんですね?」
心臓が、止まるかと思った。
「あの、どうしてそれを?Lさんは、番組を視ていないのに。」
姫は優しく笑って鍋を火に掛けた。
「あのTV局には一族の人が働いていて、そういう番組や企画が有ると、
『お祓い』を依頼されるんです。でも、実際には式を封じた代を配置して、
次の依頼が来た時にその状態を確認して対応する、そう聞きました。」
『お祓いでは、その後に起こる怪異には対応できない。』
その予想は当たっていただけでなく、本当に一族の術者が関わっていたなんて。
「それで、翠ちゃんには見えたんですか。式の、姿が。」
「見えていた、と思います。トンボみたいな形だと言ってましたから。」
「Rさんには?」
「見えませんでした。気配が移動するのは、分かったんですけど。」
姫は小さく溜息をついた。
「やっぱり適性の違い、なんでしょうね。
それに翠ちゃんの感覚はかなり鋭いし。」
「ええと、『式』って写るんですか?ビデオとか、写真とかに。」
俺は気配を感じ、翠が姿を見たなら、
収録した映像には『何か』が記録されている筈だ。
「私、実験した事が有るんです。
昼寝してる管を、『●ルンです』とデジタルカメラで撮って。」
「どうして、2種類?」 珍しく、姫は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「『デジタルカメラが普及してから心霊写真』が減った』という話、
聞いた事がありますか?」
「はい。『デジカメだと二重露光みたいなトリックが使いにくいから』だ、と。」
デジカメのついたケイタイやスマホを持ち歩く人が増え、
心霊写真が撮影される可能性はむしろ高くなっている筈なのに、
撮影された心霊写真の数は減っている。とすれば、
デジカメ普及以前の心霊写真はほとんど偽造という結論を導くのに無理はない。
「本当にデジタルカメラでは心霊写真が撮れないのか、確かめたかったんです。
2種類のカメラで撮影した管の写真を比べたら、手がかりになると思って。
式も幽霊も妖も、私達とは『在り方』の違う存在だし、
実際に幽霊や妖を相手にする時に、写真を撮っている余裕は有りませんから。」
確かに、仕事中は一瞬の油断が命取りになりかねない。
悠長に写真の撮り比べ実験なんて出来る訳がない。
その点、管さんがモデルなら100%安全だし、
管さんはもともと独立した妖。幽霊の代わりの実験台としても最適だろう。
「それで結果は、どうだったんですか?その実験の。」
「10枚ずつ写真を撮撮って、『●ルンです』で式の姿が撮れたのは2枚。
デジタルカメラで撮れたのも2枚。4枚とも少し少しボケてました。
だから、デジタルカメラでも本物の心霊写真は撮れると思います。」
デジカメでも撮れる? じゃあトリックって話は...いや、それよりも。
「昼寝してたんなら、管さんが『見える』時に撮ったんですよね?」
「はい。いつものウッドデッキの端っこで。」
肉眼でハッキリ見える管さんが、写真では10枚中たった2枚ずつ?
「不思議、ですね。姿は見えるのに写真に写らない事の方が多いなんて。」
「以前は幽霊の数が少ないから本物の心霊写真も少ないんだと思ってましたけど、
そんな単純な話では無いみたいです。それに、もっと不思議なのは。」
姫はサラダボウルにレタスとミニトマトをたっぷり盛りつけ、テーブルに運んだ。
「式の姿が映っていない写真でも、『気配』を感じるんです。
まるで『見えない何か』が、写真やデータに記録されているみたい。」
一体、それがどういう理由なのか、俺には想像もつかない。
しかし、それはまるで昨夜、翠が見たという『式』と同じ状況。
「姿は見えないけど『気配』を感じるというのは、
昨夜の僕と同じですね。あの番組の。」
「はい。管の姿は写っていなくても、
その写真やデータには確かに『何か』が記録されていて、
私たちはそれを『気配』として感じる。
けれど、翠ちゃんは多分、映像として見る事が出来るんです。」
「ただ、普通の人が写真に記録された『気配』を感じるのは稀でしょう。
だから、そんな写真が心霊写真と言えるかどうかは分かりません。
その写真が間違いなく『本物』だとしても。」
本物だが、心霊写真とは...ふと、思い出した。
昨夜の番組、本物の心霊写真。
ビーチの家族連れの背景に立つ、若い男の後ろ姿。
髪型も、海パンの模様もハッキリと写っていた。
「昨夜の番組で紹介された中に、本物の心霊写真があったんです。
管さんを狙って撮っても、
その姿が写る確率が2割(10枚の内2枚)位だとしたら、
心霊写真が偶然に撮れるなんて有り得ない気がするんですが。」
「偶然なら、本当に『有り得ない』くらい確率は低いでしょうね。
でも偶然でないなら、『有り得ない』から、
『たまには起こる』位の確率にはなるかも知れません。」
「え?偶然でないならって、そんな事が。」
「結婚の記念写真、憶えてますか?」 「はい、憶えてますけど。」
数枚の記念写真。
家族全員で撮った一枚は引き延ばして、今も俺の背後の壁に飾ってある。
「全部の写真に写っていましたよ。ほら、その写真にも。」
姫の視線を辿り、振り返る。
あ。
姫の足下に蹲る、小さな白い影。
まるでペットが家族と一緒に。そうだ、確かに5枚とも。
『管さんも家族ですから、全員集合ですね。』
俺自身がそう言って笑ったのを思い出した。
「きっと、その気になれば写真に写る事が出来るんです。
管さんも、妖も、幽霊も。
それがこの写真みたいに、良い事ばかりじゃ無いのが問題なんですけど。」
内容は別にして、心霊写真は此の世ならぬ存在からのメッセージ? それなら。
「Rさん。」 「あ、はい。」
「完成です。配膳は私が。皆に声を掛けて下さい。
お喋りしてた割には時間通りですね。」
ダイニングを出て、リビングに向かう。
Sさんと翠の気配。藍と丹の気配はかなり薄い。
丹のミルクと藍の離乳食の世話を考えれば神展開。流石にSさんだ。
声を掛けようとした時、2人の会話が耳に入った。 思わず足が止まる。
「ホントだ。TVで見たのと同じだね。すごく綺麗。」 これは、翠の声。
足が動かない。盗み聞きではなく、ただ、2人の会話を邪魔してはいけない。
その時、何故かそう思った。
「この式をTV局に配置したのは、一族最高の術者の1人。名前は『炎』。」
「もう、その男の人はいないの?」
「...そう。もう、いない。だからお母さんが、その仕事を引き継いだの。」
Sさんは男だなんて一言も。なのに翠は何故それを?
そして、『上』を通してその依頼を受けていた術者は、炎さんだった。
端正な顔、黒いスーツの長身。まるで昨日の事のように目に浮かぶ。
初対面の日、炎さんは俺の背中に式を貼り付けた。
通常ではあり得ない、数多くの適性。それを併せ持つ術者。
一族の未来を拓こうとした旧い計画。その計画の『最高傑作』。
「こんなに強い式を封じるには紙の代じゃ駄目。
湿気も黴も平気な、例えばこれ。紫水晶。」
そう言えば、あの不思議な墓地を護る当主様の式は、
美しい翡翠の代に封じられていた。
「お母さん。その代、どうするの?」
「この仕事を継いだんだから、この代を出来るだけ早くTV局に届けて。
でも、お母さんの式に翼を持つ者はいない...
そうね、翠のお友達に頼むのはどう?
もし式が発動した後に入り込んだ悪いモノがいたら、
それを片付けてからこれを配置する。」
「良いのかな? 翠と、翠のお友達で...」
『・・・怒り故で無く、憎しみ故で無く。悲しみ故に。』
Sさんの声。 まるで謡うような、不思議な調子。
それは式を使役する術者の、誓詞の一節。
『ただ、はらから(同胞)の、あんねい(安寧)のために。』
鈴を振るような、翠の声が、Sさんの声を追いかける。
「そう。これは遊びじゃない。面白半分でなく、真剣なお仕事だと、誓える?」
「はい。誓い、ます。」
「良く分かった。じゃ、お友達を呼んで。翠は、偉いね。」
直後。突然の強風が、庭の木々とお屋敷の窓ガラスを揺らした。
『召喚(下)』了/『召喚』完
『召喚』、完結です。本日投稿予定は1回、任務完了。
次作の検討と投稿準備の為、明日からお休みを頂きます。




