0212 出会い(結)
R4/5/29追記
こちらにも「いいね」を頂きました。
随分前に投稿した作品ですので、とても嬉しく思います。
有り難うございました。
0212 『出会い(結)』
夢を、見ていた。
暗闇の中。誰かが、耳元で俺に呼び掛けている。
若い女性の声。優しくて、凜々しくて、とても心地良い。
ああ、俺は知っている...これは、誰の声だったろう。
「ごめんなさい。2人の意識を同調させたままだったから、
あの時、あなたも引き摺られてしまったのね。
でも、もう、戻って。ここはあなたのいるべき所じゃない。
あなたを待っている人の所へ、戻って。」
俺を待っている人? ふと、姫の顔が浮かんだ。
泣き虫のあの娘は、俺を待っていてくれるのだろうか。
!? いや、待て。 一体、今日は何日?
突然、目の前が明るくなった。 眩しいけど、構ってる暇は無い。
姫の誕生日は? 姫は無事か?
慌てて体を起こすと、俺はベッドの上。
左腕の点滴、真っ白いシーツ、そして消毒薬の匂い。
『病、院?』
その時、ドアが開いて何かが落ちた音がした。
床のレジ袋、ペットボトルが回転しながら転がって来る。
「R君!」
病室の入り口にSさんが立っていた。
ベッドの横の椅子に腰を下ろし、Sさんは俺の手を握った。
「良かった。ずっと、待ってた。」
そうだ、思い出した。 Sさんなら、きっと知ってる。
「あの、今日は? Lさんは?」
「大丈夫。確かにKは術を解いてくれていたし、誕生日も無事に過ぎたわ。
とても強い術だから後の手当てが必要だったけど。きっと、もう直ぐ戻れる。」
「それ位ならSさんが。」 Sさんは寂しそうに、首を振った。
「私は、失格だもの。」 「失格?」
「私、あなたを死なせる所だった。
最後にあなたの意識に干渉した時、Kは瀕死の状態。
ただ一途にあなたに会いに来ていたの。
あの干渉には一欠片の邪気も無くて、だから私には反撃の手段が無かった。
もし、Kが本当にあなたを連れて行く気だったら、私は止められなかった。
あの時、あなたが連れて行かれていたら、私は。」
そこまで一気に喋って、Sさんは黙った。俺の手を握って俯いている。
いつも背筋を伸ばして『うん、良い返事。』と言うSさんらしくない。
それが、とても哀しかった。
「軍師の作戦を信じたのに、僕は犬死にの、死に損ないですか?」
「...犬死にの、死に損ないって。」 Sさんの頬に一筋の涙。
胸が痛い。でも、これだけは、聞いて欲しい。絶対に。
「軍師が自分の作戦を『間違ってた』と言ったら、
作戦を信じて戦って死んだ兵士は、それこそ犬死にです。
Sさんを信じて、自分を信じて、僕は必死でした。
Lさんを助けるために、死んでも良いと思って頑張ったのに、
Sさんは、あの作戦が間違っていたと言うんですか?
あれが最善の策では無かったと?」
「あの時、あれ以上の結果は望めなかった。でも、それはあなたが。」
「結果が良かったなら、作戦が正しかったという事です。
作戦が正しかったからこそ、僕は今、此処で生きてます。
全部、Sさんのお陰です。失格だなんて、言わないで下さい。」
「ありがとう。でも、『上』に頼んで、暫く休むことにしたの。
もう、哀しいだけの戦いは嫌。」
Sさんは、とても疲れているように見えた。
俺は10日間、昏睡状態だったと聞かされた。
昏睡から覚めたのは12月1日。月が替わっていて、何だか損した気分。
『体力はかなり消耗しているが、意識さえ戻れば特に問題は無い。』
という診断が出ていたそうで、その日の内に退院許可が下りた。
翌日。退院して、Sさんの車でお屋敷に帰った。
木々の中にそびえる大きなお屋敷。初めて此処に来た時と全く変わってない。
それが、何だかとても、懐かしかった。
俺を迎えに来てくれたSさんは幾らか元気になっていて、
消耗した俺を心配して、入浴や食事、色々と世話を焼いてくれた。
その夜。Sさんは一晩中、俺に寄り添っていてくれたが、
何かの拍子に小さくすすり泣く声が聞こえた。
Sさんの心の傷が癒えるのには、まだまだ長い時間が必要なんだろう。
きっと『あの人』の最後の姿が、Sさんの考え方を変えつつある。
でも、俺にはそれが悪い変化だとは思えなかった。
明け方、Sさんが眠ったままで涙を流した時、
昔、母が歌ってくれた子守唄を口ずさみ、Sさんの髪を撫でた。
この優しい人が、せめて暫くの間でも、ゆっくり休めると良い。
そう思いながら。
翌朝。遅い朝食を食べていると、
Sさんが『Lは明日帰れるって。』と教えてくれた。
俺の意識が戻った事は直ぐに知らせたけれど、
誕生日から一週間は様子を見てからでないと帰れないらしい。
「『直接話すと帰りたくなるから電話は繋がないで』って言ってたわ。
あの娘らしくて、可愛いわね。」
そう言って、Sさんは笑った。また少し、元気になっていた。
姫がお屋敷に帰ってきたのは、12月3日の午後。
車のエンジン音が聞こえたので玄関まで迎えに出る。
脱いだ靴を揃えて立ち上がり、振り向いた姫と眼が合った。
わずか10日余りの間に見違える程大人っぽくなり、
大人の女性としての魅力さえ漂わせている。
そして、その姿は否応なく『あの人』の記憶を呼び起こし、胸が痛んだ。
Sさんが姫の荷物を持ってさっさと奥へ引っ込んでしまったので、
何となく気まずい雰囲気の中、2人、玄関先で見つめ合っていた。
黙っているのに耐えられなくなって、俺が先に声を掛けた。
「お帰りなさい。」 「...ただいま。」
姫の表情は少し硬く、会話もぎこちないが、まあ仕方無い。
「無事に帰って来てくれたんですから、
あの時の事で言い訳する必要は無さそうですね。」
「馬鹿っ!」
平手が飛んで来た。左頬、派手な音。
「痛。」
「あんなに優しく、『あの人』を抱きしめて。」
「私を、置いて行こうとして。」
「『あの人』に、あんな言葉を囁いて。」
「誕生日も、一緒にお祝いしてくれなくて。」
「こんなに長く、私を独りぼっちにして。」
「こんなに、心配させて。」
「ちゃんと...言い訳して下さい。」
姫の大きな目に、涙がいっぱい溜まっていた。
そっと抱き寄せる。姫は俺の首に両腕を廻し、声を殺して泣いていた。
小さくしゃくりあげる泣き声が、愛しくて愛しくて堪らない。
「あの時、僕に出来た全ての事を誇りに思ってます。後悔はありません。
最初から、『あの人』が貴方の術を解いてくれるなら、
何でもすると決めてました。『あの人』の姿と言葉に心が動きましたが、
それを疚しい事だとは全く思いません。
僕はそうするべきだったし、心からそうしたいと思ってましたから。
そして、貴方が『一番好き』だからこそ、
あの時、それが出来たと思ってます。」
そっと俺の腕を解いて、姫は真っ直ぐに俺の眼を見つめた。
どこまでも深く、深く澄き透った、綺麗な瞳。
その瞳は今、俺の心の中を見ている。
じぃぃぃぃん。
額から両耳の奥。耳鳴りのような、柔らかい振動。
姫と俺の、心の一部が重なっている。
「本当に、私が『一番好き』ですか?」 「はい、貴方が一番好きです。」
「私を置いて行きませんか?」 「はい、何処にも行きません。」
「ごめんなさい、私、Rさんの...信じるって...」
また、姫の目から大粒の涙が溢れた。
「謝る必要なんてありません。」 もう一度、姫をしっかり抱きしめる。
「僕の心を覗いても、貴方が悲しむ事は無い。言った通りでしょ?」
姫は俺の左肩に顔を埋めたまま、何度も何度も頷いた。
温かく、柔らかな感触。
もう、この人と離れる事は無い。いや、この人と離れてはいけない。
それは『約束』。
前世、今生、来世に渡って魂の縁を結ぶ、良き理の力。
『出会い(結)』了/『出会い』完
今回で『出会い』は完結。
お付き合い下さった皆様に心からの感謝を。
七夕の日に完結できた事に、不思議な縁を感じています。
次作について検討の時間が必要なので、本日は早めの投稿。
明日はお休みをいただきます。
代わりと言っては何ですが、明日は別系統の作品を更新します。
そちらもお楽しみいただければ幸いです。
【7/8・追伸】
検討の結果、次作は元々の順番通り『旅路』に決定しました。
知人が投稿していた掲示板、有志の方がまとめて下さったサイト等で、
今後の展開の先読みが可能ですので、
こちらへの投稿と読み比べて頂くのも面白いかも知れません。
さて、明日から、投稿再開。頑張ります。