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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第4章 2011~2013
121/279

3206 礎(下)④

作者の体調と話の展開の都合のため、短めの投稿が続きます。

どうか御了解の上、お楽しみ頂ければ幸いです。

3206 『礎(下)④』


「今、分かりました。」 父親の表情が、少し緩んだ。


「以前、瑞紀には、『力』を持っている事を鼻に掛けて、

他人を見下したような態度をとる所がありました。

でも、本土から帰ってきた瑞紀は変わっていたんです。

それはもう、親の私達がビックリする位に。」


父親はグラスの水割りを一口飲んだ。小さな、溜息。


「大学の勉強も、ノロの修行も、その他何事にも真剣で一生懸命で。

Rさんの親戚の家で働かせてもらいながら、

色々教えて頂いたと聞いていましたが、それだけでは無かったんですね。

Rさん達が、どれ程真剣に自分の『力』と向き合っているか、

それを肌で感じたから、瑞紀は変わったんです。

○子、これなら安心じゃないか?

瑞紀がお義母さんの後を継ぐのも、Rさんに瑞紀を任せるのも。」


「瑞紀が生まれた時、母に言われました。

『力を持って生まれたこの子が、ノロにもユタにもならず、

好き放題に力を使い続けたら、何時か魂が力に飲み込まれる。

この子が力を活かして生きる道は、ノロになるか、ユタになるしかない。』

それなら、ユタよりはノロに、なってくれた方が...」


? いや、本物のユタなら、それも立派な仕事だろう。

思わず、怪訝そうな表情を浮かべたかも知れない。

瑞紀ちゃんの父親は、俺の顔を見て微笑んだ。


「Rさん、ユタという言葉はユタの前では使いません。何故か分かりますか?」

「分かりません。それは、どうしてですか?」


術者、術師、あるいは陰陽師。

俺自身も含めて、一族の術者が、それらの名を憚る事などないのに。


「ユタに相談することを『ユタを買う』と言うんです。

金を積めば都合の良い事を言ってくれる、人の不幸につけこんで金を毟り取る。

そんなイメージが強いからでしょうね。」


そうか。ノロが『聖』なら、ユタは『俗』。

だからユタは畏怖の対象であると同時に、見下される対象にもなり得る。

その時、母親が顔を上げて俺を見詰めた。


「ユタになって『買われる』より、ノロになって尊敬される方が良い。

それに、例え入籍出来なくても、本当に好きな人と一緒になった方が幸せです。

Rさんは、きっと瑞紀を大切にしてくれる。Rさん、なら。」


「僕も瑞紀さんが好きですから、瑞紀さんの気持ちはとても嬉しいです。

だからこそ、真剣にお付き合いして、お互いの気持ちを育てたい。

でも正直、僕達の気持ちがどんな風に育つのか、それは未だ分かりません。

兄弟のような愛情に育つのか、男女の愛情に育つのか。そして。」


もう一度、瑞紀ちゃんの横顔を見詰める。

これで瑞紀ちゃんとの道が別れても、後悔しないと誓えるか。

いや、誓えるかではなく、誓うしかない。瑞紀ちゃんのために。


「さっきも言った通り、瑞紀さんには御両親の助けが絶対に必要です。

それが叶うなら、僕はずっと友人のままで構いません。

そして、もし、瑞紀さんが他の人を好きになるとしても、僕は」


「他の人を好きになるなんて絶対無い!! Rさん、酷いよ...どうして」


瑞紀ちゃんは両手で顔を覆って俯いた。小さな肩が震えている。

母親が見かねたように立ち上がり、隣に膝を付いて瑞紀ちゃんの肩を抱いた。


「大丈夫。ずっと応援するから、頑張って。

Rさん、どうかこれからも瑞紀を、宜しくお願いします。」

「有り難う御座います。僕は絶対に瑞紀さんを裏切りません。御安心下さい。」



レストランからの帰り道、小さな公園の駐車場に車を停めた。

瑞紀ちゃんはあれから一言も喋らず、目も合わせてくれない。


「瑞紀ちゃん。折角、御両親のお許しをもらえたんだから、

もう、機嫌直して。ね。」


「...友だちで良いって。他に好きな人が出来たらって。酷い。」


「酷いかもしれないけど、本当の気持ちだよ。」

「私、両親の許しなんてなくても、Rさんの」

その唇を人差し指でそっと抑えた。


「将来、子供が生まれても、瑞紀ちゃんはそれで良いの?」 「え?」

「お父さんが一族の当主に即位した時、Sさんは幼い頃に親戚の養女になった。

それが一族のしきたりだから仕方ないけど、辛かったと思う。

今だって、翠や藍をSさんの実の御両親に会わせるのには、特別な許可が要る。

Lさんは、早くに死別した御両親の顔も覚えていない。

だから自分の子供を愛せるのか自信が持てなくて、

子供を受け容れる覚悟が中々出来なかった。それで今年、やっと。」


「そんな...私、全然知らなかった。

2人はいつも素敵で、思い通りに生きているとばっかり。」

「今、此処に瑞紀ちゃんがいるのは、御両親のお陰だよね。

何時か瑞紀ちゃんを女性として好きになって、俺達に子供が出来たら、

一番に瑞紀ちゃんの御両親に喜んでもらいたい。

それが出来ない事情を経験してきたから、

これだけは譲れない。どんなに君を好きになっても。」


「R、さん。」


「俺がずっと瑞紀ちゃんと一緒に住めるとしたら、

運良く生き残って、術者を引退してからだよ。

だから子供を育てるには、どうしたって瑞紀ちゃんの負担が大きくなる。

御両親の助けが絶対に必要なんだ。

もし御両親の助けが得られないのなら、

瑞紀ちゃん一人に子育ての負担は掛けられない。分かって」


不意に胸が詰まって、言葉が途切れた。

今夜は言霊の力を封じると決めていた事も、

最後までそれを守った事も、気休めにはならない。

俺は正しいと、間違っていないと、確かめる術はないんだから。


次の瞬間、目の前に綺麗な顔。 吸い込まれるような、黒い双眸。

「やっぱり、私、馬鹿。いっつも我が儘で、自分勝手で。」


「そうじゃ無い。俺たちの一族のしきたりが、常識とかけ離れているだけで。」

「その一族の人のお嫁さんになるのに、自分の考えだけにこだわって。

だから私、やっぱり馬鹿。

Rさんは、こんなにも私を、私達の子供を大切に思ってくれているのに。」


俺の首に回った手に力が篭もる。

慌てて柔らかい体を引き離し、距離をった。


「ストップ、そこまで。未だ友達、なんだから。」

「もう、両親は許してくれたのに。」

「瑞紀ちゃんはまだノロになってない。約束、したでしょ?」

「...分かった、ことにする。」


何とか理性を保ちつつノロクモイの家に帰り着くと、玄関で翠が迎えてくれた。

その後ろに藍を抱いたSさんと姫。

2人は俺をそっちのけで、代わる代わる瑞紀ちゃんを抱きしめた。


「良かったね、瑞紀ちゃん。」

「Rさんは瑞紀ちゃんの事になると妙に鈍いんです。

去年の旅行の時にキチンとしてくれたと思ってたのに、結局今年まで。

ホントに御免なさい。」


「いいえ。Rさんは、ちゃんと話してくれて。両親も認めてくれたから、もう。」

「みずきちゃん。お祝いのおかしがあるよ。」 「うん、有り難う。」

ええっと、成功以外考えていなかったらしいこの段取りは一体?


「元々、この問題は○子が許す許さないでは有りません。

力を持って生まれたのですから、ノロになるかどうかを決めるのは瑞紀自身です。

そしてノロになると決めた切っ掛けはRさんへの想い。

瑞紀にはRさんとの縁があるという事。瑞紀は本当に幸せです。」


言葉とは裏腹に、たか子さんの表情は曇った。


「出来れば私、ノロになりたかった。

でも器が足りなくて。母と、瑞紀の助けになるなら、

私の人生にも意味があるのだと信じる事が出来ますけど。」


そうか、だから結婚せずにノロクモイの補佐をして、

通常の祭事なら仕切れる程の修行を続けて...


「たか子さん、あなたはこの集落に是非必要な人です。

今までも、そしてこれからも。

もしあなたがいなければ、ノロクモイは仕事を続けられなかった。

そうなれば、神々との契約は更新されぬまま、効力を失ってしまう。」


その言葉の、ゆったりと温かい響き。

でも、Sさんでなければ語れない、重い言葉。


「ノロは花、あなたは花を支える枝。

あなたが天命に従って生きてきたからこそ、

ノロクモイの今があり、瑞紀ちゃんの未来がある。

私は、そう思います。」


「有り難う、御座います。」 たか子さんはハンカチで目尻を押さえた。


「それで、瑞紀ちゃんがノロになるのに、どれくらいかかりますか?」

「母は、後継者と認められてから2年かかったと聞きました。

でも瑞紀は、既に、昨夜母の代役を務めました。

もしかしたら2年、かからないかも知れません。」


「ノロになったら、この集落を長期間、離れる事は出来ませんよね?」

「はい。どんなに長くても、二泊三日がギリギリです。」


「それまでに、瑞紀ちゃんに出来るだけ沢山の経験をして欲しいと思っています。

もちろん旅費も、旅行の段取りも、全部Rが責任を持ちますから。」


「宜しくお願いします。」

「あの、Sさん。僕は綺麗さっぱり置いてけぼりですが。」

「日本の美しい四季の景色、数ある古くからの祭事。

それらを瑞紀ちゃんに体験してもらうの。

そのナビゲーターをあなたにお願いしたいんだけど、やっぱり無理かしら?」


「いいえ、今は無理でも、それまでに頑張ります。絶対です。」

「うん、良い返事。」


『礎(下)④』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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