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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第4章 2011~2013
120/279

3205 礎(下)③

作者の体調と話の展開の都合のため、短めの投稿が続いています。

どうか御了解の上、お楽しみ頂ければ幸いです。

3205 『礎(下)③』


祭りの3日目は月曜日、昨日までに比べれば静かな雰囲気。

夕方から、公民館で祭事というよりは豊年祭っぽい演し物が色々あるらしい。

午前中は皆でのんびりと昼寝をし、午後からお祭りの雰囲気を楽しんだ。


瑞紀ちゃんの御両親と会ったのはその翌日。

あるレストランの個室、御両親を夕食に招待していた。


まずは2人に頭を下げる。

「初めまして、Rです。今夜は御出頂き感謝します。」

「こちらこそ、御招待頂きまして。有り難う御座います。」

しかし、父親の言葉はそれ以上続かない。すぐに料理が運ばれてきた。


当然だが、何とも気まずい雰囲気。殆ど誰も喋らないまま夕食を食べる。

やがて飲み物とデザート。沈黙に耐えかねたように、父親が口を開いた。


「Rさん、瑞紀の命を助けて頂いて有り難う御座いました。

このような場を設けて頂いてからお礼を申し上げるのではなく、

すぐにでもそちらに伺うべきでした。

しかし家の事情でそれもままならず、どうか失礼をお許し下さい。」


「僕達の出会いが縁となり、こちらが望んだ事ですから、どうかお気遣い無く。

むしろあの出会いが瑞紀ちゃんの、

いえ、瑞紀さんのノロになりたいという希望を生みました。

結果的にそれが御両親の御心労の原因となっている事を、

本当に申し訳なく思っています。」


瑞紀ちゃんが沖縄を離れたのは、

本人と両親がノロになる事を希望していなかったからだ。


「瑞紀。お前の正直な気持ちを聞かせて。たか子姉さんから話は聞いてるけど、

お前の気持ちが分からないと母さん達はどうしようもない。」

初めて母親が口を開いた。


「Sさんは、お祖母さんが立派なノロで、

今もあの集落を護っているんだと私に教えてくれた。

それに、『引退したら、立派なノロに護られてる土地で暮らしたい。』って。

だから私、ノロになりたいって思ったの。

何時かSさんやRさんがあの集落で暮らしてくれるように。」


「お前、何言ってるの。そんな気持ちでノロになりたいなんて。」

「最後まで聞いて!」 「駄目だよ、瑞紀ちゃん。」

固く握りしめた手を、そっと押さえる。


「...大声、出して御免なさい。確かに初めはその気持ちだけだった。

でも、お祖母さんと、たか子おばさんの手伝いをする内に、分かってきたの。

お祖母さんと、たか子おばさんが、集落の人達にどれだけ尊敬されてるか、

あの集落を護る仕事がどれ程大切で、どれ程やりがいのある仕事なのか。

だから今はRさん達の為だけじゃなく、私自身が絶対ノロになりたいと思ってる。

大好きなあの集落を、何時か私の力で護れるようになりたい。」


母親は一瞬、俺に視線を投げた。気まずそうな、表情。


「ノロである間は、入籍出来ない。知ってるでしょ?

本当に、それで良いの? それに、Rさんには、もう...。」


「SさんとLさんの事は最初から知ってた。

だから入籍なんて全然考えてない。

私、力を玩具にして占いのバイトしてたから、始めはRさんに嫌われてた。

でも今は少し好きになってくれて、

翠ちゃんと一緒に旅行にも来てくれて。だから...」


黙って俯いた瑞紀ちゃんを見つめ、両親は溜息をついた。


「Rさん、私達の一番の望みは瑞紀の幸せです。」

「はい。僕にも娘がいますから、お母さんの御気持は分かるつもりです。」

「Rさん達が瑞紀の命を助けて頂いた事は、どんなに感謝しても足りません。

でも、あの集落でノロになることが、本当に瑞紀にとっての幸せでしょうか?

結婚したくても入籍できない。事実婚以外の選択肢が無いなんて。」


「勿論、御両親に納得して頂けないのなら、

友人としてのお付き合い以上の関係は考えていません。」


瑞紀ちゃんは驚いたように俺を見詰めた。

縋るような瞳、胸が痛む。でも、言わねばならない。


「僕達の一族のしきたりが、

現代の常識から大きく外れている事は理解しています。

御両親がそれをとんでもない話だと考えるのも、ごく当たり前のことでしょう。

ただ、瑞紀さんの優れた資質を活かすのは全く別の問題です。

瑞紀さんの力、その優れた資質を活かすためには、ノロになるしかありません。」


御両親は瑞紀ちゃんがノロになるのを望んでいなかった(多分今でも)。

それならきっと、瑞紀ちゃんが『力』を持って生まれた事を悲しんだだろう。

しかし『力』は個性の1つで、しかも優れた資質だと俺は信じている。


「お願いです、瑞紀さんの資質と力、それだけは信じて上げて下さい。

何故『力』を持って生まれてくる人間がいるのか、それは分かりません。

ただ、僕たちは『力』と『術』を使って生計を立てています。

だから僕達はノロではなく、ユタのような立場ですね。」


決して卑下するつもりはない。

だけど、多くの人にとって術者は非現実的な存在に過ぎないのは確かだ。

そして何より、俺達自身が術者という存在を秘匿している。


「決して人の道に反した事はしていないし、出来る限りの人助けもしてきました。

それでも、僕達のような人間を、胡散臭い蔑むべき存在だと思う人もいます。

それは仕方が無いし、宿命だと思って受け容れるしかありません。

その点、瑞紀さんは僕達とは全く違うんです。」


「瑞紀があなた達と違う。それは、どこが?」

瑞紀ちゃんの父親が問いかける。厳しい、表情。


「瑞紀さんの言った通り、ノロは皆から尊敬される存在です。

その地域を護り、皆の精神的な支えとなる。

だからこそクモイ(雲上)という敬称で呼ばれるのだし、

土地や財産など、生活の基盤を王府から保証され、

それを代々相続してきたのでしょう。」


あの集落でも、ノロクモイの家とその敷地、それからかなりの広さの畑。

それらを代々のノロクモイが相続してきたと、たか子さんから聞いていた。


「だからノロは『この仕事は幾ら、ここまでするなら幾ら。』

そんな金勘定とは無縁の存在。

瑞紀さんのお祖母さんは、僕達の一族にも滅多に居ないような力の持ち主ですが、

恐らく瑞紀さんもお祖母さんに並ぶ程の力を身につけ、立派なノロになれる筈。」


「それなら、ノロになるのは瑞紀さんの天命。

どうかその希望を受け容れて、応援してあげて下さい。

天命に従う瑞紀さんの幸せには、御両親の愛情と応援が絶対に必要なんです。」


『礎(下)③』了

休日の生活習慣改善、朝投稿継続中。本日投稿予定は1回、任務完了。

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