3205 礎(下)③
作者の体調と話の展開の都合のため、短めの投稿が続いています。
どうか御了解の上、お楽しみ頂ければ幸いです。
3205 『礎(下)③』
祭りの3日目は月曜日、昨日までに比べれば静かな雰囲気。
夕方から、公民館で祭事というよりは豊年祭っぽい演し物が色々あるらしい。
午前中は皆でのんびりと昼寝をし、午後からお祭りの雰囲気を楽しんだ。
瑞紀ちゃんの御両親と会ったのはその翌日。
あるレストランの個室、御両親を夕食に招待していた。
まずは2人に頭を下げる。
「初めまして、Rです。今夜は御出頂き感謝します。」
「こちらこそ、御招待頂きまして。有り難う御座います。」
しかし、父親の言葉はそれ以上続かない。すぐに料理が運ばれてきた。
当然だが、何とも気まずい雰囲気。殆ど誰も喋らないまま夕食を食べる。
やがて飲み物とデザート。沈黙に耐えかねたように、父親が口を開いた。
「Rさん、瑞紀の命を助けて頂いて有り難う御座いました。
このような場を設けて頂いてからお礼を申し上げるのではなく、
すぐにでもそちらに伺うべきでした。
しかし家の事情でそれもままならず、どうか失礼をお許し下さい。」
「僕達の出会いが縁となり、こちらが望んだ事ですから、どうかお気遣い無く。
むしろあの出会いが瑞紀ちゃんの、
いえ、瑞紀さんのノロになりたいという希望を生みました。
結果的にそれが御両親の御心労の原因となっている事を、
本当に申し訳なく思っています。」
瑞紀ちゃんが沖縄を離れたのは、
本人と両親がノロになる事を希望していなかったからだ。
「瑞紀。お前の正直な気持ちを聞かせて。たか子姉さんから話は聞いてるけど、
お前の気持ちが分からないと母さん達はどうしようもない。」
初めて母親が口を開いた。
「Sさんは、お祖母さんが立派なノロで、
今もあの集落を護っているんだと私に教えてくれた。
それに、『引退したら、立派なノロに護られてる土地で暮らしたい。』って。
だから私、ノロになりたいって思ったの。
何時かSさんやRさんがあの集落で暮らしてくれるように。」
「お前、何言ってるの。そんな気持ちでノロになりたいなんて。」
「最後まで聞いて!」 「駄目だよ、瑞紀ちゃん。」
固く握りしめた手を、そっと押さえる。
「...大声、出して御免なさい。確かに初めはその気持ちだけだった。
でも、お祖母さんと、たか子おばさんの手伝いをする内に、分かってきたの。
お祖母さんと、たか子おばさんが、集落の人達にどれだけ尊敬されてるか、
あの集落を護る仕事がどれ程大切で、どれ程やりがいのある仕事なのか。
だから今はRさん達の為だけじゃなく、私自身が絶対ノロになりたいと思ってる。
大好きなあの集落を、何時か私の力で護れるようになりたい。」
母親は一瞬、俺に視線を投げた。気まずそうな、表情。
「ノロである間は、入籍出来ない。知ってるでしょ?
本当に、それで良いの? それに、Rさんには、もう...。」
「SさんとLさんの事は最初から知ってた。
だから入籍なんて全然考えてない。
私、力を玩具にして占いのバイトしてたから、始めはRさんに嫌われてた。
でも今は少し好きになってくれて、
翠ちゃんと一緒に旅行にも来てくれて。だから...」
黙って俯いた瑞紀ちゃんを見つめ、両親は溜息をついた。
「Rさん、私達の一番の望みは瑞紀の幸せです。」
「はい。僕にも娘がいますから、お母さんの御気持は分かるつもりです。」
「Rさん達が瑞紀の命を助けて頂いた事は、どんなに感謝しても足りません。
でも、あの集落でノロになることが、本当に瑞紀にとっての幸せでしょうか?
結婚したくても入籍できない。事実婚以外の選択肢が無いなんて。」
「勿論、御両親に納得して頂けないのなら、
友人としてのお付き合い以上の関係は考えていません。」
瑞紀ちゃんは驚いたように俺を見詰めた。
縋るような瞳、胸が痛む。でも、言わねばならない。
「僕達の一族のしきたりが、
現代の常識から大きく外れている事は理解しています。
御両親がそれをとんでもない話だと考えるのも、ごく当たり前のことでしょう。
ただ、瑞紀さんの優れた資質を活かすのは全く別の問題です。
瑞紀さんの力、その優れた資質を活かすためには、ノロになるしかありません。」
御両親は瑞紀ちゃんがノロになるのを望んでいなかった(多分今でも)。
それならきっと、瑞紀ちゃんが『力』を持って生まれた事を悲しんだだろう。
しかし『力』は個性の1つで、しかも優れた資質だと俺は信じている。
「お願いです、瑞紀さんの資質と力、それだけは信じて上げて下さい。
何故『力』を持って生まれてくる人間がいるのか、それは分かりません。
ただ、僕たちは『力』と『術』を使って生計を立てています。
だから僕達はノロではなく、ユタのような立場ですね。」
決して卑下するつもりはない。
だけど、多くの人にとって術者は非現実的な存在に過ぎないのは確かだ。
そして何より、俺達自身が術者という存在を秘匿している。
「決して人の道に反した事はしていないし、出来る限りの人助けもしてきました。
それでも、僕達のような人間を、胡散臭い蔑むべき存在だと思う人もいます。
それは仕方が無いし、宿命だと思って受け容れるしかありません。
その点、瑞紀さんは僕達とは全く違うんです。」
「瑞紀があなた達と違う。それは、どこが?」
瑞紀ちゃんの父親が問いかける。厳しい、表情。
「瑞紀さんの言った通り、ノロは皆から尊敬される存在です。
その地域を護り、皆の精神的な支えとなる。
だからこそクモイ(雲上)という敬称で呼ばれるのだし、
土地や財産など、生活の基盤を王府から保証され、
それを代々相続してきたのでしょう。」
あの集落でも、ノロクモイの家とその敷地、それからかなりの広さの畑。
それらを代々のノロクモイが相続してきたと、たか子さんから聞いていた。
「だからノロは『この仕事は幾ら、ここまでするなら幾ら。』
そんな金勘定とは無縁の存在。
瑞紀さんのお祖母さんは、僕達の一族にも滅多に居ないような力の持ち主ですが、
恐らく瑞紀さんもお祖母さんに並ぶ程の力を身につけ、立派なノロになれる筈。」
「それなら、ノロになるのは瑞紀さんの天命。
どうかその希望を受け容れて、応援してあげて下さい。
天命に従う瑞紀さんの幸せには、御両親の愛情と応援が絶対に必要なんです。」
『礎(下)③』了
休日の生活習慣改善、朝投稿継続中。本日投稿予定は1回、任務完了。




