0211 出会い(下)③
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0211 『出会い(下)③』
翌日。朝食後、コーヒーの時間。
Sさんは『重要な報告がある』と言った。
「昨夜の侵入経路を辿って、アイツ等の居場所を特定した。
既に『上』にも報告済み、今日中に対策班が踏み込むでしょうね。」
何だか、その声が少し沈んでいるような...疲れてるんだろうか。
『対策班がアイツ等を始末してくれれば、その分負担が減る』
以前、Sさんはそう言った。なら、これは吉報、なのか?
上手くいけば、もうこれ以上、俺達が戦う必要も無くなるんだし。
「Lさんを守りきれる可能性が高くなるって事ですか?」
「対策班がアイツ等を完全に始末できれば良いんだけど...。
アイツ等だって、何とか逃げ延びて計画を完成させようとする筈。
だから今夜が最後の山場。もう侵入の痕跡を残すのを怖れる必要も無いし、
最大・最強の術を使って、R君に干渉して来る。間違いない。」
『だから罠を掛ける。』と、Sさんは言った。
『夕方から夜。敢えて意識のコントロールを外す時間を作り、
アイツからの干渉を待って反撃する。』と。
「怪しまれませんかね?第一、その干渉に僕が耐えられるかどうか。」
前回の干渉を受けた時のダメージを考えると、正直な所、全く自信が無い。
「コントロールを外す時間をランダムにすれば怪しまれないし、
今度は最初から私が付いてる。君の意識に私の意識を繋げておいて、
干渉があった瞬間に全力で反撃する。一気に決着を付けるわ。」
「干渉があるまで、ずっと待ち続けるんですよね?」 姫は真剣な表情。
「当然、そうなるわね。」 Sさんは少し戸惑った表情。
何だ、これ?
「じゃ、私の意識も繋げてお手伝いします。そういうのは得意だし、
2人より3人の方が、お互いの負担は小さくなりますから。」
そういう事か。Sさんは俺に気を遣って...まずは状況確認。
「あの、SさんとLさんの意識を僕の意識に繋げたとしたら、
干渉を受けた時の、え~と、その、幻視は2人にも見えるんですか?」
もしそうなら、俺のセーラー服嗜好が2人にも。
「見えるけど、君が見ているものと全く同じかどうかは...」
「全く同じに見えたら好都合ですよね。その方が反応し易いし。」
これはもう覚悟するしかない、と心を決めた。色々な意味で。
昼食後。俺は暫くの間、自分の部屋で本を読んでいた。
『鍵』にも慣れてきて、読書くらいで意識のコントロールが乱れる事はない。
ふと、時計を見る。2時40分。読みかけの本を置いて部屋を出た。
3時頃、いつも3人でお茶かコーヒーの時間。その日の準備当番は俺。
リビングでカップやポットの準備をしていると、Sさんが駆け込んできた。
「あれ?」 「え?」 「君、何ともないの?」 「はい。」
Sさんは怪訝な顔をした。
「何かあったんですか?」 「確かにアイツの気配を感じたけど、変ね。」
「僕は何も。」 言いかけてハッとした。
俺が当番の時、いつも甲斐甲斐しく手伝ってくれる姫が、いない。
どうして気が付かなかった?
「あああ、あの、姫、いやLさんが。」
Sさんがものすごい勢いで走り出した。
俺も慌てて後を追う、姫の部屋へ。何故俺ではなく姫が...
Sさんがドアをノックして「L!L!」と呼び掛ける。
返事がないと見るやSさんはドアを開けて中へ飛び込んだ。
俺も続いて部屋の中に入る。
姫はベッドの上。その寝顔がいつにも増して蒼白く見える。
ベッドに駆け寄った。息はしているか、寝ているだけか。
頬に姫の吐息を感じた、息をしてる。
「息をしてます。」 「そうね、良かった。」
姫が身じろぎをして眼を開けた。
「あれ、Rさん。Sさんも。私、寝過ごしちゃいましたか?」
「L、あなた何ともない?」 Sさんの顔はまだ緊張したままだ。
「本を読んでいたら急に眠くなって、いつの間にか寝ちゃいました。
でも、何だかとっても良い気分です。」
それから小さく伸びをして、体を起こした。
「すごくお腹が空きました。昨日のケーキ、残ってましたよね。」
Sさんが一言だけ、『どういう事?』」と呟くのが聞こえた。
俺とSさんはホットコーヒー、姫はミルクティーと大きく切り分けたケーキ。
お茶の時間を終えて暫くすると、いよいよリビングで臨戦態勢に入る。
Sさんと姫は二人で向かいのソファに。俺は一人で対面のソファに。
3人でテープルを囲んでいる。
姫は未だ眠気が完全に覚めていないのか、時々小さく欠伸をしていたが、
Sさんの指揮の下、皆で「気配」が侵入して来るのを待ち続ける。
意識をコントロールする時間、コントロールを外す時間。
ランダムに繰り返す。ひたすら繰り返し、Kが干渉して来るのを待つ。
只、じっと待つ。何度それを繰り返したのか、
不意に、姫の、囁くような声。
「さっきから微かな気配。少しずつ、濃くなってます。」
「間違いない...R君、あと2分経ったらコントロールを外して。」
「了解。」
Sさんが眼を閉じた。深呼吸。 集中し『力』を貯めている。
じりじりと、時間が過ぎていった。
あと1分30秒、1分、30秒、20秒、10秒。
時計の秒針が直立した瞬間、辺りに漂う気配に注意を向ける。
『鍵』を外した。
通い路が開き、イメージが一気に流れ込んで来る。
突然、Sさんが叫んだ。
「駄目、『鍵』を掛けて!アイツはもう」
しかし、遅かった。
暗い部屋の中ではなく、草原の中の小さな公園。青い空が眩しい。
目の前に彼女、Kが立っていた。
白いワンピースに麦藁帽子、両手を腰の後ろで組んで、黙って俯いている。
「そうしていると、区別がつかない。君はあの娘と、どんな関係なんだ?」
麦藁帽子を取り、彼女はゆっくりと顔を上げた。真っ直ぐに俺を見つめている。
前回の少女の姿ではなく、成人した女性の姿。 言葉を失う程、美しい。
「今日も私を、『君』と呼ぶのね?」
「年下の女性は皆、『君』と呼ぶ事にしてる。今日は年上みたいだけど。」
「年上でも年下でも、私はあなたの敵なのよ。」
「この前の事は、本当に申し訳ない。つい、逆上した。
でも、それぞれの生まれを選べない以上、敵対するしか...」
「生まれが違っていたら、敵対する事は無かったと言うの?」
「絶対無かったなんて言えない、でも、出来れば君とは敵対したくない。
この前、君の肌に触れ、涙を見た時に、俺はそう思った。君は?」
彼女は傍らのブランコに乗り、もう一度俯いた。ブランコが静かに揺れる。
「何故、私はこんな風に生まれたのかしら?」
「何故、あの娘はあんな風に、生まれたのかしら?」
「何故、あの娘だけが、あなたに守られて、幸せに、なるの、かしら?」
「今の、あの娘の状態は、君が一番良く知っている筈じゃないのか?
あの娘だって、長い長い不幸な時間を過ごして」
「止めて!」
「あの娘は、あなたに会えたし、あなたに愛された。 私は、会えなかった。
最後まで私は、愛され、なかった。誰にも。」
彼女の激情がチリチリと空気を焼く。
しかし、その熱気はあっけなく、冷めていく。
ああ、そうだったのか。 だから君は『最後まで』と。 涙が溢れる。
「もう、無理しなくて良い。今の君に、出来るだけの事をさせてくれ。」
暗い小さな部屋。体の半分を血に染めて、彼女は冷たい床に横たわっていた。
眼を閉じ、呼吸音は途切れ途切れで、左胸から出血が続いている。
これではもう、助かるはずがない。 そっと、彼女の傍らに膝をつく。
「こんな状態で、何故、無理をした?
罠が仕掛けられている事くらい、君なら予想できた筈なのに。どうして?」
涙が止まらない。震える右手で彼女の頭を支え、
左腕をゆっくり背中に廻して上半身を抱き起こした。
左掌で彼女の胸の傷を押さえ、小さな肩をそっと抱き締める。
ゆっくりと、彼女は目を開いた。 穏やかな表情。
「どうしても、もう一度、あなたに、会いたかった。」
「お願いが、あるの。」 「何だ?何でも言ってくれ。」
「寂しい、の。私と、一緒に来て。あの娘の術は、もう、解いた、から。」
「私の事、愛してくれなくても、良い。一緒に来て、頂戴。お願い。」
咳き込んで、彼女は真っ赤な血を少し吐いた。
おそらく、深く傷ついた肺からの喀血。
シャツの袖口で、そっと彼女の口元を拭う。
幼くして肉親を殺され、拉致され、自分の生き方を選ぶことも出来ず、
恐らく、年頃の女性らしい楽しみや幸せを感じる事も出来ないまま。
それでも『悪趣味な術は使わない」と言い切った、誇り高く美しい人。
そんな人が、俺みたいな冴えない男に、こんな言葉を...
何故、この人は最後まで、こんな辛い思いをしなければいけないのか?
分からない。どんなに考えても、俺には分からなかった。
でも、もうこれ以上、考えてる余裕は無い。
恐らく、彼女に残された時間はもう極く僅かだ。
涙を拭った。自分の顔に、笑みが浮かぶのを感じる。
「分かった。行くよ、一緒に。」
息を呑んで、彼女は俺の眼を見詰めた。数秒の、沈黙。
「馬鹿、ね。本気でそんな事、言うなんて。
ちゃんと、あの娘を守って、愛して、あげて。」
彼女は僅かに左手を持ち上げた。その手をしっかりと握る。
ぎゅ、と、俺の手を握る彼女の左手に力がこもった。
次の瞬間、景色が元に戻っていた。眩しい青空、草原の中の小さな公園。
彼女は微笑んでいる。
「綺麗。こんな場所で、あなたに、出会いたかった。」
ゆっくりと、しっかり伝わるように、彼女の耳元で囁く。
『.. ..... ......』
それは彼女のための、彼女のためだけの、言葉。
彼女はゆっくり目を閉じた。目尻から一筋の涙。
ふっ、と、その左手から力が抜ける。
俺はリビングのソファに座り、俯いたまま、じっと両手を見つめていた。
俺の両手と左胸を真っ赤に染める鮮血。 彼女の、血。
「やっぱり、幻視じゃ無かった。」
「こんな事って。」
遠くでSさんの声が聞こえた後、俺の意識は闇に吸い込まれた。
『出会い(下)③』了
こちらで最初の、記念すべき『評価』を頂きました。
第一号の評価をして下さった御方に、心からの感謝を。
本当に有り難うございます。今後もお楽しみいただければ幸いです。
本日の投稿予定は一回分、任務終了。
明日は『出会い(結)』へ。完結となります、