3204 礎(下)②
作者の体調と話の展開の都合のため、短めの投稿が続きます。
どうか御了解の上、お楽しみ頂ければ幸いです。
3204 『礎(下)②』
「たか子おばさん。前回の浜の祭事でも、
おばさんがお祖母さんの補佐をしたんですよね?
Rさんが、その時に現れた神様の事を知りたいって。
おばさんはその神様を見たんですか?」
たか子さんは瑞紀ちゃんを、次に俺を見詰めた後、小さく呟いた。
「昨夜見学を許可されたのだから。」 穏やかな、笑顔。
「見ましたよ。『大きな亀の神様』と言う意味の名前で呼ばれている神様。
でも、首がとても長くて胴体も細長いから、亀には見えませんでした。
その神様がノロクモイの呼びかけに応じて、海の恵みを連れて来て下さる。
あの浜に青く光る小さなモノたちが打ち上げられ、
ゆっくりと砂に溶けていく景色は、今でも忘れられません。」
「瑞紀ちゃん、紙と鉛筆貸してくれる?」 「はい。」
たか子さんの証言に基づいて俺が描き上げたスケッチ。
丸く、平たい胴体。長い首と小さな頭。
体の割に大きくて、丈夫そうな4枚のヒレ。
それは亀と言うより、むしろ太古の海棲爬虫類、首長竜に似ていた。
「お父さん、これネッシーだよね。海のかみさまはネッシーなの?」
「ネス湖にいるからネッシーでしょ。だからこれは。」
「玄武、かも。」 「え?」
Sさんが、俺の描いたスケッチを見つめていた。
「これが『大きな亀の神様』なら、
昨夜の蛟と合わせて玄武のイメージに重なる。」
確かに、玄武は大きな亀と大蛇の組み合わせとして描かれることが多い。
「あるいは亀の胴体と蛇のように長い首。
これ単独でも玄武の...まあ、それは置いといて。
2柱の神の恵みで豊作と豊漁を約束された集落。
人々と神々の縁を結ぶノロクモイ。本当に素敵よね。
引退した後は、この集落で暮らす夢、ますます魅力的だわ。」
ノロとの契約に基づいて、この地に豊かな恵みをもたらす神々。それはつまり。
「その神々は式のように、必要に応じて化生するんですね。
だから化生している間は実体を持つ。
もし同じような存在が他にもいて、何かの条件で化生して実体を持つのなら、
世界中で目撃されてきたUMAの殆どは説明が付きます。」
「神格を持っている以上、式とは比較にもならない高位の存在。
ただ、術者やノロとの契約がなくても自在に化生できるから、
その姿を目撃した人には未確認動物そのものに見えるでしょうね。
古今東西、数ある未確認動物の正体の1つが、
あのような存在であることは間違いないわ。」
そうか、化生している間は実体を持つのだから、
例えば目撃されるだけでなく攻撃を受ければ深手を負い、
死体のような状態になることもあるだろう。
しかしそうなれば化生が解けて、その体はやがて霧消する。
もちろんその『本体』は無傷。
恐らくはそれが、UMAの死体が『お約束』のように失われる理由。
日本で射殺されたという『鵬』も、記録だけでその死体は残っていない。
「お父さん、みどりはみずきちゃんのことがききたい。
みずきちゃんは、ノロになれるってきまったんでしょ?」
そう言えば、昨夜瑞紀ちゃんは。
俺はたか子さんに面を着けてもらって、それから?
「瑞紀ちゃんはどうやってノロの後継者って認められたの?
瑞紀ちゃんが間違って俺のケイタイに電話して来た時は、
てっきりSさんかLさんがノロクモイの代わりに」
「間違ってない!私、Rさんに。」
瑞紀ちゃんは突然席を立ち、足早に廊下を。とてつもなく、気まずい時間。
「ええっと、憑依が上手く行くようにって、
Rさんにお酒を勧め過ぎたのは失敗でした。」
「おねえちゃんとおかあさんは、何か、しっぱいしたの?」
翠は今にも泣き出しそうだ。
「昨夜の事、ホントに憶えてない?」
「はい、お面を着けて皆が喜んだ後の事は。」
「小屋で瑞紀ちゃんの着替えを手伝ったでしょ?
それで勾玉の首飾りと鳥の羽根の髪飾りを。」
あ! 突然、蝋燭の灯りと裸体の記憶が甦った。
柔らかな感触、昨夜瑞紀ちゃんの素肌に。
「憑依が深くなりすぎて記憶が飛んだのは、私とSさんに責任が有ります。
でも、あの電話を『間違い電話』って言ったのは...」
「確かに、挽回できるかどうか、怪しいわね。」
「あの、一体何の話ですか?」
「昨夜、瑞紀ちゃんの着替えを手伝った、それは思い出したのね?」
「はい。でも、それは僕じゃなくても。だって代々のノロは。」
「R君?」 「はい。」
「裸を見せるなら、せめて好きな人にって思う気持ち、分からない?」
「じゃあ、あの時。」
「そう、瑞紀ちゃんは最初からあなたに頼みたかったのよ。その役を。」
「きっと、瑞紀ちゃんは部屋にいます。修復するなら今しかありません。」
「代々のノロが稀人にセジを授けられる。
それなら、個人的な好き嫌いは、痛たたたたた。」
「R君、君、ちょっと思い上がってない?」
「思い上がるなんてそんな。だって前回もそれ以前も。」
「基本、稀人は公募制なの。だから。」
ふと、思い出した。
お面を着けた時の、微かな潮の香り。もしかしてあれは。
「そう。前回、稀人役を勤めたのは瑞紀ちゃんの祖父。
必死で村一番の漁師になって、その役を勝ち取ったのよ。
大好きな女性のために。」
「Rさん、行ってらっしゃい。それでも駄目なら私たちも協力しますから。」
姫の、微笑。
廊下の奥、ノロクモイの部屋の1つ手前。
瑞紀ちゃんの寝室。深呼吸して、襖をノックした。
「瑞紀ちゃん、居るんでしょ?入るよ。」
返事はない。5秒待って襖を開ける。瑞紀ちゃんは窓際に座っていた。
振り向いてはくれない。寂しそうな後ろ姿。
「ホントに御免。昨夜は、飲み過ぎて。
だから憑依は上手く行ったけど、記憶が飛んでた。
でも、さっき全部思い出したんだ。昨夜、瑞紀ちゃんは、とても綺麗だった。」
「私、あの役は、絶対Rさんに。それは私の、我が儘だって分かって居たけど。」
「瑞紀ちゃん、俺はSさんとは違う。
前もって、色々な事が分かる程の力は無いんだ。だから。」
小さな肩にそっと触れる。何もかもが愛しくて、胸の奥が痛む。
「私も、SさんやLさんみたいに綺麗じゃないし、2人みたいな力もないから。」
「違う。それは違う。悪いのは俺。
瑞紀ちゃんの気持ちを分かって上げられなかった。」
柔らかな体をしっかり抱きしめる。薔薇の花の、香り。
「瑞紀ちゃんの御両親に、会わせてくれないかな?」
「え?でもそれは。」
「きっと、俺たちの関係が宙ぶらりんだから、
こんなすれ違いが起こるんだと思う。だから区切りを付ける。
俺達の事を、きちんと瑞紀ちゃんの御両親に報告して考えてもらおう。」
「本当に、良いんですか?」 「うん。なるべく早くにね。」
『礎(下)②』了
休日の生活習慣改善、朝投稿継続中。本日投稿予定は1回、任務完了。




