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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第4章 2011~2013
119/279

3204 礎(下)②

作者の体調と話の展開の都合のため、短めの投稿が続きます。

どうか御了解の上、お楽しみ頂ければ幸いです。

3204 『礎(下)②』


「たか子おばさん。前回の浜の祭事でも、

おばさんがお祖母さんの補佐をしたんですよね?

Rさんが、その時に現れた神様の事を知りたいって。

おばさんはその神様を見たんですか?」


たか子さんは瑞紀ちゃんを、次に俺を見詰めた後、小さく呟いた。

「昨夜見学を許可されたのだから。」 穏やかな、笑顔。


「見ましたよ。『大きな亀の神様』と言う意味の名前で呼ばれている神様。

でも、首がとても長くて胴体も細長いから、亀には見えませんでした。

その神様がノロクモイの呼びかけに応じて、海の恵みを連れて来て下さる。

あの浜に青く光る小さなモノたちが打ち上げられ、

ゆっくりと砂に溶けていく景色は、今でも忘れられません。」


「瑞紀ちゃん、紙と鉛筆貸してくれる?」 「はい。」


たか子さんの証言に基づいて俺が描き上げたスケッチ。

丸く、平たい胴体。長い首と小さな頭。

体の割に大きくて、丈夫そうな4枚のヒレ。

それは亀と言うより、むしろ太古の海棲爬虫類、首長竜に似ていた。


「お父さん、これネッシーだよね。海のかみさまはネッシーなの?」

「ネス湖にいるからネッシーでしょ。だからこれは。」


「玄武、かも。」 「え?」

Sさんが、俺の描いたスケッチを見つめていた。

「これが『大きな亀の神様』なら、

昨夜の蛟と合わせて玄武のイメージに重なる。」


確かに、玄武は大きな亀と大蛇の組み合わせとして描かれることが多い。

「あるいは亀の胴体と蛇のように長い首。

これ単独でも玄武の...まあ、それは置いといて。

2柱の神の恵みで豊作と豊漁を約束された集落。

人々と神々の縁を結ぶノロクモイ。本当に素敵よね。

引退した後は、この集落で暮らす夢、ますます魅力的だわ。」


ノロとの契約に基づいて、この地に豊かな恵みをもたらす神々。それはつまり。


「その神々は式のように、必要に応じて化生するんですね。

だから化生している間は実体を持つ。

もし同じような存在が他にもいて、何かの条件で化生して実体を持つのなら、

世界中で目撃されてきたUMAの殆どは説明が付きます。」


「神格を持っている以上、式とは比較にもならない高位の存在。

ただ、術者やノロとの契約がなくても自在に化生できるから、

その姿を目撃した人には未確認動物そのものに見えるでしょうね。

古今東西、数ある未確認動物の正体の1つが、

あのような存在であることは間違いないわ。」


そうか、化生している間は実体を持つのだから、

例えば目撃されるだけでなく攻撃を受ければ深手を負い、

死体のような状態になることもあるだろう。

しかしそうなれば化生が解けて、その体はやがて霧消する。

もちろんその『本体』は無傷。

恐らくはそれが、UMAの死体が『お約束』のように失われる理由。

日本で射殺されたという『鵬』も、記録だけでその死体は残っていない。


「お父さん、みどりはみずきちゃんのことがききたい。

みずきちゃんは、ノロになれるってきまったんでしょ?」


そう言えば、昨夜瑞紀ちゃんは。

俺はたか子さんに面を着けてもらって、それから?


「瑞紀ちゃんはどうやってノロの後継者って認められたの?

瑞紀ちゃんが間違って俺のケイタイに電話して来た時は、

てっきりSさんかLさんがノロクモイの代わりに」


「間違ってない!私、Rさんに。」


瑞紀ちゃんは突然席を立ち、足早に廊下を。とてつもなく、気まずい時間。


「ええっと、憑依が上手く行くようにって、

Rさんにお酒を勧め過ぎたのは失敗でした。」


「おねえちゃんとおかあさんは、何か、しっぱいしたの?」

翠は今にも泣き出しそうだ。


「昨夜の事、ホントに憶えてない?」

「はい、お面を着けて皆が喜んだ後の事は。」

「小屋で瑞紀ちゃんの着替えを手伝ったでしょ?

それで勾玉の首飾りと鳥の羽根の髪飾りを。」


あ! 突然、蝋燭の灯りと裸体の記憶が甦った。

柔らかな感触、昨夜瑞紀ちゃんの素肌に。


「憑依が深くなりすぎて記憶が飛んだのは、私とSさんに責任が有ります。

でも、あの電話を『間違い電話』って言ったのは...」

「確かに、挽回できるかどうか、怪しいわね。」


「あの、一体何の話ですか?」


「昨夜、瑞紀ちゃんの着替えを手伝った、それは思い出したのね?」

「はい。でも、それは僕じゃなくても。だって代々のノロは。」

「R君?」 「はい。」

「裸を見せるなら、せめて好きな人にって思う気持ち、分からない?」

「じゃあ、あの時。」

「そう、瑞紀ちゃんは最初からあなたに頼みたかったのよ。その役を。」


「きっと、瑞紀ちゃんは部屋にいます。修復するなら今しかありません。」

「代々のノロが稀人にセジを授けられる。

それなら、個人的な好き嫌いは、痛たたたたた。」

「R君、君、ちょっと思い上がってない?」

「思い上がるなんてそんな。だって前回もそれ以前も。」


「基本、稀人は公募制なの。だから。」


ふと、思い出した。

お面を着けた時の、微かな潮の香り。もしかしてあれは。


「そう。前回、稀人役を勤めたのは瑞紀ちゃんの祖父。

必死で村一番の漁師になって、その役を勝ち取ったのよ。

大好きな女性のために。」


「Rさん、行ってらっしゃい。それでも駄目なら私たちも協力しますから。」

姫の、微笑。


廊下の奥、ノロクモイの部屋の1つ手前。

瑞紀ちゃんの寝室。深呼吸して、襖をノックした。


「瑞紀ちゃん、居るんでしょ?入るよ。」

返事はない。5秒待って襖を開ける。瑞紀ちゃんは窓際に座っていた。

振り向いてはくれない。寂しそうな後ろ姿。


「ホントに御免。昨夜は、飲み過ぎて。

だから憑依は上手く行ったけど、記憶が飛んでた。

でも、さっき全部思い出したんだ。昨夜、瑞紀ちゃんは、とても綺麗だった。」

「私、あの役は、絶対Rさんに。それは私の、我が儘だって分かって居たけど。」

「瑞紀ちゃん、俺はSさんとは違う。

前もって、色々な事が分かる程の力は無いんだ。だから。」


小さな肩にそっと触れる。何もかもが愛しくて、胸の奥が痛む。


「私も、SさんやLさんみたいに綺麗じゃないし、2人みたいな力もないから。」

「違う。それは違う。悪いのは俺。

瑞紀ちゃんの気持ちを分かって上げられなかった。」


柔らかな体をしっかり抱きしめる。薔薇の花の、香り。


「瑞紀ちゃんの御両親に、会わせてくれないかな?」

「え?でもそれは。」

「きっと、俺たちの関係が宙ぶらりんだから、

こんなすれ違いが起こるんだと思う。だから区切りを付ける。

俺達の事を、きちんと瑞紀ちゃんの御両親に報告して考えてもらおう。」


「本当に、良いんですか?」 「うん。なるべく早くにね。」


『礎(下)②』了

休日の生活習慣改善、朝投稿継続中。本日投稿予定は1回、任務完了。

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