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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第4章 2011~2013
110/279

2903 禁呪(中)②

ファンタジーですので、改めて申し上げる必要はないかと思いますが、一応。

作中の人名、地名等は実際に存在するものと一切関係ありません。

2903 『禁呪(中)②』


普段は朧に拡散している意識。

それが何かの条件で凝縮し、自我を取り戻す。

自我を保っている間だけ自己と外界を認識して、新しい記憶を蓄積する。

それを繰り返しながら過ぎていく時。一体、どんな感覚だろう。


「術者が必要な条件を調えれば、その条件が維持されている間、

幽霊も自我を保つ事が出来る。自分が幽霊であるという自覚を持ち、

私たちと会話し、そして新しい記憶を蓄積する。

幽霊や魂と交信する術はその応用。

R君も何度か、使った事があるわよね?」


そうだ、あれは単独での初仕事。

俺は交通事故で植物状態になった男の子の魂と交信した。

あの時、確かに男の子は自我を持ち、俺と会話をし、

そして両親の様子を気遣っていた。


「だけどLの大学の施設や敷地全体で、

そんな条件が50年以上も維持されるなんて有り得ない。

第一、特殊な条件があるならLやR君がとうに気付いてる。

何か別の理由がある筈。」


Sさんは暫く黙って考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

吹っ切れたような、表情。


「まあ、情報が不足している状態で、これ以上考えても仕方ない。

理由はどうあれ、不思議な幽霊がいてLに好意を抱いてるのは事実。

今の所誰も被害を受けていないし、

話し相手をしてる内に何か新しい情報を得られるかも知れない。

それまでは様子見、経過観察ってとこね。」



それから十日程経った、ある日。

第5駐車場。ベンチで姫を待っていると、2人連れの姿が見えた。

姫と、タケノブさん。


駐車場の入り口手前。姫が小さく手を振ると、タケノブさんの姿は消えた。

タケノブさんは姫の帰りの散歩に同行する事が多いが、毎日と言う訳でもない。

実際、ここ一週間程は姫と並んで歩く姿を見かけなかったし、

姫の前に現れたという話自体も聞かなかった。


「今日は一緒でしたね。タケノブさん。」

「はい、『とても面白い事を見つけたから、

暫くそれを研究してた。』と言ってました。」

「研究って、人間関係の?」 「はい、助教授と学生の不倫だそうです。」

「はあ、成る程。」 何処でどんな事をしてたか知らないが、

幽霊に不倫の現場を研究されるとは気の毒に。


「私が『そんな話は嫌いです。』って言ったら笑ってました。

それで今度は昔の自分の事を話してくれたんです。出身地とかお家の事とか。」


「○△県で代々医者をしてきた家系だそうです。

お父さんも医者だったから、大学生になるまで生きる事が出来たと言ってました。

好きな文学を勉強させてくれたし、本当に感謝してるって。

お風呂場で発作を起こして倒れたのは冬休み。

きっとお父さんお母さんが看取ってくれたんでしょうね。

それが、せめてもの親孝行。」


助手席から外を見つめる姫の顔は、少し寂しそうに見えた。



「『○△県で代々医者をしてきた家系。』本当に、そう言ったの?」

姫の話を聞いて、Sさんの目の色が変わった。


「はい、確かに。」 「ちょっと待ってて。」 廊下を走る足音。

本当にせっかちな人だ。

今夜の飲み物はカフェロワイヤル、折角の綺麗な炎を眺めもせずに。


結局Sさんが戻ってきたのは20分くらい経ってからで、

俺は新しく淹れたコーヒーでカフェロワイヤルを作りなおした。


「タケノブは名前じゃ無くて名字かも。○△県の武信姓。

その中に、もとは陰陽道、術者の家系がある。うちの一族とは系統が違うけど。」

そうか、呪術医の例に見られるように、

古来、術者が医者を兼ねるのはありふれた事だった。


「もしタケノブさんの家が術者の家系だったら、

あの不思議な幽霊が存在する理由を説明出来るかもしれない。」


「もしかして、反魂の術。ですか?」 姫の顔が緊張している。

「反魂の術って、死者を蘇生させる術ですよね?確か、『泰山府君祭』とか。」

「それは本来、生きている人の寿命を延ばすもので、

死者を蘇らせるのには使わない。

術の名前を口に出せないから、Lは反魂の術って言ったの。

一族に伝わる、門外不出の秘術。死者を冥府から呼び戻す、禁呪の中の禁呪。」


「本当に可能なんですか?死者を蘇らせるなんて。」

「全ての条件をクリア出来れば可能な筈よ。」

「じゃあ西行とか安倍晴明の話も全くの作り話って訳じゃないって事ですね。」

「どちらも半分ホントで半分嘘。

カムフラージュのためにフェイクが混ぜてある。」


「フェイク?」

「そう、禁呪の内容や方法を全て語る訳にはいかないでしょ?」


それはそうだ。でも、語られている内容の一部が真実だとしたら。


「どこがホントで、どこが嘘なんですか?」

「L、西行の話、説明して上げて。その間にこれ、飲んじゃうから。」

「はい。」 姫は少し考えて、それから話し始めた。


「西行は人骨を集めて人間を再生した事になってますけど、あれは嘘です。

魂を入れないんですから、その術で作れるのは式であって人間じゃありません。

だから感情も言葉も持ってなかった。それはホントです。

骨を並べて云々の記述も、お香の種類や断食の話も、

話をそれらしく見せるための嘘です。」


「どうしてわざわざ人骨を代に使ったんでしょうね?Sさんは紙を使うのに。」

「人の姿をした式を作る時、Sさんのように高等な術を使うなら

代は紙の人型で十分です。でもそうでない時は人の一部、

つまり遺体の一部を使った方が成功率は高くなります。それと。」


姫は言葉を切ってSさんを見つめた。 少し困ったような顔。


「そう、あるいは。」

コーヒーカップを持ったSさんの目がキラキラと輝いている。

本当に、綺麗な人だ。


「あるいは、何ですか?気になるじゃないですか。」

「その骨の主の姿をした式を作ろうとした。なら、骨の主は一体誰なのか?

その人の姿をした式を作って何をするつもりだったのか?

色々と事情がありそうよね。」


そうか、西行は話し相手欲しさに術で人間を作ろうとした事になっている。

でも術で作る式は自らの言葉を持たないのだから話し相手にはならない。

術者が操作すれば喋るだろうが、それと会話するのは独り言と同じだ。

つまり話し相手欲しさに人間を作ろうとしたという前提自体が、そもそも嘘。 

微かな悪寒。ブランデーとコーヒーで温まっていた体が、ゆっくりと冷えていく。


Sさんはカップに残ったカフェロワイヤルの残骸を一気に飲み干した。


「美味しい。じゃ、次は安倍晴明の話。

反魂の術を使うには、かなりの力が必要なの。

当然この術を仕える術者は限られる。だからこそ、主人公は安倍晴明って設定。」


確かに、あの話を後世の創作であると考える人が殆どだろう。


「さっきも言ったけど、あれは瀕死の病人を術で助けたという話。

だから死者を蘇らせたというのは嘘、というか、後世の誤解。

ただ『死者を蘇生させるのに代償が要る。』という部分はホント。

そして『代償が他の誰かの魂である。』という部分もホント。」


だからこそ、病気で瀕死の上人を救うために僧侶が1人身代わりを志願した。

しかし、僧侶の心に感じた不動明王が現れて2人を。


「2人とも助かったというのは嘘。不動明王が身代わりになるなんて有り得ない。

それに、どんな術者でも代償なしに高位の精霊と契約する事は出来ない。」

「その術は、精霊との契約に基づく術なんですね?」


「そう。まず蘇生させたい人の遺体の前で身代わりになる人の魂を捧げ、

精霊と契約する。ただし、既に遺体の腐敗が進んでいたら契約は成立しない。

だから、この術を使うとしたら、出来れば死亡直後。

遅くとも死後1~2時間以内。もし契約が成立すれば、

精霊はその見返りとして遺体の傷や病を癒しその腐敗を防ぐ。

術者は契約が成立した事、つまり遺体の腐敗が進まない事を確認して、

蘇生させたい人の魂を遺体に戻す。それで完成。全てが完璧なら、死者は蘇る。」


治まりかけていた悪寒が再び全身に拡がっていく。


「じゃあ、反魂の術が失敗して、あの幽霊が?」

「多分それで正解。遺体がまだ腐敗せずに残っているなら、

その魂と私達の存在の仕方はかなり近い。だからその幽霊は自我を保てる。

そう考えるしか、あの幽霊の説明はつかない。」


「でも、どうして失敗したんでしょう?

契約が成立したなら、後は魂を戻すだけですよね?」

「魂を戻すだけって...そっちの方がずっと難しいの。

だからこの術を使える術者は限られる。というより、

特殊な祭具の助けを借りずにこの術を使える術者はまずいない。」


Sさんの知る範囲にいないとしたら。当主様も桃花の方様も、勿論Sさん自身も。

それなら術者の力が足りず、術が完成しなかったのは当然の事だろう。

つまりタケノブさんの体は今も何処かに、当時のままで残っている。


「どう対処するべきなんでしょうね、僕達は。」

放置するべきなのか。それともタケノブさんの体を探し出して葬るべきなのか。


「今は悪意のない存在でも、今後どう変化するかは分からない。

私の予想が正しいのかどうか、確かめておく必要もあると思う。」


Sさんは向き直って俺を見た...はい、どうぞ何なりと御指示を。


「さてR君。52年前に何が起きたのか、資料を調べて頂戴。

県立図書館なら、多分記録が残ってる。」

「了解です。明日の朝一番に。」 「うん、良い返事。」


『禁呪(中)②』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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