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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第4章 2011~2013
108/279

2901 禁呪(上)

第4章の投稿を開始します。

これまでに比べると投稿のペースが落ちると思いますが、

今後も宜しくお付き合い頂ければ幸いです。

2901 『禁呪(上)』


窓の外をひらひらと、白いものが横切る。

雪だ。冷え込むと思ったら、やはり降ってきた。


姫は暖かい上着を着ていったから大丈夫だろうが、滅多にない雪。

渋滞も考えられる。お迎えは少し早目にお屋敷を出た方が良い。


そんな事を考えている時、ケイタイが鳴った。

見慣れた画面表示、姫だ。

この時間の電話は大抵休講に伴う待ち合わせ時間の変更。


「はい、もしもし。」 「もしもし、Lです。」 「休講ですか?」

「それもありますけど、待ち合わせの場所を変えようと思って。」

??? いつもは大学の第5駐車場。

それ以外の場所は初めてだ。妙な、胸騒ぎ。


「一体、どうしたんです?そっちは、かなりの雪とか。」

第5駐車場は大学の本館から少し遠い。雪の状況によっては歩き難いかも。


「ええっと、買い物。そう、買い物です。

それで、大学の駐車場じゃなくて、スーパーマーケットの駐車場。

そこでお願いします。時間は、そう3時過ぎに。」

「スーパーマーケットって、▲○■ですか?」 「はい。」


やはり、おかしい。

たまに買い物をするその店、お屋敷からだと大学より遠い。

大学で姫を迎えてから買い物をした方が都合が良いのに。

何か、電話では話せない、事情?


「了解です。買い物の相談は後で。」 「はい、後で。じゃ、切りますね。」

ホッとしたような言葉を残して電話は切れた。

「どうしたの?お迎えの時間変更?」

Sさんは藍を抱いて、翠と絵本を読んでいた。


「はい、休講と、スーパーマーケットの駐車場で待ち合わせしたいって。」

「スーパーマーケット?変ね、今朝は特に買い物の話はしてなかったけど。」

「何か事情がありそうなので早目に出ます。

多分Lさんは大学から歩くつもりだと思いますけど、この雪ですから。」


「そうね。寒いし、スーパーマーケットへの途中で拾えたら良いけど。

でも、気を付けて。」

「お父さん、きをつけてね。」 「有り難う。気を付けるよ。」

翠の頬にキスをする。手頃な上着を羽織り、すぐに車を出した。

積もるとは思えないが、念のために、四駆。


免許は姫も持っているが、今でも出来る限り大学への送迎を続けている。

姫の希望もあるし、何よりそれは俺自身の希望。

2人きり、車中で話す時間が愛しいから。


大学の正門前を通り過ぎる。

此処からスーパーマーケットまで、車なら5分弱。

出来ればその途中でと思っていたのだが、

やっと姫の姿を認めたのはスーパーマーケットの駐車場。


店の入り口近く、歩み寄る俺を見つけた姫は笑顔で手を振った。

特に変わった様子はない。思わず息を吐く。


「無理に買い物しなくて良いなら、帰りましょう。体、冷えちゃったでしょ?」

「はい。少し寒いです。」 車に戻り、暫くの間細い体を抱きしめた。

「温かい。」 「良かった。」

安心して、思わず少しだけ滲んだ涙。そっと拭って車を出した。


「それで、どういう事ですか?こんな寒い日にわざわざ遠くまで歩くなんて。」

姫は俺の左手に右手を重ねた。まだ、少し冷たい。


「今日、告白されたんです、私。」 「告、白?」

姫が大学で時々声を掛けられるのは聞いていた。

でも、それで何故雪の中をわざわざ遠くまで?


「でも、それだけなら大学の駐車場でも良かったんじゃないですか?」


ストーカーまがいの男でも、例え相手が複数だとしても、

いざとなれば、姫は自分で身を守るのに十分な力を持っている。

そう、相手が強い『力』を持つ術者でも無ければ...まさか。


「相手が幽霊なので、もし駐車場でRさんの前に現れたらまずいかなと思って。」

「幽霊って...」 「はい、タケノブさんって言ってました。」


頭の中が整理できない。

普通、幽霊の意識にあるのは過去だけだ。

生きている人に害をなす事があるのも、

過去の憎しみや恨みに囚われているからこそ。

幽霊が新しい記憶を蓄積するなんて聞いた事もない。


でも、その幽霊は姫に告白を。

つまりその魂は死後に恋をしたというのか?

それとも...いや、理解不能。


「あの、どういう事態なのか、全く分からないんですが。」

「はい、私にも分かりません。だから今夜Sさんに。

一緒に話をしてくれますよね?」



「ミスキャンパスに推薦されたのを断ったって聞いたのは、

ついこの間だったと思うけど...今度は幽霊に告白されるなんて。

L姫様は本当にモテモテね。R君も鼻が高いでしょ?」

Sさんはイタズラっぽく笑った。


「いやあ、それは何とも。複雑というか。」

それ以外に答えようがない。ホットワインを一口、クローブの香り。


翠と藍は既に夢の中。

深夜のリビング、3人での作戦会議は久し振りのような気がする。


「それで、Lにも状況が理解出来ないとしたら、

単純に生霊とは断定できない事情があるのね?」

そうか、姫に恋をした男の生霊。でも、それなら確かに姫が。


「はい。実は『タケノブさん』って幽霊、大学では結構有名なんですよ。

噂では50年位前から現れてるそうで、目撃者も沢山いるみたいです。

私も時々気配は感じてました。でも、この数日急に気配が強くなって。

今日の昼休み、図書館で告白されたんですけど、

他の学生には見えていないし、声も聞こえていないようでした。」


「もし50年前に入学したとしても、67歳か68歳よね。

噂だから10年位の誤差はあるかも知れない。

それにしたって、幾ら何でも不自然。本当に同じ幽霊?」


「はい、それは間違いないと思います。

『ちょっと有名な幽霊です。』って、自己紹介してましたから。」

「待って。その人、自分が幽霊だって自覚してるって事?」 「はい。」


普通、生霊として活動している間の記憶は本体に残らない。

というか、『思わず○×してしまった。』の極端な事例が生霊で、

当然本体はそれを記憶に残したくない訳だ。

稀に僅かな記憶が残る例も有るらしいが、せいぜい断片的な情景を夢に見る位。

何より『自分は幽霊だ』と自覚してる幽霊なんてあり得ない。


「正体が分からないとしたら、

Lさんが明日以降も大学に行くのは危険じゃありませんか?」

「そうね。でもLに告白したんだから、今の所、悪意は無い。

ずっと大学休む訳にも行かないでしょうし...

Lは何て返事したの?ミスキャンパスの時と同じ?」


「はい。『私、結婚してます。御免なさい。』って。」

そう言って、姫を推薦しようとした友人達を絶句させて以来、

姫に声を掛ける男は減ったらしいのだが、その幽霊はそれを知らない訳だ。


「それで、あの。」 姫は言い難そうに俺を見つめた。


「『本当ならあきらめる。だから、その人に会わせて欲しい。』って言われて。」

「『その人に』って、誰に、ですか?」

「鈍いわね。R君に決まってるでしょ。

本当に夫がいるって、会って確かめればあきらめがつくって事よ。」


あの電話、姫の声に胸騒ぎを感じた本当の原因はこれか。

その幽霊と面会するのは俺の同意を得てからという、姫の心遣い。


「良いですよ。そういう事なら、僕が直接会って、話してみます。」

「宜しく、お願いします。」 小さな声、姫は俯いた。 胸が、痛い。


幽霊とはいえ、自分に好意を持ってくれた相手を蔑ろには出来ない。

でも、それで俺に面倒をかけるのは心苦しい。

だから直ぐには言い出せなかったのだろう。


姫の優しさが胸に染みる。

そんな姫を黙って見つめるSさんも、やっぱり優しい。


しかし、言い寄ってくる相手から妻を守るのは夫の、つまり俺の当然の役目。

面倒どころか、誇らしい。自然と、気合いが入った。


『禁呪(上)』了

休日の生活習慣改善、朝投稿継続中です。本日投稿予定は1回、任務完了。

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