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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第3章 2010
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2506 贐(結)

2506 『贐(結)』


昼寝から覚めると、窓の外は既に暗くなっていた。時計を確認。

もう7時過ぎ。着替えて顔を洗い、飛びついてきた翠を抱き締める。

温かい、命の感触。 『仕事』を終えた後は、特に温かくて、愛しくて。


「夕食、出来てますよ。」 姫がダイニングから顔を出した。


「スカウトの件、上手くいきそう?」

ダイニングで食器を洗っていると、

Sさんがハイボールのグラスを持って来てくれた。

姫はリビングで翠と藍の相手をしてくれているのだろう。


「う~ん、五分五分、ですかね。

心が決まったら電話して下さいって言っておきました。」

「美人で、頭も良い。あなたへの信頼と依存も深かった。

今朝、ソファに押し倒しちゃえばスカウトの成功は確実だったのに、

変な所で律儀なんだから。ホント難儀な性格よね。」


...Sさんお得意の憎まれ口には慣れている。


兄との関係を知った後、彼女と接する時に、

俺はいつも彼女の『弟』の立場を意識した。あくまで『模擬』だけど。

それでも姉弟や異性の友人同士、体の繋がりに依存しない強い絆を実感する。

彼女が生まれ変わるには、それが絶対に必要だと思ったから。


そして、Sさんも同じ意見だったのに。

つまり俺の心を読むのが怖いから、鎌をかけて、俺の口から聞きたいって事。

全く、難儀な性格はどっちなんだか。


「彼女が泣き止むまで、ずっと手を握って肩を抱いてました。それだけです。

それで、外法に手を染めた術者と同じような事をして良いなんて、

まさか本気じゃありませんよね?」


Sさんは両手で俺の頬を挟み、唇にキスをした。


「冗談よ。怒らないで。愛する夫が綺麗な女性の部屋にお泊まり。

しかも帰ってきたのはお昼前。ちょっと位、愚痴を言っても良いでしょ。

お願い、機嫌直して。」


小さく溜息をつく。やっぱり心にもない事を。

「怒ってなんかいませんよ。それよりスカウトの件、どうなったんですか?」

「心当たりに電話したら、すごく乗り気だった。

もしスカウトが失敗したら断るのが怖いくらいに。」


「もう、おとうさん!あらいもの、まだおわらないの?」


頬を大きく膨らませた翠の後ろで、姫が笑いを堪えている。

「あ、御免。もうすぐ終わるから、それから一緒に絵本読もうね。」



数日後、夕方5時過ぎに市内の総合病院を訪ねた。


ロビーを見回す。

その女の子は、すぐに分かった。ベンチに座り、外を見ている。


誰かを待っているような、何かを怖れているような、寂しげな表情。

傍らに小さな松葉杖。胸が痛いが、回復は順調で退院も近いと聞いていた。


ゆっくりと歩み寄り、その子の隣に座った。

怪訝そうに俺を見た女の子に声を掛ける。

「○村佳奈子ちゃん、でしょ? お誕生日、御目出度う。」

女の子は目を丸くした。


「どうして私の名前を?それに、誕生日も?」

背中を丸めて、女の子と視線を合わせた。

「僕は魔法使いなんだよ。君のお父さんの古い友達でね。

だから仕事を頼まれたんだ。」


「でも、私のお父さんは。」

「そう。9年前、お父さんが亡くなる前に約束をした。とても大事な約束。

「どんな、約束?」


声を潜め、女の子の耳に囁く。


『君を護る、約束。』


「君には、恐ろしい妖怪が取り憑いてる。

その妖怪は、君の大切な人に化けて君の命を狙う。

しかも、君が成長するにつれて妖怪の力も強くなるんだ。

このままだと、何時か君は妖怪に飲み込まれてしまう。

だから君を護ってくれって頼まれた。そして今日が、その約束を果たす日。」


「大切な人に化けるって...お母さんとか?」


やはり、この子は自分を襲ったモノを見ている。まるで母親そのものの、式の姿。

自分を襲ったのが、大好きな母親だなんて信じたくない。

それで、子供心に必死で自分の記憶を。だから3度とも怪我の原因は不明。


「油断させて、襲うんだ。ほら、その足の怪我にも妖怪の気配が残ってる。

原因の分からない怪我をするのはこれが初めてじゃないでしょ?」


女の子の表情が、突然ぱっと明るくなった。


「うん、3回目。でも、私の怪我は悪い妖怪のせいだったんだね。」

「そう。だから、これを持ってきた。世界で一番、強力な御守り。」


女の子の視線を十分に引きつけて、それをポケットから取り出した。

銀のハートに、細いプラチナのチェーンを通したネックレス。

「ほら、綺麗でしょ?これをあげる。

そしたら、もう二度と、妖怪は君に手を出せない。」


「でも、そんな綺麗なもの貰ったら、きっとお母さんが。」

「大丈夫、お母さんにはこう言えば良い。

『この御守りはお父さんのお友達だった魔法使いから貰った。』、

そして、『ずっとこれが私を護ってくれるって言ってた。』って。

どう?ちゃんと言える?」


女の子は大きく頷いた。

「じゃ、かけてあげよう。お父さんとお母さんの想い、大事にするんだよ。」

白く、細い首の後ろで留め金を留めた。ゆっくりと、立ち上がる。


「良く似合う、これでもう大丈夫。じゃ、僕は行くよ。

次の仕事が、あるからね。」

「あの、名前。お兄さんの名前を、お母さんに。」

「R。お母さんには、それで分かるよ。さようなら。」

「...さよ、なら。」



それから二ヶ月程が過ぎ、お屋敷の周りでも秋の気配が深まっていた。


榊さんに依頼された仕事を終え、お屋敷に戻ると玄関先に見慣れた軽トラ。

『藤◇』の文字。「あざっした~。」 配達の人の元気な声。

「いつも御苦労様。」すれ違いながら声を掛ける。

仕事で消耗した俺のために、Sさんと姫が、出前で美味しい寿司を?


ドアを開けた。 何だ、これ?

差し渡し1m近い舟盛りが二艘。豪華な寿司とお造り。

そして紅白の紙で包まれた日本酒。


「おかえり~。おとうさん、こんやはごちそうだよ。」

翠と、その後ろにSさんと姫の笑顔。

「これは、みどりの。きれいでしょ?」

「美味しそうだね~。全部食べられるかな?」 「うん!」


翠が持っている折り箱には色とりどりの小さな手鞠寿司。

藤◇の大将の、心遣いだろう。


「もう少し早かったら、電話で話せたのに。残念でしたね。」

電話...誰かが俺に電話を?それに、この舟盛り。何かのお祝い?


「あの、今日って何かの記念日でしたっけ?全然、憶えてなくて。」

姫とSさんは顔を見合わせて微笑んだ。

「結納のお祝いよ。美枝子さんから『弟君』に。」


美枝子...あの女性の、結納?

「相手は私の従兄。彼女より2つ年下で、きっとお似合いだと思ってたの。」


彼女の指導を引き受けたのがSさんの叔母夫婦だという話は聞いていた。

『お似合いだと思ってた』というのなら、

それも紹介先を決める条件の1つだったんだろう。

あの朝、押し倒していたらマズい事になってたんじゃ...

いや、誓ってそんな気は無かったけれど。


「式は来月、是非家族で出席して欲しいそうです。電話、かけ直しましょうか?」

「あの、娘さん、佳奈子ちゃんは?」

「叔母と従兄が佳奈子ちゃんをすごく気に入ってて、

佳奈子ちゃんも懐いてるみたい。」


それなら、心配ない。安心したら腹が...空腹で倒れそうだ。


「もう、式には出席するって返事したんですよね?」

「勿論!」 Sさんと姫は声が重なった。

「じゃ、まずはその御馳走を。もう、お腹ペコペコで。電話は御馳走の後に。」

「了解です。それにしても、Rさんて。」


「え?」 姫が真っ直ぐ俺を見つめている。

「最近、何だかとても頼もしい感じで、素敵です。」

「あ、あの、そうですか。え~っと。」

「何赤くなってるのよ。全く、デレデレしちゃって、見てられないわね。」


『贐(結)』了/『贐』完

本日投稿予定は1回、任務完了。

次話の検討と投稿準備のため、明日からお休みを頂きます。

その間、別系統の作品を更新予定なので、そちらをお読み頂ければ幸いです。

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