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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第1章 1992~2007
1/277

0101 徴

2012年から『したらば掲示板』に投稿された作品です。

私の書いた原稿を、知人が修正・投稿していました。

掲示板への投稿終了後に加筆・再修正した部分、

新作の追加等も含めて、まとめたいと思っています。


「どなたでも自由に読めるように」/「出来るだけ長期間残るように」


その条件を基に検討を重ねた結果、ご迷惑かも知れませんが、

こちらのサイトでまとめるのが最善だと考えました。


それでは、初公開の新作から。

コロナ禍で暗い話題が多い中、楽しんでくれる方が少しでもあれば幸いです。

0101 『しるし


初めて『それ』に気付いたのは何時だったっけ。

とてもきれいで、不思議なモノ。


ある夜、目を覚ますと『それ』が目の前を飛び回っていた。

大きなチョウかガかと思ったけど、ちがう。

『それ』は小さな小さな女の子。黒い、着物みたいな服。

かわいい顔、背中の羽がボンヤリと光ってる。

そのうち『それ』は夜だけでなく、昼間にも出てくるようになった。


やがて気が付いた。

『それ』が出てくるのは、母さんやおばあちゃんが居ない時だけ。

歌を歌い、話を聞かせてくれる。 とっても、楽しい。

だから出来るだけ一人の時間を作って、『それ』と遊んだ。

初めての秘密。でも悪いことはしてない、きっと大丈夫。

『それ』は少しずつ増えて、秘密の時間はもっともっと楽しくなった。


だけど、楽しい時間は突然終わった。


その日、数えきれないくらい、『それ』が出てきた。

襖を閉めた薄暗い部屋に、にぎやかな歌声。

『それら』が飛び回り、あちこちで羽が光る。

まるで部屋中がクリスマスツリーみたい。

そして、今まで見たことがないモノが出てきた。

やっぱり小さいけど、大人の女の人? きれいな顔が、目の前に浮かんでいる。

白いドレス。背中の羽はハッキリ見えないのに、やさしい風を感じた。

すごく、良い匂い。


「Rさま、初めてお目にかかります。我はこれらの者を束ねる長。

先日知らせを受けて以来、お会い出来る日を心待ちにしておりました。

Rさまは聞いていた通りの、

いいえ、それ以上のお方。本当に、嬉しゅうございます。

ところで本日、我らの宴は気に入って頂けましたか?」


声を聞いているだけで、とっても気持ち良い。

それに、大きな目で見つめられると何だかドキドキする。


「うん。とっても楽しいよ。それに、すごくきれいだし、」

「それは何より。でも...」


なんだか、とても、悲しそうだ。


「『でも』って?」

「はい。此処では、これが精一杯。それが、口惜しいのです。

我らの里でなら、もっと賑やかで楽しい時を過ごして頂けますものを。」


「これより、にぎやかで楽しい...ホントに?」

「はい。それで、如何でしょう。共に、我らの里に参りませんか?」


もっともっと楽しい、それがホントだとしても。

「でもさ、どうしてそんなに親切にしてくれるの?」

それは少し黙って、それからとても楽しそうに笑った。


「ふふふ。本当に、報告通り、聡いお方。そう、そうでなくては困るのです。

包み隠さず、申し上げましょう。

あなたのようなお人の魂を招く事が出来れば、

我らは更なる力を得て、里は栄える。

それより何より、我らは好きなのですよ。あなたのようなお人が、その魂が。」


「『あなたのような』って、どういうこと?」

「あなたは我らの姿を見、声を聞く。それだけでも、人の身には稀な事。

だが、あなたはそれどころではない。天井に向かい、手を伸ばしてご覧なさい。」

伸ばした右手の先に、飛び回る『それら』が羽をすりつける。

今までも『それ』が指や肩にとまることがあった。

やわらかくて温かくて、何だか頭がボンヤリしてくるんだ。


「我らに触れることの出来るお人は、人の世では何かと生き難い。

それよりも、我らの里で過ごす方が...」


そうか。だから、なのかな。

今まで何度も、友だちに『嘘つき』とか『頭がおかしい』って言われたし。

一緒に行った方が良いってこと?

そこでなら、あんな風に言われることはないかも。

でも。 母さん、父さん。そして、おばあちゃんは...


「一緒に行ったら、きっと母さんや父さんは心配するよね?」


それの顔は、少し冷たい感じになった。何だか、怖い。


「確かに。しかしそれらは皆、いずれあなたの傍を去るお方。

我らならば何時までも、あなたの傍にいられます故」


「そこまで、だ。」


急に部屋の中が明るくなって、『それら』の姿は見えなくなった。まぶしい。


「その子がお前達と一緒に行った後、残されるのは、良くて魂を失った抜け殻。

最悪、文字通りの亡骸。そんな話を、認めるわけにはいかないね。」


この声は、おばあちゃん? どうして?

今日、お母さんは、『おばあちゃんと一緒にでかける。』って。

『だから夕方までお留守番。』って。


振り向くと襖が開いていて、母さんとおばあちゃんが立っていた。

姿は見えないけれど、まだ『それら』の声は聞こえている。

この声は、『あれら』の、おさ?


「あなた方に、このお方の魂を導く事は出来ますまい。

悪いようには致しませぬ。我々に託す事こそ、このお方の幸せかと。」


「そう。この家の結界を抜けたんだから、悪気はないんだろうね。

お前達はただ、この子の魂に惹かれただけ。

でも、この子の幸せは、私達でもお前達でもなく、この子自身が決めるべきだ。

それは何時かこの子が、自身の幸せを選ぶ『分別』を身につけてからで良い。」


「『分別』...数多の不幸な前例を、ご存じないとも思えませんが。」


「勿論、知ってるさ。それでも、孫を子を、護りたいと思うのが人の心。

どうしてもというなら、この命に代えてもお前達を祓い、その里を封じるまで。

何の因果か僅かな『力』を持って生まれ、術者の端くれとして生きてきた。

この世の者と、この世の者ならぬ存在を媒するのが術者。

だから出来れば、お前達を祓うような真似はしたくないんだけれど。」


「...大抵の人とは違い、私たちは『分別』を持っています。

我らに破れぬ術で護るのならば、他の妖からも、そのお方は護られましょう。

しかし我らだけは、その術からそのお方の居所を知る事が出来る。

さすれば、その術は『(しるし)』。

既に300年余り待ったのです、焦る事などない。

待ちましょう。あなた方の寿命が尽きる、その時を。

ああ、もしやあなた方は、その時、そのお方を道連れにするおつもりで?」


大きな笑い声が聞こえた後、その声は聞こえなくなった。


「お前の、言った通りだ。あれほどの妖に魅入られるとは...迂闊だった。」

「私も数日前、偶々気が付いただけで。本当に運が良かったとしか。」


「さて、ここからはお前の仕事。

Rの感覚の一部を封じる、ホントにそれで、良いんだね?」

「妖を引き寄せるのは、Rの『業』。

それは私たちの手に負えない、強い力の基になると。」

「そう、普通は代を重ねれば『業』は薄れていく。でもRは違う。

このままでは、いずれ力が発現するし、そうなってから力を封じる術がない。

しかも、『あれら』が言った通り、私とお前では『導き手』として力不足。

『本家』の術者なら...いや、今それを言っても詮無い事。」


「それなら、やっぱり採るべき策は1つ。

私の術がどこまで通じるか、それだけが心配ですが。」

「いや、お前はRの母親。それに、お前の適性は『言霊』。

望む結果を得る条件は十分さ。多少、荒い仕上がりになるとしてもね。」


母さんとおばあちゃんの声は優しい。

でも、二人が何を話しているのか、全然分からない。

そして...母さんも、おばあちゃんも、今まで見たこともない、怖い顔。


母さんがゆっくりと近づいてくる。そっと、抱き締められた。

良い、匂い。とても暖かい。でも、母さんは。


「R。今日は嘘言って、ゴメン...怖かった?」

「少し、怖かったかな。でも、とってもきれいだったし、楽しかったよ。」

「どんなに綺麗でも、どんなに楽しくても、あれらはこの世の者じゃない。

もう、あれらを見てはいけない。あれらの声を聞いてもいけない。」


そうか...もし、母さんとおばあちゃんが来てくれなかったら。

『一緒に行く』と、返事をしていたら。


「ほら、母さんを見て。お前を、この世に産みだした者を。」

母さんは優しく笑って、左手の薬指をそっと舐めた。

白い指、紅い唇。何だか胸の奥がザワザワする。

母さんの薬指がゆっくりと。おでこから鼻、左耳、そして右耳へ。

最後に左右のまぶた、思わず目を閉じた。冷たい感触、そして。


これは一体、何? 聞いたことのない、不思議な声。

閉じた目を、そおっと開けてみる。


母さんの後ろ、両側に柱みたいなものが見えた。赤いのと、青いのが一本ずつ。

振り向くと、緑と白と黒の3本。柱は全部で5本、囲まれてる?

緑と白と黒の柱はすぐ近くに見えるのに、手を伸ばしても触れない。

不思議...母さんはいつもと変わらないけど、

柱の向こうに見えるおばあちゃんは、何だかTVの中の人みたいだ。


母さんの声を追いかけるように、何かが目の前でキラキラと光る。

『あれら』の羽が光るのに似てる。

でも、その光はとても悲しそうな色に見えた。


そうか。 心配、してくれてるんだ。母さんも、おばあちゃんも。

最初『あれ』を見た時に、話せば良かったのかな。

でも、すごくきれいだったし、楽しくて...

せっかく見つけたものを、なくしたくなかった。本当は、今も。


「寂しくないよ。お前は一人ぼっちじゃない。

必要なら、母さんもおばあちゃんも、父さんだってこの中に入れる。

でも、私たちに十分な力が有ればもっと別の...ホントに、ゴメンね。」


母さんの涙。 息が苦しくなる、胸の奥が痛い。

ダメだ。このままじゃダメだ。

母さんにはいつだって、笑っていてほしいのに。


「ふ~ん。この柱の内側で、隠れんぼしてれば良いんでしょ?

柱に屋根を乗せたら、何だか秘密基地っぽくて楽しいかも。」

「...こんな時まで、何バカなこと言ってるの。

流石にこれは、笑い事じゃ済まないんだよ。」


良かった。母さんは少し、笑ってくれた。


「その時が来るまで、お前はここに隠され、護られる。

そして、お前は忘れてしまう。

あれらを見たことも、ここに隠され、護られている事も。」


『その時』 ???

じゃあ...いつかこの隠れんぼが終わる日が来るの?

「『その時』が来たら、また、『あれ』を見ても良いってこと?

じゃあ、『その時』って?」


「Rが大人になれば、自然に封は解ける。

そして、その時どうするかは、お前が決めるんだよ。

もし、私たちより優れた導き手が現れたなら...」


何だか、眠い。とっても、眠い。


「ゆっくり、眠りなさい。そう。眼が覚めたら、全部上手くいくから。」


まぶたがゆっくりと、ひとりでに閉じていく。

もう一度。抱き締められる、温かい感触。母さんの笑顔。


それと重なるように、母さんとは違う笑顔が見えた。 これは、誰?

透き通るように冷たくて、とてもきれいな、優しい笑顔。



「徴」 完

R4/06/20 追記

此方にも「いいね」を頂きました。

こちらで初投稿となる作品ですので、とても嬉しいです。

投稿をする上で、何よりの励みになります。

本当に有り難う御座いました。

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