異世界編5-「人ならざるは表出する/させる意思」
確実に迫りくる、戦艦「ミズーリ」。
巡洋戦艦「穂高」擁する異世界国連軍は、更なる敵の出現に見舞われつつも、決戦への用意を進めていく。
一方で、「精神魔法の継承者」クラナ・タマセがこぼす、真理の片鱗と勝利の道筋は…
―*―
「あるいは、『次に魔王になれる人物』かな?かな。」
青みがかった黒の超ストレートの、私と同じくらいの年の少女。子供っぽくて、でも、神秘性がある。背は私より低いから150くらい?胸はない…
…きれいね。スマート。ママとは正反対で、峰山さんに似て仕事ができそう。
…って、次に「魔王」になれる人物?
「…魔王と呼ばれるほど、魔法に強いのですか?」
どうやってか、私たちの名前も知られているし…
「あ、敬語じゃなくていいよ、敬語苦手でしょ。でしょ?というか、使わない方がいいって、師匠に言われてない?」
…峰山さんのことまで?精神系魔法って、そんなに強力なことがあり得るの?心を壊すことはできても、覗き見るなんて…
「それで、魔法力は…
…あなたたちが、魔法力としているモノとは、一段階別の力、疑似魔法ではあるけど…」
「疑似、魔法…?ニセモノ?
私たちの魔法とは、違うの?」
「少なくとも、サンエルフの感覚では、きれいな魔力ではありますが、ちゃんと魔力ですよ?」
グリフッツがそう言うなら、間違いなく、それは魔力で、魔法。
「…非常に重要なことだけど、頭に染みてこないかもだから、話半分でお願い。
玲奈さんが言う魔法って、要するに、『それで魔法が使えてそういう結果になる』っていう、世界の弱さの上にある魔法だよね。よね?
私の魔法は、その上の、『そういう結果になれ』っていう、世界と概念に関わる魔法だから。
言い換えれば、普通の魔法は、魔法が使えると思ってるから変化が起きるだけど、私の場合、魔法は思いに関わらず真理として使えるもの、かな?かな。」
どういう意味…?
「ごめん、忘れて?
―事象観測度上げ―
―脳内電子網干渉―
―電位変化解析―
―削除―」
…っ、今、何、を…?
「とにかく、世の中にはいろんな出会いがあるんだよ。そういうこと。」
でも、なぜか、安心する…これも、魔法?
「それで、聞きに来たのは、帝国軍を止める方法?
それは一つだけかな。かな?」
「一つだけ?」
「…『BB-63 ミズーリ』の、撃沈と機能停止。それのみだよ。
だって、帝国軍を操っているのは、『ミズーリ』、もっと言えば、『ミズーリ』にそうさせた、この世界そのものだから。」
「この世界そのもの…って、どういうこと?」
「今、いろんな人が、二つの世界を一つにしようとしてるよね?
世界そのものもまた、くっつこうとする力が働いてるんだよ。
因果律的な作用で、世界は一つへ向かう。
『ミズーリ』は、その力が集結した、代弁者、かな?
いつの時代も、強いモノに力が集まるのが世界の摂理…みんな、そう思ってきたでしょ?」
「それはだって、力が集まってるから強いんだし…逆じゃない?」
「ううん、『魔法が使えるから魔法使いと思われる』んじゃなくて、『魔法使いだと思うから魔法が使える』…世界の脆弱さに付け込んでね。
そういう、革新的なことは、とりあえずいいの。言い過ぎるとかえってよくないはずだしね。
私がここで重要だって言いたいのは、つまり、『ミズーリ』、その内部の意思を破壊しないと、帝国が消滅してもまた新たな生贄が出るだけだって話。『ミズーリ』を中心として形成された世界の意思は、魔法よりさらに上の段階にあるから、魔法的な解決は望めないし、どう見ても技術的な解決もできそうにない。
だったら、その手でどうにかするしかないよね。よね?」
「だから、撃沈が唯一の選択肢である、と?」
「うーん、えーっと…そう思ってもらっても、かまわないかな?かな。
帝国への洗脳を解き、現状の混乱を解決し、全員の悩みを解消するとしたら。
『ミズーリ』を撃沈せしめれば、すべて、うまく行く。」
…なんだろう、何か、おかしいような、乗せられているような…気のせいよね。
「そう、上に伝えればいいの?」
「そうだけど…まさか帰るつもり?悪いことは言わないから宗都に残ったほうが良いよ?
ここは、直接『ミズーリ』が来ない限り、私によって安全だから。」
「じゃあ、ありがたく、そうさせてもらっても、いい?」
正直、こんなきれいなところに泊まっていいのか気が引けるけど。
「もちろん♪」
満面の笑顔で、私は、浮かんでくる不安を打ち消されていた。
―*―
隠してることは、いくらでもある。
例えば、私の正体。
例えば、世界が一つになろうとする論理的な説明。
根本に道理を越えたものがある限り、言葉と論理で説明することには無理がある。そして、理解が中途半端にされたなら、ただ罪悪感だけを授けてしまうかもしれない。
だったら私は、帰結が決まっているのなら、そこへ導いてみよう。最も良いと推定される道筋で。
…いつか、彼女には、責められることになるけれど。
なぜ、「ミズーリ」にルゼリア・エンピートが必要だったのか。
答えを知る私とすれば、空間と違って時間は逆行しないから、どうしようもない。
…それにきっと、これは、万人が、心の底では望むことー
-でなければ、2つの世界は、融合へは向かわない。
…「虚ろに響く世界の理」とやら、手が届きそうではあるけど、コレが「天上の意思」でいいの?
…本当に、万民が導くこの世界は、そんな路へ…いいの?
―*―
神歴2723年5月23日
「む?」
神国皇帝フラテㇽゥスィクⅢ世は、共有収納魔法に異変を感じ、魔法陣を作り上げてチョキで指を突っ込み、中から便せんをつまみ上げた。
「ふむ?
む!?」
顔色が急変する
「…文面だけではもはや満足できなくなってしまったな…絵でも遅い。国連に応援要請だ。」
筆を執り、書きなぐり、同じ魔法陣へ放り込んだ。
―*―
「これは…」
神帝直々の要請の内容は、簡潔にして重大だった。
〈南洋大陸の副都グㇻンゼゥムに、伝え聞く「穂高」にも似た巨大軍船による火炎攻撃あり。人工衛星により確認されたし。〉
南洋大陸は、地球で言うオーストラリアに相応する。グㇻンゼゥムはその北部海岸中央にある神国の副都であり、太平洋域の島々や南洋大陸を統治する拠点であるとともに、外洋交易の中心でもある。ここが機能不全ともなると神国海軍の太平洋域での行動そのものが難しくなってしまうほどだ。それに、手狭なセーリゥㇺ港やギルド商人独占の赤海内の港を避け、外洋商人もグㇻンゼゥムを利用する者は多い。
が、衛星映像を見るに、グㇻンゼゥムは手遅れだった。
煤で、都市全体が黒い。
砂防林も、掘り込み式の巨大な港も、砂丘の奥に作られた、砂を凝結させて建築した茶色の低層建築が荒野の中まで侵食する街並みも、虫食いのように空いた巨大な砲弾痕にボロボロにされていた。ネズミにかじられたチーズの様相を呈している。
「…魔法では、ないんだよね?」
太田友子は、戦慄を禁じ得なかった。ヒナセラの都市規模で同じ攻撃を受けていたら、カーチス・ルメイも真っ青の石器時代ですらない更地しか残らない。都市が大きいからこそ、パッチ状に残る建築物で面影がわかるのである。
「…これは、どう見ても、大口径砲の射爆痕に見えるなあ。」
「…でも、『ミズーリ』じゃない、だって、大陸西岸にいるのを今も衛星が映しているし、ミサイルではなく砲弾なんでしょ?」
アイオワ級が宇宙戦艦だったらともかく、と峰山武はジョークを添えたが、かえって、太田大志の表情は険しくなった。
「宇宙戦艦…とはいかないけど、あまり違わないと思う。」
「…いやあの、いくらなんでも宇宙は遠いよ、大志っち。」
「そうじゃなくて…
この世界には、まだ、もう1隻、超弩級戦艦が残ってるって話。」
「え、戦艦?『穂高』と『ミズーリ』以外は…だって、鉄船も大砲もヒナセラから始まってるし…あ!」
「…そういうことね…」
どうやら、宇宙フィクションでは260年余を要したそのフネの復活は、異世界では16年でよかったらしい。
「これができる、所在不明の軍艦…
…初のオリハルコン製戦艦、大和型戦艦1番艦『大和』しか、ありえない。」
―*―
かつて、「異世界研究同好会」及びヒナセラ自治政庁は、穂高型不沈戦艦計画に先立ち、まず、随意金属の随意性を試すため、かの戦艦「大和」を完全復元した。
しかし、中国工作員である透河元により、「大和」は持ち去られて、転移してきた改改ウリヤノフスク級原子力航空母艦「黄河」に曳航され、ヒナセラを襲撃した。これを初陣にして華々しく迎え撃ったのが就役したての不沈巡洋戦艦「穂高」であった。
その後、中国人民解放軍異世界対策部隊の勝手を見限った透河元は、総書記直属工作員として「黄河」を撃沈、協力した帝国軍魔法使いの力で「大和」を動かしバミューダに向かい、そこから地球に帰還して太田ら同好会メンバーに対する対策部隊コマンドによる攻撃を迎え撃った。
が、その辺りの事情伝達は、同好会解散のゴタゴタで、うまく透から伝わりきっていなかった。だから、うっかり太田は、カリブ海比定地域の衛星偵察をおろそかにしてしまったのである。
燃料弾薬0の状態で、魔法のみを頼りに、「大和」に乗せられた帝国軍の魔法使いは大西洋域の反対側の自国領とのと連絡を取り、爾来16年、衛星にとらえられることなく、そしてついに、歴史の表舞台に帰ってきたわけだった。
―*―
「最強のミサイル戦艦の次は、最凶の大艦巨砲主義戦艦か…」
さすがに、愕然を禁じ得ない。
-スペック上、56センチ砲搭載、対51センチ砲装甲の穂高型巡洋戦艦は、46センチ砲搭載、対46センチ砲装甲の大和型戦艦にワンサイドゲーム以外ありえない。
が、それは、本来ではの話。どちらも意思に応じて変形する随意金属製である以上、ある程度の自動修復能力がある。もちろん艦そのものに組み込まれたミロクシステム思考回路に依存する「穂高」に対し、乗員に依存する「大和」の修復に問題があるのはそうだろうけど、番狂わせには充分かもしれない。
そしてそれ以上に、燃料も弾薬も手に入らないからには魔法で動き攻撃するはずで、であるからには航続距離と攻撃能力が補給なしに無限かもしれない。
何より、「大和」は16年前、「穂高」に対し、主砲を電子加速砲として攻撃してきた。46センチ砲弾であっても数マッハであれば「穂高」の装甲を冒しえる。そして「穂高」よりも「大和」は主砲門数が多いー
「対地砲撃と三式弾系統による対空攻撃、攻撃持久力なら、『大和』が勝つか…」
逆に貫通力と防御持久力では大和型は話にならない。
「…大志っち、それって、『穂高』でも、危ないってこと?」
友子には、うなずくまでもなく以心伝心で伝わる。
「…そっか。」
「それで、どうするべきだと思うの?」
「きっと、『ミズーリ』と合流する。だけど、いくらなんでもそれを同時に相手取るわけにはいかない。
かと言って、もたもたして宗都沿岸への接近を許したら、陸上の帝国軍と共闘されて、宗都を守り切るのは不可能になる。」
2隻のトップクラス超弩級戦艦に艦砲射撃をされた後に都市防衛線をできる戦力があったら、軍事専門家は全員切腹だ。硫黄島の栗林少将ならあるいはとも思うけれど、相手と場所が悪い。
「…分断して、各個撃破。そういうことね?」
「峰山さん、その通り。
沈めるのは無理にしても、『大和』を足止めする。オリハルコン製戦艦とは長試合になるから。
ジョナサン艦長の『エルドリッジ』にも協力してもらってミサイルを撃墜しつつ、神国艦隊の魔法力で『ミズーリ』を沈め、残る『大和』と弾切れまで撃ち合って宗都接近を阻止する。」
戦略的には、宗都を帝国軍から守り切らないといけないのだから、これが正解だ。再び「門」が開く云々は抜きとしても、玲奈が我を忘れたと報告するほどの魔力、今の帝国軍が手にした結果何が起こるか想像したくもない。
「…で、大志っち、それ、足止め役は命懸けだと思うんだけど…どうするのさ。」
…それこそ、一番困ったところなんだが…
「もうすぐ来る、護衛通報艦の増援に任せようと思う。直接は相手にならないけど、足止めでよければ、手はある。」
「なるほど。わかったわ。でも、その戦法でも、危険極まりないことにかわりは…」
「それでも、代替戦力は簡単に手に入らないし、正直致し方ない。」
もっとも、護衛通報艦の該当装備にも、限りがある。引き際を見誤らせてはならないし…本格砲戦になればおやつにしかされない。…乗員が進んで「行く」と言わないなら、この策は凍結だ。
「…わかったわ。関係各国各所に伝えておくわね。」
「ヒナセラには、私から伝えておくよ、大志っち。」
―*―
神歴2723年5月25日
ヒナセラ自治政庁はかねてより、海軍拡張を考えていた。
軍拡を可能とするのはむろん、技術力を背景とした急激な急成長である。しかし、都市圏の広さに限界がある以上、成長に限界があり、またそれほど持続可能性を気にした成長法ではない(これは、産業革命時のイギリスにCO2排出量削減を迫るのと同じくらいに、異世界での技術革新における各種配慮が無謀だからである)ため、資源の枯渇は差し迫った問題だった。
資源を補填し、さらなる経済発展を行うためには、交易、そして海外商人からの投資を呼び込む必要がある。
が、根本的な問題があったーヒナセラには、信用が足りなかったのである。
信用とは、長期間の安心と安全により養われるモノ。新興国家で、しかも類を見ない「議会制民主主義」という政体を採用するヒナセラには、興味を集めることはできても信用を得ることは難しい。
太平洋・インド洋比定海域(地球においては東南アジア島嶼部で隔てられているが、異世界においては隔てられていない)での大港と言えば、帝国新都アルクーン、東方連邦王都ルクスク、神国副都グㇻンゼゥム、辺境伯領最大都市ジェドㇽシㇵー。これらがいずれも世界都市の名にふさわしく、ルクスを除けば数百万の人口を誇るのに対し、ヒナセラの人口は都市圏でも数万。もともと商機に乏しい。
シンガポール的な中継港を目指すにしろ、確かに気象の影響を受けにくい円形湾港は自然の良港ではあるが、人間的にはまずい。
第三極となった「ヒナセラ・東方・リュート3国同盟」のイニシアティヴを握ることは、2帝国からの強襲を受ける危険を示す。
結局、商人を呼び込むには、軍事的安全保障をヒナセラ港が得なければならない。
こうわかったことで、ヒナセラの大海軍計画は議会審議を通過できた。
計画上、穂高型戦艦の2番艦を中核とした第2艦隊を創設することが、長期目標となった。
が、法案を可決するのと実行するのとは違う。
「穂高」はオリハルコンと内部に張り巡らせたミロクシステムのおかげで最強兵器の名をほしいままとしたが、オリハルコンはもうないし、ミロクシステムもホストの松良あかねがいなくては復元は不可能だし、集積回路ですら製造は困難を極める。
最低限、56センチ砲搭載の戦艦であればなんでも良いとしても、まず、そもそも第一に、鉄鋼生産量とドックが足りない。大型船用ドックから建造予定を数年間叩き出してからドックを何倍にも拡張しなくてはならないとなれば、どうにもならないとかそういうレベルではない。
宙に浮いた穂高型2番艦計画の代わり、つなぎとして計画されたのが、量産型護衛通報艦「愛」型。漢字筆記で「〇愛」となる言葉を艦名に持つこのシリーズは、海防艦の役割を果たすため測量艦「三保(改)」をタイプシップとした設計で、人力旋回の12センチ単装高角砲と23ミリ連装機銃を2基ずつ主兵装として備え必要に応じて爆雷や機雷を搭載するマルチ小型艦であり、動力船ながらも帆走設備を兼ね備えるなど、様々な状況への対応が想定されていた。
設計図と製造法は、同盟国である大陸東方連邦王国とリュート辺境伯領にも供与され、すでにリュートでは準同型艦「人徳」「報徳」が就役していた。これにはただ3国同盟の軍事力を2帝国に追い付かせようというだけでなく、機械動力による産業構造を異世界に根付かせることでその中心地であるヒナセラの地位を向上させようという考えもある。
もちろん、ヒナセラでも護衛通報艦の量産は行われ、ドックの増設だけではなく、東方連邦加盟都市国家の協力も得て、まさに造艦ラッシュが訪れていたところであったー2月には2隻だった愛型は、5月の今、8隻の増援艦隊として湾岸地方へ向かっていたのである。
2枚の帆をいっぱいに張り、丸っこい船体の艦首部、魚雷発射管(!)前の船首楼で波を切る、88メートルと言う異世界では特大サイズのフネ8隻。いずれの煙突も、煙を吐いてはいない。
通報艦艦隊旗艦「敬愛」艦橋では、テレビを改造した通信モニターを前に、艦隊幕僚たちが額突き合わせていた。
「どう思う?」
「あのタイシ・オータ閣下の指示です。勝算もあるのでしょう。」
「しかし、それにしては、『命令拒否を責めない、各人の判断で作戦参加を決めてほしい』とは、弱気ではないか?」
「…『穂高』のような大艦相手となると実際震えますな。」
「一撃もらったらおしまいだからな。」
議題は、赤海の「穂高」艦上にいる太田大志からの「『ミズーリ』を沈めるまで『大和』を足止めしてほしい。命がけなので作戦参加を拒否しても責めない」というビデオメッセージだった。が、自由裁量権が授けられると、人はかえって戸惑うものである。
「それでも、できるというのならば、してみたい気もするけどな。」
「そりゃ、まあ、俺たちはしょせん『第2艦隊』だし?」
-燃料消費を抑え帆走である護衛通報艦艦隊の到着は、核融合機関搭載の「穂高」とそれに曳航された2隻の護衛通報艦「友愛」「親愛」に比べ、かなり遅くなる。間に合わない可能性も考え、護衛通報艦艦隊に配属された乗員のレベルは一段劣るー少なくとも、メンバー皆、実力が劣ったものとして評価されたから第2艦隊配属なのだと考えていた。
実際には、穂高型2番艦がいつかできることを見越しての「第2艦隊」なのだが、しかし、乗員たちの劣等感までは、隠しようがない。
「…見返す、か?」
とりわけ、乗員がヒナセラ国民のみの「敬愛」以外の7隻では、指導官以外の乗員はすべて東方連邦加盟都市国家の国民であり、「信用されていないのか?」と言う思いが払拭できない。
東方連邦の国土は地球に比定すればアムールからベトナムまで、ウイグル自治区東端から東京まであり、その中に点在する数百の都市国家の大部分は、北端の海岸都市ルクスクより、日本比定域にあるヒナセラのほうが近い。それに、あまりぱっとしないルクスクのエンテ王朝より、進歩的なヒナセラの自治政庁府に義理立てしたい都市国家のほうが多いー特に、ヒナセラに対し共同で海軍の運営をしたいと申し出て愛型護衛通報艦を動かす都市国家にその傾向が強いことは、言及するまでもない。信用されていないなど悲憤慷慨である。
「…士気もどうせ落ちるだろう。偉業が、あっても良い。
少なくとも、身共ら『汎愛』の乗員は皆、故郷の家族に、『ヒナセラにおんぶにだっこじゃなく、自分たちで何か一つ成し遂げてこい』と言われている。」
「うちら『畏愛』は、国柄だな。他が戦ってるのを、黙って見ていられねえ。」
「…ェセルギドゥ市はそう言うと思ったよ。」
呆れながらも、「慈愛」艦長の青年は、先の2隻艦長に続き手を挙げた。
「…3隻は参戦か…
…おいても行けまい。
命がけの戦いになる。それでも、ついてくるならば、この旗艦『敬愛』に続いてくれ。
艦長は各艦に戻り、相談の上、あらためて、戦艦『大和』足止め任務に就くかどうか検討すること。
命を惜しんで退艦しようという乗員がいても、責めてはならない。追って連絡があるだろうからその通り、安全なところへ退避させる。
以上、質問は!」
手が上がらないのを見て、「敬愛」艦長は初めて、緊張を解いた。
―*―
神歴2723年6月6日
衛星映像は、確かに、大陸東の喜望峰(名前は違うが)を回り東進するアイオワ級戦艦「ミズーリ」と、南洋大陸から西進する大和型戦艦1番艦「大和」が、赤道付近の海上で合流するのを確認していた。
ぎりぎりでセーリゥㇺ港に滑り込んだ護衛通報艦艦隊は、2割近い退艦希望者を陸上へ退艦させ、赤海の外側で配置につく。
国内で2番目に防備されている都市グㇻンゼゥㇺを消し飛ばされた神国は、セーリゥㇺ市を生贄にすることを覚悟の上で、自慢の魔法艦隊を赤海内部に集結させる。
そして、「ミズーリ」「大和」双方に、確実に優っている唯一の兵力である不沈巡洋戦艦「穂高」が、宗都沖合で不可侵たる門番として立ちふさがる。
水深の深いところでは原子力潜水艦「エルドリッジ」が、「ミズーリ」よりのミサイル迎撃と「ミズーリ」へのミサイル攻撃を行うため浮上待機する。
帝国陸軍は帝国陸軍で、要塞都市リンベルを突破した勢いでいくつもの都市を陥落させ、宗都を地平線の内側に収めるところまで進撃したーが、そのまま宗都を攻め落とすわけにはいかなかった。なぜなら、前線の兵は、「黒髪が青く輝いてきれいな少女(=クラナ・タマセ)」の姿を見た途端、足が動かなくなり、進軍を停止してしまったからである。さすが、「精神系魔法の継承者」と伝承される当代というだけあった。
かくて、帝国軍はクラナ・タマセの精神系魔法の効果を受けない「ミズーリ」の砲撃により彼女を抹殺、しかるべきのちに宗都の膨大な魔力で「門」を開き、二つの世界を征服する方針を固めた。
「…大勢は、固まった、か。」
「もう誰も、戦いを逃れられない。そうなったわね。」
「いよいよ明日は、決戦、だね…」
太田大志、太田友子、峰山武は、それぞれ短くつぶやいたきり、押し黙った。
―*―
「案の定、こうなったね…」
クラナ・タマセは、誰に聞かせることもなくつぶやいた。
「運命の意図が少しずれたら、世界の敵は、私だった。
…仕組まれたに過ぎない、こんな私でも、幸せになれる。それってとっても、いいことだよね。よね?」
誰もが、誰かを責めることなんてできない。
誰もが、誰かを苦しめることに加担している。
-誰もが、この戦いに、最初から負け、けっして、凌駕することなどできはしない。
「…私は、何をすればいいんだろうね。ね?」
次回、「穂高」艦体VS「ミズーリ」「大和」!