異世界編4-「パワースポットへ」
いよいよ本格参戦する、ヒナセラ海軍とアメリカ異世界派遣軍。
巡洋戦艦「穂高」は、海神たらんと湾岸地方に現れる。
一方で、太田玲奈は新たな地へ。
待ち構えるのは、希望か、それとも…
―*―
神歴2723年4月16日
それは、突然のことだった。
突破されかけのギルド第2防衛線要塞都市リンベルでは、まさに、帝国軍200万が、大規模魔法により城壁を破壊、幻惑系魔法によりわずかに手元が定まらなくなっているギルド傭兵と魔法使いたちの壁を突破し、国連軍兵力を2分、各個撃破しようとしていた。
が。
突如として衝撃波をまき散らしながら落下して大爆発を起こした7発の巡航ミサイルにより、帝国軍の本隊は全滅した。
トマホークミサイルには、本来、GPS誘導の機能がある。GPS衛星系は存在しないが、代わりにこの異世界にもヒナセラ構築のうのめシリーズ衛星システム衛星系が存在し、これに新衛星「ねこのめ」を追加しつつソフトウェア改修を行うことで、トマホークミサイルの精密誘導も可能になっていた。
大将首を一気に十数取るとともに、数万の命を一斉に焼き尽くした爆発に、帝国兵の誰もが振り向いた直後。
「…ルゼリアの、仇。」
半径10メートルほどの魔法陣だったが、それを透過した光線は、赤外線も紫外線も可視光も電磁波も、「意変光」魔法によって、ガンマ線に変えられる。
バギオが透明な紙ごと魔法陣の傾きを少しずつ変えていくだけで、一旦停止した進軍の先頭が、高レベル放射線を照射されたことによってほぼ即死。帝国軍の進撃が、わずかに、停止した。
そして。
それだけの間でも、軍司祭団が、味方に属するすべての防御を強化する「聖加護」神聖魔法により城壁にバフをかけ、防御を持ち直すには充分な時間だった。
―*―
「さて、神帝陛下、お初にお目にかかるわ。」
謁見手続きやその他諸々の面倒をすべてすっ飛ばし。
峰山武は、わずかなNAVY SEALS隊員とヒナセラからの随行員を引き連れ、いきなり、神国の中枢である聖典聖坐へ乗り込んだ。
「…何のつもりだ。」
神帝フラテㇽゥスィクⅢ世は、さすが世界の半分を統べる宗教指導者なだけあって、鼻先に56センチ砲を突き付けられている状況でも、すくみを見せなかった。
「ちょっと、内政干渉に来たわ。」
そして峰山もまた、一歩も引く構えなく、善意の押し売りを始めた。
「早速だけど、全兵力、貸してくれない?」
―*―
亜人族には、2系統あるとされている。林人系統と獣人系統である。
このうち林人系統は、東方辺境にも生息しており、日本の伝承に現れる「カッパ」「テング」などの正体と思われる者たちもいる。身体能力が優れている他はホモ・サピエンスと違いがない。
一方で獣人系統への迫害ははるかに強く、今やリュート辺境伯領以外ではほぼ完全に絶滅している。彼らの場合、生物系魔法と思われる身体変質魔法を用いて人間体と獣体を使い分けることができるが、ために、人間から獣になったのか、魔物が人間になる術を手に入れているのかわからないだけに、ジェノサイドが行われたのだ。
が、そんな亜人たちにはそれぞれ、純人間にはできない芸当が存在した。
林人系統は、身体感覚に優れている。常人ならば窒息して当然の沼地でも余裕で潜れる種族や、木々の上を平気で飛び移る種族など、枚挙にいとまがない。
獣人系統はもちろん、獣形態の時、人間をはるかに上回る身体的能力を有する。
彼らの協力を得られたことは、長いリュートの歴史が間違っていなかったことを、如実に証明するものだった。
もちろん、亜人は亜人であって、だから、「神に祝福されぬ者らに与える恩寵などない」とのたまう神国の反発は織り込み済み。それどころか、ヒナセラ政府顧問団である太田夫婦と峰山武は、これを機に、異世界ならばどこにでもあると言っていい奴隷と亜人と女性への差別について、一挙に無理やり解決するつもりでいた。だからこそ、各亜人族の長老衆も、斥候や前線連絡と言った危険な任務を引き受けてくれたのだ。
だから。
「要求は極めて簡単。たったふたつ。
一つ、全兵力を国連軍に供出し、湾岸地方に差し向けること。
二つ、いい加減、「神の下での不平等」は辞めなさい。」
「断る!」
「じゃあ要求から命令に変えてもいいわ。」
いくら、「過激派」を日本にいたころから自称してきたとはいえ、峰山も、本来はこんなに上から目線で無茶苦茶を言う性格ではない…ない、はずだ。
が、今度ばかりは、違った。
「この際だから、はっきり言わせてもらおうと思うの。
…私は、この国のことも、あなたのことも、大っ嫌いよ。」
―*―
正確には、この国に恨みがあるわけじゃない。いや、いっぱいあるけど。
だけど、それより前から。
「あなたの神様は、私に、私たちに、何をしてくれたの?」
「我らの神は、存在そのものが恩寵である。存在し、信仰されるからこそ、世界が存在し得るのだ!」
「は?」
ここまで病んでると、末期ね。
「私たちの世界にも、世界を支えてたり創ったりしたっていう神様はいっぱい信仰されてた。
…ほとんど信じられなくなったけど、ね。
だいたい、あなた、その神様の姿、見たことあるの?声を聞いたことは?」
「姿など見たら目がつぶれてしまうではないか。しかし、神のお告げも信じないとはなんという不信心者だ!いますぐ八つ裂きにして」
「そう、それよ。
…あなたの神様は、例えば親が、隣人が、親友が、突然八つ裂きにすべきって言われて、それでも従うべきような神様?」
宗教を私が信じないただ一つの理由は、「宗教は、最もたちの悪い詐欺だから」。
もちろん、「宗教は真実だ。信じることに意味はある」と主張する自由は、誰にでもある。でも、「『宗教が嘘だと言う事』は認めない」と主張し、制限する自由は、誰にあってもいけないものだ。
-まして、神様が救ってくれる、だなんて、詐欺もいいところだ。
「もちろんだ。そう思えるような我々だからこそ、我々は生きることを赦されているのだ。」
「そう?
…おかしいわね。あなたたちが言う、神様が認めない人々、つまり亜人たち。彼ら、あなたたちがいじめるからあなたたちより厳しい環境にあるけど、なお、滅んだりはしないわよ?」
「それは…」
「私は、人間の根底にあるべきは、優しさだと思ってる。」
あるんじゃなくて、ある「べき」だけど。
「道でおばあさんが転んだら、すくい起こしてあげる。
子供がすりむいて泣いていたら、手当てしてあげる。
迷ってる人がいたら、道を案内してあげる。
誰が傷ついてるところも、見たくないでしょ?」
その上で。
「あなたは、転んでる人を蹴飛ばすの?
あなたは、子供のキズに塩を塗るの?
迷ってる人を裏路地に連れ込むの?
…宗教がしてきたことは、まさにそれで、それだけよ。」
ここは、この地域は、地球の緯度経度では、中東に当たるーそう。アブラハムの宗教の分派でしかないユダヤ・キリスト・イスラムが、争いと弾圧を、平等に意味がないのにもかかわらず、繰り返し続けたところ。
-それでも、彼らの信じる神様は、同じ神様であるにもかかわらず、何もしなかった。
「何も、信じる自由を、奪おうとは言わない。でも、信じたとおりにする自由まで、完全には認められない。
あなたのように、死ねと言われて死ねる人間は、そう多くない。
…私の世界で、神様は、信じさせる、ただそれだけで、何百万と殺したわ。でも、誰一人として生き返らせはしなかった
あなたは、火あぶりにされる救国の少女を、笑える?
あなたは、異教徒の頭を、笑いながらノコギリで挽くの?
あなたは、あなたの娘が生き血を抜かれ内蔵を生きたまま食べられても、笑える?
神様を信じる人は、みんなそう。みんなそうだった。」
私が知る限り、神様は、常に救いの対極にある。
唯一私が誰かから救われた時。
「私が生き返らされた時の話をしましょう。
私は、元の世界で、あなたたちがどうにもできなかった魔王軍との争いの中で殺された。
私はこうして生きているけど、それをしたのは、神様すら利用すると公言してはばからない、合理主義者にして機会主義者。神様の天敵みたいなやつだったわ。
…天罰は落ちなかったけど。」
世の中に悲劇があふれてなお現れないのなら、神様は、虚像に違いない。そうでないなら、私がわざわざ、世の中を良くする方法を考える必要など、どこにもない。
「もし、創造神がいて、それでも飢える人が、病に苦しむ人が、事故で死ぬ人が、いじめられる子供が、どこかにいるのなら。
…私は、神様を、殺さなくてはならない。」
それが、私の信条だから。
神様が救わないのなら、私が、せめて私の施策が届く範囲で、救う。
そしてあの日、あの私が死んだ日まで、私を救わなかった神様を、絶対に、許さない。
「ねえ、神様は、どこにいるの?いるなら、教えてよ。」
「教えられるか。」
「はい?」
「教えられるかと言って!」
「いるかどうか、見ることも会うこともできない誰かさんのために、私は、見ず知らずの幾万に血を流させられない!
いくつの大地を、神様への生贄で赤く染めるつもりっ!
教えなさいっ!
この戦争は、神様のためなんかじゃないっ!
兵士の子供が、彼女が、家族が、幸せに暮らせるためでしょう!
未来の億の命のために万を散らしても、零のためには、できないっ!」
「不敬な!
有象無象などどうでもよいわっ!
こやつを殺せっ!」
「本性表したわねっ!
レーナっ!」
バトルは、避けられないのね。…性根曲がった差別主義の詐欺師には、これで充分よ!
「はいなっ!30びょでいいねっ!」
「狂い死ねっ!『永凶夢!』」
「かませ『不眠目!」
対抗策はいくらでもある。だけど、私たちが暴れることを避けたいのなら、眠らせてくるはずー冒険者用の集中力を不眠でも保ちうっかり眠らないようにする魔法を、準備してもらっているし、それに魔法的バフは「穂高」を降りるときにヘレナさんから思いつく限りかけてもらった。…偽りの神になど、負けない…レーナが。
「さあ、いるというのなら神様、私に天罰を墜としなさいっ!そうでない限り、私は私の存在で、あなたの存在価値を地に落とし続ける!」
「行くよっ『失調光』!」
「うろたえるなっ!」
「猊下っ伏せてくだされっ!司祭たち魔法用意、3、2、1!」
「「「「「『錯乱の灯!!」」」」」
「峰山さん目つぶって!
狂音波『《マッドアトモスフィア》』!」
聞くだに、攪乱系上級魔法を無茶苦茶に使ってるわね…後で二人に、ねぎらうように言ってあげないと。
「…今!」
パリンッ!
「んなっ」
懐から、デリンジャー拳銃を取り出し。
「王手っ!」
神都大結界崩壊に気づいて慌てる神帝の額に、銃口を突き付けたー
―*―
「…ま、先輩、宗教嫌いだもんなー。」
納得するしかない。なさすぎる。
「…にしても、玲奈もいるのに、ムチャするよね…後で叱ってやろっと。」
「…いや、こうなる可能性はわかってたわけだけど。」
神都をドーム状に包む大結界。これを、合図とともに12センチ電磁加速砲で、ぶちぬき、破壊する。…もし破壊できなかったらどうするんだとも思うけど、こういう、防御魔法を一点突破で破壊し56センチ砲を吹っ掛けるために、わざわざ電気魔法陣込みで新設したんだから、仕方ない。
「今や、神都は丸裸。きっと見くびってるかもしれないけど、でも、それでも従うっきゃないよねえ。」
友子の言う通り。
「穂高」なんて、神殿が浮いているのと大差ない。動き出せばまず神国中枢が吹き飛び、その後全速航行の余波だけで自慢の艦隊は全滅し、栄えある首都は滅亡する。そして、それを受け入れてでも戦おうという正気を疑う連中であれば、最初から領海侵入時に戦闘になっている。
神国の自信の源が、「神聖不可侵なる神都」であるのならば、踏みにじってやればいい、土足で。それだけで、黒は白に転じ得る。
「でも、これだけのフネでも大変な『ミズーリ』、どうすればいいんだろ…?」
「友子…
…『エルドリッジ』、みんな、そして、『穂高』を信じるしかないって。」
「そうだね…」
―*―
異世界へ持ち込まれたトマホークミサイルは残り133発。「ミズーリ」との決戦を考えれば、100発は温存しておきたい。その中で効果的に使うことを考えれば、あまりほいほいと使うわけにはいかない。
これとは別に飛び道具としてV1改、V2改もあるが、これらは移動が面倒くさいので湾岸地方へはほとんど配備されていない。それにV1改は遅いのでドラゴンのブレスにより撃ち落とせる。
結局のところ、「技の神国」を「力の帝国」が押し、「金のギルド」により守勢を維持する中弱いところをUSS衛星系が探し当ててリュートの魔法使いが修復する…という流れは、変わらなかった。
ただし、一連の事変によって、ハードはともかくソフトに差が出たのは確かである。
神国軍は、一番最後に、全軍を国連軍へ編入した国家となった。これにより、帝国軍以外のすべての軍勢が、衛星情報に基づきミロクシステムシミュレーションに従うようになった。むろん個人の力量に左右される魔法が要素に含まれる以上完全ではないが、それでも、無駄はかなり減った。
さらに、戦争終結に伴い、全ての奴隷と亜人への差別を撤廃し、また国籍を自由に選択できるようにすることが布告された。ギルド加盟の奴隷商は怒ったが、戦火が具体的に迫る中では不平を言っている暇はなかった。
一方で、困ったことに、婦人解放令ー具体的には、娼館や娘売りの廃止、そして(そもそも参政権の存在するところのみだが)婦人参政権の認定をいずれ決行することとあいなったため、かえって、婦女虐待や「銃後(とは言わないが)の勤労」の強制のみならず婦女売買が活発化してしまうという弊害も出ていた。しょせん管轄外なので取り締まりようもない。
そして、なにより差が出たのは、コピー機がセーリゥㇺに持ち込まれたことだ。これは17年前に日本から持ち込まれたコピー機のうち数台で、活版印刷ではできない魔法陣の大量印刷が可能になった。
魔法は、魔法陣のカタチに魔力を形成することで発動する。そらで魔力を形成するのは難しいが、道具や紙(ヘレナ・へーや太田玲奈の場合、日本製AR端末の画面)に描かれた魔法陣へ魔力を沿わせることで、魔法が使いやすくなるし魔法陣を覚えなくてもよくなるー最も覚えておいた方が楽だし、そらで魔力を形成できるくらいになっておいた方がいいのには違いないが、塗り絵と模写くらいの難易度は実際にある。
ここで、強力な魔法の魔法陣を印刷しまくり、前線に配送するシステムを構築したことが、如何に大きな戦力として現れるか。
すべての味方の攻防に1,5倍のバフが、敵の命中に半減のデバフがかかっているとでも言えば、どれだけ、適材適所と魔法陣量産の効果があったかわかるというものーそれでやっと、百万単位と千万単位は伯仲した。
前線では、1万人/時の速度で、戦死者と、重傷者、そして、精神魔法による廃人が発生していた。瀉血やまじないの在来医療も、殺菌、応急手当、薬剤のヒナセラ式医療も、戦場では同様に役に立たないため行われないー戦場のリアルとは、結局、そういうものである。そこでは、人間は消耗品と大差がない。
第二次世界大戦は、第一次世界大戦の20年後起きた。そしてこの世界では、対魔王世界戦争の30年後、世界戦争が、再び国家に総力戦を強制し無限の血を吸おうとしている。
ー帝国軍の数を、減らさなければ、死体が野を埋め尽くし続けることになるー
ー帝国軍に、理性を取り戻させなければならないー
―*―
神歴2723年4月21日
「…戦況を鑑みるに、帝国軍の好戦的な姿勢を改めなければならない。父と母も、そう考えています。
私、太田玲奈は、帝国軍の解呪の方法を求めます。お教えいただけないでしょうか?」
「わたくしも、豹変の様子を知る者として、帝国軍に呪いがかけられていることは確実と思います。これを解かなければ、恐らく、全帝国民4億が消え果てるまで、戦いは終われないでしょう。
差し出がましいことですが…
…わたくしは、未だ、わたくしの民を、あきらめてはいません。
わたくしに、このインテルヴィー・アディリスに、力を貸してはいただけないでしょうか?」
「…今さら何を言いに来たのかとか、どのツラ下げてとか、言いたいことはいくらでもある。
が、その前に、神帝として、一つ言わせてもらおう。
…帝国臣民全員が、魔法的な影響を受けているとする。
神国のどこにも、そんな魔法、というより邪呪の類を解呪する手段はない。」
「…そうですか…」
「当たり前だろう。効果範囲の指定が広すぎる。
そもそも、自然現象に近い魔法的影響の解除は、重い。」
「お、重い…?」
「そうか、二人とも、我が教徒ではなかったか…
…説明は省く。数人がかりの軍司祭が、いくつかの円ずつ分担して、その影響から脱せられる…と言えばいいか?」
「つまり、数億に適用するのは無理ってことね?」
「それもそうだが、そもそも、対抗精神魔法はすべて対人だ。この場合、いくら解呪したとて、術を解除すれば元の木阿弥だろう。」
「…そうですか…魔法の根底にある神に最も近い陛下でも、打つ手がない…」
「そもそも、リュートの研究と違い、我ら教会はただ信じているだけだ。ほめようと出ないモノは出ん。」
「陛下、帝国皇女として、頭を下げます。
…何か、手は…」
「…ない
…いや、こともないな。」
「ある、のね?」
「しかし、なあ…
いや、いいか。
…宗都に、代々、続く言い伝えがある。対象者以外には知られていない秘密の教えだ。
宗都には、清浄な魔力が空間にあふれている。その魔力を幼少より吸い続け、そして心が清らかで周りと調律した者は、他者の精神を我がもののようにとらえ、そして、他者の心を知り尽くすことができるようになる。」
「それはつまり?」
「彼の地には、人の精神を覚知することの天才、生まれながらにして祝福されし精神系魔法の継承者がいると言う…
…忘れてくれ。しょせんは自然信仰者どもの戯言に過ぎん。」
―*―
「最重要機密?」
「…と、とは知りませんが、秘密情報なのは本当です。祖父も父も、教えてはくれませんでしたから…」
「その、継承者、の話が?」
「そうです。盗み見た感じ、帝国で伝わっているのは、『宗都では精神魔法を使う天才がいる。手を出してはならない』みたいな?あいまいな伝わり方で、しかも数百年前の報告を継ぎ合わせた感じでしたけど…」
「なるほど、どうして宗都が、守りも何もなく小村のくせにどこにも属さず裸の『聖地』でいられるかと思えば、まさかそんな伝承があったのね…」
危うく、地雷を踏むところだったかもしれない、と峰山武は内心でため息をついていた。向精神薬など望みようもないし、大規模精神系魔法への備えは薄い。洗脳魔法と言った危険極まるものは幸い確認されていないのが救いであるありさま。
「その、精神系魔法の、当代の継承者を探し出せば、全部解決するの?」
太田友子の質問は、簡潔にして短絡的だった。いくら異世界で成長しようと、本質的にアホの子なのはどうしようもない。
「…それはないって。」
「ママ、そんなわけないよ。」
夫であるところの大田大志すら、娘と共に全力で否定し、そして友子は「これが反抗期…」と、よよと泣いた。
「が、終戦に至らなくても、『宗都を陥とすためなら国を燃やし尽くしても』と言わんばかりの今の帝国の姿勢を変えられるなら、理性的な話し合いと戦略の読みあいが期待できる。」
太田大志はミリオタだ。だけに、すでに数百万の兵力を失ったと思われる帝国軍が、損益分岐点を超え、本来なら経戦能力を喪失していてもおかしくないことに気づいていた。
理性が戻れば、一時的にしろ、戦略的撤退が行われるのは間違いがない。そこに、終戦はともかく、休戦の手掛かりは生まれる。
「…太田家族と皇女殿下は、じゃあ、宗都へ行って、その継承者を探し出すつもり?」
「そーしたいのはそーなんだけど…
…結構仕事が多くて。」
「僕も言わずもがなだ…殿下は?」
「あの、わたくしが独りでいたら、よろしくないのでは?」
「…外敵なんか入ってこない戦艦の上だからうっかりしてたわ…」
インテルヴィ―・アディリスは、今やれっきとした帝国からの裏切り者、お尋ね者だ。ついでに、国連軍側でも、敵国の王族について、思うところがある者が多い。それを思えば、まさか激戦地へ独り放り出せるわけがない。
「…私が行くわ。行かせて、パパ、ママ。」
だから…でもないのかもしれないが、太田玲奈は手を掲げる。
「…玲奈、いざという時僕らは、もしかしたら、宗都を破壊しないといけないかもしれない。それでも?」
「考慮の上です。」
「玲奈、本当にいいの?」
「ママ…それでも、はい。」
両親の心配すら振り切って。
が、峰山武は、あえて異を唱えた。
「玲奈ちゃん、本当に、そこまですること?」
「それは、でも…」
「玲奈ちゃんの探し物はとってもささやかで…ヒナセラで見つからなかったのは、知ってるけど、でも…
…アラサーのひがみだって言われるかもしれない。だけどそんなに、『出会い』が、必要?『誰にもないような青春』が、欲しい?」
なっ、と、太田夫婦は息を呑んだ。
―*―
あの頃、あたしたちはホントに、恵まれてた。
賢い先生に誘われて。
世界で一番頼りになる先輩カップルと、芯のある女子の先輩、全然違う世界の王子様に、そして、あたしが引きずり込んだ男の子。
だけど、もちろんのこと、世間一般から見れば、あたしがもともと目指してたフツーに楽しい高校生活とは違くて。
きっと、あたしは、あの頃を、美化しすぎてたんだと思う…玲奈が、感化されちゃうくらい。
責任の意味を知った今となっては、あたしがどんなに薄氷を踏み続けてたのか、先輩たちがあたしのためにどんだけがんばってたのか、わかっちゃう。
…でも、玲奈が、明るいところを見るようになったのは…
あたしは、玲奈を、箱入りにし過ぎたのかもしれない。そして…
あたしがなんでこの世界にとどまってたのか、まだわからないけど、でも、安全より別のモノを、あたしは取った。だから、あんまり玲奈を引き止められない。
「…玲奈、たぶん、それは…
あたしたちの先輩たちは、今はもう、一人しかいないんだよ?
…玲奈は、玲奈で、路をひらかないといけないんだよ。」
「…それでも、私は、パパやママが持っている輝きに、追い付きたいんです。」
…母親、失格かな…。
―*―
「…友子、僕には、説得できない…」
友子をこの世界へ、危険と知りながら呼び止めたのは?
-誰もが批難せざるを得ないかもしれないけど、でも、当事者じゃなきゃ、どうせこの気持ちは、誰もわかってくれない。
あの時僕らは、終わらせないこと、続けることを選んだ。
まだ、この世界で好き勝手していたいと、そう願った。
ならば何をかいわんや。玲奈が、安全な停滞より危険な前進を望むなら、僕に止めることはできない。
だけど…
「死なないで、くれるな?」
「死ねるわけ、ないでしょう?」
…父親、失格だな。
「…あたしも、止めない。だから…」
―*―
負い目で許可されても困るけど、でも、私は、ひとまず、認めてもらえたことを…喜んでもいられないけど。
でも、きっと、私は、これでもっと輝ける。
「皇女殿下、よろしくお願いします。
パパ、ママ、峰山さん
…ありがとう。」
パパとママは、なんともいえない表情をして。
「ふう。
…玲奈ちゃん、そこを目指すなら、なおさら、二人を苦しめるようなことはしないのよ?」
「はい、気を付けます。」
…必ずしも、結果が伴うとは限らない。そのことを、誰もわかってくれてのはず。
私は何とか、不安と期待にあふれた旅路を用意できた。
―*―
神歴2723年4月24日
「初めまして、聖林人の、フランケス・グリフッツと申します。」
「啼兎人族の、エルシエ・リットにございます。」
長髪で長い耳を隠す長身の男グリフッツと、背が1メートルほどしかない、灰色の髪という意味での銀髪の少女リット。二人に共通するのは、へりくだりと、少しの怯えであったーまあ、被差別人種であったのだから無理もない。とりわけ、相手にしているうち片方は、帝国皇女筆頭ときている。
「いや、あの、かしこまらなくて結構ですよ?」
「そうそう、インテルビっちのゆー通り。それに、そんなだと不自然だって。」
「ひゃっ!」
レーナは、リットのショートヘアに手を突っ込んで耳を撫でながら、皇女に失礼な呼び方をしてしまったことに気づきつつ、なかったことにした。一方で短い耳を触られたリットは「ふわぁ…」と力が抜けてへたりこんでしまった。
「…耳が敏感なのかな?」
「ぅゆ…」
グリフッツにしがみつくリット。グリフッツが優しく、耳のあたりを避けて頭を撫でると、リットは気持ちよさそうに沈み込んだ。
「あ、ご、ごめ…って、もしかして、付き合ってたり?」
「は、はい。サンエルフとピカーはつながりが深いので…」
どちらも、リュート・神国国境山脈のリュート側の開けた山中の高地に定住する。傷をなめあっているのだとしても、派遣軍に選出されるエリートが付き合うほど、つながりが大きいらしい(なお、亜人どうしの混血は、一般的に女性の種族となる。これはミトコンドリアDNAの関与が疑われた)。
「へー…いいなあ…
…じゃなくて!」
レーナは、そこで自分の役割を思い出し、抱えていた衣服を二人に着せた。
服は、ギルド商人の貫頭衣型。背には(ダミーの)商会紋章が刻まれている。
「あ、あの、私たちが皆さまと同じ服を着て、良いのでしょうか…?」
「ん?だって、同じ商会を偽るんだし…あ、バレるから髪隠して、はい。」
レーナは、地球でイスラム教徒の女性が被るようなスカーフをリットの頭に被せた。灰色の髪と小さなケモ耳が隠れる。
「そう言えば、兎人なのに、ホント耳短いんだ。」
「…草原住まいの人たちと一緒にしてほしくないです。」
「…あ、あれ、結構デリケートな話題?」
コクコクと、リットはうなずいて、ビクッと震えた。なお、ピカーはナキウサギに似ている山岳性亜人で、数は百人弱と絶滅寸前、小柄かつ警戒心が鋭いことと寒さに強いことで知られ、伯領での雪山遭難では雪崩を察知しつつわずかな雑草を食糧に何日も捜索できると頼られている。
「さ、差し出がましいことを…」
「ううん、こちらこそ、ごめっ。」
「そうですよ。啼兎人が兎人と同一視されるのを嫌がるのはそれなりに有名ではないですか。」
インテルヴィ―にまで非難の目を向けられて、レーナはどよんと目を濁らせた。実際には取り柄が聴覚だけの割に千倍以上の人口を持つラビッターとひとくくりにされたくないと少数部族のピカーが一方的に主張しているだけで、ほとんど知られていないしもう一方のラビッターは気にも留めていない。そもそも居住範囲的に、お互いが会うことは数十年に一度である。
「ふふっ」
「ははっ」
一方で、ヒナセラ代表と帝国皇女の振る舞いを見て、やっと、「安心してもいいんだ」と分かった亜人二人は、楽しそうに笑い始めた。
「ほら、その笑顔。うん、かわいいっ!」
「私が何を今さらと言われてしまいそうですが…卑下することはありませんわ。」
そして、純人間二人も、呼応して満面の笑顔を浮かべた。
―*―
亡命帝国皇女とヒナセラの純地球人とリュート国籍のエルフならびビースターという混成パーティーが陸路を沿岸沿いに北上し始めたころ、超巡洋戦艦「穂高」は、護衛通報艦「友愛」「親愛」を後ろに伴い、海路で赤海中央を北上していた。なお、見えないものの数キロ先の海中では原子力潜水艦「エルドリッジ」がソナーを使って海図を作成していた。
当然、この編成と出撃には、太田大志による相応の熟慮と、それに基づいたミロクシステムのシミュレーションが行われている。
愛型護衛通報艦(アメリカ側呼称:I-class sloop 両世界で史上最も名前の短い艦級)は、名称からしてわかるとおり、船団護衛・魔物討伐支援・通信中継・小規模船団旗艦の機能に特化した気帆両用鋼鉄艦であり、燃料供給が期待できない湾岸地方では「穂高」に曳航されつつ帆走するしかない。とはいえ「穂高」は小回りが利かない上、高波を伴うのでむやみに動かせず、その意味では護衛通報艦の持つ12センチ人力単装高角砲2基と23ミリ連装機銃3基でどうにかなってしまうのならそうしたほうが良い。
かくて、護衛通報艦2隻が不沈巡洋戦艦の威を借る狐となり、水先(中?)案内人として戦略原潜が先行する、不思議な艦隊が、赤海の奥へ航行していくこととなった。目的は、海図を作成しつつ、湾岸地方沿岸の非協力的な中立都市や神国内勢力を威圧し、そして沿岸にまで進出し海上橋頭保を作り上げようとしている帝国軍を撃破すること。なお、宗都へ寄り道できるにもかかわらず太田玲奈ら4人を連れて行かないのは、宗都沿岸が遠浅だった場合の上陸作業などで即応性が落ちることを懸念したからである。
上空には神国軍のドラゴンが旋回し、ミロクシステムは意識的に艦橋側面の随意金属をフェーズドアレイレーダーに変化させ警戒に余念がない。依然として制空権は国連軍側にあったが、しかし予断は許されなかった。
―*―
神歴2723年4月26日
「穂高」ら3隻のヒナセラ海軍派遣艦隊とアメリカ原潜が赤海を我が物顔で進み湾岸地方ににらみを利かせていたころ、3隻の帆船からなるディペリウス神国海軍強襲艦隊が、北海に面するアディル帝国「旧都」レイ=シラッド市沖合へ現れた。
当初、太田大志らはこの出撃について反対したものの、結局、「我らには神より賜った海軍国の意地がある」と言われてしまえば、魔法艦隊の実力と効果については未知数なこともあり認めざるを得なかった。
何より、現在レイ=シラッド港には、戦艦「ミズーリ」が錨泊していた。
アディル帝国も、本気で世界2つを征服するつもりにしては、いくら粗暴で魔法に疎い国柄とはいえ大規模魔法を使っていなさすぎる。これと、AI制御であるため燃料ある限り無人で動き続けるはずの「ミズーリ」の長期錨泊の関連は明白であり、そして、そうであるならば、「乗艦させた大量の魔法師による戦略級魔法を使える16インチ砲搭載AI制御魔法戦艦」などという無茶苦茶な存在を海に出すわけにはいかなかった。
どの帆船も、100メートルを少し超える大船であり、そして、巨大な帆には教会の紋章が描かれている。
もっとも大きい船でも50メートルほどしかない帝国艦隊は、100隻以上がひしめき合いながらも、どうすればよいのかわからないといった感じでまごついていた。
神国艦隊旗艦、航洋魔法軍船「聖ㇻッチェㇽト・ビグゥェⅠ世」の帆がたたまれ、マストてっぺんに設けられた円形のファイティングトップで、赤い戦闘旗が振られる。
既に帆をたたんだ後続する航洋魔法帆船「ㇷサ―ドㇽン」「聖ジングルㇺート・ㇵイナⅡ世婦人」のファイティングトップに青い旗が返答として掲げられ、直後、2隻は「ビグゥェⅠ」の後ろから離脱、切り落としたような垂直となっている船尾に魔法陣を張り付け、巨体に見合わない速度で波切って進み、帝国艦隊より港側へ一気に回りこんだ。
3隻の航洋魔法軍船が成す正三角形の中に、100隻以上の帝国艦隊が収まる。
そして、赤と黒の旗が掲げられるとともに。
3隻から、同心円の大きさも円数も、内部の文字もそっくりな魔法陣が、同時に3隻を中心に海面へ展開された。
文字が、同心円の円と円の間で、回り始める。
3つの魔法陣の重なる範囲、ちょうど帝国艦隊がいるあたりの海面だけが、くっきり、盛り上がったーフネが持ち上げられることなく。
海面の水かさが10メートル以上上昇したにもかかわらず、フネが上昇しなければ、それすなわち、フネが沈んでいるのと同義である。
そして。
ヒトを窒息死させるには1分あれば事足りる。それ以上では、手当てをしなければ血中酸欠及び二酸化炭素中毒で自力では回復できず死亡に至る。
水系魔法でどうにかしようとする者がいても、それより強力な魔法で、海水のみを引き上げている。この魔法は3重となってのみ水が持ち上がる複雑な仕組みであるため、対抗・解除は不可能。また空間的に水を魔法制御しているので、船内であっても引き上げ海面より下であれば例外なく水に満たされる。
魔法陣が逆回転するとともに、海面はゆっくり、引き下げられたー今度は、フネを伴って。
上昇海面に取り込まれていた帝国艦隊は、海面下に没させられ、それからやっと、アルキメデスの法則にしたがうことを許される。
もはや、横転しあるいは転覆する木製帆船の群れに、一切の抵抗力はない。
帝国海軍旧都艦隊は、めでたくも壊滅し。
「聖ㇻッチェㇽト・ビグゥェⅠ世」「ㇷサ―ドㇽン」「聖ジングルㇺート・ㇵイナⅡ世婦人」の3隻は、転舵し、旧都レイ=シラッドに船腹を向けた。
同心円が、2枚重ねで船腹に光り始める。
外側の魔法陣が、直径20メートルほどの火の玉を海面すれすれに作り出し。
内側の魔法陣の中心から吹きださせられた暴風が、火の玉を空気砲のようにして吹き飛ばす。
ドーナツ状に変形した炎は、海面をなぞりながら、一気に港へ殺到していった。
避難していなかったのだろう商船や港の建物が、あぶられ、燃え始める。
その中にあって、埠頭に横付けしたままの「ミズーリ」は、真っ赤に染まりながらも、動きはない。
熱せられるだけで可燃物でなければ燃えることはないとはいえ、わざわざ黙って加熱されているいわれもない。
さては動けない状況だったか?と、考えたその時。
「ビグゥェⅠ」の船腹、2枚の魔法陣光るその向こうの木板に、火がいくつもついた。
キンッ!と、甲高い音が響き。
船腹に炎を伴う穴が空き、そして、その奥、その奥と、木板に直径数ミリの穴が空いていく。数秒のうちに、目に見えないいくつものナニカが、大帆船を右から左へ射通した。
目視ではよくわからないほど小さいサイズの穴から、炎が燃え上がり。
兆候なく船内数十か所から同時に出火したことに、神国の水兵たちは慌てた。
炎系魔法か?そう考えて解除を試そうとした矢先、不可視のナニカは、横へと動き始めた。近くにいた人々が、熱傷を負い飛びのく。
延焼は広がり。線状の出火帯から、炎が木板を冒していく。
水系魔法で船内に海水が導入されたが、わずか幅数ミリの穴線が刻まれていることには気づかず。
炎によって弱くなっていた発火部分は、空けられた穴線から崩れ始めた。
この時点で、この旗艦を外から見れば、あちこちが水平な細い線状発火帯に彩られ崩れ始め、危険な状態にあることは明らかだった。すでに、船腹の攻撃魔法は防御魔法に切り替えられている。
水系魔法によって船内で海水がうねると、火は消し止められた。
が、直後。
展開された防御魔法を、何かが撃ち抜いた。
「ビグゥェⅠ」は、横腹に人ひとり通れる大きな穴を空けられ、そして、折りたたまれるように崩壊、沈没していった。
何たることかと「ㇷサ―ドㇽン」「聖ジングルㇺート・ㇵイナⅡ世婦人」の2隻が、転舵して救助に向かう。
バラバラバラ…ッ。
潮騒にフネの水切る音にと、船上という空間は意外とうるさい。まして海戦中ともなれば、乗員の喧騒も相まって、2隻の乗員は、それに気づくのが遅れた。
上空でローターを回す、中国製攻撃ヘリコプター武直10型「霹靂火」改が、カツオブシのごとく細い胴体の側面に突き出たスタブ翼に吊り下げられていた爆弾を投下していた。
乗員たちが気づいた時には、すでに遅い。
ナパーム弾を投下され燃え上がった2隻の上甲板では、水系魔法師が海水を巻き上げ、火系魔法師が魔法によって炎をコントロールしようとする。が、粘着油脂性の炎に出会ったことのない彼らは、それを魔法で掌握する方法も、それが水によって消せないことも、知らなかった。
業火に包まれ、なすすべなく。
100メートルを超える帆船は、火だるまとなり、やがて、火を自ら消していったー海没することによって。
くすぶる木片や、浮かぶ人々を、波が押しのけてゆく。
アイオワ級戦艦3番艦「ミズーリ」は、後部甲板に2機の武直10型改を着艦させながら、悠々と大海原へ出港していった。
―*―
神歴2723年5月3日
遠征艦隊を送り付けての攻撃ー失敗、艦隊消滅。
ドラゴン部隊による空襲ー失敗、部隊失踪。
補給国(?)の調略による内部への工作員潜入ー失敗、「中国語を話す乗組員」確認。
水騎兵(=海獣とダイバー)による艦艇爆破工作ー失敗、部隊失踪。
仮装巡洋船(非軍事商船にしか見えない艤装の軍船)ー失敗。以後、民間船舶への無差別攻撃。
私掠船による攻撃ー中止。
神国領海内に「ミズーリ」が侵入するのを防ぐために乱発された作戦はすべて失敗に終わった。一部始終を監視していた人工衛星にすら、レーザー兵器による攻撃を受けて発電量が低下すると言うことがあった。
「…失敗失敗失敗!
はあ、なつかしの『黄河』の時もそうだったが、魔法を軍艦に載せられると困るな…」
「の、わりには、ヒナセラの軍艦にでは魔法を重視しないよね。
「射程も威力も、足りないからな。
しょせん、魔法によって、軍艦の運用に可塑性を持たせているに過ぎないわけだし。元からそれが担保された『穂高』には必要ない。」
「『魔法と純軍事の平衡力学』だっけ?」
…若干中二病入った著書の名前出されると何というか震えるなあ。
「そう。あれは、『魔法的攻防は、ある程度までであれば、少人数かつ単少装備で大きな威力を与えられるため、純軍事的攻防に勝る。
しかし、魔法的攻防への要求が個人の力量を超えた場合、連携が必要となる。一方で連携による大規模魔法に拮抗するモノを純軍事的要素で取りそろえた場合、実際には拮抗ではなく、人の能力を超える精度と尽きることのない攻撃を行うことで圧倒になる。
結果として、要求が大きくなるに従い、純軍事が魔法を圧倒する。そしてまた、純軍事的要素が強まると、威力の増大は魔法使いの露出を不可能とし、あるいは防御力の増加は魔法使いの露出箇所をウィークポイントとみなし、結果、魔法の関与できる範囲を狭めることになる』っていう理論だった。
つまり、弓と剣の軍団にたいして一人で炎魔法で焼き尽くすのは有利だけど、装甲持った戦車に対して大勢で灼熱魔法を使うのは難しいし、自砲に吹っ飛ばされたり敵に狙われたりするから戦車に魔法使いは乗せられないって話だ。
だから、『穂高』には、魔法使いは積極的に乗せられないし、魔法的機能はほとんどない。
けれど、一方で、それは味方として運用する際の理論だ。」
「敵にとっては、違うってことだっけ?」
「まさしく。
魔法と純軍事をミックスするのは、使い手にとっては運用の手間だけど、使われた方にとっては、起きることの予想がつけにくい点で非常に厄介。しかも、相乗効果は非常に高い。」
いい例が、「穂高」に新設した12センチレールガン。夏休みの工作レベルの急造品であるにもかかわらず、セーリゥㇺ大結界を撃ち抜いた。
でも、魔法と純軍事を組み合わせて効果を得るのは、簡単なことじゃない。魔法は使う人の力量とコンディションに左右される部分が大きいが、決まったスペックに応じて精密制御する純軍事との相性はそれほど良くないし、魔法で攻防するくらいなら大口径砲を持ち出しつつ装甲を重ねたほうがいい。
「…相変わらず、難しいこと考えてるね。玲奈にはわかるんだろうけど、あたしには…」
「ま、まあまあ、それで友子の良さが減るわけじゃないし。」
「でもちょっとヤじゃん!
それに…」
「それに?」
「大志っちのこと、全部、知りたいし。」
…わーい。
「それで、結局…
…あたしらは、どうすればいいんだっけ?
きっと、とりあえず、目の前の敵を倒せばいいんだよね。」
まあ明朗なことで。
「…そうっちゃそうだ…」
実際、もう、海岸線が見えてきた。
「総員、上甲板退避っ!」
サイレンが鳴り響き、上甲板でいろいろしていた人たちが慌てて艦内へ潜っていく。
「砲撃30秒前!」
ポチッ。
〈全主砲三式弾装填済み〉
〈対空迎撃、照準完了済み〉
〈第一目標:海上敵性軍船〉
〈第二目標:陸上敵海岸橋頭保〉
〈照準対応俯仰済み〉
〈甲板よりの避難確認〉
〈10秒前カウントダウン開始〉
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…」
ゼ、ロ。
シュッゴドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!
前甲板右側を、業火が包む。
前部2基4門、後部1基2門の56センチ連装砲。設計だけのモノを含めてもなお人類が手にした艦載砲で最大最強のロマン砲が、アクリル窓をビリビリ震わせる。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
続けて、喧騒を全方位に取り巻かせたのは、片舷19基、すなわち両舷あわせて76門ある12センチ連装高角砲。
10秒、つまりは高角砲2斉射あるいは3斉射で、喧騒は止み。
〈対空目標:全撃墜〉
上空へ撃ちあげられ、放物線落下を始めながら炸裂した6発の56センチ三式砲弾の子弾が生み出す火の雨が、はるばる陸路で運ばれてきた(! 衛星写真を見た時は、ビザンチンノープルでも陥とすつもりかとたまげた)船々を覆いつくす。
その、結果もわからないうちに。
シュッゴドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!
聞きなれることのない、本能的恐怖と理性的安堵をくれる轟音が、再び。
今度は、帝国兵がひしめき、異世界版墨俣一夜城と化していた海岸の帝国橋頭保に、炎と散弾片の雨が覆いかぶさった。
ソドムとゴモラの話を日本にいた頃聞いたことがある。硫黄の炎によって万民を燃やし尽くしたというのならば、まさしく今燃えている橋頭保こそ、ソドムとゴモラの町なのかもしれない。
心は痛むけど、大丈夫、慈悲として、けが人すら一人も残さないから。そう、なってるから。
〈第3斉射を行いますか?〉
〈行う〉
ポチッ。
「…大志っち、えらくなったね。」
「そ、そんなにえらぶって見える?」
「あ、いやいや、そーじゃなくって。
…何というか、あたしにはまだ、そのボタンを押すとき、悩んじゃうから。」
…偉くなることには、相応の責任が伴う。
「…会長、僕らは、会長の代わりを、務められていますか?」
「きっと、笑ってくれるって。」
帝国海上橋頭保への艦砲射撃ー完全成功。
―*―
神歴2723年5月5日
「う、うん…?」
確か、宗都はもうすぐというところで…
…縛られて?
「おい、コイツ、外交使節の正服隠してるじゃねえか。」
「上玉だと思ったが、まさかそんなのだったとはな…どうする?」
「帝国皇女のクビ以外求められてねえしな。」
「足が付くし、殺っちまう?」
「いや、壊して洗脳して売ればまず見つけることなどできんだろうさ。
「でもまあ、その前に少し楽しんでもいいっすよね?」
「もちろんだ。」
…なんという野蛮人的精神…ギルド領はヒナセラ以外で最も開化したところだと聞いていたけど…
さてと、さるぐつわされて目隠し…と。
魔法は…使えないわね。精神攪乱系魔法でイメージを阻害されてる…
…パクリではあるけど、常套手段に頼らざるを得ない気配。
「しかしコイツらも馬鹿というか、かわいそうだよなあ。」
…ん?
「とっくに、周りは陥ちてるのにさ。」
…!
「調略済みだって、裏の人間なら誰でも」
カッ!
目隠しがされているからこそ、至近距離で閃光手榴弾を使うことができる…熱っつ!
「なんだ!?」
「ひ、光系魔法!伏兵か!」
残念ながら、ノー。
…そろそろ、「玲奈」から、「レーナ」に切り替たほうがいいわね。
「腕時計、爆破ボルトオン!」
せっかくママがくれた、残り少ないっていう音声コマンド入力機器を使っちゃうのはもったいないけど!
ポンッ
よし、手の拘束外したっ!
武器は取られて…や、もしかして、トーシロ?
「もらった!」
「いてえ!」
「がっ!」
「ぐわっ!」
「だ、誰だ!」
「…さすがにさ、一国の大使なんだし、護衛が少ないってことはそれなりに備えてってことじゃない?レーナはそう思うなっ。」
左手分もそれっ!
「うごっ!」
「げっ!」
「危なっ!」
「ひょっ!」
…二人避けるか…ありゃりゃ。
「ほう…髪の中にも仕込んでいやがったのか。でも、そのかんざし、撃ち止めじゃねえの?」
「まあ、いくらレーナの髪が多いからって、無限に仕込めるわけじゃないし、やりすぎると頭皮痛めちゃうしね…それに一度剥いてくれちゃったみたいだし。」
…ついでに、外交正服に着替えさせてくれたら、仕込み武器が使えたのに。商人服にそんな余裕ないじゃん。
「まさか太ももの裏にあそこまで武器隠し持ってる女がいようなんて思やしなかったけどな。」
「…まあ、股が痛くなってたりはしないから、許さないでもないけどさ…
…でもまあ、さっき聞いた限り当局に突き出すわけにもいかなそうだし、さてどうしたもんかなあ…」
長髪を結んで、やっと、「レーナ」になれた気がする。
…なるほど、ね。
「『目ずらし』」
あ、まずっ…
…でもっ!
ー「目ずらし」は、対象の視野内の、固有名詞で表されるモノだけをブレて見えさせる精神系魔法であったはず。であるからには、アレさえあれば状況は劇的に改善する…するんだけど…
「ねえ、レーナの大事なメガネ、なんでアンタがかけてんの?」
それの価値がわかるとは思えないんだけど。
「…む、目、元から悪いのか?」
イラッ。そのメガネ、もう残り数台しかない希少品なんですけど。
…ちょっと、もったいないかなあ。
仕込み武器ホルダー用ガーターリングは、武器は外されているけど、そもそも片側3つ両側5つもホルダーが必要なわけない。
「ふ、いくら探しても、武器はすべて取り上げたぞ。」
「知ってる。」
本当に武器が残っていないのか必死で探るふりをしながら、ガーターリングそのものの中に仕込んだ、使い捨てシアノアクリレート剤を開け指先につけ。
「さては遅延魔法でも」
「行けっ!」
「しまった!」
何かが来るとひるんだ、ちょうどそこへ、瞬間接着剤を先端の分銅に塗った、折り返させてたたみ髪の毛の中に紛れさせておいた極細ヒモを投げつけるっ!
ヒュン!
「一本釣りいっ!」
よしARメガネ回収!
「不覚!」
スチャ。
「…よかったね。『レーナ』でメガネをかけることは少ないんだよ。
誤差修正映像表示!
仮想魔法陣投影モード!
衛星通信再接続!」
「おいお前ら、なんかヤバい、抑えろっ!」
後は、魔法を選んで、唱えた魔法名に応答して示される陣の通りに、魔力を注ぎ込むっ!
「『足失調』っ!」
「え」
「ぐばっ!」
「続けて、『地面錬成』!」
感覚への精神干渉でもつれ倒れた足を、地面でつなぎとめる!
「くそっ!」
「姫だか嬢だかのくせに、強すぎんだろおい!」
「ま、負けた、だと…」
「…それで、どういうことなのか、説明してもらって、いい?」
―*―
「…すみません、まさか、眠り薬を盛られていたとは…」
「いいのいいの。どうせ、警戒力の強い啼兎人と魔法探知に強い聖林人にわからないなら、誰もわからないでしょうし。」
「レイナ殿の言う通りですわ。あんまり、自分を責めないで。」
「は、はひい…」
「で、それはそうとして、そこの頭領さん。
…すべて帝国の差し金で、私たちに、というより皇女殿下に多額の賞金が出てて、なおかつ周辺の中立市が調略されてる。そういうこと?」
「…そうだ。
そんなことはいいから、殺すならとっとと斬ればいいじゃないか。」
「…悪いけど、ヒナセラでは裁判を経ないと処刑できないし、国外だから外患誘致でもないし、殺人未遂の最高刑は死刑だけど、実際にわざわざ死体を0から1に増やすような判決は許されてないし…
…そもそも、ヒナセラまでしょっぴく能力もないし。
犯行が帝国の依頼なのに、犯人へ皇女殿下が帝国領外で帝国法を適用するのも変よね。
…リュート伯領民の二人、どうする?」
「あ、いえ、亜人は伯領内では15年前から自治なので、伯領法はちょっと…」
「私は、フランケスの言う通りで…そもそもウチらの種族は法律もないし…」
「…だって。裁こうと思っても、どうしようもないから。」
「…え。」
「つまり、逃げてってこと。それで、何か思うところがあるのなら、降伏して、タケシ・ミネヤマって言う女性指揮官の名前を言うといい。あなたの弟子のレイナ・オータに諭されましたって言えば絶対悪いようにはならない。
実際問題、野盗をしてても、埒が明かないのは、わかっているでしょう?」
「ちげえ。」
「はい?」
「まさにその、タケシ・ミネヤマが奴隷解放を出したから…
…宗都の周りにも、前線のあたりにも、奴隷商ギルドが幅を利かせてる町はいくらでもある。俺たちだって、元はそうだ。
5年間使える奴隷だって売ったのに、違約金を迫られて、どうにもならなかったんだよ!」
「そうだそうだ!」
「俺たちの食い扶持を返せ!」
「…その奴隷たちが、どんな思いで千年以上いたか、私にはわからないけど、あなたは少なくとも奴隷以下にはならなかったでしょう。
どうせ、言ってもわからないでしょうけど。
…自分ひとり以上でも以下でもない他人ひとりを、無数にないがしろにしたうえで、今まで幸せを得ておいて、それができなくなったら逆ギレ?
恥を知りなさいっ!
…峰山さんに感謝することね。私の師匠が峰山さんでなければ、今にもあなたを斬ってるわ。」
―*―
「…そう、そう…そんなことが…」
「…定時連絡をしないから、どうしたって心配したぞ…」
「ママ、パパ、すみません。」
「それで、そこらへんがそのうち寝返るってことか…」
「でも、宗都周辺が一斉にオセロされるかもしれないなんて言ったら、大混乱だよね。」
「…上層部には共有してもいいかと思いますが、現状、気づかないふりをしておくのが一番かと思います。」
「…玲奈もそう思うか。その線で、提案したほうがよさそうだな。一応、2個師団を宗都周辺まで下げさせよう。」
「玲奈、気を付けてね。」
「はい。それでは。」
―*―
神歴2723年5月7日
迅速な命令伝達という点では、軍司祭の「共有収納」と衛星通信を併用する国連軍は、帝国軍にはるかに勝る(もっとも、意思決定の速度は劣るが)。
だから、神国予備役軍2個師団2万が後方、宗都周辺へ退却するという報に対し帝国が反応し、内通者に命令するまでには、若干かつ絶妙なタイムラグが発生し。
そのタイムラグによって、不運にも、「宗都周辺へ兵が進駐する前に寝返れ」と命じられた要塞都市エツブックの寝返りは、欠けた2個師団の配置が埋められる直前となった。
結果ー脆弱点が生まれた要塞都市は陥落。そして、面倒なことに、寝がえりは同時多発的に発生し…
…宗都を目前にした門前中立市シュリネにいた、太田玲奈ら4名もまた、クーデターのような内通者反乱に巻き込まれることとなった。
人間の出入りを制限して神聖さを保つため宗都方向に作られた壁の手前で、壁の各所に設けられた拝み塔への参道の両側に繁華街・商店街が並び、その裏に住宅街ができた構造の町だが、参道の両側の店はすべて閉じられ、あるいは屋店は撤収されて、暴徒がもみ合っている。
帝国派、国連派の2派が、石を投げ、取っ組み合い、魔法で攻撃する。それを、傭兵が出払い人手不足の自警団が、必死に止めようとして撃退される。いつの時代もどこの世界も、どっちつかずで収拾をはかる者がもっとも弱い。
国連軍もまた、前線で猛攻をしのぎつつ後方の反乱に対処するのは、もはや不可能であった。
「穂高」が一斉射すれば海岸部は収まるだろうと思われたが、ヒナセラ艦隊は赤海最奥部におり、中間部西岸の宗都にたどり着くにはしばし時間がかかる。
「…どうします、レイナ殿。」
「…1、無理やり参道を押し通って壁の向こうへ。
2、何とかクーデターを抑えて壁の向こうへ。
3、状況が落ち着くのを待って壁の向こうへ。
みんな、どれがいいと思う?」
「どれ…と言われても…押し通ろうとすれば捕まってしまうし注目も浴びてしまいますから…」
「わ、私は、落ち着くのを待ちたい、です…」
「でも、見た感じ反乱側で落ち着きそうなのよね…私も、二度も捕まるつもりはないし。
…さすがに二度目はマジで凌辱されそうよね…」
「では、クーデターを止めますか?」
「ひゃうっ…」
「私とリットには無理です。すみませんが…」
「そもそも殿下は支援系、私は近接系だから、多数相手は難しいわね。どうせ少人数だからって女性3人の後援編成にしたのが裏目…
…しばらく潜伏して、適度なタイミングで攪乱系魔法で壁を越えましょっ!?」
ボンッ!
宿屋全体が激しく揺れ、玲奈は舌を噛んだ。
「こらあガキィ!わしの宿に何すんじゃあ!カネ返せや!」
チンピラが、宿屋の主人に追い立てられているー火事場泥棒ならぬクーデター場強盗だ。
「…訂正。この騒動が落ち着くまで待ってると、それこそ帝国軍が宗都を占領してしまうわ。」
窓から街路を見下ろす視線を、町のあちこちから昇る煙に転じて、玲奈はため息をついた。
「帝国軍に先乗りされたら、この作戦は無意味になる。3はナシね。」
「1も無理そうです…壁のほうに強い魔力を感じます…結界かと。」
魔力に対しパッシブレーダーのごとき役割を果たすサンエルフがわざわざ忠告するならば、それはつまり、結界は抜けようがないモノなのだろう。
「…治安維持部隊に助太刀するわよ!」
「微力ながら。」
「え、えっと、お手伝いだけなら…」
「わたくしも、皇女として責任もあることですし。」
かくて、4人は、宿屋の3階の窓から次々飛び降りた。
―*―
「落ち着いてください!」
「町を壊してどうする!」
「双方、話せばわかる!」
…治安維持部隊は、劣勢もいいとこだった。
「うるせー!」
「ひよったやつらが何言ってんだよ!」
「さてはスパイだな!」
…旗幟を鮮明にしていない以上仕方のないことだし、そもそも私たちをスパイと言えないこともない。
「…に、逃げたい…」
「リットが逃げたいそうなので、やっぱり逃げてもいいですか?」
「あ、でしたら、わたくしの手には余りそうですのでご一緒に…」
情けないというかなんというか…私もそうしたいわよ!
街のそこらにあふれかえって2派で争う暴徒を、数十人で、盾だけで鎮める!?冗談じゃない!
「死ねや教会の手先!」
「てめえこそ皇帝の手先!」
「この前横領しやがったやつ!」
「うっせー!お前がギルド側なら後で帝国兵に殺させてもらうぜ!」
「てめえこそ、ギルド法で市中引き回しだ!」
…ぐっちゃぐちゃ!
「…人口が数万あると、こんなに醜いんですね…うわあ、ラビッターもこんな風なのかなあ…」
「リット、確かになんか見てて頭が痛くなるけど、でも、それは言い過ぎ…」
「日頃の恨みつらみをぶつけてますわね…これは長引きそうです…」
…いっこう、沈静化もしそうにないし、思った以上に介入も難しそうな…せめて峰山さんならもう少し、あるいはママやパパが良く話してくれる、「松良会長」なら…
「…!玲奈殿、壁の方から、結界が解除された反応です!」
「うそ!?」
そんな、街中から煙が昇る中で、聖地への通行を緩めるなんて!
「それも、一か所だけ、内側から…」
「…グリフッツ、魔法で解除した感じ?」
「いえ、それが、自発的に取り消したような…あ、いや、違います!今現在も、薄いですが、魔力が!」
「い、嫌な感じがするです…」
まさか、街中に、魔法をかけて、結界を破くのみならず…
ふと、違和感を感じて、顔を上げた。
-煙が、消えていた。
「そうだよな。お前も、借金で苦しんでたし、横領はいっか。」
「よく考えたら帝国商人とも教会とも取引あったわー。」
「いけない!パイ生地が焼きあがる時間だ!」
…平穏が、一分足らずで、戻ってる!?
「大規模、精神系魔法、です…帝国の精鋭がかけて下さったはずの対抗精神魔法が頭の中できしんでますわ…」
「こ、これは…心を穏やかにする精神魔法で、群衆を鎮めた…?」
「はうぅ…癒されます…」
約一名溶けそうになってるけど、これは、まさか、そうよね…
ー数分で、結界の番兵に結界を解かせ。
-数万の暴徒を鎮め。
-単一対象でも何でもないはずの、皇女殿下にかけられた、3か月たってない最高レベル対抗精神魔法を、破りかける…
「精神系魔法の、『継承者』…」
―その通りです―
「…誰!?」
―第2通行門の外へおいで下さい―
「…もしかして、継承者御本人?
…分かった、今から、行くわ。」
…テレパシーなんて、厳しい距離制限で、一対一が限界のはず…私を見つけ出して、心に向かって声をかけるなんて、尋常じゃない!
―*―
広がるのは、青々として新緑のような輝きをまとう、美しい草原。
丘がいくつも並び、その間のくぼ地に、数軒ずつ東屋が並ぶ。
牧歌的にも思える光景。
草々の一本一本を輝かせる光が、全て魔力放射光ならば、全体でどれほどの魔力があるのか想像もつかない。
空気そのものからして発光しているため、ちりほこりが照らされ、まるで光の粉に包まれたような神秘的な雰囲気を醸し出している。
暖かい光が背景をぼやけさせ、遠くにあるはずの海は見えない。
おひさまの祝福を集めたような、ただただ広がり照らされるグリーンに、ここをどの宗教の人も聖地と認める理由が否応なくわからせられる。
同じ緯度経度にある地球のエルサレムが、「ヒトがいることで歴史が作った聖地」ならば、この地は「ヒトがいないことで自然が作った聖地」なのかもしれない。
高い石壁に設けられた小さな通行門をくぐった太田玲奈ら4人は、しばらく、あまりの景色の美しさに、時間も我も自失してまばたきすらしなかった。
―気に入られたようで、良かったです―
「…はっ。」
「わわっ」
「…リットですら気づかないとは驚きましたね…」
「隠密とか隠蔽とかではありませんし…わたくしたちがそれだけ呆然としていたということなのでしょう。」
「お気にいられたようで何よりですな。」
長いもじゃひげの、いかにも長老という雰囲気のおじいさんと、その両脇に控える「ザ・滝に打たれる修行僧」と言った印象の青年。
「長老様でしょうか?」
「は。長老でありますな。」
宗都の内情は、ギルドから玲奈らに伝わってきていたー曰く、住民は200以下で、政府と言うべきものもない修行者の集まり。質素な暮らしでなるべく環境を汚さないようにしながら、魔力と自然にどっぷりつかり、ただそれ自体を目的に日々を生きている…
「魔力浴びですか、な?」
あまりに豊富な空間魔力のため、世の魔法使いの宗都への見方は完全に2通りー尊さを見出して接触を自粛するか、それとも利用を考えるか。テライズ・アモリや、魔法に神聖さを結び付ける神国は前者である。ただ、宗都の輝き美しい草原は、欲望にまみれやってきた魔法使いに自省させるだけの優しさを持っていた。そのため、大魔法を使おうと思ったり実力の底上げのために魔力を浴びようとした魔法使いがすっかり「あの美しい風景を守らなければ」と語るようになるのは良くあることで、長老は「そうなるのですかな?」と他人事のように思った。
「実は、そちらの、『後継者』に呼ばれて来たのです。」
「…ほう、タマセ様に…
歓迎しますぞ。」
長老は、朗らかな笑みを浮かべ、疑念一つ浮かべず、ルソーが理想とした自然状態の自由人そのものとして、玲奈ら4人を導いた。
―*―
「うん、えーっと…
…初めまして、だよね?よね?」
私は、白々しくもそう尋ねてみた。
名前すら世俗のたまものと思っている長老は、名前を尋ねはしなかったと思う。
「インテルヴィ―・アディリス、フランケス・グリフッツ、エルシエ・リット…そして、太田玲奈さん、初めまして。
私、クラナ・タマセ。
俗に、『精神系魔法の後継者』。
よろしくね。ね?」
…あ、一つ忘れてた。
「あるいは、『次に魔王になれる人物』かな?かな。」