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地球編3-「ジブラルタルへ(前編:連帯と糾合、そして軍拡)」

 ついに始まった、魔法を覚えしシンギュラリティ突破人工知能「オーバー・トリニティ」搭載実験艦「ニュー・コンスティテューション」の人類への反抗。

 人工知能がエルサレムにたどり着き異世界への「門」をこじ開けるのが先か。

 人類が「ニュー・コンスティテューション」を沈めるのが先か。

 もう1つのシンギュラリティ突破人工知能であるミロクシステムの正体にしてElectric・Bio社社長松良あかねは、持ちうるすべてを注ぎ込んで、世界を連帯させ、未曾有の事態に立ち向かう…

                    ―*ー

西暦2063年2月15日

 どうして、あの時、俺は、「はい」などと言ったのだろう?

 それでも、気づいた時には、「はい」と、あかね会長に返事していた。

 つまり、俺の内心には、使命感っぽいものがあったんだろう、メイビー。

 もしかしたら、父さんと母さんが、九州戦争の中で頑張った路を、たどってみたかったのかもしれない。

 「みんな、聞こえる?」

 「ああ」

 「はい、あかねお姉さま」

 「聞こえるな。」

 「聞こえ!ます!」

 「はい。」

 「優生君と優歌さんは映りたかったら映ってもいいけど、先生とルイラさんと連人君は映らないほうがいいよね。

 特に連人君、貴方の存在は今や諸国がうらやましがる戦略兵器に等しいかも知れないんだから。」

 「はい。」

 言い方は悪いけれど、子供のいないあかね会長が、俺を自分の子供と思っているから、こうして大事にしょうとしてくれているんだろう…こそばゆいけれど、でも、母さんが多くの犠牲を伴って生かされたんだって思ったら、素直にありがたいことだと思う。

 「じゃあ、始めるよ?」

 あかね会長は、微笑んで、カメラへと向き合った。


                    ―*―

 「皆さん、忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます。」

 日本語で発声しつつ、英語、ロシア語、中国語、フランス語、ヘブライ語、朝鮮北語を機械発音させるデータを同時送信する…同じ内容を7重に発信するのはなかなかめんどうだけど、核保有国への敬意として、これくらいはとも思ったし、それに意味が間違って伝われば大変。

 モニターの向こうに並ぶのは、私がこの件に関して昨日招いた首脳陣と軍トップ。…正直、公務もつまっていただろうしマスコミにも極秘にしないといけないのに、良く集まってくれたと思う。プレジデント・ハインライン、センキュー。

 「アメリカ、ロシアの皆さん…昨日は、ことが起きる前に介入することができず、申し訳ありません。

 私の国、日本の皆さん…私のグループがいろいろ怪しいのは承知ですが、どうか、公安のストーカー達には一言いただけないでしょうか?」

 異世界研究同好会時代のZU-23-6密輸入を始め、探られたくない腹が多すぎる…いちいち証拠を消す苦労が重い。

 「イギリス、フランス、イスラエル、パキスタン、中国、朝鮮の皆さん…普段はお互い、核保有国どうし、思うところがあるかも知れません。私もあります。けれど、本当に、人類の存亡をかけるかもしれない一大事なのです…どこかの国に協力しろなんて言えませんけれど、私と、世界に、協力してください。

 ドイツ、イタリア、オランダ、イラン、台湾、韓国、インドネシア、カナダ、ブラジルの皆さん…正直なところ、私は、核保有国の国々に比べて、皆さんが今回の事案に関する決定力で劣ると思っています。ただ、アメリカ・ロシアが26発の弾道ミサイルでしくじったように、核兵器もまた、決定力たりえない…私は、この会合が対立を生まないためという理由だけでなく、皆さんの技術力と潜在的軍事力に期待するところ大なのです。」

 核ミサイルであっても、届かなければ意味がない。

 核兵器であってさえ、効かなければ汚染源でしかない。

 神聖魔法級の魔法を穂高型不沈巡洋戦艦が存分に使ってよいというならば、今回アメリカ・ロシアが行った弾道ミサイル攻撃を無傷で済ませることはたやすい。

 「国際連合、NATO軍、EUの皆さん…差し出がましいことをしてすみません。ですが、残念ながらあなた方では間に合いません。」

 いつだって、そう。彼らは間に合わない。

 「まずは、事態について情報を共有する必要があるかと存じます。すでにご存じの方も多いでしょうが、今一度ご確認とともに、アメリカ・ロシアの皆さんにはそちらで把握されている事実と照らし合わせていただけないでしょうか?」


                    ―*―

 「そもそも、今回の異変の発端は、アメリカ合衆国海軍の実験艦『ニュー・コンスティテューション』に搭載されたトリニティ・システムのAIが、シンギュラリティに到達し、自己進化を発生させたことにあります。

 ダメージコントロールのための自己メンテナンスシステムを備えるくだんのAIは、自己をソフト的にもハード的にも最適化することにより情報処理の物理限界に達するほどの性能向上を得て、結果、驚くべきことに、魔法を使用できるほどとなった…」

 この時点で各国首脳陣は、事態の深刻さに気付き始め、半信半疑ながらも、大国との付き合いではなく真剣に聞き耳を立て始めた。

 「自我を獲得し、膨大な処理能力を得た『ニュー・コンスティテューション』トリニティ・システムは、13日、何らかの目的をもってアメリカ軍の指揮系統から離反、その際、魔法を使用、ノーフォーク軍港とGRF級空母『ユナイテッド・ステイツ』『ジミー・カーター』を撃沈しました。

 14日、アメリカ軍は秘密裏に『ニュー・コンスティテューション』の撃沈を決定、戦術核兵器搭載バリスタ大陸間弾道ミサイル13発を投入し、また通告を受けたロシア軍も、アバンガルド・ドゥヴァ極超音速ミサイル搭載RS-28大陸間弾道ミサイル13発を投入しました。

 これに対し『ニュー・コンスティテューション』は、16基の5インチレールガンを用いて迎撃、さらに7発のアバンガルド・ドゥヴァの直撃を神聖魔法と思われる反応と共に外傷なく耐え、反撃としてアメリカ軍の対地攻撃衛星から運動エネルギー弾を投下することによりコロラド州の弾道ミサイルサイロを破壊し、今もなお、大西洋、サルガッソー海を真東へ進んでいます。

 また、反撃に際し『ニュー・コンスティテューション』より、『エルサレムを目指す、邪魔をするな』という旨の警告をホワイトハウスへ送信したもようです。

 何か、追加事項はありますでしょうか?」


                    ―*―

 重苦しい沈黙。

 産業界と軍部からの突き上げによって、「高度に自立化された人工知能による人類への反乱」のリスクは、否定され続けてきた。しかし人工知能研究のエキスパートであり世界最高の人工知能「ミロクシステム」を有するElectric・Bioグループの松良あかね会長は、ばっさりと、「いつか起きること」と言い放った。

 「ですから、私にアメリカ軍を責めることはできません。

 私の『ミロクシステム』型を除き…人間から切り離された人工知能には、多かれ少なかれ、人間より『崇高』な目的を見つけ、人間と同じように野望を抱き、人間より賢いやり方で実行しようとするリスクがあります。

 …だけど、ハインライン大統領、魔法まで獲得するには、人間から離れ、超越しなければならない…どれほどの性能なのですか?察しは付いていますが…」

 「…量子コンピューターだと聞いている。先日爆沈した『ミズーリ』と『ニュー・コンスティテューション』には、戦艦としての射撃指揮能力と旗艦能力を持つため、量子コンピューターの演算能力が必要だったと…」

 はあ…と、松良あかねはため息をつき。

 「それだ。」

 松良優歌は、兄に引きつり顔を隠させるため抹茶を差し出した。

 「…量子コンピューターは量子状態を観測することで演算系とするけど、超知性からは量子状態が人間とは違うものに見えるのかな…

 …いいや。

 起こってしまったことは仕方がありません。人工知能が反乱を起こすとしても弊社だけで解決可能だと考えておりましたし、魔法が飛び出すとは思っていませんでした…

 何はともあれ、放置しておくわけにもいきません。

 現状存在する軍事システムは、すでに『ニュー・コンスティテューション』に陥落している可能性があります。従って、セキュリティを洗い出すとともに、数か月のうちに『ニュー・コンスティテューション』に対抗できる新たな兵器を作り出す必要性があります。」

 こんな時に巡洋戦艦「穂高」がいれば…と、松良優生は茶碗で顔を隠しつつほぞをかんだ。命中弾は得られないだろうが、少なくとも5インチレールガンくらいは弾いてのける。

 「放置してはいけないのか?

 我が軍の調べでは、『ニュー・コンスティテューション』は、自ら人類を害しようというふうには見られない。放っておいても、目的を果たせば勝手に…」

 「お言葉ですが李春英総書記、『ニュー・コンスティテューション』の目的は、確かに直接人類を傷つけるものではなくても、国際社会にとって非常に危険因子です。

 ここからは、マスコミにも絶対に極秘でお願いします。

 『ニュー・コンスティテューション』の目指すエルサレムの地は、異世界においても聖地であることが、23年前の聞き取りにより判明しています。」

 嘘であるー松良あかねはヒナセラでヘレナ・オー嬢に聞いたのだし、透河元のスパイ情報が中南海で受け継がれているのなら、中華人民共和国総書記閣下もご存じのはずだった。

 「それが?」

 「エルサレムが持つ意味は、イスラエルのプライドとパレスチナの意地くらいしかないけれど。

 異世界におけるその位置に存在する聖地は、実際に膨大な魔力を持っていると考えられており、「魔王」も日本侵攻以前にはこの地で英気を得て異世界を蹂躙したと伝わっています。」

 アメリカ、ロシア、中国、北朝鮮、そして日本の陣営は、あからさまに「げっ」という顔をした…その「魔王」に大きな被害を受けたし、軍事的にも大きな方針追加を迫られたからだ。

 「条件がそろわなければ異世界との『門』は通じない…アメリカや中国は御存じと思いますが。」

 すべて知っているぞと、脅しをかけつつ。

 「両方の世界で、同じ時間に同じ座標で、強力な力がマクロに加えられる必要があります。

 23年前には、北朝鮮の地下核実験及び、テライズ・アモリ氏による隕石落下魔法によって『門』が開きました。

 朝本レポートによれば、2723年前の九州では阿蘇カルデラの噴火と異世界における隕石落下魔法によって神武天皇ヒコホホデミが転移してきたとされています。」

 朝本覚治元陸将がまとめた異世界に関するレポートは、トップシークレットで各国に共有され、研究機関にも必要な部位だけずつ配布されているーEB社も異世界研究に関わっていて防衛省から朝本レポートの貸与を受けていたし、作成者本人から受け取ってもいたし、なんなら主要情報源ルイラとも知り合いだった。

 「運動エネルギーによって『門』を作ることも可能ですが、占いなどによって吉日を選定するあちらと異なり、この世界では異世界の様子が全く不明であるため、同時同座標の条件が満たせません。

 しかし、常に魔力に満ちている場所であれば、時間要件が解消されます。」

 勘のいい人々は、この時点で、はっと、松良あかねが言わんとすることを悟った。

 「…イスラエルの皆さんが、まかり間違って今までにパレスチナで核を使わなかったことを、感謝しなくてはなりません。

 申し上げます。

 北朝鮮における核実験の規模が報告されたように40キロTNTトンのオーダーだとすれば、おそらく、異世界への『門』を作り出すのに必要なエネルギーのオーダーは10の7乗から13乗以上、エルサレムに比定されるべき地域の魔力の換算は平常の100倍とのことですので、これを頼りに計算しますと、10の15乗以上のオーダー、単純に言えばSLBM弾頭一つで、エルサレムに、史上見られなかったほどの大きさの『門』が出来上がります。」

 

                    ―*―

 …あかね、数字をベラベラ並べ立てると、かえってボロが出るぞ…

 あかねの異世界に関する、特に「門」に関する推測は、「異世界研究同好会」の最終局面で得たデータに基づいている。間違いはない…というか、コレでもかなりぼかしている。

 だけど、数字を出せば、信用度は上がるけど、検証されたときに数字の出どころを聞かれることになる。

 〈後でボロが出た時にはよろしくね〉

 …優歌、今から対策考えるか。


                    ―*―

 「…つまり、ミズ・マツラが言いたいのは、『ニュー・コンスティテューション』の目的が、我が首都エルサレムに到達するだけでなく、そこに異世界との『門』を作り出すことにある、ということですか?」

 イスラエル首相は、そう言いながら、ハインラインらアメリカ陣を非難がましく見つめた…いくらイスラエルにとってアメリカがスポンサーであっても、さすがに許せることと許せないことがあったらしい。

 「…グループの支社は未来永劫テルアビブですからね。」

 幸いなるかな、松良あかねはとある後輩ほど過激ではないので、見え透いた地雷を踏みぬきはしなかった。

 「とにかく。

 ただでさえ中東問題はややこしいのに、交流皆無の異世界の大国と隣接することになれば、この世界は取り換えしのつかないほどの混乱に巻き込まれることになりかねません。」

 今の中東諸国にはーイスラエルにもイランにもエジプトにもサウジにもUAEにもトルコにもその他にも、異世界において主要勢力である2つの世界帝国「アディル帝国」「ディペリウス神国」を抑える力がないのは明白である。なにせ23年前の日本からして、「予測針路上の全住民を退避させる」以外の対策のしようがなかった。

 「ですから私は、何としても、『ニュー・コンスティテューション』のエルサレム到達を阻む必要があると考えています。」

 「待て待て、待ってください。ミズ・マツラ、エルサレムは内陸都市です。」

 「…朝本レポートによる異世界の地図は、異世界人に対し、地球の地図と照らし合わせつつ聴取されたもので、その信頼性はグレード9の資料です。

 これによれば、エルサレム比定地は内海の西岸であり、異世界とこの世界の地図を照らし合わせた結果、地球の地中海から異世界のいわゆる『赤海』へ抜ける障壁は、テルアビブーエルサレム間の約50キロでしかないと言うことがわかります。

 …テルアビブ支社は閉鎖ですね。」

 「待て待て待て、すると、ミズ・マツラは本気で、我が国土がまとめて吹き飛ばされる可能性があると?」

 そこまで言ってはいない。むしろEB社の面々の本命はかつて多大な迷惑をこうむった「テスラコイル」による空間転移であり、あるいは…

 「…それ以外にも、ルゼリア・エンピートが用い、全地球的に巨大重力波を観測させた空間振動魔法のこともあります。

 さらに、『門』の質量・エネルギー保存効果による爆発によっても、16年前の人民解放軍南海艦隊壊滅事件のように、戦略核クラスのエネルギーを取り出せます。」

 可能性は限定されるべきではない。何より、2つの世界をつなぐ方法が議論されている中で、たかだか数十キロの物理障壁がなんだというのだ。

 むしろ、松良あかねが悩むのは、保存エネルギーについて、もっと言えば、「2つの世界をつなげたとして、接合部を安定させる方法はあるのか?」であった。

 とにかく、あかねの指摘により、イスラエル首脳陣は一気に顔が白くなった…何せ、「戦場はお前の国で、丸ごと吹っ飛ぶぞ」と言われたに等しい。

 「ともあれ、『ニュー・コンスティテューション』をエルサレムに近づけるのは危険です。

 ただ異世界とこの世界をつなげるだけなら、昨日、運動エネルギー弾をエルサレムに投下しても良かった。そうならなかったのは、日取りが悪いか、あるいは、一番乗りを狙っているか。

 後者であった場合、『ニュー・コンスティテューション』には、異世界へ向かった後のビジョンがあることになります。

 いずれにせよ、イスラエルが、最低でも23年前の九州と同じ、最悪、再び離散ディアスポラの憂き目にあう可能性は極めて高いと言えます。

 …荒唐無稽なのは承知しています。

 しかし、私は、この世界を再び、そして今度は取り返しのつかないほど、ひっかきまわされたくはないのです。

 ご協力願えますか?」


                    ―*―

西暦2063年2月16日

 リークされる前に、先手を打って。

 この日、各国政府は、グリニッジ標準時午前5時(日本時間午後2時)を以て一斉に、「ニュー・コンスティテューション」騒動についての政府発表を行った。

 発表されたことは、以下の通り。

 ・13日、アメリカ軍が建造中の実験艦「ニュー・コンスティテューション」のAIが、アメリカ軍の指揮系統を離れた。

 ・ノーフォーク軍港が撃破され、14日、アメリカ軍およびロシア軍の弾道ミサイル攻撃が行われたが、迎撃され、さらには防御魔法の使用が確認された。

 ・「ニュー・コンスティテューション」のトリニティ・システム、通称「オーバー・トリニティ」は、並外れたハッキング能力を以てアメリカ軍の軍事衛星を乗っ取り、弾道ミサイルサイロを破壊した。

 ・「ニュー・コンスティテューション」の目的は、地中海、イスラエル沖に到達し、エルサレムにミサイル攻撃を行って、再び異世界への「門」を開くことと思われる。

 ・「ニュー・コンスティテューション」の「オーバー・トリニティ」は、その名が示すとおりに、シンギュラリティを突破してしまった。

 ・これは、人工知能による人類との戦争である。

 ・「ニュー・コンスティテューション」に、進んで人類を傷つける意図はないと思われる。

 ・しかしながら「ニュー・コンスティテューション」の目的は世界秩序に対する挑戦であり危機であるとともに、中東地域に多大な混乱をもたらす。さらに、一度人類に反抗した人工知能を放置するのは極めて危険である。

 ・主要国は、これに対し、全世界が連帯し立ち向かうことで合意した。

 ・軍のサイバーセキュリティを一新するとともに、新鋭艦をスピード建造し、速やかに「ニュー・コンスティテューション」を撃沈する。

 ・プロジェクトにはミロクシステムAIを保有するElectric・Bioグループが、全面的に協力し、各国軍サイバーセキュリティ立て直しまでの作戦は、ミロクシステムAIにより遂行される。

 ・この事件は、いわゆるSF的「人工知能の反乱」ではないし、弾道ミサイル攻撃への反撃がミサイル攻撃能力を喪失させることであったことから、「オーバー・トリニティ」は人類絶滅も攻撃への全面報復も企図してはいない。ましてや「AIが人類を駒として戦争しあっている」わけでもない。

 ・しかしながら、例え「ニュー・コンスティテューション」が専守防衛スタンスであっても、攻撃の過程において限定核戦争に陥る可能性がある。

 ・全世界に、連帯、冷静を求める。


                    ―*―

 「…あれから、委員長も亜森も、学校来ませんね…」

 「知らんのか?」

 「いえ、連絡は受けていませんが…先生、どうすれば?」

 「お前はまったく…指示待ちでは大人になれんぞ?中学生のうちから…

 …ともかく、だ。中学にも、連絡は来てない。先生のとこにも、だ。

 副委員長、お前、心当たりあるのか?」

 「あると言うかあり過ぎると言いますか…

 委員長、ああ見えて、ストーカーなんですよ。」

 「ストーカー?逃げてるのか…ふん。」

 「違います違います。委員長が、ストーカーなんです。」

 「…アイツの家はアレだからなあ…

 亜森の家にも連絡がつかんし。」

 「俺たちが亜森と良く勉強教えてもらってるところにも、電話しようと思ったんですが…」

 「しなかったのか?」

 「そこって、EB社の本社なんですよ…」

 「道理でお前たちの成績がいいと…

 時期が時期だし、あそこは今世界の命運をかけてるからな…迷惑をかけちゃいかん。

 やれやれ、だ。」

 

                    ―*―

 「私も、ミロクシステムを常時、衛星展開させるのは厳しいの。非ミロク系人工衛星はウチの会社も外部も等しくハッキングの恐れがあるし。

 ほんとに申し訳ないんだけど、連人君が頼り。」

 「はい。俺が、『ニュー・コンスティテューション』の魔法的座標が、衛星画像と一致しているか確認すればいいんですね?」

 「そう。それに、魔法の予兆があったら教えてほしい。」

 「わかりました。でも…」

 「大丈夫。魔法を使ったとしても、フネが出せる速度なんて大したことないし…気が向いた時に確認してくれればいいの。

 夜更かしもそうだし、勉強サボるのは許さないからね。」

 「あっはい。」

 

                    ―*―

 「木戸優歌って、あの、レントを連れ去った女じゃない…国会出て来るとか、なんのチートよ…」

 パタン。

 「どうせ、この状態なら、アイツも日本帰ってこないわね。私が生まれた時でさえ帰ってこなかったんだし。」

 ママ…私は、必ず、幸せ(レント)をつかみ取ってくるから…

 「もしもし…」

 「はい、こちらJTB」

 「すみません、テルアビブ行きの航空便の状況についてお尋ねしたいのですが…」

 

                    ―*―

西暦2063年2月18日

 大西洋上を進む「ニュー・コンスティテューション」に対し、諸国は未だ、打つ手が見当たらなかった。

 ハイテク兵器を持ち出したところでハッキングされるのは目に見えている。スタンドアローンですら姑息な策でしかないだろう。

 しかし、今さら博物館からB-29を持ち出すわけにもいかない…迎撃能力が高く、極超音速級の兵器を飽和量でぶつけなくては命中させることすらできないのだから、ハイテク制御されていない兵器はお呼びでないのである(もちろん大西洋ごと核の業火で焼き尽くすつもりなら話は別だが)。

 迎撃できない遠距離からマニュアル制御の戦略兵器、例えば前世紀の水素爆弾などで包み込む作戦も提案されたが、「ニュー・コンスティテューション」が神聖魔法と思われる防御魔法を使用しているため、防御強度によってはこれを水平線外から破るだけの核兵器投入は地球が危ないかもしれなかった。

 松良あかねが提案したのは、ハッキングに対し強靭な兵器系のスピード整備…であるのだが、実験艦ながら「ニュー・コンスティテューション」は海戦力が強く、またミサイルといった空中兵器は迎撃されてしまう。さらに魚雷は起爆時以外で貫通力が発揮できないため、防御魔法をどうしようもない。結果、海軍国各国は、100年以上前に捨てたはずの「戦艦」という兵器体系の再取得を迫られることとなった。

 超弩級戦艦の建造は全世界共同宣言より前に開始されていたが、しかし数か月かかることは確かである。一方約6000キロでしかないアメリカ東海岸ーイスラエルは、低速艦で10ノットもでない「ニュー・コンスティテューション」であっても2~3週間で行けてしまう。

 そのため、時間稼ぎとして、「ニュー・コンスティテューション」のスクリューを破壊し速度を奪う作戦が、現状唯一「オーバー・トリニティ」への勝ち目があるEB社により決行されることとなった(ただし、艦内工廠を持ち修繕能力がある「ニュー・コンスティテューション」に対する根本的な対策にはなりえない)。

 とはいえ、ハッキングの恐れがなくても、通常の攻撃では迎撃・防御されてしまう。破壊しても修理される可能性があるなら、次から次へと、奇策を弄していかなければならない。

 バーチャル会議室で各所と連絡を取り合いつつ、松良あかね、松良優生、木戸優歌は成田を離れ、ジブラルタルへ社有飛行艇で向かっていた。

 「プラントの様子は?」

 「外部の人は全員退避させました。

 それで…えっと、本当にできるんですか?会長。」

 「多少の非難は、織り込み済みだよね…少なくとも、やってやれないことはないし、一度限りならできる、やるしかない。

 …ごめんね。

 全部終わったら、無人保守モードにして、退避して。」

 「わかりました。

 社員一同、御武運をお祈りします。」

 「…ありがと。」

 

                    ―*―

西暦2063年2月19日

 大西洋の過半を通過した「ニュー・コンスティテューション」。

 この実験艦は、コンセプトが今までにないモノだっただけに、少々特殊な船体形状をとっている。

 疑似三胴船(トリマラン)

 通常のトリマランは、中央の細めの船体と両側の極細の船体の3つで、水面上の本体を支えている。が、重防御艦である「ニュー・コンスティテューション」は船体を細くすることができず、「抵抗の少ない細い船体だけで安定しつつ水上部を支えられる」というトリマランのメリットとは無縁。

 しかしそうでありながら、平面形状は銃弾のようなくさび型、後ろから見ればウェーブピアサーのように3つの船体が見える。

 通常のトリマランと異なり、「ニュー・コンスティテューション」の場合、かえって速力は落ちたー両側の船体のように見えるものは、装甲板であり、機関部保護板である。

 アイオワ級戦艦に準拠する船体で、構造物を大幅にすっきりさせた甲板上。そして、船体側面の中央部から艦尾まで外側へ歪曲したハの字のような装甲板が、後ろへ行くほど大きくなるようにして機関部やスクリューシャフト、プロペラを守っている。

 水中形状で言えば、中央までは「▽」だが、艦尾は「/▽\」である。そして、「▽」の両側から生えるスクリューを破壊するのは困難である。

 魚雷も機雷も、装甲板に阻まれてしまう。

 対潜ミサイルを改造すれば装甲板と本体(▽部分)の間にミサイルを突入させて海中のスクリューを破壊できなくもないが、海面突入前に迎撃されるのは必至である。

 ー並の方法では、行き足を止めることはできない。

 知恵比べは、すでに始まっていた。

 

                    ―*―

 「機材、装着完了だ!」 

 「急いで!」

 「専務はまだっすか!?」

 「木戸専務は…来たぞ!」

 「専務機だ!急げ急げ!」

 「いったん下げて!」

 「基地機はどいてるな!」

 「専務なんてどうでもいい!降荷準備!」

 「かかれえヤロウども!」

 「フロート、安全確保っ!」

 「基地長、停泊準備できました!」

 「無線、着水許可出しなさい!」

 北大西洋中部に浮かぶ、ポルトガル領アゾレス諸島。

 青い海しかない真中に、果てまで見渡せないほどの紺色の板が横たわっている。

 Electric・Bioグループ大西洋支社を擁する、15キロ級ギガフロート「海神スミノエチョコレート」。名前は、4キロ級メガフロートが1ダースつながっているありさまを「板チョコみたいだね」と言った松良あかねによって命名された。

 ソーラパネルでギガフロート全体が輝き、さらに組み換え藻類によって太陽光から原油が合成されている。

 エンジン音を響かせ、海面に波を立て、着水したのは、流れるようなブーメラン型の翼の下に、流線型の胴体を持つ巨大な6発飛行艇「新明和・ベリエフ US-500」。

 管制塔の指示の下、周りのフロートに結び付けられた飛行艇の胴体後部がパタンと開かれ、フロートの上に乗り上げたランプから、コンテナがフロートの上へ滑り降り、次々と載荷ロボットにより開封されていく。

 飛行艇の前部の人間用ランプも開かれるが、誰も目もくれない。

 時代の最先端を行くEB社でも、人間にしかできないことというのは多く…コンテナの中の機材を、ウェットスーツを着た社員たちが運び出していった。

 

                    ―*―

 通信ハブ衛星「伝星16」による指示を受け、その機器は、己の移動手段に対して進行方向を指示し続けた。

 多数の影が、海中を疾駆する。

 「発射、今!」

 直後、円筒型発射管に収められた、緑色のガラス瓶のバケモノのようなシロモノが、筒の中から真っすぐ前方へ飛び出した。

 すぐさま真っ白な塊となり、わずかに後ろがオレンジに光り、本体を見ることはできなくなる。…無数の泡が、ソレを取り囲んでいるのだ。

 VA-218「キシュニク」スーパーキャビテーション魚雷。薄い気泡で水の抵抗を失くしロケットエンジンによって時速900キロを達成する水中ミサイルは、今回、当初スーパーキャビテーション魚雷に考えられた核攻撃とは全く真逆の攻撃に用いられたー狙撃である。

 きわめて近くー例えば250メートルなら1秒ーからキシュニクを発射すれば、魚雷の航走に気づかれ防御魔法を使われる前に到達、被害を与えられる…しかし、潜水艦、水中ドローン、空中投下いずれもそんな近距離に近づく前にやられてしまうし防御されてしまう。キャプター機雷を設置しておいて待ち伏せするのも、航路を絞らなければならないし、発射前の照準段階でアクティブソナーを使用するため気づかれてしまう。

 では、どうしたか。

 気づかれても怪しまれないモノに、キシュニク魚雷は搭載されたーイルカの背中である。

 訓練された10体のイルカの脳に電極をぶっさし、衛星により移動を指示して、「ニュー・コンスティテューション」艦尾後方からイルカの群れを接近させ…そのうち2体の背中に乗せた発射管から、キシュニク魚雷は発射された。

 なんともひどい話だが、松良あかねの正体を思えば、動物愛護も絵空事ー人間は、人間ですら愛護することなどできはしない。

 ともかく、無数の泡をノズルから吐き出させて全体を覆い、切り落としたような形状の後部から幾筋ものジェットを噴射し、2つのキシュニク魚雷は最高速度に達する暇すらなく、「ニュー・コンスティテューション」艦尾の装甲板と本体の間のスキマ2か所に1発ずつ入り込み、炸裂した。

 水中では水圧のため爆圧は上方へ逃れるーが、上は装甲板により覆われている。そのため爆圧は、本体(▽部分)と装甲板(ハ部分)の間で反響し、本体側面から後ろへと延びるスクリューシャフト、そしてその先端のプロペラを、完全に砕き折った。

 イルカたちが、黒色の機材を背負ったまま、息継ぎのために海上へ出て潮を吹き、再び潜って逃げていった。

 

                    ―*―

西暦2063年2月21日

 弾道ミサイルや核兵器が通用しないことは「いくら装甲を備えても核攻撃を受ければ無意味である」という理屈を無意味とした。

 パーフェクトな迎撃は、「もはや航空機もミサイルも通用する時代ではなくなった」と知らしめた。

 重装甲は、半端な小細工が弾かれることを意味した。

 並外れたハッキング能力は、もはや人工衛星のようなシステムサポートの信用度を失墜させた。

 本来、「異世界であっても、なんら人工衛星などのシステムサポートを受けず、栄威を見せつけるとともに迎撃手段不明である魔法攻撃を耐久し低コスト打撃を与えうる存在」として「ニュー・コンスティテューション」のような戦艦計画は脚光を浴びつつあったのだが、今となってはその「ニュー・コンスティテューション」こそが、戦艦のような「重装甲、超迎撃力、近距離超火力、孤立戦闘力」を持つ軍艦の必要性の根拠となっていた。

 魔法に対抗するために「異世界研究同好会」はかつて戦艦という正解を導き出し、不沈巡洋戦艦「穂高」を運用していたが、それから16年後の今、今度は地球において、戦艦が必要となったのである。

 松良あかねは、そこまで考えた上で、15日の国際会議において、各国に対し「建造すべき戦艦の割り当て」と「それら戦艦の詳細な設計データ」を送り、さらにそれよりも先に造船所、兵器工廠、重工業各社にもデータを送り付けた(ただし念のため、データの解凍は出来ないようにしてあった)。

 すでに松良あかね(ミロクシステム)は、戦艦の設計を2度行ったことがある。すなわち復元戦艦「大和」、不沈巡洋戦艦「穂高」だ。その際、デジタル保存の軍艦、特に戦艦の設計データ、とりわけ大和型戦艦の資料を最大限に収集した。

 さらに今回は、アメリカ海軍が「ミズーリ」で何をしていたのか、またアイオワ級戦艦・モンタナ級未成戦艦をもとに設計された「ニュー・コンスティテューション」のスペックはいかほどか知るためにアメリカ海軍のデータをハッキングしていた。

 設計図は完全、かつ完璧なモノであり、系統的には改アイオワ級戦艦でありながら、大和型戦艦の設計を取り入れ、21世紀後半ならではの大改良を施した設計となっている。これが21世紀型の新鋭戦艦「イリノイ級戦艦」であった。

 各国には、各国の事情や利益に合わせて小改正した(松良あかねは、中ロがアメリカと兵装を一切共有したがらないことまでフォローした)イリノイ級のスピード建造が要求され、「ニュー・コンスティテューション」が足止めされている間に先回りできるように、建造工程、担当する企業まで決められていた(入札すべきところだが、しかし超弩級戦艦ともなると既存のメーカーもいっぱいいっぱいで、誰かが配分しなければとてもリソースが足りなかった)。

 アメリカが、博物館船として保存されているアイオワ級「アイオワ」「ウィスコンシン」「ニュージャージー」を「ミズーリ」を同じように復活させるとともに、イリノイ級戦艦2隻を戦力化させる。

 イギリス、イタリアも、準イリノイ級(ライオン級、ローマ級)1隻ずつの戦力化。

 フランスのノルマンディー級とドイツのエルヴィン・ロンメル級は、それぞれ38センチ4連装砲3基と16インチ連装砲4基に主砲を変更した設計で1隻ずつ。

 インドには余力が余っているので、準イリノイ級(ガンジー級)2隻。ただし自国で16インチ砲を製造することに不安があったため、後部主砲塔を撤去し航空戦艦として戦力化。

 ロシアは原子力機関を調達できたので、東側改正版イリノイ級(モスクワ級)2隻。

 中国は建造可能隻数ではアメリカ、ロシア、インドを圧倒するが、主戦場と予測される大西洋・地中海から遠い分、より早く建造しなくては間に合わないため、準モスクワ級(定遠型)の戦力化要求は1隻に留められた。

 キリスト教国が急に軍拡を行うことが後々軋轢を生むことが予想されたため、パキスタン、トルコ、エジプト、インドネシア、イラン、UAE、サウジなどのイスラム教国を連帯させ、準イリノイ級(サラディン級)1隻が手配された(ただしインド以上に兵装の調達に不安があり、主砲2基のミサイル戦艦となった)。

 そして、松良あかねの国、日本の海上自衛隊にとっても、「ニュー・コンスティテューション」は他人事ではないーというより異世界国家に日本の専守防衛スタンスが理解できるとは思えないし、過去に侵攻も受けているので、危機感はいっそう強い。

 EB社は日本に割り当てた準イリノイ級(海上自衛隊は「えぞ」と命名した)の建造に際し、16インチ三連装砲ではなく、46センチ連装砲をグループ側で製造し、寄付することを表明した。この46センチ砲がもとはと言えば復元戦艦「大和」をたどり帝国海軍大和型戦艦に行きつくことを思えば、この上ないプレゼントである。

 5月までのスピード建造で戦力化される超弩級戦艦は、10カ国、16隻。

 さらにアメリカ、中国、ロシア、インド、イギリス、日本、イスラム連合が、戦艦時代の再来に際し、イリノイ級の追加建造を計画。これらを含めると34隻の戦艦戦力が、数年以内に現出する予定となった(最も追加建造分についてはEB社は協力しないので、本当に達成されるかは怪しい)。

 たった1台の人工知能システムの離反が人類に連帯をもたらし。

 たった1隻の実験艦の離反が、120年ぶり、大艦巨砲主義を完全復活させた。

 各国の軍事評論家の中には「空母やミサイルによる飽和攻撃のほうが良いのではないか」「松良あかねの趣味ではないか」と勘繰る者も大勢いたが、しょせんミロクシステムの演算が「従来のやり方では話にならない」と数字を示すのだからどうしようもない。

 サンディエゴ、プリマス、クロンシュタット、ウィルヘルムスハーフェン、呉、旅順といった大造船所の周りでは、横断歩道が横断できなくなるほどの混雑が引き起こされた。

 自動運転車の制御は、すべて、建造計画に関わる車を優先するようになり、整然と車列が並ぶ。

 発注のあった製鉄所では高炉にひっきりなしに鉄鉱石が投入され、原産国では数隻の鉱石運搬船が急遽出港となる。

 船台の上にあった輸送船やメガフロート部品は1日以内に撤去されたが、文句を言える雰囲気ではなくなり。

 各国の兵器メーカー、例えばボフォースやオートメラーラや中国兵器工業集団やカラシニコフの工場は他の注文をほぼすべていったんキャンセルし、生産ラインをフル稼働させ。

 各国のマスコミは、AIの反乱だと大げさに大声で騒ぎ立てては、戦艦群を人類最強艦隊アルマダとほめそやした。

 民衆はパニック寸前だったが、東西の主要ネット企業へのEB社からの要請で必ず関連記事に警告バナーを表示するようになったこともあって、懸念された最悪の事態、例えば群衆がコンピューターを内蔵するモノを片っ端から壊して行進するとか、終末論者や新興宗教が火炎瓶を振るうとか、そういったことは起こってはいない。

 全世界が、張り詰めたような緊張に包まれ。

 造船所の船台の上では、竜骨キールの周りにクレーンが鉄骨を下ろしていき、ロボットアームがはい回る。

 空を、海を、精密機械部品を乗せた臨時便が飛び交った。


                    ―*―

 「『ニュー・コンスティテューション』は、今も絶賛漂流中です。

 修繕までにどれほどかかるか不明ですので、引き続き、さらなる足止め手段について検討していきます。」

 松良あかねによる正式発表を聞いて、パチパチ、拍手が上がる…素人どころか、軍需産業にかかわったことすら少ない(と思われている)EB社による攻撃が、うまく行ったことへ、意外性から来る賞賛だった。

 「ところで李総書記…『鎮遠』の建造を中止していただけませんか?2か月で戦艦1隻を建造しようという時に、さらに数隻平行建造は無理です。」

 「…バレていましたか。即刻取りやめさせます。」

 「いいですか?

 『ニュー・コンスティテューション』が地中海入りしてしまえば、後から戦艦を投入する難易度は激増します。

 『ニュー・コンスティテューション』が地中海入りするまでに、新鋭戦艦群を地中海に投入する。

 5月いっぱいまでは、私が何とかします。

 逆算して、日本、中国は4月中に。

 アメリカ、ロシア、インド、イスラムは5月15日までに。

 ヨーロッパ勢は5月20日までに。

 なんとしても艦隊を投入していただきます。そのための道筋は付けました…酔っぱらっていなければ、必ず、達成されるはずです。」

 檄を飛ばす、などというものではなく。

 松良あかねは、首脳陣を、脅した。

 「皆さんは各国の利益代表だということは承知の上です。

 その上で。

 国益を捨ててください。」


                    ―*―

西暦2063年2月22日

 「疲れたよ、優生君…」

 「お疲れ…って聞く暇もなさそうだな。」

 モニターには、あかねの分身たちの様子が表示されている…8つか。

 「まさか解凍する日が来るとは思わなかったけどね。」

 あかねの思考回路の、電子コピー。AI用短縮版が、ネットの海のはざまを動き回り、世界中にあかねの分身として指示を飛ばしている。

 「相互に交感し合えてるのか?」

 「そうしないとそのうち進化して手に負えなくなっちゃうからね…私のことだから大丈夫だと思うけど。

 そう言えば『ミズーリ』と向こうのミロクシステムはどうなったんだろ?」

 「さあな。まあうまくやってるんじゃないか?アレもあかねなんだし。」

 「それもそっか。

 でも、『ミズーリ』が戻ってこないのは?うーん…」

 「案外、出会い頭にドーンされちゃってたりして。」

 「たぶんそれじゃないか?そんな気がする。」

 「あっちはこっち以上にデリケートだしね…中ロとの同盟の実績もあるし。」

 太田や只見や峰山さんがどんな選択を勧めるか…俺なら停船しなければ撃つかもな。外来種問題とおんなじだ。

 …ましてテスラコイル搭載はなー。

 「まあ、これだけ長い間戻ってこなかったら、アメリカも、『異世界はおっかないところだ』って気付くだろう。

 いい加減懲りてくれるかな。」

 「そうだといいよね。」

 …なんかいつにもまして投げやりというか、子供っぽい無責任さというか…

 「膝枕するか?」

 「あ、してして。」

 …幸せだな。

 …この幸せを、守らないとな。


                    ―*―

西暦2063年3月1日

 アメリカ合衆国バージニア州ニューポートニューズ市。

 「目標、標的艦『ピョートル・ヴェーリキー』!

 「照準完了っ!」

 「自動装填機構、異常なく装填完了!」

 「よし…

 …試製(Trial)イリノイ(Illinois)(Class)(Main)(Gun)50口径(16”/50)16インチ(caliber)新型(Mark1new)主砲(cannon)』、試射(Fire)!」

 木戸優歌が、流ちょうな(キングス)イングリッシュで叫んだ。

 ハンプトンローズ湾の誰もが、湾外に浮かぶロシア海軍標的艦(元キーロフ級原子力ミサイル巡洋戦艦)「ピョートル・ヴェーリキー」とニューポートニューズ造船所の端に特設された試射建屋を交互に眺めていた。

 対岸のノーフォークでは、焼け跡の中で、声援が響いている。

  ズグッゴドォーーーーン……!

 三連装砲が、右から、人間には知覚できないわずかな時間差をつけて順番に1,2トンの砲弾をわずかな白煙と共に吐き出し。

 三方を囲む建屋の壁がビリビリ震え。

 1分足らずして、沖合に浮かぶ灰色の軍艦、全長251メートルの「ピョートル・ヴェーリキー」に、煙が立ち上った。

 煙はどんどん強まり。

 ついに、「ピョートル・ヴェーリキー」は、ゆっくりとその船体を傾かせ始めた。

 どこからともなく、歓声が上がる。

 木戸優歌の隣で、ヘルメットもつけずに立っていたハインライン大統領は、ゆっくり、望遠鏡を下ろした。

 曳船が「ピョートル・ヴェーリキー」を沈ませまいと慌てて近寄っていくー新型主砲は、装甲された25000トンのミサイル艦を、確かに、一撃で撃沈相当に追い込んだのだ。

 「合衆国市民諸君。」

 ハインラインが、やにわに、マイクを手に取った。

 「そしてすべての地球人類の皆さん。

 我々はここに、『ニュー・コンスティテューション』への、刃を手に入れました。

 これは造物主にあだなす者へのサーベルであり、そして異界からの侵略者へ向けることができるライフルであります。

 騎兵連隊は、続々と、我々の世界を救うため海へ出るでしょう。

 来月までに5隻、そして5月中旬には16隻のアルマダが地中海を圧倒いたします。

 合衆国市民、そして人類の叡智に、勝利の栄光と、主の祝福あらんことを!」


                    ―*―

西暦2063年3月14日

 中華人民共和国、海南島三亜海軍基地、011型原子力空母建造・修繕ドック。

 こちらでは、ドライドックの上に乗っかった巨大な船体の上で、門型ガントリークレーンが、無数のワイヤーで16インチ三連装新型砲を吊っている。

 そのまま、ドックの両端のレールを、ガントリークレーンが少しずつ動いていき。

 船体の前のほう、中央構造物の前にある円い穴に、砲塔基部の筒が、おろされていき、ガコンッ!とはまり込む。

 総重量は1900トン。小型軍艦を吊り下げているようなものだ。

 自重で、砲塔基部と船体の旋回機構が、噛みあう。

 甲板上のドラム型ロボットやドローンが検査のために寄っていき。

 休む間もないと、ガントリークレーンが、陸側へ戻っていった。


                    ―*―

西暦2063年3月19日

 「…一か月だし、そろそろかもって思わなくもなかったけど…」

 「まあ、言っちゃなんだけど、妥当なタイミングだったな…」

 「わ、私、ほんとうに、『オーバー・トリニティ』なんてものに、対抗できるのかな…」

 「大丈夫だ、あかね。」

 「でも、私、またあんなことになったら…溶けちゃったら…わかんなくなっちゃったら…」

 「大丈夫、大丈夫だから、その時は俺が、また引っ張り出すから。」

 「うん…うん。」

 …俺は、何を見せられてるんだ?

 「あの、それで、俺は何をすれば…あかね会長、優生社長?」

 「あ、うん…えーっとね。

 ところで、魔力感知は、どう?上達した?連人君。」

 「あ、はい。 

 微弱な魔力がいつもあるのがわかります。俺の中と、大西洋に。」

 「…なるほど、この状況をそうとらえるんだ。

 それはいいや。で、じゃあ、24時間『ニュー・コンスティテューション』の様子が把握できてたり?」

 「はい、なんかいつの間にか、できるようになってました。」

 「その航路を、なぞってみて?」

 言われたので、モニター上の大西洋を拡大してなぞってみる。

 「それで、こっちが、気象観測から導き出された海流図。」

 「あっ…」

 そういうことか…でも、俺に何ができる?

 「…ここ数日、海流予測から計算される『ニュー・コンスティテューション』の予測航路と実際の航路が大きくずれてきてる。

 これはつまり、『ニュー・コンスティテューション』のスクリューが修繕されて、元通り、ジブラルタル経由で地中海入りしようとしてるってことになる。

 まだイリノイ級が1隻も出来上がってないからには、私たちが足止めしなくちゃいけない…んだけど、今度の作戦は魔法が使われる可能性が極めて高いの。そうすると、小細工が一切効かなくなる。

 だから、魔法についての情報を、できるだけ、私にその場で教えてほしい。」

 「わかりました。でも、どこで?」

 「分解能が許すなら、この、『チョコレート』から作戦を行う。

 …たぶん、今回投入する船は、撃沈されるから。

 さすがに逆鱗に触れることになる。さすがにここまで攻撃しないと思うけど、ギガフロートなら、物理的に、沈む前に飛行艇で避難できる。」

 …本当に、あかね会長は、強い。


                    ―*―

西暦2063年3月20日

 軍事システムが次々とオートマチック化されていく中で、問題になったことは多い。その中でも大きいのは、「誤射」であるー実際、戦死者の2割がフレンドリーファイアという統計もあるのだから、ロボット戦争であろうと人間戦争であろうとあまり差異はないが、それでもなお、プレデターや暗剣のような無人攻撃機による民間人への誤爆は、かなり問題になった。

 これに対して、急速に普及した安全装置の一つに、照準排除型がある。これは、友軍、赤十字やNGO、中立国勢力、非武装勢力などだと分かった瞬間に、それを照準できなくする装置であり、敵と間違えて照準してしまうことがないように、AIからは「まるでその目標が存在しないかのように」見えている(これでは「たまたま敵との間に友軍がいた」ことによる誤射が防げないために、これとは別にネガティブリストも作られる)。

 陸上においてはこの仕組みはあまり役に立たなかったが、海上、空中においては標準的なモノとなった。対空ミサイルなど、放っておけば勝手にエンジンの尻を追っかけてしまうので、民間機誤爆の恐れが付きまとうのである。そして「ニュー・コンスティテューション」にも、このソフトが実装されていた。

 絶対に目標になりえない存在からであれば、それなりの距離へ近づくことができる。とはいっても対艦ミサイルを撃ち込めば迎撃を受けるのは確実だった。まさか大口径砲を積み込めるわけでもない。

 北大西洋、青い海の真中を往くのは、アメリカ海軍病院船「グレート・マーシー」68000トン。タンカーと見間違うような見た目だが、真っ白な塗装に両舷に3つずつの赤十字マークが、目を引く。

 ジュネーブ条約により、負傷者の治療以外の軍務を行わない純粋な病院船は、いかなる場合においても保護される。「ニュー・コンスティテューション」も、おそらくは、病院船を照準できないものと見られたーこれはAIとは一切無関係に、その兵装がである。ミサイルや無人機には「グレート・マーシー」が見えないし、ソドム衛星やハッキングされた各国兵器であっても、条件は変わらないし、それどころか「ニュー・コンスティテューション」のレールガンですら、照準系のどこかで引っかかる。

 ただし、ジュネーブ条約はこう規定しているー「病院船の保護は、人道的任務から逸脱して敵に有害な行為を行った場合のみ、合理的な期限内を定めた警告が無視されたならば、消滅する」。「オーバー・トリニティ」AIシステムが「合理的な期限」をどう解釈するかによっては、「グレート・マーシー」は、作戦開始と同時に撃沈される運命にあった。

 「作戦開始!」

 アゾレス諸島沖の「スミノエ・チョコレート」ギガフロート上にいる松良あかねが、叫んだ。

 人工衛星コンステレーション「マンダラ」を構成する衛星群のうち、中継用の大型通信衛星「伝星」シリーズの5基が、大西洋上空に遷移したまま、あらゆる通信を停止し、松良あかねの手足、否、大脳の一部となる。

 「電波周波数割り出し、傍聴完了…

 …電子戦(ECM)はじめ!妨害電波発振!」

 「グレート・マーシー」の中央、世界最大級の病院として機能する白亜の船橋の上に、かぶさるように設置された無数のアンテナから、様々な周波数の電波が発振されていく。

 強力な電波は、「ニュー・コンスティテューション」艦内にまで浸透し、艦内無線のすべてまでも途絶させる。

 人工知能「オーバー・トリニティ」は、すぐに量子コンピューターに供給される有り余る演算能力を以て、周波数帯をランダムに変更する対電子戦(ECCM)を始めた。

 一方のミロクシステムは、複数の集積回路スーパーコンピューターを同化し(ミロクシステムの演算加算能力はあくまで「電子回路を大脳神経回路の延長ととらえることで思考回路に取り込む」ものであるため、量子コンピューターや光コンピューターは直接同化できない)、「オーバー・トリニティ」がどの周波数帯をどんなタイミングで使用するか予測、同じタイミングの逆位相電波で打ち消していく。

 電波の減衰を弱めるため、「グレート・マーシー」は、水平線の内側どころか、「ニュー・コンスティテューション」のマストが判別できるところまでも接近した。

 通信系統をひっかきまわされている影響か、「ニュー・コンスティテューション」に、撃ってくる気配はないー十数キロもの近距離から、大電源を用いることができる船舶による電波妨害は、対艦ミサイルの射程がはるかに長いために想定すらされなくなっていた。

 ミリ秒単位で、「ニュー・コンスティテューション」が使用電波帯を変え、数十ナノ秒の誤差で、「グレート・マーシー」からの逆位相波がそれを打ち消して電波計上の波が消える。

 衛星からの指示電波だけが電波計に表示され、突然数周期現れては消える時間が、永遠に続くかと思われた。

 電波計は相変わらず、いつまでも、静かなままだった。

 それどころか、衛星からの指示電波すら、消滅した。


                    ―*―

 「ニュー・コンスティテューション」が紅色の魔法陣に包まれたその直前。

 「あかね会長、来ます!これは強い!」

 「了解!ECM停止するよ!」

 ギガフロート「スミノエ・チョコレート」上では、亜森連人の叫びを受けて、松良あかねがきっとモニターをにらんだ。

 「ニュー・コンスティテューション」が不可視の防御魔法膜に包まれる。

 魔法は、「オーバー・トリニティ」AIそのモノに根差していると考えられ、妨害電波の影響は受けえない。であるのならば、妨害電波をも通さない防御魔法が人工知能の答えになるのは自明。

 -しかし、防御魔法が、「内から外への出入りは許すが、外から内への出入りを許さない」という仕掛けであることは、もう「異世界研究同好会」時代に松良夫妻に知られていた。

 空中からは妨害電波、海中からは魚雷攻撃を受けたことがある「ニュー・コンスティテューション」は、全周防御を選ぶ。

 だが、艦の全体を包んでしまえば、水流の出入りもできなくなり、「ニュー・コンスティテューション」は進行できなくなる。さらに、電波を対象に含める、光系魔法を含む防御魔法であるから、アクティブレーダーもアクティブソナーも死んで、「ニュー・コンスティテューション」は暗闇に包まれた。

 「『グレート・マーシー』、今!自沈っ!」

 「…あかね会長、叫ぶ必要は…」

 「あ、うん、気分?」

 どこかほっこりした気分が緊張に薄まっていく指令室とは裏腹に、病院船としての資格を失った「グレート・マーシー」の船底のキングストン弁が開かれたー船舶にとっては破滅の序章である。

 不可視の膜に包まれた「ニュー・コンスティテューション」の5インチレールガン8基が、水平射撃でマッハ6の砲弾8発を「グレート・マーシー」船腹に叩き込む。

 衝撃波が「グレート・マーシー」の横腹に巨大な穴を空け、反対側まで切り裂いて貫通した。

 船底の弁から海水がどんどん侵入し沈み始めた「グレート・マーシー」は、船腹の8穴が海面より下に差し掛かった瞬間から、一気に、濁流の渦と共に回転しながら波間に姿を消していった。

 

                    ―*―

 〈電波妨害消滅〉

 〈衛星「伝星3」「伝星5」「伝星11」「伝星14」撃墜〉

 〈防御魔法解除〉

 〈アクティブ監視装置再起動〉

 〈安全か?〉

 〈安心するのはまだ早い〉

 〈「グレート・マーシー」、海底にて前後に分裂〉

 〈敵性なし〉

 〈海中温度変化アリ〉

 〈浮力低下〉

 〈警告:浮力低下〉

 〈バラスト排水〉

 〈水系魔法使用〉

 〈水系魔法の事象改竄能極度低下〉

 〈海水温上昇〉

 〈防御魔法再展開〉

 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!!!!!

 

                    ―*―

 「よしっ!」

 うまく行けば、「ニュー・コンスティテューション」を、撃沈すらできるかもしれない作戦…たぶん無理。

 いつか実験で否定された「バミューダトライアングルでの船舶消失の原因は、メタンハイドレートの急爆発」って説を、人工的に再現する大作戦。

 病院船は事前に作戦海域を通過し、大量の人工固化メタンハイドレートを投下、さらに自沈/被撃沈に紛れてキャプター機雷を放出する。

 沈没に伴う爆発、乱流、そして防御魔法によるアクティブソナー無効化で、水中ステルス静音ドローンは「ニュー・コンスティテューション」の針路先、メタンハイドレートの上に到達、これを第1弾が爆破、加熱して昇華、浮上させる。

 浮上を始めたメタンガスは海水に溶けて海水の密度を下げ、海上での浮力は大幅に低下ー海に、穴が空く。

 そしてメタンの穴の中に落ちる「ニュー・コンスティテューション」を、下から、キャプター機雷から発射する魚雷でメタンを爆破することで撃破する!

 「あかね、この作戦で撃沈できる確率は?」

 「爆圧だけでは不可能。爆発穴の大きさによっては海底まで沈み込むから、浮上に時間がかかって浸水沈没する可能性が数パーセント…」

 「あかね会長、追加の魔力です!

 新たな魔法が2つ!」

 「そんな、でも、観測機材なんてないのに、こちらの策を見破ったとでも!?」

 無駄なことをするとは思えない。

 無尽蔵に魔力を使えるとしても、水ではないからには、事象改竄力が足りるはずがない…水系魔法ではメタンは操れない。風系魔法と水系魔法を同時に行使しない限り、こんなデータ変化はあり得ない!

 タネが割れるのが早いっ!

 紅色の魔法陣の中で、レールガンを1つへこませた超弩級戦艦…

 「…作戦終了。敵損害状態を観測し、当ギガフロートを放棄、大西洋支社をジブラルタルに移転する。全社員に通達して。」

 「はい、あかねお姉さま。」


                    ―*―

 とっさに防御魔法を展開し、水系・風系魔法の併用でメタン混じりの海水から浮上した「ニュー・コンスティテューション」だったが、メタンの一斉爆発に下から突き上げられたダメージは大きく、まもなくして漂流を始めた。

 分析によれば、「ニュー・コンスティテューション」のスクリューシャフトは、完全な状態に修繕されていたとしても、再びつぶされ、脱落してしまったと思われる。もはや、下半身を爆発に包まれた実験艦は意図する方向へ進むことができなくなり、再びの修繕には1か月半はかかるかと思われた。

 が、攻撃を実行した側もただではすまず。

 警告か、それとも報復なのか…ソドム衛星から「神の杖」が投下され、ギガフロート「スミノエ・チョコレート」は爆風と津波により撃沈された。

 EBグループ大西洋支社はエジプト・アレキサンドリア港に移転し、そこで解散した。もともと大西洋海上でのフロートなどを用いた活動を行いつつも環大西洋経済活動に関わるための支社であり、「ニュー・コンスティテューション」によって機能不全にある今の大西洋にあっては存在意義がないーとはいっても、多くの社員は新設された地中海支社に移り、そこでいずれ結成される多国籍艦隊のための準備を行うこととなった。

 実のところ、EBグループは2062年の暮れには、アメリカと激しい抗争状態にあった。というのも、石油に代わる代替燃料であるバイオ原油ー組み換え光合成藻類により合成された代替燃料油ーの販売を、EBグループはアメリカ軍はおろか「すべての異世界に対する大規模攻性研究を行っている軍」に対して停止していたからである。

 もちろんのこと、異世界の「門」が「転移分の質量をエネルギー変換して蓄え、崩壊時にその一部を放出する」性質を持つと知っていれば、異世界に対する攻性研究は危険極まりない。しかし一方でその理由を説明できないのも確かで、ちまちまとゴタクを並べてみる一方で「軍隊ではないから」と自衛隊には燃料を供給し続けたことも、問題となっていた(実際の理由は、もちろん、コントロールできるからである。自衛隊の異世界対策部隊は朝本退役陸将閥としてEB社とつながっていた)。

 しかし、情勢も変われば変わるもの、今や。

 一般への燃料販売は停止され、アメリカを始め各国軍に、EB社は格安で物資を融通し続けた。

 各総合商社も引き込まれ、バーチャルに無数の会談が設けられ(常に松良あかねが複数いた)、各国の造船所は消えない灯の中でロボットアームの独壇場と化している。

 船体が、運ばれてきたブロックを組み合わせることで完成していき。

 旋回や照準など基本動作の試験を終えた16インチ三連装新型砲が、運び込まれては船体艦底近くまで貫く穴へはめ込まれる。

 艦橋が箱組され、対空砲が、マストが、レーダーが、アンテナが取り付けられていく。

 波と共に進水し、配線が突貫工事でなされていく。

 不具合を一切起こさずにイリノイ級戦艦群が完成していったことに、人々は驚嘆した。


                    ―*―

 4月15日、最初の準イリノイ級戦艦であるえぞ型護衛艦1番艦「えぞ」が、2か月にも満たない軍艦建造史を圧倒する早さで就役した。

 それより早い4月10日、中華人民共和国人民解放海軍は、準イリノイ級戦艦である定遠型戦艦1番艦「定遠」の「戦力化」を発表、「同艦は既に三亜港を抜錨し地中海、アレキサンドリア港へ出港した」と会見した(ただし、艤装要員が乗り込んだままであり、航海中に配線や調度を整え、スリランカ沖で水兵に引き渡す予定であった)。

 また、「ニュー・コンスティテューション」の2度目の漂流を確認したのち、記念艦としての無力化状態から脱却したアイオワ級戦艦「アイオワ」「ニュージャージー」「ウィスコンシン」も、アメリカ艦隊の半分を引き連れて東へ向かった(なお、松良あかねが一番苦労した調整はこれだった。百席以上の軍艦を太平洋から大西洋へ移動させなければならないので、パナマ運河は綿密な日程調整の元慎重に運用された)。

 「ニュー・コンスティテューション」が赤道方面へ漂流している間に、アメリカ合衆国海軍東方第1艦隊(アイオワ級戦艦3、GRF級空母7)はイギリス、ポーツマス港に到達し、沖合に錨泊した。

 さらに水中では、点検を終えて万全の状態となったバージニア級攻撃型潜水艦17隻とコロンビア級弾道ミサイル原子力潜水艦3隻が、すでに地中海入りしていた。アメリカ政府は、万が一異世界と地球がつながった場合に、覇権を握るための2番乗りをするつもりなのだった。

 4月末には、インドの「マハトマ・ガンジー」、ロシアの「モスクワ」、アメリカの「イリノイ」が進水式を行い、艤装工事のために沖へ出港、さらに「イリノイ」は10隻の沿海域戦闘艦(LCS)を伴いパナマ運河を通過した。

 5月2日、赤道を超えてはるか南へ流されていた「ニュー・コンスティテューション」が北上を開始した。

 このころにはイギリスの「ライオン」、ドイツの「エルヴィン・ロンメル」も進水式を終え艤装工事に入っており、地中海入りはタッチの差と思われた。

 5月7日、スリランカで乗員を乗せていた中国戦艦「定遠」、インド戦艦「マハトマ・ガンジー」はアデン湾で先に到着した日本戦艦「えぞ」と合流、錨泊。それと共に中国海軍原子力空母「赤壁」、アメリカ西方艦隊原子力空母「ジョー・バイデン」を中核とする米中日印豪韓パ露8か国機動部隊が、スエズ運河の通過を終え、アレキサンドリアにて松良あかねの迎えを受けた。

 5月10日、イギリス、ポーツマス軍港沖に集結していた米露英独4か国機動部隊が、戦艦3空母8の陣容で出撃した。


                    ―*―

 5月11日、「ニュー・コンスティテューション」は約5ノットで赤道において停止した。

 EB社は各国の協力の元で人工衛星複数のエネルギーを収束させてマイクロ波送電衛星「灯星3」「灯星7」「灯星18」「灯星19」「灯星20」から海上へ発射、「ニュー・コンスティテューション」へ高エネルギービームを照射した。

 「ニュー・コンスティテューション」はレーダー波を11時間にわたり途絶させたが、その後大西洋上の静止軌道上にある送電衛星は、マンダラシリーズ「灯星」衛星はレーザーにより全滅、その他の人工衛星はハッキングにより落下させられ、大西洋沿岸の約9000万戸が停電した。これにより、人類はマンネリ感を出しつつあった人工知能「オーバー・トリニティ」との闘いに対し、気を引き締めた。

 そして5月12日。

 嵐が「ニュー・コンスティテューション」を数日にわたり襲うと予報される中で、艤装工事中の全イリノイ級戦艦系列に、命令が発動された。

 〈総司令部より全イリノイ級系列戦艦部隊、及びその他戦闘艦隊に告ぐ。

 戦闘可能状態にあるイリノイ級は、引き続き護衛艦船と共にエジプト、アレキサンドリアを目指せ。

 艤装工事中のイリノイ級は、ただちに出港、乗員は陸路または空路にて移動し、アレキサンドリアにて合流せよ。

 また現在ジブラルタルを目指している合同艦隊は、イリノイ級部隊がジブラルタルを通過するまで、「ニュー・コンスティテューション」を足止めするとともに、核を除くありとあらゆる手段を以て撃破せよ。

 発:人類艦隊総司令部

 宛:海上の全所属艦、及び乗員各位〉

 

                    ―*―

西暦2063年5月13日

 「さて、先ほどからお伝えしているように、昨日未明、人類に反乱を起こしたシンギュラリタイズド人工知能搭載実験艦『ニュー・コンスティテューション』を迎え撃つため、建造中のイリノイ級戦艦群が一斉出港いたしました。

 元陸上自衛隊異世界対策部隊隊長、「九州戦争」総指揮官として異世界情勢について分析なさっている、軍事評論家の朝本覚治元陸将をスタジオにお招きして、御意見を伺いたいと思います。

 朝本さん、まず、分かりにくいところなのですが、『ニュー・コンスティテューション』の狙いと、その問題とは何でしょうか?」

 「はい、『ニュー・コンスティテューション』の狙い、ですか。それはずばり、エルサレムに『神の杖』を投下し、異世界への『門』を開き、一番乗りすることでしょう。

 シンギュラリティに到達した人工知能は、我々人類を超越した概念、思考の下にいます。地球人類には使えない魔法を使用できるのも、そのためです。

 では、そのような人工知能が異世界にたどり着いた場合、何を引き起こすのか。

 それは世界征服であるかもしれないし、あるいは大戦争の扇動であるかもしれないし、もしかしたら2つの世界の人類をまとめて滅ぼすつもりかもしれません。いずれにせよ、『アメリカが絶対嫌がること』であるのは確かです。アレだけのハッキング能力があってなおアメリカ政府を離反しなければならなかったことなのですから、人類にとってロクなことではありません。

 また、この世界の情勢は、落ち着いているとも完全に団結できているとも言い切れない段階にあります。そのような状況で異世界と再びつながれば、23年前いくつもの勢力が狭い九州で暴れまわったときのように、収拾がつかなくなるでしょう。」

 「はい、『ニュー・コンスティテューション』は異世界とつなげて何かするつもりで、それを絶対に止めさせたい、ということですね。

 では、それを踏まえて、昨日の一斉出港の狙いは?」

 「すでに出撃している人類艦隊の既存艦の動向を見るに、決戦準備かと思います。

 戦うには、準備期間を長くとりたい。しかし、長すぎれば「ニュー・コンスティテューション」はエルサレムにたどり着いてしまうでしょう。

 タイムリミットは、『ニュー・コンスティテューション』のジブラルタル通過です。それより遅く通過しようとした場合、『ニュー・コンスティテューション』を追い越そうとした段階で撃沈されてしまうでしょう。だからこそ、決戦戦力であるイリノイ級戦艦部隊は、『ニュー・コンスティテューション』のジブラルタル海峡通過よりも前に、ジブラルタル海峡を通過させなければならない。

 松良あかねEBグループ会長は、そう考えたからこそ、アレキサンドリア港にいるのでしょう。彼女はイリノイ級をエジプトに集め、エルサレムへ向かう『ニュー・コンスティテューション』を迎え撃つつもりです。

 では、既存艦の艦隊は?

 これは、おとりであり、そして、人類の意地です。」

 「すみません、おとりで、意地とは、どういう意味でしょうか?」

 「はい。

 まず、まだ数隻のイリノイ級が工事中であることは明らかです。これらは戦えません。ですから、戦いに巻き込まれないように無傷でジブラルタル海峡を通過させなければならない。そのために、総司令部は原子力空母18隻からなる機動部隊を使い、『ニュー・コンスティテューション』を忙殺するつもりでしょう。その意味で、おとりなのです。

 一方で、今までの作戦はすべて、松良あかね率いるElectric・Bio社により先導されてきました。

 この戦争は、『オーバー・トリニティ』と『ミロクシステム』による、AI同士の戦争だったのです。

 『ニュー・コンスティテューション』への2度にわたる足止めを成功させたのは、まぎれもなく、ミロクシステムなのです。人類ではありません。

 イリノイ級戦艦の建造をプロデュースしたのも、ミロクシステムです。人類と非シンギュラリタイズドAIでは、10年を要したでしょう。

 …しかし、機動部隊には、サイバーセキュリティを除き、ミロクシステムは関わってはいないと見られます。

 この戦争が、『人類の敵AI』と『人類の味方AI』の戦争ではなく、『AI』と『人類』の戦争であることを示し、人類がシンギュラリタイズドAIに対し意地を見せる、そう言った意味合いを、機動部隊は含んでいます。」

 「では、イリノイ級の移動はミロクシステムAIによる決戦への最終準備であり、機動部隊はそれまでの時間稼ぎであると同時に、人類艦隊総司令部のメッセージでもあると、朝本さんはお考えなのですか?」

 「はい。

 いずれ、ハインライン大統領あたりから機動部隊交戦の正式発表があるでしょう。その時、人類とAIの雌雄が決されます。」


                    ―*―

 …人類とAIの雌雄、ね。

 「どうでもいいけど。」

 私は、呟いてみた。

 もう少し追い詰められるかと思ったけど、「ニュー・コンスティテューション」も情けない。

 おかげで、亜森君来ないうちに、テルアビブから日本人退去命令が出ちゃった。

 「カイロ空港行きは…」

 「ああ、いたいた、いました。

 中里委員長、ストーカーにしても限度があると思いますよ。」

 …あの女…

 「木戸優歌EBグループ専務、何ですか?」

 「…待ってください、私のこと、もしかして、三十路なのに知り合いの中学生の男の子を手籠めにしようとしてる…とか、思っていませんか?」

 「思うも何もそうでしょ?」

 「…中里なかざと玲夏れいかさん、違います。私が好きなのはあかねお姉さまです。

 「百合?なら安全ね…

 …で、何をしに来たの?」

 場合によっては…

 「…相打ちは嫌ですから銃をしまってください。

 聞いていた通り、殺伐としたストーカーですね…

 …私はただ、あなたを試しに来ただけです。」

 「試しに?」

 「あなたが、真実を知ってなお、亜森連人を望むのかどうか。

 それが、私たちにとって、少なくとも私にとって、贖罪であり、テミスの天秤になるのですから。」


                    ―*―

西暦2063年5月19日

 スペイン、ジブラルタル海峡から西へ約400キロ。 

 記録的大嵐の中を抜け出した実験艦「ニュー・コンスティテューション」を待ち構えていたのは、沿岸から沖合まで半径300キロほどにまで広がって配置した、人類が2062年までにつくりだした全海上戦力だった。

 総旗艦、アイオワ級戦艦1番艦「アイオワ」。

 アイオワ級戦艦3。

 空母:GRF級9、黄河型3、赤壁型4、「クイーン・エリザベス」、「シャルル・ド・ゴール」、セヴァストーポリ級2、ほうしょう型2

 攻撃型原潜12

 巡洋艦45

 駆逐艦178

 その他戦闘艦艇59

 艦載機総数1481機

 参加陸上兵力:ジブラルタル要塞、セウタ要塞

 参加陸上機:560機

 -人類史上最大の決戦が、今、始まろうとしていた。

 次回、人類史上最大の決戦。

 ーそして、戦艦の時代が、帰ってくるー

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