表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

異世界編3ー「集結、湾岸地方へ」

 ますます激化する、異世界大戦。

 元「異世界研究同好会」メンバーを中心にして国連軍が結成され、一方で太田玲奈も戦場へ向かう。

 二分されてしまった異世界を、平和に向かわせることはできるのか…

                    ―*―

 「僕も、玲奈と同じ年齢で、この世界に来たんだ。」

 「…そう言えばそう言ってたわね。で、旅?」

 「旅。」

 「旅…」

 …行き先は西?でも、そっち方面は、私なんかに任せるまでもなく、パパが直接行くはず。だったら…

 「北?」

 「そう。少数しか投入できないけど、あくまでヒナセラの今までとこれからの行動が人道的介入であると示すためにも、見逃せない案件がある。それに、東方連邦も侵攻を防止する示威行為が必要。

 …どうだ?」

 「それで、つまり、『レーナ』の時の私が必要だと?」

 ヒナセラの中枢に近い中で、単純な近接戦闘力を比べれば、ヘレナ師匠と並んで私もトップクラス。それでいて、地球の常識がある程度必要…なるほど。

 「要請は、カイダ師匠ね?」

 「…正解。」

 難民保護、と。

 「受けたわ。」

 「…いろいろ、済まないな。」

 「済まないって…そんなことはないって。私も、王族か何かみたいに扱われるのは疲れるし。」

 ノブレス・オブリジュ…だったか?

 「それでは、準備を終わらせて置くから。」

 「…やっぱりもう想定済みか。」

 正直、人出が足りなくなるのは予想済みだったし。

 「…ところで、見つかると思う?」

「…何が?」

 「いえ、何でもない。」

 …言えるわけないのだから。旅、と聞いて、何を思い浮かべていたか、なんて。


                    ―*―

神歴2723年3月6日

 中立市連合ギルドの北部の要衝、ザッカエ塹壕線は、かつてアディル帝国との国境線であった大河が枯れた後の峡谷である。大河が枯れその北部の商業都市がギルドに加盟した経緯から、ザッカエが戦略的用地となるのは自明であった。

 深さにして20メートル、幅も10メートルある峡谷は、大金をかけて空堀として整備され、そこに土系魔法によって駆動するゴーレムが十体ほど配置され数十キロを守る、そういう構造となっていた。そして峡谷の内部は魔物がうろうろする魔峡であり人間が侵入することは不可能、つまりこの峡谷を超えるには魔法により橋を架けるしかないのだが、魔力を感知すればゴーレムが1時間以内に歩いてきて軍勢を刈り取ってしまうので、帝国軍はなかなかわたり切れないうちに殲滅されてしまうこととなった。

 根本的に、帝国軍は千万単位(全体では全盛期の旧ソ連陸軍を凌駕する)の兵力を以て力攻めで押しつぶすのが得意であり、これは百人規模の高位軍司祭が同じ魔法を連携発動して戦略規模化し一気に突破する神国軍のやり方とは対照的である。そして、同時に、こうした個人個人の力ではどうにもならないところの攻略は苦手であった。

 が、圧倒的な物量と言うのは真に圧倒的なモノである。

 「な、なんだ…?」

 塹壕線(なお、これは翻訳魔法が与えた訳)の背後に500メートルごとに並ぶ砦のうちいくつかは、塹壕線の奥を埋め尽くす帝国軍の全体に、うごめくような不気味な動きがあるのに気づいて、どうしたものかと悩んでいた。

 軍勢の最端は峡谷に接しているのだが、しかし魔法を使う予兆はない。魔法により橋が掛けられ始めてからゴーレムを呼べば橋を破壊したのち渡峡済みの兵力をすりつぶせるので、まだ動く必要はなさそうに思われた。

 が、監視兵のうち一人が望遠魔法台を覗き込んで、驚きのあまりに尻もちをついた。

 「奴ら、峡谷を埋め立てるつもりだ!」

 「何!?」

 「それも、峡谷すべてをだぞ!」

 「い、急げ!前面の兵を叩き落せ!」

 ふさげている。橋を架けるのではなく、断面にして200平方メートルの幅×深さの空堀を、戦場だと言うのに、人力ーバケツリレーですべて埋め立てようなどと!

 ゴーレムが一度に相手できる兵は、せいぜい長さ100メートル分だけ。到底足りないと、慌ててギルド側兵力は峡谷のこちらから弓矢を射かけた。当然、幅10メートルは必中距離である。

 が、帝国兵は、矢で射られた前の兵を峡谷へ蹴飛ばしながらバケツリレーを続行する。人と土砂がいっしょくたに埋められー否、人が死ぬまでに放り込む土砂量より、死んだその人の体積のほうが多いため、埋まる速度はむしろ増加したー人柱などと言うレベルではない。峡谷の中では、血肉の臭いで狂乱状態に陥った魔物が、降り注ぐ土砂に右往左往している。ゴーレムの操者も、こうなっては高さ25メートルの岩人形を立ち止まらせるよりない。

 そして、ついに。

 ぴょんと飛び上がったのは、フードコブラ属の異世界変異種であった。しかし魔物を名乗るだけのことはあって、もたげた鎌首がどう見ても5メートルを超えている。そして、驚くべきは、横幅に膨れ上がった頸部にある目玉が、ぎょろぎょろと動いていることである。どんな進化をしたのか…

 長い胴体(尻尾?)で埋め立てられゆく足元を叩きつけ、変異コブラたちはいっせいに飛び上がって、峡谷の外へ躍り出た。ギルド兵のところにも帝国兵のところにも平等に同数落下した彼らは、口元からチョロチョロ舌をのぞかせ、そして、不意に目玉のぎょろめきを止めた。

 シュッ、ピキーン!

 不穏な音とともに、コブラの頭を遥か見上げ立ちすくむ兵たちが、呼吸を止め、倒れる。その屍体は、すでに干からびてミイラ化していた。

 石化?乾燥化?それとも…

 器用にピョンピョン跳ねまわり、なんらかの攻撃によって、目玉の固定とともに兵たちをまとめてミイラに変えていく魔物。兵力が少ないギルド側は、パニックに陥った。

 魔法使いたちが、とっさに協力し、なんとか、岩でできた巨人ゴーレムを地上に上げる。体高25メートルの相撲取り型石人は、コブラを踏みつけようと動くが、足元をウロチョロ逃げ回る味方兵が邪魔で動くこともできないし両手持ちする必殺の巨大弩の使用もできない。

 混乱の中、峡谷に土系魔法による橋が架けられ、しかしギルド側は対応する余裕がない。

 ザッカエ要塞線はこの夜、多くの魔物を荒野に解き放ち、陥落した。


                    ―*―

神歴2723年3月10日

 ザッカエ塹壕線の陥落により、テイレル要塞市は背後を取られる形となり、危機に瀕した。

 テイレル市は、尖塔を中心に持つ正方形の砦を4つとした外観となっている。各砦を隔てる十字路が大通りとなり、砦の内部に迷路のような居住区が2階構造を成しているーそこらの迷宮ダンジョンよりも迷宮っぽい。

 が、テイレル要塞市も、例に漏れずカネと歳月にあかせたトンデモ防御が仕込まれているーすなわち、現在のテイレル市街は、1階も2階も空っぽなのである。

 アディル帝国軍のドラゴンが、十体以上、どうすることもできず、焼け焦げた家々を空から見つめている。家の土台になっているイーダ製の床はドラゴンブレスに耐え、その下の地面の上に建てられた1階の家々を守っているーが、どのみち、2階床が抜かれたとて大したことではない。現在のテイレルは、さらにその下にあるからだ。

 そう、テイレル「要塞」市は、地面の下にカッパドキアのごとく張り巡らされた、核攻撃にすら耐える地下都市である。固い地盤に、首都圏外郭放水路をほうふつとさせる広間構造を中心に立体的にトンネルを張り巡らせ住居区画としているのが、有事のテイレルの姿である。

 しかし、モグラのように外界との接触を減らせる地下要塞は、決して良いことばかりではない。現に、外の様子が分かりにくいこともあり、攻勢に出ることはできなかった。硫黄島戦のような反撃は、山のようなところに観測所を作れたのだから可能なのであって、平坦な地形ではどうにもならない。そして、だからと言って引きこもっていては素通りされて敵中に孤立しかねなかった。

 敵状がわかりにくい中、ほどよくヘイトを稼ぎつつ、しかし寡兵で損害を抑える…傭兵にやらせるには無理があった。実際すでに、帝国軍は「ドラゴンでもぐらたたきさせつつ、歩兵は先行させればいいか」と考え始めつつあり、テイレルは戦術的にはともかく戦略的にはすでに敗退しつつある。そして、テイレル市民は歯噛みして見ることすらできない。

 地下生活も一か月に及び、市民はぐらつきつつあった。

 打って出る派、降伏派、現状維持派が内部で形成されつつある中。

 空中では、新たなドラゴンが5体、出現した。

 どこからともなく現れたドラゴンは、腕と腕についた翼を背中にぴったりつけて空気抵抗を減らし、同族の元へダイブする。

 帝国軍のドラゴンが、待ち構える姿勢を取ってホバリングし、口を開けた。魔法陣が喉の奥に形成される。

 そして、直後。

 シュッ!

 炎が二筋飛び出したー新参ドラゴンの、両肩から。

 マイソール・ロケット。イーダ軸と火薬管からなる初歩的ロケット弾は、ブレス用意中の帝国軍ドラゴンの口内へ吸い込まれるように次々と命中し、そして、爆発を起こした。

 自身のブレスに耐えるだけの防御魔法を喉に展開しているのだから、見た目ほどダメージを与えられはしない。しかし、慌てて閉じた口の間から煙がプスプス噴き上がっている事態は、無敵だと思い込んできたドラゴンと飛空士にかなりショックを与えたことだろう。

 安定翼すらないマイソール・ロケットが、真っすぐ進むことは奇跡に近い。すなわち、魔法の仕業である。

 白いケープを羽織った神国軍所属の龍軍司祭たちが、風系魔法を書いた左手甲でドラゴンの背中を叩きながら、炎系魔法を書いた右手甲を数秒見つめ、そして、帝国軍ドラゴン隊へ向ける。

 右手甲に浮かび上がった炎系補助魔法が、いったんホバリングしたドラゴンの口の周りを赤熱させた。

 帝国軍と神国軍のドラゴン隊が、同時に、ほぼ一斉に口を開き、魔法放射光を漏れ出させた。

 比率は、だいたい帝国軍3VS神国軍1+補助魔法。

 ゴオォッ!

 空気中をかすめるような轟音とともに、14体により下から撃ちあがるブレスを、上からの5体のブレスが抑え込み…

 …そして、爆発が発生し、お互いの姿が見えなくなった。威力が伯仲したのである。

 爆炎が晴れた時、そこには。

 墜落していく複数のドラゴン、そして、いかにも司祭団らしい、数人がかりの大規模な白銀色の魔法陣があった。

 魔法陣ごとゆっくり降下していくドラゴンたち。地上をうろつく帝国兵は迎え撃とうと弓矢を放ったり火の玉を風系魔法で飛ばしたりするが、白銀の防御魔法はすべてを弾く。

 そしてそのまま、防御魔法は、無人の砦の一部分ごと、帝国兵の部隊を押しつぶし、着地した。

 -かくて、テイレル要塞市の制空権は一時的に神国軍司祭団のものとなり、ドラゴンの滞空時間の間に20人近軍司祭が空挺輸送され、帝国軍は再び数百万をテイレル付近へ貼り付けなければならなくなった。

 

                    ―*―

神歴2723年3月17日

 なかなか、帝国軍の進軍は進まない。

 新皇帝は、イライラをつのらせた。予定ならば今頃弱小の中立市など併呑して湾岸を手中とし、神国との決戦に2千万を投入しようというころなのに、現実は各地での乱戦である。

 さらに「穂高」を倒す方策が見つからないため、東方辺境への侵攻もできない(ルクスクを陥落せしめても、帝国ー東方連邦国境からルクスクまでは山脈と海に挟まれた狭いルートしかないので、艦砲射撃であえなく全滅することが「ミズーリ」という戦艦を手に入れた帝国軍にはわかってしまった)。ために、スパイから伝えられた「何もかも見通す神の視座(=うのめ()シリーズ衛星()システム())」を制御するヒナセラに手出しできない。決定的な不利である。

 「どいつもこいつも雑魚のくせに…

 …帝国に逆らった民の末路を見せてやれ!」

 キレた皇帝の命令に、重臣づらは嬉々として、悪魔的指示を下し、数百万の新都市民を集めた。

 そして。

 「何が起こるんだ?」

 「帝国の畏怖を世界に知らしめるのだそうですわ。」

 「生意気な蛮族どもがやっと帝国の恐ろしさを理解するのか!」

 「帝国万歳!」

 「「「「「帝国万歳!」」」」」

 「帝国万歳!」

 「「「「「「「「「「帝国万歳!!!!!」」」」」」」」」」

 熱狂の中、群衆が囲むのは、柵とロープで区切られた半径100メートルほどの空間。その中央に、兵士に追い立てられるようにして、縄で数珠つなぎにされた人々が引きずられてくる。その人数はぱっと見でも数百人に上った。

 誰も、ひげや髪の毛が伸びていたり、様子が憔悴していたり、待遇が悪いことは一目瞭然である。が、それ以上に目立つのは、皮膚が緑色の者がいることであった。

 「この者たちは、蛮族でありながら従わない辺境の民、並びに、下等民族であり神にも皇帝にもまつろわぬ見捨てられし者どもである。

 身の程わきまえぬ愚鈍なる民は、帝国に逆らうと言うことの意味を、これを以て知るといい!

 帝国万歳!」

 「「「「「「「「「「帝国万歳!!!!!」」」」」」」」」」 

 歓声を背に、兵士たちは、つながれた人々を柵で囲まれた円の中央のほうへ寄せていく。そして、ある時点でどっと離れた。

 入れ替わりに、弓矢を構えた兵士たちが現れて、柵のすぐ外でかがみ、つながれた人々を取り囲む。

 さらに、虜囚の頭上に、血のように赤く光る魔法陣が現出した。魔法陣の真下に灼熱の球体が陽炎を起こして大きくなり始める。

 「天灼の業火に焼かれ族滅するがいい!」

 振り下ろされた皇帝の右腕に呼応するように、火球が徐々に、虜囚たちの元へと降下していく。

 「フリーズ!」

 その時、誰かが叫んだ。

 パンパンパン!

 銃声とともに、皇帝の両側に控える魔法使いたちが、血しぶきをあげて倒れる。火球も魔法陣も、嘘のように雲散霧消した。

 「なんだ?敵か?不遜な…」

 皇帝が、ゆっくりと立ち上がり、そして、剣を抜くー

 カン!

 -剣が、木でできた棒のような何かを、斬り飛ばしていた。

 「うっわ受けとめちゃう?」

 「…貴様、刺客か?」

 皇帝が険しくにらむ先では、つながれていたはずのボロボロの人々の中から、迷彩服の屈強な男が1きっちり10人、ぞろぞろと現れていた。そして、彼らに守られるように、太田オータ玲奈レーナが、姿を現す。

 「…ん?その中央の女、なかなか…」

 今のレーナは、一応外交官権限を持つ女性使節として巻きスカートをタイトの上にミニの2段で着用し、上には防刃チョッキの上にポンチョを着ているが、顔は隠していない。そしてポニーテールであることからわかるように、14歳相応の活発ガールモードである。

 「おじさん、ロリコン?」

 「…失礼な。

 おい、者ども、こいつらも捕らえて見せしめに処刑しろ!」 

 「「「「「うおおおおおおっ!」」」」」

 帝国では、武を立てれば出世できる。そうやってのし上がった者が近くにいるのだからこそ新都住まいとなっているのであり、従って観客たちはテンションを急上昇させた。

 「かかれーっ!」

 「あ、お願い。やっちゃて?」

 「オーケー!」

 ぽいっ。

 ドンッ。

 煙が、全方位から襲い来る群衆の中で爆発し吹き散らされた。

 「ひるむな!目くらましだ!」

 「目が!目が!」

 「い、医者を早く!」

 「こしゃくなっ!」

 いち早く、風系魔法によって白煙に曝露されずに済んだ皇帝と近衛兵たちは、げほげほやりながら市民も貴族も男も女も地面に崩れているのを見て、ギョッとした。

 「貴様らなんだ!俺の民に何をしたあぁぁ!」

 「俺の民って…別に誰も私有物じゃなって。」

 苦笑いのような声とともに、レーナは20本以上の五寸釘モドキを投擲した。皇帝の周りの近衛兵たちが、急所を貫かれて倒れ伏す。

 「あのさ、国連も、ヒナセラも、それからアメリカも、人間は誰だって大事にすべきって思ってんの。

 …公開処刑とか許されないから、この人たち、解放してあげてくれないかな?ねっ?」

 「何をごちゃごちゃと!」

 「…え、聞く耳なし?困ったなあ…」

 えーっと言いながら、レーナは、ぶんぶんと首を振り、ポニーテールをほどきメガネを取り出してかけた。

 瞬間、まとう雰囲気が変わる。熱血から、冷涼へ。

 「NAVY SEALSの皆さん。

 作戦目標第二フェーズ。」

 「「「「「イエス・マム!」」」」」

 遥か年上、百戦錬磨の「エルドリッジ」乗り組みコマンド隊員をして、震えながら返事せしめた太田玲奈の雰囲気に、催涙手榴弾による悶絶を避けられたすべての近衛兵と群衆が、注目した。

 「アルファ隊6人は、難民を守り円陣、処刑兵を射殺!

 ベタ隊4人は、私に続き、皇帝ないし側近を逮捕!」

 翻訳機を日英のみにすれば、どんなに叫んでも、翻訳魔法の「伝える意思に反応する」という性質上、傍聴者への情報の漏洩はない。

 「原潜『エルドリッジ』に告ぐ!支援攻撃要請!」

 第二フェーズ=対話を放棄し、皇帝ズクムント・アディルへの直接武力行使により、アルクーン在住ヒナセラ国民及び、湿林人カッパーエルフ凍河人ミントゥチの2亜人族を救出するとともに、帝国上層部の人間を逮捕し、帝国の目的を暴く。これはつまりアディル軍との交戦命令であり、事実、同時刻、ヒナセラ議会は、国際連合要請に基づく対アディル3国連盟共同宣戦布告を可決していた。また原潜「エルドリッジ」にも「現地の武装勢力に対し、地球人類の損にならないレベルでの、現地正式政府による交戦権」が認められていることが拡大解釈されている。

 -この、太田玲奈の叫びを以て、ヒナセラ自治政庁及びアメリカ合衆国は、アディル帝国との戦争状態に突入した。

 となれば、天下の合衆国海軍である。

 洋上で浮上待機していた原潜「エルドリッジ」のミサイルハッチ22基のうち2基から、計14発のブロックⅣタクティカル・トマホークが発射された。

 速度を抑えてはいるが、それでもマッハを超える速度の巡航ミサイルは、海面すれすれを進むことにより新都上空に張られた防御魔法をかいくぐり、港湾部の上空10メートルー帆船のマストのわきをぬるぬると抜けて、帝宮の傍でホップアップ、防御魔法の内膜ギリギリで反転、急突入した。

 空中回廊で結ばれた尖塔が並び、その下にいくつもドームが、皇帝居宅、行政府、司法府、ハレムと立ち並ぶ新都帝宮を、爆風が閃光に遅れて襲い掛かる。

 土木系魔法が使われようと重機で造られようと、レンガ造りの建物の頑丈さが変わるわけではない。新都のシンボルであった尖塔群は、かの世界貿易センタービルのように、次々と倒壊した。

 人々が逃げる間もない。6発のトマホークは、尖塔への命中ではなく、空中爆発を起こした。結果、帝宮全域が爆風を浴び、どの建物も何かしらの損傷を受けていたため、ほとんどの人が重傷~致命的な火傷により命を落とすことになる。

 ー帝宮が崩壊するのに、2分とかからなかった。

 「天灼の業火が襲うのは、あなたたちのようだったわね。」

 「なっ…」

 呆然と帝宮の方角を見つめる皇帝の剣を、すさまじい速さで飛来した五寸釘モドキが叩き落した。

 処刑兵たちと、柵を超えてきた群衆は、すでに軽機関銃によって足を撃たれ、動けなくなっている。

 「もう一度問うわ。

 …難民を乗せた私たちのフネが撤退に移る明日正午まで、一切の攻撃をしない。誓える?」

 

                    ―*―

 闇夜に、ゴムボートが航跡を曳く。

 「急げ。何としても、皆殺しにする。」

 真っ黒な外套に身を包んだ集団が、アルクーン大港に並び。

 そんなことには気づかない難民たちは、埠頭にぞろぞろと、護衛はたった5人のアメリカ水兵で、まだ100人以上残っていた。

 突然、難民たちの足元に、魔法陣が白く輝き始める。

 地面の中から、岩石でできた鎖が出現、水兵や難民たちをいくつかのかたまりにして拘束した。

 「きゃあっ!」

 「ここまでか…」

 「娘だけは…!」

 「シット!」

 拘束されていながらも、水兵は拳銃の引き金をひこうとした。しかし、締め付けは強くなり、拳銃を取り落とす。

 「じっくり、なぶってくれようぞ…」

 ひときわ長身の黒外套が、難民たちに近づき、これも丁寧に黒く塗られた剣の刃を、若そうな女の首に突き付けた。

 「ひい…」

 「生意気な娘子に出し抜かれたのでな…

 小娘、悔しかったら、身代わりになると頭を地に擦り付け乞うがいい。楽には死なせてやらんが、な…」

 黒外套は、皇帝ズクムントの声で、そう言った。

 「…どうして、新都全域を賭けの対象に載せてまで、この人たちを殺そうとするの?」

 直後、石鎖がほどけ、難民たちの背後から、ウェットスーツに身を包んだ屈強な男たちと、これもウェットスーツを着た14歳の少女が、水を滴らせながら出現していた。

 皇帝が、剣を突き付けていた難民少女を引き寄せ、腕を回し、刃を首に密着させる。少女の首から、血が一筋。

 「決まっている。それが、意思だからだ。」

 「…それはあなたの意思でしょう?どんな意思、誰の意思か、聞いているんだけど?」

 太田玲奈の声は、3月の北極海沿岸にふさわしい、鋭い冷たさを放っている。

 「決まっている。世界を、万物を、一つにまつろわす。そのために邪魔なものは、例外なく排除だ。

 例え何を失おうとも、我々は我々の名のもとにひさまづかせなければならない。それを成すうえでためらいの原因となるものもまた、障害。我々は、統一に邪魔であれば、帝国臣民全てを暖炉にくべよう。

 帝国万歳!!」

 「「「「「帝国万歳!!!!!」」」」」

 「…狂ってるわ。民なき国が何を統一したとして、どうするの。」

 太田玲奈、言葉もない。いかに現在の帝国が狂っているか、壊れているか、実感してしまった。

 「…暖炉にくべる、ね…

 …今、首をはねようとしている、その子すら?その顔を、見ても?」

 「顔?忌むべき湿林人カッパーエルフではないか。」

 栄養価の少ない地帯で生きるため光合成緑藻が共生する、深緑色の皮膚。

 皿のように見えなくもない、中央が禿げ、逆立った髪の毛。

 わずかながら指と指の間にある、水かき。

 -確かに、カッパっぽい。エルフらしい長耳ではないが、カッパーエルフの耳は通常では泥が入らないように横二つ折りになって閉じるのでまあそんなこともあろう。

 「…やっぱり、気づかないのね。

 髪を、引っ張って。」

 「は?」

 それでも皇帝は、そのカッパーエルフ少女の逆立った髪を、思い切りつかんで引っ張ったー

 ーとたん、顔がすぽっと抜けた。

 「…なんの、冗談だ?」

 まとっていたボロが落ち、緑色の裸体をさらすかと思いきや、薄い皮のように前後にべりべり剥がれ落ちていく。

 皇帝が、唖然として、シリコン製の変装マスクを海へ投げる。

 もはや変装が完全にほどかれ。

 -そこには、金糸の刺繍の入った純白のドレスを着た、一回り小さな少女がいた。


                    ―*―

 そもそも、国境往来がほぼ完全に封じられた今、新都アルクーンの内情など、わかるはずがない。

 なぜ、アルクーンで在ヒナセラ国民が危機に陥り、亜人ジェノサイドの最後の一手が打たれようとしていることを知りえたかと言えば、それは内通しかありえない。それに、全長170メートル喫水12メートルの原潜が誰にも気づかれずに太平洋とアルクーンのある北極海沿岸を隔てる地峡にある運河を通行するには、よほどの権力者が手を回して一日運河を空けなければならない。

 ーそう、在アルクーンヒナセラ大使館の通信端末は、つてをたどり、皇女の一人に渡っていた。

 昼の公開処刑も、皇帝直々に難民を殺戮し原潜を撃沈する計画も、すべて、筒抜けだったのである。

 警備が少なかったのは、待ち伏せ。

 その上で、内通者は、焼け落ちる帝宮から抜け出し、NAVY SEALSに迎えられたーそもそも、USS衛星は通信中継と偵察でいっぱいいっぱい、トマホーク巡航ミサイルの誘導機能など最初からないのだから、14発すべてが数秒足らずで帝宮に直撃したのは、誰かがマーカーを務めたからでもある。

 そこまでわからなくとも、皇帝は、だいたいのことは察した。

 「そうか、裏切りか。

 ふんっ!」

 真っ黒な剣が、闇夜に溶けるようにして消える。

 直後、剣が防御魔法の障壁に弾かれる音がした。

 「ち、父上…」

 ドレスの少女は、血の代わりに、涙をこぼした。

 「お前など娘とは思わん!」

 「…そんな!確かに、でも、生まれた時、確かに!」

 少女は、錯乱を見せる。そして、闇に溶けるようにして、刃が迫る。

 「…皇女殿下、今の皇帝には、あなたの涙はわからないわっ!」

 黒刃はしかし、魔法陣とともに、少女の首下で止まっていたーきわめて強力な土系魔法であれば、金属に作用して、進行に反発する変形によって進行を止めることができる。

 「そんなっ!」


                    ―*―

 信じていたのに。

 -「父上、あの、少し…何も祖父上を殺すほど急ぐことではなかったのでは?」-

 側室の娘ではあるけど、母とは恋愛結婚だったって聞いてた。

 ー「ヒナセラ大使館の者です。」-

 だから、わたくしも、皇女筆頭として大事にしてもらえて。

 -「皇帝陛下の手が仁義なき血にまみれすぎないためにも、難民の国外脱出への協力を。」-

 父上の優しさを、誰かに分けたい。ただ、そう思っただけなのに…

 -「我が上司より、皇女殿下へ、『困ったときはこれでヒナセラへ連絡を取るように』と」ー

 -「大使閣下は…?」-

 ある日突然、父上は、変わってしまわれて、もう、戻ってこられなかった。

 ー「父上、どうして彼らを…っ!」ー

 -「『まつろわぬ』からだ。」-

 -「だからって、赤ん坊の首をはねるなんて…」-

 -「うるさいっ!」-

 -「わたくしは、ただ、父上に…」-

 -「下がれ」-

 それでも、わたくしの身を賭ければ、あるいは、父上が帰ってくるかも。そう、思った。

 ー「…それでいいなら、私も、それで日程を調整するわ。

 でも、いいの?亡き母との思い出の場所じゃないの?親しい人だっているでしょうに。

 …勘違いしてるなら言っておかなくてはだけど、ヒナセラの同盟軍アメリカ兵器トマホークは、1つでも帝宮を、思い出も、友達も、家臣も、焼き尽くすわよ。しかも奴ら、浪費癖が付いてるから10発くらい平気で使うし。

 それでも、いいの?」

 ー「それも、優しさなんです。わたくしもしょせん、あの皇帝ズクムントの筆頭皇女ですから。

 ミネヤマ殿、お願いします。」-

 でも、結局、わたくしは…

 わたくしが、裏切られて。

 わたくしも、裏切り返した。

 ただ、それだけだけど…

 信じていたのに…

 「信じていたのに!父上!」

 「あいにくだが少女を愛でる趣味はない。母親ならともかく、貴様など何の価値もない。死ね。」


                    ―*―

 黒刃とは逆の手で、魔法陣の同心円が形成されていく。

 皇女は、迫る死を、じっと諦観し、見つめていた。

 -が、魔法の発動よりも、難民を乗せるために戻ってきたボートから狙撃が行われる方が、早かった。

 皇帝ら帝国軍の真っ黒な衣装は、光系魔法を駆使して造られた、闇夜に溶け込み視認を困難とする逸品である。その隠密性を極限まで高めるため、剣も真っ黒に塗られて光を反射しないようになっていた。が、しかし、魔法放射光までは隠しようもない。

 魔法陣を狙い放たれた8,58ミリ弾は、皇帝がその存在を知覚する暇もなく、彼の左手を撃ち抜いた。

 「今よ!排除して!」

 太田玲奈の号令が飛び、ウェットスーツのコマンド部隊が、一斉に動いた。

 反応しきれない帝国軍兵士。そして、銃声は響いた。

 パンパンパンパンパンパン!

 「敵部隊、無力化に成功!」

 銃声の間に、玲奈は、銀髪を根元でくくり、メガネをポニーテールの中にしまう。

 風魔法で一気に加速し、すれ違いざまに、皇帝の剣に触れた。

 土系魔法の干渉によりもろくなっていた剣は、拳銃で叩かれたことによって、崩れ去る。

 「あのさー、そっちが魔法使うより、レーナがコレ撃つ方が速いと思うんだけど、どうするの?」

 銃を構える自分の姿を光系魔法で照らし、レーナ・オータは問いかけた。

 

                    ―*―

神歴2723年3月30日

 「…報告ありがとう、玲奈。」

 「いえいえ。するべきことをしただけです。」

 「それで、探しモノは、見つかったの?」

 「いいえ。見つかりませんでした。」

 「あ、やっぱり、そう。」

 峰山武は、「穂高」艦橋にて、呟いた。

 モニターの向こう、浮上中の「エルドリッジ」艦橋では、太田玲奈は髪留めをもてあそび苦笑いしている。

 「ところで、潜ってなくて大丈夫なの?」

 潜り続けるのが仕事の原子力潜水艦が、水中電波減衰をどうにかできるような大規模設備のない異世界において、なんのノイズもなくビデオ会話できてしまうのは大問題である。

 「あ、いえ、もうクラーケンと間違われるのはこりごりだそうで。」

 実のところ、浮上中であろうと潜水中であろうと、外洋航行中の原潜をどうにかできるような存在は、異世界にはあまりいない。

 「…ミサイルがあるからと言って、ずいぶん余裕な…ま、アメリカ海軍だしね。

 で、それはそうと、お姫様のほうは?」

 皮肉を込めたアクセントで、峰山武は「お姫様」と口にした。治らない峰山の上流階級嫌いに対して、玲奈も慣れているのかコメントはしないーそもそも、玲奈モードの時の言葉遣いは、峰山のそれを参考にしている。

 「はい、今出します。」

 「お久しぶりです。

 アディル帝国第326代皇帝ズクムント・アディルが第一側室長女、筆頭皇女、インテルヴィー・アディリスにございます、ミネヤマ閣下。」

 閣下、と呼ばれ、峰山は、顔をひきつらせた。

 「…皇女殿下、教えてくれる?

 帝国は、なぜ、東方ではなく湾岸ばかり攻めているのか。

 帝国は、どうして、突然狂ったように拡大政策に入ったのか。

 帝国は、どこへ向かっているのか。

 帝国は、なにを、目的としているのか。」

 それでも、仕事は忘れない。

 峰山武、御年31歳の政府顧問、独身。デキる女なのであった。

 「はい。すべて、お答えします…」

 取引と言ってもいい。インテルヴィー・アディリス(帝国では、側室の子供は苗字に「-イス」が付く)は、自身の政治亡命を認めて保護してもらう代わりに、帝国の内部情報を喋ると。そういう、取引だ。そうしなければ、帝国では裏切り者であり帝国外では世界の敵の娘である彼女に、生きる道はない。

 「帝国が、父上がおかしくなったのは、あのフネが現れてからなのです。

 当初、近衛からの報告を聞いた時、父上は、ヒナセラ大使館からの要請も耳に入れており、その上で、祖父上と、交渉条件として如何に使うか相談していました。」

 「もともと、『ミズーリ』は、吹っ掛けるつもりではあっても、使うつもりじゃ、なかった?」

 「はい。

 しかし、乗り込んだ帝宮魔法師が、調べているうちに、とりつかれたように、フネの利用を進言し始めました。

 効果はすぐに広がり、ついには、『ミズーリ』、その名を耳にするだけで、狂ったように、強硬策を口にするようになったのです。」

 「皇帝も、それで?」

 「はい。祖父上と私、他数人だけが、対抗精神魔法が間に合ったのですが、気づかれてしまい…術師は拷問されないために自殺。祖父上は自分一人だけだと思わせようとしましたが失敗し、対抗魔法をかけられたうち、処刑を免れたのはわたくしだけでした…」

 「…気づいた時にはもう遅かった、のね?精神魔法による事象…術者に心当たりは?」

 「いえ、術者は、いません。」

 「いない?」

 「はい。これは、いわゆる『魔王軍の呪い』と同じものです。」

 「あの、『集団の悪意、攻撃性』が、存在だけで上がるっていう、アレ?」

 皇女は、肩をブルリ震わせ、うなずいた。

 「そうして、今、帝国は?」

 「帝国が目指しているのは、湾岸西部、宗都です。」

 地球で言えばエルサレムに当たる座標にある、東岸が海に面する、ギルド領の中に孤立する宗教的聖地。ただ、これと言って司る神はなく、ある理由のために、いわばパワースポットのような形で、祈りがささげられているー

 ーそこまで思い出して、峰山は、戦慄した。

 「まさか、帝国の狙いは、膨大な…」

 「魔力です。宗都が聖地であるゆえん、その膨大な魔力を手にし、無理やり『門』をこじ開け、この世界のみならず神話の世界も併呑し、全てを帝国領とすること。それが、現在の、帝国の狙いです。」


                    ―*―

 「そうですね。『魔王軍の呪い』…いや、強度はけた違いですが、それでも、『存在することだけで集団から理性を失わせ攻撃性と悪意を増幅させ世界を戦争に巻き込む』という魔王軍の性質と、似たものが『ミズーリ』にあるのかもしれません。」

 …ヒナセラ一の魔法使いとしては、気づかなかったことに反省です。

 「…待って、ヘレナ。別にアイオワ級戦艦はそんな存在じゃ…」

 …ミネヤマ、落ち着いて。

 「『魔王』とは、称号ではないのです。ただ、圧倒的、かつ、世界すら超えうる存在、自ら依って立つ理を歪めうる存在、そうみなされる者が、自然とそう呼ばれる、そういうものなのです。

 おそらく、『ミズーリ』のエーアイが、余計なことを教えて、それで、伝聞の中でなんとなく、『すごい奴だ』という意識が膨らんでしまったのでしょう。」

 この私、ヘレナ・へーの知識では、この程度しか推測できませんが…

 「…人間には、いえ、動物には、自分を遥かに超える存在に対して本能的に攻撃的になり凶暴性を表す性質がある。個体レベルでは表出しないそれが、人間社会を一つの生物としてみなした時、無視できないほどの性質変化として現れる…あかねちゃんは昔、そう分析していたわね。」

 …やはり、マツラ殿は全く別の考えでしたか。

 「とすれば、ミネヤマ殿はただ、帝国そのものが超兵器を手に入れいい気になっているだけだ、と?」

 「…そうは言わないけど。」

 …「魔王軍の呪い」の効果は分かりにくいので、例えが用いられることがあります。「アリ一匹一匹はバカかもしれないが、アリの巣は時として賢い軍隊のようだ。魔王の存在は、個人というアリは変えないが、アリの巣の行動を変えるのだ」と。その例えにのっとれば、今回『ミズーリ』は、魔力を伴わない魔法的効果によってか、それともただ人間のたちによってか、帝国というアリの巣を変えてしまったのでしょう。

 「どちらにしても、宗都に迫られるとシャレにならないのは明らかね。隕石もなく世界をつなげられるのかは怪しいけど…」

 「確かに彼の地は魔力に満ち満ちていると言われますが、しかし…

 神話の時代ならばいざ知らず、現代において、世界を超えるほどの魔力を有する人物・集団は存在しないはずです。」

 テライズ・アモリ氏の例は、世紀の変わり目と言う魔術的な日取りを選び、研究によって必要な魔力を極限まで減らし、その上で星を引き寄せ降らせる魔力と自らを守る魔力は2帝国を脅して出させた魔法使いに負担させたからこそ、ギリギリできたのです。しかし、世界の半分以上を敵に回した帝国に、同じことはできないでしょう。

 「少なくとも、一定の戦略的合理性はあるの?」

 「…でも、私がやれと言われたら、全力で拒否します。ユーエスエス衛星を墜としたほうがまだ可能性があるでしょうね。」

 それでもなおおそらく不可能でしょうし、そもそもそこまでして「門」を空けることにさほど意味は…

 「ヘレナ、ちょっと待って。

 …人工衛星でも、魔法的に、『星降り』の隕石にしちゃって大丈夫なの?」

 「さあ…でも、占星術系は関係がないので、恐らく思い切り墜とせれば何でもいいのでは?隕石だって、ミネヤマ殿の知識通りなら、魔法によって軌道を変えられたただの星のかけらなのですし。」

 「…ヘレナ、『門』を開ける具体的な方法と、発案者が、わかったかもしれない。」


                    ―*―

 峰山武とヘレナ・へーの協議の結果、すぐさま「穂高」搭載のミロクシステムによる検証が行われた。

 その結果は明瞭ー「宗都の魔力が伝承通りであれば、星降りを行い『門』を開くことはできない。しかし星を降らせなくとも、核搭載弾道ミサイルの一点投射により、魔力が集中した地点へのエネルギー集中を起こし、世界に穴をあけることが可能である」という結果が算出された。なお、理由は開示されていない。

 国際連合にこの情報が上げられた時、各国が瞠目した。

 すでに他でもないヒナセラが、地球技術を魔法にハイブリッドして世界に冠たる存在となっている。まして、15年前には100年続く現役紛争地帯だった中東地域に突如アディル帝国軍が現れれば、彼らは確実に、地球の先端軍事技術とそれなりのテリトリーを掌握し、手が付けられなくなること請け合いだ。

 -アディル帝国軍を、宗都へたどり着かせてはならない。

 ヒナセラ自治政庁議会、リュート辺境伯領上院、大陸東方連邦王国加盟国会議、ディペリウス神国聖典聖坐は、ただちに、帝国軍が湾岸地方をこれ以上進軍するのを全力で止めるための措置を取った。

 中立市連合ギルドには、宗都方面の死守要請がなされ、どこの商会も「ぞわっと」した。

 誰もが、湾岸地方へ注目し、そして、言い出しっぺにはその責任が求められる。

 不沈巡洋戦艦「穂高」の湾岸地方方面への出撃は、こうして、決定された。

 

                    ―*―

 〈国際連合より各国へ確認伝達

 湾岸地方派兵の各国軍体制

 ヒナセラ自治政庁ー総指揮:カンテラ・へー元帥

          魔法部隊指揮:ヘレナ・へー政庁本庁魔法課長官

          水上部隊総指揮:太田大志政府顧問

          政治折衝:太田友子政府顧問、峰山武政府顧問

          対米折衝:太田玲奈

          供出兵力:巡洋戦艦「穂高」、高速輸送船3及び高角砲部隊30砲砲兵団、直属歩兵戦力20人、魔法師6人

 東方連邦    ー連絡将校テンペルスト・エンテ第二王子

          (なお、通常兵力2万及び魔法師兵力100余はヒナセラ軍の指揮下とする)

 リュート辺境伯領ー総指揮:カイダ・リュート辺境伯

          魔法部隊指揮:テライズ・スズキ伯立魔法大学名誉学長

          供出兵力:14砲砲兵団、歩兵5000、魔法師500余、亜人義勇軍連合300

 ディペリウス神国ー総指揮:ハㇽツェム・ㇾンゲ一等戦務神官

          魔法部隊指揮:同上

          政治折衝:パーシム・シュライヒュサ一等戦務神官

          水上(中)部隊指揮:ィステム・アルㇰイッㇰ一等戦務神官

          供出兵力:通常兵力300万、魔法師15万、軍司祭級魔法師9000、外洋軍船2800(うち軍司祭乗船200)

 ギルド     ー総指揮:ジェウス・モング対傭兵スキティア系商会カルテル大番頭

          (傭兵部隊計140万の独立統帥は認めない)

 アメリカ    ー総指揮:ルイス・ジョナサン海軍准将

          供出兵力:オハイオ級原子力潜水艦「エルドリッジ」

 修正ある場合、太田友子まで。

 27230405、international-union@USS.mi.aw〉


                    ―*―

神歴2723年4月11日

 「世界が、味方に付いている」

 そう、実感するだけで、ギルド領のあちこち、そして今や神国国境線上に広がった戦線において、国際連合側の士気はみるみる上昇したー味方国家の名前を列挙されるよりも、「国際連合」とわかりやすく、世界そのものとして明示された方が、勇気が出るというものである。

 すでに、国際連合が、「侵略と理不尽に対抗する善意のための世界の国家の集まり、すなわち正義」だと知れ渡っており、また、実際に、「あの神国」が他の国家と対等であり、「神様以外に頭を下げない軍司祭」があっさりと国際連合とやらに大兵力を差し出していることも、その威厳を引き上げていた。

 が、帝国軍が現実に出してきた兵力ーその数、2000万ーも、また、カネと時間を湯水のようにそそぎこんだギルドの防御設備を一つまた一つ、攻略していった。

 テイレル要塞市は、すでに陥落したー地下都市要塞であるだけに、人海戦術で無数のトンネルを掘られてたどり着かれると弱かったのである。従って、残っている北部・西部第一防御線の防御設備でギルドが掌握しているのは、ルーリブック要塞市のみである。

 メンツにかけて、ルーリブックを陥とされるわけにはいかない。

 カネと時間の象徴の、二重楕円城壁。

 トップクラスの魔法を使う存在、神国上級軍司祭30人とリュート市魔法研究者11人。

 ーこれで勝てないのならば、陸上において、勝ち目などない。

 そして、人間、誇りがかかれば、結構やるモノである。

 この日も、戦闘は続いていた。

 「司祭殿、そちらに、数万は行きましたわ?」

 「美魔女殿、感謝しよう。」

 「ふふっ?」

 ルゼリア・エンピートは、微笑するとともに、長い黒髪を背後で丸く展開した。

 浮かび上がった赤い魔法陣が、無数の文字を同心円の中に内包し、高速で回転し始める。

 「う、うわっ!『紅魔女』だ!逃げろ!」

 深紅のレースからなる天女のような衣装を着た彼女が、サディスティックに唇を釣り上げ、いともたやすく浮遊していく先では、地面を埋め尽くす帝国軍の兵隊たちに、台風の目が生まれていたーもう23年前のこととはいえ、赤い衣装に黒髪、魔法陣を髪で回す「魔女」の言い伝えは魔王戦争時に恐怖と共にしっかり刻み付けられている。まして、そっくりな語調、容姿、そして魔法では、誰もが逃げても無理はない。

 「無駄ですのに?」

 瞬間、一瞬だけ、一帯の雰囲気が、重くなった。

 「あっ、がっ…!」

 「ぐうっ!」

 直後、直径数百メートルの範囲で、兵士たちが一斉に、うめき声と共に身体をずらしーそして、上半身が鎧や武具ごとずれ落ちた。

 「…魔力を使い過ぎましたわ?」

 堕ちるように降下していくルゼリアを、近くを飛んでいた軍司祭がお姫様抱っこで受け止める。

 「…アンタ、本当に、『魔女』ルゼリアとは別人、なんだよな?」

 「あら、私が40後半のおばさんに見えますの?

 別に私、不老不死ではありませんし、若作りでもなくってよ?」

 どう見ても、今のルゼリア・エンピートは、10代後半か20代前半、ちょっと(じゃなく)色っぽい(あるいはエロい)女性にしか見えない。明らかに、23年前の魔王戦争の時よりも若く見えるのである。

 「…そう言えばいにしえの時代には、若返りの魔法というものが…」

 「あらあら、そんな、それでは本物の『魔王』がいるようではありませんの?」

 -実際、そうだったら、とは、誰も考えず、ために彼女とバギオ・クィレは追及を免れていた。なおテライズ氏の方は魔法力そのものはそこまで強くもない、才能より努力の人かつ後衛なので、そもそも目立っていない(もちろん、苗字を変えたことも大きい)。

 ルゼリアは、ふうと息をついて軍司祭の腕中から抜け出し、ふよふよと浮かび、町の中へ戻っていった。

 「はあ…

 …さて、再び危うくなることになろうとは思いませんでしたの?」

 ルゼリアの振動魔法は、攻防共に無敵である。空間中に振動面を自在に作り出すことで、槍とすれば万物を粒子レベルで振動のち崩壊させ、壁とすれば微細振動にふれる万物を通過時耐えきれず自壊・蒸発させることができる。振動の細かさも、地震レベルから分子結合分離レベルまで、自由自在。

 が、攻め手しか経験してこなかった彼女最大の弱点は、防御側には四六時中の対応が求められることを失念していたこと。ひっきりなしに現れ、時にはとんでもない行動に出る帝国軍に対し、魔王の両臣であったころほど魔法的装備を充実させられていないこともあり、体力、集中力は限界、魔力は常に自転車操業だった。

 実のところ、数百万の兵力を波のように何度もぶつけられた41人は、皆、同じような状況にある。が、戦況が急速に悪化しつつある今、ルーリブックで帝国軍に出血を強いなければならないのも確か。迂回されては、ならないのである。

 「…またですの?まったく?」

 ルゼリアが見つめる先には、投石器があった。

 遅延型の、温度を変化させる魔法陣を、城壁へ何度も投射する。そうすれば、温度変化により城壁を損傷しうる。

 「…数うちゃ当たる、でもないでしょうに?」

 ちょっとした損傷ならば土系魔法で直してしまうから、軍司祭が100人がかりで一気にやるのでなければ、熱膨張率攻撃はあまり意味がない。全体的に城壁に疲労を蓄積させるにしても…と、ルゼリアは城壁の上に座り込んだ。

 「上!」

 「はい?」

 絶え間ない攻撃により、集中力を失わせる。それが、『ミズーリ』量子コンピューターAIのはじき出した必勝法。

 手は、直接に下された。それはあるいは、23年前九州で流されたアメリカ人の血の、復讐だったのかもしれない。

 「っ『波城壁ウェービングウォール』?」

 その集中攻撃を受けたことがあるルゼリアは、とっさに頭上に、微細振動による防壁を構築した。

 が。

 ピカッ!

 ドォォォォン!


                    ―*―

 「む?これは…」

 光を操る、かつてルゼリアと双璧を成した魔法使い、バギオ・クィレは、己の得意攻撃(太陽光の可視光などを、ガンマ線のような短波長電磁波に縮め/マイクロ波のような長波長電磁波に変換し、高レベル放射線で殺し/高エネルギー電磁波で焼き尽くす)の結果得られる殺人光線に、よく似た何かを感知した。

 「不可視の、光?」

 正確には光ではなかったが、それでも、ルゼリアのように若返った彼にとって、ルーリブックの方角からそれが感知されたことは大きかった。

 「ここを離れる。頼むである。」

 「はっ!」


                    ―*―

 -死が、広がっていた。

 城壁の内外を、問わない。

 上空で、まばゆい光が輝き。

 爆風のほとんどは、各種防御魔法で跳ね返された。しかし、爆風に混じり、否、爆風より早く拡散した、不可視の弾丸は、何も防ぐことができなかった。

 魔法的防御を含む、数メートルの厚さの城壁。これを突き破った弾丸の名を、地球人はこう呼ぶー「中性子」。

 三重水素トリチウムを用いて加工された小型水素爆弾は、加害半径こそ1キロ以内に収まるが、高エネルギーの中性子ビーム、つまり中性子線を全方位へ放射する。これを防ぐには通常の放射線防護では足りず、数メートルに及ぶコンクリートか水の壁が必要となるー当然、異世界の人々にこれを防ぐことができるはずがない。

 城壁少し内側の上空300メートルで発生した爆発の直下から半径約800メートル。それだけの範囲内で、中性子線は相手の所属など問うことはなく、一切の防御を無視して体内深部へ到達、細胞、とりわけ細胞内のDNAを破壊する。

 体内の細胞を軒並み破壊されれば、生物は生きていけない。そうでなくてもズタズタにされた細胞は細胞自殺アポトーシスか分裂不良、ガン化を起こし、予後を極めて不良とする。

 -現に、城壁そのものは少し焦げているに過ぎないにもかかわらず、その周囲でも内部通路内でも、全ての人間が命を失っていた。

 ただし、例外が一人。

 城壁の上で座っていたルゼリア・エンピートは、両手で口を抑えている。

 「ぐっ…

 あっ…」

 血が、手の隙間から噴き出す。

 「不覚、ね…」

 天女のような赤い服が、透明感を増して、身体に張り付く。細胞が壊れ火傷のようになった皮膚から血漿と細胞質基質液がしみ出しているのだ。

 普通の人間であれば、脳細胞も心筋細胞もそれ以外の細胞も等し並み原子レベルで破壊され、すでに生きてはいられない。しかし、かつて師であるテライズ・アモリに生物系魔法を施され、さらに今回の出撃前には若返りの魔法をあるところから受けた彼女は、死ぬことができなかった。

 「発動…」

 壊れかけの脳が、DNAレベルの苦痛を訴え。

 『sa til …q u k』?」

 彼女自身、絶対に再び使うモノかと思っていた魔法が、すでに本能すら失われたシナプス網の最後の輝きのようにして、放たれた。

 -もはや、真っ白に濁った彼女の瞳が、その光景を見ることなどー

 ズ!

 引き裂けるような異様な音とともに、世界を、衝撃が襲い掛かった。

 テライズ・アモリが、一切の交渉と継続研究をあきらめ、世界を敵に回すことを決意した攻撃。

 世界最強のアメリカ第7機動部隊が、航空機を全損し、艦隊にも多大な被害を受け、水爆投下をホワイトハウスに決めせしめた攻撃。

 「震空」とシンプルに命名され、英語意訳も「スペーシアル・クエイク」=「空間地震」と命名されたその魔法攻撃は、空間ではなく世界に振動面を創出、その多大な歪みによって、範囲的かつ遡及的に目標を破壊する。 

 理屈そのものすら振動させている気配があるために一切の原理が不明であり、テライズ・アモリをして「事実そのものを振動破壊させている」と言わしめた謎攻撃は、きしむような悲鳴を空間から発生せしめた。

 「ぎっ、かっ、kjxdrt!?gsDbfthxdf、gdvzsxgxv!!!!!」

 妖艶な魔女が血に染まりより紅くなりながら苦痛の叫びをあげ、呼応するように、空間がいななき、震える。

 万物を、まるでシェイクしたかのような。

 腕や足といったレベルでは、生ぬるい。

 一切の強度は、意味をなさない。

 肉片と血液が、砂漠を埋め尽くし。

 城壁も市街も、岩山でしかない。

 紅く染まった中央へ、深紅の衣装をまとう魔女は、何事もなかったがごとく、手足を広げ、柔肌をさらし、落ちていく。

 数メートル落下したルゼリアは、がれきの上に身を打ち付け、目を覚ました。

 「…?

 あ、また、私…」

 広がる朱に、ルゼリアは、顔をしかめさせ。

 「…そう…」

 呆然、惨状を見つめる彼女の足元に、魔法陣が出現し。

 パタッと目を閉じ倒れこんだ彼女の背後に降臨するようにして、ドラゴンが降り立ち。

 ドラゴンの背から飛び降りた茶色外套の男が、ルゼリアを抱え上げ。

 ドラゴンが、背中に張り付けていた腕を広げ、皮膜型の翼を展開し、はばたいた。


                    ―*―

神歴2723年4月13日

 「くそっ!」

 バギオ・クィレは、毒づいた。

 沈鬱そのものの雰囲気で、誰もがモニター越しに顔を見合わせる。

 ー「ミズーリ」からの戦術核兵器搭載SLBM(!)の使用。

 ーリュート側の瑕疵ミスによる、ルーリブック要塞市消滅。

 ーそして、軍事的に最強レベルの魔法使いである、ルゼリア・エンピートの誘拐。

 「…ジョナサン艦長、米軍は、何を思って戦術核なんて持ち込んだの?」

 意味ある第一声は、峰山武から放たれた。

 「この世界で放射能に対して、特に中性子線に対して打てる手立てはほとんどない。放射線を発生させる魔法を使ってきたバギオ氏だから気づけたし、被爆に対してもテライズ氏の生物系魔法のおかげで対応することができた。でも、現に今もずかずかルーリブック跡地に踏み込んでる帝国兵はまず間違いなく数日以内に全滅する線量だし、放射性降下物の少ない戦術核であっても、除染ができない以上数十年は禍根を残す。

 …アメリカ軍は、何を思って?」

 が、ジョナサンが口を開くより先に。

 神国のㇾンゲ総指揮官が、ギルドのモング総指揮官とともに、舌鋒鋭く口を挟んだ。

 「待て、ミネヤマ殿。もはや害はないと言われ、我らは神の意を曲げルゼリア殿を赦し、素性を兵に明かさなかったのだぞ。話をずらそうとしてはいないか?」

 「…商会も賛成だ。その、せんじゅつかく?とやらで破壊されたのはせいぜい6分の1、むしろ敵兵のほうが被害を受けたと聞く。むしろ、市を破壊してしまったルゼリア氏のほうが、罪は重いのではないか?」

 -仕方のないこととはいえ、多少なりとも放射能についての知識がある地球関係者4人は、ため息しかできない。ルーリブック市がルゼリアによって壊滅させられなくとも、中性子線により極めて汚染された物体は、原子核の中性子が増えることで不安定化、自ら放射線源となる。そのため、被爆は、爆発時にいなかった者にも及ぶ。

 外部被爆に続き内部被爆を起こした者は、数日以内に体調を崩し、内蔵と血液細胞が死滅し、内外を火傷させて死亡することになる。

 「大志、ホントのとこ、どうなの?」

 -実は、愚かにも、すでにルーリブック市に偵察部隊が入っていた。急いで帰還させたが、時すでに遅く。

 「爆心地から最も遠い区画を、18時間後、2時間調べた。ただそれだけで、白血球が増加してるんだから、どうしようもない。」

 骨髄移植の技術も無菌室の用意もできない医療レベルでは、被曝による異常白血球の急増は、白血病様症状と日和見感染に打つ手がない、つまり、助からないことを意味する。

 「はっきり言って、むしろ破壊は慈悲だと、僕は考えます。嘘だと思うなら、適当な大型動物でも檻に入れて、ルーリブックのどこかに放置すればいい。

 どんな動物でも、3日のうちに全身から出血して死ぬし、それに檻を運んだ人員の1か月後を思えば、オススメは出来ませんが。」

 -3国同盟にしてみれば、魔法研究でトップのテライズとその弟子一同の協力を、失うわけにはいかない。宗教的な魔法研究で先を行く神国や、カネでフリーの魔法使いを雇えるギルドと違い、魔法戦力に劣る3国同盟としては、多少の道理を曲げ、神国やギルドと対立してでも、ルゼリアの保身をしなければならなかった。

 「そうは言っても、ルーリブックを建ててきたパーティア商会の納得は得られんぞ。」

 「神の教えにも背くことであるし、猊下とも相談の上改めて追及する。」

 「…そう、決裂は必至だと?」

 身内びいきに違いないと言え、一歩も引きさがる気は、峰山にはない。もとより彼女は、”過激派”である。

 ムッとした表情で、神国のㇾンゲ総指揮官は、ログアウトしていった。続いて、ギルドのモング総指揮官も。


                    ―*―

 「…残った、3国同盟の皆さんは、今回の件については?」

 太田友子が、気を取り直し、モニターの向こうへ問いかける。

 「伯領としては、責任は感じるが、かといって取るべき責任でもないな。」

 「正式な派兵すらしていない我らエンテに、言えることはございません。」

 カイダ・リュートとテンペルスト・エンテは、賛意を表した。

 「…まあ実際、予測できる出来事でもなかったし、仕方のない事故、災害のようなものだと、正直思う。それより、むしろ、中性子爆弾をなぜ持ち込み、後いくつあるのかが問題だ。」

 「…そのことだがミスター・オータ、我々の知る限り、『ミズーリ』には確かに潜水艦()発射()弾道()ミサイル()発射筒があったはずだが、通常弾頭のはずだ。そもそも、戦略原潜である本艦に核弾頭が搭載されていないのに、秘匿性の低い戦艦に搭載してどうする?」

 ジョナサンは、険しい顔で、コーヒー(もどき)を一口。

 -その発言は、深刻な事態を示唆した。

 「…つまり、問題の中性子爆弾は、この世界で造られた可能性が高いってこと?」

 「アメリカ海軍異世界派遣艦隊は、そうだと考える。」

 峰山と、太田親子は、頭を抱える。

 「…あの、帝宮にいたころ、火傷のような不思議な傷をおった魔法師を見かけたことが…」

 インテルヴィ―・アディリス皇女もまた、破滅的な想定を後押しする。

 「…帝国は、この世界に核兵器を生んだ。

 場合によっては、戦略水素爆弾搭載の可能性もある。

 USS衛星系は、『ミズーリ』の動向に細心の注意を払って、再びSLBMが発射された場合…」

 「この、バギオ・クィレが、なんとしても撃ち落として見せる。ルゼリアのためにも、放ってはおけない。」

 決意を秘めた目を見て、太田大志は、あえてEMP防御の可能性については指摘しないことにしたーどうせその場合、どうにもならない。

 「…それに我が弟子ルゼリアが敵の手に落ちたことも、極めて危険だ。」

 テライズ・スズキが、黒板に書きなぐった魔法陣を背に、ゆっくりと、重々しく告げる。

 「言うまでもなく、『震空スペーシアル・クエイク』は、ルゼリアが命の危険にさらされ正気を失うほどの苦痛にもだえた時、発動し、そして一切のキズを治してしまう。一瞬で消し去れば発動しないが、しかし、そうでなければ、何度でも。」

 「意図的に苦痛を与え、連続発動させるリスクがある…と言うことね?」

 太田玲奈は、物おじせず、最悪の結論を答えた。

 「幸い、効果は自らへの害に遡及し、周囲には副次的だ。今回は加害者が射程外だったから無差別であったが、通常、威力は対象以外にはそこまでであるし、加害者が生き残れることなどない。連続発動など人為的には不可能であろうが…」

 そう言われても、いつの時代もどこの世界も、研究者の言葉は弱さを伴う。まして、今となっては敵に可能なこと不可能なことの予測がつかないのである。

 「…一刻も早く、ルゼリアさんを奪還すべき。…バギオさんも、そう思ってるでしょ?」

 格段に若々しくなったバギオは、はっと顔をモニターから遠ざける。

 「トモコ殿、そんな浮かれた気持ちでいるわけでは」

 「んー?なにも言ってないけど?」

 もとはと言えばいわゆる「パリピ」「ギャル」の方面だった太田友子のやり方では、実年齢で10歳は年上であるにもかかわらず、バギオも口をつぐむしかなかった。

 峰山が、手をパンパンと叩く。

 「はい、注目!

 …とにかく、ルゼリアを奪還し、『ミズーリ』を止め、最終的には宗都を守り切る。そのためには全力を尽くさなきゃならないし、嫌なことだけど、手段はあまり選んでいられない。

 …あと3日、3日よ。

 私たちは間に合った。間に合ったわ。」

 誰もがやっと、笑顔を見せた。


                    ―*―

神歴2723年4月16日

 何が、「間に合った」のか?

 神都セーリゥㇺの市民は、嫌でもそれを実感することになった。

 大陸のアジア部分とアフリカ部分は、湾岸地方北部のあたりで、ギルド領及び帝国領としてつながっている。しかし、内海として湾岸地方に面する赤海と外洋をつなぐ海道は瀬戸内海よりも細長く、一番細いところでは何本も吊り橋をかけることができた。

 内海を囲んで海運の便を利用し商業を発達させ世界の中枢となってきた湾岸地方と外洋との唯一の出入り口にして、大陸の2大地域をつなぐ2つ目の陸路。発展しないわけがない。

 そう、13本の橋でつながれたこの世界都市こそ、神都セーリゥㇺ。

 狭いところでは幅200メートルの海道の両側は、建物が並んで、奥にあるはずの農地や草原はまったく見えない。国柄、いくつもの、極めて尖った三角屋根の教会が無数に見える。

 公称都市圏人口1000万。神のおひざ元を自認する都市の市民たちはしかし、かつてなく、不安に揺れていた。

 不安?

 否。

 恐怖におびえていた。

 「海路よし!錨下ろせっ!」

 「空砲装填っ!」

 「号砲一発っ!」

 いちいち一言に、拡声魔法と威圧魔法をかけている。そもそもすべての手順は本来ボタン一つで終わってしまうのに、だ。

 「前部砲斉射っっ!」

 その言葉の意味を知らない神国人たちであっても、思わず、後ずさった。

 海道をふさぐようにして錨泊する、巨大なフネ。

 高さ50メートル以上ある吊り橋が、甲板上の建物群に引っかかっている。

 中央部には、鱗にすら見えるほどの数、兵器らしいナニカ。

 後部甲板に並ぶ、3つの、どこか禍々しい筒。

 そして。

 シュゴッドォーオーォーンッッ!!!!!!

 「うわあああ!」

 「お、御神の御怒りだあ!」

 「に、逃げますわよっ!」

 「神よ神よ神よっ!」

 「願わくば我に御加護をっ!」

 「うわーん!」

 前のほうにある二つの丸みを帯びた物体から、二つずつ突き出た棒。そこが同時に火を噴き、天雷が鳴り響いた時。

 神官も貴族も農民も商人も奴隷も、ただ、祈った。

 そして、唐突に掲げられる、「平和を祈る左手()悪を叩く右手()軍旗(軍旗)」。

 ー誰もが、どうしていいのか、わからなくなった。


                    ―*―

 狭い海道を、吃水が在来帆船より大幅に深い「穂高」が通れるのかどうか。当然15万トン級全鋼製船舶の通過に対応した海図は、東方辺境にしかない。

 測深を行い海図を作成する必要があった一方で、測量艦「三保(改)」を先行させるのは気が引けた。

 3国同盟が派遣できる兵力は、けた違いに少ない。であれば、第一印象で勝負するしかない。

 しかし、最もインパクトのある「穂高」をいきなり送るのは座礁の危険が高い。

 海軍国である神国には、全長84メートルの「三保(改)」より大きなフネも、商業輸送船や儀礼船でかなりある。

 -さて、どうする?

 太田大志は悩んだが、意外なところから答えは出た。

 オハイオ級原子力潜水艦は、水中行動において障害物や敵潜水艦を察知するため、ソナーを搭載している。

 「ならば、アクティブソナーで、潜航しながら海図を作成できる!」

 そう、実は、「エルドリッジ」は通信用ブイを使って3日前の国際ビデオ会議に参加しており、そうしながら海道の海図を作成していたのである。驚くべきことに、神国やギルドと決裂寸前になった日、すでに2国には王手がかけられていた。

 そして同時に。

 USS衛星系は、アイオワ級3番艦「ミズーリ」が、北極を大回りして大陸東部アフリカ回りで赤海へ向かっているのを確認していた。

 もし、「ミズーリ」が先にたどり着けば、艦砲射撃によって湾岸地方は壊滅し、帝国の勝利は確定する。向こうに核兵器があるのなら、航路についても核爆破で作ってしまえばいい。

 その点でも「間に合って」いた。

 「神帝猊下っ!お、お急ぎ表へ!」

 「なんとなっ!」

 神の祝福せし超大国に表れし、科学と魔法が融合した、一隻の超戦艦。

 「こ、これは…」

 「戦の用意をせよっ!」

 神国側は、慌てて、神殿近衛に、攻撃態勢での待機を命じた。

 「本艦…浮上よーい!」

 一方で、3日、帆船あふれる海道の中を潜航し続けていた「エルドリッジ」が浮上する。

 「ク、クラーケン、だと…」

 「東方の蛮民は、悪魔でも味方につけたというのか!?」

 呆然を隠さないセーリゥㇺ市民に囲まれながら、浮上した黒鯨の背から、白煙とともに、長射程型タクティカルトマホークミサイルが射出されたー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ