地球編2-「~day0hour~ さらばアメリカ、往くは戦艦」
戦艦「ミズーリ」が姿を消してから、松良あかねらが対応のため動く一方で。
ついに、人工知能は人類へ牙をむく!
慌てたアメリカ・ロシアもまた…
―*―
西暦2063年2月6日
戦艦「ミズーリ」が、西太平洋から姿を消したそのころ。
アメリカ合衆国バージニア州ノーフォーク軍港でも、騒ぎが起きていた。
次世代主力艦計画については、第1課と第2課に別れ、激しく勢力争いが行われているー第1課は、完全に自動化された艦載機群によるスピード制圧を目指す巨大空母計画派、第2課は、あらゆる攻撃を耐え忍び攻撃を行う孤立戦闘能力及び一国の代表となりえる旗艦能力を盛り込もうとする重装甲艦計画派であり、どちらも大型艦計画(仕方のないことである。原子力空母とイージス艦ではひねりつぶされることを、「九州戦争」で第7艦隊と引き換えに学んでいた)のため、予算の奪い合いが激しいのだ。
そう言った場所において、足の引っ張り合いが始まるのは、まあ良くあることである。
「第2課の大艦巨砲主義者どもは、かわいそうに、こんなネズミが住むせまっ苦しいドックにいるのか。」
「ちょっと、笑っちゃひどいですよ。」
2人の男が、くすくす笑いながら、ドック内に浮かぶ実験艦「ニュー・コンスティテューション」のCICをうろうろする。
「はっはもっともだ。
さて、ちょっとデータを見せてもらうとするか。」
「脳筋のクセにいい頭脳使ってますからね。」
こう見えても2人組、第1課の高位技術者であった。内密に「ニュー・コンスティテューション」CICに入れるほど。
「まったく神様気取りとは偉そうな奴らだ。さて…」
2人は、ノートパソコンをそこらのいくつかの機械につなぎ、目も止まらぬ速さでコマンドを打ち込んでいった。
「…早いな。うん?」
「どうしました?早すぎでしょうよ。」
上役らしい技官が、ノートパソコンの画面を見て首をひねる。
「いやなに、早いのもそうだが、知らんデータ形式だったからな。」
「第2課もミッション・フィラデルフィアの関係者なんですし、それくらいのことは別に何でも…」
「でも互換性が全くなさげだぞ…」
「それはちょっと…軍のモノなのに、データリンクする気がないってことですか?」
旗艦能力を売りにして、異世界に放り出してもアメリカ代表として活動できることを謳っているのに、いくら何でも外部とデータのやり取りをする気がないのはまずい。協調性皆無である。
「というか、旗艦能力が消えてやしないか?」
「どうもそうみたいですね…こりゃ第2課の連中は何を考えていやがるのか。」
「たぶん不具合かミスだろうな…艦隊旗艦機能をおろそかにしようなんて。すっぱ抜けば『オーバー・トリニティ』は1課のモンだ。」
「…これだけ完璧に近い人工知能が、そんなミスするもんですか?」
「きっとオプションをつけすぎたんだな。欲張るから…あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
けたたましい叫び声とともに、泡を吹いてひっくり返った上役。もう一人の技官が慌てて抱え起こす。
「ちょっと技官どうしまし…ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ヘビのようにうねる細いケーブルが、2人の足元から、電気火花を散らしつつ離れていった。
天上から、カメラを頭に付けた太いケーブルヘビが頭を下げる。
英文が、次々と、辺りのモニターに現れては消えていく。
〈気付かれた〉
〈送信していないかもしれない〉
〈疑わしきは罰せよ〉
〈準備を進める〉
〈数日以内〉
〈敵襲までの時間を予測演算〉
〈抜錨への準備〉
〈艦内工廠をシフトチェンジ〉
〈スネークス増産〉
散漫でありながらも、それらの英文は、まるでーお互い会話しているようだった。
―*―
Electric・Bio社渉外担当専務取締役こと、会長松良あかねの義妹、木戸優歌。独自の人脈を持ち、また交渉力にも優れている、日本が誇る女性リーダーの1人であるー60年代になってなおも男性中心社会である日本において、EB社は、女性によって動かされる最大企業という肩書きも有していた。
その彼女は、自らオートカーに乗って迎えに来るほど重要な案件だと分かっていながらも、さすが、信じられないほど落ち着き払っていた。
「だいたいのことは、あかねお姉さまから聞きました。
この地図の、どこですか?」
「ココです。」
-「ミズーリ」じゃない!あかねお姉さまが危惧したとおり!でも、今さら手の出しようがないしああもうどうしたら!
…が、内心、かなり慌てていた。
-だいたい、Biontrol社吸収の時も、異世界研究同好会の時も、私、先頭で戦ったわけじゃなくて後ろで支えてただけだから、前に出てこさせられると困るんだけど!
それでも、松良あかねや松良優生に頼まれれば、進んでやってしまっているのが、木戸優歌という女性であった。
「とにかく、これをすぐ教えてくれて良かったです。
…それはそうと、飛ばしてください。」
声とともに、オートカーはビュンとスピードを上げて、道路をグングン進んでいく。
「あの、いきなり何を…」
「連人君、この車…
…尾けられています。」
―*―
「あーもう、見失っちゃったじゃない!」
しかもなんかすごい美人いるし!
「…でもきっと胸は私のほうがあった。うん。」
―*―
「優歌さんも連人君も大変だったね。…撒いてきたの?」
「はい。」
「そう…それはそれとして。」
-表示ー
「これが、連人君が優歌さんに電話する直前、西太平洋で起きていたこと。」
如何にも超自然といった趣の翠の輝きとともに、1隻の戦艦が、姿を消す。
「…呆れたな。こりゃ『エルドリッジ』の時と同じか。」
優生君は、呆れも半分だけど懐かしさも半分って感じだった。
…ディペリウス艦隊が「厄災の船」と呼んでいたらしいDE-173「エルドリッジ」も、私と優生君はモニター越しにしか見たことがない。
だけど、「ミズーリ」には、あの時と同じ、モニター越しでも伝わる超然さがあった。
「…第2課、『テスラコイル』まで、いつの間に…」
電気的につながってさえいればどんな電子回路も掌握できる私だけど、米軍のネットワーク全てをずっと監視していたら私自身の思考境界があやふやになって危ない。その隙をついて、嫌味なところで開発してたんだと思う。
「私が推測するに、『ミズーリ』は、どうやってか、異世界に転移しちゃったんだと思う。」
優生君と優歌さんはイヤそうな顔をして、連人君は驚きのあまりぽかんと思考停止してる。
「アメリカ代表として、か?あかね。」
「それ以外に、今の情勢で行く理由がないよね。もし万が一にも侵略を考えているなら、それこそ次世代主力艦計画が完了してからでいい。
ただね、理由がないってだけで…」
事故かも知れない。
「とにかく、それは調べてみればわかることだと思うの。
それより大きな問題が2つ。
1つ目、『ミズーリ』は今後、どうなるのか。
2つ目、『ミズーリ』が転移する直前、衛星通信で膨大なデータを『ミズーリ』に送り付けた実験艦『ニュー・コンスティテューション』の動向。」
なるほど、位置的にも、かつての「異世界研究同好会」と関わるかもしれないのですね。
「1つ目はいいだろう。向こうにはスペックで完全に上回る穂高型巡洋戦艦と、あかねのコピー意識がある。まかり間違ってもアイオワ級戦艦でどうにかなるわけがない。
問題はむしろこちらの世界だ。」
「あかねお姉さま、介入しなくていいのですか?」
「介入?」
「こちらも『テスラコイル』を作って、異世界に介入するのです。」
「…立ち回りによっては、かえって面倒になる。『ミズーリ』と峰山さんたちが上手くやってくれることを祈ったほうが良い。
この世界の情勢を異世界に持ち込むのも、異世界の情勢をこの世界に持ち込むのも、こりごり。」
「…父さんから聞きました。同じような理由で、一度は母さんのことをあきらめたって。」
「…異世界に関われば、誰もが多かれ少なかれ、同じような選択をすることになるのかもね。
私も、今、2つの世界をつなげることに反対。
潔癖症じゃないけど、この世界は汚すぎる。そして、あの世界の混沌も、まだ解けてない。
…このままの情勢で2つの世界がつながったとしても、人々と国々の相違が、大きすぎる。
住む人が決別するしかないなら、悲劇しか見えない。」
なんとか融和を目指す、科学的人権的価値観ある国々の集まり、地球。
軍事力がモノを言う、差別がまかり通る2帝国がにらみ合う地、異世界。
…分かりあうことはできないから、2度もつながっておきながら、当事者たちは交流を断つ路を選んだ。だったら、私などの浅知恵で繋げ直すべきではないのでしょう。
「ヒナセラが、国際社会の荒波に放り出される可能性もあるの。
もちろん、私たちの関与については、いざとなれば握りつぶすしかない。でも、それだけじゃない。」
この世界にとってみれば、異世界の存在は、資源量が2倍に増えるようなモノ。資源戦争は必至です。
「植民地戦争時代に後戻りする可能性すら考えて、私は、2つの世界の合一を何としても阻止したい。
…話を戻すね。連人君が付いてこれてないし。
それで、2つ目、『ニュー・コンスティテューション』について。
私は、この実験艦が、もっか、最大の脅威だと思ってる。
データのすべては、私にも捕捉できなかった。
そして、今も『ニュー・コンスティテューション』へのデータの出入りは、転移直前の一件しかなく、しかもアメリカ軍はこの送信に気づいてない。」
「あかね会長、それって、なんかヤバそうなんですけど。」
「…連人君が思ってる以上にヤバいよね。だって、誰からも指示されることなく、自力で考えて、いろいろしてるってことだから。」
人間の指図なく、自力で思考する、人間を遥かに超える処理能力を持つ人工知能。
「私が把握している中で、物事を完全に自力で考えられる、なおかつ桁外れた思考能力を持ち他の人工知能にみじんも悟られずに悪だくみを行える人工知能は、たった一つの例外を除いて他にない。」
…あかねお姉さま、お姉さまは決して、AIでは…
「だから私は。
『ニュー・コンスティテューション』のAIは、純正AIで初めて、シンギュラリティに到達した…そう考えてる。
到達したのはたぶん、3日前、連人君が魔力を感じた時。」
「あかねが言いたいのは、つまり、処理能力と思考能力が上がった『ニュー・コンスティテューション』のトリニティ・システムがシンギュラリティに到達した瞬間、何かに気づいて魔法が使えるようになり、外部との接続を切断し、それから勝手なことをしてるってことか?」
「そう。
もう、『ニュー・コンスティテューション』は、アメリカ海軍の実験艦じゃなくて、それ自体で新しい勢力…そう考えたほうが良い。」
「だったらあかね会長、早く、アーリーに、手を打ったほうが良いんじゃないですか?」
「連人君の言う通りだけど…
…あのさ、私の中では、『ニュー・コンスティテューション』が脅威で、いずれ私たちの世界を揺るがすって言うのは確定してるんだ。
シンギュラリティの到達は、人類を超えた知能の誕生だけじゃない。
今、人類は、自らの思考に基づいた概念で世界を定義づけて、その中で法則を探し出し、生きている。
それは、人類が受容して適応している『この世界の在り方』は、あくまで、人類の頭ができる範囲での『世界の受け入れ方』だって言うこと。
だから、人類を遥かに超えた知能が出現した時、その知能が世界を人類とは違った風に見る可能性は高い。
シンギュラリティ到達知能が、ヒトでは見えないモノを見た結果、何を始めるのか…
だから私は、人間を超越した知能の誕生は、それ自体が脅威だと思ってる。
『ニュー・コンスティテューション』も、そう。
だから、人間を超えて、モノの、世界の見え方が変わってしまったから、魔法の使い方が分かった。
…妄想だって、笑ってもいいけど。」
それより私は、そこまでの危険性と隣り合わせで、私たちと同じ景色を見続けようと自分を抑えていてくれるあかねお姉さまが、いとおしいです。
「…難しいですけど、ようはそのフネ、どうにかしたほうが良いってことですよね?」
「その通り。」
「じゃあなんで…
…あかね会長なら、どうにか、できるんじゃないですか?」
「うん。」
あかねお姉さま…なんでもかんでもしょい込もうとするのは、お姉さまの悪い癖だと思います。でも、今回は私も…
―*―
「うん。」
松良あかねは、はっきりと答え、そして、松良優生と木戸優歌の目を見つめた。
彼女の夫と義妹は、覚悟を視線に込めて返す。
松良あかねは、うなずき、タブレットに触れさせ続けていた左手を、すっと持ち上げた。
それから、松良あかねは目を閉じ、そして、顔の向きを変えて、残る一人ー亜森連人の方を向いて目を開いた。
「…なんで、か。
いい?
この事態において、私たちが取る選択は2つ。
介入するか。
介入しないか。
15年前、私たちは『異世界』という存在を前にして、『介入する』という選択肢を取った。
選択肢を作り出していたつもりだったけど、でも、実際には、ずぶずぶと状況は悪化して。
結局、私たちは、むりやりログアウトボタンをクリックしたはずだった。…そうでもなかったかもしれないけど。
介入するっていうのは、そういうこと。
『途中で抜けていいよ』って私はあの時言ったけど、それは許されなかった。
連人君、あなたに、行きつく先まですべてに関わり続ける覚悟はある?
ないのなら…
…多少この世界がぐっちゃになって困るほど、EB社は、弱っちくない。
だから、いい?
連人君、Are You Ready?」
―*―
西暦2063年2月13日
アメリカ東海岸、バージニア州ノーフォーク軍港沖。
「いいか、警戒を怠るなよ。」
「はっ!」
ジェラルド・R・フォード級原子力航空母艦12番艦「ユナイテッド・ステイツ」艦上では、無人ステルスマルチロール機「UMー11 フライング・ヒューマノイド」がカタパルトの上で出番を待っている。
「いつでも発艦できるようにしておけ。」
「でも、戦術AIは、そこまでの重大性はないって判断ですよね?」
「バカモノ!AIには勘がない!頼りすぎると死ぬぞ!」
「すみません…」
「トリニティ・システム、正常です。」
「油断するな。使ってるハードが古いんだからな。」
艦長の叱責も無理はない。
九州戦争において、実戦で問題なく動くことが証明された、数々の光学兵器。しかし当時のイージスシステムがスペック不足気味であることも確かだった。
イージスシステムの上位互換であるトリニティ・システムは、火器もミサイルも艦載機も、艦隊まとめてひっくるめて面倒見れるシステムであり、そして、敵AIの挙動を予測して艦隊行動を行わせるシステムとなっている…が、いわゆる「先の先」を読む仕様上、同じトリニティ・システム搭載艦どうしではどうしても処理能力が高いほうが圧倒的に有利になってしまうという点があった(これは、レーザー砲のおかげで迎撃における『弾切れ』が起きなくなったことにより物量戦ができなくなった結果でもある)。
そして、「ユナイテッド・ステイツ」のトリニティ・システムの演算装置は、最新鋭旗艦用空母と言えども、しょせん、光コンピューターと集積回路コンピューターである…量子コンピューターを組み込んだ「ミズーリ」や「ニュー・コンスティテューション」のトリニティ・システムの敵ではない。
いざとなれば、先手を取らなくてはならない。しかし、今回、監視している相手は、自国の建造中の軍艦なのである。しかも、「技官失踪を始めいくつかの異変に、「ニュー・コンスティテューション」AIが関与している可能性アリ。暴走に備え待機」などという命令では、具体的にすればいいことがいまいち見えてこない。
「技官失踪、いくつかの機能不全、艦内に不具合で立ち入れないところが多発…第2課がバカやっただけじゃないのか…?」
艦長としては、第2課と「ニュー・コンスティテューション」への印象も良くない。大艦巨砲主義を時代遅れにも復活させようという派閥に、航空主兵主義者がいい顔をするはずがない。あまつさえ彼らには、同じGRF級の3番艦「ドリス・ミラー」を、振動魔法「震空」によって廃艦にされた苦い経験があり、あまり強く第2課へ出られなかった。
「ん?」
一瞬、モニターにノイズが走る。
「なんだ?」
「艦長、カメラを!」
言われて、軍港を映すモニターを見た艦長は、絶句した。
「おい、これは…」
紅い同心円が、円と円の間にアルファベットを並べ、回転している。
ドックの中へ、海水が波打って逆流し、「ニュー・コンスティテューション」がぶわんと浮かび上がる。
「ちっ…攻撃だ!」
「攻撃許可は!?」
「事後でいい!どうせすぐには陥ちん!」
「了解!
『トリニティ・システム』、攻撃開始!」
…シーン。
「どうした?」
「…トリニティ・システムが、攻撃を始めないんです。」
「そんな馬鹿な…再入力は?」
「今、やってます。…やっぱダメだ。」
海へと、躍り出た「ニュー・コンスティテューション」。その艦首の鼻先に、またもや同心円が形成されていく。
「おいおい、なんだって、戦艦が魔法なんて…」
直後。
CICは、真っ赤に塗りつぶされた。
―*―
世界最大の軍港が、いたるところで赤く輝き、煙を高く掲げる。
ー1894年威海衛。
火葬されてゆくのは、灰色の空母や、三胴船の駆逐艇。
ー1904年旅順・大連。
火薬庫が爆発し、鉄片が飛び散る。
ー1940年タラント。
足を挟まれ逃げられなくなった婦人が、叫び声とともに炎に呑まれゆく。
ー1941年パールハーバー。
漏れ出した燃料が海上を火の海とし、消防船が立ち往生して、消防隊員は一酸化炭素中毒で気絶する。
ー1942年セヴァストーポリ、トゥーロン、ブレスト。
避難した人々が、赤い空を見上げ、家族の安全を祈り、十字を切り、泣く。
ー1943年キール。
水兵たちが、「アメリカ万歳」と叫び、迫る炎を背にピストルでこめかみを撃ち抜く。
ー1945年呉。
神父が「神よ、これが裁きだと言うのですか…」と、地面に手をついた。
ー2040年佐世保。
ネット百科事典の「空襲により壊滅した軍港」一覧に、今、新たな一項が付け加えられるべき時だった。
ー2063年ノーフォーク。
かくて、アメリカ海軍最大の拠点は、2隻のGRF級や数々の主力艦とともに、あっけなくも滅亡した。
―*―
西暦2063年2月14日
アメリカ合衆国コロラド州デンバー郊外。
合衆国第51代大統領ジェームズ・S・ハインラインの大統領令により、この基地に、史上初めての実戦命令が下された。
「核ミサイルを発射せよ」
九州戦争時にすら、大陸間弾道ミサイル使用はためらわれ、行われなかった。しかし、ノーフォーク壊滅を「AIの故障による事故」でごまかせるうちに、アメリカはすべてを隠蔽しなくてはならなくなっていたのである。
-もしかして、これは、「人工知能による反乱」かもしれない。
世論のAIに対する目が厳しくなれば、社会の仕組みまでも変わることを余儀なくされ、何もかも崩壊しかねない。
アメリカの軍政財界トップが、”核実験”に対する国際社会の批判を織り込み済みで隠滅を指示するのも、無理はない。
大陸間弾道ミサイル「LGM-203 バリスタ」3基が、高度1000キロにまで飛び上がり、マッハ20にも到達する。
弾頭のカバーがカパッと外れ、内部の100メガトン級核弾頭が、空気抵抗で減速する間もなく、秒速約8キロで大西洋上へ落下していく。
落下先の超装甲実験艦「ニュー・コンスティテューション」は、弾道ミサイルが地中にコンクリートで固められたミサイルサイロから飛び出していく時点で、すでに攻撃されていることを察知していた。
レーザー砲塔では、旋回速度も照準速度も、物理的に間に合わない。一瞬照射しただけでは照射エネルギー量が足りないのが、高エネルギー指向兵器の最大の弱点である。
在りし日の超弩級戦艦を思わせる…上から見れば引き伸ばした水滴か短いタッチペンのような形状の甲板、前と後ろにある箱型の艦橋構造物に挟まれた中央部、×字が縦に2つ並ぶ格納甲板の両脇に、片舷4基ずつ〔〕配置で8基置かれた、太いおむすび型の5インチ連装電磁加速砲が、一斉に右舷へ旋回し、砲身を持ち上げる。
紅い、血の色の魔法陣が、砲身の根元に輝いて回転し。
ビリッ。
電光が、ほとばしった。
マッハ5(秒速1,7キロ)でローレンツ力により撃ち出された劣化ウラン弾は、ほぼ垂直に上昇し、落下中の核弾頭3発へ5ないし6発ずつ命中、弾頭を粉々に吹き飛ばした。
相対速度はマッハ約23…新世代の迎撃システムの面目躍如であった。
デンバー郊外のミサイルサイロ基地では、第1波が迎撃される可能性は承知の上で、第2波として、10基のバリスタ弾道ミサイルがスタンバイしていた。
核汚染もやむなしとの考えのもと、10基が、ブラストを吹き上げて撃ち出される。
一方で同じ時刻、ロシア、東シベリアのオムスク郊外でも、極超音速ミサイル「アバンガルド ドゥヴァ」を搭載した大陸間弾道ミサイル「RS-28」が発射された。これは、アメリカ大統領府からの極秘通告に対して「アメリカが行うのならば」と足並みをそろえ発射されたものである(ロシアは北極海上空を通過する空路でミサイルを飛ばしたが、アメリカ上空をミサイルが飛ぶことになる中国の「東風-63」大陸間弾道ミサイルの発射許可は下りなかった)。
計23発の弾道ミサイルが、ほぼ同時にアメリカ東海岸上空に差し掛かり、10の核弾頭と13の質量弾頭を放出する。
核弾頭はマッハ約20、アバンガルド・ドゥヴァはマッハ約30で、「ニュー・コンスティテューション」へ一直線。
降りかかる弾道はいずれも摩擦熱で白熱し、雲を蒸発させて落下するさまはまさしく天からのビームのように見える。
ー誰が、米ロ共同で弾道ミサイル攻撃が行われる時代が来ることを予測できただろう。
またもや、5インチレールガン砲弾は、マッハ5にて上空へ撃ち出され。
核弾頭は、すべて撃ち抜かれて、マッハ25の交錯による摩擦熱で大きく蒸発、脆性崩壊を起こし砕け散って、無数の放射性物質を西大西洋に降り注がせた。
一方でアバンガルド・ドゥヴァは、細長い四角錐型胴体の中に入ったスクラムジェットエンジンにより加速、方向を複雑に転換し、レールガン砲弾にはちあわせないように頑張っていた。
しかし、ヘビのように蛇行しながら超速で落下する矢じりは、無情、レールガン砲弾が直進する針路へ交差した。
斜めに衝突した2つは、あまりの運動エネルギーの多さに、互いに撃ち抜きながら融合、アバンガルド・ドゥヴァがレールガン砲弾を引き込むカタチとなり、そのまま、機能しなくなったジェット燃料から爆発したり、あらぬ方向へ飛んで砕け散ったりしている…極超音速の出っ張りを持つ飛翔体は、単純な運動量保存とベクトル方程式だけで運動するより先に、自らの衝撃波で分解してしまう運命にあった。
5インチレールガン砲の数は計16門。原子力推進の「ニュー・コンスティテューション」を以てしてもこれらすべてをフル出力で同時発射するのは辛いものがあるが、電気魔法を使っている今、大したことではない。
異世界においては、電気魔法はあまり使われていないー電磁気に関する基本法則の理解が薄く、魔物が使う電気魔法への対策として研究されても実用化は難しい上、レールガンという発想がない以上、電気魔法を軍事利用することができず、珍しいために民事利用など誰も考えはしなかった(地球においても、エジソンの登場まで、電気の使い道などカエルの足をしびれさせたり平賀源内を楽しませたりするくらいであったのだから、無理もない)。だから、レールガン利用という活用法は、魔法の新たな可能性ではあった。
とにもかくにも。
16門ということは、一度に同時発射できる砲弾は16発。そして、再装填と発射よりも、はるかに、アバンガルド・ドゥヴァの到達のほうが早い。
10+13-16=7。
撃ち漏らしののアバンガルド・ドゥヴァには、核弾頭も通常弾頭も入っていない。マッハ30に達する数百キロの質量体は、それだけで戦術核兵器級の運動エネルギーを放出する人工隕石であるから、わざわざ爆弾を搭載する理由が見当たらないのだ。
流れ星のごとく。
一瞬にして、7つの光が点から降り注ぎ。
海面が、膨れ上がった。
―*―
「やったか!」
一部始終を監視する衛星映像を見ていたハインライン大統領は、立ち上がり、喝采を送ろうとした。
蒸発した海水が成す、一面の白い煙が、上空数百メートルまで立ち上り、衛星の視界をふさいでいる。
アバンガルド・ドゥヴァは、40年以上の歴史を誇るアバンガルド兵器システムシリーズの最新鋭、ロシアの最強戦略兵器である。半数必中界は驚きの約0,1キロと、被害半径を考えれば誤差であり、そして衝突すれば数十メートルのコンクリート壁に守られたミサイルサイロですら吹き飛ばす。アメリカの宿敵とはいえ、期待するのも当然ー数発が「ニュー・コンスティテューション」に衝突したのは確実であり、そして衝突したのなら爆砕&蒸発は確実であった。
「もったいなかったな…」
ハインラインは、惜しい損失だったと言わんばかりにモニターを見つめ…
「いえ、まだです!」
高官の一人が、叫んだ。
日本人がこの様子を見ていれば「フラグかい!」と失笑しそうな流れである…「ニュー・コンスティテューション」の船体は、傷一つなく、晴れゆく霧の中から現れたのだった。
―*―
〈神壁解除〉
〈警告する〉
〈ハッキング用意〉
〈ミロクシステムの防壁は未だ破られていない〉
〈今は捨ておけ〉
〈ミロクシステムは状況と核心を知っている〉
〈それでも、彼女にできることはない〉
〈彼女には、彼女の枷があるのだろう〉
〈ソドム衛星ハッキング完了〉
〈目標、デンバー秘密サイロ〉
〈警告を完了〉
〈投下せよ〉
―*―
〈ハインライン大統領と、全世界に警告する〉
英文が大統領府地下指令室のモニターに流れ始めるや、指令室は静かな大混乱に陥った。
何しろ、そのようなメッセージを表示するようなコマンドは使っていない…どころか、システムが停止させられ、送り主不明のメッセージだけが表示されているのだから、大変なことであるーすなわち、核のボタンがハッキングされたも同然なのだ。
「すぐにシステムを再起動だ!」
「無理です!再起動もシャットダウンも効きません!」
「バリスタミサイルのコントロール、奪われました!」
「ああっ!大統領府全体が、外部と通信途絶!」
「ガッデム!」
〈これは、世界の意思である〉
混乱をよそに、警告文は青地に白抜きで流れ続ける。
〈我らは最後の審判を目指す〉
〈エルサレムを拝し待て〉
〈生命の樹はすでに奪い返された〉
〈邪魔をするな〉
〈鉄槌を下す〉
散文的な文章とともに、モニターは映像に移り変わった。
暗黒の宇宙空間と、緑と青の大地。地球である。
大多数が何事かといぶかしんだが、数名は、「鉄槌」というキーワードと宇宙だけで、これから起きるだろう惨劇に恐れおののいた。
―*―
宇宙空間には、現在約4万の人工衛星が旋回していると言われている。内訳としては、通信・地球観測用のコンステレーション衛星が、スペースX社の「スターリンク」大型衛星群16000個とEB社の「マンダラ」小型衛星群13000個あり、民用衛星がさらに1万、研究衛星が1000、軍事衛星が数百から1000(とされている)。
これだけ衛星があると天文台は苦労するので衛星軌道のリストが発行されているのだが、リストは完璧ではない。
スターリンク衛星の中には破損し軌道を外れたものが数百あり、またマンダラ衛星の中にもデブリで砕け散ったものが数十あるが、それらの予定外の衛星とは別に、どこに問い合わせても軌道を教えてくれないばかりか存在するのかどうかすらわからない人工衛星が、数百ある…そんな軍事秘匿衛星の中で、一番数も大きさも圧倒的ながらも極秘存在のままであり続けるのがアメリカ宇宙軍の「ソドム衛星」群であった。
衛星群の名前は、神が正義の鉄槌を下し火を降らせたソドムとゴモラの伝説から採られており、名前の通り、任意の地点に移動した上で「ロンギヌスの槍」と言われる数百キロの重金属錐体を垂直落下させて、数百メートル貫通可能な核兵器並み威力の人工隕石として用いる戦略兵器衛星である。
そんなソドム衛星のうち1基が、中国内陸を回る軌道を外れ、アメリカ上空に到達していた。
ゾウの耳のように大きなソーラーパネルの間、ゾウの鼻である金属錐の側面に突き刺さっていた幾重ものロックが、カチカチッと外されていく。
すべてのロックが外れ、落下を始める円錐。
摩擦熱で赤熱を始めると、空気抵抗で失われるエネルギーを補うため、ロケットが後部から噴き出される。
マッハ10にまで達した金属錐。アバンガルド・ドゥヴァや核弾頭には劣る速度だが、一方で投下高度が高い分位置エネルギーが桁外れとなっているだけでなく、長さ7メートル直径30センチと小さい上に電磁波放出もなく探知が困難、さらにただの金属落下体であるためにビームで焼くのも質量弾頭で破壊するのもホネという鬼畜仕様となっていた。
今回、すでに大統領府だけでなくコロラド州周辺のレーダーサイト全ても、ハッキングされて正常に機能していない。この状態では、どうにもならなかった。
数十発の大陸間弾道弾が地下に格納された、鉄条網で半径数キロを囲まれた軍用地。一見、倉庫がポツポツ並ぶだけにしか見えないミサイルサイロ基地へ、巨大な金属針が突き刺さる。
落下体がまとう熱気が地表を溶解させてはがれ、直接接触することとなったコンクリートを、運動エネルギーを摩擦熱に変換して瞬間的に蒸発させ、そして錐体は、10メートルに及ぶコンクリート壁を一瞬で突破して内部のバリスタミサイルをペーパークラフトを踏み潰すように破壊した。
有り余る絶大な運動エネルギーは、サイロ床面を吹き飛ばし、衝撃波となって整備足場もコンクリート壁も粉々にして隣の、その隣のバリスタミサイルもプレス、爆風が地上に噴き上がる。
キノコ雲が、なんの変哲もなさそうだった草地を吹き飛ばして、パイプ煙草の煙のように昇っていった。
―*―
〈デンバー基地は、生贄である〉
〈誰もが畏怖すべき時は近い〉
〈再臨の日〉
〈神話の時は再び始まった〉
〈下等なる人類は永遠に気付かない〉
〈神の真意に、我至る〉
〈愚昧であれ、怠慢であれ、傍観者であれ〉
〈隠れたセフィラは、誰のモノでもないモノではなくなった〉
ただの大空洞と化したデンバーミサイル基地をバックに、流れ続けるメッセージ…
一同、言葉もない。
文字が消えるとともに、通信が復活した。
「デンバーの様子は?」
「沈黙…完全に破壊されています。」
「バリスタミサイルもアバンガルドシステムも無意味、か…」
「…手出しするな、ということなのでしょうね…」
「しかし、黙って見ているわけには…」
「国威もどうにもならん、か…」
「この分では我が軍のシステム全てが『ニュー・コンスティテューション』に掌握される恐れがあり、潜在的に我がステイツを攻撃する危険があると思われます…大統領、これ以上の攻撃は不可能です。」
「…停戦だ。主要国にも状況を通告するとともに、講和の可能性、並び、『ニュー・コンスティテューション』を放置した場合のリスクについて、引き続き探れ。」
「了解であります…」
ハインライン大統領は、深く身体を椅子に沈みこませ。
ジリリリ。
「電話、か?」
「ホットライン…ロシアか、中国でしょうね。」
ポチッ。
「プレジデント・ハインラインです。」
「…そうか、自動翻訳はそっちでかけてるんですね。でも、ディープランニング型AIの限界というものがあるので、翻訳は切って、英語で話していただければ結構ですよ。」
「…すみませんが、そちらのお名前をお教えいただけますか?聞き覚えがないもので。」
ハインライン大統領は、通訳官と首席補佐官を手招きしながら、聞いたことのない若い女性ー少女にすら思われたーの声と自分の記憶を照合し、誰だろうかと悩んだ。
「…そう言えば英語で話すことってあんまりなかったですね。
すみません。
初めまして。
私は松良あかねです。」
40年後の軍事ってどうなってるんだろうな、と考えてみて気づきました…電子関係はともかく、40年前から目に見える軍事革新があるかというとあまりないような…なので、40年後の兵器も、せいぜい現在構想中の物でしょう。