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異世界編2ー「崩壊するパワーバランス 世界帝国、開戦!」 

 そして、戦争が始まったー

 と、ここで、やっと、「世界の」世代ヒロイン登場といたします(正直そんなに活躍しないけど。だって架空戦記だし)。

                    ―*―

神歴2723年2月8日

 「…話はわかった。」

 そう言って、太田大志は立ち上がった。

 そして、大声で叫んだ。

 「バッカじゃねえのアメリカ!」

 原子力潜水艦の名前が「エルドリッジ」であった時点で、ヒナセラ側には嫌な予感がしていたのだ。なにしろ護衛駆逐艦の方の「エルドリッジ」は16年前、神国軍の道具になっていて艦隊転移や空間暴走攻撃といった迷惑をかけてきた。身構えるなと言うのも無理な話である。

 原子力潜水艦艦長ジョナサン氏が語ったことは以下である。

 ・本艦はアメリカ合衆国海軍所属戦略原子力潜水艦改オハイオ級「オハイオ」、またの名を作戦秘匿名称エルドリッジ級転移実験原潜0番艦「エルドリッジ」である。

 ・アメリカ海軍は、記念艦を退艦して廃艦する予定のアイオワ級戦艦3番艦「ミズーリ」に復元テスラコイルシステムを搭載し、無隕石時空超越実験を試みた。「エルドリッジ」は、安全のため「ミズーリ」を無人にする代わりにテスラコイルシステムの統御と補助を行うため随伴した。

 (ここまで聞いて、峰山武は、キャリアウーマンとしての武器であるところの作り笑いをかなぐり捨て、悪態をついた。)

 ・無隕石時空超越実験は、どういう原理か知らないが、成功した。

 (「こっちには隕石落ちてるんですけど」と、太田友子が小声で突っ込んだ。)

 ・しかし、直後に激烈な揺れ(隕石による津波に違いない)により「ミズーリ」との通信が途絶。

 ・すぐに「ミズーリ」をコントロール下に置こうとした矢先、強烈な水中衝撃波により艦が大破。通信どころか潜水艦自体の存亡すら怪しくなった。

 ・一日してやっと浮上装置と航行装置を修理し「ミズーリ」を追跡し始めたまさにその時、爆雷攻撃を受けて再び損傷、浸水に耐えきれず緊急浮上したところ艦砲を突き付けられていた…

 「…半分型、自業自得だろうに。」

 「…ソコマデボロクソ二言ワレ無クテハナラナイデスカ?」

 慌てて、居住まいと言葉遣いを直すヒナセラ側。

 「…まあ、転移の仕組みを僕らほど把握していないならば仕方ないですか。」

 実際、世界間転移に関する知識量は、現実に日生楽神社大鳥居を数えきれずくぐってきた太田達が段違いであり、頭でこねくり回した米軍とは比べ物にならない。しかもその太田達ですら知らずに「『門』へのエネルギー蓄積と爆発による世界破滅」という結末を招きかけていたのだから、あまり他人のことは言えない。

 「とにかく、複雑な説明は後程しますが、『門』、つまり転移地点は、転移により焼失した質量と同等のエネルギーが蓄えられ放出される危険があります。絶対に二度としないで…って、無理ですか。」

 アメリカ本国に連絡を取る方法が、今の原潜「エルドリッジ」には無い。

 「前例もあるとおり、『ミズーリ』がどこかの勢力に渡れば、パワーバランスが崩壊しかねません。そうなる前に、コントロールを戻してください。」

 いいか絶対やれよ、そう、視線にメッセージを込めた大志だったが、ジョナサン艦長と部下たちは静かに首を横に振った。

 「ソノタメノ機械ハ、アナタ達二壊サレマシタ。」

 「すみません。」

 命中コースでなかったものと「ミズーリ」が叩き落したものしめて12発の56センチ砲弾だ。徹甲弾とはいえ想像を絶する威力なのは違いなく、潜水艦の通信設備ごとき耐えられるはずもなかった。

 「しかしそうなると…

 …『ミズーリ』には、何が搭載されているんですか?」

 「量子コンピューティングフルオートマチック戦術AIアンド自動防衛システム『トリニティ』。」

 「…はいっ!?」

 …どうやら、15年の間に、地球の情勢は様変わりしていたようである。


                    ―*―

 「…状況が深刻かつ複雑であることは理解いたしました。

 間違いなく政府は、今回の事態に関し撃沈を含めたあらゆる手段を用いての早期収拾を求めるでしょう。

 明日中に、当方の最高戦力が帰還いたします。それを待ったうえで、今一度、対応を協議したく。

 つきましては、皆様には一度上陸していただきたい。おそらく政府もその方が交渉しやすいでしょう。」

 すでに太田大志の脳内では、「ミズーリ」をどう捕まえるかの道筋がたてられていた。

 まず、「穂高」によって戦闘不能にし、しかるべき後に、人員を送り込み占領、AIをシャットダウンしてやればいい。もっとも補給の方法だってないのだから、どこかで力尽きるまで海上を誘導するだけでも事足りる。そうして、海上戦力が不足がちなリュート辺境伯領にでも帰化してもらう。そうすればとりあえず八方丸く片付く…

 が、じきに、そうも言っていられなくなった。

 「オータ殿、これを!」

 「どうした?

 …これは…」

 衛星画像に映っていたのは、戦艦『ミズーリ』に並走する、一隻の帆船。そのマストには、アディル帝国の海軍旗である青い帝国地図が翻っていた。

 

                    ―*―

神歴2723年2月9日

 「ここが、我が政府本庁舎です。眼下に広がる町が、ヒナセラ市になります。」

 一日後にあるという政府との協議を控え、我々原潜乗員一同は「ヒナセラ(Hinasera)自治(Autonomy)(Region)(State)(HARS)」なる異世界ミニ国家の官庁街に招かれていた。

 「市街区の人口は5万、また11の農村と2の漁村を合わせて9000人、さらに海外籍3万となっています。」

 サモアみたいなカリブの小国レベルか…にしては発展しすぎじゃないか?ドックが見えるし、それに、水平線のあたりに遠近感のおかしなフネが見えるんだが…そうか、魔法があったのか。

 「市街区は、この政庁府を中心に広がる丘に、扇形に広がっています。また、まっすぐ丘のふもとに見えるヒナセラ湾港が、貿易と工業と海軍の拠点となっています。

 …見間違いでなければ高炉付きの製鉄所らしきものが見える。幻覚か?

 「湾港の最奥にある路面電車駅と道路が幹線となっていまして、海岸沿いを東西に進み、他の国家へと続いています。」

 「待テ、電力ハ何処カラ?」

 「…後ろのクレーターの中が、先端技術区となっているんです。」

 クレーター…確かに、山々がちょうど一部だけ欠けて、舗装道路が通じているが…山にさえぎられてほとんど見えな…ん?あの青い輝きは、まさか…

 「燃料は、20年前にEB社が開発したバイオ石油バクテリアを。電力は、ソーラーパネルと魔法を組み込んだ核融合炉で調達しています。」

 何とな…

 「アノ、ミズ・マツラノ会社デスカ…」

 「…松良婦人(ミズ・マツラ)ですか…

 …差し支えなければ、現在松良会長が何をなさっているか、お聞きしても?」

 「オ知リ合イデスカ?

 …コノ前ステイツヘノバイオ燃料トサイバーシステムの供給ヲ引キ上ゲテ統合参謀本部ハ大騒ギデスヨ。」

 「…それは、内偵か、あるいはこの転移実験のことがバレたからなのでは?」

 うーむ、どうやらかなり関係者のようだし、統合参謀本部は余計なことをして虎の緒を踏んだのかもしれん…

 「保有軍備は、巡洋戦艦1、強行測量艦兼護衛艦1、護衛通報艦2、高速輸送船5、帆走輸送船15、通常歩兵1個中隊及び予備役1個中隊、1個魔法小隊、高角砲台3沿岸砲台1V号ミサイル100、と言ったところです。」

 …V号ミサイル!?いくらアイオワ級と同じの世代の兵器とはいえ…まさか、V2が完成しているというのなら!

 「これとは別に、人工衛星4個を軌道上に保有しています。これは偵察と通信中継を兼ねています。」

 …科学技術を持たぬ野蛮人となめていたが、これは、侮れないぞ…

 「ボ、ボス!」

 「どうした?話の途中…」

 「アレ、見てください!」

 部下が指さす沖合を見て、私は、気を失いそうになった。

 「ご覧ください。アレが、我がヒナセラの最高戦力、不沈巡洋戦艦『穂高』でございます。」


                    ―*―

 「峰山さん、『ミズーリ』がアディル帝国海軍の手に落ちた件について、どう思いますか?」

 「…あれ、夫には聞かないの?

 はっきり言って、外交課の交渉は無駄に終わる可能性が高いわ。

 そもそも、今、返還を求めたところで向こうは何のことだかわからない。通信端末は16年前に持ち込んだもので、しかも続々故障し、重要な回線以外はまだまだ代替できず目減りしていく。ややこしい折衝を繰り返すには時間がかかり、そして、その間に事態は決してしまう。もう、頻繁に直接ビデオ会議できる状況じゃない。

 もちろんそれに、今までのヒナセラや東方連邦と帝国新都の関係は、『ヒナセラに帝国軍数百万がなだれ込むよりはるか前に、連邦首都ルクスクから発射されたV号ミサイルが新都アルクーンを焼き尽くす』という前提のもとに立っていた。」

 「けれど帝国は大陸の反対側、旧都へ首都を戻そうとしていて、しかもアメリカの戦艦もミサイルを持っている、と…」

 「…ホント、友子さん、成長したわね。」

 「み、峰山さんに比べればまだまだ…」

 「…いやいや、私なんかお局様になりつつあるから…っと。

 確かに、『ミズーリ』が巡航ミサイルを持っている可能性は高いわ。原潜にも搭載しているようだし。あらためてスペックは教えてもらわなくちゃならないけど。

 とにかくこれで、両首都は相互確証破壊のフェーズに入った。こうなったら、帝国との関係は悪化の一途よ。」

 「それは峰山さんが性善説を信じていないからでは…でも、確かに。」

 「だから、私は、取り残されたアメリカ軍と共闘することが必須だと考えている。もちろん、ヒナセラがアメリカに優越するカタチで。」

 「だからこそ、『穂高』を、見せつけるんですね。」


                    ―*―

 な、なんだ、アレは…

 「信ジラレン(Oh my god)!」

 それなりに沖にいるはずだが、しかし、いまいち距離感が狂う。原子力空母と同じくらいはあるんじゃないか…?そして、戦艦、だと…!

 「不沈(Unsinkable)巡洋(Battle)戦艦(Cruiser)、『穂高』です。

 基準排水量は15万トン」

 「待ッテクダサイ、15万!?」

 タンカーではあるまいし!

 「15万です。全長は339メートル、全幅は50メートル。」

 「メインウェポンハ!?」

 聞きながら私は、年甲斐もなく興奮していた。かつて子供のころ海軍に入りたいと思った時のように。

 「56センチツインカノン3基6門。」

 「Oh, that’s so cool!」

 思わず、翻訳機の機械音声をかき消すくらいに叫んでしまった。

 「でしょうでしょう!」

 しかもミスター・オータもうれしそうにノってくる。

 「スバラシイデスネ!コレナラ『ミズーリ』ヲ止メラレマス!」

 「あ、いやそれが…

 …っと、ちょっと待ってください。撃つみたいです。

 3、2、1」

 ここで声を出さなければ男として負けな気がした。

 「「0!」」

 シュッゴッドォーオオーォーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

 瞬間、火山でも噴火したかと思った。

 煙が、艦を包んでいる。

 距離を考えたら、ここまで音が届くことなどありえないのに。

 発射による波すら目視できる…いったい、何の神話だ?

 「…『ミズーリ』は、この斉射を、迎撃して見せました。どうすればそんな相手を攻略できるのか…って、聞いてますか?」

 「ア、アア、ウン、何デシタッケ?」


                   ―*―

神歴2723年2月10日

 「以上が、隕石落下後に発生した事実すべてです。

 私たちとしては、これに基づき、帝国への即時返還要請、及び、万が一のための派兵用意を提案いたします。」

 太田友子は、ヒナセラ議会(一院制、比例・小選挙区並立)の壇上で、老若男女に訴えかけた。

 「派兵用意、ね?しかし、そこまでする必要ある?」

 議員の一人ー農村選出のおばちゃんであるーが、戦争はイヤだと暗に主張する。

 「それが、『穂高』でも勝てない可能性があると言うことです。ジョナサン准将、ご説明をお願いします。」

 なんとまあちゃんと民主主義してる、と感心しきっていた原潜艦長が、呼びかけられて立ち上がる。そのインカムのソフトはすでに、ヒナセラ語にも対応したミロクシステム系列の翻訳ソフトに置き換わっていた。

 「はい。

 戦艦『ミズーリ』に搭載されているのは、量子コンピューターを用いた自動反撃システムです。

 これは、自艦への攻撃を察知してレーザー等により撃ち落とし、同時に、自ら考えて反撃・攻撃するというシステムです。

 …よもやフネが宣戦布告することはないかと思いますが、しかし、一隻でこの世界の半分の強さくらいにはなるかもしれません。」

 ーすでにアメリカでは西暦2040年の「九州戦争」については忘れられかけており、従って彼の指す「世界の半分」は、「穂高」と「ミズーリ」で半分ずつと言うまだまだ舐めた想定だったが、議員たちは青ざめた。なぜなら、異世界人にとって「世界の半分」とは2帝国それぞれのことであり、辺境部は一般的にはまだまだ端数であったからだ。

 「…それは、戦争の覚悟も必要ですな。」

 「私と大志としては、派兵ならば、『穂高』一隻を動かしたい、さらに言えば自由裁量権の範囲を決議していただきたいと考えています。」

 「自由裁量権、ですか…」

 さすがに難しいことなので、誰もが考え込む。

 その時、議場の扉がゆっくりと開いた。

 「…友子さん、ちょっと強引なやり方じゃない?」

 

                    ―*―

 「み、峰山さん!?」

 …こうしてみると、独裁国家の「うちの国のやり方に民主主義は似合わない。チンタラ議論してるよりも、強力なリーダーシップで引っ張ったほうがいい」って言う考えはあながち間違ってないのよね。

 「全権委任を遠回しに迫るのはどうかと思うわ。」

 -それでも、独裁までして得る発展も勝利もくそくらえ。自由を手放すくらいなら、私は喜んで地べたにはいずり、再び死体になろう。

 「…でも、癪なことに、明らかに状況はそうすべきと言っているのよね…どう思う?民主主義の守護者アメリカとしては。」

 ジョナサン艦長が、気まずそうな顔をする。

 「さて、と。そう言わざるを得ないのは、この写真のせいなんだけど、どう思う?」

 プロジェクターに接続し、衛星写真、「『ミズーリ』が帝国新都アルクーンで近衛兵に歓迎されている写真」を投影した。

 「…これは…」

 「すぐに問い合わせを入れるんでしょうけど、間違いなくこのお宝を調べたら、態度は硬化するでしょうね。そして、『ミズーリ』があかねちゃんが予想した60年代自動兵器の性能を持っているのなら、攻撃しろと言われれば無人であらゆる手を使って攻撃してくる。」

 透河元が復元「大和」を魔法で動かさせてバミューダまで到着した例もある。魔法があれば、補給の問題は解決する公算が高い。もっとも人材がそれほどなヒナセラには無理な話。

 「その上で、ヒナセラが負わなきゃいけない責務は、最低限交易路の確保と言うことになる。そうしなければ、東方連邦が危ないし、商船隊が壊滅するかもしれない軍艦が仮想敵国に渡ったというだけでもリスクを考えて交易が逼塞する。

 以上からすれば、私たちは通商保護艦として『穂高』を動かすべきってことが明白になる。だけど、もちろんそれによってどこかに軋轢を生む可能性もあるし、止めておけと決めるのなら、私は粛々そうするわ。」

 私が理詰めの説得をするのは、宗教戦争に神様が乱入するようなもので、アンフェアだけど。

 -結局、私たちに「穂高」が任せられ、即時報告を前提とした全権が預けられた。…ワイマールみたいにならないよう、教育しなおさないと。


                    ―*―

神歴2723年2月11日

 「皇太子殿下、ヒナセラ自治政庁より大使が参っておりますが、どうしましょう。」

 「追い返せ。もはや、辺境の小国に脅されるばかりの帝国ではないとな。臣下の礼を取るまで通してはならん。

 …と、父上も仰せだ。」

 「はっ」

 家臣に有無を言わせず、いや、有無すら言わせず命じた若者は、醜い笑みをさらに歪め、豪奢な宮殿の奥へ入っていく。

 「お、おい、どういうことだズクムント!」

 その、一番奥。純金の扉を持つ部屋の中では、皇帝の冠をした男が、7つもの同心円を持つ大型魔法陣を足元に地団駄踏んでいた。

 「…父帝陛下、うるさい。」

 しかし、皇太子ズクムント・アディルは歯牙にもかけないし、拘束魔法に何かしようとするそぶりもない。

 「う、うるさいとはなんだ!それに、余を軟禁するとは何事だ!」

 「…これは世界の意思だ。そして、陛下、ヒナセラと戦えない父上は、盤上から排除されなければならないのだ。」

 恍惚として、皇太子は語る。

 「お前、何を言って、いる、ん、だ…」

 皇帝は、ズクムントの目を見てすぐに、説得をあきらめた。

 「…もうお前に、何を言っても無駄か。」

 皇太子の目に、光がない。意思の光が。

 「その通り。だから父帝陛下も早く」

 だが、腐っても、武断のアディル帝国皇帝である。

 「剣を取れ。」

 「はい?」

 「剣を取れ。それで余に勝てるならば、貴族もお前を皇帝と認めよう。」

 なんとも、武断の帝国の皇帝である。

 ズクムントは、無造作に剣を取った。

 「『シューティングナイフ』」

 「『シューティングナイフ』」

 まったく同じ魔法名。と同時に、二人が手に取っていた剣がお互い目掛け宙を飛ぶ。

 ガッ!

 交差した剣は、互いに運動エネルギーを相殺、落下し床に転がった。

 すでに二人は、手元に魔法陣を用意して剣を引き寄せている。そしてそのまま、見えない糸でもあるかのように手首のスナップだけで剣を遠隔で振り回した。

 空中で何度も、剣がぶつかり合う。火花が散る。

 二人は、手首だけ動かしているにもかかわらず、激戦のあまりに肩で息をするようになっていた。

 「…魔法は、無しにするか。」

 「だな。」

 二人は武人らしくうなずきあうと、剣を手に戻し、向き合い、やにわ、斬りこんだ。

 ガツッ!

 甲高い音と共に剣が交わり、直後、皇太子の剣が弾き飛ばされる。

 「どうした?まだまだ一人前には遠か」

 ザシュ。

 皇帝の、首の後ろに、剣が突き立っているー柄に魔法陣をまとわせて。

 「そんな、お前、それでも武人か…」

 皇帝が剣を取り落とし。

 皇太子が腕を皇帝の背に回し、自らの剣を逆手につかみ。

 直後。

 皇帝の首は、落ちていた。

 

                    ―*―

 「帝国万歳!帝国万歳!」

 狂気を感じるほどの熱狂をまとい、ズクムント・アディルは群衆へ手を振った。

 「我が帝国は、ついに、蛮族どもを討伐するための力を得た!」

 新皇帝は、沖を指さす。

 「帝国万歳!」

 群衆は浮かぶ戦艦「ミズーリ」に目もくれない。

 「これは世界の意思であり神の力であり、そして帝国の武勇の具現である!」

 「帝国万歳!」

 「我々はすべてを帝国旗に書き込む!」

 アディルの公的な旗はほとんどが、帝国全図に何かアレンジしたものーつまりそう言うことである。

 「帝国万歳!」

 「我々は知りえる全てを併呑する!」

 「帝国万歳!」

 「我々は、神話の世界をも呑み、ひさまずかせ、そして神をも支配する!」

 「帝国万歳!」

 「武による支配!

 武による支配!

 武による支配!」

 普通こういう場合は似たような言葉3つでスローガンとするのに、同じ言葉3つなのも帝国らしい。

 「帝国万歳!」

 …いや、もう、「狂気を感じるほど」などと言う必要はないだろう。

 群衆は、完全に狂気の中にあった。


                    ―*―

 本来、「ミズーリ」の運用にはせめてパスワードくらいは必要である。それをなぜか、こともあろうにその最新AIはすべてをさらけ出し、帝国はそれを知ってしまった。

 新都アルクーンで発せられたのは、領土拡大政策を再開せよとの命令。

 ドラゴンが飛び、のろしが砦を巡る。さらに帝国はなりふり構わず、領内の教会を接収、司祭に対し領内の「共有収納ボックス」魔法を神国本土と切り離し軍へ供出するように命じた。これにより、もう一つの世界帝国、ディペリウス神国との決裂がほぼ決定的となった。

 「ミズーリ」を拿捕したその日には全てが決し始まっていたところ、やはり独裁国家は強いのである。

 教会はすぐに神国神都へ上級司祭を招集した。総本山「聖ディペリウス1世統一信仰会立献バベル殉教団中央聖坐司祭教会聖典護持会(通称:中央教会あるいは聖典聖坐)」では、神託を募らんという話にもなっていた。

 帝国領内でも、切り離された教会(新教会)を通じて送られた臨戦命令、教会接収命令に反発する者は多かったが、それらの声は軒並み握りつぶされ、粛清が指示されたー実際、今の新都は狂っていた。

 一週間のうちに、帝国東部軍と帝国西部軍はそれぞれに侵攻体制を整え、南下を始めた。


                    ―*―

神歴2723年2月18日

 巡洋戦艦「穂高」が、船団護衛のためヒナセラを離れ北方を航行していたころ、ヒナセラの神国大使館教会の司祭・副司祭は、政庁本庁へと路面電車に乗り込み、丘を登る車体の中でそわそわしていた。

 他の乗客は、何事かといぶかしげに見ている。路電も町に根付いており、慣れないからとは思い難い。それに地球産の中古部品をホネにテセウスの船化している車体と線路なので、貧乏ゆすりが車体を揺らし少々不快でもあった。

 二人組は終点の政庁前広場に路電が到着するや、外交官パスを車掌に突き付け(15年ですでに自動改札は故障していた)、そのまま他の乗客がぽかんとする中でアーチのように中央が欠けた政庁1階部分を走って通り抜け、右議政府に駆け込み、外交課窓口で叫んだ。

 「大変だ!帝国が、中立市へ進駐した!」

 

                    ―*―

 帝国は、人工衛星の存在なんか把握してはいなかった。

 しかし、ヒナセラも、人工衛星に頼っていた。新都側に動きがあると知り、衛星はすべて帝国東部上空に集結していた。だからこそ、西部、湾岸地方にある「中立市連合ギルド」への帝国軍侵攻に気づけなかったのである。

 神国から連絡を受けて、はじめてヒナセラ政府は帝国軍が本格活動を始めたことを知り、そして東方連邦王国、リュート辺境伯領という3国同盟加盟国に慌てて通告した。

 湾岸地方とは、地球で言う中東のあたりである。この世界もユーラシアとアフリカ、オーストラリアに比定される地域からなり(南北アメリカは未開の地)、インド亜大陸は東に寄って、アラビア半島と合体したうえで肥大化した東アフリカと向き合い、その間の狭隘な海道は奥でイラン・メソポタミアをすっぽり収める湾となり、その周囲が、エルサレムに当たる(東ではなく西に海があるが)「宗都」という聖地及び、商業都市の互助体である「中立市連合ギルド」となっていた。

 湾岸地方は成り立ち・経済から異世界では中心的地方であるが、地球で言うアジアロシア及び東欧(北欧・西欧は存在しない)を治めるアディル帝国には湾岸地方へのアクセスがなく、領土面積ではトップながらも、アフリカ・(東にズレた)インド・中央アジアを治めるディペリウス神国の後塵を拝していた。

 帝国は常にギルド所属都市の切り崩しと領有を狙ってきたが、広範囲な商業ネットワークを持つギルド都市に喧嘩を売るのは財政的自殺であるし、またギルド都市の商人は完全に国家的なモノから自立してしがらみを失くすことで自由な信用取引が成り立つという考えのもとで動いているので帝国に与することはあり得ない。

 が、そんな中で帝国軍は、それが財政的自殺になりえると分かっていながら、中立市への侵攻を決行した。しかも、ロクな備蓄もなしに。

 戦時経済、戦争準備、そういったものすべてを帝国がすべてすっ飛ばすとは誰も思わなかったし、だからこそ誰もが出し抜かれてしまったことになるー突然帝国が正気を失うとは誰にも予想できなかったし、また、狂気に陥ってしまった帝国の行く末はもはやAIにも人間にもわからない。

 誰からも情勢が判断できなくなった状況で、帝国軍の侵攻は止まらず。

 129の加盟都市のうち、湾岸北方の11がまたたく間に陥落したころやっと、各国は対応を検討し始め途方に暮れた。


                    ―*―

神歴2723年2月19日

 中立市連合ギルドは、確かに永世中立による公平な商取引を謳っているが、非武装でも何でもない。

 そもそもギルド領は、湾岸北部西部と湾岸東部に別れており、東部は神国領で隔てられ陸続きではない上、周りには湾岸での権益を狙う帝国と世界中にシンパを持つ神国があり、また西部真ん中に魔法的パワースポット聖地である宗都、周りに神権政治の神国を擁した状況で政教商の分離を続けるのも並大抵のことではない。だからギルドは、「財力にあかせて建設した防御施設を用いて全力で遅滞戦術を取りながら経済戦で対抗する」という戦略を採用していたー電撃戦により11都市が陥落したのち、帝国軍が詰まったのは、まさにその金にもの言わせた防御施設のうち一つ「ルーリブック要塞市」である。ついでに言えば、ヒナセラへの通報も、もとはと言えばこのルーリブック教会を出どころとしている。

 そのルーリブック要塞市では、今もなお、激戦が続けられていた。

 堅牢な城壁は、破城槌や攻城塔でもどうにもならない。そして、潤沢に蓄えられた弓矢は、城壁に設けられた隙間から四六時中敵を漸減することを可能とする。さらに、楕円形の要塞の真中を川が通り抜けているため無視して進軍すると川をせき止められて水不足に陥るのが目に見えていた。

 しかも、あまつさえ、ルーリブック要塞市は苦労の末、ヒナセラからV2改長距離巡航ミサイルを購入していた。1基ではそうそう発射するわけにいかないが、しかし、帝国軍に見逃させないで釘付けにするには所持情報だけで充分である。

 川を挟んで発達したのが丸わかりな楕円形の要塞を取り巻くように、畑々を踏みにじり、帝国軍は十数万で布陣する。一方の要塞も、城壁が破壊されないのを理解したうえで、一歩も引かない構えであった。

 もっとも、ぱっと見、城壁の内側に張り付いている人数は大したことがない。それこそ、要塞不利を断言するには。が、にもかかわらず、市内には、沈鬱な雰囲気はなかった。

 10メートルは幅ある城壁に接近した帝国兵の集団が、一瞬にして矢の弾幕を浴び串刺しとなる。

 城壁の上に設置された投石器から、油と火種が別々に投射され、帝国軍陣地に火災が発生して兵隊を火あぶりにしていく。 

 帝国軍の飛空隊が、ドラゴンに腕翼をたたませ、急降下攻撃を試みる。が、城壁と街区区画割りを用いて組まれた巨大魔法陣により形成される防御魔法は、火炎攻撃ブレスを弾いた。

 そも、帝国兵はあずかり知らないー城壁は二重構造であり、市内への攻撃は純軍事的には何の意味も持たず、内からも外からも上からも守られた城壁内トンネルの中の要塞兵を破るには、神聖魔法かヒナセラ製大口径砲/ロケットが必要である。そして、唯二の市内への開口部である川の入り口・出口は、ハチの巣状の鋼板数十枚を城壁の穴に通すという方法でふさがれていた。

 完全に難攻不落な要塞都市。千年以上も投資が繰り返されてきただけある。

 もっとも、いつまでも引きこもっていたいわけではないし、兵力に差がある以上、他の中立市も、安穏としてはいられなかった。

 ーギルドには、援軍が必要である―

 しかし、中立を謳う彼らにとって、援軍を求めるべきか、どこに援軍を求めるべきかは、悩ましい問題であった。


                    ―*―

神歴2723年2月20日

 「はっきり言えば、これは帝国軍の横暴、暴虐以外のなんでもないわ。

 どうして、こうなっているのかはわからない。私に断言できるのは、同じことは帝国東部でも起きうるし、それに、今回の帝国軍はただの切り崩しではなく、本気だと言うことよ。」

 峰山武の声をBGMに、プロジェクターが衛星写真をスクリーンに投影する。

 「私は、中立市が降伏、隷属を選ばないことを素直に評価したい。だけど、もしそうするほうが危険だと言うなら、そうしない権利がある。

 ギルドが中立であることについて云々言う権利はないけれど、私は、一言申したい。ここで動かないことが、ヒナセラにとって正しい選択肢なの?

 …議員の皆さんは、どう思う?

 中立市が帝国軍に抵抗するのは勝手だけど、彼らがひねりつぶされるのを黙って見ていて、いずれその刃がこちらに向かってくるのを見ていたいとは思えない。

 …どう、思いますか?」

 取れる選択肢は、一つ。

 「私は、政府顧問として、アディル帝国に非難決議と経済制裁の即時実行、3国同盟全体への臨戦態勢用意の調整、そして、かねてから提案する、国際連合の設立を提案するわ。」

 「ミネヤマ殿、国際連合と言うのは、各国の協議会だと聞いたが…そもそも、プライドの高い2帝国が、このあたりの諸都市国家と同列に扱われるか?」

 「そこは同列であるべきだけど、今は、2帝国、ヒナセラ、東方連邦、リュートの合計5カ国で手を打ちましょう。」

 東方連邦はあくまで53の都市国家の緩やかな統一体でしかなく、統一国家としてはロクに機能していない。これは王家がもともと帝国貴族であることを心配してヒナセラが内政干渉しているからであるが、にもかかわらず国家として自らと同列に扱わないのは不公平であるし、そもそもヒナセラはいくつかの東方連邦加盟都市国家より人口規模が小さい。が、成立させないことにはどうしようもないので、公平さは渋々後回しである。

 「それでも、今の、異常な帝国が、その程度でひるむとは思えないし、それに国際連合に加盟するとも思えないのですが…」

 「それはそうね。でも、自国以外のすべての国家が自国の動きを非難すればプレッシャーにはなるし、それに、少なくとも私たちの正義は確保されるわ。」

 峰山は、世知辛いことを堂々と言う。が、確かに、どこの国もやめろと言っているのに侵略を続けることに対し、士気が保たれるか、そして、こちらの士気の上がり方と義勇軍の招集と言う意味では効果が期待できた。

 「…さて、議員の皆さん。それがしは、ミネヤマ殿の提案、すなわち。

 帝国への非難決議。

 帝国への経済制裁。

 帝国への軍事制裁の用意。

 これらを同盟国に勧めること。

 国際連合の設立。

 この5つを、それぞれ、投票により議決したいと思います。

 それでは、第1議案について…」


                    ―*―

神歴2723年2月23日

 ヒナセラ議会で議論が交わされているころ、巡洋戦艦「穂高」は、大陸東方連邦王国北端の王都ルクスクの沖にいた。

 山脈によって大陸本土と隔絶された東方辺境は、もともとアディル帝国に朝貢している都市国家の集合体であり、ヒナセラの働きかけにより諸都市が帝国から離反した時、帝国から派遣された領官でありながら帝国に見捨てられた帝国貴族ホワイド・エンテがこれら元朝貢市をまとめ上げたのが大陸東方連邦王国、そして、その時から首都であり帝国からの出入り口となってきた城塞都市が王都ルクスクである。したがって、帝国軍が東方へ侵攻するならば、ルクスクは真っ先に危険にさらされ、そして戦場になりかねない。さらに、連邦の最大都市であるのでヒナセラや各都市国家の商船隊が集まっている場所でもあった。

 商船保護、そして、帝国への威圧を計画した出兵として、ルクスク沖への「穂高」配置は最上の選択肢。のみならず、「穂高」の後を追うようにして、ヒナセラから汽帆輸送船がV1改ロケットを搬入してもいた。

 ある意味、だからこれは、最上のタイミングだった。

 水平線上にそれが見えた時、誰もが、かたずをのんだのだから。

 アイオワ級戦艦3番艦「ミズーリ」。

 改紀伊型不沈巡洋戦艦「穂高」。

 「穂高」にとってはルクスクを守らなければいけない背水の陣。

 ルクスクにとっては最強の味方がいる絶好の状態。

 「ミズーリ」にとっては、偶然にも好敵手の迎えを受け。

 今、リベンジが始まった。


                    ―*―

 ズグッゴドオォォォーーーーーーーン……!

 余韻を長く後に残す、初速の速さを示す砲撃音とともに、海面が揺らぐ。

 射程は格段に短いにもかかわらず、初手を取ったのは「ミズーリ」の16インチ(40,6センチ)3連装砲3基であった。

 さすがハイテク戦艦と言うべきか、「交互撃ち方によってまずは照準を付ける」などと言うまどろっこしいことは行われない。砲弾も、砲煙の中から飛び出してわき目もふらずに「穂高」へと殺到した。

 量子コンピューターを使用したAIによる管制は、伊達ではない。9発の16インチ砲弾が、狙い過たず「穂高」へ殺到、あちこちを叩いた。

 16インチ砲弾と言えども、製造年代は西暦2060年代。つまり、「大和」の改型である紀伊型計画戦艦をさらに発展させた「穂高」の対51センチ(20インチ)砲装甲を破りえる。

 前部煙突に、艦橋に、舷側に砲弾が食い込む。

 高角砲群が、ロケット砲が、吹き飛ぶ。

 すぐに「穂高」そのものの意思によって破壊部位がぬらぬらと随意金属オリハルコンに戻り、ミロクシステムを構成する電子回路を内包する各種部品に変化、そして砲弾のかけらを吐き出し、自動修復していく。

 が、しかし、一見無敵に見えるこの自動修復システム、限界がある。あくまで「意思に反応して形状変化する物質に意思を電気的に通している」という仕掛けであるため、電気的接続が途切れかつ単体で意思を持てないほど小さくなってしまった欠片は、オリハルコンに戻らず失われてしまう。また、オリハルコンは迷宮ダンジョンで見つかった分がすべてであり、裏を返せば「穂高」とどこかに消えた「大和」にしかないーつまり、一撃で沈めることは不可能であっても、少しずつ削っていくことは可能なのである。

 もちろん、「穂高」にいる大田大志も、そんなことは重々承知であった。それでも、「穂高」の砲は火を噴かない。

 「ミズーリ」は、なおも、有効打を与えるために「穂高」に接近していく。

 「どうした?」

 「も、もしかして、やられちまったのか?」

 「ま、まずいんじゃね…?」

 ルクスクの見晴らしのいい各所で海戦を見守っていた人々は、口々に不安がった。それもそのはず、「穂高」の姿はいまや煙の中に消えてしまっていた。

 と、その時。

 シュッッゴッドォーオオーォーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 「穂高」を取り巻く砲弾の爆発煙が吹き飛ばされ。

 轟音が、「穂高」からあふれ出した。

 すわ爆沈か、そう心配した人々も、晴れ上がった煙から抜け出してくる「穂高」の雄姿を眼にしてほっと一息ついた。

 6発の56センチ砲弾は、これも驚いたことに、必中コースを取って飛翔する。

 亜音速の砲弾6発は、「ミズーリ」へと放物線を描き、そして、いずれも外れることはなくー

 -その時、「ミズーリ」の舷側の十数点が、ピカっとまぶしく輝いた。

 砲弾が、不自然に軌道を変え、直撃コースを外れて、海面へ落下、しぶきを上げる。

 レーザーによって、運動エネルギーを与えて軌道を変更させたり、熱エネルギーを与えて弾頭を爆発させたりするミサイル迎撃技術。それは太田が地球を離れたころには、まだ不可能と言われていたものだった。

 「やっぱ無駄になったか…」

 せっかく、砲弾を節約したのに、そう太田は呟いた。実のところ、ヒナセラでは工業的手段でないと56センチ砲弾を製造できず、ために砲弾をむやみに浪費できなかったのである。だからこそ、気象データ、双方の進行速度、砲弾同士が互いに生み出す風による干渉、そして自転までも計算に含める慎重な計算を行って必中を期したものの。

 「あれが、自動迎反撃システムか…おいおい。」

 それなりに修羅場をくぐってきた太田をして、どうすればいいかわからないとお手上げ感にため息をつく。

 「自動修復システムがない以上至近弾の爆圧でも効くはずなんだがなあ…」

 ーそれまでに、弾が切れるかもしれない。

 「…2番砲、三式弾に換装!」

 前回は目くらましにしかならなかった三式弾。これはわかりやすく言えば花火が入った主砲弾であり、本来は対空砲弾として飛空隊を迎え撃ったり対地砲弾として区画ごと焼き払うのに使うものである。もちろん木造船団をまとめて焼き払うこともできるが、自らの16インチ砲斉射の爆風に耐えられる「ミズーリ」の電子機器破壊はさすがに不可能だった。

 むろん、ミリオタ出身で異世界に来てからもずっと軍事を中心に担当してきた太田大志が、その程度のことに気づいていないはずがない。

 「1番砲、3番砲は徹甲弾、2番砲は三式弾。

 2番砲、撃てっ!」

 完璧に自動化されたシステムが、照準し、装填する。

 その間にも、16インチ砲弾が9発、艦体をえぐり、そして破壊部位がぬらぬらした金属っぽいナニかに変わり、そして何事もなかったかのように元に戻っていく。

 そして。

 シュゴドッ、シュグゴドォーーオーォーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!

 やや控えめな砲声とともに、2番砲塔から2発の56センチ三式砲弾が、やや遅れて1番、3番砲塔からそれぞれ2発の56センチ徹甲砲弾が撃ち出された。

 控えめであっても、例えるならばゴジラの咆哮とかのレベルの音なのだから驚愕であるが、とにかくも砲弾は山なりに「ミズーリ」へ降りかかり。

 そして、2発の三式弾は上空で炸裂、手持ち花火のようにしだれた火の粉を「ミズーリ」へ降り注がせた。

 火の粉の中を、4発の徹甲弾が落下していく。

 そして、「ミズーリ」舷側でまたたく、一点に透明な開口部のついた半球型のレーザー砲塔。

 が、空中の火の粉が激しく発光し、砲弾は軌道を変えることなく、「ミズーリ」へ到達した。

 グガッッ……

 グッ………

 チュグッドゴガッンッーーッ!!!!!!!

 不快な音の直後、轟音とともに、「ミズーリ」後部甲板に設置された16インチ3連装砲塔がはじけ飛び、砲塔基部ごと空中へ浮き上がり、甲板上へ落下してくの字に折れ曲がる。。

 装甲のあちこちがまくれ上がって火を噴き。

 まさに満身創痍の「ミズーリ」であったが、しかし、艦体を中心にいくつか、光の輪が広がっていく。

 赤い4つの3重同心円が、交点に「ミズーリ」をおいて広がるや、「ミズーリ」の炎は少しずつ収まっていった。

 「魔法を使いやがったぜ!」

 「確か、ヒナセラって魔法が苦手じゃなかったか!?」

 これにはルクスクで見守る観客もギョッとする。勝てると思ったのに…と。

 しかし、魔法陣をまとったまま、「ミズーリ」は取舵を取って沖へ離れていった。

 「穂高」もまた、諸事情により、「ミズーリ」を追うことは出来ず、やむなく見送った。


                    ―*―

神歴2723年2月24日

 「以上が、この度の『ルクスク沖海戦』の経過及び戦訓です。」

 「私は、この対『ミズーリ』用特殊砲弾を一定数生産することを求めるわ。友子さん、いけそう?」

 モニターの向こう、「穂高」にいるのは、太田大志と峰山武の二人。そして、モニターを見ながら周りの役人と時折メモを交わすのは、太田友子である。

 「…でも、工廠からは、特殊三式弾は材料の金属が足りないからそんなに作れないし民需に差し障るって聞いてるんだけど…」

 「あー…民需に干渉しちゃうのはまずいわね…」

 レーダーによる照準とレーダーによるエネルギー付与によって構成される「ミズーリ」の迎撃システムを打ち破ったのは、金属片を詰め込んだ特殊な56センチ三式弾である。本来は神国の電撃系神聖魔法に対し対電攪乱金属粉雲によって戦略規模で効果を封じるためのモノであり、また、レーダー波を乱反射して乱すとともにレーザー波を弾き迎撃対象へ届かないようにすることもできたーとはいえ、砲弾に詰めてバラまくことができるような金属片を大量に作るには、合金の材料も製造コストもない。さらに言えば56センチ砲弾のセット自体がそんなに作れないのに、威力が最小クラスの特殊砲弾に割ける配分もない。

 「…とりあえず、試作分は使い切ったから、補給に戻ろうと思う。もちろん、ヒナセラの避難船団を連れることになるけど。

 そっちは?」

 「例の5提案は、全部通ったよ。聞いてると思うんだけど。」

 峰山の5提案は、ほぼ無修正で可決された。

 帝国へは、各地への侵攻用意と中立市への侵攻実行への非難決議。

 政府と関係する商人へ、帝国への一切の商取引の禁止。

 「穂高」だけではない、ヒナセラ中への臨戦態勢ー具体的には配給制と予備兵力召集の事務的用意。

 3国同盟を結ぶ、リュート辺境伯領、大陸東方連邦王国及び連邦加盟各都市国家へ、衛星通信を利用した大使館を通じる上記3施策の実施の勧め。

 そして同じく大使館を通じ、3国同盟及びアディル・ディペリウス両国へ、国際連合設立の提案。

 「国際連合についてだけど、今ある、3国同盟同士のオンライン協議会に、神国が加わることになりそう。あちらも、帝国を恐れてるみたい。」

 ともに人口が億を超える大国であるだけに、本格的に開戦すればとてつもない大戦争になるのが目に見えている。だけに、神歴1世紀の段階で2帝国の原型ができて後、お互い離脱勢力の取り崩しを繰り返しながらもにらみ合うにとどまってきたのだ。だから、格下の力を頼らざるを得ないとよくわかっているのだろう。

 「…狂いそうなのはあっちだったんだけどな…」

 「ホント、なんでなんだか…」

 「愚痴っても仕方ないわよ。そういうわけだから、いったん戻ったほうがいいわね。合同協議会にも参加したいし。」

 「はい。峰山さん、もう少しうちの大志をお願いします。」

 「はいはい。とったりしないから。」

 「なっ」

 プツン。

 「…いくつになっても面白いわね。」

 峰山武は、ふふっと微笑をたたえた。

 「峰山先輩、友子で遊ばないでください。」

 

                    ―*―

神歴2723年3月4日

 その日、画面上に集まった顔ぶれは、そうそうたるものがあった。

 ディペリウス神国393代神帝フラテㇽゥスィクⅢ世。

 リュート辺境伯領116代、カイダ・リュート伯。

 ギルド加盟域内最大手スキティア商会、ソグディック・スキティア頭取。

 大陸東方連邦王国2代国王、ルークス・エンテ。

 ヒナセラ自治政庁8代首相、コンクル・ネー。

 ヒナセラ自治政庁顧問団、太田大志、太田友子、峰山武。

 異世界を牛耳る面々を前にして、峰山は緊張のかけらも見せない。世界の土地と宗教のほぼ半分の長に、神話の頃から敬愛される徳の代表例、最も金を持っている人間に旧宗主がそろっているのだが、残念ながら「人間みな平等」を標榜する彼女にプレッシャーを与えることはかなわない。

 「では、第一回、国際連合、元首総会を実施いたします。お忙しい中予定をずらしていただきありがとうございます。

 司会は僭越ながら、提唱国よりあたし、トモコ・オータが務めさせていただきます。

 今総会の目的は、拡大を急速に推し進めようとするアディル帝国への対策と、加盟国同士の連帯に関する具体的な方法について、取り急ぎまとめることにあります。

 よろしいでしょうか?」

 これには、誰も異存はない。

 「では初めに、各国の帝国軍との状況をまとめたいと思いますので、報告をいただけるでしょうか?」

 「我が神国は、神の聖名の下、報告を断ろう。」

 その一言が、すでにパソコンへ入力準備を進めていた太田大志を硬直させ、峰山の眉間にしわを寄せさせた。

 「…なぜ?そちらの軍勢の配置が軍事機密であるというのならばぼかしていただいても…」

 「いや、神の恩寵ある軍隊の状態を異教徒に知らせることは聖人の裸体を見せるに等しきことである。」

 「「「「「「「…」」」」」」」

 神帝以外の全員、絶句した。

 敵を知り己を知らば百戦危うからず。このことわざは異世界にも存在する。にもかかわらず、デリケートな宗教的問題を持ち出され、どうすればいいやらわからなくなってしまったのである。

 そして、議論はここから一気に、紛糾し、混沌していった。


                    ―*―

 わずらわしい。

 「我が方の要塞の状況を神国に明かすのはどうにも…」

 ほんっとうに。

 「そもそも、宗教も政治も下等であるそこらと、我が司祭が共闘できるのであろうか?」

 わずらわしいっ!

 「…派兵ができないからと言って軽んじられるのは解せませんな!」

 「…いったん、全員、黙りなさい。」

 私は、いい加減に耐えきれなくなった。

 「特に頭取、現に侵略を受けてる国とは思えない余裕ぶりだけど、秘策でもあるの?」

 「い、いえまったく…」

 「…じゃあ偉そうに守勢でいる根拠なんかないじゃない。それとも、一人で勝手に踏みつぶされるつもり?」

 プチプチじゃないんだし、そんなことは許されない。勝手に戦って勝手に殺されるだなんて。

 「全員、よく理解しなさい。

 ここにいるのは皆大国のリーダー。すなわち、その行動、選択、指示の一つ一つに、全国民の、数えきれない命がかかってるの。

 それを一人のプライドで粗末に投げ捨てるつもり?それほどの価値が、幾千幾万幾億の命と伯仲する価値が、あなたたちたった一人の命にあるの?」

 あると主張するなら…

 「私は、そのつもりなら、投げ捨てられたことがある命を代表して、絶対に許さない。今から出て行って斬り捨てででも」

 「ちょ、ちょっと峰山さん!」

 …熱くなりすぎたわ。

 「…友子さん、止めてくれてありがとう。」

 「…峰山さんが暴走するのはよくあることだし、まあそうなるんだろうなーとは思ったから…ねえ?」

 「あはは」

 …ついに笑われてしまった…先輩としてはかたなしね…

 

                    ―*―

 「しかし、ミネヤマ殿の言う通りではないか?わしらの双肩にかかっている命は重い。特に神帝陛下は、神の御威光もかかっておるのでは?さぞや責任重大となろう。」

 コンクル・ネー首相が、峰山の剣幕にしゅんとなった元首たちに、おずおずと問いかけた。

 カイダ・リュートが、古い付き合いであるだけに真っ先に頷く。そして、エンテ国王がうなずくと、3国同盟外の2人もしぶしぶ、うなずいた。

 「…了解した。ギルド内の戦況を伝えよう。

 帝国軍は、北部、ルーリブック要塞市、テイレル要塞線、ザッカエ塹壕戦で足踏みしている。

 ルーリブックとテイレルは難攻不落なので、当分心配はない。」

 明かしていないが、万が一敵対したり敵性勢力に鹵獲されたりした場合に備え、輸出V号ミサイルには衛星による遠隔操作システムがある。魔力操縦できないだけに射程は落ちるが、万が一要塞の片方が陥落したらもう片方から発射して破壊してもいい…それでどうにかなる数には思えないが。衛星画像からして、兵力が100万を超えているようにしか見えないし。

 「問題は、ザッカエ塹壕線、か?」

 「…その通り。どうして?」

 隠すことでもなくなったので、衛星画像をモニターへ出す。

 「こ、これは、空から見た様子、か?しかしドラゴンが飛んだという報告は…」

 「あ、いえいえ、上空高く、雲の上、空気が失くなるはるか宇宙からの映像です。」

 また、絶句の気配。

 「…空気もない、はるか空の上…?それはまた…」

 カイダだけが、にやにや笑っていた。エンテも知っているはずだし東方連邦加盟都市国家は「うのめ()シリーズ衛星()システム()」の恩恵を受けてるはずだけど…

 せっかくなので、人工衛星のイメージ画像を表示して、嫌でも理解してもらうことにする。

 「す、すると何か、我が聖なる軍勢は、天より見透かされていたということか…?」

 「はい。しかし、兵数を数え上げることはできませんし、砦が破壊されているか無傷かも見えませんし、ついでに言えばどちらの陣地なのかすら推測が混じってしまいます。ですからやはり、情報が必要なのです。」

 「…つまり、オータ、こう言いたいんだろう?『隠しても半分はわかるから無駄だし、おとなしく全部吐いてくれ』」

 「カイダ先輩、その通りです。」

 「だそうだ。これは諸国も、早いとこ情報を開示して天空の眼で見えたものを見せてもらったほうが良いんじゃないか?」

 「うーむ、これは、仕方がない、か。追って司教座の承諾を得てから、あらゆる、すべて、開示しよう。」

 …ついに、神国に、優位を認めさせた。これで、だいぶやりやすくなる。

 「それで、ザッカエ塹壕線はどうなのか?リュートには戦況が入ってこないのだが…」

 「は、リュート伯陛下。

 …現在、ゴーレム兵を用い交戦中だ。」

 ゴーレム兵、か…これはまた。

 「しかし、アレは動かすのにかなりの魔力を喰うのではないか?朕ら司祭団とて一人では一日しか保たないと思うが。」

 「ですから、上級の魔法使いによる支援が必要なのだ。

 …神帝猊下、どうか、魔法使いの派遣をお願いしたい。」

 「…中立はいいのか?」

 「それは…」

 ギルドの信用は、どこまでも、どこの国にも中立であるということを担保に成り立っている。だからどこの国の誰とも何のしがらみもなくただカネの話ができる…確かに、軍事支援を求めるのはまずそうだ。

 「それならば、国際連合への要請としてもらいましょう。

 国際連合は、無辜なる人民の安寧を脅かす侵略国家に、正義として軍事制裁を行い鉄槌を下す。

 これに際し加盟国は、具体的に侵略の被害を受けているところ、必要な支援を報告し、また、実行兵力を供出する。これによって、正義のための軍隊、国連軍が当地において侵略者を制裁する…

 …これならば、国家には肩入れせず、全世界のうち正義につく側すべての支援と言うことになります。どうですか?」

 アメリカみたいな理屈で悪いが。

 「…つまり、国家ではなく世界全体に支援を求める、とまあそう言うことですな?」

 「そうそう、そう言うことです。」

 「ならば問題あろうはずもありませんな。ただちに、侵略を行い我が民を苦しめる帝国軍に鉄槌を。」

 「はい。帝国軍が正当な理由なく侵略を行っているとの考えに、異論のある方は?」

 帝国だって誘ったのに返事すらよこさなかったんだから、ここで一方的に悪者呼ばわりされても自業自得、文句を言う権利はない。

 「異論がないようですので、人々を苦しめるアディル帝国軍に、国際連合は民衆のため経済制裁、軍事制裁を決行したいと思います。

 まず、経済制裁として、加盟国に帝国との商取引の禁止、及び帝国と取引を行った者との取引の禁止を決議したいと思います。これについて、意見は?」

 「…すまないがギルドは抜けさせてもらう。」

 …おや?侵略を受けている当事国が経済制裁に従わない?

 「その心は?」

 「商人の情報網ってもんが死んじまうからな。」

 「分かりました。では、帝国との商取引の是非に関しては、禁止を推奨と言うことで。異存はありませんね?」

 …うなずき、と。

 「続いて、軍事制裁についてです。

 各国は、できうる限り情報の共有に努める。その上で、余剰兵力を国連軍として、その指揮権については要請先に従い、ただし派遣部隊の指揮官が従いたくない場合は本国の指示を仰ぐこと。また、通信は、司祭に頼ることができない場合、至近のヒナセラ派遣軍の通信設備を用いること。

 細かい仕様は実務レベルであわせましょう。今は、とにかく、要請と供出、この形を定着させるということで。」

 「すぐにリュートでも進めておく。帝国軍が原野と山脈をまた越えてくることもなさそうだから、伯領からは魔法使いを徴募して、準備が済んだ者から編成し派遣しよう。じきに、自ら行く。」

 「カイダ先輩、ありがとうございます。」

 さすが、こちらが有利になれるように間髪入れず取り計らってくれる。

 「東方も、加盟国家に問い合わせる。」

 「…まず、ルクスクに侵攻されないようにしてください。衛星画像で分かるとおり、あと1週間もしないうちに攻めてきますよ。」

 「あ、ああ…」

 北端の町なんだからもう少し自覚を持ってほしい。

 「ギルドは、ただちに、正式に救援を要請する。ザッカエ塹壕線、及びレイシェル第二塹壕線の防御兵、特に魔法方面が足りない。」

 「我が神国は、神に誓い、聖なる我が軍司祭団2個師団及び加護ある通常兵力30個師団を聖なる祝福されし正義に供出しよう。」

 「要請を承り、また加盟国の協力に感謝します。

 …コンクル首相、ヒナセラの支援は?」

 「…あ、あれ、オータ殿、わし?」

 「…当事者意識が足りなくないか?それはともかく、なるべくどこの国からも離れて、全ての人間が幸せに暮らせるようにするために各国がどう動くべきかの調整に集中したいので。」

 「…む、すまん。では、ヒナセラはわしらがわしらで進めると言うことじゃな?よかろ。

 …そなたらに預けた「穂高」とは別に、ヒナセラはこれらの衛星画像と、各種兵器を供出しよう。指揮は、議会に諮るが、そなたらに預けたい。」

 …結局また全権委任(丸投げ)か。まあそうせざるを得ないだろうし、今回は「ミズーリ」に「エルドリッジ」がいるからな…

 「では、続きは実務レベルで続行することにしましょう。」


                    ―*―

 「国連か。良く考えたな。」

 会議のあらましを聞いて、ジョナサン原潜艦長はほうと褒めた。ちなみに、訳から丁寧語が外れたのは翻訳機の設定である。

 「時に、そっちの世界の国連はどうなりました?」

 太田大志が、興味津々に聞く。

 「…ごっちゃごちゃだ。英仏にもう、常任理事国の実力はない。世界はアメリカ、中国、インドの三つ巴で、ロシアが影でいつも暗躍している。中東も石油需要が減って没落したし、アフリカは散々だ。」

 そう言って、ジョナサンは両手を上に向けて腕を広げて見せた。

 「…まだそんなことやってたの?」

 峰山が呆れる。呆れざるを得ない。

 「…ま、不況だからな。」

 「不況、ね…」

 お母さんお父さん大丈夫かな、と、誰にも聞こえないように太田友子は呟いた。

 「数年前までは、EB社の恩恵で新技術が続々と出てフロンティアだったんだが、ひと段落してからは、長生きする人は増えて福祉負担が重くなったのに成長が鈍化したからな…」

 要するにそれは社会が一時的に高齢化しているのだが。改善点がいくらでも見つかる社会である異世界も決して良いところではないが、しかし改善点が少ない社会がそのまま改善点になってしまう地球も大変である。

 「しばらく、戦火はないだろう。そこだけは安心できるな。」

 なんとも言うことがない。

 「が、米軍のどこかで『ミズーリ』を超える戦艦を建造しているらしい。火種があるとすればそこだな。」

 「戦艦を?空母やミサイルではなく?」

 地球にいたころからミリオタで通してきただけあり、太田大志は、第二次世界大戦で滅びたその兵器の復活に驚きと感慨を見せた。

 「異世界を相手にすることがあれば、補給と整備に多大な手間がかかるうえ、中途半端な攻撃は無効化されるかもしれない。だったら絶大な防御力と火力を用いて単艦で無双できる戦艦のほうがいい、ということらしい。」

 奇しくもそれは、「延々と補給し続けられるわけでも人員を徴募できるわけでもないなら、中途の強さのフネを作っては使いつぶしていくより、絶対的な一隻のほうが良い」という太田の不沈艦構想と根を同じくしていた。もちろん、不沈艦構想の下生まれた「穂高」のことが中国経由でアメリカへ伝わった可能性もあるが。

 「なるほど。確かに、正しい選択だけど…」

 太田大志は、「穂高」の運用実績を知っている。戦艦はロマンだが、2水平線距離を超えるともうどうしようもないのをはじめ、それなりにピーキーな兵器であるし、SF定番の自動照準・修復があってなお、砲弾のような消耗品の調達だけで如何に苦労することか。それだけに、素直に評価は出来なかった。

 「それで、そろそろ本題を教えてほしい。」

 「本題?」

 「アドミラル・オータ、我々、原潜『エルドリッジ』全クルーは、アメリカ合衆国海軍の名誉と『世界の警察』の名を賭けて、この世界の安定化と人民の権利と正義のため、ミッションの完遂を望んでいる。

 …ミッションを、くれ。」

 ジョナサンは、元首たちがそれぞれの国を背負って会議に参加したように、異世界におけるアメリカを背負っていた。

 「…『エルドリッジ』の修理はもうすぐ完了する。

 こちらから連絡員を送ることの調整が済み次第、アメリカ合衆国には、異世界派遣軍の国連軍に対する参画を要請したい。」

 「承知しよう。地球最強国家の最高戦力の栄光を以て、いかなるミッションも完遂することを誓う。

 して、ミッションは?」

 

                    ―*―

 -異世界人の容姿は、どこまで地球人と異なるのか?

 異世界において松良あかねが進めた研究の一つに、異世界の動植物と地球のそれの違いを、遺伝子学的見地も含めて調べると言うことがあった。

 その結果は驚くべきもので、魔法に関するわずかな因子を除けば、たいして遺伝子は異ならなかった。これは歴史に残らないところでたえずお互いの世界の遺伝子プールがシャッフルされていることを意味する。形態の差異は多くの場合、遺伝子そのものでなく遺伝子の発現の仕方にあり、それは遺伝子のわずかな差と環境の大幅な変化によって生物が変わりえることを示唆していたものの、動物実験では異世界に持ち込まれた2世3世までも地球産とたがわなかったため、何がどう要因になっているのかは未知のままだった。

 まして、ヒトがどのように差異を起こすなど、安易に実験できないー

 が、この少女は、原因の一端が「非無菌状態で異世界で育った場合、なぜか魔法が使え、自分の魔法への耐性として身体が変化する」ことだと示した。

 だから、今や誰も心配しないし、さらに祝福すらする。彼女の天賦の才、そして、美貌を。

 「玲奈レーナ、帰ったぞ!ってまたかっ」

 誰もがうらやむ姫、太田オータ玲奈レーナ。彼女は母親に似て、やたらに身体が丈夫であった。そしてさらに、魔法が使えた。

 ピシッピシ!

 「あっ、パパごめっ!」

 大志は、ギリギリのところで避けて、真横を何が通過したのか振り返った。

 -ドアに、異世界竹イーダでできた五寸釘のようなものが十本以上突き刺さっている。

 運動神経と、なぜか手にした魔法技能、そして知り合いにはヒナセラ1の魔法使いヘレナ・オー。となれば、天才が生まれるのも致し方ない。

 「…いや、ノックしなかった僕が悪い。悪いんだが…さすがに貫通はないだろ!威力抑えろ!」

 父親に責められると、すらりと引き締まった両足を伸ばし、14歳の少女はゆったりと椅子についた。

 「てへっ、ついつい全力出しちゃった。」

 体育会系らしい闊達な表情が、舌を出して引っ込め、指の間に挟んだ五寸釘モドキを机に置き、足を組むとともに、まるで二重人格かのように、猛禽のように見抜く理系の目になった。

 端正な、宝塚歌劇団男役の素顔のような顔立ちなだけに、真剣な表情になると、父親ですら気圧される。彼女の特技は、ちょっとした動作でアクティブ少女とクール優等生を完全に入れ替えることだ。

 「で、私に何か、出番があるの?」

 怜悧な透き通るような声とともに、太田玲奈は床まで届くポニーテールをほどき、ストレートな髪ー銀色、比喩ではなく金属銀の色の髪をおしろいのように白い腕ですいて、その中から折りたたんだメガネ(に見せかけたAR端末)を取り出してかけた。メガネっ子まで使い分けるのだから驚きだ(もちろん、太田のオタク的養育が)。

 「玲奈、今、この世界に、僕の世界の人々が来ているのは知っているよな?」

 「無論むろよ」

 正式な日本語教育を受けていないばかりか母国語ですらない上に両親が若かったので、彼女の言葉は前のめりなアクセントによって単語が途切れることが多い。

 「で、それを踏まえ…今さら、魔法格闘技マジカルアーツへの対処ほを教えろ、でもないはずね。

 …もしかし?」

 「…あくまで、任意なんだが…

 玲奈も、かわいい子なんだし、旅をしてみないか?」

 父親は、ポリポリと頬をかいた。

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