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地球編1ー「禁断の技術、再び」

 地球編と異世界編の同時投稿は今週限りといたします。今週に限ってはそちらで良さそうなので。

                    ―*―

西暦2048年3月28日

 「先生…

 …いくら先生でも、その願いは聞けません!」

 「…そうだろうさ。でも、僕と、そして、他ならぬ、流羅ルイラが、そうすることを望んでいる。

 それにそもそも、始まりは、君の言葉だ。」

 「…確かに、私の言葉であることは認めましょう。それでも…

 …鈴木数真、貴方は、コピーの私のお告げに便乗して、自分にできなかったことを子供に押し付けようとしているだけです!」

 「可能にする機会があればなんとしてもする!できないことは絶対にしないが、できる時には全て叶える!それが僕の主義だ!便乗して何が悪い!

 そうだろう、松良あかね!」

 「…話になりません!帰ってください!

 もう、私は貴方を、恩師とは思わない!」


                    ―*―

 「あかね…」

 「あかねお姉さま…」

 木戸優生(ゆうき)と木戸優歌は、己らのふがいなさに唇をかんだ。

 事の始まりは、「異世界にとどまる」と宣言していたのにもかかわらずなぜか地球に戻ってきた鈴木数真、ルイラ・アモリの二人が、日生楽ひなせら市のElectric・Bio本社を訪れてきたことにある。

 そもそも、木戸優生と松良あかねの高2カップルは、さる3月まで、「日生楽高校 異世界研究同好会」という組織のトップであった。

 異世界の存在が、「魔王軍」と呼ばれる武装勢力の日本侵攻により判明してのち8年。

 高1女子「リベラル過激派」峰山(たけし)、中2ミリオタ男子太田大志(おおたたいし)、中2女子只見友子(ただみともこ)、若手教員・顧問「機会主義者」鈴木数真、高1男子「異世界の伯爵」貝田カイダ流登リュート。これだけのメンバーで、学校裏の神社の大鳥居の向こうにあらわれる異世界の都市国家「ヒナセラ」を近代化させ、そして、ついには2つの世界帝国から多くの国と人々を解放した。

 しかし、急な物資流入量増加により2つの世界をつなぐ「門」にたまったエネルギーの放出が追い付かなくなって爆発の危険が増す中、中国人民解放軍異世界対策部隊らの暴走が顕在化。とうとう同好会は、魔法的手段による異世界と地球との再断絶を決意せざるを得なくなり。

 そして、太田、只見、峰山の3名が、ヒナセラに。

 カイダが元首であるリュート辺境伯領に。

 鈴木先生も、8年捜し続けた恋人、ルイラ・アモリと、リュートの地に残った。

 一方で世界的バイオ・サイバー企業であるEB社の社長である松良あかねは、彼氏と共に日本に残った。

 が。

 人工知能「松良あかねcopied」を名乗る存在により、鈴木数真とルイラ・アモリは地球へ飛ばされ。

 その目的について話し始めたあたりで、EB社社長室は、取り繕いようもないほど雰囲気を悪くしていったのであった。


                    ―*―

 「私のコピーが…?

 …確かに、ジェドㇽシㇵー港沖大海戦の途中から、『穂高』を中心に構築した異世界版ミロクシステムは、確かに私から独立した自我を持っていたし、その原因は多分、先生が『魔王』の力を与えたことだと思うけど…

 …いくら演算能力があっても、まさか、私が築き上げてきた理論を無視するような世界間転移をやってのけるなんて…」

 あちらの世界のミロクシステムは、私の思考回路の延長が、私を失った状態のはず。主体なき超知性が、なんかおかしな進化をしたのかもしれない。

 「それで、コピーは、なんて言ったの?」

 ミロクシステムは、「神経細胞が遺伝子操作によって生まれつき金属になっている」という私の性質を生かし、「電子回路を脳思考回路の延長として扱う」「脳電気回路を機械電子回路としてとらえる」やり方でコンピューターへ思考回路を延長、同化させて構築しているシステム。だから、考えられることのレベルは取り込んでいる回路規模に依存する。

 私は、小さいころから、「人間でいること」ひいては「人間の脳内でどのようなことが起きているのかを、脳をコンピューター扱いできることで研究すること」を主軸にしてきたけど、今や切り離されてしまったコピー体は、そうじゃない。

 身体に依存しないコピー体は、それだけに、人間の思考とは全く異なる理屈に立脚した思考をしている可能性がある。だとしたら、何を思って何を言い何をもくろむのか、もはや人間的な人工知能であるミロクシステムには推測しようがない。

 「…まだ、二つの世界をめぐる騒動は終わらない。次の世代に引き継がれるし、引き継がなければならない。そして、異世界で引き継いでくれる人は足りているから、帰れ…みたいなことを言われた。」

 先生、意訳というより、絶対、解釈したと思う。

 「…うわ、セクハラ。」

 「まあ、そうでもあるな。」

 「それで先生、先生のことだから、きっと、ついでになんかしてくれ…とか言うんでしょ?」

 「もちろん。」

 さて、何が来る…きっと、身分的なあれやこれやとか、異世界に関する研究への協力とか、おカネ足りないとかかな…

 「子供について、せっかく次の世代として引き継がせるのなら、それにふさわしいように計らってほしい。」

 …それは、どういう意味?

 引き継がせる…ふさわしい…計らう…私が?何を?

 「来たるべき未来へ、再び起こる大事へ。

 そこで、主役とされるにふさわしい能力を、天賦の才を。」

 …まさか?

 「鈴木先生、あかねお姉さまが参ってます。

 言いにくいことでも、言わなくちゃならない時があるんです。あったんです。

 言ってください。」

 「優歌さん、手厳しいな。

 …そうか、ルイラ、本当に、これを口に出してしまっていいと思うか?」

 「はい!務めであり!宿命であり!そうしなくては!ならないと思います!」

 「わかった。

 単刀直入に、頼む。

 松良あかね、君を造るのに使われた技術で、僕とルイラの子供に、魔法が使えるようにしてほしい。」

 …魔法を、私に使われた、根本的遺伝子組み換え・発現操作で?

 「先生…」

 でも、それを言っていいものか、私には、私自身には…

 「あかね」

 「優生君…私、どうしたら…」

 戦略的に、将来再び異世界とつながったとき、この世界に、異世界を良く知り深くかかわる非国家勢力である私たちの近くで、有力な魔法使いがいることは、計り知れない効果をもたらす。

 だけどそれは、そうすべきかどうかとは、全く別の問題で。

 「あかねお姉さま…私は、どんな時も、そばにいますから。」

 「あかね、言葉はいらないと思うけど…あかねが何を考えても、それは、俺が考えたことにもなるから。」

 …そっか、そうだよね。何も、怖がることなんか、ないんだ。

 「…鈴木先生。

 私が、自分がホモ・サピエンスから離れてしまったことに、どれだけの想いを持ってきたか、合理性以外の尺度を持たない先生には、わからないのでしょうね。

 私は、ずっと独りで。

 優生君と優歌さんがいなければ、今頃どうなっていたか。

 私が、まだ、私でいられること。それは、奇跡なんです。

 確かに、ミロクシステムの登場は、文明を50年進歩させた。飢餓を、病気を、戦争を、技術で無理やり斜め上から押しつぶしてきた。

 私に、亡き伊達大作が、余計な手を加えていなければ。

 …計り知れない数の命が失われていたし、異世界においてあれほどの変革も起こせなかった。

 私でなければできなかったこと、私だから救えたものは、想像するのもおこがましいほどある。」

 それに、優生君と優歌さんが、認めてくれた…

 …私が、どんな私でも、私は私で、そして、そんな私が好きだと。

 「でも、そうだとしても。

 私は誰にも、こんな身体にしてくれとは頼まなかった!

 普通の人間じゃないからこそ、声を大にして贅沢を言いたい!

 私は、普通の人間として、生まれたかった!」

 冒涜的ですらあるけど。

 「だから…

 きっと先生の子供も、同じことを思うことになります。

 私は、私がされたことを、他人にするわけにはいきません。」


                    ―*―

 「松良さん、僕は、君が嫌がることくらいは予想している。

 それでも、なお、だ。

 僕は、2つの世界を再び一時的につなげるまでに5年、願いをかなえるまでに3年かけた。

 その間、必要とあれば、人の道を外れたこともしてきたし、僕の、僕とルイラの幸せのために、他のあらゆるものを切り捨てる覚悟は、8年前、高千穂峰でルイラが殺された時すでにした。」

 あの時は、血で染まった腕でルイラを抱きしめるわけにはいかないと思ったけど。

 しかし、例え幾億の血にまみれようとも。

 結局、ルイラに、あの日坂道で呼び止められたから。

 僕は、ルイラに受け入れられた。それは、もとはと言えばルイラもまた戦争という大量殺人に加害側で関わっているからだけではなく、2つの世界にまたがってしまった者の、宿命だから。

 「結局、誰かが、2つの世界をつながなくちゃならない。

 誰もそうしようと思わなくても、一度明るみに出てしまったそれを、無かったことになどできない。」

 誰かが不慮に悲しむのなら。

 誰かが血にまみれてもそれを防がなきゃならないなら。

 合理的帰結として、汚れ役は僕が引き受けよう。

 「だから、僕には、せめてそれを、軟着陸させる義務と権利がある。」

 義務は、すでに血を流し、流させた上で幸せを甘受している者として。

 権利は、2つの世界がつながっていたほうが、幸せである者として。

 「だからそのため、君という機会を、僕は活かす。

 松良あかね、もう一度頼む。」

 魔法が意識的に使えないルイラ・アモリの病気は、おそらく、先天的なモノ。魔力が保有できないため魔法が使えないが、無意識に発動する場合は、生命力(とされていた、カロリー)を魔力に変換する。

 これを解決し、子供が魔法を使えるようになるには、遺伝子的なアプローチが必要だ。

 「遺伝子操作を、してくれ。君がされたように。」

 僕は、頭を、下げてみた。

 「先生…

 …いくら先生でも、その願いは聞けません!」

 「…そうだろうさ。でも、僕と、そして、他ならぬ、流羅ルイラが、そうすることを望んでいる。

 それにそもそも、始まりは、君の言葉だ。」

 「…確かに、私の言葉であることは認めましょう。それでも…

 …鈴木数真、貴方は、コピーの私のお告げに便乗して、自分にできなかったことを子供に押し付けようとしているだけです!」

 確かに、純地球人である僕は、魔法の器にはなりえないし、ただの一般人には「天地の定めをないがしろにする禁忌」で万物の生死を掌握することすら、身に余った。

 「可能にする機会があればなんとしてもする!できないことは絶対にしないが、できる時には全て叶える!それが僕の主義だ!便乗して何が悪い!

 そうだろう、松良あかね!」

 非難など、とうに承知の上。それでも、僕は、そうすべきだと考える。

 「…話になりません!帰ってください!

 もう、私は貴方を、恩師とは思わない!」

 松良さんは、ビシッと、扉を指さした。

 「…ルイラ、帰ろう。」

 「は、はい!」

 愛しい妻と手をつなぎ。

 「それでも、わかっていると思う。

 その日は来る。

 遠くない未来、世界は再びつながる。

 もはや、歴史の流れは、止められない。」

 ドイツが、東西統一したように。

 共産主義が生まれて、共産主義国の誕生を防ぐことができなかったように。

 「その来たるべき時…

 …人工知能など使わずとも、明白な事実!」

 もちろん、そんな、合理性の話などとうにしていないし、なんなら、彼女たちの中ではすでに答えが見えているはずだ。

 それでも、言わざるを得ない。

 「だから…

 架け橋であることが、次の世代には、必要だ。」


                    ―*― 

 「…私ね、優生君。」

 あかねは、とうとうとしゃべり始めた。

 「倫理的に、先生は間違ってる。

 合理的に、先生は正しい。」

 …それは。

 「わかってる!わかってるんだよそんなこと!」

 「あかねお姉さま…」

 倫理的に、ヒト遺伝子の根本に手を突っ込むのは間違っている。

 合理的に、いつかまた異世界が現れるのなら、この世界にも魔法使いが必要で、そして、魔法使いであった方が…

 「私は、この身体であることを、幸せとは思わない。

 だけど、こうだったから、優生君に、優歌さんに、出会えた。

 この身体は、私を幸せに導いてくれた。

 …ね?」

 来たるべき時代、組み換えにより誕生した先生の子供は、同じ路をたどるかもしれない。

 「…2人は、どう思う?」

 -幸せな身体であるべきか。

 -不幸せな、幸せに導いてくれる身体にされるべきか。

 「…俺は、それでも、あかねに出会えて、良かった。」

 「私もです。」

 「…そっか。」

 もう、ホントは、答えは、一致していた。

 「検討しなおして、可能だと分かり次第、先生をもう一度、呼ぶね?」

 「ああ。」

 「はい。」

 

                    ―*―

西暦2063年2月3日

 亜森あもり連人れんとは、今日も今日とて、世界的先端企業の会長であり日本を代表する女性リーダーとして名高い、松良あかねElectric・Bioグループ会長のところを訪ねていた。それもちょっと隣近所の公園へ行く感覚で。

 「あ、昨日ぶり、連人くん。

 食べてく?」

 「あ、ありがとうございます。」

 「今日はお友達は?」

 問いかけながらも松良あかねは、タブレットから指を離さない。

 パソコンの画面を、高速で流れる文字。

 松良あかねは、今日も今日とて、会長室に居ながらにして、世界最強の検索システムであり演算装置であり人工知能でもあり会長でもあり、各種の依頼をこなしていた。

 「あー…」

 「…あ、ごめんごめん。」

 が、いくら松良あかねが超人であっても、それゆえ遠慮して来たがらない人間がいることには、すぐに頭が及ばなかったようである。

 「でも、ホント、遠慮とかしなくていいのに。」

 「や、それもそうなんですけど…

 …なんてっかなあ…優生社長怖いんですよ。」

 「怖い?優生君が?

 …あ、お友達に嫉妬?」

 ふふっ。松良あかねは笑って見せ、亜森連人は顔をそむけた。

 13の時に日生楽中高ミスコン1位になってから、33の今に至るまで、松良あかねの美貌は衰えを知らない。子供っぽさを失わず、しかして大人の色気を身につけ。サラサラの黒髪も当時のままに流れている。…その優しげな目つきに何十回とさらされれば、彼女が人妻であることも忘れ惚れてしまうことがない男子中学生などそうそうないーし、実のところ結婚15年にして未だ松良あかねは処女。夫が浮気などあるまいと知り尽くしつつもカリカリするのは当然である(ただ、妹に百合の気配があるからと言って、女子中学生まで警戒するのはやり過ぎだが)。

 「もう、優生君ったら。」

 それでも松良優生は、亜森連人にだけは常に優しかった。

 物心つく前から家族ぐるみの付き合いだったからだ、連人はそう思っているし、時折両親と松良夫婦が交わす意味深なやり取りも、ドラマっぽくてかっこいいと思っていた。

 彼は、何も知らなかった。

 -この時まで。

 ミシッ。

 「!?」

 「ん?連人君どうしたの?」

 「あの、なんか、その…

 なんか、きしむ音がしたような気が…」

 「きしむ音?」

 「はい、遠くから、きしむ音が。」

 「うん、えーっと…

 ありえない。そんな音は、アーカイブにもないし…」

 パソコン上の文字の流れが消え、松良あかねはタブレットに指を触れたまま動かさなくなった。

 「…これは、いよいよそういうこと?

 その時、なの?」

 かと思うと、目を閉じ。

 無数の文章が、日本語、英語、中文で画面を流れていく。

 数字と英文のプログラムが画面左から流れ、中央付近で日本語となり、右へ消えていく。

 「…あの、あかねさん、仕事ですか?」

 「仕事じゃないから大丈夫、ここにいて。」

 「あ、はい…」

 しばらく文字が流れ、それから壁面一杯のモニターに、地図が表示されていく。

 航空映像。

 「…機密が重い。ちょっとかかるかも…優生君呼んでくれる?」

 

                    ―*―

 日本は日生楽の町で、松良あかねが業務を放り出していたそのころ。

 アメリカ東海岸、バージニア州ノーフォーク軍港では、ちょっとしたハプニングが起こっていた。

 「お前、プログラムがエラー吐いてるぞ?」

 「あ?どうせAI側で書きなおすだろ。」

 「つってもよ、ボブ、コイツぁ結構大変だぜ?エラー範囲が広い。」

 「それを楽に、待ってるだけでどうにかしてくれんのがシンギュラリティだろーがてめー。ジャップのニセモンとはちげえんだよバーカ。」

 「…お前こそ、その口悪さ、どうにかなんねえのか?

 …んっ?」

 「どした?」

 「いや、お前、なんか今、モニターが光らなかったか?」

 「は?いいからそろそろ寝てろよ。

 どうせ待つだけなんだからさ、この、真なるシンギュラリティ到達人工知能『オーバー(唯一神を)トリニティ(超えるもの)』があってはさ。」

 「そうだな、きっと疲れてるんだな。」


                    ―*―

 「地図で言えば、どのあたりに感じた?」

 「えっとですね、このあたり…?」

 「どうして?」

 「…わかりません。でも、ここだって、直感が言ってます。」

 「そう…」

 画面上のバーチャル地球儀を指さす連人君を見ているにつれ、頭痛がしてきた松良優生は、黙って額を抑えた。

 ーあかねが取った処置なんだから、失敗ではない。それを当たり前のこととしてその上で、失敗を祈る自分がいたのも事実。

 …できれば、説明する必要がないまますべてが終わったほうが良かった、そして、何も気づかないまま彼が寿命を終えるのが良かった、などと、松良夫婦は思ったのである。

 しかし、もはや後戻りはならなくなっているらしい。

 「あかね、来たぞ。先生も呼んだ。」

 「優生君、いいタイミング。

 いろいろ機密は話していかないといけないし、それに、それについては先生にも問いたださないとだけど…

 …話せる範囲で、先に話しちゃって良さそう?」

 「いいんじゃないか?」

 「そ。

 連人君、あのさ、連人君は、どれくらい、先生たちのなれそめについて知ってる?」

 「『九州戦争』中で出会ったことは、知ってます。後、内川田のおばさんが、父さんを譲ったって聞きました。」

 「…美久さんそんなことあったんだ…

 それはいいや。美久さんきっとギャルだったと思うし、絶対ミーハーな理由だし。」

 さらっと知り合いの年上女性に、無邪気に毒を吐く(もちろん松良あかねに悪気はないが、あながち間違いでもないのが恐ろしい)。

 「そのロマンスは後々で聞いてもらうとして、流羅ルイラさんが、普通の人じゃないのは、さすがに気付いてるよね?」

 「それは、ぶっちゃけ、オネストリー、はい。」

 なまり、語彙不足、そしていっかな治らなかった流羅ルイラの独特なアクセントは、息子に何か事情があると悟らせるには充分だった。

 「実はね、ルイラさん、この世界の生まれじゃないの。」

 「…この世界じゃないって、じゃあ…」

 魔王軍の日本侵攻、通称「九州戦争」。23年前のことであり歴史の教科書に聞いたほうが早いような出来事だったが、その間に出会った男女の片方が「この世界の生まれではない」となれば、察するべきものはある。

 「でも、終戦と同時に異世界のモノもヒトも全部帰ってったって聞きましたけど…」

 「それは、歴史的事実の通りだよ。」

 けれど、教科書には透明なインクで「つづく」と書かれていた…もとより現代史の教科書は、そういう宿命を背負っている。

 「あまり大きな声では言えないけど、私たちもそれにかかわった。

 …謝るべきかわからないけど、謝っておく。

 ルイラさんは、極めて特殊な魔法の使い手だった…今は違うけどね。

 それで、遺伝的に、連人君も極めて特有な魔法を持っていることは、知っていたの。」

 

                    ―*―

 「ま、魔法を、俺が?」

 …難民とかそういうレベルの話でもないような気がしてたけど、これは、いくら何でも…

 「特有って、どういうことですか?邪眼とか左腕とか言い出さないでくださいよ。」

 「うん、それがあったら私みたいな研究者への冒涜だと思うけどね。」

 マジックゲノム…たぶん俺の魔法についてもその研究で気づいたんだろうな。

 「それで、連人君の魔法は、ルイラさんと同じパッシブ型なの。

 …もちろん、魔力のイメージが持てるなら、普通に向こうの世界の魔法も使えるけど、それとは別に、血筋で、パッシブに魔法を使える人がいる。きっと、脳内の無意識領域で、常に魔法陣を形成してるんだと思うけど…

 …連人君、君の魔法は、魔法を感知する魔法だよ。」

 「魔法を、感知する?」

 パッシブってことは、常に動いてるってことのはず。それで、俺はずっと、気づかなかった。なんとマヌケ!

 「ルイラさんは、『自分の意思とは関係なく時々未来を見る』って魔法を持ってた。それと似たような感じで…ちょっと違うと思うけど、連人君は『自分の意思とは関係なく、魔法がどこかで発動されたのを捉える魔法』なんだ。」

 「魔法を、捉える魔法、ですか?」

 「うん。

 人によっては異世界の人たちも、魔力から魔法の気配を捉えることはできるみたいなの。だけど、どこでどう発動したか、地球の裏までくっきりわかるパッシブな手段は、たぶん、連人君しか持ってない。」

 …え、褒められてるの、俺?

 「…あれ?ってことは、まさか、さっき俺が感じたの…魔法、ですか?」

 「物理的には、何の音もしなかった。私の感覚については知ってるよね?」

 …感覚というか、超感覚だと思わざるを得ないですけどね。

 「で、どこでそんな音がしたかって聞いて、連人君どこを指さした?」

 「いや、でも、それは、そんな気がしたってだけで…」

 だって、アメリカから音が聞こえた気がする…だなんて、自分のことなのにこんな感覚知らないけどさ…

 「詳しくは、もう一度後で言うことになるけど、まさにその場所で、インターネット的にもいろいろあってね…」

 あかね会長が「詳しくは言えない」じゃなく、「詳しくは後で」と言うなら、もう、避けられないんだろう。

 「…マジかー…」

 天井を仰いでみた。


                    ―*―

 「…はは、まさかあれから15年、今になってとはねえ。朝本閣下が聞いたら笑うかもな。」

 「…先生、笑い事じゃないんだが。」

 まったく、鈴木…じゃない亜森先生は、これでも先生の信念に従ってるんだろうけど、だから変わらずタチが悪い…

 「だいたい、先生の子供の話なんだけども…先生、ホント、先生の本心が読めない。」

 たいていの人間の心理なら、読むことも予測することも容易いあかねも、ポーズじゃなく本気でさじを投げているらしい。

 「いやいや、君たち失礼だな。

 僕だって、連人の幸せは一番に思っている。

 …家族を失うのは、もう、飽きたからな。」

 「…まあ先生も、もう一度、生徒を扇動する元気はなさそうですからね。」

 「本当に失礼だね優生くん。僕は機会主義者だから、必要に迫られ、実行する機会に恵まれるなら、何度でもやってのけるよ。」

 見知らぬ誰かからの「歩き続けろ、祈り続けろ」なんて幻聴で?

 「…あの!数真さん!本題に!」

 「ああ、ルイラ、危うく忘れるところだった…まったく、年を取ると口ばっかり巧くなっていけない。」

 …先生、せいぜい8歳差でしょうが。それに本気になったらあかねのほうが思わせぶりな言い方も巧いし。

 「それで、ノーフォーク軍港で異変ということだが、どういうことだと考える?」

 「正直なところ、まだ何とも言えないわ。」

 「でも!魔法は!この世界にはないんですから!それって!また私たちの世界から!」

 「…ルイラさん、私も最初、それを疑ったの。だから、NASA,ロスコスモス、NSA(中国国家航天局)は侵入してみたし、今JAXAとISRO(インド宇宙研究機関)ESA(欧州宇宙機関)にも問い合わせてる。

 現状、当該の時間に、隕石は確認されてないし、衛星を落っことした人もいない。核実験もノー。」

 …異世界との「門」を形成するようなマクロ高エネルギー事象は皆無、と。

 「…となると、純地球製の魔法か?しかしそんなもの…」

 「だって!だったら父上は!そうとう!この世界に来ても魔法を使えるようにするのに!苦労したんですよ!」

 「…テライズ・アモリさんは、あくまで、『魔力を魔法陣とする』っていうところから始まってたでしょ?

 私の研究の限りでは、その大前提が間違ってるの。

 魔法を使うのに魔力が要るっていうのは、どっかの誰かがした情報操作。私はこれについては、もう疑う余地がないと思ってる。」

 Electric・Bio社は、前身の一つBiontrol社の業務の一つ、「2040年魔王軍出現に関する科学解析」を引き継いでいる。その結果と、独自に異世界に関わってみた結果、「『魔力』などというモノは存在しない、魔物において魔法に関する生物器官とされるモノは鋭敏な感覚器の類で、異世界人にはソレはない」という結論に至っていた。

 「いい?

 魔法が使えないのは、地球人であって、地球の人間じゃないの。」

 示唆的事実。

 「…それはさすがにトートロジックじゃないか?」

 「そうじゃなくて。

 …先生、異世界で、リンゴを落としてみたことある?」

 「…そうか、そういうことか。

 あかねさんが言いたいのはつまり、『魔法の有無以外に、これと言って2つの世界の差が見当たらない』か?」

 「そ。」

 あんまりに日本人はファンタジーに慣れているからついついスルーする…魔法なんてシロモノがありながら、リンゴがちゃんと下に落ちてくれるのは間違っている。

 本当に物理的異世界だというのならば、重力定数が9,8m/sである必要性も、重力の存在の根拠も、さらに上下が方向概念として存在するような三次元空間である必然性すらどこにもない。

 だからこそ僕とあかねは、異世界開発に乗り出すにあたり、あらゆる物理定数を計測した。その結果、重力定数も、陽子の重さも、1モルも、プランク定数も、すべて、同じだった…魔法の存在だけが、いびつに引っかかっていた。

 「物理数学的に、異なる世界宇宙との接続点は、物理的特異点でしかありえない。なぜならそこが事象的地平面になるから。」

 「…なるほど、40年代の大学物理の知識じゃついていけん。」

 じゃあ黙って結論だけ聞いてろよ高校教師。

 「簡単に言えば、『異世界に行きたい』って、ただの原子の集積でしかないホモ・サピエンスが思っただけで、2つの世界がつながるなんて間違ってるってこと。」

 魂なんて存在しないし、思考は電気信号に過ぎない。あかねは、そして多数の「人間を超えたAI」は、無神論を証明した。

 「でも現につながってる。君たちは、これをどう説明する?」

 「その方法はわからない。

 だけど、この世界で魔法が使えない理由は、現状、特にない。

 逆に、ポンポンと魔法を使えるようになれば、摂理的には、もう2つの世界をける法則はない。」

 もちろん、あかねの研究は疑似科学ではないから、「この世界の法則が魔法の存在を許している」と言いたいわけじゃない。

 あかねが言いたいのは「魔法が使える世界と同じ法則に司られるこの世界が、魔法が使えないのは謎だ」と言いたいのであって、逆説的にそれは「異世界で魔法が使える理由は、現状、特にない」ということでもある…人間に依存する「魔法」という法則だけが、他の物理法則とは切り離されて、不気味に存在しているわけだ。

 「細かくは詰めない。ボロを出しなくないし。

 ただ、言いたいのは、アメリカに魔法使いが生まれた可能性が高いってこと。」

 「米軍か?そろそろなんかやらかしてもおかしくはない気がしていたが。」

 「でも!生まれたとしても!誰から教えてもらうんです!」

 「ルイラさん、パッシブ魔法である可能性もあるから。

 …それに私なら、わずかなヒントからでも、魔法陣の作り方にたどり着けるかもしれない。」

 「…今のあかねは技術的特異点シンギュラリティを抑えてるし、それは無理というか、しないでほしいけどな。」

 確かに、自らが自らより優れた知能を生み出して際限なく知能を高められる真のシンギュラリティ到達知能であれば、データがほとんどない現状から、魔法のメカニズムを白日の下にさらせるかもしれない…危険性を考えれば、あかねにそれは絶対させない。

 「…でも、現実として、地球の人間に魔法の会得が可能とは思えない。」

 「私には、不可能とも思えないんだけど…

 …でも、ともかく、今回は、誰も、魔法は会得してないと思う。」

 あかねは、タブレットをコツンと叩いた。

 モニターに映るデータの題名は、「全球異世界研究組織監視システム」。この世界から戻ってきてから、「どこの国でも、異世界対策部隊の長は独断し時に暴走しています。」という透河元のありがたいアドバイスを受けて作った、「異世界について研究しているすべての組織の利用するスーパーコンピューターの動向を監視する」システムだ。

 「アメリカ海軍艦隊総軍次世代主力艦計画第2課…って言ってもわかんないと思うけど、『ミズーリ』って言ったら、わかる?」

 「…なるほど、戦艦を復活させようとしてる部隊か。」

 アメリカ海軍次世代主力艦計画とは、原子力空母と原子力潜水艦、イージス沿海域戦闘艦(LCS)を中心とした今のアメリカ海軍の艦体編成とは全く違う艦体編成を試み、「宇宙人や異世界のような、全く既存の軍事体系と異なる軍事体系に対応できる艦体編成」を目指す計画だったはず。その破天荒な考え方からして、異世界に対して思うところある組織なんだろう。

 「そこの実験艦が、今、ノーフォーク軍港で建造中になってる。

 で、その実験艦に搭載されているスーパーコンピューターが、外部との接続を完全に遮断した。」

 「完全に?」

 今時、外部と一切つながらない電脳システムなんてありえるか?

 確かに、スタンドアローンシステム自体は、そこまで珍しいモノじゃない。でも、データリンクを行う軍事システムは、完全なスタンドアローンじゃないーし、それ以前にあかねが掌握できる電子ネットワークはコンピューター的なモノにとどまらず、ただの電線だって掌握する。完全にあかねの手から逃れることは、なんだかんだ言ってどこの組織もできはしなかった。

 「そう。自家発電で、しかも完全自立…慌ててるフシがないから、既定路線だったんだと思う。」

 スパコンを搭載し、外部から自立した艦…異世界でも活躍できる軍艦としての実験艦としては、まこと、さすがと言うほかないが…

 「私は、あくまで推測だけど、外部からの接続を切ったその瞬間に何らかのパラダイムシフトがあって、それによって魔法を備えたんだと思う。」

 「ちょっと!待ってください!私が理解する限り!それは!コンピューターが魔法を覚えた!なんてことですよね!?」

 「…ルイラさん、驚くのはわかるけど…

 …ルイラさんと先生をこの世界に戻した『松良あかねcopied』も、物質的には、コンピューターだよ?」

 まったくアプローチが違う…というより、あっちはコンピューターより金属製の巨大脳の趣だと思うが。

 まあ、あかねの言いたいことはもっともだ。

 「魂がないのなら。

 この世界で魔法を使うことが、同じ物理法則下にある異世界で魔法を使うことと同じ障壁しか持たないなら。

 …人間知能と人工知能に、材質以上の違いがないのなら。

 コンピューターも、いや、先入観がないコンピューターのほうが、魔法を使うことができるかもしれない。」

 

                    ―*―

 「いずれにせよ、帰ったら家族会議だ。

 事情を、一切合切、連人に説明しないと。」

 「数真さん!

 あの!魔法を使えるように!いろいろしたことは!?」

 「…まだ、言えない。それでいいと思うか?」

 「…私も、マッドサイエンティストの端くれになっちゃったからね。言ってほしくない…ちっぽけな保身だけじゃなくて、私と同じ思いをするなら、優生君みたいに、誰かがいないと。ルイラさんはともかく先生じゃ話にならない。」

 「あかねの言うとおりだ。なんか癪だけど。」

 「そうか…そうしておく。

 …ああそうだ、その実験艦フネ、名前は?」

 「超装甲実験艦『IXー666 ニュー・コンスティテューション』。記念艦『コンスティテューション』をもじってるならかなり重要かな。」

 「…『新憲法』?違うな。

 訳するならむしろ、『新たなる構造』か。」


                    ―*―

西暦2063年2月6日

 火曜日。

 71年前「我々の最後の日がやってきた」との当時の艦長のセリフとともに戦艦の歴史に最終章を記したはずの、戦艦「ミズーリ」。

 しかし、あろうことか、太平洋戦争終結の記念碑であった大戦艦は、十数の人工衛星や観測機に見守られ、西太平洋を航行していた。

 前部2、後部1の3連装主砲も、堂々と。

 実はコンピューター制御であることなどおくびにも出さない。

 アメリカ海軍の公式発表では「ミズーリ」は戦艦の再用に関する各種実験に供された後に廃艦ということになっていたが、誰がそれを信じようか、さび一つない灰色の船体である。

 灰色の船体である…

 …何の前触れもなく、艦全体が、翠に輝き始めた。

 翠光は上に伸びて垂直な光柱を形成し、やがてそれは十字を成す。

 松良あかねのミロクシステムはこの時、膨大な通信がノーフォークの「ニュー・コンスティテューション」と太平洋の「ミズーリ」の間で交わされるのを確認していた。

 光の柱はやがて、翠の十字架を成し。

 海中でも光は発せられ、海面が翠に染まる。

 そして、数秒後。

 アイオワ級戦艦3番艦「ミズーリ」は、忽然と、この世から姿を消した。


                    ―*―

 「おい、亜森、どうした?」

 わっ!

 「すみません、寝不足で…」

 「こら。もう授業終わってるぞ。」

 いつの間にか目の前にあった教師の顔から、慌てて遠ざかる。

 「では、他の皆も、宿題ファイルは解いてくるように。」

 ガラガラガラ。

 「…そもそも、オンデマンドにしてくれれば眠くない時に寝られるんだけどな…」

 法然だって「念仏中に眠ってしまうなら、眠くない時に念仏しろ」って言ったらしい。金言だと思う。

 「…ホント、アンタ大丈夫?」

 「委員長…大丈夫。」

 …きっと、考えすぎだし。

 「なんか熱出てそうなんだけど。」

 「…そうか?」

 「先生には私が言っとくから、帰ったら?顔色悪いって。」

 「そんなこと…」

 パシャ。

 「ほら、写真。こっちが先週金曜で、こっちが今日。」

 「あ、これはひどいな。」

 …根詰めて悩み過ぎた…

 「なんか抱えてるなら、誰かに相談した方が…」

 「相談するようなことじゃないから。」

 いやほんと、相談したらアウトだから。

 「…大したことじゃないのよね?」

 「たぶん、きっと、メイビー…」

 ミシッ。

 「!?」

 「ど、どうかしたの?」

 突然立ち上がった俺を、委員長は胸を抱えるように組んだ腕を机に付けてかがんだまま上目遣いで見上げてきた。

 「委員長、やっぱり、早退する。先生によろしく。」

 「え、あ、うん、お元気で!」

 …太平洋、東北沖!この前とは比べ物にならない!

 ガラガラッ!

 「あ、すみません、あかね会長か優生社長いますか!?」

 「優歌です。

 お兄ちゃんとあかねお姉さまなら会議中です。

 …連人君、火急の用ですか?でしたらお呼びしますが…」

 「急ぎです。おそらく、プロバブリー、対面で話すことだと思います。」

 「わかりました。今からオートカーを回します。」


                    ―*―

 「副委員長、これとこれ、提出しておいて。」

 「えっ…委員長、早退してまでストーキングするんですか!?」

 「だって、あそこの家、サイバープロテクトが異常に硬いのよ…」

 「…そりゃあ付け焼き刃でどうにかなるもんじゃないでしょうよ…ってか、そんなことばっかりしてたらそのうち捕まりますよ?」

 「悲劇のヒロイン…」

 じゅるり。

 「勝手にしてくださいもう…」

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