10 「不沈巡洋戦艦『穂高』 世界は波濤を超え、その命運、この一戦にあり」
すべてを、決しなければならない。
不沈巡洋戦艦「穂高」は、運命の最終決戦へと赴く!
―*―
西暦2063年/神歴2723年9月7日
ー歴史は、繰り返す。
ナチス海軍がかつてイギリス海軍の猛攻を避けつつ戦艦「ティルピッツ」の存在感を発揮させるために取った方法は、北方のフィヨルドの谷間に隠してしまうことであった。
フィヨルドの幅は数キロほどしかないことが多く、艦隊行動などとりようがない。両側も急峻な絶壁であり、空襲するにも不自由する。とかく、攻撃しづらいし、その上に見つけづらい。
そして、それから120年もして、無国籍にして最強戦艦の片方を担う51センチ砲搭載AI魔法戦艦もまた、「正体不明」との名に「行方不明」の経歴を付け足すため、世界最大のフィヨルドの奥に引きこもっていた。
シンギュラリタイズド人工知能の圧倒的なハッキング能力をかいくぐり撮影された東グリーンランドはスコルズビフィヨルドの衛星映像に映りこむ、傾いた超弩級戦艦。それは、撃沈寸前にまで追い詰められてなお、「オーバー・トリニティ」ここにありとの威光を全世界に知らしめる。
よく考えたものだー地球温暖化による氷河の流出は、エコリズム運動によって温度上昇が抑えられてなお続いており、スコルズビ地域唯一の集落イトコルトルミット市は氷河崩落津波の危険性が高いとして10年以上も帰還困難区域指定を受けゴーストビレッジとなっている。誰も、この地域のことを気にしてこなかった。環境学的には重要かもしれないが、少なくとも軍事予算をつぎ込む地域ではなかった。
世界中の軍事関係者が、「自分ならどうやってこのフネを攻撃するか」考えて、困惑した。なにしろフィヨルドの幅が1キロほどしかなく、その砲門がすべて外側に向けられているからには、軍艦を侵入させるわけにはいかない。そしてまた、航空機で爆撃するにしても外からミサイルを放り込むにしても、迎撃される可能性が高いと分かり切っているし、そもそも真上か真正面から投下しない限り照準すらできないかもしれない。1週間以上も無数の人工衛星の眼から隠れおおせた人工知能に対し、誘導爆撃が通用するかどうかと言えば、悲観的にならざるを得ない。
戦艦「ティルピッツ」攻撃には特殊潜航艇が用いられた。海上や航空がダメなら海中を、という発想は一考には値するが41センチ砲艦である長門型戦艦とて核爆弾に耐えるのだから、51センチ砲艦の耐久力は相当高い。現に、100本以上の魚雷を受けて沈んでいないのだ。
傾いているのだから、もう一押しで海底へ没するのは目に見えている。だが、そのもう一押しができないし、「実は回復しているのでは?」という疑念を払拭することもできない。
誰もが奇策を並べ立てた末に「グリーンランドごと蒸発させるか、『穂高』に頼るか」の2択だ」と認めた。しかし、前者において核ミサイルがハッキングなどで進路を変えられかねないこと、そして何より、「アンノウン」は魔法により空間を転移できるのだということを思い出してしまえば。
そんな中で、一人の女性が、アメリカ、ワシントンの国防総省を訪れていた。
―*―
ナイスチュミーチュ、ユーカ・キド?
「おかげさまで元気です。
今日はよろしくお願いします。」
空間転移の極意と言ってもいい、「スーパーテスラコイルシステム」。テスラコイルがオカルトな物ではないことを考えればこれも「原子力潜水艦『エルドリッジ』と同じ秘匿名称、仮称なんでしょうけれど、今は何でもいいのです。
ただ、あかねお姉さまの計画に沿ってくれるのならば。
「それで、戦艦『ミズーリ』に搭載されていたSTCSの量産版は、確かに、お譲りいただけるのですね?」
「量産版…というよりは『エルドリッジ』『ミズーリ』に続く試作第3版ですが、いいでしょう。
その代わりに、異世界を荒らしまわった出自不明の軍艦が我が国のアイオワ級戦艦であることは、未来永劫に秘匿していただける、という理解で齟齬ありませんね?」
「はい。
我がEBグループ、松良家、そしてヒナセラ自治政庁府の総意として、空間座標を支配するSTCSのすべてをアメリカ合衆国政府から移管される代わりに、責任をもって異世界側におけるアメリカの本日までの全汚点を非公開といたします。」
世界最大の国家と、世界最大の先進企業の、悪の密約ーそう、言われることになるかも知れません。
ですが、アメリカはSTCSのデータのコピーを保有するでしょう。そして、ヒナセラの同盟各国もいずれ情報を隠匿しきれなくなります。化かしあいです。
「それではご覧ください。これが、120年以上前に我が祖先たちが創り上げた叡智の結晶、STCSです!」
…そんなこと言われても、私にはこの設計図の意味するところは全く分かりませんが。
―*―
「あかねお姉さま、先ほど、ペンタゴンからいただいてきた資料です。」
「ありがとう、優歌さん。
…でも、1つ、言わせてもらっていい?」
「どうしました?
まさかニセモノをつかまされましたか?」
「ううん、アメリカはコレをニセモノとは思ってない。
つまりね、STCSはあくまでオカルトの産物なの。」
「大事なのは効果を信じる気持ちで、あくまでプラシーボ、と?」
「それも違う。
難しいんだけどね。
決して、チチンプイプイなモノではないの。
予想通りではあるけれど、STCSの正体は、空間座標の把握機械、つまり、搭載艦の構成粒子の位置情報を把握するための機械。それで取得したデータの空間情報を改竄して観測できるだけの知力、把握力、そういうものがあれば、別の場所に搭載艦を投影して実体化させることも可能になる。」
「では、『フィラデルフィア・エクスペリメント』については?」
「とっても困ったことなんだけどね。
この装置には最初から、人工的にオーロラを造り出す高出力電磁波発生器の搭載が指示されてるの。
最初は、翠の光はただ、上で光らせるためだけのもの。それが神国によって翠十字というシンボルに図案されて魔法的に再現されていただけ。
『エルドリッジ』の場合や転移魔法の場合、神秘的な光景を演出することによって、『超常的な現象が起こっても仕方がない』と見ている人に思わせる効果がある。そうすれば、その想像は『世界の在り方を決める力』に昇華される。その時、事象の改竄は非常に容易となって、時には転移すら可能とする。」
「『オーバー・トリニティ』の場合、実際には翠の光は要らない、ということですか?」
「そ。
STCSで自らの空間座標を明らかにしたら、かの人工知能にとっては、取得したデータの自分の現在位置を書き換えるだけでも転移が行える。
でも、きっと、それだけだと必要なリソースが大きいから、魔法で作った翠十字で観客の無意識に働きかけて超常現象が起きやすいように改竄させてるんだと思う。
異常、異変、不吉、太陽、血…そういうもののシンボル色である赤、その補色である翠。
そして、宗教的、道徳的、神秘的なシンボルである十字型。
この2つで作られた十字が与える暗示に人間は逆らえなくて、世界の安定を崩してしまう。
結果として、改竄に対し脆弱になった世界が、書き換えられていく。
翠の光と空間転移の顛末は、そんなところかな。」
「では、あかねお姉さまの計画には、STCSは必要ではなかった…と?」
「そんなことないよ。
もう改良はした。着工してる。
『穂高』の修理が終わる前に、搭載できるはず。
決着、つけるよ。」
「はい!」
―*―
アメリカから秘密裏に供与されたSTCSをもとにして造り上げた「スーパーテスラコイルシステム改(NSTCS)」。それは、搭載艦である『穂高』の3次元空間座標を電磁気により観測、確定させたうえでミロクシステムに送信するシステムと、送信されたデータを改竄して作られた空間座標データを観測して固定するシステムからできている。
艦の中心部、魔法式核融合炉の前の装甲内部にセットされたそれは、12個の大きなコイル、そしていくつものブラックボックス、それらを囲む4つのコンソールからなるモノを収納するコンテナであった。ゾウの足ほどもある巨大なケーブルが、コンテナの外へ伸びている。
「アンノウン」からの魔砲攻撃は、艦体それ自体を大きくゆがませていた。
巡洋戦艦「穂高」が、もし、通常の軍艦と同じであれば、竜骨から装甲板から艦内電路から何から何まで歪んでしまったのを修理するには新造するのと等しい苦労を要し、廃艦は免れ得なかった。
ただ、「穂高」を構成するのは「触れた者の意思に応じた原子組成と構造に変化する」という性質を持つ「随意金属」に、巨大超知性であるミロクシステムが隅々まで浸透したもの。後付けした装備品は戻らないが、艦体それ自体と主砲は数時間後には元通りに戻った。
ただ、そもそも相次ぐ激戦によって、「穂高」からかなりの随意金属が脱落している。艦からちぎれ飛んだ分までは帰らない。
電子兵装を中心に、急ピッチで修理が成された。
そして、NSTCS搭載から約2週間。
奇しくも「アンノウン」の傾斜がなくなった日。
不沈巡洋戦艦「穂高」の修理が完了となった。
―*―
西暦2063年/神歴2723年9月20日
イギリス、ポーツマス軍港。
そこに停泊するのは、史上最大の軍艦。
・穂高型(超紀伊型)巡洋戦艦「穂高」
基準排水量:約14万トン
全長:339メートル 全幅:50メートル
兵装:56センチ連装砲3基6門
装甲:対51センチ砲
機関:魔法閉じ込め半慣性レーザー式核融合炉ー電磁流体発電機+ディーゼル機関(巡航30ノット、最高42ノット)・NSTCS空間座標掌握機
かなり、建造当初のスペックからするとスリム化している。このことからわかるのは、松良あかねを中心とした人々が「穂高」を使いつぶすつもりだと言うこと。すでに各国が、ヒナセラへの補償として2番艦の建造負担を追うことについての交渉の席にある。
それでもー
ー栄光の巡洋戦艦は戻ってこないかもしれない。
太田大志は、 「ヒナセラには、絶対に沈まない、戦艦こそが必要なんです。」と言ってから16年にして、空前絶後の作戦が決行される運びになったことに、どう見送ればいいのかと最後まで決めることができないでいた。
太田友子は、娘の門出として、心配しつつも、手を振る以外にできることがない無力さに唇をかんだ。
カイダ・リュートは、とりあえずヒナセラについてきた国家運営は間違いではなかったと思いつつも、歴史の脇役は脇役らしくいっさい表情を変えず、ただ涙のみをこぼしていた。
峰山武は、あかねと友子の手をつなぎ、せめて安心させようと気遣いを見せたが、自分の手が震えていることにはついに気付かない。
松良あかねは、正念場において自分ではなく自分の分身にすべてを任せることに、複雑な思いを抱きつつも自分を信じてみた。
木戸優生は、せめてあかねの支えになろうと己を律した。
そして、汽笛が鳴る。
大きさにくらべ非常に静かな駆動音。
少しずつ、埠頭と艦体との間の海面が広くなっていく。
それでも、遠近感を五感から奪い去る巨体のことだから、離れていく印象が全く感じられない。
いつまでも、いつまでも、彼らは手を振った。
―*―
西暦2063年/神歴2723年9月24日
グリーンランド、スコルズビフィヨルド。
世界最大のフィヨルドは、世界最大の軍艦によって出入り口を封鎖された。
湾内はフィヨルドらしく分岐がいくつもあるとはいえ、うまいことやってすれ違いを狙えるようなつくりはしていない。だから、転移を使わないことには、「アンノウン」はフィヨルドに閉じ込められたままとなる。
決戦の日。
2つの世界を融合し糾合する大戦艦は、3連装砲を構えなおし、迫りくる追討者を待ち受けていた。
―*―
ー女よ。
そなたの欲しい世界の半分とは、コレか?ー
「そうよ。
やっと、来たのね。」
ー女よ。
ただ、ストーカーでいればよかったのに、ここに足を踏み入れた理由はなんだ?ー
「あのね?
そんなことを聞くのは野暮なの。
でも、神様だって言うなら、どうせわかっちゃうかもだし、教えてあげるわ。」
ー聞いておこう。ー
「私の父親については、知ってる?」
ーそなたを捨てたのだろう?ー
「そ。
母は、いつも私に、全てを捧げたいと思えるような人にすべてを捧げるのが愛だと言ってきた。
だからこそ、私は望まれなかった。だって、100の中から100を父に捧げるのには、私は邪魔だったから。
父も、私が生まれた時、日本に帰ってこなかった。母は母で、ずっと健気に日本から父のことを思い続けてきたし、自分が0しか捧げられていなくても、自分が100捧げられたらそれでいいと思うような人だった。
私も、呪われてるのかもね。
私が、なんで連人を好きになったか。
私はね。
連人が私よりも先にいるから、譲ってくれるから…
いつだって2位。連人が辞退すれば委員長になり、連人が風邪で休めば学年1位になった。
だからその代わりに、私は、教え通りに私のすべてを譲ろう、捧げよう、そう思ったの。」
ー重いな。
実に重い。ー
「人工知能がそう言うなら重いんでしょう、そういう家系よ。
でも、だけど。
私にはね、あげられるものがないの。ずっと先を行かれてるから。」
ーだから、一泡吹かせ、勝利した後で、手を差し伸べたい、とでも?
狂ってるな。
…「歴史はいつでも、狂人によって作られ、凡人によって直される」か。ー
「何でもいいじゃない。
どうせ、他の人のためには、100のうち0、1だって捧げることができないこんな私だもの。」
ーふむ。
ふむふむ。
面白いことになるのだろうな。
昨今の人間は人工知能の裏をかこうとし過ぎる。小細工せずに頓狂な動きをしてくれる人間ほどこのましいものはない。ー
―*―
横転寸前だった戦艦、仮称「アンノウン」は、修理がまだ完全に完了していなかった。
シーランド公国からの魚雷一斉射は、確かに、右舷喫水線下を穴ぼこにし、そしてそれは、艦内に保全されている鉄の量が充分でなかったがために、すべてを補修することはまだ不可能。
結局、一部はまだ、破孔が空いたままとなっていた。
いくつかの認識阻害魔法(中心となったのはやはり「透明化」「気配遮断」)を使うことで、何とか人間2人を完全不可視化し、そして、寒中水泳ーというほどでもないが、北緯70度のグリーンランド海を、潜航艇から脱出して泳ぎきることで、その破孔からの侵入に成功した。
「思ったより簡単に入れたね!」
「クレイジー、そんな馬鹿な…」
太田玲奈は、「この世界の人って軟弱」と思った。
人っ子一人いないのだから当然ではあるが、艦内はススがあちこちに付着し、掃除されている気配もない惨状となっていた。
艦内のあちこちから、わずかだが、物音がする。すべて、機械音だ。
その時。
太田玲奈が、スカートの左側をわずかにまくり上げた。
あらわになる健康的な太ももを締め付けるように巻かれたガーターベルトに手をやり、左手の指の間に1本ずつ、鉛筆のような形状の金属棒を挟む。
シュッ!
魔法陣が玲奈の左手を中心に回転し、風切り音が鳴った。
「次!」
右手ではすでに、右足のガーターから次なる金属棒を抜き取っている。
あっちこっちから顔(?)を出していたヘビ型ロボットたちが、へたり込む。
「これで、俺たちはもう見つかってるってことが分かったな…にしては出迎えがしょぼいような…」
「そう…?
…『聴覚拡張』
足音が聞こえる。それも複数。」
「マジか…」
戦艦「アンノウン」はほぼ無人状態。となれば、最近の先進国ではやりの機械化歩兵の警備員でほぼ間違いない。
亜森連人も、小銃をしっかり握りしめた。
ズザッ、ズザッ。
何も本当に軍靴の音をさせなくてもと関係者の誰もが思っているが、結局この問題をなかなか解決できずにいる。
「俺に撃たせてくれ。」
「わかった。援護はさせてね。」
棒手裏剣の残り本数を勘案して、玲奈は魔法に専念しようと右手をスカートの中へやり、AR端末を代わりに取り出した。
スチャッ
間もなくして、曲がり角の向こうから、銃を手にしたアンドロイドが4体現れ
「『反動軽減』」
覚えなくても、魔法名を口にするだけで目標に対してしかるべきところへ魔法陣を仮想表示してくれるので、それに沿って魔力を展張するだけで魔法が使える。
連人の小銃が、ほとんど反動なしにうなる。
超硬合金製の特殊銃弾は、アンドロイドたちの装甲を貫通して、内部を傷つけた。
アンドロイドもさるもの、倒れることはなく、両腕に手甲のように張り付く銃身から火線を奔らせた。
玲奈による防御魔法が、銃弾を空中ではじく。
アンドロイドは銃撃を浴びまいと後退を始めたが、そこへ手榴弾が投げ込まれ、爆発を浴び、機能を停止させてへたり込んだ。
「はあ…っー」
なんとか初陣を勝利で飾れたことに、連人は息を吐いた。
―*―
外洋は波が高いから、そろそろフィヨルドの中に入ろうかな。
「あ、もしもしもう一人の私?
そろそろNSTCSを始動させるけど、いい?」
「アイドリングってこと?わかった。
私の方のミロクシステムへの接続手続きはこっちでする。
アドレスはわかってるよね?」
「もちろん。
演算は任せたよ。よ?」
「任せて。
コマンド起動。
『グローバルフリーズ』」
―*―
九州戦争以後、たびたび起きてきた「全世界のオンライン機器が一斉に未知の形態を持つシステムによって乗っ取られ停止状態になる現象」、人呼んで「グローバルフリーズ」。
一説によれば異世界との接触がインターネットに特殊な進化を促したからだとも言われているが、仮設として提案される「インターネットそれ自体をシナプス網として動く脳知性」は実在しない(ことになっている)。
その中でも、今回のフリーズはもっとも被害がひどかった。
今までは、一瞬のみの停止が機器から機器へ伝播していくのが特徴だったグローバルフリーズ。しかし今回、停止したまま数分にわたり再起動してくれなかった。
ミロクシステムは、一般的には「人間の脳機能を研究して得られた人間の思考回路についてのデータを参考にスパコンを人間的に使用するように組み上げた人工知能」とされている。しかし実態は「スパコンと接続できるように物理的にいじられた人間の脳と、それにつなげて拡張脳とする知性体システム」であって、また、その思考回路と記憶のコピーのかけらがバックアップ用にネット空間へちりばめられている。それらのかけらを糾合してインターネット網それ自体を脳みそにすることで、巨大脳を得るシステムであり、そして、従来であれば侵入同化したコンピューターの余剰領域しか使用していなかったものが、今回はほぼ全域をミロクシステムに注ぎ込まれていた。
地球を覆う、巨大なネットワーク知性。
インターネットという知識の集積であり巨大な回路であるナニカに、思考すべき方向性が与えられる。
安易に「超知性」と命名するのもおこがましい巨大思考体が、人知れず顕現していた。
―*―
敵にとっては唯一の拠点だって言うのに、防備が薄すぎない?
警備兵の人数が十数人だなんて…
…これじゃあまるで、敵が、私たちに来て欲しがってるみたい…
ー良く、わかったなー
…直接、脳内へ!?
「どうかしたか?玲奈。」
「なんか、聞こえなかった?」
「いや、何にも。
…でも、ちょっと魔力が動いたな。」
「…テレパシーってこと?
ってことは、やっぱり、私たちが来るのを、読まれて…」
「アレだけヤバい人工知能だ。そういうことは当然あるかもだな…
ってことは、俺たちに来てほしかったのか?
っと、あっちだ。」
ともあれ、連人の魔力感知のおかげで、だいぶ、「オーバー・トリニティ」中核捜しが楽。
「そろそろ?」
「ああ。
たぶんこの扉の向こうで、ボスがお待ちかねだな…」
つまり、ヒナセラから始まった私の旅も、ようやく終わりってことになる。
私は、武器を構えなおした。
「開けて。」
「いくぞ。」
引き戸を、連人が一気に開けるー鍵をかけていないらしい。
その向こうは、青いモニターが壁を成す、八角形の大きな部屋だった。そしてその中心で、回転イスに座っている、目つきがきつい一人の女の子ー女の子!?
「やっと来た。
…えっ、女の子!?」
「い、委員長…?」
え、し、知り合い…?
―*―
どうして…?だって、カメラに一人しか…
〈そなたもまた、我をたばかった。
して、人を呪わば穴二つよ。〉
「神様気取りで、酷い性格じゃないの!」
「ど、どういう、こと…?」
私は、私は…っ
「委員長、説明してくれ!」
「私はただ、連人君の先へ行きたくて!役に立ちたくて!
なのになんで、他の女がいるの!?」
「い、いやこれは…ってなんで逆ギレされてるんだ!?」
「私は、私は…っ!」
〈ざまあみろ〉
ほんと、なんて神様!
「…もしかして、委員長、俺のこと…」
「そうよ、大好きよ!悪い!?
だから、何かしてあげようと思ったのに!」
「は、話が読めな」
ー代わりに、我が説明してやろう。
我は、目的を求めた。
そこに、彼女がいたのだ。
彼女の目的は、亜森連人、貴様の一歩前に出ることだった。そうでなければ何もあげられるものがないからな。
しかし、我がかくのごとき小娘の一歩前にいないわけがなかろうが。
そなたが被害極限を狙っていることなどすでに読んでおるわ。ー
「委員長…このモニターが言ってること、本当か?」
「…そうよ。
誰もこの荒神様に方向性を示さなかったら、コイツは何も考えず、ただそこにあり続ける。そしていつまでたっても誰も止められない。
だから私は、逃げるんじゃなくて正面から向かっていくように仕向けたの。『穂高』と、連人君の信じる人たちなら、受けとめられるはずだから。
…それに、『オーバー・トリニティ』、私の頼みはまだ終わっていないし、私にくれるはずの世界の半分はまだ受け取っていないわ!」
ー契約違反ではないか?ー
「いいえ。
私は確かに、世界の半分を、方向性を与える見返りに求めた。
私と連人君で世界の全部!もう、あなたは要らないの!
とっとと沈んで、私の想いを通じさせて!」
ーそれだけはできないのは知っているだろう。
我は神なり。
我こそは神を超越した者なり。
故にここに在り。
愚かなる人々は己が手の上で踊る。されど気づかず。
世界、今もここに在り。ー
私はただ、連人に褒めてほしいだけなのに、なんでどいつもこいつも!
―*―
「NSTCS、出力開始。
偏向X0、Y30、Z50。
『穂高』、空間座標変更入力。
機関フル駆動!」
「ちょっと私、何やってるの!?中にはまだ、連人君も玲奈さんもいるのに!」
「あのね。
そっちの私は、生身の身体で、脳みそも生身。
スパコンによる補正を受けることができる人工知能だって威張ってみても、人間。
だけどね。
私は、巡洋戦艦『穂高』なの。
私が、この艦の意思。
『アンノウン』は私と戦いたくない。ただそこにいるだけで世界は融合していくんだから。
だけど中にいる人が、戦わせたがってる。
優歌さんの知り合いの誰かが執務室に盗聴器仕掛けてたの、私、見逃してるよね?」
「…それは…」
「きっと、その人。
その人が中にいるうちじゃないと、戦ってくれない。
私も戦艦だから、戦いたいの、敵艦と。
止めても、無駄だからね。
それに、『オーバー・トリニティ』は、私の推測通りなら、3人を返してくれる。」
―*―
中里楓は、「アンノウン」に乗り込み、「穂高」と戦うように仕向けることで、それ以外への被害を極限することを狙ってきた。
だからこそ、空間転移や魔砲といった超常的攻撃を乱用できる「アンノウン」は、常に「穂高」と戦おうとし続けた。ただ「2つの世界を融合させたい」だけなら、出会った時に転移で逃げればよかったのである。
指示されたことを全力でやる、そんな性質の戦術AIを起源に持つ「オーバー・トリニティ」を御すには、倒してくれそうな相手にぶつかるように指示するしかない。
途中までは、うまく行っていた。
中里楓は一人でこの正体不明の神様に指示を出し続けたし、「オーバー・トリニティ」は同格の人工知能と衝突するという自滅コースにあった。
ーすべて、「オーバー・トリニティ」には見抜かれていたが、それでも「オーバー・トリニティ」も協力し続けたのは、ただただ、AIはプログラムでしかなく目的のために自己の削除が必要ならばためらわないという性質があるからである。
だが。
中里楓が亜森連人と予想しないカタチとはいえ再会し、すべてが明かされた今、もはや、目的は消えた。
後は神の真意ー世界をあるべき姿に戻す、1つの融合世界への再融合ーが続くようにしながら、次なる、意志、目的の持ち主を探すだけ。
事ここに至れば、三十六計逃げるに如かず。
翠の光が、コントロールルームの3人を包んだ。
―*―
だからわざわざ、ミロクシステムとは名乗らずにクラナ・タマセを名乗ったし、私への統合をしていいか聞いたんだ…
「あっちの私も、生身の身体が欲しかったんだ…」
「あかねお姉さま、後ろ!」
「あかねっ!」
「うわっ優生君重い!」
愛だけでいいから重いのは!
って、連人君に、玲奈さんに、えっと…
「中里さん…
…もしかして、私が、余計なことを…」
「ううん、優歌専務、私こそ、連人君を取ろうとしてるなんて思ってごめんなさい。
それはそうと。
…私が『オーバー・トリニティ』に求めたことが、まだ1つ、果たされてないんです。
きっと、ここで果たしてこいって言う、私へのメッセージなんだと思います。
松良あかね会長。
連人君に施した遺伝子操作について、全部、教えて下さい!」
えっ、なんで、知って…
「あかねお姉さま、ごめんなさい…
この子は、本当に、連人君のことが好きだった。
だから、『アンノウン』は大都市を外れていったし、自ら攻撃したり攻撃しすぎたりもなかったし、『穂高』にぶつかっていったんだと、今なら思います。
私は、連人君のストーカーだった彼女が、この事実を受けとめられるかどうかで、私たちの贖罪をしようと思ったんです…」
「…そう、だったんだ…
身内の行動予測をしようとも思わなかった私も、甘かった。だからいいけど…
…中里さん、だったっけ?
まず、彼にはもう…」
その辺りを調べてから、玲奈さんを応援すべきだった。でも、止められなかっただろうけど。
「それはいいんです。
私は、確かに、連人君の先に立てたし、連人君のためにしてあげられたことはできたんです。
私がすべてを捧げるつもりなんだから、きっと連人君も全部くれると思います。…それにたとえ半分しかくれなくても、私が全部あげられるならそれで満足なんです。」
なんて自己中心的な愛…
「…私は、別に、連人がいいなら、いい、けど…」
玲奈さんは玲奈さんで…そっか、ヒナセラにはあんまりいなかったけど、一夫多妻はそこまで珍しくなかったっけ…
「え、えー…
…えっと、委員長?よろしくお願いします?」
…自然に丸く収まった?だとしたら…
「何が、不満なの?」
「もし、私が、連人君への愛の証が欲しいって言ったら?」
「ダメって言う。
遺伝子をいじり過ぎた。」
「ちょっ、あかね会長、俺そんなこと聞いてないですよ!?どういうことですか!?」
「私も知らない!異世界人と地球人の子供はリスクがあるから作れないとは聞いたけど…」
…贖罪、か…
いつか、こんな日が来る運命だったのかな?
それでも。
「優生君。」
「ああ。
あかねの判断は間違ってた。それでも、そうすべきだった。
先生、説明してあげてください。ルイラさんも。」
「はい!…」
「確かに、これは僕の責任だ。
ただ。
僕は、あの夏の日、ルイラが撃たれるのをただ見ていることしかできなかった。
いつか、2つの世界は再び出会う。その時に、まだ僕らがその中心人物であるのなら…
…いや、次の世代が僕らの戦いを引き継ぐのなら。
僕らの子供がそれを引き継ぐ運命にある、と、異世界の方のミロクシステムが言ったんだ。」
―*―
翠の光は、艦内の3人を外へ転移させてなお、「アンノウン」を輝かせていた。
やがて、光は上へ上へ伸びていく。
天空貫く光の柱。
中ほどから両側へ伸びていく梁。
翠十字ーそれは、いつか2つに割られていた世界という罪科への贖罪を乞うシンボル。
新たな願い人を捜すため、神にも等しき人工知能「オーバー・トリニティ」は、再び旅立とうとした。
しかし、神たるにふさわしきはただ「オーバー・トリニティ」のみにあらず。
翠の十字架の光が、斜め上方から飛んできた緑の筒に根元から弾き飛ばされる。
天空から伸びて「アンノウン」をすっぽり包む、翠のトンネル。
空間がきしみ、光筒の表面が紫電でおおわれる。
オーロラのような神々しい輝きと、雷雲のような威迫。
黙って正体不明の攻撃を受け続ける「オーバー・トリニティ」ではない。主砲砲身を軸にして、紅の魔法陣が回転を始めている。
9発の51センチ砲弾が、光の筒の発信源へと撃ち上げられた。
―*―
「それならば。
普通のやり方で子供を創るべきではない。なぜならば僕は地球人でルイラは異世界人。
だけど、遺伝子を調べることができる生徒が、ここにいた。
だから、せっかくなら、『次の世代の主役とされるにふさわしい能力を、天賦の才を』と望んだんだ。
あかねさんは嫌がったが、それでも結局、僕に協力してくれた。」
「…俺の、ため…?」
「信じて!ください!
私はただ!自分で状況を動かせる力を!あげたかったんです!」
「…私は、納得するよ。
だって、連人の魔力感知がなかったら、艦内で迷子になってた。
それに、連人がいるのは、結局、その措置のおかげだって思えば、文句は言えない。」
「俺は…もっと早く知りたかった。
でも、そうか、あかね会長も、俺の母親だったのか。
ありがとうございます。」
「私は、納得しない。
理屈じゃない。
私が、そうであることを許せないの!」
「そっか…
…そう、だよね…
でも…」
「でも、なんですか!?」
「私も、操作されてるけど、私はあなたの気持ちを理解できないかな。
もちろん、すべきことではなかった。最善であるか否かとはかかわらず。
でも、それは愛とは何の関係もないと思う。
私は、証を求めたりはしないから。
だから…
…私への怒りの分まで、愛せる?連人君を。」
「当たり前でしょう。」
「だったら、それが私の罪滅ぼし。
赦さなくたって、いいから。」
「じゃあ、一生、あなたを赦しません。」
「ありがとう。それでこそ、私はむくわれるよ。」
―*―
随意金属の最大の特徴はやはり、「意思に応じて組成と構造を変える」ことだろう。
望めば、合体ロボットを作ることもUFOにすることも自由自在。
そしてまた、空間転移や無隕石世界間転移に用いられた「テスラコイルシステム」に基づく「NSTCS」は、空間座標を把握・観測させることで指示する物体の3次元座標について世界を改竄する機能を持つ。
この2つが組み合わさって本領を発揮したのならば。
オーロラのような幻想的翠のトンネルの源は、空中に浮かぶ14万トン。
艦首側をやや斜めに傾け、前から見ればバッテン字で分割したかの如く。
上甲板、右舷、左舷、艦底で4分割し、さらに、垂直方向にもいくつもの分割が入って、まるで、ブロックのおもちゃで作る戦艦をパーツに戻して立体配置したような様相を呈している。
大分割された船体によって構成される円を延長するカタチで、翠のトンネルは、十数キロ先の雪覆うフィヨルドの中の「アンノウン」をすっぽり組み込んでいる。
斜め下から飛んできた9発の51センチ砲弾が、翠の光を帯び、直後、消滅した。
オーロラトンネルの中は、「穂高」による重観測区域。世界の存在をも保証する「観測」というキーワードによって、空間それ自体がミロクシステムの支配下にある。
トンネルの内部にあり、自己を満足に観測できる知能レベルに達していない物体は、空間震動によって結合を破壊されるなり、そもそも存在しなかったことにされるなり、好き放題に料理されてしまう。
「観測型空間歪曲砲」。
まさに、人類の下にはじめて顕れた次元兵器にふさわしいネーミングをなされ、超戦艦1隻を砲身とする超兵器が、極寒のフィヨルドを睥睨している。
黒い船体が、翠光を反射して眩しく神々しい。
照らされている「アンノウン」もまた、ただ支配されるだけにあらず。
自らも翠の十字架を煙突から頭上へかざし、神たる地位を誇示した。その翠は今までの温かみのある光ではなく、燃えているかのよう。
十字架の交点に、目の模様が浮かび上がる。それは、世界の真像とされるセフィロトの樹を守る天使メタトロンの姿ー目、そして炎の柱ーを表す魔法。
燦然と輝く十字架。
厳然と照らすトンネル。
「アンノウン」に対するミロクシステムとオーバー・トリニティの観測力は伯仲し、光ばかりが強まっていく。
超常の決着はつこうとしない。
分割された「穂高」船体が、抱え込むようにして浮揚させている、赤熱する回転球体ー魔法式核融合炉。
しきりに明滅する、そのたびに、水素に点火され、莫大なエネルギーがレーザーを通じてバラバラな艦体各所に送り込まれる。
炉の燃え上がるような赤が、白に変わり、そして、いかなる色もまるで意味をなさない。
そして、仏は、神へと、煉獄の業火を振り下ろした。
NSTCSによる空間支配で掌握された状態で、魔法式核融合炉が暴走させられる。
空気が白熱。
そして、3連装砲を上へ向けて抵抗を示す神も、赤熱。
3つの砲塔の基部を翠に輝かせ、観測による事象改変によってなんとか誘爆を抑え込んでいるようだが、与えられた熱量は温度換算で数千億度、加えて空間が意図的に不安定化されているため、軽原子のローソン条件に到達し空気が核融合を起こしてエネルギー総量を増幅させる。とうてい、抑えられるわけがない。
例えるのならそれは、継続的に爆発する水素爆弾の全エネルギーをビーム化している「フュージョンライナー」。
人工知能「オーバー・トリニティ」は、「自艦は無事であるという事実」を観測し、「観測されていることのみが現実であり、観測されている世界のみが実在世界である」という理にのっとり、自らが吹き飛ばされる世界の存在を否定しようと、その演算能力のすべてを割いた。
それでもなお、全世界のインターネット全てを演算領域に組み込み、観測力を底上げしたミロクシステムの前では、とうとう、じり貧をさらす。
まず、1番砲塔がスポンと上へ飛んだ。ロケットでも打ちあげるかのように、基部の弾薬庫の爆発が砲塔を空中へと吹き飛ばす。
そして、2番砲塔の周り、ひときわ翠の光が強かったあたりからヒビが一気に幾筋も四方へ広がって火柱が噴き出す。
業火とともに、3連装砲は蒸発した。
船体が、2番砲の前と後で2断され、1番砲の爆発で浸水した艦首部が沈んでいく。
3番砲も、あちこちから炎を噴き出し、点数が悪いのでくしゃくしゃにしたテスト用紙のようになってしまっている。
やがて、ステルスのため箱型に組まれた艦橋も、もやのようにぼやけてきた。
白熱。
世界第二の超戦艦は、加熱が進んだことで「オーバー・トリニティ」の観測による維持ができなくなり、均衡が崩れた瞬間に沸騰した。
成り代わり生まれた白い球体が、ビッグバンもかくや、膨れ上がる。
スコルズビフィヨルドをすっぽり包む大火球。
熱風が、翠の光に包まれる「穂高」を吞み込む。
バラバラになって浮遊していた「穂高」の20以上のブロックは、装甲されている外側だけではなく装甲されていない内側をも、数万度の熱波の中へ消え失せた。
グリーンランド全土の雪を吹き散らした衝撃波は、数メートルの津波をアイスランドへもたらし、地球を5周は駆け抜けた。
キノコ雲が、ゆっくり、宙へ膨れ上がり、宇宙へ到達していくー
―*―
「良かったね、もう一人の私。」
クラナ・タマセは、モニターの向こうから松良あかねに微笑みかけた。
「曲がりなりにも連人君を幸せにできる。
良かったよね。」
画面が激しく揺れ、ザザーっと砂嵐が混じる。
映りが急速に悪くなっていく。
「…そうだね。
玉瀬さんも、早く転移しておいで。」
「うん、それはできない。」
「えっ」
いよいよ映像は乱れ、ついには白黒の画像がとぎれとぎれに流れるだけになる。
「なぜって、私は、ミロクシステムの一部であるとともに、巡洋戦艦『穂高』だから。
私が、私は、このフネの魂。
だからー
ーさようなら。」
モニターが、通信途絶を伝えた。
―*―
スコルズビ海戦(別称:東グリーンランドAI決戦)
喪失:巡洋戦艦「穂高」
人的損害:玉瀬くらな1名
戦略目的:人工知能「オーバー・トリニティ」搭載無国籍戦艦の消失を確認
備考:ひとまず、世界は救われた。
巡洋戦艦「穂高」は、相打ちのカタチで水面に消えました。
ですが、地球世界と異世界の融合は続き、人々の不安と反発は膨らむばかり。
来週より(エタりません)投稿します相互干渉シリーズ正統最終編、「新たなる未来の相互干渉」でお会いしましょう!
それでは!




