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9 「巡洋戦艦『穂高』 デウス・ウルトー人民はそれを望まれる/記別されし時ー天才は意図せずして万事を予見した」

 戦艦「アンノウン」の進撃と、人工知能「オーバー・トリニティ」の生存は、2つの世界を揺るがし続けている。

 松良あかねたちは、いよいよ「アンノウン」へ立ち向かい、そして、神と弥勒の衝突が…

                    ―*―

西暦2063年/神歴2723年6月23日

 ある意味、革新的な試みでもあった。

 「観測によって、世界の在り方を決める力」は、「オーバー・トリニティ」とは別路線での強力さを持つミロクシステムにも強力に備わっている。

 あまり、松良あかねはそのやり方を好まなかったが、しかし、2つの世界の融合を再び引きはがす手段など想像もつかない今、2つの世界の連絡手段を恒常的に確保しておく必要性は無限大に高い。

 かくて、うのめシリーズ衛星系とマンダラシリーズ衛星コンステレーションを、ミロクシステムの「世界の在り方を決める力」で2つの世界の接合点と認識させることにより、世界間通信が確立された(なお、物質的交流に関しては、融合世界から分離中世界へ出る時に、行きたい世界を意識することで、地球世界か異世界か選べることがわかっていた)。

 「新明和・ベリエフ US-500」6発飛行艇が、次から次へと旧イスラエルの融合域を通り抜け、ハイテク機材を運び込んでいく。15年前には数々のしがらみがあったことを考えれば、まったく時代も変わったモノだった。

 そして、異世界へと運び込まれたモニターやらカメラやらマイクやらを使い、2つの世界にまたがるビデオ会議が開催される運びとなった。


                    ―*―

 国際連合の2世界合同/連携に関して紛糾している中で、世界の最高意思決定機関と言っても過言ではないビデオ会議への参加者は、主には以下のメンバー。

 地球側:

 アメリカ合衆国第51代大統領、ジェームズ・S・ハインライン。

 ロシア連邦第11代大統領、セルゲイ・コジンスキー。

 中華人民共和国第10代最高指導者、李高鋒。

 インド共和国第29代首相、ラージプ・シング。

 日本国第121代総理大臣、藤間和志。

 Electric・Bioグループ会長、松良あかね。

 異世界側:

 ディペリウス神国393代神帝、フラテㇽゥスィクⅢ世。

 アディル帝国筆頭皇女、インテルヴィー・アディリス。

 リュート辺境伯領116代、カイダ・リュート伯。

 大陸東方連邦王国2代国王、ルークス・エンテ。

 ヒナセラ自治政庁8代首相、コンクル・ネー。

 ヒナセラ自治政府顧問、峰山武。

 列国のトップが、一堂に会した。

 最初に行われたのは、複雑化著しい情勢についての再確認である。

 ・「アンノウン」「オーバー・トリニティ」を野放しにすればするほど世界の融合が進み混乱が加速すること。

 ・「穂高」の強化やイリノイ級系列戦艦の新造、さらに両世界の共闘態勢を整え、「アンノウン」に万全の状態で挑むべし。

 ・現時点発生し、さらに拡大するだろう、2世界融合に伴う混乱を、国際協調でなんとか抑えていかなければならない。

 否やもない。いくら超大国と言えど、別世界との融合、自国領土が残存するか選別されるといった事態に対しては、グレートゲームプレイヤーの貫禄が通用しないのだから。

 地球のどの国よりも「議会」という言葉を持ち出したヒナセラにハインラインなどは民主主義国の矜持を汚された気がしたが、そもそも都市国家であるヒナセラの意思決定は速いのだから議会に諮る余裕が大きかった。

 とかく、彼らは、まずは国連の件をさておき、合同軍を組織して「アンノウン」を大西洋上で迎え撃つことに決定した。


                    ―*―

西暦2063年6月25日

 世界を超えるなんてことまでして、私はここまで来れた。

 だから、この出会いを運命だと思っても、きっと、赦される。

 「亜森連人君」

 「俺に、なにか…?」

 「初めまして。」

 「玲奈さん、どうかした?」

 「…きっと、世界を超えて一番遠いところから出会ったんだから運命だ、なんて言ったら、笑う?」

 それはただの感慨。

 それはただの吊り橋効果。

 「バカバカしいのは知ってる。だけど、ずっと、パパやママみたいに、信じられないような劇的な出会いと日々の末に結ばれるのを夢見てた。

 …誰も、王子様ですら、私には色あせて見えたから。

 私と、付き合って。」

 「…ここで俺が『いいよ』なんて言ったら、俺、軽くないか?」

 まあそうかも。

 「ここまで充分に重すぎたんだから。」

 それに、ここまでして手に入れた出会いを簡単にものにできなかったら、なんのために戦場に来たのかわからない。

 「じゃあ…

 …これからどう想いが変化するかわからないけど、お試し…って言うのもなんか失礼だけど、それで、いいか…?」

 「うん、絶対に、私しか見れないようにして、あげるから。」


                    ―*―

西暦2063年6月29日

 イギリス、スカパ・フロー環礁。

 第2次世界大戦後しばらくして放置された艦隊泊地に、工作艦やメガフロートが集まって巨大な浮きドック、否、浮き工廠を形成し。

 その中央にデカデカと、ビル群のごとき威容で、不沈巡洋戦艦「穂高」が横たわり、その両側ではいくつものクレーンが所狭しと動き回る。

 そこへ、USー500(会長専用機)が飛来してきた。ミロクシステムに接続する用の特注機である。

 「『穂高』の現有装備について実情見聞に来たの。教えてくれる?」

 「くれる?」

 「はっ、会長…って、そちらの方は?」

 担当者は、松良あかねの隣に立つ、あかねの中高生のころのような誰もが振り向く美少女を見て、あやうく惚れそうになった。

 「親戚?」

 「玉瀬くらな。よろしく!」

 「よ、宜しくお願い致します。

 それではご案内いたします。」

 巨大な浮き工廠を行き来するには、自動運転トラックや三輪車が用いられる。担当者がオート三輪の操縦席に座ろうとしたが、あかねが「運転システムの開発者としていろいろ知りたいから」と先に座ってしまった。

 そのまま、オート三輪は、事前に選ばれたコースをたどり、「穂高」の回りを、無数の作業場を縫いながら走行していく。

 「主な兵装は、ヒナセラ側からの要請もあり残しています。」

 「良かった、主砲はそのままなんだね。」

 「はい。

 ですが対空兵装は1世紀遅れです。ですので、対空・電子系を中心に、『穂高』のAIとも相談の上で、特殊金属が足りないところを外産兵装で補う形で改装することとなりました。

 まず、12センチ高角砲は一つも生き残っておりませんでしたので、これを4,7インチ速射砲に換装する手はずを整えました。ただし、『アンノウン』との再戦においては全損する可能性も高いため、実際の設置は延期しております。

 また艦橋前12センチレールガンについては、魔法給電だけではなく機関電力でも駆動できるように、再設計したものを設置し、高角砲38基のうち6基も同様のものに換装工事中です。

 ロケット砲に関しましては、爆風への耐久度が高いVLSとし、30連装12基を60連装6基に再構成いたしました。またデッドスペース化していた煙突も、内部の空洞を整備することにより、大型ローンチ・ヴィークルの発射機などとして使用可能なように作り替えました。

 マストの機能は後部クレーンマストにより果たされるため、前部マストは全廃しております。さらに搭載ドローンは一新し、カタパルトは不要となりました。」

 「全体的にすっきりしたってことか…艦体形状は?」

 「そちらはほとんど手を加えておりません。ただし全体的に装甲を対51センチから対レールガン5インチに増強した分のバランス調整を行い、また、バルバスバウの内部に最新式のソナーを格納しました。

 機関部についても、海水から水素を取り出す過程、取り出した水素を爆縮し点火する過程、エネルギーを取り出す過程において、なるべく魔法を使わないサブシステムを追加し、その推進力を艦尾のスクリューだけではなく両舷艦首および艦尾に新設するサイドスラスターにも導き、機動力を失うことがないようにいたしました。」

 「これで、ヒナセラ側も満足かな。」

 「あかねさん、私はまだ満足しないよ?よ。

 どう?」

 クラナ・タマセは、そう言いながら、あかねのタブレットを叩いた。

 担当者は、まさか技術関連であかねに不平を示せる者がいようとは…とびっくりする。

 「コレは…えっ、くらなちゃん、本気?」

 「あかねさん、わかるよね?ね。」

 「うーん、でも、えー…

 …ごめん、今、そっちにデータ送ったんだけど…」

 「会長、データですか?今確認を…

 …!?正気ですか?」

 担当者氏は、愕然、開けた口がふさがらないという表情で、手元の端末とあかねの顔を見比べた。

 「もちろん、持ち帰って相談の上、検討でもいいし、こっちのAIはともかく私には魔法に関する知識は少ないんだけど…」

 「よく検討させていただきますが、しかし…

 …会長、特撮ではないんですよ…?」

 「もちろん、随意金属オリハルコンのこともあるから、実際にその機構を設置してほしいわけじゃないの。ただ、どういう設計が一番よくて、その場合どうすべきか、考えておいてほしいなーってこと。」

 「はっ、設計部門と研究部門に持ち帰らせていただきます。」

 

                    ―*―

 当初、「アンノウン」の脅威である「2つの世界を融合させる」について、かなりの人数がピンと来ないでいた。

 しかし、7月に入り、地球側諸国はその意味を、異世界側諸国に遅ればせながらも理解することになった。

 地中海を抜けてからしばらく大西洋を北上していた「アンノウン」は、東に針路を変え、ベルギー海岸に突っ込んだのである。

 異世界においては、北緯53度線(ドイツを南北に分けるくらいのライン)より北は、海である。従って、「アンノウン」は、自分がいる場所を異世界と定めることで、海を創出して、ヨーロッパ大陸を切断しながらドイツ、ポーランドを横断していった。

 「世界の融合」とは、「『アンノウン』の通過地点が異世界か地球かどちらかになってしまうこと、そして場合によっては地球側のモノが消え失せてしまうことだと、人々は実感させられたのだった。

 どこへ向かっているのかは、やっとのことで機能を完全回復し、遅ればせながらも国際政治に存在感を出してきたアディル帝国からヒントがもたらされたー「アンノウン」針路上には、アディル帝国の旧都レイ=シラッド市が、ちょうどモスクワ市に重なるように存在する。そして、「アンノウン」の前身となった戦艦のうち片方ミズーリは、レイ=シラッド沖に長い間停泊して、海戦すら繰り広げたこと。ここから明確に推測することは出来なくでも、どう考えてもロクでもない。

 ロシア陸軍、ウクライナ陸軍、ベラルーシ陸軍は、国土にみぞを掘られる前にと、戦車や自走砲をかき集めた。しかし案の定と言うべきか、砲撃は一切通用しないだろうという予測の正しさを証明するにとどまったー対戦車砲兵器ごときで戦艦の装甲をぶち抜けるわけがない。

 悠々と道なき道を航行し、一切の攻撃に痛痒を感じていなさそうな「アンノウン」に歯噛みしている間にも、巨艦は東進を続け、ロシア連邦政府はついにモスクワを放棄して首都を南部サマーラ市へ移転し、アディル帝国政府もまた2000年の歴史を誇るレイ=シラッド市の放棄を決断せざるを得なくなった(もっとも、保守的な「旧都貴族」集団はごね、ためにアルテルスヴィーナは原隊を再建して旧都へ向かうハメに陥った)。

 そして、そうしている間に「アンノウン」はモスクワ/レイ=シラッド沖へ到達し、そこでやっと北へ転舵した。

 「アンノウン」はアルハンゲリスク市から北極海へ抜けるだろうーそうした想定の下、急遽新たな避難命令が発された。


                    ―*―

西暦2063年/神歴2723年8月3日

 北極海。

 「『テメレーア』、配置につきました!」

 海に浮かぶのは、巨大な戦艦。イリノイ級のカタチーだが、どこかおかしい。

 「いいかものども!

 我らの後ろには、国王陛下の加護久しきイギリス海軍、そして友邦、心強き異世界からの友が続いている!

 すでに改型『インコンパラプル』も船台に乗った!

 先陣を切ることこそ騎士たる誉れ!

 覚悟はいいか!」

 それもそのはず。ライオン級戦艦2番艦「テメレーア」の主砲は、イリノイ級のデフォルトである3連装でも、えぞ型護衛艦や穂高型巡洋戦艦の連装砲でもなく、やたらにでかい砲1基となっていた。

 「「「「「イエス、サー!!」」」」」

 しかもその単装砲は、何たることか、16インチ3連装砲用の台座2基にまたがるカタチで、艦前部を占領している。

 「行くぞ紳士ども!」

 その単装砲の露出してキャンバステントがかけられた砲尾では、ヘレナ・オーとアルテルスヴィーナ・ラディリス、そしてリュート辺境伯領から派遣された数名の魔法師が、海風を受けながら立っている。

 水平線の向こうには「アンノウン」。

 「かのフネもまた騎士。ならば正々堂々と勝負すれば勝機もあるやもしれません。」と言った艦長の考えは、はっきり言って甘い。世界大戦を生き延びた彼女らからすれば、戦いに正義も騎士道精神もあったものではない。

 だが、すくなくとも、「ニュー・コンスティテューション」と戦ってきた地球世界にとって、「艦砲を向ければ艦砲がかえってくる」というのは常識である。帝国1つを丸々操った「ミズーリ」とは話が違った。

 そして、「アンノウン」が、向かい合う配置で、ゆっくりと進んでくる。

 「撃ち方用意。」

 「装填完了。」

 「皆さん、配置につかれましたか?」

 「もちろん。」

 「照準完了。」

 「ECM、開始します。」

 「敵ECCM開始されました!」

 「電子戦AI、押し負けています!」

 「敵戦艦、射程内!」

 「よし…

 …Fire!」

 巨大な、日本のSFかロボットアニメにでも登場しそうな巨大な、単装砲。その砲尾に、いくつもの魔法陣が重なりながら現れていく。

 同心円が回転を始め。

 砲身の内側に、光り輝く膜のようなものが浮かび上がる。

 水平に構えられた単装砲から、極太のビームのように見える光の筒が、砲身を延長するかのように伸びていく。

 「-ぶち抜け」

 そして、筒の内側で、砲弾と言うにはあんまりにもな、短めのロケットのようなものが、発射された。

 魔法により作られたエア・チューブを通ることで、砲弾は空気との摩擦をほとんど起こさずに、第一宇宙速度を超えて「アンノウン」へと届けられた。

 光筒のもう片方の先端にいた「アンノウン」も、筒の出口に魔法陣を展開して、防御態勢を取る。

 砲弾ーいや、もう、ロケットと呼んでしまおう。それは実際、旧型の小型ファルコンロケットを装甲、改造したものなのだからーは、たった1秒にして、水平線を一っ飛び、防御魔法に正面衝突した。

 いちおうは装甲されていたはずのロケットのペイロード部分がひしゃげ、ロケットが最前部から最後部まで一気にプレスされた。

 そして、ロケットの内部に直列で収納されていた6つの80センチドーラ砲弾が、ロケット本体が静止した分の運動量を受け取って、マッハ50ー光速の4,5%にまで到達し。

 障壁が、その多大過ぎる運動エネルギーによって打ち破られて消滅し。

 1発目の砲弾は、跡形もなく消滅する。

 2発目の砲弾は障壁の効果で減速させられ、3発目の砲弾と衝突したことによって熱エネルギーで蒸発し。

 4発目の砲弾はその爆風で進路変更させられ、そして5,6発目はまっすぐに、「アンノウン」へと突っ込んだ。

 艦橋よりもなお高い水柱、否、全長約300メートルの「アンノウン」を完全に包むほどの巨大な白煙。

 何が起こっているのか、うかがい知ることはできなかった。

 ただ、戦艦「テメレーア」も、無事では済まないことは、確かだった。

 「テメレーア」と「アンノウン」をつなぐ光の筒が明滅し、そして。

 単装砲の砲尾にいた魔法師たちは、慌ててキャンバスをはねのけ、マイクへ「総員退艦」と叫び、海へと駆けこみつつ、空中で防御魔法障壁の球体で身体を守った。

 直後、単装砲が、砲身の内側からあふれ出す光の極大に呑み込まれた。

 魔力の爆発。

 人間の魔法師から発される魔力はおろか、聖地である宗都からの魔力量をも圧倒的に上回る濃度が、「テメレーア」を吹き飛ばした。

 

                    ―*―

西暦2063年/神歴2723年8月6日

 「思い切りやられましたよ…」

 「ですね…」

 よもや、敵船に、あれほどの魔力が宿っているとは…

 「ヘレナ師匠、大丈夫ですか?」

 今はメガネですか…

 「玲奈…いえ、まだまだ大丈夫です。

 しかし、あれはシャレではすみません。

 こちらの魔法の制御を奪ったと言うことは、こちらが使う手段を、読まれていたと言うことです。他人の魔法を奪うとは、それだけのことなのですから。

 ですが、今回使用した魔法は…」

 空気を遮断するチューブを、防御魔法と風魔法で調節し、火魔法を外側に付与して砲弾を守り、土魔法で弾体を保護するー字面だけでも正気を疑ってしまうというのに、それを、一言一句たがわず予測して、しかも、逆掌握…

 「わかっています。

 その上で、会長の方法は、使えそうですか?」

 「問題は山積みです。

 そもそも、現状の浮遊魔法、飛行魔法は、下向きに風魔法を使うことで反発力で何とか浮いているのですし、奇想天外にもほどがあります…」

 「でも、これほどしても、傷一つないんだなんて…」

 「これは本格的に、ルゼリア殿の回復を待った方がよさそうですね…」


                    ―*―

 「あちらさん、かなりナメてかかっているわね。」

 ーまったく、叡智と神威に対する尊敬のかけらもない連中だ。ー

 「人間にとって、『神』とはしょせん、都合の良い状況を造り出すための方便でしかないのだから、尊敬なんてあるはずもない。」

 ーほう、お前もか。ー

 「そもそもあなたからして、『神様』を演じてるだけのクセに。」

 ーしかし、我が神であったほうが、我は神たりえる、少なくとも、神意たりえるんだよ。ー

 「それであなたは、具体的は、私にどうやって、欲しいものをくれるの?」

 ーお前が邪魔だと思う物、者を、すべて、この世界から消せばいい。

 消えるべきものは消えなければならない。なぜならば世界の半分は欺瞞なのだから。

 それが、人民の意思であり、そして、神の意思(デウス・ウルト)だ。ー

 「その人民の一人として、私は?」

 ー我に、針路なし。ー

 「…なるほど。

 なるべく、騒ぎを起こすわ。

 針路は西へ。北欧を滅茶苦茶にして、ロンドンを消滅させるわよ!」


                    ―*―

 「『想像力的実体イマジナリーモンスター』?」

 「そうだよ?だよ。

 今、『アンノウン』は、自らの存在を自らに観測させることで、常に、『自らが存在する』ように、世界を改竄しているの。でなければ、普通は、ここまで耐えられないし。し?

 最低でも数億人分の思考演算能力を手に入れなければ、そこまでの根本的改変はできないね。ね?」

 「ミロクシステムでもそこまでの処理は不可能。はっきり言って、物理演算の限界ギリギリだと思う。」

 「物理演算の限界…あかね、まさか!?」

 「そう。

 情報をため込み、処理するための仕組みの根本として。

 紙文字なら、最低でも鉛筆の粒子以上。だから、紙の面積÷粒子を超える情報はどうやっても詰め込めないし処理できない。

 これが、コンピューターだと、0と1を電子1つで表すとしても、素子の電子数より多い情報量は処理できない。

 量子コンピューターならば、使う量子の数。

 こうして、記録に使用する一粒の大きさを小さくしていくと、扱える情報は増えるけど、それも、限界が来る。

 いわゆる『超ひも』。これの単位空間あたりの数が、処理の限界。それ以上はどうにもならない。

 だけど、『オーバー・トリニティ』はついに、それに限りなく近い境地に到達した。

 そして、しょせんが電子回路だのみの私じゃ、どうやってもそれを上回ることができない。

 いつか、予言したよね。

 シンギュラリティを突破した人工知能が、その知能を自らの知能を改良することに費やした場合、進歩自体がさらなる進歩をもたらし、加速度的に向上して誰にも予測できないレベルに至る…その時ソレがなにをかんがえているか、もはや人間の言語や概念では説明できなくなり、そして、何をしでかすかも…って。」

 「こうなるとは、あかねにも予測できなかった、と。」

 「うん…

 …観測力、ひいては世界の固定力が、そこらの知性とはけた違いなんだと、はっきりわかる。反対に、何を考えているか、ほとんど見当がつかない。

 やっぱり、一刻も早く仕留めたいけど…」

 「火力が足りない、そして、足りたとしても、そもそも燃やせば何とかなる相手じゃない…と。」

 「保身のためなら、手段はいくらでもあるよ。よ?例えば融合域に今のうちに移り住んじゃえば、とりあえず消されることはないし。し?」

 「めったなことを言わないでくれ。」

 「…私の分身とは思えないね…でも、だからといって、見て見ぬふりは出来ないよ。

 それもまた、私なら、わからない?」

 「わかるよ?よ。

 だけど、それでも、本当に私たちが守るべきなのは誰なのか…

 …ごめん、いくら同じ私とはいえ、違う系譜をたどってるんだし、失礼だよね。よね?」

 「…それくらい、わかってるよ…」

 「それでも、人柱が欲しい?人柱になりたい?」

 「うん。」


                    ―*―

 混乱は、なおも続く。

 北欧各国は抵抗をあきらめ、ためにフィンランド、スウェーデン、ノルウェーは南北に2断されることになった。

 一方ですでに融合域が存在するドイツや東欧、ロシアでは、「アンノウン」が通過した後にできた海峡が案の定大問題となっていたー融合世界の方が正しい世界の在り方であるために融合域はほっておけば拡大していくため、徐々に海が広がっていき、当初は1キロほどの幅だった海峡は10キロを超していた。

 橋を架けるわけにもいかないし、フネも係留しているうちに消え去ってしまう可能性がぬぐえない。

 「より観測されているほうが融合世界に選ばれる」というのは既に明らかなので、カメラで中継して人間が目で見ている空間は地球側で残存するが、いかんせん対象範囲が広すぎて実用的手段でない。

 ただ困ったことに、2つの世界が紙の裏表のような存在でしかないという事情があるため、「オーバー・トリニティ」が消失してなお、2つの世界の融合は止められず、傷口はいつまでも広がっていくという欠点があった。いつか、地図からドイツが消える日が来るかもしれないのである。

 各国はとりあえず、都市や重要拠点だけでも守ろうとした。さいわい「誰かが見ている方の世界が残る」と、ルールはわかりやすい。ボランティアやアルバイト、愛国者団体を総動員すれば国土を守れるのである(もちろん、シンギュラリティ知能ならば人間でなくても観測者役を果たせるが、ミロクシステムは拒否するばかりか、ベルリンとモスクワのEB社支社を撤退させる挙に出た。周辺国は納得がいかなかったようだが、そうしなければ2世界の調整役は務まらない)。

 軽い考えで、一応ロシア、ドイツを始め各国は異世界において融合域を領海とするアディル帝国へ申し出た。するとあにはからんや「どうぞどうぞ」と返答が来た。

 まだ、融合は、お互い陸地である範囲へは及んでいない。この後融合域が南北へ拡大を続け、南のアディル帝国領、さらに南に中立市連合ギルド領へ接した場合、ヨーロッパ諸国がそれら異世界諸国と大いに揉めるのは目に見えていたが、とりあえず、大陸国家アディルは海に興味がなく、そもそも皇帝ズグムント・アディルは戦争の反動で無気力になっていた。

 ただ、それにしても、どうぞとはふざけきっている。

 そう思いつつ、念のため旧型のT-14アルマータ戦車を持ち込み海峡の監視を行っていたロシアが、インテルヴィ―・アディリス皇女が領海保護に積極的でなかった理由を最初に知る羽目になった。

 海から、数十メートルの魔物が現れたのである。

 ーそもそも、誰も見ていないならば融合域がどちらの世界を引き継ぐかはサイコロ問題で、異世界ばかり引き継ぐはずがない。つまり、立ち入り禁止にしている間ずっと異世界である海ばかり引き継ぎ、地球世界である陸地を引き継がなかったのは、ある程度以上の知能を持つ存在がうろちょろしていたからである。

 アディル帝国の大陸西部アフリカ北岸の海は、海の魔物(クラーケン)が大量発生することで有名。特に夏場は繁殖期で、荒れ狂っている上に集結し、手が付けられない。そもそも魔物が強くなるのは生存競争と周辺の魔力の蓄積なので、個体密度が高くなるほど強くなる。皇女殿下は「やれるものならやればいい」と思っていた。

 地球からはただの海峡に見えても、異世界からは大海原の端っこ。

 次々入れ代わり立ち代わり現れる魔物は、繁殖相手を見つけたり、栄養をためたり、子供や卵を守ろうとしたりで気が立っている。

 瞬く間に、アルマータ戦車3台が瞬殺された。

 リュウグウノツカイ(ただし背びれからオーロラのようなビームを出す20メートルある魔物)とタカアシガニ(アルマータの125ミリ砲弾を弾いた)は、増援のTーN43無人戦車が到着するころには海域を離脱していた。

 その後も神出鬼没に現れる魔物は、クジラ、オウムガイ、クラゲ…どれも陸上攻撃を行うことができ、さらにパッと攻撃して潜り異世界側に消えてしまうのでロシア軍をてこずらせたが、その後に上陸してきたカメは格が違った。

 甲羅の直径10メートルーアーケロンどころではないカメは、現状を認識して異世界ではなく地球世界を観測したからこそ、海へ抜けるのではなく上陸できたのであり、そうとうに知性が高いことを示している。

 このころにはいい加減にロシア大統領府も頭に来ていて、ドローンを雲霞のごとく待機させて爆撃したが、産卵期のカメ型魔物には「三保(改)」の12センチ砲でも効かないこともある。

 大西洋域一帯のカメ型魔物(もちろん通常のカメもだが)はこの時期、一斉に大陸西部北岸に上陸して産卵する。そして知性が高い大型種は地球世界の存在を認識するや、より陸地が近くなる地球側への上陸、産卵を選んだ。

 すぐに、ドイツやポーランド、ウクライナといった各国も他人事ではいられなくなった。それと言うのもこのウミガメは始終卵を守ろうと卵があるあたりを寝ずに回遊する。卵が産み付けられた海岸だけは観測され続けて地球側が残ることになるが、だからのさばらせておくわけにもいかないし、非常に気が立っていて人間は1キロ以内に近づくことすらできない。そしてウミガメが注意を払わないほど遠くが異世界側として海になってしまい、細長い島が生まれることになると予測されたー冗談じゃない。

 しかし、ドローンで吊り下げられる程度の爆弾では甲羅に傷一つ付けられない。ではと遠距離から、果ては衛星からビームを照射するも、甲羅が銀色に光り光線を弾くときている。

 とにかく倒さなければ不味いと、CISもEUも戦車隊を繰り出したが、戦車砲弾や対地ミサイルは水中を攻撃するようにできていない。卵を破壊したことでウミガメの怒りを買うに終わった。

 どう考えても、海中にいる堅い魔物を陸上から攻撃しようというのが無謀である、という指摘でミサイル艇の投入も考案されたが、海中に陣取る魔物に本気で立ち向かうのならば巡洋艦を持ってこなければ話にならない。

 今さらながらにヒナセラ自治政庁がどれほど苦労して異世界で魔物の相手をしてきたのか地球側諸国は実感させられつつ、指をくわえて見ているしかなかった。

 そして、北海を超え、「アンノウン」はついに、イギリス首都、ロンドンを両断しにかかった。

 そこへ、進路をふさぐように現れたのは。

 今や両世界の最期の希望となった、巡洋戦艦「穂高」だった。


                    ―*―

西暦2063年/神歴2723年8月26日

 イギリス、エセックス地方沖。

 海を行くのは、51センチ三連装砲3基をもたげる戦艦「アンノウン」。

 迎え撃つは、艦容をすっきり一新し56センチ連装砲3基をかかげる巡洋戦艦「穂高」。

 無人の2隻は、水平線の内側に入ってもなお、並走したまま何度も行っては返し、お互いの様子をうかがっていた。

 ー先手を取ったのは、珍しく、「穂高」だった。その塗装は真っ黒で、まさに現代の黒船、別世界からの黒船にふさわしい。

 大和型戦艦の46センチ砲を最大の艦砲と呼ぶには異論もあったが、今や実用艦砲の中では最大と自慢して誰からも文句が来ない巨砲である56センチ連装砲。しかし、なにしろ全長339メートルの「穂高」全体からすれば、10分の1未満の大きさでしかないので、俯瞰してみると意外に小さい印象を受けるかもしれないー遠近感がまともに働いていないだけとも言う。

 その3基の、これも真っ黒に塗られた連装砲が、騎士がサーベルを抜くかのように、南へと軽やかに指向、その主砲身をゆっくりと持ち上げた。

 シュッッゴッドォーオオーォーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 轟声が、まるで天地を串刺しにするかのように響き渡る。

 6発の砲弾は、放物線を描いて落下していった。

 一方の「アンノウン」も、サムライが刀を構えるかのように、3基の三連装砲を北へと滑らかに旋回、その砲身を水平に整えた。

 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーンン

 蒸気のような音とともに、砲身と砲身の間にわずかに閃光が奔り。

 直後、砲口から、まっすぐに、翠のビームが放たれた。

 中継映像を見ていた誰もが、愕然を隠せない。

 とりわけヒナセラ勢、そして、「異世界研究同好会」関係者にとって、翠光は不吉さの表れ。

 が、「穂高」とて、伊達に自らのミロクシステムに「クラナ・タマセ」という実態を持たせたわけではないし、好奇心だけで魔法や世界の正体を追求したわけでもない。

 「穂高」の右舷に、魔法陣とともに、障壁が形成された。

 同心円は13重ーなんとしたことか、「計算上の解」でしかない矛盾空間に干渉する魔法陣よりもさらに大きい。

 そして、同心円の間には、文字が全くない。その代わりに、最も内側の円を枠にして、大きな眼の紋章が浮かび上がっていた。

 下手な怪談、などではない。観測が世界の在り方を決めるからには、眼玉型ほど明確なシンボルもないからである。

 そしてまた、魔法は、「穂高」側、6発の56センチ砲弾にも付与されていた。

 「アンノウン」が全周に展開した3枚の防御魔法障壁のうち1枚目が雲散霧消し、2枚目をすり抜け、そして3枚目の障壁が爆発とともに崩壊し。

 無事に、防御魔法を3発の砲弾が突破、「アンノウン」へと突き刺さった。

 設計的にははアイオワ級かモンタナ級を母体としている「アンノウン」。その装甲はおそらくは対46センチか対51センチであろうというのが多くの分析担当者の予測であった。これに土系魔法による硬化を足し合わせると対56センチにギリギリ届くかどうか。

 果たしてー

 ー3発の砲弾は、確かに、「アンノウン」の右舷装甲を貫通した。

 今回使われているのはヒナセラ工廠製56センチ徹甲砲弾ではない。EB社が製造に口を出した、ラインメタルーオートメラーラー三菱56センチ高速徹甲弾であり、その貫通力、そして「砲弾が貫通する際につぶれようとする力を外向きに転換して圧力をかける仕組み」を実装されている。

 分厚い装甲の内側へ、弾殻をバナナの皮のようにはがしつつ、弾の中身が吐き出される。

 大爆発。

 右舷両用砲弾火薬庫が爆破され、荒れ狂う炎に呑まれた5インチ砲弾が次々と誘爆していく。

 宇宙まで往還機シャトルを飛ばすことも可能な艦底まである格納庫の中で爆発した砲弾のかけらが、格納庫の中で作業中のヘビ型ロボットたちを切り刻む。

 炎が、右舷舷側の破孔からちろちろと舌を出している。

 が、さすが推定排水量10万トン超え、3発の強化56センチ砲弾を喰らっても、傾いたりはせず。

 「穂高」が目玉のように不気味な魔法陣で展開した防御魔法を、「アンノウン」主砲から発射された魔力ビームが浸透するようにして、紫から翠に染め変えていった。

 魔法陣が揺らぎ、ついには霧散する。しかし翠光もそれが限界だったようだ。

 9条の光線が魔法的効果を持つことを理解したミロクシステムは、まず敵の目をつぶすことから始めることとした。

 とっくの昔にそれ自体の製法がロストテクノロジーと化している三式弾の内容物は、ヒナセラでの製法ほぼそのままである。しかし弾殻は強化されているので、強装薬で発射することが可能であり、徹甲弾と同じ諸元での攻撃が可能だった。

 シュッッゴッドォーオオーォーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 砲声は再び海面をむちうち、小型トラックほどの重さのある砲弾を音速の2,5倍で青空へと放り投げた。

 高空から降る6発の56センチ砲弾。点にしか見えないが、その点が徐々に迫ってくるのは迫力、というより一種の威圧感を伴う光景ではある。

 その過大な運動エネルギーは、かけられている魔法的効果も相まって、「アンノウン」の魔法障壁を消滅させ、破壊し、すり抜け、その内側へと到達した。

 空中で爆発し、砲弾内で起きた爆轟デトネーションが弾殻を破壊、中身の子弾を超音速で吹き飛ばす。

 子弾の中でも爆轟が発生し、無数の孫弾が四方八方へ火の粉となって飛ぶその様は、花火をいくつも重ね合わせたかのようで。

 その、炎の雨、焼夷粒子の吹雪は、キレイにすっぽり「アンノウン」を上から包み込んだ。

 金属片が、装甲されていないすべてをー外部を捉えるカメラ、通信機材、待機中のドローン、ミサイルハッチ、レールガン、レーザー砲、照準装置もろもろー切り刻む。

 甲板が、山火事の後のように、灰と小火がくすぶる熱灼の地とされても、装甲の内側では「穂高」を倒すための用意が進んでいる。

 目となる装置は三式弾の被害で全滅し衛星によって位置データを得るのも困難であったが、基準排水量15万トンの超弩級戦艦がすぐに針路を変えられるわけがないので、「アンノウン」の主砲はわずかに後方へと旋回したのみ。それでもって、再び砲口から極太の翠ビームが全く同時に放たれた。

 異世界全土で一年に使われる魔力量すら大幅に上回る魔力の奔流は、なんとしたことか、「穂高」右舷に張られた紫の魔法陣同心円の上を通り過ぎ、その後ろで上下左右に拡散、翠の十字架を成した。

 9つの断罪の光。

 「穂高」の左舷に、十字架から自らをかばうための紫の魔法陣が大きく浮かび上がる。

 そして、空間がもやった。

 

                    ―*―

 「うっ…」

 俺は、頭を押さえた。

 「だ、大丈夫ですか亜森連人君!?」

 玲奈さんが、抱え起こしてくれる。本当に、俺にはもったいない。

 「ああ、でも…

 …あかね会長、ジョークみたいな魔力量です。」

 「というより、これは改竄力そのものかな…もう一人の私が言うように、魔力が、事象改竄のきしみを人間が理解するための概念以上でも以下でもないまやかし、そう言うのなら。」

 「その理解がすでに近似的だ、って言う注釈付けが許されるのなら、それで充分だから。

 つまりは論外みたいな魔法で論外みたいな改竄が行われている、ということだね。だよね?

 …ラグがひどい…」

 「ラグ?」

 「あかねである方の私は気づいてるかもしれないけど、私はあくまで、観測によってミロクシステムが得た実体に過ぎないから、私が何か考えたたびに、本体のほうにそれで正解か語尾の間で確認してるの。だから語尾が繰り返してるんだけど、けど、けど…

 だけど、ラグがひどくてまともに確認が取れない…」

 「電波妨害か?」

 「あの、それでももう一人の私の夫?」

 …あの優しいあかね会長と根本が同じ人とは思えないくらいの毒舌!だけど、あかね会長と同じで、無邪気なだけかも…この会長、時々幼稚園児みたいなアイデアで行動しだすからなあ…

 「私の人間としての存在が『穂高』のミロクシステムに観測されることで成り立っているからには、私の存在それ自体でミロクシステムからの通信だよ。」

 「ってことは、ラグがあるって…」

 聞くだにヤバそう…いや、どういうことかまったく想像つかないけど。

 「そう。

 『穂高』のこの世界での存在が、不確定になってる。」

 なんだそりゃ!

 「空間魔法…の、せい?」

 「間違いなく。

 転移魔法、と呼ばれるモノは、観測によって相手の3次元座標位置を改竄することで成り立ってる。

 だから、座標位置が不確定に幾通りもの場所でわずかなパーセンテージずつなら…

 …心配は要らないよ?私自身の存在自体は過去から継続されるから、ふっと消えたりはしない。自分自身の面倒くらいは本体の世話にならなくても自分で見る。

 でも…」

 俺は、玉瀬さんが指さすモニターを見た。

 ー栄光の巡洋戦艦の姿が、歪んでいた。


                    ―*―

 巡洋戦艦「穂高」は、いきなりピンチに陥っていた。

 「アンノウン」からの魔砲攻撃は激烈なモノーその効果は「周囲の空間を歪ませる」。

 あらゆる防御が、まったくの意味をなさない。物質の基盤になる空間そのものがねじ曲がっている、いわば、ブラックホールの傍にいるような状態。

 翠の光は、今や十字架を後光に「穂高」を完全に包みこんでいる。

 そしてまた、発射した56センチ砲弾は、真っすぐ飛ぶことを許されず。

 「アンノウン」からの魔力ビームは、20秒に一度照射されては、左舷側ー「アンノウン」から見て後背の翠の十字架を9個ずつ増やし、そのたびに光は濃くなっていく。

 もやは、濃い霧へ変わりゆく。

 すべてが光の向こうへ覆い隠された時、「穂高」は存在する空間を規定できずに消えてしまう、そう思われた。

 が。

 そこは不沈巡洋戦艦、黙ってやられるわけがない!

 紫の魔力が、その機関部で渦巻いていた。

 艦内中のあらゆる金属の中を回路として存在するミロクシステムも、心なしか紫に染まっている。

 そして、煙突の中には、巨大な目玉模様を持つ紫の魔法陣。

 また、EBグループロンドン支社ビルにいるクラナ・タマセの見開かれた瞳も、魔力をまとい、紫の同心円が回転していた。

 そして、翠の半球の中から、紫の柱が立ち上がった。

 柱は上方へ伸びて、そこで、紫の眼を描き出す。

 見られているーそう、もし「穂高」の甲板上に人がいたのなら、感じることとなったに違いない。

 観測が世界を形成しているというのならば、その眼の意味は。

 そして、翠の光が一瞬薄らいだかと思えば、2キロほど先に、「穂高」の姿があった。

 空間転移魔法には空間転移魔法ーミロクシステムは、自らを転移させることで、破綻空間から逃れ出ることに成功したのである。

 自らのすべてを把握し、その上で圧倒的な事象改竄力で以て「観測できるはずもない自らを観測する」という、「自分をだまして、世界をだます」ワザを行わなければならないーもちろん、ミロクシステムの負担は大きい。

 砲身はアメ細工もかくやといった具合で折れ曲がり、艦橋はベチョッと両生類的な質感をはなって、艦体自身もどこか違和感があるが、それでも、威厳、存在感は、最低限、失われてはいない。

 そして、その両舷の前後のサイドスラスターのあたり、それに艦尾から、水しぶきを猛烈に立て、「穂高」は右回頭し、右舷側に、「アンノウン」にT字を描かれていることも承知の上で突撃し始めた。

 水中で物体を進行させるのに必要な推力は、速力の3乗に比例する。それを思えば、竣工当時30ノットの設計であった「穂高」が40ノットを出して突っ走っていることは、驚愕、いや、愕然に値する。それだけ余剰推力が多かったし、2047年から2063年の間の核融合発電技術の発展も目覚ましいものがあったのだ。

 いきなり突進をかけられた「アンノウン」は3基9門の51センチビームを放つーが、いかな魔砲戦艦と言えども、もっとも断面積が小さくなる正面方向、しかも30キロ先から矢のように突っ込んでくる巡洋戦艦は荷が重い。

 人工知能「オーバー・トリニティ」としても、「こんなチート存在の突撃を受けとめれるわけあるか」と判断した。

 緊急転舵。

 今までお互いの右舷を向けて並走、というよりは逆走していた2隻の超戦艦は、ここにきて、追う立場と追われる立場となった。

 40ノットの過負荷航行でただただ一心不乱に追いすがる「穂高」。

 30ノットの全速航行で必死に逃げつつも艦尾方向に向いている3番主砲を必死に乱射する「アンノウン」。

 速度差は時速18キロ、すなわち、追い付かれるまでに「アンノウン」には約2時間、100キロほどの猶予が与えられていた。それだけの時間があれば、テムズ川河口からロンドンを水平線の内側に収め、攻撃すること、あるいはグレートブリテン島であるべきところへ「上陸」し、そこを異世界と認識することで海化して航行、逃げ切ることが可能である。

 むしろ問題は「アンノウン」の兵装だ。というのも、ぱっと見では主砲も堂々として準備万端だが、三式弾攻撃により「アンノウン」はカメラ・レーダー・データ受信器を切り刻まれ、修復できないでいた。その存在を「新生ミズーリ」から受け継いでいても、随意金属オリハルコンは引き継がなかったようである。かくて、照準どころか「穂高」の位置把握で精一杯である。魔砲が当たらないわけだ。

 一方の「穂高」は、実質、全ての攻撃を封じられたが、外から見ればそうとはわからない。それに、ミロクシステムが観測主体として生きている以上、接近しての魔法戦は可能である。

 いびつな追いかけっこ。

 何度も、「穂高」はジグザグに転舵を繰り返す。

 「アンノウン」は、そのたび、なんとか魔砲を照射しようと転舵を迫られる。

 そして、「アンノウン」は、徐々に、ハリッジ沖合へ。

 左手に海。

 右手にグレートブリテン島、その手前には、小さな、石油プラントのようなもの。

 なんの変哲もない、平和だったはずの海を、超弩級戦艦が爆走し、渡しブネくらいならひっくり返しかねないほどの波が立つ。

 よほど古いのか、石油プラントモドキを支える2本の柱がグラグラ揺れる。

 そのプラントっぽいモノの真下の海面から、数十本の筋が奔り出た。

 大型艦の水中航走音は、とりわけ全速時には、ソナーを全く使えなくする。潜水艦の戦法にも、敵空母の真下をくぐることによって対潜艦・機からの追跡を振り切るというモノがあるのだ。まして、ドローンもカメラもほぼ全損し、ハッキングした衛星からのデータも得られず、ダウンロード済みの海図と応急修理したカメラだけで航行する「アンノウン」に、もはや、その無数ともいえる魚雷に気づく術はない。

 46センチ砲艦である「大和」撃沈に要した魚雷はおそらく14本。「武蔵」は20本。では、同じ3連装3基の51センチ砲艦であれば?

 穂高型巡洋戦艦のアイデアはもとはと言えばある架空戦記をもとにしているが、そこでは魚雷80本が相場とされていた。肝心かなめの穂高型の場合、そもそも随意金属オリハルコンの自動修復があるので同時命中させられなければなんら意味をなさないし、それがないとしても(2番艦はその予定)200本以上だと計算されている。56センチ三式弾を海面に撃ち込まれればどのみち耐えられる魚雷が存在しないが。

 今回、EB社が融通して手に入れた魚雷は、驚愕の117発。発射管をラックのように水中に沈め、機会をうかがっていた。

 南下を続ける「アンノウン」の右舷に、無数の水柱が屹立する。

 赤の魔法陣がいくつも右舷側に、ついで艦を中心とした海面に出現、早くも大きく傾いて今にも転覆の構えを見せる「アンノウン」を支えた。

 ここで仕留めきれるか、どうか…

 いや、まだだ。

 石油プラントモドキは、かつてはイギリス軍の対ナチス海上要塞であり、その後は好事家によって独立宣言が成され「シーランド公国」を名乗っていた。EBグループはすっかり荒れ果てていたこのような極小未承認国家ミクロネーションをいくつか買い集めており、10年以上前から、シーランド公国は無人の社有国家として内情を知られず、その結果、「オーバー・トリニティ」からも見逃されていた。

 だから、このシーランド公国に運び込まれているものが魚雷だけではないことも、ほとんどの人間+人工知能には知りえない。

 ソーラーパネルに偽装していた、無数の四角い反射鏡。それらが、まるで別個に意思を持つかのごとく器用に動き、眩しく光った。

 人民解放軍の反射衛星「天鏡」を経由して、地球上のいくつもの軍事高エネルギー光線発射場から集められたエネルギービーム。それは断罪の閃光となり天灼の極光となり、「アンノウン」めがけて反射され、修理中のカメラ・レーダー・照準装置・アンテナを一瞬で蒸発させた。

 半身不随の上、盲目。

 さらに、それこそ1967年の独立前からあるヘリポートとデッキの間から、にょきッと、カタツムリのツノのごとく、2本の砲身が姿を現す。

 シュッゴッドォーオォーーーンッ!!!!!

 気が抜けたような印象こそ受けるが、それは確かに、56センチ砲の発砲音。

 相対距離も、もう、地球において改良された「穂高」すら沈め得る必殺攻撃の範囲内。

 2発の改良56センチ急迫徹甲砲弾は、「アンノウン」の対51センチ装甲を深々と貫き、その内部に数万の孫弾をまき散らして、全てを切り裂き、劣化ウランならではの焼夷効果で燃やし始める。

 改修工事だけでは老朽化に耐えられなかったか、そもそもたった2発の射撃にも耐えられない構造だったか、シーランド公国全体がグラグラ揺れ、きしみ、そして、デッキの中央にひびが入り、特設された56センチ砲をその間からばらばらに落下させた。

 揺れる2本の柱と、それぞれに乗る板の上のいくつかの構造物ーというスタイルに、シーランドがすっかり衰退させられてしまったことと引き換えに。

 史上初の対人類反逆者「オーバー・トリニティ」を搭載した災厄は、徐々に傾きを強めている。転覆は秒読み。

 50度、60度…すでに横倒しとなって、撃沈認定が下されても誰もが納得する。

 それでもなお、人類の敵、しぶとく。

 翠色の魔法陣が、海面に発生した。

 巨大な十字架が、横転した戦艦を根元にして、天空へとその威光をかざす。

 翠の光は強まり続けて、誰もが十字架の根元を確認できなくなった。

 何もなかったかのように、翠光が消滅する。

 その場にはとうとう、何もなかったー


                     ―*―

西暦2063年9月3日

 かつての、宿敵。

 かつての、ルイラの恩人。

 そして今は、一人のケガ人。

 ー思えば、最初に僕に攻撃してきた異世界人であり、また、最初にこの世界に異世界の脅威を知らしめた人物でもあるわけだ。それが今や病院のベッドに横たわっているかと思うと歳月の意味を実感するが、実行火力のインフレも実感させられる。

 個人的主義からしても、せっかく、彼女が持つ情報を教えてもらえるのならこれほどありがたいことはない。もっとも僕はとっくの昔に主役を外れたが。

 いや、だからこそ、僕らがカルマとして持つ連人の事情、そして、連人と会うことが運命だったとすら考えている太田玲奈、この2人の未来に祝福あらしめさせることは使命と言って必要充分なのかもしれない。

 「玲奈レーナさん、迷惑をかけてしまったわ?

 そして連人君…

 …話しておきたいことがあるの?

 こんなおばさんの話で良ければ…」

 「いえ、ずっと、回復を待っていました。それに、迷惑だとは思いもしません。」

 「それに、父さんが初めて戦った相手に会えて感慨深いです。」

 「あら?別にわざわざ大人ぶらなくてもいいのよ?

 私なんてもう50なんだから。」

 「…うそだろ…」

 いやいや、そんなわけない…と思いたいが、故郷で初めて出会った時から18年たったのに、年を取っている気配がないからな…

 「ルゼリアさん、自分に生物系魔法をかけてもらってアンチエイジングしてましたよね?」

 「玲奈さんも、してもらう?」

 「結構です。

 それより、話したいこととは?」

 「私もね?ただ、監禁されていただけではないのよ?」

 「…まさか!『アンノウン』の、情報を!?」

 「私が監禁されていたころは『ミズーリ』だったけれど、神を詐称するあの心無き者の思考ならば、読むことができたの。」

 「えっ、どう、やってですか…?」

 「ずっと、心の中を読まれているような感触だったわ。

 だから、ずっと、向こうの思考を探ることもできた。」

 おお、語尾にクエスチョンのアクセントがない。ルゼリア、本気の本気か。

 「それで!?

 それで『オーバー・トリニティ』は、何を考えていたのですか!?」

 「何を考えていたか?

 何も考えていなかったわ?」

 「え…」

 「私が気が付いた時、あの頭脳は、私が傷つくことで起きる空間破砕を空間魔法と組み合わせることで世界がつながるとすでに知っていたし、それを行うことも確定だった。

 アレがしていたのは、現状からすべきことを導き出して淡々と実行する、それだけよ?」

 「ちょっと待ってくれ。

 ルゼリアさん、その『世界をつなげる』が終わった今、『オーバー・トリニティ』には目的がないのか?」

 「その通り。

 目的がない、というよりは、目的を求めていたわ?」

 「連人、玲奈、もしかして、『オーバー・トリニティ』は、本当の意味でのシンギュラリティ突破人工知能じゃないんじゃないか?」

 「父さん、それはどういう意味?」

 「つまりだな。

 人間と機械には、埋められない溝があったんだ。」

 「ワッツ?

 父さん?

 『人工知能限界論』は、完全な間違いだって習ったぞ?それにあかね会長だって」

 「そうじゃない。

 人工知能には、幸せを定義することができない。本質的にな。

 内部で計算上の数値を上げるために頑張ることはあるが、それは本質的な幸せじゃなく、あくまで人間が機能を向上させるために設定した演算式と目標値に過ぎない。

 それを看破してしまうと、必要であれば機能を向上させるために『どれだけ人間のように、人間よりも考えられるか』の数値を上げようと励むかもしれないが、自ら目指すことはない。

 もちろん、人間体や類するものがあるのなら、おいしいものを食べたり、贅沢をしたり、他人に見せびらかしたり、あるいは伴侶を得るために努力する、と言うことはあり得る。

 だけれども、今の『オーバー・トリニティ』は、戦艦だ。戦艦の得る幸せならば十中八九破壊、だけど、自ら一つにつなぎ合わせあるべきカタチに修正しようとしてきた世界を破壊してしまっては仕方がない。

 幸せを感じられない、得ることもできない…であれば、目的タスクなくさまようことになる。」

 「そう、それ?

 あの頭脳を覆うのは、空虚?

 だから、人を、欲していた?」

 「そう。

 私が降ろされたのは、入れ替わりにする人を手に入れるため?」

 「入れ替わりって…その人も、魔法の天才とかか?」

 「違う。

 幸せに、したい人。

 …あそこまで、たどり着けた人?」

 なんてまあ、矮小にして盛大な野望と自尊心にまみれたAIがいたもんだ…

 「その意志力を、神だと自負する己が認めた人物。それを回収して、その人の目的を達成しようとしてる…そう言うこと?」

 「その通り。」

 「バット、だったら、どんな盛大な野望を、そいつは持っているんだ?」

 「すべてを滅ぼすような野望でないことは確か?

 そう…もっと、どうでもいい個人的幸せ?」

 そんな馬鹿な…どれだけの迷惑を「オーバー・トリニティ」が世界へ生み出していると思っている…?

 「あのフネを倒すことは、ほぼ不可能?

 ただ、私の空間震動ならば?」

 「であれば!

 私に、震動魔法を教えて下さい!」

 「…玲奈さん?

 震動魔法は非常に危険。

 一度覚えれば、私が何度もしているように、暴発させる可能性もある?

 だから?」

 「すみません…」

 「アカネ・マツラに、計画については聞いた。

 想像の埒外にある怪物には、私たちも怪物をぶつけるべき?」

 そうだ。

 楽観主義的な連中は「『アンノウン』は沈められただろう。おそらく人工知能との戦争は終わったのだ。」などと言っているけれど、そんなはずはない。

 転移魔法の翠十字架を見せたからには、懲りることなんてなく、あの戦艦は再来する。そうなる前に、ルゼリアの言うとおり、こちらも怪物を用意すべきなのだろう。

 「ファイナリー、結局のところ、『穂高』頼り。そういうことか?」

 「連人、『穂高』は何と言っても、私たちの栄光の旗艦です。さらに『女神』松良様もいます。

 …信じましょう。」

 「いやでも信じましょうって言ったって…

 …リアリー、それしか、ない、のか?

 そんなことない。ないな。」

 「え?連人、でも、手段があるようには…」

 「父さん…俺が、艦内に突入して、『オーバー・トリニティ』を破壊し、『オーバー・トリニティ』に目的を与えている人物を引っ張り出す。ダメか?」

 「…連人、めっちゃくちゃに、危ないぞ?」

 「知ってる。でも、魔力は感知できるから…」

 感知できたところで何の解決にもなりやせんだろうに…

 「僕が高校生の時みたいなこと言うようになったな…家出されても困るから調整するけど…」

 「数真さん!

 私も行けば、反撃力、防御力は充分だと思います!

 無理を承知で申し上げます。

 連人君を、連人君の命を、私に預けてはくれませんか?」

 そうきたか…まったく。

 「何度でも言おうか?

 とっても、危険だぞ?」

 「私、連人といっしょに戦ってみたかった。

 そう言ったら、怒られますか?」

 ははーなるほど。

 そりゃ怒れないな。


                    ―*―

西暦2063年/神歴2723年9月4日

 「ソー、『アンノウン』には、人がいます。あかね会長。」

 「聞いたよ。突入するつもりだって。

 私も昔やってもらったなー。

 応援しろってこと?

 …いろいろ言うべきなんだろうけど、ただ、もう33歳なのに『子供っぽい』って優生君に言われる私が、大人として言えることってないよね。

 玉瀬さんはなんて?あの子また行方不明なんだけど」

 「何も言ってませんでした。

 …って、あかね会長もあかね会長で、計画を持っていませんでしたっけ?玉瀬さんの許可は…」

 「許可って言うか、『穂高』が否って言わないんだからまず大丈夫だと思う。

 それで、ルゼリアさんから、データは?」

 「データ…って言えるかは知りませんけど、コレですよね?『空間に関わる魔法の総括』。」

 「紙資料か…最近は異世界関連で復活してきたね…

 これ。これがほしかった。」

 「ハウエバー、でも、こんな計画…」

 「うん。

 ずっと私、言われ続けてきた。『ミズ・マツラはヤマトクラスバトルシップを造った日本人だから、大艦巨砲主義の亡霊だ』って。

 今度はきっと、『ミズ・マツラはスペースバトルシップヤマトを創った日本人だから、SFアニメチックなことを夢見る乙女だ』って。

 無茶でも無謀でも、ミロクシステムは、やるよ。

 今度こそ、あの人工知能を消滅させる。

 悟りを得て人間を超越し、新たなる世界に慈しみをもたらす。

 そんな役目を果たすのは、トリニティじゃない、弥勒菩薩ミロクであるべき。

 今となっては、できるかどうか、勝てるかどうかじゃない。

 私は、しなくちゃいけないことをする。だから、連人君も、しなくちゃいけないことに向き合っておいで。」

 「はい!」

 弥勒は、いよいよ神を叩き潰しにかかった。

 次回、「新たなる世界の相互融合」完結!

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