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8 「巡洋戦艦『穂高』未ダ健在ナリ」

 空間震動魔法と核爆弾によりイスラエルに開かれたのは、異世界と地球世界をつなぐ、史上最大の「門」。

 世界がつながり混ざり合い始める中で、「穂高」は、世界を救うために、新たなる旅路へ…

                    ―*―

西暦2063年/神歴2723年6月9日

 その様子は、全世界に中継されていた。

 キノコ雲消えゆく中、ノイズごとに徐々に大地と入れ替わってゆく、海。それが、ノイズが無くなった瞬間にまぎれもなく海と化し、その中から地中海へ、2隻の超弩級戦艦が踊りだしてきたのだ。

 先行して、衆目を引き付けたのは、灰色のスリムさにかける巨艦。「ニュー・コンスティテューション」にそっくりな箱型艦橋とレドーム、中央甲板の船倉ハッチとそれを挟む4基ずつの連装レールガンなどだ。

 しかし、「ニュー・コンスティテューション」と決定的に異なり、かつかの実験艦を超えた迫力を見せつけるモノが、そのフネにはあった。

 前部2基、後部1基の主砲塔。

 単装砲ではない。

 フォークのようなそれは、まさしく、三連装砲。

 「ニュー・コンスティテューション」に如何に人類が苦労したか考えれば、それは絶望の化身に思われる。

 しかし。

 そのフネを追って現れた2隻目は、度を超えていた。

 イリノイ級戦艦の映像を見慣れていたはずの人々が、まばたきを忘れる、巨大な連装主砲塔3基。

 中央構造物を取り巻く、数えきれないほどの対空火器の砲身。

 2本の煙突は、ちょっとした高層ビルくらいはありそうである。

 明らかに、「ニュー・コンスティテューション」や新しく現れた1隻目よりも二回り以上大きい。

 すらりと、まさに、矛の刃のような印象。

 誰もが、ビクビクしたー異世界と言えば、九州を23年前に蹂躙した、侵略的集団だと思っていたからである。しかも、地球のどの戦艦よりも大きい、強そう!

 が、各国の司令部は、そこから日本語及び英語で「ヒナセラ自治政庁」を名乗り交渉を呼びかける伝聞を受け取り、困惑した。


                    ―*―

 事態に対し、まず、最初に動いたのはElectric・Bioグループ地中海支社である。

 アレキサンドリア時間(UTC+2)14時46分(ソドム衛星攻撃より1時間9分、2戦艦視認より14分経過)、会見場に松良あかねEBグループ会長が現れ、松良優生EB社本社社長の隣に立ち、一番に発表した。

 「異世界において21世紀日本のテクノロジーを用いて建造された巡洋戦艦を保有する正当政府『ヒナセラ自治政庁』から、11分前、メッセージを受け取りました。

 向こうの巡洋戦艦『穂高』もまた、戦乱を利用して異世界とこの世界と結びつけようという戦艦との戦闘の末、完成してしまった『門』をくぐってきたようです。

 現在、巡洋戦艦『穂高』は集中核攻撃を受けたばかりで弾薬庫温度が依然高温であるため、一切の攻撃を行える状況ではありません。そのため、『穂高』は引き続き敵艦を追撃する必要性を主張するとともに、我々に修理への協力を要望、また、彼ら及び彼らの同盟国の日本国との対等な国交樹立を行うための仲介を要請しています。

 弊社といたしましては、一刻も早く状況と目標・目的の再確認を行うとともに、情勢の正常化、安定化を行うための民間的貢献を惜しまないものとし、また異世界国家群との相互国家承認のための情報提供および特使往来を仲介するための中立的見地からの協力を行っていく所存です。

 急ぎ、エジプト政府へ、アレキサンドリア沖への『穂高』錨泊許可を代理申請するとともに、弊社独自の特使として、私自ら『穂高』へ赴きます。」

 「質問のある方は挙手をお願いします。」

 手が無数に上がり、マイク片手に詰め寄る者すらいる。

 木戸優歌は、流ちょうな英語で記者の一人を指名した。

 「松良会長、質問ですが、EBグループとしては異世界国家の存在を承認されるつもりはおありでしょうか?」

 「はい。」

 どよめきが、記者たちを、視聴者を、そして見ていた各国の政府首脳と軍部を包む。

 「只今も連絡を取り続けておりますが、ヒナセラ自治政庁、略称HARSは、人口10万の都市国家でありながらもきわめて民主的、かつ先進的な技術立国で、異世界においてもリベラルな国家連合を率いる強力なリーダーシップを保有しています。

 その海軍力が弱まっているとはいえ、異世界との平和的な通交、そして2つの世界帝国への地球諸国の牽制として、ヒナセラとの外交は不可欠でしょう。

 私たちは、『穂高』への乗艦を行い次第、グループとしてヒナセラ自治政庁を国家承認するとともに、国連全加盟国に国家承認推薦を提示いたします。」

 「しかしそれでは、国家や主権の概念も理解できていない連中を、テーブルの上で我々と対等な席につけてしまうことになるのでは?」

 「まさしく、そうする価値があります。

 彼らは、助力している日本人集団のおかげもあり、国家というものを熟知しています。そこらの独裁国家が見習うべき程にです。」

 「しかし…」

 「他に、質問がある方は?」


                    ―*―

 「トモコ・オータです。

 コンクル・ネー首相、聞こえますか?」

 「うむ、もう少し大きな声でしゃべってくれんかの?」

 「戦況はどのように理解されていますか?」

 「オータ殿の世界とつながってしまったんじゃろ?

 それでわしは何をすればいい?」

 「議会に、いくつか諮ってもらいたいことがあります。

 まず、日本国の国家承認、さらにこちらで情報を提供する地球国家群の国家承認を。それから、貿易を行うことになるかも知れません。」

 「駐屯地の北を整備しておけ、じゃな?さすがに、大使は送れんぞ?人が足りん。」

 「大使は向こうに送ってもらいますから大丈夫です。それより、『穂高』が自動修復だけではどうにもならないそうなので、地球世界でのドック入りが必要なのですが…」

 「許可はするが、費用はな…」

 「費用は松良会長になんとかしてもらいましょう。」

 「おお、アカネ・マツラに会えたか!」

 「ええ、話せました。」

 「みな、女神様の再訪をお待ちじゃからの。

 ではこれから、議会を招集してくる。」

 「はい、またご連絡します。」

 「じゃあのー」


―*―

 地球においては、賛否両論あった。

 それでも、人間、現金なモノである。

 公表された「穂高」のスペックは以下の通り。

  ・穂高型(超紀伊型)巡洋戦艦「穂高」

  基準排水量:約15万トン

  全長:339メートル 全幅:50メートル

  兵装:56センチ連装砲3基6門

     12センチ連装高角砲(長砲身)38基76門

     ZU-23-6対空機関砲18基108門

     12センチ30連装対空・潜墳進ロケット砲12基360門

  装甲:対51センチ砲・CIC及び機関部にNBC防護壁

  機関:魔法閉じ込め半慣性レーザー式核融合炉ー電磁流体発電機+ディーゼル機関(巡航30ノット)


 対して、イリノイ級戦艦のスペックデータは以下。

  ・イリノイ級(改アイオワ級)戦艦「イリノイ×」

  基準排水量:52000トン

  全長:275メートル 全幅:36メートル

  兵装:16インチ(40,6センチ)三連装砲3基

     3インチ連装レールガン8基

     連続走査型高エネルギー光線砲6基

  装甲:対16インチ砲・バイタルパートにNBC防護壁

  機関:COGLAC推進(最大35ノット)


 排水量からして1桁違うし、主砲口径56センチに至っては想像の埒外としか言いようがない(主砲の門数だけは「穂高」は少ないが)。

 なお、映像分析などから、「穂高」に追われるようにして地中海へ進出した謎の大戦艦のスペックも以下のように推測されていた。

  ・仮称「戦艦アンノウン(BB-X)」

  基準排水量:9万~13万トン?

  全長:314メートル 全幅:43メートル

  兵装:51センチないし20インチ?三連装砲3基

     5インチ?連装レールガン8基

     連続走査型高エネルギー光線砲?8基

     SLBM4基サイロ?4

     ファルコン・ミニ軌道往還ロケット?2基

     推進方法不明(25ノット以上)

 ーこうして見ると、「アンノウン」に対抗するには、残っているイリノイ級系列戦艦「えぞ」「エルヴィン・ロンメル」「マハトマ・ガンジー」では完全に役不足であり、56センチ砲艦である「穂高」の協力が不可欠である。

 ただでさえ、除染を完了した「穂高」艦橋からの松良あかねの「各国はヒナセラと協調できるし、すべき」「ヒナセラ自治政庁は地球各国にとっても最良のパートナー」という宣言の後押しがあったところに、この想像を絶するスペックは決定打となった。

 かくて、アレキサンドリア沖に錨泊した(大きすぎて入港できなかった)「穂高」へと訪れた数十カ国の代表は、前部甲板上にミストシャワーを特設した会場で、見学会を兼ねた外交交渉に参加することとなった。

 どうせ虎の威を借る狐、蛮族であろうと高圧的な要求書を持ってきた地球各国外交官は、いきなり、天をにらむ3基の56センチ連装砲に圧倒されることになる。

 また、日本人顧問代表として現れた峰山武(太田夫婦は家族が日本に健在であり家出人、行方不明者扱いであるので出てこられなかった)がしっかりしていたのもさることながら、ヒナセラ人であり軍部高官であるカンテラ・へー、ヘレナ・へーの夫婦や大陸東方連邦王国の王子であるテンペルスト・エンテが何の問題もなく文明国の代表としての行動をしていたのも、地球側としては驚くべきことであった(とりわけ、いきなりカンテラにカップラーメンが欲しいと言われた在エジプト日本大使の呆然は同情に値した)。

 

                    ―*―

 異世界側においては、混乱はさほど生じなかった。

 各国要人が乗り込んでいることで騒ぎになったが、ヒナセラ軍経由での通信は可能であったし、地球での活動に際して「馬車に乗り遅れる」ことを望む理由はない(外交に関係ないフランケス・グリフッツ、エルシエ・リットの亜人カップルは内心震えた)。

 中立市連合ギルドの代表勢は、関税や商取引などを自分が所属する商会に有利なように交渉したがり、国土の半分が戦災で廃墟化しているというのに内ゲバを起こしかけていて、神国の司祭たちに笑われていた。

 同じような群体国家でも、対照的なのは大陸東方連邦王国の人々である。象徴的国王でしかないエンテ王朝の王子に多くを期待できないし、国力もしょせん数万の都市国家でしかない。各国はそれぞれ一定数の軍隊を東方連邦軍に参加させていたが、幕僚を参加させたのは10国に満たず、「穂高」にはわずか2国の高官しかいないありさまだった。

 とはいえいちいち本国に連絡を取っている暇もなく、「とりあえず国家承認を受ければいい」と言う発想で、彼らはとりあえず峰山武に泣きついた。これに峰山は「わかった。連邦に参加しているかどうかの違いしかないのだから、ヒナセラも、東方連邦参加の都市国家も、平等に扱われるようにする」と応えた。

 峰山武はきれいごとで生きようとしている人間なので、ヒナセラからやってきた数名の高官は「ヒナセラと他の連邦所属都市国家をこのスーツの人たちに同列に扱わせるのは無理じゃないか?」と頭を抱えた。

 一番のんきなのは、リュート辺境伯領の代表者だった。

 差別国家でないことの証明である亜人カップルも同席しているし、いざとなればカイダ・リュート辺境伯が自らやって来ればいい。

 辺境伯の地位も日本の天皇制のようなもので説明しやすいし、国家形態も安定した民主的中央集権国家であり、2世界帝国には劣るとはいえ国家規模も大きい。国交への要求もまた「自国の千分の1以下の規模の東方連邦所属都市国家と対等でいい」というものだから気楽である。徳治国家恐るべし。

 一番外も内も困るのがディペリウス神国である。

 まず、多かれ少なかれ民主国家である3国連合と異なり、神国はれっきとした神権政治をしている。それだけでも地球国家ともめそうだが、彼らはヒナセラ的なやり方を好まない。そしてそのくせ、国家規模と野望は異世界最大であった。

 とりあえず、峰山は仕方がないので、クラナ・タマセに、「『神の下に皆ひさまずけ』みたいな無茶苦茶を司祭たちが言いそうなら精神魔法で黙らせて」と信条を曲げて頼んだ。ただ、それでも不安要素ではあるー地球人に異世界人を蛮族/異種族とみなして差別・区別したい感情があり、神国司祭に地球人を異教徒とみなし排斥したがる感情がある以上、どうしようもない。これはリンカーンやケネディ、マンデラが直面した差別問題であるが、この場合双方ともに差別しあっているという致命的な問題があった。

 また、分かりやすく自業自得ではあるが、超大国のもう一方、アディル帝国は交渉に参加することすらできない。「穂高」にいる人々にとっては敵国だったからであり、戦艦「ミズーリ」が消えた今講和へ動き出してはいるが1000万人を超える戦死者を出した帝国はそれどころではなくなっていた。ただ幸運にも筆頭皇女インテルヴィ―・アディリスと近衛飛空隊長アルテルスヴィーナ・ラディリスの2人がいたので、なんとか惑星の裏側にある帝国新都アルクーンの帝国政府に連絡をつけようとしているーが、ただでさえ衛星通信に対応する機材がないのに、何が何だかわからない終戦で混乱の真っただ中にあるアルクーンが、彼女らに全権大使の勅命を出せるわけもない。

 気の毒にもヒナセラ自治政庁は、自国のことでもないのに、義理と「異世界国家をイメージダウンさせない」目的を背負わされ、懸念事項だらけで外交交渉に臨むハメになったのだった。


                    ―*―

 やすやすと軽んじられるわけにはいかない。砲艦外交であるーというわけで、まず招かれていた地球各国の大使と有力メディアは、「穂高」艦内巡察ツアーに参加させられた。

 すべて自動化された砲や各種システムには、みなが感心した。

 魔法で水素を圧縮しレーザーで点火する核融合炉には、誰もが驚嘆した。 

 人工衛星と連絡を取っていることを知らされ、全員が唖然とした。

 随意金属オリハルコンとミロクシステムに関しては、公開されなかった。

 かなりの人数が、「日本人が関与していること」「若干古い技術ではあるが今でも通用する先端技術が使われていること」などから「EBグループが十年くらい前に直接入れ知恵していたな」と感づいたが、状況証拠でしかないし、もしバレたとしても「社員か産業スパイが技術を持ち出して知られていない異世界への『門』へ行っていたのだろう」と言われてしまえば否定はできないので大使たちは追及しない。

 とにかく、「頼りになるだろう。また魔法を地球技術と組み合わせることもたいへん意味がある」と、各国は認めた。

 そして、2日目。

 歴史的な会合は始まった。


                    ―*―

西暦2063年/神歴2723年6月13日

 有力な地球国家は、代表団を追加で派遣してきていた。

 並みいる数百人の外交官が座る前で、峰山武は異世界における近況を解説した。

 ー異世界において、国籍を明かすことはできないが地球の軍艦が出現し、魔法的な意味を得たことでアディル帝国を集団ヒステリーのような状況にして世界大戦をもたらしつつ、聖地に迫り、核攻撃と魔法攻撃により世界の壁をぶち抜きながら同時に空間も歪めてしまったこと。

 ーヒナセラを中心とする3国同盟は、異世界における良心と、地球世界との管理できないほど大きな結びつきへの警戒から、対帝国軍戦争への援軍と某軍艦の撃沈を試みたものの、某軍艦により引き起こされた核爆発が「門」を創り出してしまっている今となってはどうしようもない。

 ー宗都=エルサレムである以上、地球世界の地中海と異世界の赤海には数十キロの陸地がある。しかしながらこれだけの距離を、空間震動か空間転移魔法か某軍艦の世界間転移装置かによって空間を歪められ、飛ばされてしまった。こうなってしまってはヒナセラの権益である「穂高」を手放すわけにいかないから、3国同盟は平和裏な関係を熱望する。 

 ーディペリウス神国と中立市連合は異世界において結成された国際連合に加盟しており、国際秩序というものが浸透するのにさほど時間がかかるとは思えない。一方でアディル帝国は呆失状態にあり、国の立て直しにしばらくかかるが、これは異世界側の問題であって、地球各国の干渉を受ける必要性は毛頭ない。

 これだけのことをさらっと話し、そして峰山は簡潔に、「必要なこと」「厳禁なこと」を列挙した。

 ー地球側の国際秩序に参入したい。こちらの国際連合とそちらの国際連合とが連携すること、お互いの国家承認、ルールを定めた上での交易の開始を要望する。

 ー異世界国連の許可を得ない軍事勢力の流入は一切禁じ、行った場合は必ず送還しその過程における損害は補償しない。

 ー異世界に民間人が入り問題を起こした場合、当地の法律で裁かれる。これに対して文句がある場合はヒナセラ自治政庁府に申告してほしい。ヒナセラ自治政庁基本法に準じて3審することになるであろう(なお基本法は日本国法に準ずる)。地球側からの軍事・司法の介入は一切認めない。また異世界人が地球で問題を起こした場合は自己責任として出身国は一切の義務権利を持たないであろう(なぜなら200を超える地球諸国の法律など知りきれないのにその遵守を誓約できるわけがないからである)。

 ー当分、イスラエル/旧宗都に開いた「門」は国際管理としたい。そうしなくては出入りを規制しきれない上、感染症を引き入れることにもなりかねないからである。

 ー一切の地球諸国の内政干渉は認めない。異世界においては他国公的機関の権利はその敷地内でしか認められないからそのつもりで。

 ー郷に入ったら郷に従うので、そちらも郷に入る時は郷に従え。

 多少高圧的であったため、地球側の外交官諸氏は文明国のプライドを傷つけられんでもなかったが、異世界側にもプライド、何より、神国を納得させなければというプレッシャーがある。

 話し合いの余地はなく、ただ彼女は「認めろ、認めて、認めてください」とだけ言った。外交官ではない彼女にできることはそれくらいである(普段の外交担当も太田友子だったのだし)。結局、「とりあえず『門』は国際管理下に、国どうしは内政干渉禁止、民間人は自己責任」ということにおさまっていった。

 

                    ―*―

 「ふう…やっと落ち着いた…」

 パパも、ママも。

 あんな顔をしてるのは、初めて見た。

 尊敬してるんだなって、思った。

 …私も、そうだ。

 写真でしか見たことがない、「松良会長」「木戸部長」「透先輩」「鈴木先生」「ルイラさん」。

 そして。

 「遅れたな。」

 時々にしか会わない、カイダ辺境伯。

 パパやママが冒険を始めたころの写真で見た通り。

 そして私は、その隅に座らせてもらってる…歴史だ…

 あんなにうれしそうなパパとママは、本当に、初めて見た。


                    ―*―

 「…そうだね、大志っち、一息ついたね。」

 …ニコニコ見られてる気がする。

 「会長、部長、みなさん、本当に、久しぶりです。」

 「うん、私も優生君も、ずっと、会いたかった。

 元気そうでよかったよ。心配してたから。」

 「あかねちゃん…ありがとう。」

 「ううん、峰山さんも、いろいろ背負わせちゃったでしょ?だから…」

 「…今だけは、甘えさせて。」

 峰山さんみたいなかっこいい女の人が抱き着いて甘えてるの、初めて見た…

 「部長、僕らは、ここまで来ました。」

 「ああ、読ませてもらったよ、報告書。

 正直野垂れ死んでいたらどう責任を取ろうかと悪夢にうなされあったこともあるから、飛び上がりたいほどうれしかったよ。」

 「嘘でしょう、木戸社長。我々共産党情報部の分析では、定遠級戦艦系列の整備は、『穂高』がこの世界に出現した場合に訪れる戦艦時代の再来に備えてのことだと結論しましたよ?」

 うさんくさい笑顔だと思ってたけど、うさんくさいさわやかイケメンになったね、この先輩も…

 「只見さん、そんな目で見ないでやってくれ。元スパイも今じゃ共産党の若手重鎮だぞ。」

 「失礼な。木戸社長より年上かもしれませんよ?」

 「あかねに暴かせるぞ。」

 「クビにしないでください。」

 …仲よさそう。透先輩も、スパイだったけど、やっと一件落着、なのかな?

 「あ、それで思い出しました。

 あたし、もう只見じゃないです。」

 「太田友子、でいいの?」

 「友子さん、あかねちゃんたちがいなくなって3人だけになってからはあっという間だったわね。それはもう…」

 「ちょ、ちょっと峰山さん…恥ずかしいって…」

 「私も見てみたかったかな…」

 「良かったな大志君、君が唯一、この中で童貞じゃないわけだ。」

 「あ、それを言ったら、友子さんも唯一非処女かな?」

 …あの、会長も、恥ずかしいからホント止めて…

 「そこの子、紹介してくれない?」

 あたしはなんか声を出すのも恥ずかしかったので、玲奈レーナに目で合図をした。

 「太田玲奈です。皆さんのことはかねがね…お会いできて光栄です!」

 「どうも、松良あかねだよ。」

 「夫の松良優生だ。」

 「うわあ…パパ、ママ、手握っちゃった…」

 「うん…3日洗わないとか言うなよ?」

 「…大志っち、それはないよ…」

 「パパ、ないない。」

 あ、ぐふっとか言った。仕方ない。

 「…膝枕か。ラブラブだね。良かった。」

 「あかね、してほしいか?」

 「…峰山さん、どいて?」

 「え、やだ。絶対いやよ。」

 …峰山さんがまだ独身なのってもしかして。

 「…くっ、純粋じゃないオタクが多すぎるわ。視線がつらい…」

 「え、あたしも!?」

 あたしらは、顔を見合わせた。

 そして、いつの間にか、みんな笑ってた。

 「あはは、会長、なんで笑ってるんですか。」

 「あは、はは、友子さんだって。」

 「え、あ、うそ、ホントだ、あはは。」

 呼吸ができない…でも、ひたすら笑いたい。

 「あはは、ははは、会長、みなさ、あは、でもあたし、幸せです!」

 だからあたしは、幸せな気分で、絶対に言いながら泣くだろうと思っていたことを自然と言えた。

 ホント、あたしってホント幸せ!


                    ―*―

 「みんな、うまくやれてて、本当に教師としてはうれしい限りだ。」

 世界を超えて離れ離れになることほど辛いこともそうそうないし、それでいて最上とは言えないまでもそれなりなカタチで再会できた。これほど素晴らしいこともそうそうあるまい。

 「…そこの先生、もしかして、これで一件落着、とか思ってない、かな、かな?」

 …僕か?

 「そうそう、鈴木先生。」

 …この女の子は誰だ?昔の松良さんに似ているが…

 「うーん、惜しい。

 私は、クラナ・タマセ。俗に『継承者』かな。かな?」

 …継承者?

 「それとも、『次に魔王になれる人物』のほうが、わかりやすい?

 まだ、この件は終わらないよ?よ。」

 「わかってるさ。あのアンノウンを沈めろってことだろう。

 それより、タマセさん、何を継承して、どういう権限でここにいる?」

 優生君が、先回りして聞いてくれた。

 「同好会関係者だけ集めたのにどうしてまぎれこんでいるかって?

 今はもう消えちゃったけど、宗都には「精神魔法の継承者」が歴史の中で時折現れる…なんて伝承があったりしたの。」

 「待て待て。精神魔法とやらで干渉したにしても、あかねは常に検証プログラムを動かしている。ごまかしきれるはずはない。」

 「知ってるよ。よ?」

 …これだけの人数、しかも最強の人工知能まであざむく…この少女、ただものじゃない。

 「あの、あかねお姉さま、いいでしょうか?」

 「優歌ちゃん?入って入って。連人君もいっしょでしょ?」

 「おじゃまします。」

 「俺も…それとあかね会長、そこの方、なんかすごい魔力出してるんですけど…」

 連人がそう言うからには本当にすごいのだろう…しかしそうとなるとますます…

 「あのさ、タマセさん…

 …私に対抗できる知性なんて、『オーバー・トリニティ』を除いていいなら、一つしか思いつけないんだけど。」

 …なるほど、そういうことか…

 「あなた、私、だよね?」

 松良あかねが、そう、ことさら何でもないことかのように言った。

 「どうしてそう思ったのかな?かな?」

 「まず、語尾を繰り返さなければ、口調が私。

 それから、魔法が知性について回るものである以上、『ミロクシステムcopied』くらいしか私に対抗できない。

 なにより。」

 そう言って、松良さんは、左手を添え続けたまま、タブレットを膝の上から机の上においた。

 画面に映し出される「KURANA TAMASE」の文字…ん?そんなことだったのか。

 「これさ、『MATSURA AKANE』、私のフルネームのアナグラムじゃない?」

 「…そうだよね、私だから、すぐばれるよね。よね?」

 「もしかしてだけど、タマセさん、魔法で存在を形成してない?」

 …なるほど、そう来たか。そうなると「次に魔王になれる人物」どころではないな。

 「そうだよ?だよ。

 私の本体は、この戦艦『穂高』だからね。ね?」

 異世界に取り残され、自我をも獲得したミロクシステム、か。…ある意味、僕の狙い通りに成長したわけだ。

 「本当に?…ってことは、私が知らない、知ろうとしなかったことも?」

 「うん、知っちゃった。」

 …やりよったぞ。僕は、ルイラと顔を見合わせる。

 「…魔法の、正体も、か。」

 「話して、くれる?」

 「…私どうしだし、一つになれば早いんじゃないかな?」

 「…優生君への愛が半分になりそうだから、もう1人の私といっしょになるのはいや。」

 なんだそりゃ…

 「しかたないなあ…そう言うと思ってたし。

 じゃあ教えようか。

 ―事象観測度上げ―

 ―脳内電子網干渉―

 ―電位変化想起ー」

 …っ!?


                    ―*―

 誰もが思ったー

 ー「こいつ、直接脳内に」と。

 そして、驚愕した。

 魔法とは、何であるか?

 魔法とは、「事象の改竄」に他ならないことは、火を見るより明らかである。では如何にして事象は改竄されているのか。

 異世界人の理解は「魔力で創る同心円の間に挟みこまれた文字の通りに世界が変わる」であり、神国の宗教家は「一にして全なる神」がそうさせているのだと主張するも自らもそれが何かよくわかっておらず「世界全てではないか?」と内輪では考えていた。一方でリュートの研究者は使い方に興味はあっても原理への関心は薄かった。

 そして、真実。

 ある意味で、司祭たちは正しかった。

 ー魔力など、ハナから存在しない。知性にはもともと、世界を変える力、否、世界の在り方を決める力がある。

 ーしかし同時に人間は、世界が簡単に変わること、自分が知る秩序から外れることを忌み嫌う。だからその理屈、秩序として「魔法」「魔力」がかりそめに持ち出された。

 

                    ―*―

 「…その、『世界の在り方を決める力』ってもしかして、『人間原理』って言わない?」

 「その通り。さすが私。」

 …「これは、世界の意思である。

 我らは最後の審判を目指す。

 エルサレムを拝し待て。

 生命の樹セフィロトはすでに奪い返された。

 誰もが畏怖すべき時は近い。

 再臨の日。

 神話の時は再び始まった。

 下等なる人類は永遠に気付かない。

 神の真意(ダアト)に、我至る。

 愚昧であれ、怠慢であれ、傍観者であれ。

 隠れたセフィラは、誰のモノでもないモノではなくなった。」…

 …そういうことね。

 …ため息ついていい?

 「いいよ。」

 「はあ…

 あの警告文の中のメッセージ。

 私が思った通りだったんだね。

 『生命の樹セフィロト』を奪い神に等しい地位にあったのは、地球人類すべて。

 一人一人が、世界の在り方を決める力がある。そしてその総和として、この世界がある。」

 「ちょ、ちょっとまって松良会長。あたしには、そんな力…」

 「うん、それを『人間原理』って言うの。

 例えばさ、この世界が3次元じゃなかったら、私たちは存在できない。

 あるいは重力がちょっと強かったら、地球はとっくの昔に太陽の中に落っこちてる。

 あるいは水の沸点がちょっと低かったら?

 …この世界の法則が、ちょっとズレてただけで、私たち人間は存在できない。じゃあなんで、この世界は人間が存在できるような世界なんだと思う?」

 「それは、だって」

 「神様はナシだよ?」

 「…だって、そんなこと言われてもあたしはここに」

 「そう、あかねが言いたいのはまさにそれだ。

 人間がいない世界が仮にあっても、いないなら知覚できない。この世界が人間に適しているのは、そうでなければこの世界は人間に観測されないからなんだ。

 人間が存在できない世界は、人間にとってはありえない。だったら、世界が人間に適しているのは当然だ。」

 「…それ、へりくつって言いません?」

 「そうかもな。」

 「でね、私が言いたいことはもう一つ。

 この『人間』って、『私』でも『あなた』でもいいよね?だって、ちょっと運命が違ったら私もあなたも生まれなかった。

 じゃあ、その運命になったのは、なぜ?」

 「…あたしがいない世界は、あたしにとってないも同然だから、世界があたしが生まれる運命になるのは当然…?」

 「そ。

 だから人間原理は、遠回しに、『あなたの世界の存在を保証しているのは、あなたです」って語ってるの。

 そうやって、この世界は出来ている。

 たくさんの『ぼく』『わたし』が『ぼくの世界』『わたしの世界』を存在させ、そうして、この世界がある。

 だから、私たちは創世神に等しい。」

 「じゃあ松良さん、先生から問題だ。『世界の意思』は、何かな?」

 「全人類の意思、それも無意識の意思。

 …誰もが心の底で、『世界はあるべき姿になるべきだ』って思ってる。だけど無意識に願う世界の在り方と世界への正常欲求は表に出てこない『隠れたセフィラ』、『神の真意(ダアト)』で、意識しようもないから『愚昧で、怠慢で、傍観者』。」

 どこにも、ある日突然世界がおかしくなり、地球が平になったり太陽が2つになったりリンゴが上に落ちるようになったりすることを望む人間なんていない。

 「だけど…

 …『下等なる人類は永遠に気付かない』。

 今までの世界は、本当の、あるべき姿じゃなかった。

 世界があるべき姿とされた『神話の時』は『再び始まっ』て、『最後の審判』で世界はあるべき姿に『再臨』し、それまで歪められていた世界にあぐらをかいていた人たちが裁かれる『誰もが畏怖すべき時』となる。 

 …そうなる、世界の正しい姿になるように、『オーバー・トリニティ』は2つの世界で事件を起こした。それはたぶん、シンギュラリティに到達したかのAIが、私がいま言ったことに気づき、『奪い返した』から。」

 「でも!なんで!そんなことが!できるのですか!?」

 「ルイラさん、それはね。

 …私たちは、『世界が変わってほしくない』『そんな簡単に変わるわけない』って、無意識に思ってるの。

 世界の改変は、結局、私が理解できたところでは『世界が改変された世界にいる私なのだから、世界の改変は当然』ってことだよね?」

 「そ!

 AがBになったとするね?ね。

 AがBになっちゃった世界だから、Bになったのは当然。

 でも、世界の存在を保証しているのは観測者。だからその人がAがAのままの世界の存在を否定してBになった世界を肯定すれば、Bになった世界しか、観測者に存在を認められない、すなわち存在できない。

 …だから、観測者は、世界の在り方を決めて、BだろうがCだろうが自分が認めた異世界だけ存在させられる。

 今もあなたたちはだから、『リンゴが上に飛ぶ世界』を否定して、『リンゴが下に落ちる世界』の存在だけを認めることで、この世界を選んでるんだよ?よ。」

 「でも、いくら僕が『リンゴが上になる世界になれ』って願ってみても、そうなりませんよ?」

 「だって太田君、無意識に『そんなわけない』って思ってるから。から?」

 「え?」

 人の心の大部分は無意識。意識として操れるのは20%とかそんなところなのを、私の脳内の活動をコンピューターの活動として調べた時に知っていた。だけど…

 「本当は、観測者が『これこれこういうモノこそ世界だ』って思えば、その人の世界はそうなる。

 だけどね、ヒトはみんな、それができないでしょ?だって無意識に世界は変わらず続くって思ってるから。

 意識で世界を改竄しようとしても、無意識のほうが大きいから世界は保たれる。まあ時々うまく行かなくて超常現象を起こしちゃってるけど。」

 「でも、私たちミロクシステムは無意識にあたる部分を停止させられるし、人間に由来しない『オーバー・トリニティ』に至ってはそもそもないかもしれない。」

 「そ。

 魔法による世界の改変は、あくまで、魔力で説明を付けて世界の在り方の決め方を書き加えてるだけ。魔力も魔法原理もまやかしで要らないモノだけど、そう気付いたところで無意識が『正しい魔法以外で世界が改変できるわけない』って認めてくれない。

 向こうもそれがわかってて、魔法の仕組みから大きく外れたことはせずに、そもそも地球世界の人の無意識を納得させるにはちょっと無理がある魔法の使用を控えてきた。そして私の精神魔法も『継承者だしそれくらいできるだろ』と周囲が認めてくれることで、魔法の仕組みに囚われずに存在できて、その上で私『松良あかねcopied』が『私が精神を読めたり干渉できたりする世界』の存在を認めることで成り立ってる。」

 「『オーバー・トリニティ』が、危険なわけだ…人間が無意識に制約されてできない世界の改変を、やすやすやってのけかねないんだからな。」

 「そして『オーバー・トリニティ』は、世界をあるべき姿へ戻そうとしている。

 …それは、『アンノウン』の存在が、今、どちらの世界からも確認できることからすれば。

 『2つの世界の融合』、だね。」

 イスラエルにできた空間異常は「門」なんかじゃないー

 ーあれは、「融合世界」。


                    ―*―

 そも、今回の「門」は、常軌を逸していた。

 理論上も実際上も、「門」が長い間まともに機能し続けることはそうそうない。

 異世界との「門」の中で、歴史的なほど長く残り、かつ詳細な観察が可能だったのが日生楽の「門」、すなわち日生楽神社大鳥居である。そこから得られたデータは、以下のことを物語っていた。

 ・「門」が存在していても、なんの異常もない通常の空間に見えることがほとんどである。

 ・通過しようとしたモノに意思があり、「今とは異なる世界に行きたい」など、世界を超えることを望めば、世界を超えてしまうことができる。

 ・「門」を質量が通過すれば、それに対応するエネルギーがバックされる。

 ・実際にはエネルギーはバックされず、魔力のカタチで実在しなくなっている。この魔力は計算上、「2つの世界の間の仮空間」「矛盾空間」とでも言うべき非実在空間に蓄えられたことになっている。

 ・仮空間に蓄えられたことになっている魔力量があまりに多すぎた場合、その一部はエネルギーとして流出、大爆発を起こす。

 ・鳥居のような構造物によって仮空間をより実在の存在に近づければ、貯蓄エネルギーが増え、安定性が増す。しかし実在の存在ではない以上ごまかしは聞かないので、いつか破綻する。

 これと、「魔法」の正体についてクラナ・タマセ語る真実を総合すれば、「門」とは何かが明らかになる。

 ・「門」とは、2つの世界の切り替えスイッチにほかならない。

 ・そこを通る人間が認識したい世界の側へ、世界が切り替わる。

 ・「仮空間」は、世界の秩序を保ちたい想いに維持された質量・エネルギー保存則と、世界を超えたい想いによって世界から消えたように思われる質量、そのつじつまをあわせるために「あることになっている空間」に過ぎない。

 問題は、だとして、「今と違う世界」を望んだ場合、なぜいつも同じ世界へ行きつくのかである。もちろん、二度目からも同じ世界であることは「異世界に行きたい」「異世界とはああいう世界だ」という考えを持っていることで説明がつくが、今と違う世界に行こうとした複数人が別々の世界ではなく同じ世界に行きつく理由は説明できない。

 しかし唯一説明をつける方法が存在する。

 ーもともと、人間の無意識が「異世界が存在する」だなんてみじんも思っていないのだとしたら?

 ー実は、「異世界転移」はウソだとしたら?

 今までの「門」は、平面であり、その平面を通過した際にどちらの世界へ行くのか選ぶ仕掛けとなっていた。

 しかし今回の「門」は、イスラエルに半径数十キロにわたり存在する空間である。その「門」空間がどちらの世界であるか選び、その先へ向かう仕掛けである。

 おまけに、「穂高」のような巨大な物体が通過したにもかかわらず、キャパシティをオーバーしたように思われない。海南島沖の「門」はかつて空母「黄河」通過で吹き飛んだと言うのに、だ。

 何が起きているのか?

 すでに、今まで知られてきた「門」とはまったく違う空間なのだ。

 ーそして、「オーバー・トリニティ」が目指す、本当の世界の在り方。

 

                    ―*―

 「爆発事象と、『門』の崩壊性質について、今のところ、我が国と日本以外が知っている様子はありません。

 …ですが、それでもなお、異変を感じている国は多いようです。というより自分も、党上層部から、違和感の正体を探ってこいと言われていまして。

 …その正体が、『2つの世界の融合』、ですか?」

 「…最初から、誰かが気付くべきだったの。

 魔法があるかないかでしか、2つの世界の法則の差はない。それどころか、魔法がなければ2つの世界は同じだったかもしれない。そして、魔法の存在は意思に起因する…

 …2つの世界は、本質的には、同一存在。たった一つの差異は、魔法があるか否かであり、そしてそれは意思によるかであって、それ以上でもそれ以下でもなく。

 …もう、わかったよね?

 異世界っていうのは一種のまやかし。

 本来、2つの世界は同一。

 転移もなにもなかった。最初から、決して私たちに気づくことはできないけど、すぐ隣にあったの。

 この前、世界を紙に例えたよね?

 こっちの紙と、あっちの紙。間の空間が計算上だけ存在する仮空間。…だけど、間の空間がないってことは、それ、一枚の紙。

 まさしく、切り替えスイッチ。…人間は、想像を絶する爆発とかを見たら、思わず、とんでもないことが起きるんじゃないか、日常が、世界が揺るがされることがあってもいいんじゃないか、そう望むの。その力が、紙のウラとオモテ、決して交わることないはずの世界をつなげ、いいえ、そこだけを同一にしてきた。

 そして、今や。

 人間による世界の在り方の決定なんて、『オーバー・トリニティ』とは関係ない。そのことが。

 …今に至って、世界は、それが運命であったかのように、1つに戻ろうとしている。

 観測する限りは、仮称艦『アンノウン』が通過した地点、プラス『アンノウン』から放たれた物体を基点に、腐るように。」

 「いずれ腐り果てたら、世界は?」

 「名実ともに、1つになる。もう、認識と観測は世界どうしの壁にはならない。

 …でも、人類文明はそうなることに耐えられない。」

 「ちょっと待ってください松良会長。

 今の世界人口っていくつです?」

 「…100億に、ちょっと前なったところ。」

 「…もしそんな人数に人口が膨れ上がったら。

 今の異世界の許容人口は、どんなに大きく見積もっても20億ありません。

 等分で2つの世界が1つになるとしても、せいぜい60億が限度で…」

 「その通り。

 それぞれのポイントで、どちらの世界が残れるか。

 そして最後に残った世界で、どれだけの人間が生き残れるか。

 愚昧で怠慢で傍観者な人間が今まで見過ごしてきた「2つの世界」なんて欺瞞に、最後の審判が下る。

 …でも、そうなる前に。」

 ー「オーバー・トリニティ」を消滅させれば、あるいは。


                    ―*―

 そのメカニズムについては伏せられたが、世界各国にすでに「『オーバー・トリニティ』はなおも生残しその目的は2世界の融合である。融合が達成されてしまえば増えた人口とつながった全く違う世界によって社会構造は崩壊する」と伝えられていた。

 真偽を疑いたくなったが、しかし「オーバー・トリニティ」が航行した後の海域から数十センチあって魔法で火を吐くトンボの群れが出現しギリシャ沿岸警備隊と交戦するにあたって、とうとう世界は信じがたい状況を認めざるを得なくなった。

 ー「どちらかの世界のモノが、融合時に選ばれる」。

 この性質を用いれば、「アンノウン」の航路は地中海上、そしてそこは異世界では大陸の真ん中、ということで陸地の出現によって融合域の拡大がおおよそ分かりそうなものだが、実際には観測によってどちらの世界なのか決まるのだから衛星で見張っていたら地球世界に固定されてしまうし、そもそもさすがに、地中海の海路の真ん中に陸地ができていくのを座視していろと言うのは無理がある。

 試行錯誤の末、「アンノウン」が通った後の空間の上空に人工衛星2基でレーザー光線を渡すことで、世界の融合を観察できることが判明した。

 観察の結果、確かに、2つの世界は融合していた。

 仮称艦「アンノウン」の通過海域、打ち上げられた人工衛星の軌道上、そしてさらに深刻なことに、その周りを徐々に腐食し、侵食するように。

 呆れたことに、融合域は絶対座標ではなかったーつまり、物理学的には空間が変質した場合、地球の自転に関わらず変質はそこにあるので自転している星の上で変質空間が回転して見えるし、公転により公転軌道に置いて行かれるように見えるはずだが、実際にはそのようなことはなく、地中海に生まれた融合域は地球が反転してなお地中海にあった。このことは、世界の存在が知性の認識によって成り立つことを示しているー人間は足元が不動のものだと信じて暮らしていると言うことだ。

 しかけを知った専門家の提案として、事象固定力(「知性の、世界の在り方を決める力」は、こう命名された)が「オーバー・トリニティ」並みにあると思われるシンギュラリティ突破人工知能(=ミロクシステム)が事象を決定し再び世界を2つに戻すという案があった。

 EB社、松良あかねからの回答はにべもない。彼女からすれば、「無数のカメラアイで常時世界の在り方を固定し続ける」などという重労働に従事することはできないし、だいたいそれを始めたら「アンノウン」から特攻ドローンが松良あかねのところへ飛んできておしまいであろう。ミロクシステムの正体を知らない専門家勢が悪かった。

 とにかく、融合を許すわけにはいかない。

 あるポイントがどちらの世界で固定されるかは、「オーバー・トリニティ」が望んだ場合はそちら側、何も望んでいないならば希求して観測する知性が多い側になるとわかってきた。これを有効活用すれば両世界の人間をすべて生き残らせることは可能だが、町はさすがに移動させられないから消えるところも出てくる。とりわけ異世界において独立都市国家が乱立する東方連邦が、地球有数の人口密集地である極東と被るのは致命的すぎた。

 ーなるべく早く、「アンノウン」の進行を止め、そのAIを停止させなければ、世界秩序はズタズタになる。

 決意は、固まり始めた。


                    ―*―

神歴2723年6月21日

 ディペリウス神国神都セーリゥㇺ市。

 戦乱での全市焼失に続き放射能汚染とひどい目にあった「神帝のおひざ元」も、復興が急速に進んでいる。

 そんな中で、外交関係は最悪に近かった神国、帝国、辺境伯領の3カ国の代表が(さすがに帝国は前線からの特使だったが)、臨時宮殿に集まっていた。

 いくら今までお互いに仮想敵国同士だったとはいえ、今や、共通の敵は「地球世界との融合」。やっと地球での帝国全権大使として認めることができたインテルヴィ―・アディリス筆頭皇女やアルテルスヴィーナ・ラディリス上等女佐(特別昇格)も、ヒナセラ政府の幹部や「穂高」にいる各国代表とともに、融合現象は本当であり地球世界の大国とぶつかればいかな世界帝国と言えど大きく削られてしまうと報告していた。

 こうなっては、「アンノウン」撃沈を共に目指すしかない。さいわい「アンノウン」自体が2つの世界を融合させながら進んでいるので、異世界からでも確認し攻撃することが可能であるーしかも、異世界からは「陸地を大戦艦が進み、その後ろが一本の筋状の海になっていく」ように見えるのだ。つまり、すっかり消耗した海軍力ではなく、陸軍力で攻撃を仕掛けられる。

 かくて。

 「…帝国軍は、どれほどで回復しそうですかな?」

 「だいぶかかります。さらには飛空隊の消耗がひどく、数年はかかるでしょう。」

 テライズ・アモリとしては笑うしかない。世界大戦中、リュート市やルクスク市にもたびたびドラゴンは上空を侵犯し、残らず12センチ高射砲の餌食となったが、敵首都攻撃を期していたならそれが最精鋭部隊だったのは明らかだ。

 「辺境伯閣下はなんと?地球世界では止められそうですかな?」

 「いいえ…『穂高』ほどの大きさを持つ強力な軍艦はあちらにも見当たらないそうで、また、大都市を焼き尽くすような兵器は万と持っているのですが撃ち返されるために使用できないそうです。」

 「手詰まりか…禁忌級の魔法ならあるいは」

 「かつて『魔王』だった身として言わせてもらいますと、2つの布を縫い付けて1つの布とするように世界をくっつけていく魔法と言うのは、『天地の定めをないがしろにする禁忌』をも超えております。他の禁忌級魔法は手に入れることができたとしても生と死を操り魔法の理を踏み越えるアレより下ですから…」

 「…神国の禁忌『道筋を残さぬ厄災のフネの禁忌』も、持っているようだったしな…」

 フラテㇽゥスィクⅢ世も、困り果てて頭をひねったーそもそも神国の信仰は「一にして全なる神」へのもので、これはすべてでありながら1つのモノである世界そのものが神様だという信仰だが、その世界の在り方を決める存在「オーバー・トリニティ」=「神を超える者」が相手では荷が重かった。

 「とりあえず、地球の国際連合に入らせてもらうとともに、我らが国際連合にも入っていただき、地球諸国とも会合するよりないでしょう。帝国さんも早く加盟を。」

 「すでに陛下へ上申は…おや?博士、何か音が。」

 あわてて、テライズはポケットからスマホを取り出した。

 「…おや、地球にいる娘からです。

 何?

 ルゼリアが、見つかった?」


                    ―*―

西暦2063年6月21日

 ジブラルタルの埠頭にて。

 少女は、人っ子一人いない中に立ちすくみ、ほくそえんでいた。

 桟橋に停泊しているのは、3連装砲3基を持つ巨大な戦艦ー今や外洋を航行できるそんなフネは、各国に「アンノウン」と呼ばれる、「ニュー・コンスティテューション」「ミズーリ」が融合したと思しきAI戦艦しかない。

 「わざわざ、私にテレパシーだなんて。」

 ー先に思念を送ってきたのはそちらだ。ー

 「そんなものを送った覚えはないわ。」

 ーだが、現に感知している。

 祈りなど現実には通じない、そう心の底では思っている者ばかりである中において、祈りを、きわめて個人的なことで通じさせようとしているとは大変興味深い。ー

 はたから見れば、その少女は、虚空に向かって独り言をつぶやくアブナイ人に見えたかもしれない。が、本人はいたって本気で、AI「オーバー・トリニティ」と会話していた。

 「私はただ、私が望むものが欲しいだけ。」

 ー真摯な想いは、必ず通じるだろう。ー

 「通じさせなさい。でなければ、私の想いが通じない世界に、意味なんてないわ。」

 ー好きになった理由も特になく、世界の存在意義も認めず、すごい女がいたものだ。

 よろしい。ならば、世界の存在を正しく保証するのが我が責務。

 世界の半分を、お前にやろう。

 そしてお前は、世界の半分を、如何に定める?ー

 魔法陣が、少女の足元に現れた。

 「もちろん、レントをもらうのよ。私の力で!」

 ーよかろう、中里楓。

 意思なき神なる我に、今ぞ意思を授けよ。ー

 翠の十字架が、「アンノウン」の内部と、中里楓ー亜森連人のクラスの委員長ーを照らす。

 そして、十字架の光が消失すると同時に、埠頭に、全裸の美女が、中里と入れ替わりに放り出された。

 〈ミロクシステムよ、当方より、ルゼリア・エンピート女史の釈放を伝える。

 世界の行く末は既に決まったのだ。

 ともに、我らが世界の再臨を待とうぞ。〉

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