異世界編7-「海神おののく亡霊 そして、絶望へと至る死闘」
「ミズーリ」「大和」は沈んだ。
…しかし、まだ、終わりではなかった。
今、すべてが、1つに収束する。その先の未来にあるものとは…
―*―
「…始まる。」
私は、感じた気配をそのまま、口に出した。
赤海の海峡開口部のある、南東の方角。そこから、強大な変化を感じる。
…すべては、序章に過ぎない。
…すべてが、終末を目指す。
「何が?タマセさん。」
「うん、えーっと…
…終わりが、かな。かな?」
…この先のことは、私、クラナ・タマセの領分では、ない。
―*―
無数に引き裂かれた最強の戦艦「大和」は、ゆっくり、海中深く、没して。
わずか7時間ほど前に沈んだばかりの、ライバルであるアイオワ級戦艦の骸の上に、無惨に臓物を巻き散らした。
―*―
「大和」のAIに操縦されていたドローンや、ヘリ「武直10改」が、役目を終え、あらぬ方向へ旋回し、海へ飛び込み、角度を傾かせ過ぎて失速し、急速に空から消えていく。
―*―
宗都を包囲していたものの、クラナ・タマセの精神系魔法によって宗都を囲む低い石壁を越えるアクションを起こせず踏みとどまっていたアディル帝国軍も、急速に堕落し、へたり込んでいった。
―*―
「進軍せよっ!我が軍艦は何処にあり…や…」
「へ、陛下!どうされました!?」
「う、うむ…頭が痛い。余は、今日は、寝る。」
「そ、そんなっ!前線はどうなさるのですか!」
「うるさいっ!」
―*―
「大志っち、やったよ!やったね!」
「ああっ!」
無事、太平洋戦争2大最強戦艦と言ってもいい、アイオワ級と大和型を、撃沈することに成功した。
「やったぞ、やったぞおーっ!」
友子と一緒に両手を掲げて飛び跳ねたって、別に誰も責めやしない!
僕らは、この戦争を、ほぼ終わらせた。
後は事後処理。
宗都沖へ移動した「穂高」による艦砲射撃で包囲中の帝国軍を蹴散らして殲滅、帝国軍を降伏させる。
帝国軍に囚われているルゼリア・エンピートを釈放させ、国連軍を解散すれば、それで、僕らが異世界の存在を知って以来最大の戦争、この世界大戦、「第3次『異』世界大戦」が、終結する。
2月から4か月と、短いようだけど、でも、一生分戦った気がする…
…長かった…
「あ、玲奈から着信。」
「なんだって?」
そう言えば、彼氏を捜したいなんて話だったけど、結局失敗だったんだろうなあ。
「…『まだ、終わってない。気を付けて。』だって。情報が古いのかな?」
「…ちょっと待って、それ、誰発言?」
「さあ?書いてないから、玲奈じゃない?」
なら別に…
…ちょっと待て?だったら別に、戦争の基本である「勝って兜の緒を締めよ」を、玲奈がわざわざ分かり切っていることなのに言ってくる必要が…
「…まさか!
こちら『穂高』より『エルドリッジ』!
現状の、水中音波データを本艦に送信されたしっ!」
―*―
「こちら『穂高』より『エルドリッジ』!
現状の、水中音波データを本艦に送信されたしっ!」
「何だと言うんだ?軍事機密だぞ本来。」
「しかし、しろというからには理由があるのでしょう、ボス。」
「転送、開始しやす。」
「ああ…一応こちらでもチェックしよう。とはいえアクティブもパッシブも、ソナーなんて沈む戦艦で雑音だらけだろうに…」
「ボ、ボス!」
「なんだ?」
「海底より、急速に浮上する物体ありっ!」
「浮上?沈降の間違いだろう!」
「いえ浮上です!『大和』沈没海域より北西200メートル、全長280メートル…これは…
…アイオワ級戦艦です!」
「どういうことだ!」
「ボス、『ミズーリ』復活です!」
―*―
「フラグかくそっ!」
データなんか見るまでもない。
アニメじゃ、一度沈んだ戦艦「大和」は、超技術を受けて戦艦「ヤマト」としてよみがえった。なら、それがたとえ模造品でも、よみがえるかも知れなかったのだ。
急速に浮上し、もはや、ソナーデータを見ずとも、空撮画像にくっきり映っている、ぬらぬらした細長い塊。
突き出た3つの巨大な突起が、艦橋に、煙突に、後部艦橋のカタチとなり。
すでに主砲は、立派に16インチ3連装砲Mk7そっくりとなっていた。
「た、大志っち、どういうこと!?『ミズーリ』は、沈んだんじゃあ…」
「ああ…
…でも、そのAIは、死んでなかったんだ。」
そして随意金属戦艦「大和」を、その量子コンピューターがはじき出す意思で取り込み、変形させ。
「それどころか…
…もし、僕らが随意金属の修復を封じて一気に沈めるために魔法戦力を結集させることを、『ミズーリ』のAIが読んでいたなら。」
それは、「大和」が沈むことを織り込み済みであったと言うことで。
「『ミズーリ』AIは、分断されることも、2隻が沈められることも、事前に1隻に融合しても魔法に対抗しきれないことも承知の上でー
-魔法艦隊が魔力を使い切った直後に殲滅できるように、最初から海中で融合するつもりで、あえて沈められに来たんだ…」
―*―
太田大志が見抜いた通り。
絶望が、ディペリウス神国魔法艦隊を襲った。
魔力を「大和」撃沈に使い果たした魔法使いたちは、突如海を割るように出現した戦艦「ミズーリ」に、どうすることもできず。
本来アイオワ級にあるはずのない16インチ三式弾が、木造帆船の群れの上に、炎の華を咲かせた。
水系魔法使いたちが、船の上に水のドームを作って防ぐが、消火は出来ても弾片を消せるわけではない。
降り注ぐ孫弾は、水のドームの内側で炸裂。
それでもなお、弾片に過ぎなかったことが幸いして、防御魔法は有効に機能した。
AIは容赦なく、防御に対し、最良の攻撃手段を選択する。
高エネルギー光学レーザーが、帆船隊をなぞる。
神国魔法艦隊のあちこちから、炎が出始めた。
バギオ・クィレが、なんとか降り立った甲板の上で、残り少ない魔力と集中力を振り絞り「意変光」を再発動させる。
不可視のレーザーは一度はバギオの魔法に引っかかり、波長が変化することでその攻撃性を失った。しかし、常に移動するレーザーを防げるだけ広範囲に魔法を張るのは著しく消耗を強いることで、いつもは即死レベルの電磁放射線を太陽光から変換して一瞬使うだけの魔法を、長時間使うことは出来ず、バギオは立ったまま気絶した。
気づいた何人かが、対抗光魔法で防ごうとする。しかし、どれもフネ全体を覆うには至らず、喫水線すれすれをなぞるレーザーは舟板を切り裂き、焼いていく。
爆発が、海面を叩き。
帆船は、海上から燃え上がるようにして炎上を始めていく。
水系魔法が、風系魔法が消火を試みる。
防戦一方の神国艦隊の真中を、新生「ミズーリ」は、なんの攻撃も受けずにレーザー砲塔のみ旋回させるのみで、通過していった。十隻ほどが、70000トンを超える排水量の物体が起こす波にあおられ転覆していく。
そして、悠々と約30ノット=55㎞/hで通り過ぎていった「ミズーリ」は、漂流を始める神国艦隊が10キロ以上離れたところで、おもむろに艦尾側の第3砲塔の1番右の砲身を持ち上げた。
急迫徹甲榴弾を想定しない超弩級戦艦艦砲としては近距離(「大和」であれば5キロ以下は照準困難)な距離で、16インチ砲が火を噴く。
雷鳴のような音。
マッハ2で、約1,6メートルの長さの砲弾が、斜め上へ、そして、弧を描き、落下していく。
神国艦隊の中央で、その砲弾の軸にある炸薬が、軸部の筒内にある丸い金属弾を撃ち出した。
筒の反対側にあるもう一つの同種の金属に、金属弾が衝突、めり込む。
-刹那。
衝突により臨界量を超えた塊になった高濃縮ウランは、核分裂による中性子の発生量が消費量を超え。
核分裂の速度が加速度的に増加し。
ピカッ
ドーーーーーン!
W23核砲弾は、16キロメガトンものエネルギーを生み出し、周囲の空気を極音速で吐き出した。
帆船が、上からの爆圧でへし折れ、海面に埋め込まれ、ついで真空状態となった爆心へ海水ごと吸い上げられる。
キノコ雲が、全てを覆い隠し。
その煙は、はるか2000キロ先の宗都からでも見え。
晴れた時には、もう、チリ一つ残ってはいなかった。
―*―
「…全、滅…か。」
言葉もない。
「い、今の、核爆弾、だよね…」
ああ、間違いなく。
「聞いたことがある。アイオワ級戦艦にはかつて、専用の核砲弾があったらしい。」
「持ってきてなくても、随意金属なら、データがあれば作れちゃうもんね…」
まったくふざけきった材料があったもんだ…これでは事実上、ほぼ無限に核攻撃が行えるに等しい。
「大和型戦艦が64000トン、アイオワ級が45000トン…余る分の、しめて20000トン以上が弾薬か…」
16インチ砲弾の重さまでは、いくらミリオタと言えども覚えちゃいない。だけど、穂高型戦艦の3トンに達する56センチ主砲弾ですら数百回斉射できるんだから、ずっと軽い16インチ砲弾は無尽蔵だろう。
随意金属使用のため、擦り減りによる砲身命数現象を気にする必要性はない。ということは、ヒナセラで製造され輸送されてきた分しか砲弾がないこちらの方が不利ということになる。
「…大志っち、あの、そんな冷静に考えてて大丈夫なの?」
「え?」
「だって、もしかしたら、原爆喰らっちゃうかもしれないってことでしょ?ヤバくない?」
「あー…それは大丈夫。
ビキニ環礁原爆実験でも、「長門」が沈むのに4日かかった。対41センチ防御でそれなんだから、対51センチ防御の「穂高」なら、自動修復のほうが圧倒的に速い。
だから、松良会長に、空母や標準サイズの戦艦数隻より、最強で不沈の大戦艦一隻がいいって言ったんだ。」
こんな形で正しさを証明されても全然まったくちっともうれしくないけど。
「…じゃあ、大丈夫?」
…被曝は覚悟かも、とは、言えない。随意金属は意思に触れている間、「穂高」ならばミロクシステムの回路が通っている間は望まれた材質そのもので、そうである以上装甲板でガンマ線は遮蔽できない。もちろん、口に出してどうとなることじゃないが。
「…ミロクシステムにシミュレート命令。
『敵戦術AIを同程度の演算能力と仮定する。本艦が退避した場合、敵戦艦のとる挙動を算出せよ』。」
「ちょ、大志っち、ここまでして、逃げるの!?」
「…『穂高』単艦じゃしようがない。いっそ、僕らの世界とつながった後で、帝国軍が余計なことをする前に先手を打って、アメリカかどこかに叩き潰してもらう手もある。」
もし帝国軍への精神魔法的影響が復活していたら、その後は、2つの世界を巻き込む3度目の世界大戦の始まりだ。
「幸い、地球の地図と照らし合わせた限り、周辺のどこがつながっても、そこは海上じゃない。『ミズーリ』は確実に陸地に乗り上げる。それなりに力を失ってくれるはずだと思う。」
もし「ミズーリ」が「門」を作るつもりなら核ミサイルが使用されるから、汚染を避けなければならない…なんてこともあったけど、実際に核砲弾が使われてしまった今となっては、もう気にしても仕方がない。
「…でも、大志っち、そんなの、そんなの、ダメだよ…
これは、あたしたちの世界の問題で、あたしたちの戦争なんだから。
維持張ってるだけかもしれないけど、でも、あたしたちでなんとかしないと。」
…それはそうだし、そうだけど、でも…
「だいたい、玲奈は逃げ切れるの!?核攻撃するつもりなんでしょ敵は!あたしたちが、撃たれなきゃ!」
「…友子!
玲奈は大事だけど、でも、僕は…!
僕はもう、取り残されたあの日に、もう、二度と、友子をピカドンの前には立たせないって決めたんだ!」
「バカッ!」
べシンッ!
!?!
「大志っち!」
…ビンタされた!?
「あの時あたし、言ったよね!
…『いいよ』って!
わからずやっ!」
「わからずやって、わからずやって、そんな言うことないだろ!」
友子が良くたって、僕が良かないんだよ!
「わかるわけないだろ!だって、こんなの、こんなこといけないってわかってるけど!
でも!
僕は、100万の命より友子1人、あと玲奈さえ守れればっ!」
最悪だ。こんなの、鈴木先生がしたことと、変わらな
ドタッ
「ん…」
…え、何!?
押し倒されて…キスされてる…!?
「…これで、いい、よね?」
「…もう一回。」
ははっ、仕方ない。
ドンッ
「…今さら、壁ドンとか、古い、古すぎるって…ん…んうっ…」
ほんとに、仕方ない。
「んっ…よし。
システム、シミュレーションを中止。
針路、宗都沖。
護衛通報艦隊は、補給が終了次第、赤海最奥部へ退避されたし。
放射能汚染にさらされる恐れ大につき、危険性シミュレーションと避難命令発動を開始。」
―システムOK。それも一つの正しい選択だと思うな。なっ?―
「…会長?」
「…え、でも、ちょっと違った感じだったような。
…というか、幻聴、だよね?」
「そうじゃないって思ったほうが、いいと思う。せっかく、会長の魂が、このフネにも宿ってるんだから。」
…認められた、ということで、いいですか?
―*―
「…万が一にもミスなんてないんでしょうけど、でも、なんて被害予測!」
頭を、抱えざるを得ない。…でも、やるしかないわね。
「神帝陛下、早く、あらゆるチャンネルを通じて、海が見えるところ、それから宗都の石壁が見えるところから退避するように、国籍を問わず伝達して!」
「国籍を問わず、とな?」
「帝国兵も含め、すべて、あまねく、あらゆる人に伝えるの。
海から、宗都からなるべく離れて!なるべく、風通しの少ない屋内に、別名あるまで退避させ、雨が降る場合は雨をかぶらないように、風下より風上にいるように!
今すぐ、ただちに!」
今も、汚染は起きている。海峡赤海側開口部での核爆発は、1日以内に黒い雨を降らせ、周囲を核汚染するーガイガーカウンターの量産体制がしょぼい以上、2地平線距離内はしばらく使い物にならない。
「ミネヤマ殿、わが国には畏れ多くも神の聖なる加護が」
「そういうのはいいから、早く。明日の夜までに雨が降るようなら、セーリゥㇺ市も廃都よ。」
「…結界を修復させるのは?」
「あの結界、空気の出入りは防げるの?」
「そうなら窒息するだろうな。」
「…じゃあ、意味ないわね。トリチウムの流入を防げないから。」
「…どうして、ミネヤマ殿は、そんなに冷たい人間なのかね。」
ひどいわ。
「…私、これでも自分では、優しい人間のつもりなんだけど。」
どんな時でも至極真面目に誰もが幸せであることを願って行動している人なんて、そうそういないと思うんだけど。
「もしかして、ミネヤマ殿は、夢想家か?できはしないことを無理にでもできる様にしようとする、一番厄介なタイプの。」
「ありもしない神様を無理にでもあることにしようとするあなたたちにだけは、言われたくなかったわ。」
「…わかった。我々聖典聖坐も、再びの遷坐を行うこととする。」
「頑張って。私は『穂高』に戻るわ。決戦の時は、生きるも死ぬもやっぱり3人一緒がいいと思うし。」
―*―
「…宗都全域にも避難命令が出されているわ。どうする?」
「聞かなくても、ここの人たちは世捨て人だから、逃げろって言って逃げるようには思えないけどね?ね。
でも、ちょっと、頼んでくるね。」
「行ってらっしゃいませ。」
タマセさんが去っていくのを見送り。
それまで、黙り続けていた亜人の2人が、声をかけてきた。
「それで、すみません、一番安全なところはどこでしょうか?リットを逃がしたいのですが…」
「私も、ここは危険があふれてビンビンしてますから…」
危険ってあふれてどうこうってものだったっけ。
「…いかなる移動方法でも今から核戦争で無事なところに避難するのは…
いや、もしかしたら、海上なら攻撃対象にならないかもしれない。ママに、『友愛』への移乗が可能かどうか尋ねてみるわ。」
「ありがとうございます…冷や冷やしました。」
「…私は、正直、私の使い方がうまくなったものねと感心していたんだけど。」
「ひっ…」
…峰山さんと違って、そんな、ついつい迫力オーラ出したりしてないはずなんだけど…
「怖がられると傷つくし、そのちっちゃなうさ耳もふるわよ。」
「ひうえ~」
「…レーナ殿、おやめください。」
うんうん、引きはがすくらいの距離感でいいのよ。
「…わたくしたち、攻撃を受けるかもしれないという時に、何をしているのでしょうね。」
くすっと、インテルヴィ―殿下がほほ笑んだ。
―*―
「…これはむごいな。」
ガーガー鳴るガイガーカウンターを手に、自分は、テライズを従え、海峡開口部にいた。
「正直、吐き気がする。」
「カイダ閣下、それは無理もないことです。」
テライズが、索敵系のネズミ魔物を放り出した。
魔物は、ヨタヨタ歩いたかと思うと、パタンと倒れこんだ。
「…口と、毛皮の根元が血でぬれている…気づいていないだけで、似たような状態にあると言うことか。ぞっとしないな。」
「今何者かが攻撃を仕掛けたなら、魔力切れで生物魔法による維持をできずにこの魔物と同じ運命をたどるでしょうな。」
本当にぞっとしないな!
「オートリバース、だったか?」
「カズマが何と呼んだかはともかく、自動で細胞…だったかを修復する魔法です。」
「無茶苦茶な魔法があったものだな。
…その上で、聞きたい。
今のリュートは、地球との戦争になったとき、どうなる?」
「私も衰えました。いつかは特大のこの兵器をまとめて丸め込みましたが、今となっては命と引き換えでしょう…仮に、今回神国艦隊に行われた攻撃が3回なされるなら、その後はありません。」
「防御魔法は通じそうにないし、いかな小細工もすぐに品切れか…20回が国全体のめどだろうな。しかし…聞いたところでは1万ほどあるそうだ。」
「ははっ」
…やはり、「穂高」頼みとなる、か。
―*―
巡洋戦艦「穂高」と原潜「エルドリッジ」のみが決戦の準備を整え、他はなるべく遠方へ退避しようという中で、無謀にも「ミズーリ」に挑んだ者たちがいたーそれも、帝国軍から。
アルテルスヴィーナ・ラディリス一等飛空士長率いる、アディル帝国軍第8近衛飛空隊は、インテルヴィ―皇女子飼いの女性部隊であった。当部隊もまた、「ミズーリ」の影響にさらされ、どうしようもなく、前線にいたが、しかしアルテルスヴィーナがインテルヴィ―の傍付きだったことで警戒されまた女性のみであることで軽んじられて戦うことは許されず、そうこうしているうちに「ミズーリ」撃沈直後に我に返り、自分が皇女を裏切っていたことに激怒したアルテルスヴィーナは神国側から帝国軍前線部隊への緊急退避の呼びかけがあったにもかかわらず、部下たちとともに空に飛び出した。
大空高く飛び上がったドラゴン20騎は、太いイグアナ型の胴体の背にぴったりと、翼のついた腕をたたんで押し付け、頭の上についた半円形のトサカ二つも頭皮に押し付け、空気抵抗を極限まで抑え、背中の飛空士が耐えられるギリギリの高度である約1万メートルから一気に降下していく。
やじりのように、まっすぐ。
「全員、かかれえーっ!」
ヒュンッ!ヒュンヒュンッ!
風切る音が響き渡り。
城壁内の物資や兵舎などに空から火炎を浴びせることが主要任務の飛空隊にとって、全長280メートルの戦艦を攻撃することは、いくらそれが動いているとはいえそう難しくはない。
相手が相手なのでセオリーが通じるのか不明な状態だったが、アルテルスヴィーナは悩まず教本に従った。
「中央隊、光魔法攻撃よーい!
両翼、防御かためっ!」
魔法陣とともに、閃光が「ミズーリ」を包み、さらにその像がゆがんだ。
強い陸上要塞に対しては、幻惑攻撃を行い、でたらめに繰り出された攻撃は防御魔法を以て阻止。幻惑を行った中央8騎が石弾などを投下する物理攻撃を行った後に、それにより空いた破孔へ両翼ぞれぞれ6騎が炎系魔法とドラゴンのブレスで焼き尽くす…そんなセオリーは、簡単なサインだけで滞りなくなされた。
アルテルスヴィーナ率いる8騎が、縦列で「ミズーリ」の進行方向に合わせ急降下、ぶつかるギリギリでドラゴンたちは次々トサカと両腕の翼を広げ、引き起こしをかけて上昇していく。その両足からは、土系魔法で特別に硬く作られた石塊が、急降下で蓄えられた運動エネルギーを以て衝突コースを描いた。
鉛直方向の自由落下からもたらされるのは、まさしく、どんな飛行機も果たせなかった完璧な急降下爆撃。石弾の速度は終端速度を超えているので空気抵抗による減速を始めるが、その効果も薄いうちに「ミズーリ」の甲板へと石弾は吸い込まれていった。
ゴフッという不気味な音とともに、「ミズーリ」の軸線上に、8つ、艦橋を貫き、煙突を倒壊させ、1番主砲から砲塔直下を通じ艦底まで穿たれ、丸い直径1メートルほどの破孔が形成された。
「ミズーリ」に、一切の反応はなく。
ゆっくりと左右から減速しつつ降りてきたドラゴン6騎ずつの口から、渦巻く炎が吐き出され、破孔へと降りかかる。
引き起こしをかけてドラゴン全騎が高空へ戻っていった後で、ドゴンッ!!と、爆音が響き渡った。
「戦果報告っ!」
すぐに、アルテルスヴィーナは凛々しい眉をきっと歪め、振り返った。
-そして、目を疑った。
1番砲塔のあたりが、大きく張り裂け、2番砲塔のあたりまで猛煙が包み込んでいる。にもかかわらず、炎の中に、ゆらゆらと動くものがあり。
見ている間にも、石弾の直撃で粉砕されたはずの煙突が、棒風船が膨らむようにして直っていく。
「…まさか、反撃されなかったのは、脅威と思われなかったからだとでも、言うのか…!」
飛空隊と言えば帝国軍の最エリート。しかも皇帝に3部隊、皇后と第1から第3皇子までと筆頭皇女に1部隊ずつしかない近衛師団の飛空隊ともなれば、挫折知らずと言っても過言ではない。そんなエリートすら、自動修復付きの新生「ミズーリ」は路傍の石のように見なした。
多大なショックを受けながらも、首を一振りして動揺を払い、アルテルスヴィーナは退避を指示した。
直後、未だ消えない炎の中にある「ミズーリ」1番砲塔が、砲身をもたげた。
高温下では空気は膨張して希薄となる。のれんに腕押しで、そのような大気を発砲の爆圧が押し出したとて、さほど音は出ない。
ほぼ無音のような印象で、アルテルスヴィーナの飛空隊はいきなり三式弾攻撃を受けた。
たたみこむような炎の雨を浴び、あついうろこのある爬虫類であるにもかかわらず、ドラゴンたちがのたうつ。防御魔法を張って飛空士たちは耐え、何とか飛び去った。
「早く、早くインテルヴィ―を逃がさないと!」
力尽きて陸の近い東を目指す仲間たちに手を振り、アルテルスヴィーナは自分のドラゴンの限界を悟りつつ、海が続く西、宗都の方角へ向かった。
―*―
神歴2723年6月9日
〈敵航空戦力、ドローン多数。迎撃を開始します〉
〈三式弾装填〉
〈発射〉
ー爆音が、響き渡った。
高エネルギーレーザーが用意できないだけで、巡洋戦艦「穂高」は戦艦「ミズーリ」と同様、いやそれ以上に自動迎反撃システムへの適正は高い。これには、ミロクシステムのオリジナルであるイージスシステムの全貌を把握しており、「穂高」版ミロクシステムにも対応する火器がないままに似たようなシステムが実装されている一方、人間的柔軟思考という観点では圧倒的に劣る「ミズーリ」の量子コンピューターにある自動迎反撃システムもイージスシステムの進化系に過ぎないからと言う裏事情があった。
何はともあれ。
偵察機であろうと、見逃す「穂高」ではなかった。
砲声がとどろき、9発の56センチ三式弾が、それぞれ異なる方角で炎の華を咲かせて、ドローンを大気ごと焼き尽くした。
〈ミサイル誘導波を検知。すでに発射したものと思われる〉
〈防御、及び迎撃のシークエンスへ移行〉
―*―
「インテルヴィ―、無事!」
低空すれすれから突っ込むようにして輝く草地に着地した、焦げと生傷だらけのドラゴン。その背中から転がり落ちた女騎士は、そこで呆と立ち呆けていたインテルヴィ―・アディリス筆頭皇女の前にひさまずいた。
「えっ…って、アルテルではないですか!どうしてここへ!?」
「…知り合い?」
「はい…傍付き、というか、唯一、心を許せる方です。」
「なるほど。
総員、警戒態勢解除!」
連絡もなしにクラナ・タマセや太田玲奈パーティーが海上の護衛通報艦へ移ろうとしているところへ現れたドラゴンへ、すわテロか敵襲かと慌てていたヒナセラ海軍特設陸戦隊も、玲奈の言葉でやっと銃を下ろした。
「それで、アルテル、どうしたのです?それに、ドラゴンも…」
アルテルスヴィーナのドラゴンは、おびただしい血で赤くなり、インテルヴィ―と数瞬見つめあってからドタリと倒れた。
「…インテルヴィ―、まず、ごめんなさい。裏切ってしまって。」
「いえ、それは…アルテルなら戻ってきてくれると信じていましたから。
それより、何を伝えに来たのですか?」
「そ、そう!
インテルヴィ―、早く、『ホタカ』へ移って!」
「え…?なにゆえですか?」
インテルヴィ―が、首を傾げる。
「ちょっと待ってください皆様。話について行けません。不詳、このグリフッツに、お二人の関係と状況についてまとめさせていただきたく」…
一方で亜人カップルは、早くも話についていけなくなっていた。筆頭皇女のインテルヴィ―が敬語を使っているのは「複雑な宮廷社会における処世術」らしいのでともかくも、臣下であるはずのアルテルスヴィーナがあだ名で呼ばれ、インテルヴィ―が呼び捨てになっているのにはついていけなかったらしい。なお玲奈は「結果だけ聞ければいい。忙しい」とばかりの態度であった。
「うん、えーっと…まとめるまでもないから、私が説明するよ。よ?」
まさにこのような状況をまとめるにふさわしい、あらゆる精神系魔法持ちであるクラナ・タマセが申し出る。
「ちょーっと頭の中を見ちゃったわけだけど。
私は、あの『精神系魔法の継承者』クラナ・タマセ。アルテルさん、以後、よろしくね。ね?」
アルテルスヴィーナは、「これがあの…」と、後頭兜(=ヘルメット。騎士や盾兵の兜と異なり、空での視界を確保するため、髪の毛が生えている範囲とうなじだけを保護する)を下ろしひさまずいた。
「あ、いいのいいの。面を上げて?
で、アルテルさん…16年前、いろいろ苦労したんだね。」
―レーナさん、遠回しにはヒナセラのせいだから―
口でしゃべりながらテレパシーでフォローするというタマセのテクニックに、すぐさま思案して応じられるくらいには、玲奈も仲を深めていた。それに16年前ー神歴2723年と言えば玲奈の両親が異世界に来て1年目であり、その時の話は飽きるほど聞かされている。
「ごめんなさい、東方戦役の遺族ということで…ヒナセラも、成り行きとはいえ東方連邦へ武器供与していました。その結果ご家族をと言うことで、何と申し上げたらいいか…」
「あ、いえ、そんな…敗者が責任を取るのは当然ですし、まして勝手に侵攻して勝手に自滅した父上には言葉もありません。族滅させられても文句は言えないし…あの時のことは、インテルヴィ―が私を救ってくれたから、もういいんです。」
「私だって、策謀など疑わず何も考えないで過ごせる相手はアルテルだけですから、おあいこです。」
「うん、私が心を読んでも、3人ともわだかまりはなさそうだし、先いくよ。よ?
アルテルは、だから、大恩あるインテルヴィ―が脅威にさらされていることを伝えに来た。インテルヴィ―は、長い仲で唯一なんか企まれたりする相手じゃないって依存してるから、黙って従うつもりでいる。
アルテルは、『ミズーリ』が自分たちの飛空隊が攻撃終了後に攻撃にさらされたのは、『ミズーリ』が本命以外に興味がないからだと推測している。そして、本命を倒した後、全てを破壊するだろうとも。だから、唯一対抗できる、『ミズーリ』にとって本命の敵、そこが一番安全だとも。
そして今、玲奈さんは、そう言われても今から移乗するのは難しいと思った。
以上!」
心を読み取っているだけに、一分の狂いもないまとめで、かえって当事者たちが口を開くタイミングを逸してしまうほどだった。
「あの、そ、それで、どうすれば…」
仕方がないので、リットがびくびくおずおず尋ねる。
「…アルテル、いつも私を想ってくれて、ありがとうございます。アルテルの飾らない親愛が、私には尊いです。
というわけでレイナ殿、アルテルの想いを、どうか…」
「私からも、お願い申し上げます。
あの軍船は、本当に底知れない強者です。ここにいても路傍の雑草を蹴飛ばすように目すら向けず瞬殺されてしまうでしょう。あの軍船が強者と認める相手の庇護下でなければ危険です。」
「…それも一理あるわね。それに戦略級の核兵器が使われれば海上にも陸上にも安全な場所は…許可が出るかは期待しないでね。移乗を打診してみる。」
何と言うことか、太田夫婦が敵の強さに対し覚悟を以て居残ったその場所へ、娘の一同は、敵をさらに強く捉えたことで唯一の避難先と定めたのだった。
―*―
随伴艦が宗都の沿岸へ行っていたころ。
2隻の超戦艦の決戦、というより決闘は、まず、一方的な形で始まったーそれも、トマホーク巡航ミサイルの矢ぶすまという形で。
亜音速で低空から侵入する巡航ミサイルに対しては、いかな「穂高」と言えど打つ、いや撃つ手がない。レーダーの性能を上回るので捕捉すら困難であるし、捕捉しても低さゆえに高角砲で照準できるわけでもなく、三式弾は打ち上げ花火のように火が広がって見えるので勘違いされやすいが実際には飛翔する砲弾が前方へ吹き上げ花火のように子弾を放出して向こうを飛ぶ敵へ炎と弾片の雨を降らせているのであり、従って低空目標にはあまり意味がない(ただし動かず近距離にある対地目標ならば話は別)。
原潜「エルドリッジ」は急遽浮上して、対空レーザー砲塔を突き出した。が、レーダーによるミサイルのカウントが50に達したところでどうにもならんと急速潜航した。なまじ地球製の高性能レーダーも考え物である。
異世界の海の上を駆けるTASM改タクティカル・トマホークは、阻むものなく「穂高」の目前まで到達、飛び上がり、「穂高」のほぼ真上から一気に突っ込んだ。
魔法式核融合エンジンを動力とする「穂高」だが、中央部にそびえる2本(うち1本は連結煙突)の煙突は、きちんと機能しているー随意金属が自動修復と言う摩擦を伴う変形をすることもあり、排熱量は多いのだ。決して、随意金属が万一足りなくなった場合のストックではない。そもそもこの魔法圧縮式核融合機関からして熱量が多く、再駆動にはそれなりの魔法により水素塊を圧縮する必要があるので、常に運転状態にしてローソン条件を維持し続けたほうが良く、短期停泊中は煙突から蒸気がタダ漏れになる。
結果、ミサイルの赤外線シーカーは、「穂高」の中央部、煙突めがけての突入を選んだ。一方でミロクシステムもそのことはわかっていて、自動修復時に随意金属が足りなくならないよう、対空火器やマストなどのでっぱりをだらんと甲板へ溶けるように沈み込ませ、できる限り爆風を受け流せるようにした。
巨大な煙突と艦橋を持つ、のっぺりしたステルス艦のお化けのようになった「穂高」の煙突へ、吸い込まれるように60発を超えるミサイルが侵入し、爆発する。
内部からの爆圧を受け、大きく張り裂け、今にも前後に別れてしまいそうに見える「穂高」だったが、破孔はすぐにぬらぬらした銀色で覆われ、にょきにょき生えるようにして煙突や破損部位、マストが元に戻っていき、数分のうちに高角砲・ZU-23-6機関砲・多連装ロケット砲までもすべて、元通りの「穂高」の威容を取り戻した。
―*―
「それで、なんだかんだと全員ここに集まってしまうのね。」
まあ理由はそれぞれみたいだけど。とりわけびっくり顔の亜人と女騎士さんの顔を見ると思うものが…あれ?
「クラナ・タマセさん、だったわよね?『穂高』に来るのは、初めて?」
「うん、えーっと…そう、かな。かな?
なんで?」
だって、初めて「穂高」に来たのに、驚いてないなんて…
「あ、そっか。ミネヤマさん、私は心を通じてでも見たことあるから。」
「あ、そういうこと…」
あ、れ…どこかで聞いた話し方…
「それで、ヒナセラ軍の作戦は、どうなっているのですか?」
「それなのですがアルテルスヴィーナ閣下、『ミズーリ』はどんな雰囲気でしたか?」
彼女を閣下呼びするのね。初対面の他国軍人に対してなら私もとやかくは言えないけれど…
「海のことはよくわからないのですが、そうですね…武人として何を感じたかと言うことであれば、やはり底知れない強者のたたずまいでした。そして同じものを、この『ホタカ』からも感じ取ることができます。」
「率直に、どっちが強い?立ち合いの前からなんとなく勝者がわかるように、わかりませんか?」
太田君、やけにぐいぐい食い下がるわね。
「…それは、私たちが空と陸の武人であるように、あなたたちも海の武人なのですから、おのずとわかるのでは?」
―ヒナセラの皆様、アルテルは、「自信もって」って言いたいんだよ。よ?―
…タマセさん、遠回しに伝えようとしたことを直接テレパシーで伝えなおしたら失礼なんじゃ…
―向こうには聞かせてないよ?よ。―
…あ、そう。反則な魔法ね。
「…それもそうですね。
友子。僕はちょっと下がる。何かあったら呼んで。」
「あ、りょーかい!」
しばらくして戻ってきた太田君の顔は、非常に晴れ晴れとしていた。
…だから、ポケットから覗くすり切れた「不沈戦艦紀伊」の表紙からは、目をそらせておくことにした。
―*―
〈トマホーク第二波〉
レーダーが、「ミズーリ」から再び巡航ミサイルが撃ちかけられたことを報告する。
〈解析データをもとに、ハッキング開始〉
ミロクシステムは、事前に自ら決めたとおり、第1波の間に解析していた「ミズーリ」の巡航ミサイルプログラムを電波を通じハッキング。これには米軍の符丁系を知っている「エルドリッジ」もかかわっている。そもそも量子コンピューターとしての演算能力は高くとも人工知能としての思索能力に欠ける「ミズーリ」戦術AIが、ミサイルを随意金属から作る際にオリジナリティある改良をせずハードもソフトもほぼ元データのまま使ったため、同じミサイルを持つ「エルドリッジ」のデータさえあれば無効化は割と簡単であった。
第2波の巡航ミサイルは、人工衛星を通じハッキングされ、位置情報を狂わせられてUターンしていくーもともとミサイルに備わっているGPSに従うプログラムもいいように利用された。
発射したミサイルが戻ってきたことに対して「ミズーリ」はレーザー砲で応えた。
かくて、少なくともどちらかの電子兵装か対空兵装がやられるまで、ミサイル戦はお預けとなった。
―*―
「敵主砲弾、迎撃用意っ!」
弾道ミサイル迎撃を「ライフル弾をライフルで撃ち落とす」と例えることがあるが、実際には適切な照準装置さえあればミサイルもライフル弾も砲弾も、ミサイルやライフルや高角砲で撃ち落とせる。
ただし、理想的な照準装置を作成できるミロクシステムをもってしても、相手がマッハ2以上のレールガン砲弾となるとやや辛い。
それでもなお、遠距離から一方的にアウトレンジ攻撃されるわけにはいかない。「ミズーリ」を攻撃できるようにするには「相打ち覚悟で近づいてこないと、砲弾迎撃の時間的余裕を与えるだけだぞ」と知らしめる必要があった。ミサイルを受けても無事なのにもかかわらず第2波を撃ち返したのも、そう言う理由からである。
従って、ミロクシステムの管制の下、緻密な迎撃システムが組まれていた。
まず、衛星で発射を感知し。
続けて砲弾を「穂高」「エルドリッジ」双方で捕捉、補正データをもとに弾道を予測し。
そして、「エルドリッジ」搭載の高エネルギーレーザー砲、及びそれをもとにミロクシステムが随意金属で作り出した改良レーザー砲の照準を合わせ、熱エネルギーを与え焼き切る。
なおも飛翔中のまま水平線距離に入ってきた砲弾は、三式弾斉射、及び高角砲と対空機関砲の掃射で阻止する。
このシステムのため、「エルドリッジ」の全システムはミロクシステムに統合されていた。ファイアーウォールを容易く突き破られたことに原潜のシステムエンジニアは愕然としたが、一方でこれは、データを外部に保存することで万が一「穂高」の知能が精神系魔法などで破壊されても復元できるようにという意図もあった。
〈レーザー砲射程内〉
〈全レーザー砲照準完了〉
〈両艦対空射撃第1波開始〉
巡洋戦艦「穂高」の核融合エンジンが膨大なエネルギーを供給し、また原子力潜水艦「エルドリッジ」の核分裂炉も負けじと全力運転で電力を供給する。
電気は、それぞれの甲板上のドームカメラ型レーザー砲において、高出力のマイクロ波を生み出す。
開いたシャッターの奥から、高エネルギーレーザーが、不可視のスポットライトとなって亜光速で空気中を進み、幾筋ものビームが、マッハ2ほどで飛翔中の16インチ砲弾をあぶる。
直径40,6センチ長さ162,4センチの「ミズーリ」主砲弾は、しばらくして失速を始め、やがてバランスを崩し、空中でスピンし、ビームからも外れてあらぬ方へ飛んでいった。
―*―
〈自弾、迎撃を受く〉
〈交互撃ち方中止〉
〈1番砲、2番砲、撃ち方止め〉
〈速力上げ〉
〈両舷前進全速〉
復活の戦艦「ミズーリ」は、波を蹴立てて、どんどんと北上していった。
―*―
「それにしても、どうして、『ミズーリ』は行動を続けられる?」
「え?大志っち、燃料を燃やしてるからでしょ?当たり前じゃん。」
「そうよね。燃料は随意金属から変質させられるんだから、いくらでもあるし…」
いや、峰山さんが言っていることはとっくに考えた。でもなんかおかしい…
「…そう言えば、パパ、先ほどのレールガン攻撃、電気はどこから来たの?『穂高』だって、魔法の助けを借りて電気を得ないと…そりゃ56センチと40,6センチなら話は違うかもしれないけどそれにしたって…」
「…玲奈、それだ。
なんかおかしいと思い続けたけど、動力源はどうなってる?魔法はもはや人が残ってない以上頼れないだろうし…核融合炉だとしても…
ジョナサン艦長、63年現在、核融合技術はどうなっていますか?」
いくら「ミズーリ」が無茶苦茶な存在でも、ミロクシステムと違いオリジナリティある発想力はないはず。だとすれば、その発揮する技術力は、現状の地球上のそれを下回るはず。
「…船舶用エンジンとするにはまだ遠い。やっとステイツ、チャイナ、ロシア、EU、ジャパン、アラブにDーT商用実験炉が動き始めたくらいだ。だから、水素原子核同士の核融合による船舶エンジンなんてこちらで見て、腰が抜けた。」
モニターの向こうから来た返事を参考にしていいのならば、魔法の補助なしではまだ船舶用核融合エンジンは遠く、「ミズーリ」の動力ではない。
では、いったい、何が「ミズーリ」に力を?
「…難しい話はともかく、今は敵船を沈めなければどうにもならないのではと愚考します。差し出がましいでしょうか?」
「いやグリフッツ、ごもっともだと思う。」
倒してしまえばいいことだし、倒さなければなんであろうとヤバい。謎の解明は後でじっくりやればいい。オートで戦争を続けられるような余裕はどこにもない。
…でも、なんか、引っかかっていた。
…いいか、まあ。
―*―
主砲をレールガンとして用いるアウトレンジ砲撃も、巡航ミサイルによる攻撃も封じられ、また索敵機を何度送っても撃墜されてしまうため、「ミズーリ」は、視認砲撃を強いられることとなった。
一方「穂高」も、衛星照準とレーダー照準だけで水平線越し砲撃を実行できるかと言うとそうでもない。とりわけ今回、「ミズーリ」には砲弾迎撃能力があり、従来有効と思われた「金属箔入り三式弾による対空火器・電子兵装の破壊とレーダー波・レーザービーム反射」戦術も、随意金属を「ミズーリ」が保有したことで「自動修復完了、あるいは反射が維持できる量の箔が滞空している間に第2砲撃を行う」と言うやり方でなければ命中弾を出せないことが明らかであった。無駄弾を出さないため、限界までの接近が要求される。
かくて、大艦巨砲主義者たちがかつて目指した「1水平線距離内での、超弩級戦艦どうしの真っ向からの撃ち合い」が、こともあろうに21世紀も半ばを過ぎた、しかも異世界で、勃発することとなった。
漢のロマン、そう思われるかもしれない。しかし実際、核アリ、ハイテク攻撃アリ、自動修復アリ、デジタル制御の戦艦同士の撃ち合いなど、泥仕合でしかない。
どうしようもなく非生産的な殴り合いになるのは、闘う前から見えていて。
それでも双方のAIは、相手の力量が充分にはわからないのを頼みに、闘技場に入っていったのだった。
―*―
〈敵戦艦『ミズーリ』、主砲射程内〉
〈「エルドリッジ」急速潜航、1水平線距離外へ退避〉
〈主砲、照準開始〉
〈気象データ演算、弾道予測〉
〈主砲第1射装填。弾種特殊三式弾〉
戦艦「ミズーリ」が接近するにつれ、ミロクシステムは指示を矢継ぎ早に飛ばし始めた。「穂高」コンソールの表示も増えていく。もはや音声入力だろうがタッチ入力だろうが人間の判断力に間に合うレベルではないので、戦闘は全自動で行われていく。
砲撃を受けた場合、艦橋内では吹き飛ぶ可能性が否定できないし、窓はすべて装甲へと変質してしまっているので意味がない。そこで指揮要員と避難要人は、核融合炉とともに艦内奥に配置された戦闘指揮所へと移った。
この時点で、陸上の戦闘はほぼ終結していた。アディル帝国軍は2000万の動員数を誇り宗都を圧殺する構えだったが、「ミズーリ」の一度目の撃沈後に戦意を喪失し、一方国連軍の主力である神国軍もまた、首都・副都消滅と海軍喪失で統帥がボロボロのまま、核攻撃に備え海岸と宗都が見えないところまで退避せねばならず、これを補完していた中立市連合の傭兵軍に至ってはすり切って軍事力として機能せず、結果として陸上では戦闘は凍結となった。
外部の指揮を行うことなく、2隻の護衛通報艦「親愛」「友愛」は民間船や生き残りの国連軍船とともに遠方へ退避し、「穂高」「エルドリッジ」は統合的な存在となって戦闘に集中できることとなった。
核融合炉を保守し維持する魔法使いは別とすれば、今「穂高」にいるすべての人員は、以下の通りで、全員がCICにいる。
国連中枢:太田大志、太田友子、峰山武、及び神国・ギルド・リュートよりの代表武官・文官数名ずつ。
宗都パーティー:太田玲奈(ヒナセラ)、インテルヴィ―・アディリス、アルテルスヴィーナ・ラディリス(帝国)、フランケス・グリフッツ、エルシエ・リット(リュート亜人自治区)、クラナ・タマセ(宗都)。
ヒナセラ・東方連邦派遣軍司令部(陸上より移乗。指揮兵力は「親愛」「友愛」で退避済み):カンテラ・へー、ヘレナ・へー、テンペルスト・エンテら。
他にこの戦いには、原子力潜水艦「エルドリッジ」に乗艦するルイス・ジョナサンらアメリカ合衆国海軍異世界派遣艦隊の水兵たちが参加し、それで以上だった。さすがメカニック戦闘なだけあって、一つの世界の趨勢を決める戦闘において、300人未満しかいない。しかも直接に戦闘に介入する権限があるのは、太田大志と原潜の士官十数名だけ、後は意見を言えても、それが採用されるかはミロクシステム次第である。
きわめて少ない人員、及び二つの戦闘指揮システムに、世界の命運が委ねられていた。
「穂高」が勝てば、帝国軍に関連する一切が停止し、世界大戦は終結、平和な日常へ回帰する。
「ミズーリ」が勝てば、宗都への攻撃によって地球世界と再びつながり、波乱の時代に舞い戻る。
〈「ミズーリ」主砲、水平線距離内〉
〈「ミズーリ」なおも接近。同航戦〉
〈相互距離38000。敵射程内〉
〈相互距離37000〉
ズグッゴドオォォォーーーーーーーン……!
ーやはりここでも、先手を取るのは戦艦「ミズーリ」。
50口径16インチ砲Mk7の本来意図された射程ギリギリで、3基の主砲がほぼ真横を向き、3門ずつある砲身から火を噴いた。
秒速820メートルで発射された砲弾は、高空へと舞い上がり、1分と少しで、落下しながら「穂高」に迫った。
田の字を描くように、9発の砲弾が水柱を上げる。その真ん中にいた「穂高」は、いきなり水柱をかぶることとなった。
〈敵弾挟叉〉
つまり、早くも「ミズーリ」は斉射弾の落下範囲に目標を収め、「適当に同じ諸元で斉射していれば命中を出せる」地位を手に入れた。
対する「穂高」。
敵戦艦の照準からズレるためには転舵すべきだが、しない。転舵すればこちらも再照準となるし、第1斉射から挟叉してくる相手に意味はないからだ。
それどころか、「ミズーリ」の第2射を許す。
ズグッゴドオォォォーーーーーーーン……!
〈相互距離36000〉
〈相対速度分速569で並走しつつ接近中〉
メートル表記のパラメーターが、コンソール上で細かく数字をカウントし。
ゴ。
ついに、「穂高」は、初の命中弾を受けた。
いくらSHS砲弾と言えども、火薬発射の弾速でしかも遠距離。上甲板の対51センチ装甲はいともたやすく16インチ砲弾を弾く。
弾かれた砲弾がかすめた高角砲砲身が折れ飛び、すぐに折れ口がぬらぬらと液体のような質感を放ち砲身が元の通りに伸びていく。
被害があってなお、「穂高」はやり返すことなく、「ミズーリ」の第3射が訪れる。
今度は、水柱は7つ。そして2つの命中弾は、一つが煙突に命中して弾かれて海面に落下し、もう一つは、後部煙突の後ろにあるクレーンマストに衝突、軸となっている塔クレーンに突き刺さって爆発してクレーンを捻じ曲げ、塔クレーンを支柱として枝を張るマストを縮れさせた。
早くも修復が始まり、生物が身を起こすようにしてクレーンマストが直っていくが、それでも一方的な展開に、CICの非ヒナセラメンバーは不安を隠せない。
〈相対距離34000〉
〈敵第4射。飛来まで77秒〉
「ま、まだ何もできないのか!?」
「まだ、まだまだだ。何もしない。」
太田大志はにべもない。
一方、水中爆発の嵐をかいくぐり、「エルドリッジ」は「穂高」の真下を抜け、全速で遠ざかっていく。
〈相対距離33000〉
〈右12~16高角砲、4~5機関砲大破。修復開始〉
〈敵第5射。飛来まで74秒〉
〈前甲板微歪曲。修復開始〉
表示だけが次々と現れては消えていく。
〈左1~2ロケット砲大破。修復開始〉
〈敵第6射。飛来まで70秒〉
〈相対距離32000〉
「ミロクシステム、現在の命中率は?」
〈17%です。〉
「…6分の1、か。
いっぺん言ってみたかったんだよな。」
その時、誰もが、確かに見たーニヤリと、狼男のごとく笑う太田大志の横顔を。
「主砲、交互撃ち方用意!」
〈装填、照準完了済み。
発射10秒前〉
戦艦砲弾が降る中、誰もいるはずのない上甲板で、むなしく爆風注意のブザーが鳴り響く。
太田大志は、大きく息を吸い。
「うちーーかたーはじめーーーっ!!!!!」
叫んだ。
シュゴドォーオォーーーンッッ!!!!!!!!!!!
前甲板に2基、後部甲板には上甲板からさらに一段上の中央船楼(艦上構造物台)最後部に1基の、ハンバーガーのバンズを少しよらせたような形状の連装主砲が、真右を向いて左側の砲身を持ち上げ、猛火と轟音と黒煙を吐き出した。
反作用の衝撃で、砲身が少しの間、右側のそれより後ろへ引っ込む。
計3発の砲弾は、途中の風、砲弾同士の衝撃波による干渉、果ては地球の自転までも計算に入れられたうえでぴったりの角度と炸薬量で撃ち出され、大気中を上昇し、やがて重力に引かれて落下に転じていく。
〈相互距離30000〉
〈第2射〉
シュゴドォーオォーーーンッッ!!!!!!!!!!!
今度は右側の砲身が砲撃を行う。
すでに、穂高型戦艦の決戦距離よりも近い相互距離で。
3発の砲弾は、「ミズーリ」より少し手前に、3つ、「ミズーリ」をまるごと覆い隠すような水柱を上げた。
「ミズーリ」が発射したばかりの砲弾のうち一つが、水柱をまともにくらって叩き落される。
〈第1射、全弾近〉
〈修正射撃〉
「なるほど、迎撃はされなかったか。」
〈第3射〉
シュゴドォーオォーーーンッッ!!!!!!!!!!!
交互撃ち方では、一度に発射できる砲弾は半分になる。しかし連装主砲から同時に発射することによる干渉での砲弾落下範囲の拡大はなくなるし、発射速度は倍以上となる。手数が欲しい試し撃ちのため、大艦巨砲主義者たちが訓練した照準法だ。
ただ、弾着観測射撃には、弱点もある。
一つ目としては、何らかの方法で、着弾位置を確認できなければならないこと。いくら制空権を確保しようとも何の意味もない完璧な対空装置が双方にあるが、「穂高」はうのめシリーズ衛星システムと自らの遠望機器、レーダーを組み合わせ、それを可能とした。
2つ目の弱点はー
〈相互距離29000〉
〈敵転舵〉
〈相対速度0〉
-せっかく頑張って照準しても、敵の針路が変わればすべて無駄となること。
〈照準修正〉
〈交互撃ち方修正第1射〉
シュゴドォーオォーーーンッッ!!!!!!!!!!!
〈敵修正第2射〉
〈敵第8射着弾、修復続行〉
艦内のすべての物体の中に網の目のごとく含まれるミロクシステム回路は、まさしく巨大な電脳となり、自らがそうあるべき姿を連想し続けることで、削られ、吹き飛ばされ、えぐられた部位を元通りにしていった。
そして、ついに、太田大志が待ち焦がれたその瞬間が、訪れた。
〈修正第1射、敵迎撃を受く〉
3発の砲弾のうち1発が、「ミズーリ」の手前の上空で、レーザーにより焼かれ爆発したのだ。
「よしっ!
交互撃ち方より移行!
全砲斉射!
特殊三式弾装填1射分用意!
及び以後、1番砲、全弾種特殊三式弾!」
しばし、「穂高」は沈黙する。
シュッゴッドォーオオーォーーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
そして、衝撃が艦を貫く。
荒唐無稽な「H45級」計画を除けば、大和型までのすべての軍艦、及びモンタナ級から50万トン型までのすべての計画戦艦を凌駕し、艦砲の限界点に到達した威力の斉射。
50口径56センチ主砲6門から発射された砲弾6つは、ほぼ1分で「ミズーリ」へ放物線をなぞり落下した。
上空で2つの爆炎が生まれ、4つの水柱が「ミズーリ」を洗濯する。
有効打を一方的に受けている状況ながら、ヒナセラ関係者は勝利を確信したー「ミズーリ」の迎撃システムがうまく機能しているのならば、6発中2発が命中弾となるはずだった砲弾で、そしてもし迎撃がなければそれだけでアイオワ級戦艦など廃艦である。
シュッゴッドォーオオーォーーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
第2斉射もまた、徹甲弾。
シュッゴッドォーオオーォーーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
しかし、第2斉射弾が着弾しないうちに発射された第3斉射は、勝手が違った。
通常、斉射においては、砲弾同士の干渉を防ぐためにわずかな時間差が付けられて6門が発射されている。
が、今回は、あえて砲弾同士を干渉させて落下範囲を広くした。
6発の砲弾は、今回も1分ほどの時間で、約28キロ先の全長0,28キロの戦艦へ、弾道軌道で落下していく。
直撃コースにある「ミズーリ」は、いい加減に罠かも知れないと分かっていたかもしれないが、迎撃せざるを得なかったーいかな砲弾であっても、56センチ砲弾は、その運動エネルギーだけで、アイオワ級に大きなダメージを与えうる。戦車十台くらいなら至近弾の衝撃でメンコのごとく空へ飛ばせてしまうのだ。
レーザービームが、砲弾をあぶる。すると砲弾は、2000メートルほど上空・手前で爆発した。
無数の子弾が、まき散らされ。
子弾から爆発で散らされた孫弾は、運動量をほとんど失っておらず、「ミズーリ」への直撃コースを取りながら爆発していく。
そのころには、ビーム照射を受けなかった砲弾も、時限信管により空中爆発していた。
孫弾の数は6弾で計10万発。クラスター爆弾としては恐ろしい効率である。
炸裂した孫弾は、焼夷弾子として機能しつつ、金属片・金属粉をまき散らし。
火の粉と微細金属による希薄な雲が、「ミズーリ」に降り注ぎ、その針路上を大きく包み込んだ。
―*―
「『ミズーリ』レーダー波、途絶です。ボス。」
「チャフを相手にふりかけるとは原始的なやり口なのに、よくもまあ。ヒナセラ海軍はやはり軽視できない。」
「かつて人民解放軍が暴走したのもさもありなん、ですな。随意金属は賢者の石だ。」
「いや、副長、もちろん随意金属もあるが…今再び日米戦争をすればアメリカは、負けるだろう。」
「ミズ・マツラですか…」
「ミスター・マツラとミス・キドも、だ。彼女らによってつくられた国だと言うなら、すべて納得だよ。」
「ミス・ミネヤマにも彼女らの反骨精神を感じるな。
GAFAという例もかつてはあったが、それらの最大手テック企業は、正面から国際秩序に挑む姿勢を鮮明にはしなかった。
ステイツに対し、差別的な政策が気にくわないなどと言って経済制裁を敢行した私企業など、想像だにされなかった。」
「しごくまじめに、EB社がパックス・テクノロジーナを目指していることは、もはや明白ですもんね。」
「ある意味、この戦争によりこの世界が再編されるのなら、それこそパックス・ヒナセラーナであり、EB社のパックス・テクノロジーナの究極のカタチの一つなのかもしれないな。」
おそらくそこで、ステイツの特権的地位は意味をなさないだろう、とジョナサン艦長は呟いた。
「命中弾を確認。」
「よし。レーダー波はどうなっている?」
「断続的に回復と途絶を繰り返しています。本艦の電波妨害はさほどの効果を発揮していないようです。」
「…人工知能のスペックが及ばないか…」
―*―
シュッゴッドォーオオーォーーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
〈第8斉射用意〉
〈敵斉射弾着弾〉
〈前部煙突損傷、左6~10高角砲大破、右1~3ロケット砲喪失、艦橋後部第2パラボラ中破〉
〈自動修復開始〉
海戦は、早くも泥仕合の様相を呈しつつあった。
核砲弾を「ミズーリ」が使用しないのにも理由があって、核砲弾は局所的なEMP効果を発生させるために戦術AIを損傷し、かえって以降の自動修復が間に合わなくなってしまう恐れがあった。核砲弾でけりが付く相手ならばAIの回路修復の時間も生まれるが、ビキニ環礁原爆実験が示すように原爆によって超弩級戦艦を即座に撃沈せしめるのは困難である。
1斉射において、「ミズーリ」は9発の16インチSHS徹甲弾を、「穂高」は2発の56センチ特殊三式弾と4発の56センチ徹甲弾を応酬する。
16インチ徹甲弾は「穂高」の対51センチ砲装甲に弾かれるが、装甲の外側にある対空兵装・電子兵装は吹き飛ばされては修復されている。
56センチ徹甲弾は「ミズーリ」の対16インチ砲装甲を容易く貫通し、艦内奥深くで炸裂して1発で中破~大破に至らしめるが、いかんせん4発では命中弾を出せないこともあるし、迎撃妨害のためのチャフまき直しとして特殊三式弾斉射を行わなければならないこともあるため、命中数は3分の1以下となり修復の隙を与えてしまう。
自動修復は「形態を随意金属に維持させようという意思体と随意金属との接触」によって行われている。意思体であるところの戦術AIにクリティカルヒットさせれば修復は止まるのだが、ミロクシステムがそうしているように電子回路を艦内中の金属に含ませる形で張り巡らせデータコピーを幾重にも行う複数意識体となっている場合、物理攻撃で一度に意思が成立しなくなるほど破壊するのは不可能であった。
破棄より修復が早くては、決着がつくはずもない。そして、しびれを切らされた場合、賭け前提でW23核砲弾が使用される可能性がある。
さらに言えば、一度きりの戦いにおいて随意金属を使い切ることができる「ミズーリ」と異なり、100年使う主力軍艦である「穂高」はオリハルコンから砲弾を作るようにはできておらず、燃料弾薬はヒナセラ製に限られ、開戦が長引けば砲弾切れを起こす危険性があった。
「転舵、面舵一杯!
突進!」
太田大志が、決断を下すーここはやはり必殺兵器に頼るしかないとの判断だった。
〈面舵一杯〉
〈諸元修正の上、修正射第1射用意〉
〈弾種、1番砲特殊三式弾、2番砲徹甲弾〉
〈転舵完了〉
基準排水量15万トンの巨大な艦体が、向きを完全に右へと変え、「ミズーリ」へと突進をかけていく。
真右を向いていた主砲も、正位置である艦首方向(第3砲塔のみ艦尾方向)へ旋回を終わらせた。
〈3番砲、「ミズーリ」照準不可〉
〈「ミズーリ」転舵、本艦へと最大速度〉
〈「ミズーリ」、向かい合い航行〉
〈修正第1射発射〉
シュッゴッドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!
後部にある3番砲塔は、煙突や艦橋などの艦上構造物が邪魔であるため正面方向へ発砲することができない。そのため一度に発射できる砲弾数は4発(迎撃妨害用特殊三式弾2、徹甲弾2)にまで低下。さらに細長い「ミズーリ」艦体を横からではなく前から見ることになり、命中率の劇的低下は避けられない。
〈相対距離27000〉
〈相対速度2247m/m〉
〈すれ違いまで12分、至近距離まで9分強〉
〈本艦最大速度、5、1ノット優速〉
〈相対距離26000〉
〈修正第2射〉
シュッゴッドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!
もっとも、徹甲弾発射数が9から6に落ちた「ミズーリ」も、艦隊形状が細長過ぎて安定性を欠くこともあり、増速と発射弾数低下で命中弾を得にくくなっている。そもそも艦のバランス変化によって傾きが変わり発射諸元に影響するが、随意金属による自動修復は常にバランスが大きく変化し続けることと同義であり、従って破壊と再生を繰り返す「ミズーリ」は、先進的な砲撃システムにもかかわらず急速に命中を得られなくなっていった。
〈敵修正第1射、全弾遠〉
〈修正第1射、全弾近〉
〈修正第3射〉
シュッゴッドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!
それでもなお、砲弾の応酬は止まらない。
アメリカの資料によれば、アイオワ級の16インチ主砲は、9000メートル以下では大和型の対46センチ装甲を貫けるらしい。では、穂高型の対51センチ装甲はどの距離から撃ち抜けるのだろう?
穂高型は、数発の命中弾であらゆる軍艦を廃艦に追い込む。しかし、斉射と斉射の間に修復してしまう軍艦に対し、どうすれば一撃で撃沈できるのだろう?
〈修正第2射、全弾近〉
〈敵修正第2射、全弾遠〉
〈修正第4射〉
シュッゴッドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!
〈敵修正第3射、全弾近〉
〈修正第5射〉
シュッゴッドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!
〈相対距離17000〉
〈敵修正第4射、全弾遠〉
〈敵レーダー波、さらに弱化〉
量子コンピューターを持つ「ミズーリ」が命中弾を得られていないのは、特殊三式弾による金属箔雲の中で、レーダーそのものすらチャフにまみれて機能が低下しているからであるとともに、視界がチャフによって悪化し光学照準も効かなくなっているからである。一方の「穂高」は、1分に約1キロの速さで進んでくる「ミズーリ」に常にチャフ雲をかぶせる狙いのためにもともと手前よりを狙っており、有効打となりえる徹甲弾は1射に2発のみと、命中弾を得るのは困難だった。
「砲撃停止だ。距離12000より取舵に転舵、『ミズーリ』左舷に遷移し、反航戦を距離5000で行う。距離7000より砲撃再開。」
超弩級戦艦どうしの砲戦とは思い難いような指示。
〈修正第6射〉
シュッゴッドォーオーォーーーーンッッ!!!!!!!!!!!
〈砲撃停止〉
〈相対距離16000〉
〈特殊三式弾斉射に備え全主砲に装填〉
〈接近戦モード用意〉
いよいよ、太田大志は残弾の心配もあり、砲撃を一時中止させた。代わって提示したのは、「現在正面衝突するコースを描く『ミズーリ』に対し道を譲り、すれ違う間に近距離砲戦で一気に仕留める作戦。
〈敵第5射、本艦挟叉〉
〈相対距離15000〉
しかし、それは同時に、近づくまで殴られるだけになることを示している。これで優速でなければ最悪だった。
一方で後方で浮上してデータ収集と電子戦を行っていた原子力潜水艦「エルドリッジ」は、再び急速潜航した。
〈『エルドリッジ』通信途絶〉
〈極超長波通信を行いますか?〉
「回線を開いてくれ。」
〈極超長波通信発信します〉
〈通信つながりません〉
〈妨害を受けています〉
〈超音波ジャミング感知〉
〈対抗措置…〉
〈敵弾第6射〉
〈水中弾により水中発信機破損。自動修復開始〉
〈相対距離14000〉
〈右4~7高角砲及び2~5ロケット砲喪失。自動修復開始〉
〈水中発信機修復完了〉
〈なおも通信不能〉
〈対電子戦開始〉
〈ジャミング解除不可〉
「…回線を封鎖。『エルドリッジ』が問いかけてくるまで待て。」
海中電波通信は、21世紀後半でもまだ発展途上の技術であり、10キロを超える通信ともなれば思い通りには絶対にならない。太田大志はミロクシステムと共にさじを投げた。
〈相対距離13000〉
〈敵弾第7射〉
〈左10~12高角砲喪失、自動修復開始〉
〈12センチレールガン喪失、自動修復開始〉
「レールガン修復停止。随意金属を他へ回せ」
〈レールガン修復停止〉
魔法によって電気を供給する、艦橋手前の12センチレールガン。しかし、艦橋の外つまり装甲の外側に出ることができない激戦中では、なんの意味もない。
〈2番主砲砲側測距儀損傷、自動修復開始〉
〈相対距離12000〉
〈取舵。旋回10時方向〉
〈敵弾第8射〉
〈右9~13高角砲、4~6機関砲大破〉
〈自動修復継続〉
徐々に、損害に対し修復が追い付かなくなってきた。
〈敵弾第9射〉
〈相対距離11000〉
〈後部マスト大破。クレーン小破〉
〈自動修復継続〉
〈敵弾第10射全弾遠〉
〈相対距離10000〉
〈照準再計算開始〉
いよいよ、斜め左に針路を転じたため、直進を予想して発射されていた「ミズーリ」の砲弾はそれていった。
〈敵弾第11射全弾近〉
照準の再修正を行ったのか、今度は「ミズーリ」砲弾は手前に落下した。
〈相対距離9000〉
超弩級戦艦同士の撃ち合いとは思えない、10キロ未満の砲戦。
「穂高」の56センチ砲の中では特殊三式弾が今か今かと斉射の時を待ち、「ミズーリ」は斜め前に16インチ砲の砲身をもたげている。
〈相対距離8000〉
〈敵弾第12射〉
〈後部煙突損傷、自動修復開始〉
〈前部マスト全損、自動修復開始〉
〈後部甲板ドローンカタパルト大破、自動修復開始〉
〈相対距離7000〉
〈特殊三式弾、斉射〉
シュッゴッドォーオオーォーーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
先ほどまでは撃てなかった第3主砲も、「ミズーリ」が正面ではなく斜め前に位置するので、限界まで前方に指向させることで発射可能になっていた。
〈右8~9機関砲、16~17高角砲、自損大破。後部マスト、自損小破。自動修復開始〉
当然、人間ならばジュースにしてしまうほどの爆風をまともに受ければ、「穂高」そのものの装甲外武装も吹き飛ぶのだが。
〈敵弾第13射初速マッハ4オーバー〉
〈レールガンと認む〉
「っ!
総員伏せ!」
太田大志が、モニターを覆いつくすように現れた警告文を見て、慌てて叫びながら机に手を伸ばし、ガラガラと机の上の機材を引き寄せながら床に這いつくばった。
太田友子が、娘の玲奈にとびかかって周りの3人ごと押し倒す。
峰山武は、CICの扉を閉めに走った。
あわあわと、各国の要人たちが身を伏せる。カンテラとヘレナの夫婦は舌打ちしながらお互いを引き倒した。
機関室では、艦内放送から聞こえてくる太田の叫びを聞いて、魔法陣を見張っていた魔法使いたちが、交代要員を押し倒し、防御魔法を用意する(機関室には超高温高圧の核融合炉があり、水が浸入すれば水蒸気爆発で丸ごと吹き飛ぶので、致命的事故に備えて防御魔法が幾重にも準備されている)。
クラナ・タマセだけは、「ふーん」と言いながら、泰然自若、壁にもたれかかっていた。
寸秒にして、9発の16インチ砲弾が、「穂高」に突き刺さるー近距離での一撃必殺を狙っていたのは、太田大志たちだけではなかったのだ。
2発は、海面に落下。後の7発は、艦橋へ、前後の煙突へ、右舷舷側へ、2番主砲塔基部へ、装甲を歪ませ潜り込み、停止し。
ピカーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッッッ!!!!!!
瞬間。
海上を圧する大戦艦は。
焼き尽くさんばかりの閃光に包まれ。
衝撃波が7キロ先の「ミズーリ」をも斜めに傾け。
閃光は紫、緑、赤、オレンジを経て、白色となってすべてを塗りつぶし。
白い煙が、空高く立ち上って膨れ上がり、キノコ雲を形成していった。
―*―
核爆発は、赤海沿岸ならばどこからでも見ることができたー遮るもののない海上であるとはいえ、これは1000キロ先に閃光が届いたことを意味する。
当然、火球からの閃光は、失明一歩手前の可視光だけではなく、ガンマ線のような電磁放射線を多く含んでいる。海岸部から避難するようあらゆる軍民に通達したことが、うまく働いた。
W23核砲弾9発の合計出力は、約160キロトン。うち2発は海中で爆発して水蒸気爆発を起こし爆圧によって半径数キロの海棲生物すべてを死亡させた。
のこり7発ー「穂高」に突き刺さった計130キロトンは、熱赤外線で海水面を熱して瞬時に数十センチ蒸発させ、表面で数万度、爆心で300万度に到達する高熱ですべてをプラズマへと還元した。
―*―
キノコ雲の中で、雷鳴が響いた。
世紀末を感じさせる、崩れゆく白煙。
そして。
ゴーンッ!
ドッ。
グガァァァァーーーーーーーーーーーンッ!
高波にあおられる「ミズーリ」の3か所から、黒煙が噴き出し。
直後、「ミズーリ」の各所から爆音が発せられ。
戦艦「ミズーリ」は、ちぎれたようになって、煙を吹きだし、右に左に針路を変え、迷走を始めた。
3基の主砲は、いずれも砲身が折れ曲がり、飴細工のようにねじれた煙突や艦橋ともども、ただのスクラップと化している。
随意金属による修復のため損壊部位がぬらぬらとした感じにテカりだすが、しかしそのまま、はっきりとした形状変化はなかなか進まない。
白煙が、ゆっくりと割れ。
崩れる白。
中から、赤いナニカが、あふれるように現れる。
シュッッゴッドォーオオーォーーーーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
轟音が鳴り響き。
「ミズーリ」から、黒い煙が噴き上がり、やがて艦体は覆い隠された。
―*―
〈第1、第2、第3主砲、ともにさらに温度上昇〉
〈誘爆の恐れがあります〉
ガー、ガー、ガー!
「射撃停止。
機関、推進部、装甲、主砲のみの修復を行うとともに、除染を実行」
〈機関、推進部、装甲、主砲、随設計図変形開始〉
〈CIC及び機関部の鉛隔壁外側にコンクリート遮蔽壁生成開始〉
ガー、ガー、ガー。
「ちっ!」
太田大志は、警報音を発するガイガーカウンターを机の上に戻し、真っ赤にワーニングするコンソールに向き合った。
「さすがに油断したかな…」
もし9発すべてが「穂高」表面で爆発していたら、跡形もなかった。7発とも装甲を蒸発させるのにエネルギーを使ったからこそ、「穂高」は随意金属をかなり喪失しながらも、浮いていられる。
エルシエ・リットなど、元から臆病な啼兎人ということもあり、漏らしたまま意識を失っていた。もっとも誰一人としてそれにコメントする元気がないが。
上から見れば、今の「穂高」の惨状ははっきりだろう。本来ならば矛刃のような怜悧な印象を受ける艦体は、今となってはへの字に歪曲してしまっていた。
艦橋や煙突は左舷側につぶれ、対空兵器は一つもない。
右舷側は複雑にえぐれて、自動修復のためにぬらぬら光っていたが、ミロクシステムは自動修復時に放射性物質を取り込まないように随意金属から異物を取り除きつつ修復しているので、なかなか真っすぐには戻れない。というよりぬらぬらと自動修復しているのは艦体全てなのだが。
「大志っち、どう…?」
「なんとか浮いてはいられそうだ。」
ガー…
「線量も落ちてる。核物質をちょくで排除できるのは強いな。」
「でも、闘えそうにはないよね…」
「ああ…即バーンならできそうだけど、現状排熱できてないから、主砲が誘爆するだろうな…むしろ弾薬庫に注水したいくらいだし。」
もちろん、そんな指示はしない。高濃度汚染水を好き好んで取り込んでどうする。
「…『ミズーリ』もそうだろう。56センチ急迫徹甲榴弾12発だ。距離5000なら半分は当たった。浮いているのが不思議なくらいだ。」
むしろ浮いているのが不思議なのはヒロシマクラスの核爆発9つを至近距離で受けた「穂高」ではあるが、不沈巡洋戦艦の面目躍如ではあった。
「向こうも修復には時間がかかるはずだ。」
徹甲榴弾の弾片は万単位であり、すべてが音速を遥かに超えた爆轟により拡散する。艦内に張り巡らされた回路もズタズタは避けられず。まずは回路を直して思考レベルを取り戻さなければならないから、いくら随意金属と言えども「ミズーリ」を直すには時間がかかる。
…結局、「ミズーリ」に言えることは、「穂高」にも言えるのだが。
「…大志君、これは、相打ち?」
「峰山さん、そう。相打ち。通信が復旧次第トドメを要請しないと。」
「え、でもパパ、どうするの?線量的に近づけないと思うけど…」
「…玲奈、こんなこともあろうかと待機してくれてる人たちがいるじゃないか。」
―*―
「…副長、物理学者オッペンハイマーが、トリニティ実験で史上初の核爆発を見た時、どんな詩を思い浮かべたか、知っているか?」
「…なんでしたっけ。士官学校で習ったような習わなかったような…」
「『我は死なり。世界の破壊者なり。』」
「…やっぱり習ってないと思いますけど、その学者先生は正しいですね。ありゃ死、死ですよ。」
「それでも、我々は殺さなければならない、か。」
「…『オペレーション・フィラデルフィア』っすか。」
「我々は栄光あるアメリカ海軍だ。」
ジョナサンは、逡巡を見せつつ、それでも、「手はず通り実行せよ」と命じた。
作戦名「オペレーション・フィラデルフィア」は、この「第二次フィラデルフィア・エクスペリメント」に関する指令書である。
指令書が命じるのは、「『ミズーリ』による無隕石時空超越実験の監督」「異世界がアメリカに攻撃するような事態を起こさないこと」そして、「異世界においてアメリカの脅威になりそうな技術が艦隊より敵性勢力に奪われた場合、消去すること」。
今や、「ミズーリ」はアメリカの総力を以ても脅威となる「自動修復」「随意変形」を持ち、その上世界をつなげようとしていた。だからこそ原潜「エルドリッジ」は国際連合に協力してきたのである。
そして、この技術は「消去」されなくてはならない。
随意金属がヒナセラの管理下にあるのなら、問題はない。適正かどうかはともかく、彼らは同盟国日本に縁があり、そしてまともに交渉が通じる民主的主権国家である。
しかしもし、異世界の、それも封建的国家、例えば2帝国に渡ったら?
量子コンピューター。
大砲。
核爆弾。
ミサイル。
レーダー。
随意金属。
…すべてを消去しなければならない。随意金属の一片すら、残すことは許されない。
「USS誘導にミサイル接続。」
「トマホーク巡航ミサイル、核弾頭セーフティーをアンロック。」
「1番発射管開け。
トライデントミサイル発射!」
核弾頭を搭載し、地球の裏側をも攻撃できる恐怖のミサイルが、空高く、1発だけ打ち上げられるージョナサン艦長は、ずっとこの1発の存在を隠していた。
ミサイルは、宇宙まで白煙ふいて飛び上がった。
うのめシリーズ衛星系は、GPS衛星系には遠く及ばないものの、それでもミサイル弾頭に収納された再突入体が目標に衝突するようにミサイルを誘導した。
トライデントミサイルそのものは、異世界に余計な技術をもたらさないように仕組まれた自爆装置によって、スペースデブリとなる。
本来、トライデントの複数個別誘導再突入体というものはその名の通り弾頭内の複数の核爆弾/質量体をそれぞれの目標へ落下させる仕掛けなのだが、『エルドリッジ』のそれは異世界における「アメリカ技術消去」が目的であるため、単弾頭である(なお、MIRV弾頭禁止条約に関しては、30年代にはすでに有名無実となっていた)。その単弾頭は、摩擦熱からカバーによって守られつつ、マッハ20で目標へと突っ込んだ。
-誰が、止める間もなかった。
速度的に、小型隕石と大差ない。シュー――――――――ーーーーッという摩擦音が空間を圧する。
「…邪悪なる光、か。」
宗都でその輝きを見た古老が呟いた直後。
弾道は、光り輝く草原へ落下し。
ピカーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!
その弾頭の威力は、200キロトン近かった。
閃光とともに、大地震が発生し、津波が発生する。
そして聖地「宗都」は、400万度を超える火球に呑みこまれた。
―*―
「なんだ、と…」
…「ミズーリ」を始末してくれるかと思ったのに…「エルドリッジ」…
「だから、だから既存の国家は嫌いなのよ…
…アメリカァァァァァーーーーーーーーーー!」
峰山さんが、叫び声をあげた。
「…奴ら、核弾道ミサイルなんて隠し持ってたのか…」
機密だから言ってくれなかったのなら、仕方ない。僕らだってミロクシステムの正体について話したわけじゃないし。
「…だったらなんで今まで使わなかったの!?」
「友子、だって、『ミズーリ』には対弾道ミサイルの迎撃システムがあったんだぞ。」
「あ…」
だから、この、「ミズーリ」が大破した状態で使用された…すべてを隠滅するため。
「だけど、にしたって…」
なぜ、宗都に?
ガー…
また線量上がったか…すぐ収まるだろうけど…
…放射線。
原子爆弾のエネルギー。
再突入体。
…まさか?
「…これで、終わったね。
時代が。
始まりが。
ね?」
クラナ・タマセ…違う、でも、じゃあ、お前は、「後継者」は、誰だ!?
―*―
宗都全域を蒸発させた核爆発からの放射線は、水平線の向こうにも届いた。
放射線遮蔽壁を造っていなかった「ミズーリ」艦内、最奥部。
一度沈没した際にも56センチ砲弾から耐えきり、「大和」を取り込んで復活した時にそのまま取り込まれた超装甲区画。
そこでは、無数の回路が、管が、ボックスに入った機械が、つながりあっていた。
恐るべきことに、3度の56センチ急迫徹甲榴弾斉射を受けておきながらも、内壁にへこみ一つなく、透明な管にもヒビ一つない。
そして、機械群の中央では。
コポッと泡を立てつつ、透明な筒の中で、裸体が浮かんでいた。
SFチックな筒。見る人が見れば培養器だとか、琥珀から恐竜を生み出す映画に出てきそうなどとコメントするかもしれない。
筒の中にまで、放射線は及び。
2度の核攻撃は、充分に致死量であり、裸体のあちこちから血が流れて培養液をピンクに染めつつあった。
そして。
「sa til …q u k」
ーズズ!
-ズ!!!
そして、その魔法は、再び発動した。
世界の理そのものを通じて、空間を歪め、振動させ、揺らがせる魔法「震空」は、「ミズーリ」のみならず…
…遡及的に、「術者ルゼリア・エンピートに害をなしたものすべて」を振動させたーこの場合、宗都の火球そのものを。
―*―
ーズ!
何とも知れない不快感。何かが、ズレたような。
…これが、「震空」、消えたルゼリアの魔法だとすれば!
隕石のごとき再突入体!
核爆発の高エネルギー!
世界に穴を空けることすら可能な「聖地」宗都の膨大な魔力!
空間を理ごと揺るがす魔法!
…まさか…
「くそうっ!」
〈艦体修復完了〉
「全部、掌の上か、くそがっ!!」
―*―
-ズ!
「…なぜ、なぜ!」
「ミサイル、衛星、すべて正常です。データ上、ミサイルは確かに『ミズーリ』に落下したはずです!」
「ではなぜ、なぜっ!」
「…待ってください、USS衛星に再接続して、もう一度…
なんてこった!データが書き換わってる!」
「んだと!」
「間違いありません!
『ミズーリ』め、誘導システムをハックしてやがった!」
「そうか!ホストである『穂高』がやられてたからか!ガッデム!」
「…え、なんだ、なんだこの通信は!」
「どうしたジョージ!」
「…信じられん!
艦長…
…NATO艦隊司令部の、通信符丁をキャッチ!」
―*―
「…なんだ、アレは…」
丸っこい、「ミズーリ」とは似ても似つかない艦体。
主砲までも、丸い。
確かに、1秒前まで、1まばたき前まで、そこには沈みかけのアイオワ級戦艦がいたはずで。
…じゃあ、アレはなんだ。
アレは、アイオワ級戦艦じゃない。
ステルスを意識した箱型の艦橋と、丸いレドーム。
16インチ砲より大きい、半球型の主砲3基。
中央部には何もなく…何か、開いた?
まさか、ミサイルハッチ!?
「対空システム応急修理!」
〈修復まで17秒〉
間に合え!
〈不明目標、飛翔体発射!〉
白い煙を曳き…ミサイル?
〈飛翔体、軌道到達〉
間に合わない…
〈飛翔体、先端分離〉
また、核攻撃!?さすがにそれは耐えられ…
〈先端部、静止軌道進入、人工衛星化を確認〉
「うそっ!?」
「異世界編」、これにて、終幕となります。




