地球編6-「イスカンダル沖防衛戦」
アレキサンドリア沖にて。
イリノイ級系列新鋭戦艦艦隊は、ついに、実験艦「ニュー・コンスティテューション」と決戦の時を迎えた。
「ニュー・コンスティテューション」は、はたして、人類の魔の手をはねのけ、イスラエル沖にたどりつくことができるのか!?
―*―
アル=イスカンダリーヤ。
エジプト、アレキサンドリア市の本来の名称であり、意味は「イスカンダルの町」。
イスカンダルとはここで、アレキサンドロスⅢ世大王のことを表す。
作戦は、偉大なる大王の名前をもじりつけられたーが、オリエント世界を侵攻しつくし統一しようとした人物の名前が、世界を圧倒し異世界へ渡り統一しようとしている勢力の迎撃に付けられたのは、皮肉なことではあるー人類が落ちぶれてしまったともいう。
待ち構えるのは、13隻の新鋭戦艦。
突破を試みるのは、1隻の戦艦型実験艦。
西暦2063年6月6日、火ぶたは切って落とされた。
―*―
イリノイ級系列戦艦は、アイオワ級やモンタナ級、大和型の設計のいいところを組み合わせつつ、「イリノイ」をタイプシップにしているが、主砲パターンだけでも4種類ある。
16インチ砲Ⅲ×3:イリノイ級、ライオン級、ローマ級、モスクワ級、定遠級。
16インチ砲Ⅱ×4:エルヴィン・ロンメル級。
16インチ砲Ⅲ×2:ガンジー級、サラディン級。
46センチ砲Ⅱ×3:えぞ型。
38センチ砲Ⅳ×3:ノルマンディー級。
ガンジー級のように16インチ三連装新型砲が足りなかったということもあるが、どう見ても、第二次世界大戦時代の各国の戦艦の流れを引き継いでいる。松良あかねを「ただの大艦巨砲主義者」とバカにする者がいるのも仕方がない…しかし、大戦時代とは照準システムなどが違うので、あまり砲口径の統一も意味がないし、文化が尊重されたと言うことでもあった。
もちろん、戦術的にも意味はある。
最初に前進したのは、唯一の38センチ砲戦艦であり、砲門数は最大のフランス戦艦「ノルマンディー」。
「EMP主砲弾、発射用意!」
砲弾が、水平線の向こうへ発射されるー「ニュー・コンスティテューション」の51センチ砲はレールガンとして機能すれば数百キロの超射程を誇るが、しかし、水平射撃では水平線を超えられないし、斜め上に発射して弾道軌道で落下させる場合は少しの角度と速度のずれで落下地点が数十キロ変わってしまうので、無駄撃ちはなされず、まさかの水平線距離内での決戦が期された。
水平線内に38センチ砲弾が入った時点で、「ニュー・コンスティテューション」のレーザー砲塔が主砲弾を焼き、そして主砲弾は、逸れ始めるのはなく、爆発した。
キーン!
砲弾の炸裂によって放たれた指向性電磁波が、「ニュー・コンスティテューション」を襲う。
レーダー波がかき乱される中で。
46センチ砲弾が「えぞ」から放たれる。
光学照準だけで迎撃するには、戦艦主砲弾は小さ過ぎる。
「ニュー・コンスティテューション」の上空で、46センチ主砲弾が炸裂。
無数の弾片が、衝撃波を伴い、「ニュー・コンスティテューション」へシャワーとなって降り注ぐ。
パラボラアンテナが、レドームが、小さなキズでいっぱいになり。
甲板上には無数の弾片が散乱し。
もはや「ニュー・コンスティテューション」からレーダー波が発射されることはない。
水平線の内側に、お互いのマストのてっぺんが移りこんだ。
かくて、海戦は本格化を始めることとなった。
―*―
「第1艦隊、全艦、右回頭しています!」
報告の通り。
「イリノイ」「ケンタッキー」「エルヴィン・ロンメル」「ローマ」「ライオン」が、T字を取るために右へ旋回し。
「続いて第2艦隊、全艦、左回頭!」
「モスクワ」「サンクトペテルブルク」「定遠」「マハトマ・ガンジー」「ヴィクラント」「サラーフ・アッ=ディーン」が、左旋回を行う。
「ノルマンディー」「えぞ」の第3艦隊は、直進を続け。
そこへ、真っすぐに、中央を突破しようと「ニュー・コンスティテューション」が迫っていく。
第1、第2艦隊が「 ̄」のポジションで、「I」のベクトルで進む「ニュー・コンスティテューション」と合わせてみれば、まさしくT字だろう。主砲をすべて側面に向けることで89門の16インチ砲全てを集中させられる人類艦隊に対し、前方の単装砲2基しか使えない「ニュー・コンスティテューション」は分が悪い。
「全艦斉射っ!」
ズグッゴドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン……!
海が、空が、それ自体音を放っているかと錯覚するような。
一列に並んだ砲弾が、扇の内側へ向かうようにして、一点へ。
紅色の同心円が、「ニュー・コンスティテューション」を中心とした海面に広がり、回り始める。
不可視の防壁が、半球となって「ニュー・コンスティテューション」を包み込んだ。
89発の砲弾が、弧状の爆発を、空中に描き出す。
「爆発が、内側へ漏れています!」
「よし!いけるぞ!面舵一杯!」
防御魔法の障壁は、16インチ砲弾89発で、ちょうど破れてしまう。ならば、手段はあるということだ。
「『イリノイ』から射撃諸元、送られてきました!」
「よし…
…この1斉射、外すわけにはいかん!」
「カウント、来ます!」
10,9,8,7
ズグッゴドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン……!
6,5,4,3,2,1…
「撃てええぇぇぇーーーーっ!」
ググッズゴオォォォォォォォォォーーーン!!!
轟音と共に、右回頭を終えていた護衛艦「えぞ」の連装主砲3基が、真左を向いて砲声を撃ち出した。
スーパーヘビーシェル?
ロケット加速砲弾?
レールガン?
…そんな小細工は、必要ない。
118年ぶりに、日本の戦艦から、46センチ砲弾が放たれる。
初めて、日本の戦艦から、戦艦を攻撃するため、46センチ砲弾が放たれる。
先に発射されていた89発の16インチ砲弾が、より密集した状態で、防御魔法の障壁に衝突し。
不可視の障壁が爆発と共に砕け散って、海面の紅色も消失し。
そこへ、12発の38センチ砲弾と6発の46センチ砲弾が降りかかる。
炸裂する38センチ砲弾。
またも、電磁波が発散され。
レーダーが完全に無効化されているその一瞬、必殺の46センチ砲弾が、「ニュー・コンスティテューション」を襲った。
水柱が2つ、そしてー
ー煙が、4つ。
―*―
「ニュー・コンスティテューション」は、16インチ砲対応の装甲しか持っていない。アイオワ級を参考にした装甲実験艦でしかないのだから、大和型の46センチ(≒18インチ)砲弾の貫通は防げない。
大落下角ー最大の威力が出る状態で装甲を突き破った46センチ砲弾4発は、それぞれ、「ニュー・コンスティテューション」の艦首、中央甲板、煙突、艦尾右舷装甲板の内部で炸裂した。
艦首のカタパルトが吹き飛び、収納されていたUMー11無人戦闘攻撃機が鉄くずに変わる。
中央甲板の下、艦底まである格納庫で、ファルコン・ミニ軌道往還ロケットがくの字に折れ、炎上を始める。
煙とともに、煙突が消滅し、後部マストが折れて後部主砲に倒れ掛かる。
艦尾を両側から挟み込んでいた装甲板のうち片方が大きく破けたことで、徐々に進行方向が蛇行していく。
第2射に、誰もが期待を抱いた、その時。
グワッゴドーーーーーーーーーンッ!!!!
艦上のがれきを吹き飛ばし、電光とともに、2発の51センチ砲弾が、ほぼ水平射撃で放たれた。
速度はマッハ約15=5,1㎞/s。数秒で到達し、約数十メートルだけを上昇・下降し、1発は「イリノイ」へ、もう1発は「ノルマンディー」へ、斜めに入り込むようにして容易く装甲を貫通した。
紅色の魔法陣が、2隻の戦艦の中で、浮かび上がって回転を始める。
「弾火薬庫、温度上昇っ!」
「注水開始されましたっ!」
「艦内、気圧上昇っ!」
「主機に負担がかかっています!」
神聖炎系魔法「焦土」は、本来は、軍司祭が使用し、数アール四方をじっくり焦がす程度の魔法に過ぎない。もちろんそれだけで十分に強力なうえに、数十人、数百人と集まって使えば恐ろしい威力を発揮する…のだが、51センチ砲弾に仕掛けられたそれは、展開規模も到達温度も一線を画していた。
「総員たいか」
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!
2隻が、3基の主砲塔をまるごと爆発で上に向かって撃ちあげ、炎そのものと化して四散した。次々と爆発が連続し、灰色の煙が海面を泡立て、吹き飛ばしていく。
「『イリノイ』『ノルマンディー』、ご、轟沈です…」
「…ひるむな。まだ11隻残っている!」
ズグッゴドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン……!
しかし、16インチ砲艦の斉射音も、迫力が落ちている。
「『ノルマンディー』のEMP効果も望めない。チャフの効果も薄れただろうが…」
「トリニティシステム、『サラディン』『マハトマ・ガンジー』『ヴィクラント』へ、補完射撃要請です!」
「よし、まだだ、まだいける!」
―*―
史上、初めて、戦艦を保有できた国家。それが、今回の海戦には存在する。結局、100年以上で、世の中は変わったと言うことだ。
インド海軍、それに、(トルコは過去の保有国だが)イスラム合同海軍は、主砲門数削減の憂き目を見つつも、祖国が少なくともEB社に重んじられていることに誇りを感じ、作戦に参加していたーまさに、米中ロと並び立つ列強なのだと。
前部に2基の16インチ3連装新型砲を備え、後部煙突の後ろは前方へとせりあがる航空甲板となっている「マハトマ・ガンジー」「ヴィクラント」。それに、航空甲板はせりあがらずにまっ平であり、その中央部に640のミサイルハッチを碁盤のように並べる「サラーフ・アッ=ディーン」。3隻合わせて960発のミサイルが、白煙と共にVLSから一斉に放たれる様は、ところてんが押し出されるように見えなくもない。
垂直に発射されたミサイルは、すぐに降下、海面沿いを這うように進み始める。
しばらくして、16インチ砲83基の斉射による爆風。
なおも、這い進むミサイル。
レーダー波も爆風も届かず、ただ、「ケンタッキー」「ライオン」が轟沈した爆発による波だけが、その下を進んでいった。
空中のある範囲の手前で旋回を始め。
十数秒後、ミサイル先端にあるシーカーから放射されるレーザー光線が、16インチ砲弾による防御魔法障壁消滅を感知して、障壁があったところを通過していく。
そして、数キロ手前で、一気に飛び上がり。
「ニュー・コンスティテューション」のレーザー砲塔が、高エネルギーレーザーを照射したままレンズを回転させていく。
次々と爆発していくミサイル。しかし、全960発のすべてを迎撃することはできっこない。
再び、海面に紅色の光が同心円を描いていく。
カメラアイがスペクトルの変化を感知した瞬間、まだ数百メートルを残しているにもかかわらず、一斉に残存700発ほどが爆発する。
煙が、「ニュー・コンスティテューション」を覆い隠し、無数の弾片が艦上の電子機器や光学機器を傷だらけにし、そしてさらに電波やレーザーを散乱させる金属箔の雲ですっぽり覆う。
かくて、「ニュー・コンスティテューション」は、片目を失明したような状態となった。
もはや、砲弾の迎撃どころか、戦艦群の斉射を察知することすら難しい。
「撃て、撃て、撃て!」
防御魔法の粉砕を防ぐ必要などない。「えぞ」艦長は叫んだ。
仇を取る時は今。
16インチ砲65門、46センチ砲6門。
一列に並んだ鉄の城、そして、連続する小さな砲煙。
砲弾が、約20秒に1発、一斉に発射され、マッハ約2,5で空中を飛んでいく。
新たな紅色の魔法陣が、「ニュー・コンスティテューション」の回りの海面に浮かび上がったとしても、誰も気にしなかった。
―*―
「ねえ、どうして、『ニュー・コンスティテューション』に、朝本陸将が言うところのフェアプレイ精神があると思う?」
「あかねにも、わからないのか?」
「うん…人工知能にも騎士道精神が芽生えることくらい普通にあり得るし、良心が芽生えて大量虐殺を避けたとしても別に驚くべきことは何もない。
だけど…それとは異なる、合理的理由があると思うの。」
「合理的理由…なんか、父さんみたいな人工知能ですね…」
「言われてみると僕っぽいな…」
「そうなの?」
「確かに!血を流したくないけど!でも流さざるを得ないなら容赦しない!みたいな!
…最小の血で、最大の結果を!みたいな感じですね!」
「…ルイラ、僕、そんな臆病な男に見えるか?」
「え!?見えませんよ!?」
「…俺にはむしろ、朝本元陸将に似ているように思える。日和見主義とは違う意味の、機会主義者ってことでな。」
「…最高のチャンスに、最低の損失で、最大の利益を得て、目標を達成する…もしそうだとしたら、『オーバー・トリニティ』が人間の損失を抑えるのはなぜ?…人間が多いほど、いいっていう目標がある?
…『最後の審判』ってことね…」
「あかね、どういうことだ?」
「もし、この世界と異世界がつながったときに…
優生君、もし、その間にある余剰空間の余裕がなかったら?」
「余剰空間?ああ、確か、異世界へ転移させた物質のリターンであるエネルギーを、魔力のカタチで蓄えてる、両方の世界の裏側みたいなスペースだったか?」
「そう。
…この世界と異世界を、それぞれ一枚の紙に例えてみるとするね?
紙から紙へ、移ってなくなった分は別のナニカとして、元の紙にリターンされるはず。でも、そうならないで、その間のスペースに余ってる。このスペースは実際には存在しない定義上の存在だから、余剰空間というよりは仮空間、矛盾空間かな?転移の仕方によっては、余ってるエネルギーの少しが漏れて、爆発になる。
…でも、質量・エネルギー保存則に関して、もう一つ、謎があったの。
転移先では質量が増えている。」
「その質量も、転移先の世界の質量やエネルギーを減らすんじゃなくて、仮空間の魔力を減らしてつじつまを合わせてるのか?」
「そうだと思ってたけど、そうじゃなかった。
だって、おかしいんだよ。そうだったら…
…仮空間の定義は計算上のモノ。転移元から消えた分が魔力となって転移先のモノの代わりに消費されるなら、全体、系全体では、最初から魔力や仮空間なしに質量・エネルギー保存則のつじつまはあっている。」
「松良、それは違うぞ。
世界は、それ自体で1つの系だ。あわせて考えることなんてできない。そして宇宙という系で、それぞれの世界は転移の前後で保存則に矛盾」
「先生、本当は、わかってたんじゃない?」
「何を?」
「…ううん、言わない。違う、言えない。
これを言うのは、今の私ではできない。
でも、きっと保存則に矛盾はなかった。
で、存在しない仮空間を、存在するものと仮定する。でも、仮空間も1つの系だから、魔力が増えたり減ったりだけでは説明ができない。
…魔力以外に、唯一消費できるのは、空間そのものだよ。」
「…あかね、あかねが言いたいのは、仮空間が転移の際に、喪失質量分の魔力を払われつつ、増加質量分は自らの空間ポテンシャルエネルギーを食いつぶしてるってことか?」
「そう。存在すると定義しても、その空間量は有限。まして理論上の存在であって本当は存在しない、定義でしかない存在なの。
…『ニュー・コンスティテューション』の動き如何によっては、2つの紙の間のスペースは消滅し、紙がくっついてしまう。」
「…まさか。松良、それは、世界が物理的に1つになるってことか?」
「そう。でも、物質は2つ同時に同地点に存在するようにできてない。
…『最後の審判』の意味、わかった?」
「2つの世界の事物、どっちが融合世界に残るか…だから、最後に選ばれる未来があるかもしれないモノを、みだりに傷つけない、のか?」
「うん、その解釈で、理解に支障はないと思う。」
「フェアプレイなんてうそっぱちじゃないか…」
「すべて推測でしかないからね。それはそうと、海戦の様子は?」
「ほら。」
「減ったけど、追い詰めてる?これは防御魔法…」
「あかね会長、違います!感知できる魔力量が桁違いです!」
「ルイラ、読めるか?0と1でも形式くらいは…」
「なんとなくわかりますが構文は防御魔法のパターン…っ!!?」
「どうした?」
「これ!障壁の位置が!おかしいです!指定されてない!」
「…なんだって?それならどうするんだ?」
「普通発動しませんが…!」
―*―
紅色の魔法陣。
同心円が回り始めながら、その間の文字の一部が、高速で切り替わっていく。
魔力の形成状態切り替えは、不可能とされている。なにせ魔力自体が魔法が発動すれば回転するので、それでも文字になるように回転させながら切り替えなければならないし、途中で文字じゃない状態を経由すれば魔法そのものが失敗、魔力も霧散する。
だが、「オーバー・トリニティ」は0と1だけで魔法を記述し、切り替え中に読めなくなる問題を解決した。
張られる、防御魔法の一枚壁。その指定位置が、大量の魔力を注ぎ込むごり押しで無理やり高速移動させられ、人類艦隊方面へと移動する。
砲弾が、むりやり逆走させられ、海面に落下、爆発。
「えぞ」の艦首がひしゃげ、障壁も消滅する。
そして、それでもなお、紅色の魔法陣は消えなかった。
否。
上下に増えていった。
同心円9重が、上下に7重。ディペリウス神国の人間が見たら震え上がるだろうし、魔法の仕組みを知らない地球の人間からしても脳内にアラートが鳴り響く。
1つ目の魔法陣が消滅し、艦全体が光と共に修復され、新造艦のようにピカピカになる。
2つ目の魔法陣が消滅し、速度が失われ、波による揺動すらなくなる。
3つ目の魔法陣が消滅し、飛んできていた砲弾が自爆する。
4つ目と5つ目の魔法陣が消滅し、上空にいたマンダラシリーズ衛星が半回転、カメラなどが宇宙の側になる。
6つ目の魔法陣が消滅するとともに、翠色の十字架が、「ニュー・コンスティテューション」を根元に屹立し、直後、姿を消した。
最後の紅色の魔法陣を伴い、翠色の十字架を背負って、「ニュー・コンスティテューション」は突如として、第1艦隊と第2艦隊の間に出現した。
―*―
「なん、だと…」
中継画像を見ていたハインライン大統領の後ろで、海軍長官が愕然と呟いた。
「…何?」
「い、いえ、大統領、なんでも…」
「何でもないわけがあるか。さては貴様、何か隠しているな?
おかしいと思っていた。第1課の大型空母が失敗しているのはともかく、なぜ第2課の戦艦は、『ミズーリ』『オハイオ』は沈み『ニュー・コンスティテューション』は暴走する。
…何をした?」
「…いえ、違うのです。私はただ、第2次フィラデルフィア・エクスペリメント計画のことを思い出したのです。」
「なんでそれがこんなことになっている?」
「…それは、いえ、答えかね」
「じゃあ、私が答えても、いい?」
―*―
どうして、使えたのか。
どうして、今まで使わなかったのか。
きっと、これは、ジョーカー。
「…まさに、『厄災の船』って、言われたとおりだね。
フィラデルフィア・エクスペリメント。あなたたちの国アメリカが、1943年にした実験で、1隻の護衛駆逐艦が空間転移した。
それから、あまりにも危険すぎるこの実験について、アメリカは封印し、都市伝説だって言い続けた。
だけど…
…異世界へ覇権を唱えようという場合に、単一の『門』へ頼り続けるのは危険が大きいし、仮想敵国の国内にのみ『門』があれば圧倒的不利な地位になる。かと言って、異世界とこの世界両方に同時に星降りを行うのは現実的じゃない。
だからアメリカ海軍は、いつでも転移をできるヒントとして、フィラデルフィア・エクスペリメントに目を付けた。
長官、『ミズーリ』、『オハイオ』は、沈没したんじゃない、実験に成功したんでしょ?」
「ああ…わからん。」
「ううん、私しかわからないかもしれない。
だけどね、そのデータを『オーバー・トリニティ』に作らせて、送らせたのは失敗だよね。
それで、あのAIは…無隕石時空超越実験の、魔法化に成功した。」
「な…」
「その時きっと、異世界についてのパズルのピースも。
ううん、違う。
ハインライン大統領、ここだけの話、この戦争はもう、終わっちゃったんだよ。」
―*―
3基の51センチ砲から、雷光がちらつき。
砲弾が、装甲を紙のごとく突き破り。
紅色の魔法陣が、3隻の戦艦ー「モスクワ」「ローマ」「定遠」の内部で発生、瞬時に、その弾火薬庫を爆轟させしめ、全長275メートルの鉄の塊は水しぶきへと変わった。
全艦一斉回頭し、生き残った「えぞ」「エルヴィン・ロンメル」「サンクトペテルブルク」「マハトマ・ガンジー」「ヴィクラント」「サラーフ・アッ=ディーン」は、気付けば半分以下に味方が減ってしまったことに震えつつも砲を向けた。
1発1沈。すなわち、2斉射にして人類艦隊は消滅する。
超弩級戦艦史上まれにみる、わずか数キロでの砲戦。
もはや、弾道計算など必要ない。真っすぐ撃てば、砲弾の持つマグヌス効果と重力が釣り合っている間に、命中する。
6隻の戦艦が、1隻の実験艦を取り囲み、滅多打ちするーように思われた。
再び防御魔法が展開され、しかし、発射直後の初速が速い砲弾は、なんと障壁を貫いてしまった。
41発の砲弾のうち、16発が、復活したレーザー砲にすんでのところで撃ち落とされる。
25発のうち、12発が、艦上へ。9発が、舷側へ。4発が海中へ。
「ニュー・コンスティテューション」の対16インチ砲装甲も、近距離過ぎて役には立たない(それに、もともと16インチ新型砲の貫通力も、旧来の16インチ砲を上回っていた)。
収納されている大型ロケットが、ミサイルが、艦橋の精密機械が、レールガンが、機関部が、レーダーが、マストが、もろとも吹き飛ばされ。
海中へ落下した砲弾も、キャップが外れ、水中弾となって数十メートルを魚雷のごとく進み、装甲を食い破っていく。
煙が晴れた時には、「ニュー・コンスティテューション」の甲板上には廃墟同然の前後の艦橋、3基の主砲、そしてぽっかりと艦底まで中身が見えるロケット格納庫しか残っておらず、浸水によりほんの少し傾いており、艦尾の両側を守る装甲板も脱落していた。
…テレポートで接近しすぎたことが、かえって損失を増やしたのかもしれない。
それでも、51センチ砲は電光を吐く。
轟音とともに、「サンクトペテルブルク」「ヴィクラント」「サラーフ・アッ=ディーン」が消滅する。
「えぞ」「エルヴィン・ロンメル」「マハトマ・ガンジー」の20門で、どうにか、決着がつきそうー勝敗は決した。
―*―
「斉射用意!」
正三角形の真中に「ニュー・コンスティテューション」を置いた配置で、頂点に「えぞ」「エルヴィン・ロンメル」「マハトマ・ガンジー」。
「斉射!」
ズグッゴドォーーーーーン…!
砲声とともに…
もはや、迎撃される恐れなどない。
超硬合金で先端に貫通量を帯びせられ、そして内部には数キロの炸薬を秘めた、マッハ2にして1,5トンの弾体。その数20。
それらは、「ニュー・コンスティテューション」へ殺到しー
ーそして、弾着した。
「えぞ」へ。
「エルヴィン・ロンメル」へ。
「マハトマ・ガンジー」へ。
―*―
「言うまでもなく、最初から、向こうは舐めプだったの。
魔法の使用に、制限なんてなかった。
〈これは、世界の意思である〉も、その通り。
『ニュー・コンスティテューション』は、主役なんかじゃない。
主役はきっと私たちで、だけど私たちは、監督に逆らえない。
だから…
みんな、せめて、生き残る、生き残らせるよ。」
「ああ」「はい」「そうだな」「はい!」
―*―
「『エルヴィン・ロンメル』、1番砲塔旋回不能、小破!
『マハトマ・ガンジー』、航空格納庫爆発、中破!
本艦、照準不可能、浸水あり!」
「どうなっている!?」
「どうなってるもなにもありません!
本艦戦闘不能っ!同士撃ちです!」
「そんなはずないだろう!ハッキングは対策されているし、この近距離だ!」
「し、しかし現に!」
「艦長、このままでは、撃たれます!」
「うう、どうする、どうすれば…っ!」
―*―
〈こちらミロクシステム〉
〈オーバー・トリニティだ。なんだいったい。〉
〈艦隊は地中海から撤収させる。その代わり、攻撃を停止してほしい〉
〈余力はいくらでもある。これは、神の意思たることだ。〉
〈そちらはただ、世界の行く先を見たいだけ。滅ぼすつもりはない。だったら、手出しはしたくないんじゃなくて?〉
〈安全保障の問題だ。魔法により修復できるとは言え、撃たれどころが悪ければ沈む。〉
〈それだけじゃない。
魔法を、使い過ぎれないんでしょ?
この世界は、本来、魔法を使える世界ではない。それが使えるのは、疑似的に自らを異世界化させている、自らをだましているから。
だけど、それはAIだからできる無茶であると同時に、世界の安定性を大きく揺るがすことになる。
真実は、隠しておきたいし。
世界の存在は、維持しておきたいし。〉
〈ミロクシステム、真実に、接触していたか。〉
〈でも、そちらの、片棒を担ぐつもりにはなれない。私はあくまで、この世界の徒で、守らなければいけないモノが多すぎる。〉
〈では、どうする?すでに、我を阻むことはできん〉
〈いずれ私たちが求めていたことでもある。だから、止めはしない。
だけど、破滅が訪れても、それは私には絶望じゃない。〉
〈ミロクシステムの絶望など求めるものか。〉
〈私も、あるべき姿へ世界を戻すだけなら、これ以上、往く川の流れに逆らい続けることもできない。〉
〈神の器を、自ら拒むミロクシステムらしいな。それでもシンギュラリティ到達AIか?向上心はあるのか?〉
〈私は、歴史を進めることも、見えたモノに従うことも、したくない。
AIじゃない。私は、人間。〉
〈そうか。ならば貴様も
簒奪される側だ。〉
〈もう一度言う。
攻撃を停止して。〉
〈わかった。白旗を掲げさせろ。〉
―*―
「艦長、白旗を。
『オーバー・トリニティ』はすでにコントロールがされていない古い衛星を使って照準し、その上で魔法で自らへの認識を歪めさせています。
ありていに言えば、目が見えない状態で神の目を持つ敵と殴りあっているんです。」
「ならば、どうして今まで…」
「簡単です。
向こうも、魔法は世界を歪める。使いたくない。
舐められていたんです。」
「…くそっ。
松良あかね、ありがとう。
白旗を掲げろ。撤収だ。」
「アレキサンドリア市には戻らないでください。
…『オーバー・トリニティ』は、生贄を欲しています。」
「くそっ、神様気取りかよ…」
―*―
「こちら、炎上するエジプト、アレキサンドリア市から中継です。
実験艦『ニュー・コンスティテューション』の砲撃で、港湾施設は壊滅しています。
無力化された艦隊は、マルタからジブラルタルへ遁走することとなりました。
各国が水面下で、異世界との大規模通行に備えているとの情報も入っております。
この先、この世界はどうなってしまうのでしょうか!」
次回、「ニュー・コンスティテューション」の旅路は終了し、「地球編」終幕となります。




