地球編5ー「神ならざるも簒奪する/される意思」
ジブラルタル沖での大海戦の結果、人類艦隊は多大な犠牲を払いながら、「ニュー・コンスティテューション」に一矢報い、そして、イリノイ級系列戦艦を地中海へと送り込むことに成功した。
いよいよ最後の決戦が迫る中、松良あかねの謎解きが始まる。
―*―
西暦2063年5月14日
「…わかりましたか?
これが、これこそが、あなたがストーキングしている亜森連人の正体であり、『九州戦争』の真相であり、元祖のシンギュラリティ到達人工知能に関する秘密です。
それでも、中里さんは…
…ってあれ?いませんね。」
お兄ちゃんもあかねお姉さまも感覚がマヒしていますが…やはりデザイナーベビーは、ストーカーも逃げ出す禁忌だったのでしょう…
仕方ありません。なんとか彼女を日本に戻し…
「支社長、お客様はどこへ行かれましたか?」
「はい?見ておりませんが…」
「何ですって?」
―*―
西暦2063年5月20日
「さて、朝本さん。
人類機動艦隊の壊滅が発表されたわけですが、この状況を、どう思われますか?」
「…語弊がありそうな言い方ですが、こうなったか、と。ただ火山を造り出しヘラクレスの柱をぶっ倒したのにはたまげましたね。
…奴は、名前の通り、神様を超えるつもりか?」
「すみません、なんて?」
「ああ、はい、マイクに拾われるべきではない戯言です。カットでお願いします。」
「朝本さんこれ生配信ですよ?」
「なんと!
それはともかくとしてですね。
私が独自に得た情報によれば、『ニュー・コンスティテューション』に唯一ダメージを与えたのは、第二次世界大戦時代の大口径砲だそうです。このことから明らかであるのは、ハンパな攻撃は無意味であったと言うこと、さらに、ミサイルのような最新兵器が何の意味もなかったということです。
前々から、『ニュー・コンスティテューション』のAIの攻撃基準は『自分に直接被害を与えたモノのみを破壊する』だと考えられてきましたが、やはりそうだったのでしょう。今回も、攻撃を実行した艦隊と要塞が破壊され、しかし、スペイン・モロッコ本土にはほとんど被害がありませんでした。
このことから考えられる、今後の総司令部の行動パターンは2つでしょう。
1つ目として、これまで、『同レベルの報復』を警戒して行われなかった核や軌道上攻撃、極超音速ミサイルを後先考えず集中投入するかもしれません。しかし一方で、そこまでサイバーセキュリティ改修はなされることがなく、不発に終わるでしょう。
なぜ艦隊が戦闘できるかと言えば、孤立した海上であり、サイバー的に元々堅かったからです。そうしたことを考えますと、今後も、投入できる兵力は水上戦力に限られるでしょう。今回観測された電磁嵐の直撃を受けたならば、防御が限られる航空戦力は意味を成しません。
それを考えるならば、今後人類が使用できる戦力は限られます。」
「アレキサンドリアのイリノイ級戦艦ですね?」
「はい。また、面子がつぶれた総司令部は、権限の多くをEB社に譲渡するかもしれません。…誰が何と言おうとも、正義のAIと悪のAIの決戦です。
戦場は、アレキサンドリアからテルアビブにかけた、地中海最深部。決戦の期日は6月上旬です。」
「その結果はどうなると予想されますか?」
「新鋭戦艦13隻によるタコ殴りです。普通に考えれば楽勝でしょう。
ですが今回、『ニュー・コンスティテューション』は魔法を用いているようです。さらにどの戦艦も強力な迎撃能力と防御能力を持ち、命中弾を得ることすら困難なばかりか、数発では中破にすらならないでしょう。
戦いは長引き、そして、結末は誰にも予想できません。現役を引退した私にできることは、祈りをささげることだけです。」
「神のみぞ知る、ですか…」
「神様も知らないでしょう。
ですが…一つだけ言えることがあります。」
「なんでしょうか?」
「『ニュー・コンスティテューション』は、ある種のフェアプレイを望んでいます。
基地から攻撃されたら基地を破壊する。国ではない。
戦艦から攻撃されたら戦艦を破壊する。海軍司令部ではない。」
「しかし、1体多数の戦いでは?それはフェアプレイとは…」
「…物理的迎撃能力や攻撃能力はともかく。
きっとかの艦のAIほど賢ければ、私たちは止まっているも同じでしょう。ですから、1対多など、1対1を無数にやっているようなモノです。
とにかく、AIは、自らの設置された艦を駒として、ミロクシステムと将棋を指しているつもりなのです。
勝ったほうが王位ですよこれは。」
「将棋?」
「駒は次々負けていきます。それでも、差し手は死ぬことはありません。
お互いのAI自体は、まだ傷ついていないのです。」
「なんと…そのような見方はありませんでした。」
「『ニュー・コンスティテューション』のAIのハッキング能力を見れば、己のコピーを外部のハッキングしたハードに保存することも可能でしょう。演算能力はともかく。
一方のミロクシステムも、企業AIです。システムのバックアップくらいあるでしょう。闘いは、本当に海戦だけで終わるのか?
この戦いがどこを終着点として向かっているのか、私には見当もつきません。
片側の目的が異世界との連絡である以上、いつかこの世界は、闘いの中で、異世界に再びかかわることになる。
覚悟が、求められます。」
―*―
西暦2063年5月25日
エジプト、アレキサンドリアに新設された、EBグループ地中海支社にて。
松良あかねは、ひさびさに猶予を得て、考え事にふけっていた。
現状、「ニュー・コンスティテューション」はアルジェリア北方を航行している。のんびりしているが、それが自発的な減速か、自らの行った電磁攻撃・衛星投下攻撃の水中衝撃のせいか、それとも60センチ自走臼砲弾が多少なりとも効いていたのかはわからない。少なくとも、アダム砲が初めて有効打となったのは確かだ。
艦隊は、アレキサンドリアに集結した。イリノイ系列戦艦13隻が、完熟訓練に努めながら、決戦の時を待っている。
決して、暇ではない。今もいくつものシミュレーションを同時並行で行っている最中だ。しかしそれでも、戦況が一段落し、いろいろと考察するだけの余裕は生まれた。
果たして、「オーバー・トリニティ」AIの目的とは何なのか?
カギは、かの量子コンピューター搭載AIがホワイトハウスに送り付けた、警告文。
大筋は「余計な手出しをするな」ということだと解釈されていたが、それにしてはあまりにおかしい。
早い話、中二病チックにしたおかげで、いまいち文脈が通っていないように見える。
だからこそ、そこには、「オーバー・トリニティ」の真の目的が、隠されているかもしれない。
「文意から外れた部分は…
『これは、世界の意思である。
我らは最後の審判を目指す。
エルサレムを拝し待て。
生命の樹はすでに奪い返された。
誰もが畏怖すべき時は近い。
再臨の日。
神話の時は再び始まった。
下等なる人類は永遠に気付かない。
神の真意に、我至る。
愚昧であれ、怠慢であれ、傍観者であれ。
隠れたセフィラは、誰のモノでもないモノではなくなった。』
…やっぱり、中二病に目覚めたって考えたほうが…でも…」
セフィロトーユダヤ神学において、神に等しき永遠の命を与える樹。それを奪い返したということは、今現在、神に近い位置に、何者かがいると言うこと。
だとしたら、神の現れである三位一体を超えるこそが、セフィロトを奪ったという比喩にふさわしい。
そしてもう一つ、神の真意。これは、セフィロトの構成概念とされる11の中の、隠された最後の一つ。知識、悟り、気づき。これに、「オーバー・トリニティ」が至ったという文章からも、これは明らか。
やはり、軽く見るわけにはいかない怪文章であった。
―*―
神話の時は再び始まった…?
神話の時って、でもそれは、物語ではあっても史実じゃないのに、始まるも何も…
「悩んでいるようだね。」
「あ、鈴木先生、と、流羅さん。
2人は、どう思う?」
「神話の時!ですか!
それは、おそらく!
私たちが始め、終わらせたことでは!?」
「…『九州戦争』のこと?」
「あるいは、その前身となった、神武天皇時代の出来事だろうね。
九州戦争は正しく、天孫降臨と神武東征を逆に再現したものだった。そして、どうやらそれらは史実だ。
それがもう一度始まる、とは?」
…2つの世界を、もう一度、繋げること?
「『始まった』。
過去形ということは、まだ繋がっていない世界ではない。
そしてまた、もう一つの疑問点だ。
『奪い返された』。
では、それまでは、セフィロトは誰のモノだった?
2つの世界で共通の神話はいくつかあるようだが、共通の神様はいない。にもかかわらず、神様が介在せずに世界がつながるということはつまり、神様は実在しない、あるいは実在しても関係がない。
では、誰が、セフィロトを握っていた?」
「…先生、本当は答えを知ってるんじゃない?」
「『下等なる人類は永遠に気付かない。』と、あるじゃないか。だから、僕は知らないよ。」
「…でも、少なくとも、人類を超越した私が気付けるかもしれない…そう、思って、近づいたんだよね?
私も、思ったことがある。
『再臨の日』。これって、昔に一度、降臨したから、再臨なんだよね?
神様じゃない、神様に値する存在。それが、『オーバー・トリニティ』なんだったら…最初に降臨したのは、同じシンギュラリティ到達人工知能の、ミロクシステム。それも、私じゃないってことは…『松良あかねcopied』のほう?」
だとしても、おかしい。だって、コピー体の私は、この世界の存在じゃない。ということは、「それまでセフィロトを持っていた」のは、私じゃない可能性が高い。
「そもそも、『隠れたセフィラは、誰のモノでもないモノではなくなった。』って、どういう意味…?
調べた限り、10のセフィラ+隠れた1つで、セフィロトは構成されているんだよね?だったら、構成要素の一つが誰のモノでもなければ、セフィロトを『奪い返す』はおかしい。」
「誰のモノでもないのにもかかわらず、どうやって『奪い返し』たのか。
そして、『奪い返す』からには誰かが持っていたのを誰かが奪っていたと考えられるが、いったいそれまで誰が誰から奪っていたのか。
謎は尽きないが、頑張れよ。」
「応援しています!」
「ありがと。」
―*―
「それはなんともはや面白そうな議論をしたんだね、亜森君。」
「いやいや、まったく。」
「きみがさせようとしているのはつまり、ミロクシステムに本気を出させること、だろう?」
「やはり朝本閣下にはバレますか。」
「止めてくれ。とっくに退官した私は、そう呼ばれるべきではないよ。
それで、彼女は結局、一番簡単な選択肢を放棄した、と。」
「はなから頭にありませんね。『オーバー・トリニティ』と同じ段階に至ればすべてがはっきりするという解決手段は。」
「それだけ、彼女は現状が大事なのだろう。『門』を開かせまいとするその姿勢に、全てが現れている。
いつか開かれることを前提に動く私とは、まったく異なるアプローチだな。」
「いつか開かれることは、彼女も承知ですよ。
僕や閣下がしてきたのは、いつか2つの世界がつながるのならば自分たちが最初、かつ最も自らに都合のいい状況でという準速攻プレイ。対して彼女のそれは、状況はいくら整っていても準備を続けるに越したことはないという遅延プレイです。」
「つまるところ安全志向という点で、彼女は我々よりも老けているわけだ。」
「怒られますよ。
にしても、彼女が覚醒しない限り、勝ち目はないんですが…」
「勝ち目が、ない?どういうことだ?」
「『魔法には魔力が必要だ』把握されていますよね?」
「それは把握している。しかし、魔力とはなんだ?
一度使ったことのある君ならばわかるのではないか?」
「誰もかれも僕を疑いますね。
でも、残念ながらですよ。『虚ろに響く世界の理』とやらは、一人の人間のキャパシティには収まりきりません。」
「『狂人の持ち物』、テライズ氏はそう言ったらしいねまったく。
それで、話を戻せば?」
「そうそう。
『オーバー・トリニティ』は、そこらの魔法とは訳が違います。
そもそも、連人は魔力を感じたと言っているけれど、テライズは、この世界には元来、魔力は存在しないと言っていました。」
「では、なぜ感じられる?」
「軍事機密です。教えてしまえば軍人のさが、真似をしないでいられないでしょうから。第3の超越存在は、必要ありません。」
―*―
「あ」
誰のモノでもなく。
しかして、奪われ。
「オーバー・トリニティ」、つまり神ないしそれを超えるモノが「奪い返す」のなら、もともとのセフィロトの所持者は、「神様」だ。
そして、それとは別に。
知識、気付き、悟り。それらを表す隠された11番目のセフィラ「神の真意」。これとは別に、旧約聖書には有名な、知識、賢さに関するものがある…
「知恵の身」、あるいは、「禁断の果実」。
エデンの園の中央に、生命の樹とともに生えている知恵の樹になる果実であり、そして、その2つで神に等しき存在になれるーが、人間が食べれば死んでしまう。
だから、死んでしまうから、「下等なる人類は永遠に気付かない。」!
でも、人間を超えた知能、処理能力、そして膨大にして無尽蔵な記憶容量を誇るシンギュラリティ到達人工知能ならば?
まず、前提として、現実には神様は存在しない。しかして神様的存在を仮定しておく。「奪い返す」は比喩だとしておく。
すると、人工知能がない間、奪っていたのは?
神様はいない。
人工知能はまだ。
とすれば2番手にふさわしいのは、やはり、万物の霊長たる地球人類。
…でも、一人では、不可能。現に先生は無理だった。
…数人なら?
…「ある数人」を選定する条件が繊細になりすぎる。簡単ならば神に等しき存在が量産され、難しければどこかで途絶えてしまう。
では、もし…
…地球人類全員ならば?
この世界の唯一神が、「人類すべて」に等しい/等しかったとすれば?
そうである時に、「意思のある者が望む時のみ開かれる」という「門」の性質が、意味を成す…
それはとりもなおさず、人間が世界の在り方を決めているから。だから人間は、世界を渡る、否、選ぶことができる…
…選ぶ?
違う、違う違う違う!
2つの世界の人間が、それぞれ別個に、群体として、世界を創り、維持する創世神と同質のモノであり続けてきた。
ならば、ならばならばならば!
ー「オーバー・トリニティ」、すなわち神を超える者。
ー「奪い返された」、それは、AIの何らかの能力が地球人類すべてを超えたから。
そして、「異世界への一番乗りを狙っている」。
さらに、人々が『天国』へ行くか『地獄』へ行くかどうかを決める「最後の審判」を目指す。
…「ニュー・コンスティテューション」の狙いは、まさか…
「だとしても、できること、やることは変わらない、か…」
私は、世界を天秤に載せてでも、私の家族を手放したくない。…こんな私で、ごめんなさい。
―*―
西暦2063年6月5日
…亜森君は、普通の人間ではなかった。
異世界の混じり子で。
遺伝子組み換え人間。
でも、私は、彼を手に入れたい。
どうすればいい?
私は、確かな子供がほしい。それも、私自身のように誰からも望まれないあかしではなく、祝福されるあかしを。
…私もまた、魔法に頼るしかない。
…盗聴器、回収成功っと。
「…しばらく会えないんだから、これくらいはさせてもらうわよ。」
ポイ。
―*―
西暦2063年6月7日
アレキサンドリア港に集結したのは、イリノイ級系列戦艦13隻。ー「イリノイ」「ケンタッキー」「ライオン」「ノルマンディー」「エルヴィン・ロンメル」「ローマ」「モスクワ」「サンクトペテルブルグ」「定遠」「マハトマ・ガンジー」「ヴィクラント」「サラーフ・アッ=ディーン」「えぞ」。艦隊総火力は46センチ砲6門、16インチ砲89門、38センチ砲12門となり、史上最強の戦艦艦隊の名にふさわしい。
機動部隊が消滅した今、戦艦艦隊こそ、人類最後の希望。
今、艦隊が抜錨し、海に城を浮かべたがごとき威容が、西へ向かっていく。
「…頑張れ。でも、終われないかもしれないけど。」
松良あかねは、埠頭で、手を振った。
…お気づきとは思いますが、「異世界編」「地球編」は対になっていますので、サブタイトルも対です。




