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異世界編1-「セカンド・フィラデルフィア・エクスペリメント」

 「日生楽中高異世界研究同好会」にかつて所属した、太田大志、只見友子、峰山武。3人が異世界は東方辺境、ヒナセラの地にとどまる決断をしてから、15年が経過した。

 そして、1つの隕石とともに、戦いの火ぶたが再び切られる!

 

                    ―*―

神歴2723年2月3日

 ヒナセラ天文台。そこは、異世界初の近代大学であるヒナセラ第一大学の付属施設として建てられた、うのめシリーズ衛星の科学利用を目的とする施設である。望遠魔法を展開できる6メートル回転式全天望遠台2基と、電波通信施設、そして光学望遠鏡からなる。

 表向きには天文台は、ヒナセラの人々に科学を学んでもらうため、そして、占星術の類の迷信のせいでぐっちゃになっている異世界の宇宙観(ヒナセラは太陽光発電や「穂高」核融合エンジンの説明を経緯にまともな宇宙観があるが)を正すために設立されたことになっている。しかし、ヒナセラ自治政庁を顧問団として引っ張る太田大志、只見友子、峯山武の3名には、別の目的があった。そして。

 「…5時17分、南東の方角か…これは…」

 呼び出しを受けて天文台へ赴いた太田は、すぐに、もうバッテリーが保たなくなりつつある端末を起動した。

 「友子、やっぱりだ。落下する。」

 「うん。さすがに近くは看過できないし、行くように要請してみる。」 

 「じゃあ、また夜に。」

 -天文台の裏の目的、それは、異世界と地球を不用意につなげる隕石の、監視だ。そしてまさにこの日、ふいにどこからともなく不自然に現れた小型隕石が、大陸東方連邦王国海岸線沖数百キロに数日以内に落下するという観測結果が、得られたのであった。


                    ―*―

 隕石落下の情報を得たヒナセラ自治政庁は、すぐに、同盟国である東方連邦に衛星通信を入れた。

 隕石の規模によっては津波の危険性がある(むろん規模によっては人類滅亡の恐れもあるが、不自然な軌道からして魔法の関与が垣間見えるので考慮しない)。そのためのろしや飛空隊を用い、連邦全域の海岸住民に避難指示が発令されるーこの手の災害即応システムの整備は、気象災害の死傷者を激減させていた。

 そして、隕石により「門」が発生した時の対応のため、巡洋戦艦「穂高」が、海域に派遣された。排水量15万トンなだけに、津波でもそう簡単にひっくり返るとも思われなかったからだ。

 「門」についての研究も、二つの世界が切り離された15年前から、かなり進められていた。

 異世界と地球をつなぐ「門」はー

 ・隕石の衝突等の大規模エネルギー事象が同時同地点に二つの世界で発生すると形成され。

 ・質量の転移で失われる保存量はE=mc2乗でエネルギーとして保存され、魔力に変換され、二つの世界の間にある魔法的余剰空間に蓄えられ、「門」崩壊によりその周囲の余剰空間分は爆発として解放される。

 ・「門」の周囲の余剰空間に蓄えられる魔力量はそこまでであるが、鳥居のような魔法的仕掛けをほどこした構造物により大幅に増加する。

 これらの理論によると、なんら構造物のない海上に出来上がった「門」は、ある程度以上の意思を持つ海生動物の通過により即座にヒロシマクラス爆発と共に消滅してしまうと見られた。固定される可能性はない。バミューダ海域でかつて透河元が使用した「門」も「大和」そのものが超えてきたわけではないから陸上のどこかにあったのだろうし、人ひとりの通過で崩壊したようだった。

 ともかくも、「門」をいずれ発見、固定して利用するとしても、それは異世界においては前人未到のバミューダ比定地で、地球側にたびたび騒ぎを起こしている犯人を抑えればいいだけの話だ。不安定な海上「門」で失敗するのは中国南海艦隊で充分である。

 かくて、「穂高」の任務は、「『門』が万が一形成された場合爆発崩壊を見届けるか砲撃処分し、形成されないならば隕石に関する天文学観測」ということになった。

 …なるはず、だった。


                    ―*―

神歴2723年2月6日

 陸地は、とっくに見えない。

 大海原のただなかに、真っ黒な異物が横たわっていた。

 穂高型(超紀伊型)巡洋戦艦「穂高」。基準排水量15万トン、全長339メートル、全幅50メートルの巨体を魔法を用いた核融合エンジンで動かし、兵装に56センチ連装砲3基と12センチレールガン、無数の対空兵器を誇る、スペックだけでも度肝を抜く大戦艦だ。大田大志など、「第二次世界大戦にヒナセラ自治政庁が参加したなら、一隻で連合・枢軸両方制圧できる」と言い放った。

 が、巡洋戦艦「穂高」には、隠し玉がある。

 「ミロクシステム」。

 かつて、太田大志、只見友子、峰山武が入ってた地球の高校の部活「異世界研究同好会」の部長の彼女であり後援企業の社長であった松良あかねが、「コンピューターと思考回路をつなげられるように神経細胞が金属化するよう遺伝子操作された」という特徴を生かし、己の記憶と思考回路を電子回路に延長、そこへ分散させた経験+思考回路コピーを植え付けたことで完成した、史上初の完全に人類を凌駕した知能である。これが「穂高」の艦体そのものに組み込まれていた。

 「穂高」を構成するのは、ただの鉄ではない。元は「随意金属オリハルコン」と呼ばれた、「触れた者の意思により変形する金属」であり、内部にミロクシステムが組み込まれていることで艦体自体が「『穂高』の形状を維持する」という意思により形成されているので、攻撃を受けても思考回路が立ち行かなくなるほど深刻な損傷でなければ自己修復がなされる。

 かの「大和」を笑い飛ばしてあまりある火力、対空力、燃費。そして、異世界はおろか地球でも超えるものはオリジナルのミロクシステムしかない知能、さらに、一撃でばらしてしまわない限り破ることなどできない自動修復による超防御ー異世界最強では謙遜になりかねない超軍艦であった。

 「こちら天文台。火球、なおも降下中。高度200000より秒速10キロ弱。オーバー。」

 その、レゴで作ったような高い艦橋の上で、、分厚いガラス窓(に変化したオリハルコン)越しに、峰山武は宙を見上げた。

 青空に一点、赤い火の弾が、グングン迫ってくる。純異世界の産物としては珍しく「穂高」56センチ主砲の威力を超えうる宇宙からの贈り物は、十数秒にして海面に落着し、瞬間、天まで届こうという大波を周囲へ拡散させた。

 直後。

 峰山武は、ぎょっと、そして、うんざりした。

 翠色の光。

 高波を割って急速に展開されるそれは、間違いなく、魔法陣を形成する文字と同心円だ。そこらのビルくらいある「穂高」艦橋からは、はっきりそれが見下ろせる。

 「ほ、砲撃よう…っ!」

 津波が、「穂高」に到達し、艦体を大きく揺さぶった。

 峰山は、慌てて机にしがみつく。彼女の部下の男たちも、めいめいその場で手っ取り早いモノにつかまる。

 再び彼女らが頭を上げた時、翠色の光は、もう消えていた。

 そして。

 灰色の巨大軍艦が、デンと、鎮座していた。

 

                    ―*―

 日本語としてはどこかおかしいことだが、「ヒナセラ自治政庁」は、機関名ではなく、独立国家の名前である。もともと世界帝国の片割れアディル帝国の朝貢市だったころに、近傍の村々まで統治する組織として作られた自治機関が、そのまま、「万民がメンバーである政府」ということで都市圏国家の名称となったのだ。まあ、生徒会が生徒全体をメンバーとしているようなモノか。

 自治政庁の政府機構は政庁府と呼ばれ、三権+α的には、立法を司る議会が所在すると同時に首相官邸でもある政府本庁、司法を司る高等裁判所と保安庁がある左議政府並び渡り廊下で連結し陸海軍の事務方が詰める武官府、行政を司る右議政府並び連結し人事・監察を司る文官府の建物からなっている。

 政庁府の建物群は、湾港から扇形に市街が広がる丘の上に立ち並び、町に面する政府本庁の前は町が見下ろせる政庁前広場、本庁とその奥の左右議政府の間の議政府広場は行事の際以外は集積所となり、道路が、かつて外輪山の一角だった丘を越えてカルデラの中の太陽光発電・技術開発研究区画へ続いている。

 元「異世界研究同好会」メンバーの3人は、今もこれらヒナセラ中を飛び回りながらも、基本は通信設備が整った政府本庁を拠点としていた。現に、夫婦となった太田大志と太田(旧姓:只見)友子も、「穂高」からの中継映像を見守るため、本庁のデータセンターにいる。

 「…あのさ、アレ、ヤバない?」

 友子が、厳かに、モニターをつつく。

 「…ヤバいてもんじゃないって。」

 愕然を隠さず、大志は、額を右手で抑えた。

 「…アレって、戦艦、だよね…」

 映像はカメラ自体が「穂高」ともども揺れているためかブレブレだが、時折、灰色の船影を確かに映す。ズーム画像にして自動解析する機能を使えば、その姿をはっきりと確認することができた。

 巡洋戦艦である「穂高」よりもアスペクト比のありそうな細長く涙滴ヤルケヴィッチ型をした船体。

 異世界だと言うのに板状のフェーズドアレイレーダーやらパラボラアンテナやらその他レーダー・アンテナの類が張り付いたり突き出したりしている艦橋。

 艦橋の後ろには、二本の煙突がそびえ、そして周りをハリネズミのように対空砲・機関砲・CIWS系多連装ロケット砲が取り巻く。

 目立つのは、艦橋の前に二つ、後部煙突の後ろに1つ、中心軸上に並ぶ、3連装砲。プラモデルや写真でイメージするのとは、迫力が断然違う。

 「穂高」のオンリーワン性に喧嘩を売りに来たとしか思えない、新たな海上の女王。

 さび付きかけた地球上の兵器に関する太田大志の知識だったが、それでもなんとか、その正体に気が付いた。もっとも、21世紀に残っていた超弩級戦艦などほとんどない。

 「アイオワ級戦艦…なんで、なんで、こんなところに!」


                    ―*―

 「嘘でしょっ!」

 地球と断絶されてはや15年、修羅場は何度もくぐったけど、もしかしたら一番焦ってるかもしれない。いや、異世界に慣れ過ぎたのかもしれないけど。

 「太田君!相手のスペックはわかる!?」

 実戦になるとしたら…もちろん、大きさからしてこちらの方が格上でしょうけど、でも、15年の間に地球の軍事技術がどれだけ発展したかは全くわからない。そして、灰色の滑らかな船体に煙突、そしてなにより雰囲気が、地球産の戦艦であると雄弁に物語っている。

 「峰山さん、星条旗が見えますよね?」

 「えっ…

 …今、確認したわ。マストに星条旗。アメリカ艦ってことね…」

 いつまで世界の警察を名乗り続けるつもりか知らないけど、久々に出しゃばったかと思えば、余計なことしかしない…!

 「ならばもう確定です。そいつはアイオワ級超弩級戦艦。」

 「兵装は?」

 「対空周りとか電子とかはどうせ換装されてるでしょうし、忘れました。」

 もう、私たちの地球知識も、さび付きかけてる。そして地球の技術・科学を移転するために限界までデータを入れたから、ミロクシステムには雑学的な知識が欠けている。こういうところは、穴ね。

 「で、主砲が、16インチ…40,6センチ3連装3基です。」

 「そう。」

 正直、それで充分。

 「『穂高』、全主砲、斉射用意!目標、敵戦艦『アイオワクラス』!

 全砲門、開け!」

 その程度なら、砲戦なら、負けないっ!

 最強のAIとその指揮下の機器が、測距と照準を始めたとモニターが告げる。同時に、排熱音が静かに響く。

 シュッゴッドォーオオーォーーーーーンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!

 何度聞いても、慣れることなんか永遠にあり得ない、天つんざく轟音。そして、足元から振動が頭まで突き抜ける。

 もう、これで、アイオワ級の廃艦は決定。スクラップの曳航まですることになるんでしょう。

 「-弾着5秒前ー」

 接近し、それから…どうやって曳航索を付けたものかし…

 「ー命中せずー」

 「…はい?」

 「ちょっと待って、あなた、今システムがなんて言ったのかわかる?」

 事実であろうはずがない。だってそんな…

 「姐御、でも確かにあっしにも、『命中しなかった』って、聞こえましたぜ?」

 …耳の故障ね。

 「あ、姐御、落ち着いて下せえ。当たらなかったものはあたらなかったんですぜ。」

 「…そう、そう…」

 …え、なんで?

 「解析結果は?」

 ショックを受け続けてもいられない。理由、理由さえわかれば…

 モニターをにらんでみる。

 …どういう、こと!?


                    ―*―

 「ふ、ふざけてやがる…」

 太田大志は、愕然のあまり、顔を上に向けて椅子にもたれかかった。

 各種データから演算される、「穂高」が放った6発の56センチ砲弾が描いたであろう軌道。見る限りそれは、6発のうち命中コースにあった2発が、命中直前に撃墜された可能性を示唆していた。

 「は、反則過ぎる…」

 「ちょ、大志っち、泣き言言ってないでどうにかしてよ!」

 「ど、どうにかつったって…」

 56センチ砲弾は2メートル半の長さしかない。エグゾゼ対艦ミサイルがどれくらいの長さだったか忘れたけど、絶対倍はあると思う。それを迎撃しますかそうですか…

 「峰山さん、もう一斉射。」

 「わ、わかったわ。

 撃て!」

 結果は同じ。

 渾身の(そして結構値が張る)56センチ連装砲3門斉射は、なんということなく迎撃されていた。ふざけんな。

 

                    ―*―

 「-敵艦、砲撃体勢にありー」

 「総員衝撃備えっ!なるべく奥に退避!」

 マニュアルどおり、私は艦内放送に叫ぶ。

 「-敵弾着弾ー」

 …特に変化はない。

 「ー9発、全弾命中。命中個所を表示。自動修復開始ー」

 「人的被害報せっ!」

 9発、全弾命中、ですって…!?


                    ―*―

 命中率ってものを、なめていやがる。

 僕は、戦慄した。

 戦艦の砲弾は、様々なファクターの影響を受けるーそれは風に始まり、気圧、砲弾自体のキズによるバランス、そして果ては惑星の自転までも含める。しかも、津波の影響を抑えるためとはいえ、隕石の命中予測地点から30キロは離れたところで待機した「穂高」は、いくら双方接近中であれ20キロくらいは距離を開けているはずで、まして双方が斉射しているならそれは向かい合って前進ではなく並走していることを示すに他ならない。

 どちらの主砲も水平線距離(40キロ以上)以上の射程を誇るとはいっても、全弾命中は悪い冗談だ。

 「確定だ。これは、奴は、電子のバケモノだ…」

 ミロクシステムを超えてるとは思いたくないけど…どうせ、きっと、電子兵装と対空兵器周りは想像もしたくないことになってる。

 「峰山さん、いったん、距離取れそうですか?」

 「もちろんよ。防御が破れる心配はないわ。」

 「ならなんとかなる。冗談抜きで何が起こるかわかりません。僕は今から『むしのめ』の移動を申請してきます。そちらは、三式弾で電子関係と航空関係の破壊を狙ってから、撤退してください。

 友子、お願いだから、外交課に、入港を拒まないことと、入港したら通報することを連邦各国と諸国全体に要請するように頼んできてくれないか?」

 「…入港拒否じゃ、ないの?」

 「バッカ、それで撃たれたらシャレにならんって。」

 太平洋戦争末期、アイオワ級戦艦は太平洋沿岸諸都市を艦砲射撃してまわり、結構な被害になった。不発砲弾は、40年代にも工事中に発見されたことがあったはず。同じ悲劇がこの世界の町を襲えば、近傍のモナコレベル都市国家の一つや二つ、簡単に消滅する。

 「わかった。出来そうな処置は取らせてくる。」

 「また後でな。」

 それにしても…

 …なぜ、1940年代就役のアイオワ級戦艦が、120年近く経過して、異世界の海に転移してきた?

 …まったく、地球は今、故郷は今、どうなってるんだ?


                    ―*―

 元「異世界研究同好会」メンバーが、いかに異世界全体に貢献してきたか、知らぬ者はいない。

 武断のアディル帝国と宗教のディペリウス神国の世界帝国に、チベットの伝説の地シャンバラの正体に比定される徳治の地リュート辺境伯領。この3極に別れていた異世界は、ある研究者集団が圧倒的な実力でもって2帝国の弾圧を跳ね返し「魔王軍」と呼ばれるようになって後、パワーバランスが完膚なきまでに崩壊し、リュートは2帝国の共同保護国化、世界は2帝国に分断されやがて世界大戦待ったなしだった。

 そこへ、変革をもたらしたのが「異世界研究同好会」。彼らにより、だれも見向きもしなかった辺境の都市国家ヒナセラは先端技術及び制度の国として第3極に浮上、東方・リュート両辺境を独立させ3国同盟にしその全体を現代文明の域まで引き上げた。ここに、異世界版天下三分の計が成り、全体の情勢が安定したとともに、2帝国も人権至上主義者の峰山の影響圏へ人口が流出し続けるのを放ってはおけず国境付近の生活レベルが向上、融和が進み、かつてない平穏が訪れつつあった。

 そうでなくても、上下水道が普及し、外科・薬学・衛生学が近代化し、圧政は消滅し、収穫は激増し、移動は短縮され…ヒナセラで、同好会メンバーに感謝せぬものなどない。

 だけに、もろもろの要請は、あまりロクなことではないが、ほとんど省略された。

 武官府は、ノータイムで、ヒナセラ全土に臨戦警報を発令。

 議政府外交課は、関係諸国へ衛星通信を飛ばし。

 議政府医療福祉課、経済課が、戦時体制への移行準備を行う。

 純異世界製の魔法制御人工衛星「むしのめ」が、軌道を遷移してアイオワ級戦艦の上空へ。

 過剰な反応だという人もいるのかもしれない。配給体制の準備はやりすぎだと。しかし、アイオワ級により再びパワーバランスが崩壊する危険を考えれば、そうは、言っていられない。

 そんな中、一隻の軍艦が、アイオワ級出現が確認された海域へ、煙たなびかせ進んでいた。


                    ―*―

神歴2723年2月7日

 「座標確認」

 「衛星座標と同一です。」

 「測深儀、探信儀動かせ!」

 「ドローン出します。」

 機械動作音のみ響く清閑な「穂高」と異なり、この艦は、常に騒がしい。もちろん、核融合エンジンと蒸気機関の違いもあるが、最大の違いは人数だろう。「穂高」より前の世代でありオリハルコンも使っていないこの艦は、一応コンピューター制御システムを有するとはいえ、基本は人ありきの運用をされている。

 筑紫型測量艦2番艦「三保(改)」。かの松良あかねの母親の名前を冠する、異世界に初めて造り出された近代近代軍艦である。「異世界研究同好会」が、ヒナセラに最低限の軍備をと1年目から計画した艦であるので、当時はまだ鉄鋼の質が悪く、今ではテセウスの船となっていたが、使用されているソナーなどの測定機械は当時地球から搬入されたままのものが大事に使われていた。

 水中超音波を用いて海底の地形を調べて海図を作成し、ドローンを用いて航空映像から地図を作製し、さらに12センチ連装高角砲2基と爆雷により陸海空からの多少の攻撃には自衛ができる。喫水が喫水ゆえにどこにも入港できずさらに航行のたび小津波を起こす「穂高」に代わる手ごろな戦力として、沿岸や海中の魔物・賊討伐ならびに護衛船隊旗艦として便利使いされ、さらに乗員規模が100人台ということから練習艦として元朝貢市である都市国家からの訓練生も受け入れている。この度もまた、アイオワ級が去った後の海域を調査する調査艦として引っ張り出されたのであった。

 「ソナーに感アリ!」

 どちらにせよ、あくまで、念のための調査であったのだ。

 「速度30から40、大きさ、160から170メートル!」

 「…故障か?」

 さすがに、大きすぎるし早すぎる。

 「いえ、魚群でも故障でもないようです!」

 「海獣か!」

 「攻撃しますか!?」

 「ああただちに!」

 「爆雷攻撃よーい!」

 いわゆるクラーケンであるところの「海獣」は、鯨類、タコ・イカ等の頭足類やクラゲ等の刺胞動物の巨大化したサムシングとして存在し、フネを襲うのみならずモノによっては陸地に害をもたらし、のみならず死骸が漂着して腐敗、ガス破裂すればその周囲数キロは使い物にならなくなる。従って、発見次第駆除するのが習わしだが、魔法使いがいなければ「三保(改)」登場まで駆除されるのは人間の側と言うのが真実であった。

 「突撃を仕掛けてくる可能性もある!機関全速用意、さらに全砲門撃ち方用意!」

 さすがに歳月によってあちこちにほころびが出てきており全自動発射機構も砲員の補助が必要となってきていた。そのため、水兵たちが艦内放送に急かされ走り出す。

 丸っこい艦尾に設置された爆雷投射機から爆雷が海面へと放り込まれ、爆雷は海面下に没し、水圧によって動くよう設定された水系魔法によって起爆、爆圧を四囲の水へ伝播させる。

 -それは「三保(改)」側にあずかり知りえぬことであったし仕方がないことではあったが、獲物は運悪く、ちょうど修理を終え動き出したところであった。

 56センチ砲弾12発の爆圧を受けた翌日に十数個の爆雷を真上に投射され、無事でいられる水中移動物体があればそれこそお目にかかりたい。

 「も、目標、浮上中!」

 「突撃してくるのか!?転舵だ!避けるぞ!」

 「面舵いっぱい!」

 84メートルの全長を持つ、これでもこの世界では最大級のフネ(「穂高」は別格)が、予想外に滑らかな動きをして、右へ旋回していく。

 その、わずか後ろで、海面が大きく盛り上がった。

 「触手を伸ばされた場合やられてしまう!砲戦備え!」

 後部マストの後ろにある12センチ連装高角砲が、グイッと砲身の角度を下げて、海面の盛り上がりに照準を付ける。

 海水が盛り上がりからはけ、黒いカゲが姿を現した。

 「撃ち方は、じ…」

 「か、艦長?」

 艦長だけではない。皆が、モニター映像を見て沈黙した。

 イカやタコの頭ではありえない。

 真っ黒なクラゲなど矛盾だ。

 鯨っぽくはある。しかし特にしおを吹くわけでもないし、何より背中に生えているドロップス缶のようなモノは「魚系魔物の背ビレ」と一歩譲るにしろ、その背ビレ(?)からさらに両側横に生えている黒い板状のナニかの正体は、見当もつかない。

 新兵訓練艦として、艦長のあいまいな指示は教育に悪かったし、独断で砲撃実行しなかったのは魔物対策として失格と言うほかない。それでも、結果としては今回は、攻撃が途絶えてよかった。

 ードロップス缶の部分から、薄い茶色の軍服に身を包んだ水兵が現れ、白旗を振った今回は。

 

                    ―*―

 異世界と言えば、野蛮人が住まうよくわからない地。正直、そうしたイメージだった。

 「万が一捕虜になった場合、機密保持のため自決を含めたあらゆる手段を取れ。また、待遇について期待を抱くことはおそらく無意味であろう」というのが、作戦司令の時に統合参謀本部議長直々に伝えられた言葉であったはずだ。

 …さて、これは、どうしたことだろうか?

 「ボス、これは変ですぜ。」

 「ああ…なぜここまで来て、ビル群を見ているのか、全くわからん。」

 クレーンやドックが見えるし、パラボラアンテナが立っている。…ここはステイツの田舎のさびれた港町か?

 第一我らの潜水艦を曳航するこの艦とて、煙突から煙をひいているし、砲台も見える。…気帆船なのか!?誰だ「おとぎ話の世界だからどうせ見つかりっこないし追っても来られない」とか言った奴は!

 …これは、どうしたことだろうか!?

 「ボス、どうします?」

 「乗り込んでくる気配もないとなると、あまり捕虜とする気もないようだが…とりあえず、話だけでも聞いてみたい。」

 「青酸カリを持って、ですか?」

 「…さすがに、鉄の処女は勘弁願いたいからな…」

 とはいえ、さっき英語で呼びかけてきたことを思えば、そうなるとは思えな、もとい、たくないが。

 

                    ―*―

 「…これ、潜水艦だよなあ…しかも170メートルって、原潜だぞおい…」

 どうしろと。

 「友子、留守番頼む。」

 「だ、大丈夫?」

 「…ネイビーシールズとかひそんでないことを祈るしかない。」

 「…大志っち、気を付けてね?」

 「うんまあ…玲奈レーナも待ってるしな。」

 もう、あの頃のように無茶は出来ない。友子だって、そして、愛する娘だっているのだから。


                    ―*―

 海図もないのに大丈夫か?と、思ったが、スイスイ進んでいくところを見るに、海図は向こうにあるのかもしれない。いや、潜航中の原潜を捕捉できる水中測定技術があるのならば、海図くらい作れるか。

 にしても、この港町は、どういう位置づけなのだ?拠点か?それとも、もしや首都だったり…いや、いきなり怪しいよそ者を自国の首都に招きはしないか。

 そのまま、艦は、きれいな円形の湾港の中に曳航され、そこで切り離された。

 「どうします?錨を下ろすか、それとも…」

 「いつまた原子炉が壊れるか知れんのだから、漏洩しないように全力を注げ。動かすな。」

 「イエス、サー!」

 じっと見ていると、本艦を曳航した軍艦の影から、手漕ぎのカッターボートのようなフネ一艘が、漕ぎ寄せてくる。

 …手旗信号、だと?

 「艦長、乗艦許可を求めているように見えますが…」

 「こちらも手旗で返答してやれ。それではっきりする。『信号を言い換えられたし』だ。」

 これならば、まぐれはなく確実に、向こうがこちらと意思疎通可能かわかる。…さっき英語で呼びかけられたから大丈夫なのだろうが。

 「…『貴艦艦長との面会を希望する。放射能漏れアリやナシや?』です!」

 「…許可だ!ない旨信号せよ!」

 …決まった。なぜか知らんが、いや、これはたばかられたか…?

 カッターが接舷し、精悍な足取りで、黄色人種のように見える、20代か30代くらいの男が歩いてきた。

 「日本語は(Do you)わかり(understand)ますか(Japanese)?」

 …ポチッ

 「翻訳機ガアルノデ大丈夫デス。」

 「そうですか。それは何よりです。

 僕は、ヒナセラ自治政庁、つまり、この近辺一帯を統治する独立都市国家の顧問団をしています、タイシ・オータと言います。ジャパンの生まれですが、日本政府とは無関係です。」

 驚いた。何かと思えば普通に文明圏内ではないか。

 「…日本人ノ手ガ加ワッテイタノデスカ。道理デ…

 …ソレデ、本艦ト乗員ノ扱イハドウスルツモリデスカ?」

 「ジュネーブ条約は西暦2048年次条文が有効ですので、待遇についてはご安心ください。ただし、元の世界に帰せるかは非常に怪しいと言わざるを得ません。また除染技術が怪しいので原子炉を動かさないでいただけると幸いです。」

 「部下ノ待遇ガ保証サレルナラ良カッタデス。

 コチラカラモ、複雑ナ話ヲ、セネバナリマセン。」

 「…あの、アイオワクラスバトルシップの話でしょう?

 どうして、就役120年もたった老戦艦が、博物館から引きずり出されて、異世界の海を漂っているんですか?」 

 ここ最近予約投稿だったので、久しぶりな気がいたします(もしかしたら、予約投稿の理由が「1か月ほどハーメルンにいるために、頭を切り変えたかったから」とご存じの方もいらっしゃるでしょうか?)、十二の子です。

 やや変則的な構造ですが、よろしくお付き合いお願いいたします。

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