31.大人と子ども 1
エルマはルビーニアにもっと話を聞くべく、再び子爵家を訪れていた。
内向的な養女にできた初めての友達を、先代子爵夫人は快く出迎えてくれる。
「ルビーニアはずっとここでは一人になりがちだったから、お友達ができたと聞いて本当に嬉しいわ。あの子の父親も、今夜是非、お話しさせていただきたいと」
「ええ。わたくしもご挨拶させていただきたいです」
幼子の引き取りを決めたという子爵当人は、日中は外に出ているらしい。今日は一緒に晩餐をいただく予定だ。
「紹介させてちょうだい。孫のスファルバーンよ。エルフェミアとは従兄弟なの」
「よよ、よろしくお願いします……」
「ま、あなたが噂の――今日はたっぷりお話しさせてくださいな!」
「は、はははい……!」
今回、祖母の他、スファルバーンも同行している。
ロケットペンダントの相談中、「し、子爵と会えそうなら、オ、オレもついていこうか」と本人が言い出したのだ。
ルビーニアが内緒にして、と指名した大人は二人。
先代子爵夫人は祖母に任せられるとして、子爵のこともずっと気にはなっていた。
何しろ、子爵家に養子を迎え入れると決めた当人だ。ルビーニアの口ぶりからして、ペンダントの開かない理由についても、何か関わっていると思われる。
「スファルは聞き上手だし、男同士だから話すようなこともあるかもしれない。任せてみていいんじゃないか?」
ユーグリークがそう後押ししたこともあり、エルマは子爵の相手をスファルバーンにお願いすることにした。
早速質問攻めにあって目を白黒させている様子には若干後ろ髪を引かれたが、エルマはエルマでルビーニアに会いに行くことにする。
「ルビーニアさま、こんにちは」
「こんにちは、エルマさま」
今日はあいにくの雨のためか、苺髪の幼子はリビングにいた。相変わらず、大きな犬のぬいぐるみを抱えている。お友達の再訪問をルビーニアも喜んでくれているらしい。
エルマはひとまず、逃げられたり嫌がられたりという素振りを見せられなかったことにほっとした。側に腰掛けて、早速持ってきた物を見せることにする。
「今日はまず、わたしの友達を紹介させてくださいな。名前はフォルトラ」
精神安定のため衝動的に作ってしまったフォルトラ(ぬいぐるみ)だが、ルビーニアともっと親しくなるきっかけになるかも、と思ったのだ。
先代子爵夫人に指摘されるとさすがに羞恥心に悶えそうだったので、今の今までバスケットの中に入れて蓋をしていたが。
翼の生えた白馬のぬいぐるみを見たルビーニアは、大きな目を更に見開いた。
「かわいい! これはなに? 天馬?」
「そうです。仲良くしていただける?」
「いいわ。あたし、ルビーニア。こっちはベステラ。よろしくね、フォルトラ」
無事、お眼鏡にかなったらしい。エルマはほっとして、笑みを浮かべる。
ルビーニアは上機嫌でぬいぐるみ同士を遊ばせていたが、ふと手を止めて顔を上げた。
まじまじと見つめられ、エルマの笑みが少し引きつる。
「どうかなされました?」
「ふしぎに思ったの。エルマさまはまだ、フォルトラの声が聞こえるの?」
「フォルトラの声……?」
言われている意味がわからずに困惑すると、幼子は得意げに胸を張る。
「あたし、ベステラといつもお話ししてるわ。だけどね。あたしが大きくなっていくと、そのうちだんだんベステラの声は聞こえなくなって、遊ぶこともなくなって、いないことが当たり前になる――大人になるってそういうことなのよ。でしょう?」
「そっ……そうなのですか……?」
「でも、エルマさまはどうしてまだ、フォルトラといっしょにいるの? お話しができるの? すごいまほう使いさまだから?」
「ええっと……!」
誰かの受け売りなのだろうが、なんだか深いことを言っているようにも聞こえて、エルマはただ相槌を打ってしまった。
ルビーニアに興味津々な目を向けられると、苦笑いしそうになるが、フォルトラを撫でながら答えを考える。
「わたしにはもう、フォルトラの声は聞こえません。でも、わたしはフォルトラが大好きで、大事に思っている。好きな気持ちも、大切にしようとする思いやりも――それは、子どもでも、大人になっても、変わらないことです」
「……じゃあ、ほかの大人はどうして、だいじな子といっしょにいないの? 気持ちがいっしょなのに、なぜはなれてしまうの?」
「わたしも普段は、フォルトラとお出かけはしません。お部屋で留守番をしてもらっています。他の大人も、お部屋で待ってもらっているのかもしれないし、もっと遠くにおわかれしたのかもしれないし――でも、それと気持ちが薄れたかは、違うのよ。別の形になったの」
ルビーニアは首を傾げ、「そういうものなのかしら……」とつぶやいている。エルマはくすりと笑い声を漏らした。胸の中に温かさが広がっていく。
(お父さまも、こんな気持ちで、小さなわたしにお話しをしてくれていたのかしら。わたしもいつか、自分の子どもに――)
「エルマさま。エルマさま!」
「…………。あっ、はい、なんでしょう!?」
「どうしたの? 顔が赤いわ」
「なな、なんでもございません、お気になさらず……!」
幼い少女の姿を見ながら、幸せな過去、そして未来へと夢想を進めていった結果、うっかりあらぬことを連想しそうになってしまった。
ユーグリークが絡むとすぐこれだ。何度自制しても治りそうにない。彼のことを考えると、すぐに気持ちが舞い上がってしまう。
(気持ちが薄れたわけではないけど、別の形になる……自分で言ったことではあるけれど、本当にそうなるのかしら。ずっとずっと、ふわふわした感じが続いているのに)
「ね、エルマさま。フォルトラのこと、もっと教えて?」
「ええ、もちろん」
「ベステラはね、作ってもらったの。オーダーメイド、ってやつよ。フォルトラもそう?」
「いいえ。フォルトラは、わたしが自分で縫いました」
「ほんと? すごい。ママはそんなことできなかったもん――」
ぽろり、と何気なく零れた言葉に、言った方も、聞いてしまった方もはっとする。
沈黙が落ち、エルマは静かに問いかけた。
「お母さまがいるの?」
「……いない。いないわ」
「ルビーニアさま――」
「あたしはみなしごだから、親はいないの。だから引き取られたの。……ママなんていないわ」
事前に聞いた話では、幼子は施設――おそらく孤児が集められているような場所から、この家に連れてこられたはずだ。
けれど今の言葉からは、別の事情が見えてきた気がする。
「ね。そういえば、ペンダントはどうなったの? 開くようになった?」
話をそらそうとしているのか、それとも今の話題で思い出したのか。
ルビーニアから触れられる形で、エルマは今日の本題に入ることにする。
「いいえ、まだなの。ごめんなさい」
「まだってことは、開けられそう?」
「ええ。わたしの魔法を使えば、可能です。でも……」
「でも?」
ルビーニアはベステラをぎゅっと抱きかかえている。エルマはポーチの中からペンダントを取り出した。
「ルビーニアさまにいくつか、お聞きしたいことがあります」
「ペンダントを開くのに、ひつようなこと?」
「ええ。でも……話したくないことは、無理に言わなくて大丈夫。答えられることだけで、いいですから」
「いいわ。聞いてみて!」
今のところ、幼子はエルマのことを信頼し、心を開いてくれているようだった。
エルマは深呼吸して、きらきら輝く青い瞳を見つめ、問いかけ始める。
「これはルビーニアさまの持ち物でよろしいですか?」
「そう。もらったの」
「開かなくなった理由に、心当たりはある?」
「だんなさまよ。あの人が開けなくしたの」




