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22.月と太陽6

「ユーグリークさま……ご心配お掛けして、申し訳ございませんでした」


 ユーグリークは無言で顔を近づけ、こつんと額を合わせる。周囲の人間がぎょっとした顔になるが、全く気にしない。エルマは顔が赤くなるのを感じるが、抵抗することはなく、目を閉じてそのまま彼が満足するまで待った。


 少しの間互いの温もりを確かめてから、ユーグリークはそっと身を離し、二人の王子の方に振り返る。

 ヴァーリスは肩を竦めて見せた。


「僕は目が見えてないから何が起こっているのかわからないが、今お前が割と周囲をドン引きさせるいちゃつきを披露したんだろうな、ってことはなんとなく察知した」

「うるさい」


 ヴァーリスの軽口に短く答えてから、ユーグリークはいよいよ第二王子にじっと視線を注ぐ。

 ぐ、とガリュースが何かを堪えるように唇を噛みしめた。


「それで……殿下は私の大事な(・・・)婚約者に、一体何のご用がおありでしたか? 親睦を深めていたとのことですが」


 エルマに向けていた、聞いているだけで蕩けてしまいそうな甘やかさとは打って変わった、真夏でも瞬時に体の芯まで寒気を覚えるがごとき冷ややかさが放たれた。しかも大事な、の部分をさりげなく強調している。


 第二王子はバツが悪そうにそっと目を逸らした。


「……ちょうど話す機会に恵まれたから、一曲いかがかと誘っただけだよ」

「なるほど。エルフェミア、もう答えたのか? 庭園に休みに出てくるほど疲れているのであれば、無理はしない方がいいように思うが」


 公爵子息はエルマに話しかける時だけ声のトーンが変わる。その姿を見慣れない男達は何とも居心地悪そうに成り行きを見守っていた。


 エルマはちらりと周囲の状況を確認してから、ユーグリークに微笑みかけて見せる。


「ここでお休みさせていただきましたし、疲れは大丈夫です。それに、高貴な方にお手本を教えていただけるのは光栄なことですから、一曲だけでしたら、とお答えしました」

「えっ何それずるくない? というかおかしくない? ユーグの大親友でエルフェミア嬢とも仲良しな僕を飛ばして、ガリュースと先に踊るだって? どう考えても僕の方が適任者だ。なあユーグ、そうだろう?」


 エルマの言葉に横合いから待ったを掛けたのはヴァーリスだ。

 第二王子が渋面を作っているが、たぶんそれをわかっていて無視している――どころかもはや、煽りにいっている。


 とは言え、この発言にはおそらくユーグリークも微妙な顔をしているだろう。


「まあ……確かにお前は、一応知り合いではあるが。勝手に抜け出してきておいて、踊ったりなんかしていいのか?」

「そうです、兄上。母上だっていい顔はしませんよ――」

「そうかい? そりゃね、我らが厳格なる王妃殿下は、僕がエルフェミア嬢を私的に口説きでもしたら、反省部屋一週間の後、今すぐ強制見合いでゴールインさせる程度のことはする。だけど公正の塊様は、節度を持った公的な交友関係なら、お前がいいのに僕だけ駄目なんて言わないよ」


 第二王子がすかさず被せてきた言葉に軽やかにヴァーリスが刃を返すと、ガリュースは目を細めて黙り込む。


 その間にユーグリークがそっとエルマに耳打ちしてくる。


「エルマ、少しでも怪しいことをされたらすぐに俺に言うんだぞ。二度とそんなことができないように説得するから」

「おい、仮の話で殺気を出さないでくれないか? しかもその説得って、どう考えても二度と喋れない体にしてやるとかそういう奴だよな、もう少し大親友に信頼を置こうよ、ユーグ君!」


 耳の良い王太子は即座に抗議したが、「日頃の行いだろ?」という視線を投げられるのみであった。

 苦笑したエルマだが、ユーグリークにだけこっそり囁き返す。


「あの……わたし、いつの間にか、両殿下の相手をすることになっていますか? 自分で承諾しておいてではありますけど、さすがに荷が重いような……!」

「本当に気乗りしないなら、今からでも言って良いぞ。ただ、ガリュースだけと踊るのはやめた方がいい。それとヴァーリスは女好きだからこそ、女性に恥をかかせるようなことはしない。そこは保証する」


 少し考えたエルマは、顔を上げ、再び微笑みかけた。


「誠にありがとうございます。ありがたくお受けさせていただきます」

「うむ。じゃ、僕と一曲、その次にガリュースと一曲。で、いいな? ユーグ」


 ユーグリークは頷き、エルマの手を取ってヴァーリスの所まで導いた。


 ヴァーリスはエルマの華奢な手が触れると、すっと口元に持って行き、直接触れずに挨拶の形を作る。


「それでは短い間ですが楽しみましょうか、レディ」

「は、はい……」

「…………」

「睨むなユーグ。このぐらいは許せよ、挨拶の範疇だよ!」

「大丈夫ですよ、ユーグリークさま……」


 エルマが宥めると、魔性の男は不機嫌な空気を引っ込めた。

 場が落ち着いてから、ヴァーリスはエルマを伴って歩き出す。

 いつの間にか第二王子の護衛達の中に混ざっていたらしい、王太子付きの騎士がすっと姿を現わし、先導役を務めた。


 そのままエルマを連れ、大広間に帰っていく友人の背を見送ってから、ユーグリークは表情なく立ち尽くす第二王子に改めて向かい合った。


「……ああなると、兄上はもう他人の意見なんか聞かないもの。ご婚約者殿をこれ以上困らせるのは本意ではない。順番程度、いくらでもお譲りしましょう」

「ご理解ご協力いただき感謝する。――ああ、そうだ」


 ユーグリークは何気ない足取りで第二王子に近づくと、長い手を伸ばし、彼の手から白薔薇を抜き去った。氷冷の魔性に握られた花は瞬く間に凍り付き、パキパキ音を立てて砕け散る。


「せっかくご用意していただいたものだが、もう萎れてしまったようだ。代わりが欲しければ別の花を用意するといい」


 ガリュースは一瞬どろりと目を濁らせたようにも見えたが、ぐっと握りこぶしを作る。


「それは残念。ではまた、後ほど――行くよ!」


 彼が大股に歩み去ると、一拍遅れてから慌てて護衛達が付き従う。

 一連の騒動中、ほぼずっと存在感なく立ち尽くすのみだったベレルバーン=ファントマジットが、去り際に一度足を止めた。弟の方を振り返り、何か言いたげに口を開く。

 けれど置いて行かれそうになると、結局慌てるようにして取り巻きの後を追いかけていった。


 静かになると、ユーグリークは一人だけ取り残されたままのスファルバーンに手を差し伸べた。


「難儀だったな。立ち上がれそうか?」

「か、閣下……」


 ファントマジット家の次男はようやく自分を取り戻すと真っ白になり、その場の地面に勢い良く額を擦りつけた。


「も、ももも、申し訳、ございません! じじ、自分が、兄さ――あ、兄を、おお、追いかけて。エ、エルフェミアは、自分に、ついてきて。お、お守りしろと、い、言われたのに、じじ自分が、かえって、か、彼女を危険に――どどどどうか、お願いです、お願いします。責めるのは、オ、オレ一人に、してください――!」


 ユーグリークはじっとスファルバーンの後頭部を見つめてから、深いため息を吐き出し、膝を突いた。


「……家の事情については、深入りできないし、するつもりもない。私だって、君達から目を離したのがいけなかった。それに――」


 公爵子息は魔法伯子息の顔をそっと上げさせる。


「たぶん、君がいたから、エルマも頑張れたんだ。あの女性ひとは、自分のことだとすぐに諦めてしまいがちだけど、他人のためならとても頑張ることができるから。君が精一杯、勇気を出してくれたから、私の恋人は恥をかかされず、無事でいられた。ありがとう、スファルバーン。約束を守ってくれて」


 ぽん、と労うように肩を叩かれると、スファルバーンは零れんばかりに両目を開き――そしてその目がぶわっと潤みを帯びる。


 ユーグリークはぎょっとした顔になったが遅かった。気弱な次男は次の瞬間、嗚咽を漏らす。


「も、もも、申し訳――ござい、ませ――!」

「あー……その、うん。大丈夫だ。な? あ、謝らなくていいから……えっと……」


 本人も泣き止まねばと思っているのだろう、両手で目を必死に覆っているのだが、一度決壊した感情の濁流はとどまる所を知らないらしい。顔も袖もぐしゃぐしゃになっていく。


「……その。私はここにいた方がいいか? それとも一人がいいのか?」


 目を泳がせながら公爵子息が尋ねれば、スファルバーンは首を横に振り、泣きじゃくる合間に片手で城内の方を指差した。


「わかった。気分が良くなったら、ファントマジット一家の所に戻るといい」


 ユーグリークは立ち上がるが、半分ぐらい歩いた所で気になって立ち止まってしまい、スファルバーンの方と大広間の方を見比べる。


 と、ちょうど見慣れた王太子の護衛の一人が庭園に入ってきて、ユーグリークを見ると近づいてくる。


「閣下。先ほど殿下から、『こっちはもうガリュースが何の悪さもできないように完ッ璧に演出してやるから、フォローが必要そうな根暗共を見てきてやれ』と、追い払われてきたのですが」

「誰が根暗だと――だがちょうど良かった! そっちにいる彼が落ち着くまで、見守っててやってくれないか? その、一人にしてくれと言われているから、できれば相手にはわからないように……」

「はあ――いえ、はい。承知いたしました」


 頼み事の内容が意外すぎたのだろう、一瞬気の抜けた返事をしかけた騎士だったが、すぐに立ち直り、ぴしりと敬礼する。


 ユーグリークはほっと息を吐いてから、再び気を取り直し、華やかな照明の下に戻っていった。


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