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19.月と太陽3

 時は少し遡る。

 エルマとスファルバーンは、二曲目を踊り終え、互いに礼をした。


「た――たた、楽し、かった……ありが、と」


 普段は顔色があまりよくない従兄弟だったが、動き回ったおかげか頬に赤みが差し、瞳は輝きに満ちている。

 退場のエスコートをしようとする彼に、エルマは首を傾げた。


「もう一曲はよろしいのですか?」

「エ、エルフェミア、疲れてる、でしょ? き、緊張してるから、か、感じない、かも、だけど。慣れない、所だし」


 確かにエルマにとってはこれで五曲目だ。あまり意識していなかったが、かなり高揚しているのだろうか。内気なスファルバーンが頑張っている姿を見ると、自分も、と力を貰える心持ちではある。


「そそ、それに……か、閣下は今日、さ、三曲しか、お、踊ってない、から。オ、オレがお、同じ数、だなんて、い、いけないよ……」


 言われてエルマははっとした。


 踊りにはいくつかの規則がある。

 四回連続同一の男性を選ぶことが許されない他に、最も多く踊った相手が自然と未来の旦那様になる――逆に言えば、婚約者が決まっているのなら、他人とそれ以上楽しむことは好ましいことではない。


 たとえ規則がなかったとしても、随分と無理な頼みを聞いてくれたユーグリークに甘えすぎていた。やっぱり自分はかなり舞い上がっていたらしい、と赤面する。


「こちらこそありがとうございました、スファルバーンさま」

「ん……」


 保護者達の方に顔を向けると、祖母は人の輪の中心におり、伯父も恰幅の良い紳士と何か熱心に話し込んでいる。


 ユーグリークは踊っている間にはじっと佇む姿が見えていたはずだが、今はちょうど外しているようだ。

 飲み物を取りに行ったか、それとも彼もまた知人と団欒しているのか。


(もしかして、ヴァーリスさまがいらっしゃっているのかしら)


 割とありえる、とエルマは思った。


 スファルバーンは保護者達を邪魔しないように端に寄ってから、そわそわと落ち着かない様子でエルマの方を向く。


「エルフェミア……の、飲み物、いる? お腹は、す、空いてない?」

「ありがとうございます。大丈夫です」

「じゃ、じゃあ、その……休憩とかは、行く? あ、あ、別にこう、変な意味じゃなくて、オ、オレだとも、問題あるなら、ば、ばば様に……」


 どうにも気質なのか癖なのか、この従兄弟はやたらと雑用を頼まれたがる。

 気をつかってもらえるのはありがたいが、これではまるで親族というよりエルマの下男状態である。エルマは苦笑し、別の壁際に視線を向けた。


「それも大丈夫です、ありがとう。それよりスファルバーンさま、せっかくですから、どなたかお誘いになってみては?」

「えっ……でで、でも、オレは――」


 釣られて人混みに目を向けたスファルバーンが突如黙り込み、大きく目を見開く。


「――兄さん」

「えっ?」

「ま、待ってよ、兄さん!」


 気弱な青年は突如人を押しのけ、走り出す。

 エルマは慌てて保護者達の方を降り向いたが、どちらもちょうど行き交う人が邪魔でこちらに気がつかない。

 ユーグリークの姿も見回した範囲では見つからない。


 大声を出せば気がついてくれるだろうか。しかしどの人も会話に忙しく、雑音が多い。


「――! お待ちになって、スファルバーンさま!」


 そうこうしている間に今度は従兄弟を見失いそうになり、エルマは咄嗟に後を追いかけていた。

 驚く人々に恐縮し、謝罪しつつも、なんとか後ろ姿を見つめ続ける。


 急に人がいなくなった。突如現れた階段と暗くなった周囲に、エルマは立ち尽くす。

 どうやら大広間を抜け、外――庭園に出てきたらしい。


 エルマは夜闇の中に目をこらし、まばらに立つ生け垣の向こうにスファルバーンの背を見つけた。

 急いで追いつこうとするが、聞き覚えのある冷たい声に足が止まる。


「その聞き苦しい言葉遣いでキャンキャン吠え立てるな、耳障りだろうが」

「ご、ごめんね、にに、兄さん……」


 ベレルバーン=ファントマジット――スファルバーンの兄その人で間違いない。

 一度しか会ったことはないが、衝撃的な初対面だったのだ。その姿も声も、よく覚えている。


「お前が人前で踊る日が来るだなんてな。随分とまた気が大きくなったものじゃないか。それともやはり、泥棒猫の娘は誘惑上手なのか? 心も体も弱いお前はさぞ落としやすかっただろうな」


 エルマの胸はずきりと痛んだ。

 自分のことはともかく――母親のことをふしだら呼ばわりされるのは、辛いし悲しい。

 けれど一呼吸程度の間の後、スファルバーンの声が再び聞こえてくる。


「――や、やめなよ。オレは、そ、その通りかも、しれないけど。エ、エルフェミアは……いい子、だよ。すごく、すごく、いい子だよ……」

「なんだ、ボクに口答えする気か? いつもボクの背で震えてるだけのお前が?」

「だ、だって……おかしいよ。に、兄さんは、オレよりず、ずっと、頭がいいん、だもの。本当は、わ、わかってる、はず、だよ。こんなの、にに、兄さんらしく、ないよ――」

「ボクらしい? わかっている? 大層な口を利くようになったな、スファル」


 ベレルバーンが唸り声を上げた。


「うっかり忘れてしまったと言うなら今ここで思い出させてやろうか。ボクおまえより優れているのだという事実を」

「に、兄さん――!」


 エルマはいけない、と直感し、ついに生け垣の間をかき分けた。


「お待ちを、二人とも――!」

「ベレル、何の騒ぎ?」


 しん、と庭園が静まりかえった。


 飛び出したエルマが凍り付いたのは、今にも乱闘を始めんばかりのファントマジット家兄弟を見たためではなく、逆方向から歩いてきてベレルバーンに声を掛けた人物のせいであった。


 影のような静けさをまとった青年は、緑がかった髪をしていた。肩から斜めにかかるサッシュは王族の印、胸に彩る白薔薇は婚姻相手を探している証。


(第二王子――ガリュース殿下)


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