16.お披露目とダンス5
王族との対面の場から出て、大勢のたむろしている広間に戻ってきたエルマだが、未だに心臓が早鐘を打っていた。
庇ってもらえて嬉しかったやら、あんな露骨な威嚇を横で味わって生きた心地がしなかったやら、情緒が混乱して大変に不安定である。
ユーグリークはユーグリークで、なんとも言えない雰囲気のまま黙り込んでいた。
するともう一人の付添人、先代魔法伯夫人が追いついてきて、ふーっと少々わざとらしく、大きな息を吐き出して見せる。
「なかなかドキドキいたしましたよ、閣下。エルフェミアの盾と言いますか、もう剣でございましたわね、あれは。守るというより、先に敵対する者皆なぎ払ってしまおうとでも言うような迫力でしたもの」
「いや、まあ……エルマのことをじろじろ不躾に見る奴が多かったから、少し苛立った自覚はあったが」
エルマは肩を上下させながら、この辺りでようやく呼吸の仕方と言葉を思い出した。がばっとユーグリークに向き直る。
「あのですね、ユーグリークさま……!」
「うん。どうした?」
「わたしのことを守っていただけるのは嬉しいのですけれど、もう少し、こう、穏便に……!」
「俺だって穏やかに何事もなく終わるならそうありたいが、向こうから喧嘩を売ってきたんだぞ? おまけにガリュースまで……」
ガリュース、と耳にしてエルマははたと動きを止める。
本日先ほど淑女として認められたばかり、まだまだ貴族社会に不慣れなエルマだが、ジェルマーヌ邸、ファントマジット邸で過ごす勉強の中には、王族や有力貴族の話も出てきていた。教わった知識と体験したことを結びつける。
「その、先ほど王妃さまの横にいらっしゃった方が……?」
「そう。ガリュース=プレストリア――ヴァーリスの実弟だ。一応はな」
第一王子兼王太子ヴァーリスは、ユーグリークが現在近衛騎士として仕える相手でもあり、青春時代を共に過ごした大親友(ただしヴァーリスの自称のみでユーグリークがこの呼称を認めた所は見たことがない)だ。
一方、第二王子ガリュースの話はほとんど聞いたことがない。
今も、最低限の説明を果たしたらそれきりと言わんばかり、彼は口を閉ざしてしまった。
(第一王子ヴァーリス殿下は、幼少期のご病気が元で、視力を失っている。一時期は健康な第二王子こそ王太子にふさわしい、という声もあったとか……)
ジェルマーヌ邸ではヴァーリスに兄弟がいる、ということぐらいまでしか教わらず、今心に思い浮かべた内容はファントマジット邸で祖母から教えられたことだ。
エルマがちらりと横目に見ると、祖母も考え込むような顔になっていた。
「……ガリュース殿下は、白薔薇をつけていらっしゃいましたね」
「去年まではなかったはずだが、今年はあいつも十八歳を過ぎたからな。しかもわざわざあの場で口にしてくるとは……どうにも嫌な感じだ」
ため息を吐き出しているユーグリークの横で、エルマはこっそりと情報を整理している。
(王太子殿下は白薔薇をしておらず、一方で第二王子殿下は白薔薇を身につけている。その上、国王陛下は王太子殿下に結婚について推奨するようなことを口になされ、第二王子殿下も一言添えた。これはつまり……)
「おお、母さん――閣下も! どうでしたか。うまく行きましたか!?」
人の声で思考が中断される。デビュタントのお披露目の時に別れていた伯父と従兄弟が合流したのだ。
祖母が特に問題なくエルマが認められたと伝えれば、二人ともくしゃっと相好を崩して嬉しそうにしている。
スファルバーンはエルマに向かって手を差し出した。
「エ、エルフェミア……それ、も、持つよ。この後すぐ、お、踊るでしょ……?」
「ありがとうございます、スファルバーンさま。お預かりしていただけるのは嬉しいけれど……」
どうも従兄弟はエルマとお祝いの握手でもしようとしたのだが、できそうになかったので、代わりにデビュタントの花束を受け取る方針に変えたような気がするのだ。
だってスファルバーンが話しかけてきた瞬間から、ユーグリークはエルマの片手を離そうとせず、しかも布の下から視線を送っていた。エルマが花束を渡してから振り返ると、彼はさっと視線を逸らす。手にはぎゅーっと力が込められたままだ。
「……わたしのこと、信じてくださるのではなかったのですか?」
思わず小言を口にすれば、はっと振り返った彼がどうやら困っている。
「エルマのことは……信じている。ただ……すまない。たぶん、エルマよりずっと……俺は不安なんだ。君を失いたくない。……取られたくない」
彼は普段、エルマをぐいぐいと引っ張っていって、たくさんの知らないことを教えてくれる。
けれど時折、こうして迷子のように見える時がある。
エルマは微笑み、そっと空いた方の手でユーグリークに触れた。
「大丈夫です。だってわたしにはあなたが、あなたにはわたしがいるもの。ずっと、ずっと……そうお約束したでしょう?」
「……うん」
「こんなに大勢人がいたら、目を離した隙に、見失ってしまうかも。でも、そうなってもあなたは必ずわたしを見つけてくださる。そのための指輪でしょう、違うのですか?」
「う、うん……」
「それに、わたしだってはぐれてしまったら、あなたを探して、追いかけます。逃げ出したって、逃がしません! あなたは絶対に追いつかせてくれるはずだもの。あの時みたいに」
ユーグリークは黙り込んでから、ゆるゆると頭を振った。
「君には本当に敵わないな」
ユーグリークの繋いでいない方の片手がエルマの頬に触れ、愛おしそうに撫でる。
エルマはその手に自分の手を重ね、頬で温もりを感じた。
「今、キスしたいと思っています?」
「……思ってる」
「……実は、わたしも同じです」
「なら、ここから連れ去ってしまおうか?」
薄布越しに視線が交錯するのを感じる。
ちょうどその時、合図の楽器が鳴り響いた。
広間の中央からみるみる人の姿が引いていったかと思えば、白い衣装の娘達が最初のパートナーに手を取られ、緊張した面持ちでフロアに歩み出す。
ユーグリークは一度エルマから体を離し、優雅に腰を折った。
改めて手を差し出しながら、彼は呟く。
「……白薔薇。持ってくれば良かったな」
エルマはくすくす笑いながら手を重ね、囁きかける。
「とっくに全部、あなたのものです」
「知らないぞ、そんなに俺を煽って。後が怖いからな」
始まる前はあれほど、ステップを間違えたらどうしようだとか、足を踏んだら、他の人にぶつかったら――なんて作法や失敗のことを気にしていたはずなのに、いざ本番になってみれば、互いの姿しか目に入らなかった。
ゆったりした音楽に身を任せ、心地よくリズムに乗って、時折視線を交わしては小さな笑い声を上げる。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
本日書籍発売日となります!
加筆修正など行い、書籍版のみの番外編なども書き下ろしていますので、よろしければ書店等でお手にとって頂けますと幸いです(`・ω・´)




