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14.お披露目とダンス3

 公爵家を乗り越えれば、いよいよ残るは国王一家である。


 名を呼ばれたら挨拶をする。

 ほんの一瞬、それだけのことだが、これをこなさなければ一人前の淑女レディとして認められない。


 基本的には保護者同伴での挨拶となるが、エルマの場合は婚約を一緒に報告する都合もあり、ユーグリークがついている。


 控えの間には本人達と付添人以外は立ち入れない。

 伯父とスファルバーンとは、いったんお別れだ。伯父はにこやかに、スファルバーンはしょんぼりと姿を消していく。


 順番待ちの女の園――ほとんどが母と娘で挨拶を済ませるからなのだが――の中では、ユーグリークは相当目立ち、ちらちらと視線がよこされる。が、先ほど同様、見かけて離れていく人はあっても、近づいてくる物好きはいないようだ。


 代わりなのだろうか、婚約者達から少し離れた場所で優雅に休んでいる祖母は、ずらっと取り囲まれ、あれやこれや質問攻めにあっているようだ。

 初めの頃こそハラハラと視線を送っていたエルマだが、さすがに老女は落ち着き払い、時折楽しそうに笑い声を上げているぐらいだった。彼女のことを不安に思う必要はなさそうだ。


 ぽつんと他の集団から離れていると、自然とユーグリークが会話相手になる。

 自分たちの番を待っている間、彼は色々とこの行事についての話をしてくれた。


 元々デビュタントのお披露目は、公務ばかりで全く嫁選びをしようとしなかった王に、強制見合いの場を与えようと、臣下達が年頃の娘を集めさせたのが始まりだ。

 これが国王への嫁取りだけでなく、他の貴族の見合いにもいいと好評になった。それまでお披露目は各家で個別に行われていたが、国王の名のもとに国中の貴族が一堂に会せば、その分得られる縁も当然広がる。


 というわけで、今日に至るまで、年始めのお披露目会は続いているというわけだ。


 王家に許可を得ず貴族を騙ることは違法行為であり、無視した場合は処罰の対象となる。

 一方、デビュタントのお目見えは、規則ではなくあくまで行事である。

 極論、ここに出てこなかったからと言って、その娘が貴族令嬢を名乗ることは許されない――わけではない、ということだ。


 とは言え、病気や体質等の事情がない娘をこの場に連れてこられないというのは、かなり家の評判を落とすことになる。

 あえて出させなかったにしろ、出せなかったにしろ、悪目立ちだ。

 そんな難あり娘をわざわざ娶った相手の家にも、好奇の目と敬遠の態度はつきまとう。


 だから普通はなんとかして、十八歳の成人の年から、遅くとも二十二歳までに、淑女のお披露目を果たさせる。


 ちなみに男子はお披露目の対象とはならないが、成人済みで相手を積極的に探している男は胸に白薔薇の飾りをつけ、お目当ての本命にこっそりその薔薇を渡す――のが、これまたいつの間にか定着していたデビュタントのもう一つの風習なのだとか。


「では、ユーグリークさまも去年までは白薔薇を挿していらっしゃったのですか?」

「そうだな。全く渡すあてはなかったんだが」


 のほほんと話を聞いていたエルマは、ユーグリークの何か言いたげな視線に首を傾げる。


「ええと……どうかされました?」

「……エルマ。なんで俺が今ここで、この話をしたんだと思う?」

「な、何故でしょう……?」


 意図がわからず困惑する彼女に、覆面の男は深いため息を吐いてそっと耳打ちした。


「白薔薇つきからダンスを申し込まれたら、要注意って言いたかったんだぞ」

「わたしがですか? そんな……」


 エルマが苦笑した理由は二つ。


 一つは、わざわざ大勢の娘達の中から自分を指名する物好きはユーグリーク以外そんなにいないだろう、という考えからだ。


 もう一つは、エルマは今日お披露目と同時に、ユーグリークとの婚約を発表する。

 デビュタントが最初の一曲を踊るのは親戚か保護者であることが多いが、婚約者が決まっているエルマはユーグリーク相手だ。


 彼が貴族から一目置かれ――というより恐れられているのは、先ほど体感した通り。

 であれば、白薔薇の風習なんて自分には他人事のように思う。


 しかしユーグリークの考えは違うらしく、いまいち反応の鈍いエルマの手をぎゅっと握る。


「婚約はあくまで婚約止まり、そういう思考の男もいる。俺に文句をつけたい男も……まあ、残念ながら心当たりが、それなりにある。何よりエルマはこの会場の誰より魅力的だ。ぐらっと来る奴が絶対にいる」

「大袈裟ですよ、そんな……」

「そうやって無意識無防備なのが、余計に心配だ――」

「わかりました。万が一白薔薇の方がいらっしゃったら、もうユーグリークさまがいらっしゃるからって、わたしお断りします。断れます!」


 いくら貴族社会のことを知らないと言っても、エルマとて十九歳の娘――一応もう大人なのだ。

 勝手がわからないから強気に出られないだけで、白薔薇が求婚の印とわかっていれば回避だってできる。


 祖母といいユーグリークといい、自分のことを少し子ども扱いしすぎなのだ!

 ……まあ、頼りないせいもあるからなのかもしれないが、このぐらいなら自分だってちゃんとできる、とエルマは胸を張る。


「それに、例えばユーグリークさまが離れなければならない時は、伯父さまやスファルバーンさまと一緒にいますもの。それなら安心でしょう?」

「魔法伯当主はともかく、従兄弟殿はどうだろうな……」

「……従兄弟ですよ?」

「そう。従兄弟なんだぞ?」


 微妙な空気が漂った。エルマはスファルバーンの姿を思い浮かべ、あっと声を上げる。


「でも、ほら、今日のスファルバーンさまは、白薔薇をつけていませんでした!」

「…………」

「それと……あの、わたし、普段は壁の花だけど、踊りは嫌いじゃないからって仰るから、今日一曲、お約束していて……駄目、だったのでしょうか? 後でスファルバーンさまも、お断りすべきですか……?」


 どうもユーグリークは従兄弟の話題についての反応が殊更渋いように見える。


 親戚だし、この前仲直りしたし、と思っていたのは軽率だっただろうか。

 しかし、一度いいと言ったものをやっぱり駄目と言うのも、せっかく少し心を開いてくれたかに見えた従兄弟をがっかりさせやしないだろうか。


 エルマが心配そうに見上げれば、ユーグリークは少し考えるように黙り込んでから口を開いた。


「確かに彼は白薔薇をつけていなかったな。それに――」

「……それに?」

「……いや。改めて聞くのは不誠実だろう。君は白薔薇の相手を断ると言ってくれた。……それが答えだ」


 ユーグリークは愛おしそうにエルマの手を包み込んだ。

 エルマはほっとして安堵の笑みを浮かべる。

 そう、彼女にはユーグリーク以外の男は眼中にないのだ。それが伝わって良かった。


 沈黙が落ち、また彼が何度目かのため息を吐いた。


「ここまであまり意識したことがなかったが、顔に布があると本当に邪魔だな……」

「お飲み物ですか?」

「いや。キスしたいと思った時にできないじゃないか」

「ここ、人前ですよ……!?」

「構わない。いやむしろ人前だからこそ意味があるんじゃないか――」

「ユーグリークさまのことは好きです。でも、破廉恥なのは駄目です……!」


 こそこそと言い争っている間に、いよいよエルマの名が呼ばれた。


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