過去編 後に大親友(仮)になる二人の出会い 前編
裕福な貴族の子弟の教育は、優秀な家庭教師によって担われる。成長とは過去の自分との戦いだ。
一方で、自分と向き合ってばかりではいられないのが人の世というものでもある。
社会がある以上、一人で生きていくというわけにはなかなかいかない。
人と人が関われば興味関心が発生し、それは時に純粋な憧憬や尊敬ともなるし、嫉妬や憎悪にも容易に転じる。
貴族とは領主、すなわち人の上に立つ者達だ。
領地や領民をおろそかにすれば、資格なしとみなされ地位と財産を没収される。
引きこもりが許されないわけではない。
が、許されるには最低限の義務を果たさねばならない。
義務とはすなわち、関係する人々を不幸にしないことである。
――要するに、十五歳になったユーグリーク=ジェルマーヌは、学校に入らねばならなくなった。
十の年、ティリス=モスコーバが入学した辺りを機に、一度は解決されるかに見えた嫡男の引きこもり街道はかえって悪化した。
ティリスの手紙にろくに返事も返さねば、夫人と距離を取るようになり、弟とも全く遊ばなくなってしまう。
なぜか理由を聞き出そうとしても全く返さない。
気まずい空気は伝染し、モスコーバ一家はついに別の領地に移って行ってしまった。
ティリスの手紙も引っ越しと同時にぱたりと来なくなり、ユーグリークは空いた時間を埋めるかのように勉学と自己研鑽に没頭した。
息子を社会に出そう計画第一弾が頓挫した父は、明らかにまた何かあったのであろう彼にしばらく強硬手段を取ることができず、領地で慈しみつつも持て余した。
しかし十五歳、三年後にはいよいよデビューという年になってくると、思いやりとか遠慮よりも危機感の方が強くなってきた。
それにユーグリークが成長期を迎え、少年から青年の体つきに変化したことも考えを改めるきっかけとなった。
息子はいつの間にか父とほとんど変わらない視線の高さに迫ってきている。
我が子とは可愛い可愛いと愛でていればいいだけのものではなく、いずれ親を追い越していく者であった――それを父は物理的に思い出した。
たぶん身長的な意味では問題ないだろうが、対人的な意味では明らかに経験値が不足している。
まあ領地はまだいい。幼い頃から見知った関係者が多く、若様が問題児なことも、なんとなく受け入れられている。ユーグリークが屋敷に籠城しても、うまく皆で回してくれるだろう。
だが王都ではそうは行かない。引きこもりで許されるには、ジェルマーヌ公爵家は大貴族すぎる。
というわけで、ジェルマーヌ公爵は息子を学校に放り込むことにした。それも寮つきの学校にだ。
手元に置いておくとどうしても親心が働いて囲い込んでしまう。妻が「いいじゃない、ずっと家にいれば!」と隙あらば母性を発揮してくるので余計に。
できればもっと穏便に、段階的に社会に出したかったが、モスコーバ家の前例を思うと、もういっそのこと乱暴に荒療治してしまう方が逆にいいのでは? という気がしてきた。
人と接する機会が多くなれば、その分彼は傷つき、更に人間不信を拗らせるかもしれない。
だがやはり、親だけでは駄目だ。誰か一人でも良い、信頼できる他人がいなければ――どのみち息子に将来はない。
というわけで、断腸の思いで公爵は嫡男を、貴族の子弟から優秀な平民まで揃う王立高等学校に送り出した。
そしてすぐに学校から、「お宅のご子息が入学三日目にして生徒数名を病室送りにしました」という知らせを受け取った――。
とはいえ、別にユーグリークはグレてはいなかったし、不本意な学校生活に反旗を翻したわけでもなかった。父のように上手に広く大勢と、とは無理だろうが、ある程度付き合いを作っておかねばならない切実な問題について、一応理解もしていた。
彼はあくまで降りかかった火の粉を払っただけである。
入学三日目までは、なんとなく興味の目を向けられつつも、本人の近づくなオーラを察知してか、顔を隠した生徒に積極的に近づく者はいなかった。
が、休憩時間、中庭で教科書を広げていた彼の視界に影が差した。
「お前、顔に見せられないできものがあるんだって?」
――まあ、人が集まればこういう輩の一人や二人、いてもおかしくはない。ここにいなくても、将来この手の人物と顔を合わせたとき、どうすべきか。
それが父が息子に克服してほしいのであろう課題であり、本人も解決方法を模索中の身であった。
さて口下手の自覚があるユーグリークは返しに困る。
ちなみにこの王立高等学校では、自ら明かすのでなければ姓を公開できない。
これは身分に関係なく勉学に励み友を増やせよという、学校の基本方針によるものである。
一方で、実家の名前という手札をどう使って寮生活を乗り切るか――明かして派閥形成の材料とするか、最後まで伏せて社交界で牙を剥くのか、大人になったら日々繰り広げる事になるだろう駆け引きの練習として使われる事もあった。
ユーグリークは公開していない方の人間だったが、彼の顔を拝みたがった相手はそれなりの格の貴族であることを既に明かしている。何せ初日にどーんと大声で自己紹介していたので、そういう人間がいたとかろうじて覚えてはいる。
公爵家の人間であると伝えるべきだろうか。
しかし入学早々大貴族ですなんて明かせば、派閥形成宣言も同然。
卒業まで四六時中知らない人間達に囲まれる生活なんて絶対にごめんだ。せっかく個室にしてもらっているのに、小姓気取りの連中に居座られるようになったらたまらない。
しかもおそらくだが、目の前の人間はつきまとってくる取り巻き筆頭になりそうな予感がある。
であれば、もっと別の口上でこの場を乗り切るべき。その口上が全く思いつかないのが問題なわけだが――。
「おい、なんとか言えよ!」
――考えている間に、やむを得ない状況がやってきた。焦れた相手が肩に手をかけてきたのである。
「そうだ、近づかないでほしい、放っておいてほしい気持ちをちょっと表現してみよう」
パッとそのような判断が頭によぎった。
自己鍛錬の成果としては上々だったと言えよう。後遺症が残らない程度に、けれどその場で動けなくなる程度にボコボコにすることができた。
周りからは鮮やかすぎるノックダウン模様にドン引きされた。
なお、当然のことだがしばらく謹慎処分を喰らった上、学校内のどこをうろうろしても誰も近づいてこなくなった。実に快適だ。
「ユーグリーク。パパはお前によくやったと言うべきか、やりすぎだ馬鹿というべきか、ちょっと悩んでいます」
という手紙を受け取りもしたが、実際誰にも絡まれない生活は気楽である。
そんな、せっかく人と出会える空間に放り込まれたのに孤独を全力で謳歌しているユーグリークが学内を散策中のある日のこと、彼は池のほとりにぽつんと一人腰掛ける妙な学生に出会うこととなった。




