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後日談 婚約者達の日々2

 今度のフォルトラは、厩舎で気持ちよさそうに眠っている姿をモデルにした。

 走っている勇姿も素晴らしいが、こういう所も彼の魅力だと思う。


 きりのいいところまで仕上げたエルマはふっと口元をほころばせた。実際に針を動かす前、念入りに図案を練った事もあって、なかなかの再現度だ。銀糸で作ったたてがみや尾など、結構自信作である。


 作業の手を止め、念入りに針の所在を確認してから何気なく顔を上げた。


 ニーサがいたはずの場所には、銀髪銀目の男がいる。


 エルマはきょとんとした。目を奪われる美貌の持ち主は、彼女がようやく自分に気がつくと微笑みを深める。


「ただいま、エルマ」


 ごしごしと顔をこすってまた見てみるが、そこにいるのはユーグリークのままだ。どうやら手元を見過ぎて目が狂ったわけではないらしい。エルマはうろたえた。慌てすぎて、立ち上がりかけの変な中腰になってしまう。


「ユーグリークさま!? えっ、あの、いつからそこに……!?」

「さあ? 別にいつでも構わないだろう。それよりお帰りの挨拶をしてくれないのか?」


 促された彼女は大慌てで今度こそ椅子から飛び上がり、駆け出す前に脇にそっと今日の仕事具を置き、ユーグリークの所に行く。


 エルマがやってくると彼も立ち上がり、両手を広げて出迎えた。

 彼女がおずおず広い胸板に手を置くと、ぎゅっと抱きしめられる。


(やっぱり、恥ずかしい……)


 ユーグリークの喜ぶ顔は、エルマを幸せな気持ちにする。

 だからできるだけお願い事は聞いてあげたい。


 であるからして彼の、「一日頑張った俺をねぎらってくれる気持ちがあるなら、帰ってくる度にお帰りの挨拶をしてほしい。具体的に言うと抱きしめさせてくれ」という望みもこうして叶えているわけだが、何度か繰り返してもなかなか慣れないものだった。


 しかしユーグリークが安堵するように息を漏らすのを聞くと、まあいいかという気持ちの方が大きくなるのだから、これが惚れた弱みというものなのだろうかとしみじみ感じる。


「……もっと早くお声をかけてくださればよかったのに」


 それでも一言文句を言ってみると、なだめるようにぽんぽんと背を叩かれる。


「真剣そうなのを、邪魔をするわけにもいかないと思って。それに久しぶりだったから見ていたかったんだ」

「見る……? 何をですか?」

「縫っているところ」


 こんな彼の囁きかけるような声を聞けるのは、きっとエルマだけだ。


 日頃からかすれてくすぐったい声をしているのだが、二人きりになるとそこに優しさが混じるようで、聞いているだけでなんだか酔ってしまいそうな気持ちになってくる。


 エルマが身をよじると、彼は少しだけ腕に隙間を作り、今度は背中からまた抱きしめた。

 エルマの手の上にユーグリークの手が重なる。


 相変わらず大きい。口にするとエルマが小さいんだ、と返されてまた平行線になるだけなので、思うだけだが。


「黙って作業をしているところなんて見ても――」

「黙って? エルマは集中すると歌っている」

「あ、あれは……無意識ですし、あまり聞かないでいただきたいのですけど……」

「可愛いのに。お気に入りのフレーズばかり繰り返す所とか特に」


 なんだか旗色が悪くなってきた。主にエルマの羞恥心的な方向で。

 この話題を続けると自分がいたたまれなくなりそうだと思った彼女は、急いで会話の軌道修正を試みる。


「そ、そんなことより……! 加護戻しでもない、ただの針仕事ですよ? 見ていて楽しいものじゃないはずです」

「そうか? 俺は飽きない。真剣な顔がいいし、エルマの手は綺麗だからうっとりする。初めて会ったときも目が離せなかった」


 そういえば、とエルマは思い出した。


 初めて会ったとき、急な申し出にもかかわらず彼はエルマに自分の持ち物を貸し、終わるまでずっと待っていたのだ。


 しかし、ファントマジット家やジェルマーヌ邸で大事にしてもらっている今と違い、あの時はつぎはぎ服を筆頭にみすぼらしい見た目で、手なんかまだ水仕事で荒れきっていたはずだ。


「ユーグリークさまは、いつもわたしを買いかぶりすぎです」

「そうか?」

「だってあの時は……たぶん、綺麗な手なんかじゃありませんでした」

「それが何か気になるのか? 俺だって剣やら何やら握るから、傷やらたこやら残るものだぞ?」


 嘘だ、とエルマはこっそり思った。

 だって彼の尋常でない容姿の整い方は、顔だけでなく全身に及んでいる。

 手だって作り物のようなのだ。


 と思っている彼女の無言の不満を感じ取ったのだろうか。

 ふ、と笑い声を漏らしたユーグリークが、見せるように両手を開く。


「触ってみて」


 やっぱりエルマよりよっぽど美しい手じゃないか……と思いながら、一応触ってみる。

 しかし掌をなぞってみると、思っていたよりずっとしっかりした感触が返ってきた。


「な。硬くなっているだろう」


 一見すると、繊細な割れ物がごとき印象すら与える手が、触れてみればしっかりしているというのはなんとも奇妙な感じだ。


 エルマが不思議そうにちょんちょんつつくのをしばらく好きにさせていたユーグリークだったが、やがて堪えきれず体を震わせる。


「そんなにされたらくすぐったいよ、エルマ」

「あ――すみません」

「それじゃ今度は君の番だ」

「……えっ?」

「君の手も見せて? 利き手だけでいい」

「そ、そんな……!」

「俺はくすぐったさを我慢したんだぞ? 手を見せるだけだ。さ、早く」

「う、うう……!」


 ユーグリークは悪戯っぽく笑っていた。

 先に散々彼の手を出したのがそちらだと言われてしまうと確かに断れない。

 なんだか巧妙な罠にはめられた気分だ。


 エルマが右手をそっと広げると、すぐユーグリークの手が伸びてきて包み込まれた。





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