47.エピローグ
ふらふらと戻ってきたユーグリークの顔を見た途端――いや視力がないので、おそらく雰囲気を感じた途端というのが正しいのだろうが。
とにかくヴァーリスはその場で一言、「うん、お前もういいから今日は帰れ?」と簡潔に言いつけた。
魔性の男が漂わせる尋常でない何かの圧に、周囲の人間も誰一人として異を唱えない。
むしろ、
「土産話を待っているぞー」
とひらひら手を振って見送った王太子に、余計な事言うんじゃないよ! と皆で取り押さえにかかる程度の連携力である。
そんな周囲の慌てぶりはさておき、すっかり上機嫌になったフォルトラにまたがり、令嬢を伴った騎士は紳士的に彼女を家まで送り届けた。
「あらあら、まあまあ……!」
出迎えにやってきた老婦人は、覆面の男が即座に跪き、「彼女と婚約したい」と言うと驚きより喜びを露わにした。
「ええ、ええ! もちろんですとも。きっとこうなるんじゃないかって、思っていましたとも。ま、正式なお約束は後になりますけれど……ファントマジット家、王都代表者としてお答えします。うちの孫を、どうぞ末永くよろしくお願いいたしますね」
快諾された娘は、頬を染めて男を見上げた。
彼がわずかに体をかがめ、囁きかける。
「指輪は今、持っているか?」
エルマはこくこくと頷き、急いで手元のポーチから取り出した。
チェーンを外したユーグリークは、迷わず右手の薬指にはめ込み、次いでそこに唇を落とす。
「これで本当に、俺のものだ」
「ユーグリークさま……」
ぶぶぶ、といささか不満げに待たされている天馬が地面を掻き、おほん、と老婦人が咳払いした。
「さ、外で立ち話もなんですから。中にお入りになって。お茶を出しましょう」
「――おばあさま」
エルマの思い切った言葉に、老婦人は驚いて振り返る。
彼女はもじもじと手をすり合わせ、言った。
「少し……お出かけしてきても、いいですか……?」
可愛い孫のお願いなのだ、これは断れない。
老女は苦笑し、肩をすくめた。
「ま、人前で仲良くするのも、デートなどお誘いいただくのも結構ですけれど……一応嫁入り前の娘なんですからね、程々に」
しかし老人のうるさい忠言など、夢中になっている若者達にどこまで聞こえているものか。
「晩餐までには戻ってくるのよ、エルフェミア。閣下もちゃんと、送り届けてくださいませね」
「はい、おばあさま!」
「心得た」
返事だけは元気がいいものだ。
飛び立つ天馬を見送り、老婦人は目を細める。
「本当に……あなたの子ね、アーレス」
あの人の側にいられないなら意味がない、と家を出て行った孫の姿は、かつてシルウィーナのいない人生に意味はない、と啖呵を切って屋敷を出て行った息子とよく似ていた。
けれど彼と違い、二人は祝福され、認められている。きっと待っているのは悲劇ではなく、幸せだろう。
温かな気持ちを胸に、彼女は戻っていった。
「ジェルマーヌ公爵邸に向かうのですか?」
「ああ。その……特にニーサが、全く口を利いてくれなくなって」
「まあ、大変! わたしになんとかできるといいのですけど」
「皆俺より君のことが好きなぐらいだ。頼むよ」
ふふふ、とエルマは笑い声を零す。
フォルトラを駆けさせながら、ユーグリークは抱える彼女の耳に囁きかけた。
「エルマ」
「はい」
「……エルフェミア」
「……はい」
「どちらがいい?」
「ユーグリークさまがお好きな方で」
「君はそうやってすぐ俺を甘やかす」
「ユーグリークさまの方がいつも甘いです。蜂蜜みたい」
「そうか? ならもっと溶かしてしまおう」
二人で笑い合ううちに、視線が絡む。
「キスしてもいいか?」
「……お屋敷についてから」
「二人乗り用の鞍が必要になりそうだ……」
そうして身を寄せ合い、幸せの余韻に二人で浸る。
向かう先は希望の光で満ちて、いつまでも優しく最愛達を照らしていた。
本編はこちらで終了となりますが、ユーグリーク側のあれこれなど、色々飛ばした部分もあるので、そのうち番外編として追加できたら良いなと思っています。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!