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45.告白

「フォルトラがハンストしてるんだって?」


 ヴァーリスのからかうような声に、ユーグリークは顔をしかめた。

 お騒がせ王太子からは二重の意味で顔が見えていないのだろうが、なんだか訳知り顔にニヤニヤ笑っている。


「……ハンスト」

「ハンガーストライキ。要求が通るまで食べないぞ! って奴。いや天馬って本当に面白、もとい賢いな」

「いつものことだが、どこから聞いてくるんだ……まあ、確かに最近、食欲不振で、色々試しているんだがあまり食べてくれない」

「元々竜退治に使われていた生き物だ、空腹に対しても耐性はある。とは言え、心配だろう? 僕がいい医者を紹介してやる」


 あからさまに何か怪しい。

 が、ヴァーリスがこうと決めた事は、下手な抵抗をするより早めに聞いておいた方が被害が少ないことは、腐れ縁の付き合いで骨身に染みていた。


 ユーグリークは言われたとおり、翌日フォルトラを城に連れて行った。

 最近反抗期な天馬は散々やだやだとごねようとしたが、我慢比べならユーグリークの方が分がある。

 最終的に不満そうに歯軋りして耳を伏せたまま、お行儀良く飛んだ。


 が、城に近づくにつれてなんだか機嫌が直っていき、到着する頃には足取り軽くいそいそと駆け下りていくではないか。


(ロゼインがいるからか……?)


 天馬の厩舎に向かったユーグリークは、待ち構えるように仁王立ちしていたヴァーリスに足が止まった。

 奴は神出鬼没だが一応れっきとした王太子だ。そしていい医者を紹介するとは言ったが、なぜわざわざこの朝早くから満面の期待顔でそこにいるのか。


 元々乗り気ではなかったが、急激に嫌な予感がこみ上げてきた。


 しかしフォルトラの反抗期も悪化した。

 ぶんっと勢いよく首を振り、手綱を離させて走って行ってしまう。


「おい、こらっ――!」


 慌てて追いかけようとしたユーグリークだが、愛馬の突撃先を見て再び足が止まる。


 いつかの時と同じ紫色のドレスに身を包んだ彼女は、フォルトラの挨拶に顔を撫でて応じてやる。

 フォルトラはすんすん鼻先を鳴らしたが、おめかしをしている彼女を汚してはいけないことを心得ていたのだろう。

 過剰なスキンシップをすることはなく、ゆで卵を出されると綺麗にぺろりと平らげた。


「いい医者って言っただろ? ついでにお前も腑抜けと間抜けを治してもらうがいい。最近見ていられなかったからな」


 バシーン、と良い音を立てて友の背中をひっぱたいた王太子は、スキップで去って行った。杖で足下を探らねば歩けないはずなのに、器用なことだ。


 立ち尽くしたままのユーグリークに、やがて彼女が顔を向け、おずおずと近づいてきた。


「……ヴァーリス殿下に、わたしからお願いしたのです」

「君から……?」

「はい。……驚きました?」

「……すごく、びっくりした」


 てっきりまた奴の余計なお節介かと思えば、想定外すぎて何の緩衝もない本音が飛び出た。エルマはクスリと笑う。


 用意されたゆで卵を全て綺麗に平らげたフォルトラは、満足したのだろうか。機嫌よさそうにいななくと、自分で厩舎の中に入っていった。


 子馬から面倒を見ただけあって、つくづく飼い主に似ている馬だとか言われることがあるが、勝手なものだ。ユーグリークはあんな風に、喜びを全面に押し出せない。


「少し、歩くか? 近くに庭があって……人も来ないし、座るところもあるから」


 だがせっかく会いに来てくれたのを、無碍に追い払うこともまたできなかった。

 提案すると、彼女は嬉しそうにきらきらと目を輝かせる。直視できず、また目を伏せた。


 歩いている途中は無言だった。互いに何を喋ればいいのか、はかりかねているというところだろうか。


 芝生を過ぎ、迷路のような生け垣を越えた先に目的地はあった。

 小さな池があるだけの、周りは壁で囲まれているが、暗い感じはしない。不思議な空間だった。


「なんだか、秘密の場所みたいですね」

「ああ。こうやって奥まった所にあるから、知っている人間以外は来ない」


 池の縁は腰掛けるのにちょうど良かった。座るとエルマの方が切り出してくる。


「今日は、ユーグリークさまにお渡しする物があって、来たんです」

「――なるほど。“落とし物”、だな」


 ユーグリークはすぐに思い当たり、納得した。


 彼女との別れは急だった。思い切ってやらなければ、未練で引き止めてしまいそうだったからだ。


 預けていた物を返してもらいそびれたのは、わざとだったのか、忙しさで忘れていたのか。

 冷たくされて、彼女は戸惑いもしただろうが、愛想も尽かしただろうと思った。


 指輪は――きっとそのうち、忘れた頃に人づてに返ってくるのだろう。

 別に捨てられてしまっても構わなかった。身分証なら他にもあるし、また作れば良い。

 居場所を知りたい人間なんてこの先現れない。ならばもう、あれは意味のない物なのだ。


 だが直接手渡すつもりなら、相変わらず律儀なことだと思う。


 しかしエルマが出してきたのは、ハンカチだった。

 中に指輪が包まれているのかと思えば、そうでもない。


「……? これは――」


 何だ、と尋ねようとした声が止まる。

 無地ではなく、刺繍が施されていた。


 それは天を駆ける純白の天馬だ。

 誰が見たって一目でわかる。フォルトラだ。だからこれは、ユーグリークのために作られたハンカチなのだ。


「本当は……何か刺してみたら、と言われた最初の日に、できあがっていたんです。でも、渡せませんでした。万が一がっかりされたり、困らせるようなことがあったら嫌だと思ったからです。わたしが持っているだけでいいと思っていました。あなたに伝える必要は、ないと」


 言葉を出せずにいるユーグリークを、エルマはしばし見守った。彼女はなおも待つ。覆面の下の銀色の目が、きちんと自分に向くまで根気良く。


 ようやくその時が訪れると、はっきりと目を見据え、エルフェミア=ファントマジットは静かに、けれどはっきりと彼に告げた。


「ユーグリーク=ジェルマーヌさま。それがわたしの気持ちです。……お慕いしています。ずっと、お慕いしていました」


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― 新着の感想 ―
[一言] 「今日はお話の続きがあるかな?」と心待ちにする日々でした。この物語が大好きで、疲れていても読めば元気をもらえました。どんな結末になるのか楽しみです。正直にいうとじれったいから、早くイチャつい…
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