42.キャロリン=タルコーザの顛末
キャロリンはゼーデンとまた違う施設にいるようだった。
最初は男女で建物が分かれているのかと思っていたが、療養所の看板を見て違うことに気がついた。
ここではきびきびと働く女性達の姿が多い。
なんとなく母を思い出しながら行き交う彼らを眺めていたエルマだが、ふと視界の端に映り込んだ物に何気なく目を向け、驚愕した。
真っ白な患者用の服を身につけているのも違和感だが、そんなことは些細な問題に過ぎない。
最初は老婆かと思った。見事なプラチナブロンドの髪は、今や全て白髪に変わっている。自信満々に胸を張って歩いていたはずが、びくびく背を丸め、怯えた目をさまよわせている。よくよく見てようやく彼女だとわかったが、変わり果てて、別人のようだった。
「……キャロリン?」
呆然と声をかけると、ヒッと女は息を呑み、あろうことかエルマの足下にすがりついた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もう悪い事しません、あたし謝ります、だから許して――!」
困惑したまま立ち尽くしているエルマに、慌てて施設の女性が駆け寄ってきた。
「ま、ミス・タルコーザ。いかがなさって? あなた、お知り合い?」
「ええ……」
「この子、ご覧の通り、不安定でねえ。何かとっても怖い物を見てしまったらしくて。落ち着くまで、少し待ってくださる?」
落ち着きたいのはエルマも一緒だった。
案内された席で待つ。
あれは何かの間違いだろう。きっとやってくるのは、昔と同じキャロリンだ。
けれど再びエルマの前に姿を現わした元妹は、やはり白髪のままだった。
かつてエルマを風で切り刻み、支配した面影はどこにも見当たらない。
「あなた、姉さまね……姉さまでしょう? 大丈夫、ちゃんと覚えているの……」
「え、ええ……そう、わたしはエルマ。あなたに姉さまと呼ばれていたこともあるわ。あのね、キャロリン――」
「ごめんなさい、姉さま。ごめんなさい。あたしが悪い子だから、怒ってるんでしょう? ごめんなさい。ずっと羨ましかったの。だってあたしが自分をお姫様だと思い込んでいられた頃から、姉さまはあたしが一番ほしいものを持っていたんだもの。だからたくさん意地悪したの。ずるい姉さまなんか壊れちゃえって思ってた。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
思いもしなかったキャロリンの言葉に、エルマは言葉が出てこない。
きっとゼーデン同様、エルマの事を罵倒し、怒り、自らの境遇を嘆くのだろうと思っていた。
演技派の彼女のことだ、からかっていて、本気にしたエルマを馬鹿にしようとしているのかとも一瞬疑う。
だが、やはりどうしても、嘘をついているようには見えない。
もし仮に本人が自分を偽っているのだとしても、施設の係の人間達が皆キャロリンに哀れみと慈愛の目を向ける――あれは明らかに、昔の彼女ではありえないことだ。
しかし、ならばこの言葉は本心ということになるのではないか。
羨ましかった――エルマはようやく、彼女が執拗に自分に敵意を向けてきた理由を知った。
思いつきもしなかった。だってエルマより何もかも優れていたはずなのに。
――はじめまして、ねえさま!
ふと、初めてタルコーザ家に行った日のことが頭に浮かぶ。
大人達が話をしている間、年が近いこともあって一緒に遊んだ。
エルマの方が一つ年上だったから、キャロリンはねえさまと呼んできた。
広いお屋敷、大きな部屋、たくさんのお洋服に人形、お菓子……そういった物を贅沢に与えられていたはずなのに、天使のような女の子はどこか寂しげだった。
――エルマ!
帰るわよ、と母が迎えに来たとき、空色の瞳に浮かんだ、すがるような色。
口さがない大人達の言葉を、子どもはきちんと聞いているものだ。
タルコーザで過ごしていれば自然と、キャロリンの母親が贅沢目当てで結婚したものの、夫の横暴ぶりにすぐ愛想を尽かし、キャロリンを産んだら役目は果たしたとばかりに出て行ってしまった――そんな事情も耳にした。
「でも、わたしだって。ずっと、あなたって天使みたいな子って思っていたわ。あなたにわたしが勝ることなんて何一つないと……今だって、そう思っている所もあるわ。あなたは可愛くて、綺麗で、愛想よく振る舞うのが得意で、風の魔法が使えて……そんな人だったから、劣ったわたしが尽くさなければいけないのは当たり前のことと、思っていたのよ」
今のキャロリンに、言葉はどれだけ届いているのだろう。
不安そうに目を揺らす彼女は、壊れたオルゴールのように、同じ音を何度も繰り返す。
「あの時、わたしが馬車の前に飛び出さず、お母さまが今でも生きていたら……わたしたちも、何か変わったのかしら。それとも、わたしがもっと、あなたと話をできていれば……」
エルマは途中で問いをやめた。今のキャロリンにどれだけ聞いても、答えは返ってこないだろう。それにいくら、何かできたはずの過去に思いをはせても、今が変わるわけではない。
ただ、謝罪の言葉をエルマに向けたことで、落ち着いたのだろうか。
帰り際、キャロリンはほっとしたような笑顔を見せ、ばいばい、と手を振る。
痛ましくもあったが、少しだけ救われた気分にもなった。
きっとしばらくは施設での療養が続くのだろうが……いつかは元気になって、新しい人生を歩み直してほしいと思う。
それは自分のエゴなのだろうか。
けれど、エルマはそんな風に願わずにいられなかった。




