41.ゼーデン=タルコーザの顛末
エルマが連れてこられたのは、どうやら城の一角らしい。
騎士達とはまた異なる服装――おそらくゆったりしたシルエットから察するに文官達が、忙しなく大勢行き来している。
見知らぬ場所に緊張したエルマだったが、担当官は朗らかな女性で、聞き出し上手だった。
エルマがタルコーザ家にいた時の事をするする引き出し、手元の書類に書き留めていく。
「……このぐらい、かな。まあ、一つ屋根の下で暮らしていましたし、色んな事に使いっ走りさせられていたみたいですから、細かい事を見ていけばね、全くの無関係ではないですけど。でも、虐待などの件からしてあなたに責任は発生しませんし、むしろまた彼の罪状が増えそうですねえ」
実の親子ではないことを思い出したとは言え、身内ではある。
そう言われると、ほっとする一方でどこか落ち着かない気分にもなる。
エルマの据わりが悪そうな表情に、眼鏡をくいっと押し上げ、女は笑った。
「なんかすっきりしないってことなら、会います?」
「……え?」
「まあ、申請しても、面会によって著しく状況を悪化させる可能性があるとか、あちらが突っぱねるとかだと、無理になっちゃうんですが。ただ、キャロリン=タルコーザはともかく、ゼーデン=タルコーザは、罪が確定したら二度と会えなくなる未来が濃厚です。言い残したこと、話し損ねたことがあるなら、今のうちに済ませておくのも選択肢の一つです。まあ、被害者が加害者に会いに行って、すっきり収まった件もあれば、更に拗れた件もありますので、おすすめ、ってほどは言えないんですけどね」
エルマは少し考えて、文官の提案を受け入れることにした。
不安もあったが、このまま終わらせてしまうと、自分の中にずっとモヤモヤが残りそうだと思ったのだ。
ゼーデンとキャロリンに会ってみたい意思を伝えると、ユーグリークはいかにも「余計な事を吹き込まれた」と言いたげに渋面を作ったようだ。しかし、彼はエルマが望むことであれば、配慮しつつ優先してくれる。
ゼーデン=タルコーザと再会したのは、一月半ぶりぐらいになるだろうか。
拘置所で規則正しい生活を送らされているためだろうか、彼は少し痩せたようだった。
エルマを見ると、見張りが注意するのにも構わず、エルマと彼を隔てる鉄格子にすがりついた。
「エルマ! なあ、ここから出してくれるんだろう? ワタシは何一つ間違ったことをしなかった――いや、むしろワタシが騙された方なんだ! お前はワタシに逆らわない。パパのことを可哀想だと、思ってくれるだろう!?」
ずっとエルマの事を支配し続けてきた男は、けれどこうして見ると、思っていたより小さく見えた。あれほど抗いがたい存在に思えていたのに、なんと無様で弱々しいことか。まるで魔法が解けたようだ。
エルマはすうっと息を吸い、吐き出す。自分でも驚くほど、落ち着いていた。それはけして、ゼーデンが自分に手が出せないという環境だけが与えるものではない。
「あなたはわたしの父親ではなく、叔父です」
「お……思い出したのか? だが、些細な問題だ。ワタシは母親の死んだお前を育ててやった。父親も同然ではないか!」
「母がわたしに残したお金が欲しかったからでしょう。キャロリンをわざわざ手元に置いていたのも、その方がお金になるから。違いますか?」
「……だったらなんだと言うんだ! 男ができた途端、母親と同じ生意気な口聞くようになりやがって! 全部思い出したというのなら、それこそお前がシルウィーナを殺した事実から逃げられないことだってわかっているだろう!!」
男は自分の旗色が悪くなった途端、つばを飛ばしてまくしたて始めた。先ほどから何度も見張りの係が注意して、面会者にも気遣わしげな目を向けているのだが、エルマ自身は落ち着き払ったものだった。
すべて思い出したからこそ、もう気持ちに決着がついている。他人が何と言おうと、揺るがなかった。
「わたしが母の死を招いたことは事実です。けれどそれなら、わたしが償うべきは母であって、あなたではない。取り返しのつかないことをした、罪悪感は消えません。それでも……わたしのお母さまなら必ず、ならば生きて幸せになれと、言ったでしょう。けして、あなたとキャロリンの奴隷になれなんて、言いっこない!」
「黙れ黙れ黙れええっ! お前達母娘は、ワタシから権利を不当に奪った! 無能の分際で! 女の分際で!! ワタシに使ってもらわねば何の価値もない雌犬の分際で!! 一生かけて償うのが当然だろうが、なぜその程度のこともわからん――」
バチバチバチッ、と閃光が走った。ゼーデンではない。激高した男を大人しくさせるために、見張りがついに動いたのだ。
エルマもまた、用意された椅子から立ち上がる。
「母も、言っていました。あなたがそんな風にしか考えられなくなったのは、きっとあなただけのせいではない。でも、どこかで、あなた自身が気がつかなければならないことだった。きっと、機会が全くないわけではなかった。あなたが自分を大事にしてほしいと思っているのと同様に、誰だって同じなんです。……あなたが今大切にされないのは、あなたが誰も大切にしてこなかったからではないですか?」
ゼーデンはもはや何も言い返さず、うずくまったままだった。すすり泣くような声が漏れている。
「何故だ。ワタシは男だ。貴族だ。魔法が使えるんだ。その分、自由があるはずだった。なのに、なぜ……」
エルマはそれ以上、振り向くこともなく、部屋を出て行った。