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40.違和感

 エルマが瞼をゆっくり開けると、じっと覆面がのぞき込んでいる光景が目に入ってきた。

 彼女が起きた事に気がついたユーグリークが、ぱっと身を引く。


 右手が急に寂しくなった。どうやらエルマが寝ている間、握りしめられていたらしい。


「ユーグリークさま……?」

「……もう、大丈夫だ」


 エルマは彼に向かって手を伸ばす。しかし重ねる前に、引っ込められてしまった。

 ぼうっと辺りを見回すと、この一月で慣れてきた部屋の様子が目に入る。

 ゆっくり体に力を込めると、今度はちゃんと上半身を起こすことができた。


「ユーグリークさまのお家、ですか……?」

「ああ。どこまで覚えている?」

「キャロリン、が……あの後、どうなったんですか? お屋敷の人達は?」

「彼らなら大丈夫だ。君を守れなかったことを悔やんでいたが、私がすぐ連れ戻したから問題ない。心配なら後で声をかけてやってくれ。キャロリン=タルコーザは連行された。ゼーデン=タルコーザも。随分と手広く色々やっていてね。正式な判決が下されるのはこれからだが、行いの悪質さからしてゼーデンの方はまず無罪にはならないだろう。おそらく監獄島送りになる」

「監獄島……!?」


 エルマは震えた。半ば伝説のようにこの国に伝わる場所で、極めて悪質と判断された罪人が送られる絶海の孤島だ。送られた者は二度と帰ってこないとされている。


 ユーグリークはそこで一度言葉を区切る。おそらく彼は、顔を隠す布の下でそっと目を伏せた。


「……キャロリン=タルコーザは。いささか精神が不安定な状態になっている。施設での観察、という形になるのだろうな」

「観察……?」

「ああ」


 エルマはユーグリークの態度に違和感を覚える。が、彼がそれ以上言葉を続けようとしないので、自分の手元に目を落とした。


「わたしも、ずっと二人と一緒に暮らしていました。わたしにも何かの罪が――」

「君はむしろ、彼らの被害者だ。洗脳され、騙されて、十年以上搾取され続けた。仮に本当に血がつながっていたとしても、ゼーデンは親の義務を放棄している。絶対に共犯者扱いはされないし、私もヴァーリスもさせるものか」


 きっぱり、はっきりとユーグリークは言う。エルマはぎゅ、と両手を握りしめた。


「……わたし、忘れていた昔の事を、全部思い出しました。確かに、叔父はわたしに嘘をついていた。けれどわたしが、母を殺してしまった事実は変わらない。わたしは罪人です」


 ユーグリークはエルマをじっと見つめたまま、迷っているようだった。

 沈黙の末にわずか震える手を伸ばし、そっと彼女に重ねる。


「君のせいではない、と私が言っても、罪悪感が消えるわけではない。むしろ君は、その気持ちをなくしたくはないのだろう。ただ……これは、無責任な外野の言葉に過ぎないのかもしれないが。君の母上は、君を最後まで守り通した。立派な方だ」


 エルマの目からほろりと涙がこぼれ落ちた。


 母が死んだ時、流せなかった涙。

 それが十年以上経った今、ようやくあふれ出してきている。


「ユーグリークさま……一つお願いしても、よろしいですか?」

「……何だ?」

「背中を……お借りさせて、ください」


 彼はすぐ、椅子を移動して座り直す。

 エルマは彼の広い背中に体を寄せ、顔をうずめた。


 服が汚れてしまう、と今更気がついたのだけど、涙も嗚咽も止まらない。

 ユーグリークはエルマの気が済むまで、過去を洗い流すのに付き合ってくれた。



 ジェルマーヌ邸での日々が戻ってきた。穏やかで、何も不安も恐れも感じなくて良い、かけがえのないありきたりな日常が。

 キャロリンに眠らされてしまった使用人達も全員無事だったようで、お互い手を取って喜んだ。ささやかなケーキパーティーも催した。


 ただ、一つ気になるのは、あれ以来ユーグリークがまた姿を見せなくなってしまったことだ。


「坊ちゃまは……どうなされたのでしょうな? なんだか急に、以前に戻られてしまったようで……」

「あたくしも、ちっともわからなくて……今取りかかっているお仕事が終わったら前よりも屋敷にいられると、おうかがいしていたはずですのに。ああ、でも! エルマ様をお嫌いになったなんてことは絶対にありませんよ、だって相変わらずお願いされたらなんでも取り寄せる気概ですもの! ただ…」


 ジョルジーやニーサに聞いてみても、二人とも困ったように顔を見合わせる。


 ――何か、あったのだ。キャロリンに連れ去られたあの時、エルマが気を失った後。そうとしか考えられない。


 けれど会えない日々が続けば、ユーグリークに聞くこともできない。



 もどかしい日々が続いた後、ようやく彼が姿を見せた。

 エルマはぱっと顔を輝かせて駆け寄る。


「ユーグリークさま……!」

「すまない、エルマ。ゼーデン=タルコーザについて、証言――というほどのものではないんだが。いくつか君にも確かめることができてね。出かける支度をしてほしい」


 彼ときたら随分素っ気なく、業務連絡したら別の部屋に行ってしまった。


 ここまであからさまに避けられてしまうと、エルマも自分から押して行きにくい。

 お出かけの馬車も、てっきり一緒だと思ったのに別の車だった。


「まあ、なんでしょうね、あれは! 照れ隠しというには冷たすぎますっ!!」


 しゅんとしたエルマを前に、お供に選ばれたニーサは憤慨し、それからふっと不安そうな顔になった。


「でも、本当にどうしてしまったのでしょうか。こんなこと、なかったのに」



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