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27.お話しするだけって、言いましたよね?(静かな激怒)

 エルフェミア=ファントマジットは、公的にも私的にも、魔女を名乗る少女を放っておくわけにはいかなかった。


 公爵夫人として、夫や周囲の人間を脅かす危険のある存在を野放しにはできない。再会の予告までされたのなら、なおさらだ。


 そしてエルマ個人としては、父の過去――アーレスバーン=ファントマジットが、短い寿命を迎えたのではなく、何者かの手にかかって死んだのか、疑惑の真相を確かめる必要がある。


 公的な問題については、ユーグリークが(主に情報通の王太子から)情報を集めてきてくれた。

 と言っても、数十年前から生きていて、過去に大量に人を殺したがその後は影でひっそり暮らしていたらしい――概要をまとめると、そんな所だ。あまり相手について多くを知れたとは言えない。


 私的な問題の解決のためには、一つはエルマの記憶と事実確認である。

 幸か不幸か、エルマ達はちょうどファントマジット領に里帰り中で、こちらの方が数十年前の教団のあれこれを探るよりとっかかりやすかった。


 まず事実を確認していく。

 エルマが幼い頃、父は血を吐いて死んだ。

 その死の直前、魔女のような風体の怪しげな少女が家に訪ねてきた。

 父もエルマも、少女と過去に会っている。


 では父は少女とどんなやりとりをしていたのか。

 もし、少女が父を殺したという言葉が本当なら、動機があったはずだ。あるいは故意でない事故だたのだとしても、二人の間に起こったなにがしかを確かめる必要がある。


 それはおそらく、彼女が持ち込んだ依頼、そしてアーレスバーンの仕事に関わるものだった。

 残念ながら、父の仕事――特に加護戻し関連のことは、幼かったエルマの記憶にはあまり多く残っていない。


 加護戻しは、通常の人の目では見えない魔力の流れを操作する。傍目には特別なことをしているようには見えない。だから小さかったエルマの印象には、あまり強く残っていないのだろう。


 ……そう。強く印象に残っていない。エルマが思い出せたのは、訪ねてきた少女と、その時は追い返す構えだった父親の姿だけだ。


 諸々整理していった時、エルマには違和感が残った。


 依頼を断られた少女が、激高して父を攻撃した? そんな大変なことが起きていれば、さすがに覚えているか、少女を見た時に思い出していていいはずだ。


 では逆説的に――エルマは考える。


 少女はその後、父の依頼人の一人になったのではないか。他の無数の依頼人と同様だったから、最初の異様な邂逅以外、幼いエルマの記憶に残らなかったのでは。


 そして再び少女と接触することで、推測は合っていたと確かめられた。


 やはり彼女は父の依頼人だったのだ。

 しかも、父はあの厄介な呪詛の解除方法に辿り着いていた。同時に、それを遂行することが依頼人の命を奪う結果に繋がるからと、躊躇しているうちに……。


(身体が限界を迎えた。おそらくは、そういうこと)


「――エルマ」


 忙しく働かせていた思考が呼びかけで打ち切られた。エルマははっと顔を上げ、姿勢を正す。


 目の前には、別件の用事を最速で片付けて戻ってきた夫が、腕を組んで立っていた。

 先ほどまでエルマを猛然と舐め回していたフォルトラも彼に回収され、現在は夫婦の寝室で二人きりである。


 エルマはそっと両手を膝に置き、ごくっとつばを飲み込む。


「お、お帰りなさいませ、ユーグリークさま……」

「エルフェミア=ジェルマーヌ公爵夫人」


 ファントマジット家に戻ってからは、大概の知人は名前で呼びかけてもエルフェミアと発音する。夫はエルマ、と親愛を込めて呼びかけることに、ことのほか特別感と幸福感を得られてるようだった。

 が、わざわざ今名字付きで丁寧に呼びかけてきたと言うことは、すなわち。


(お、怒っている。これはかなり、怒っていらっしゃる……!)


「今日はファントマジット魔法伯家にとっても、ジェルマーヌ公爵家にとっても忙しい一日の予定でした。スファルバーンはネリサリアとデートします。俺は黒染に触発されて出てきた旧教団関係者を叩きます。君は黒染と接触し、お父さんと彼女の間に何があったか聞き出します。そんな計画でしたね」


 今まで色んなユーグリークを見てきたが、敬語の彼は初めてだ。だが「初めてのユーグリークさまだわ……!」なんてときめいている場合ではない。


 エルマは室内着に着替えさせられた一方、ユーグリークは未だ外出着のまま、顔布が取られていない状態なので、表情がわかりにくい。しかも声から感情が消えている。


 心臓はドキドキしていたが、間違いなくこれは命や貞操の危機を感じる時のドキドキであろう。


「は、はい……仰る通りでございます、閣下」

「エルフェミア=ジェルマーヌ公爵夫人。俺達は確かに、あちらが仕掛けてくるのを待つよりは、こちらで迎える準備を万全にした上で誘いをかけた方がいいという、あなたの提案に納得しました。皆であれこれ準備して、俺も君の所にフォルトラを残していったりと、保険もかけました。そうでしたね」

「はい、間違いございません」

「でも、話し合うだけって、言ったよな。向こうが何かしてきたらすぐに安全を取るって、言ったよな。自分から加護戻し……いや呪詛の解除になるんだったか? まあ、名称なんてどうでもいいが、とにかく魔女の腕をつかみにいくなんて……」

「…………」

「聞いていなかったんだが?」


 エルマは考えた。この状況をどうやって乗り切るべきかを。


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