21.ファントマジット奥手男子激詰め会
「今日という今日は、はっきりさせていただきたいのです」
その日、魔法伯邸では身内のお茶会がひっそりと開かれた。身内用だから、参加者の格好も随分と気楽なものである。夏の昼間時ということもあり、涼しげなシャツやドレスに身を包んでいた。
普段ならここは関係改善された親戚の若者達による、近況確認やら世間話がてらの情報共有やらの場なのだが、この日はなんだかエルフェミア=ファントマジットの気迫が違った。いつもは穏やかでおっとりしてる彼女の豹変は、ただならぬ事件の前触れを感じさせる。
招集されてやってきた従兄弟達は、主催者の気迫にそれぞれの反応を返した。
「ど、どうしたの、エルフェミア……?」
「何だ。コンフィがおいしいからとうっかり食べ過ぎて、お茶会のメニュー変更を起こしたのは、ボク達のせいじゃないぞ。犯人は母だ。ついでにこの屋敷で甘味絡みの事件が起きたら大体あの人が原因だから覚えておくといい」
「ベレルバーンさまは見届け人です。場合によっては助力していただきたく。本日はスファルさまから、どうしても聞き出さなければならないことがありますので」
「な……ななななな、何……!? っていうかに、兄さん、か、か、母さんのことは、い、言っちゃだ、駄目だよ……!」
本日の矛先が自分であることを理解したスファルバーン=ファントマジットは、顔面を青白くさせつつも、しれっと流れで母を売った兄に抗議する。
彼は内気ながらも非常に思いやりのある若者で、エルマとしても、このような激詰め会場を設けることは本意ではない。が、それでもこうしなければならないのだ。
「単刀直入にお聞きします。ネリサリア=ヒーシュリンのことを、どう思っていらっしゃるのですか!」
「どっ――!?」
「ああ……」
ド直球に前置きなしの本題をぶつけられ、従弟殿は絶句した。
一方で兄の方はこの会の趣旨と自分の役割を理解したようで、警戒していた体からちょっと力が抜ける。眼鏡の奥で鋭く光る目つきも幾分か和らいだ感じがあった。
「…………」
スファルバーンの不安げに揺れる視線が、この場にいながら今のところ沈黙を保つ今一人に向けられる。明らかに助けを求める目は、まるで雨の中にうち捨てられた子犬だ。
一方、頼られた方のユーグリーク=ジェルマーヌは、未だ一人当惑の空気を漂わせている。この場にいるのは当然妻に呼ばれたからだが、「何故俺までここに……?」と思っていそうな雰囲気だった。
「で、どうなんだ、スファル。少なくとも嫌ってはいないだろう? 釣りに誘ったぐらいなんだから」
「え、エルフェミャッ、は、わ、わわわかるけど、ななな何でにに兄さんまで――」
弟の発言を待った兄は、放っておくと沈黙が続くと判断したようで水を向けた。
常ならば、難しい「エルフェミア」の発音を死守する従弟が思いっきり噛んだ。動揺がかなり激しい証左である。
一方、自分が弟尋問官の一人であるとわかって気楽なベレルバーンの態度は、リラックスしたものだ。
「お前、ここをどこだと思っているんだ。ボク達の実家だぞ。父さんが母さんにしたプロポーズが『この先も一生、私の魚釣りについてきてくれませんか』で、了承の言葉が『ついていくだけで、私に魚釣りを強要しないのなら』なことも、誰だって知ってる」
「兄さん、さささっきから、とと父さんとかか母さんのこと、しゃ、喋りすぎじゃない……!?」
この場にはジェルマーヌ次期公爵もいるのだが、だからこそだろうか、ベレルバーンは積極的に両親の恥ずかしい情報を漏洩している。心なしか、日頃の鬱憤が晴らせて輝いているようにも見えた。
だが本日さらけ出されねばならぬ恋模様は現魔法伯夫妻ではなく、その次男坊のものなのである。今度はエルマが身を乗り出し、その分スファルバーンが体を縮こまらせた。
「スファルさま。ベレルさまもおっしゃっているでしょう。あなたが個人的にネリーさまを誘ったこと、わたし達皆知っています」
「う……」
「あなたが自分の趣味の場に、好意のない女性を連れて行けるほど器用な男ではないことも、皆知っています」
「う、うう……」
「なのにネリーさまは! 何故か今、この一夏のバカンスと割り切っていらっしゃいます! どうなのですかスファルさま、ただのお友達でいたくてわざわざ釣りに誘ったのですか!?」
「ううううう……!!」
従弟殿はどんどん泣きそうになっていく。彼が犬なら今頃猛ダッシュでユーグリークの背後に駆け込み、ぷるぷる震えているような頃合いだろう。
だが彼は人間でお茶会の椅子に座らされており、ユーグリーク=ジェルマーヌは相変わらず従兄弟達からよっと離れた場所で「俺、本当にこの話を聞いていて良いのか……?」と首を傾げている。
「何ならスファル、お前もう、昔ヒーシュリンのご令嬢と何があったか、思い出しているだろう」
「…………。えっ。そうなのですか!?」
ベレルバーンがめんどくさそうに言い放ったこの内容は、エルマにとっては予想外のものだった。
ネリサリア=ヒーシュリンは昔スファルバーンと縁がある。だがスファルバーンの方がいつまでもそれを思い出さず、ゆえに彼女は自分は脈なしと判断した。それが今のところのエルマの理解である。
しかし兄から見た弟は少し違っているらしい。
「そもそもボク、結婚式の日に言ったよな。毎年カードを送ってくれるのはあなたですよね、とか、本人に聞いてみろと」
「そうだったんですか!?」
「お前のことだから、一応は初めましてのはずの相手に、直接は聞けなかったのかもしれない。だけどな、うっすら心当たりぐらいは浮かんだだろう。だってあの特徴的なニンジン髪だぞ。そばかすは消えたようだが」
「そ、そう呼んだら、だ、駄目だよ。ほ、本人は、い、嫌がってたん、だから……」
「ほらやっぱり。覚えてるじゃないか」
ベレルバーンはため息を吐き、スファルバーンはおどおど周りを見回した。
が、一回滑らせてしまった言葉は戻せないし、どこか観念した風情でもある。
「…………」
「身内だけの方が良ければ俺は外すが」
「い、いえ……! き、聞いていただくなら、か、閣下がいい、です……」
布越しに目が合ったユーグリークが気を利かせようとすると、逆に救世主を見る眼差しで指名される。
ユーグリーク=ジェルマーヌは、何故自分が妻に指名されたのか知ると共に、彼女の対人能力の高さに感心するのだった。