閑話:ひっつきすぎ問題
エルマがデジャビューに思いを馳せている間の出来事である。
蜜月の重要性を説く男を、ちょいちょい、と人外が手招きした。ユーグリークは眉を寄せたまま、けれど一応は誘いに応じて近づいてみる。
少年の姿をした竜が、こしょこしょ、と何事か耳打ちしてくる。内緒話特有の耳のそわそわ感に、ユーグリークはぶわっと肌が粟立つのを感じた。
エルマとならご褒美なのだが、それ以外の場合、この距離まで接近を許すことは彼にとって大分危機的状況であることが多かった、悲しき過去の積み重ねである。
「何だよ!」
「つがいと離れたくない?」
「当たり前だろうが!」
「でもそのうち必要なる」
「離婚の予定はないぞ?」
魔性の男は妻と自分の間に距離を作ろうとする勢力に対して、全面的に争う姿勢のようだ。彼が動物なら逆立つ毛が見える風情である。
んー、と人外は唸り、紅い瞳の焦点があらぬ場に向けられた。うんうん、とこの場では聞こえない音に耳を傾けているようだ。
「えー……あなたの魔力、つがい傾けた。今度はつがいの傾きが、あなた傾けた。あなた達、今お互いにすごく近い。どちらか倒れる、もう一方にも来る。……で、合ってる? 合ってるみたい」
どうやら離れた場所にいる先輩の解説を、そのまま口に出しているようだ。
同じ一体の竜から発生したはずの分身体は、各々の個性が強かった。器が違うと同一個体になり得ないとか、同じ生き物の中にも様々な側面があるからとか、本竜はそんな風に自己解説していただろうか。
この三番目の個体は、人間という種に対して快い感情を抱いていない邪竜から生まれてきた割に、人間達にものすごく好意的で好奇心旺盛という変わり種である。
同時に、関係者各位から、邪竜のポテンシャルを持つ割にポンコツ成分が強いという見解の一致を受けている。本来はこのような調整役だの解説役だのにはあまり適さない。
未熟者達への指導や荒療治系が最も得意なのは、彼の先輩たる二番目の個体だ。何を隠そう、エルフェミア=ファントマジットに魔性を克服する力を授けたのも二番目の方である。
が、頼もしき助言者は、ちょっと前に人間の世界で少々暴れすぎたせいで城から出られない。だが後輩との遠隔意思疎通は許されているらしい。三番目の行動を見かねてあれこれ言っている、いや伝言させているという感じだろうか。
「つがいとは半身、わかたれたもう一つのからだ。魔の強いものであればなおさら互いに呼応し、強く引き合う。……らしい。へー」
「つまり……俺達は文字通り、一心同体化しているってことか?」
確かに邪竜が体調不良を指摘したのは、エルマだけではなかった。
まずユーグリークがエルマの調子を崩し、その調子を崩したエルマと一緒にいることで、今度はユーグリークの状態が傾いた……どうもそういう話らしい。
だがその話に心なしか、いやかなり露骨に魔性の男は嬉しそうである。
三番目の竜は紅い瞳を瞬かせた。
「うん。なので、魔性はつがいと繁殖の予定あるか?」
「…………」
ユーグリークは固まった。三番目の竜は答えを待ってじっと見つめていたが、本人の回答より城からの横槍の方が早い。
「え? 何、二番目……なかったらこんなどろぐちゃの状態、なってない? 理解。ではつがいは妊娠の予定あるね。じゃ、つがいが妊娠した時、今のままだと、どうなる思う?」
魔性の男は硬直していたが、話題が進むとはっと目を見開く。
「……俺の魔力が、エルマだけじゃなくお腹の子にも悪い影響になる?」
「そう。それだけない。あなたもつがいから影響受ける、言った。つがいの不調があなたにも来る。――例えば最悪の場合。つがい、魔法使えなくなる。それ、あなたに移る。でも魔性の力、失われるわけではない。あなた、最強の防衛手段だけ失う」
ユーグリークの雰囲気が浮かれたものからどんどん深刻なものになっていく。血の気がなくなった男の肩を、しかし優しく少年の形をした邪竜は叩く。
「しかし案ずるない。いちゃらぶよし。共鳴共振、悪いだけない。回復早まるあるし、力合わせて、できないことするも可能。そして我々は今、危険予測の警告した。準備すれば最悪、防げるよ。だいじょぶ」
「準備……」
「まずは一日必ず、一人の時間作ること――」
この直後、天馬の接近を感じ取った邪竜は会話を打ち切り、逃げてしまった。
しかし未来のための積み立ての大切さを思い出したユーグリークは、新婚生活を常にべったりから、べったり時々別々、に変えるよう意識しだしたのだった。




