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16.魔女のなり損ない 2

 黒い花を残した謎の女の情報は、速やかに領主一家に、そして城まで共有された。



「いやはや……せっかくのバカンス、新妻実家へのラブラブ里帰りだってのに。またなんてものを引き当ててくれたんだね、ユー君」


 件の魔女との出会いの翌日、所はファントマジット魔法伯領、別邸内の一室である。


 室内着姿のユーグリークは、腐れ縁王太子の嘆息に整った眉を顰めていた。彼一人だけの部屋だが、相変わらず顔の布は手放せない。


 公爵子息に向かって呆れたような声をかけているのは、王太子本人ではなく、色鮮やかな羽を持つ小鳥、妖鵡ヨウム――を模した人造の鳥だった。



 妖鵡は自分の耳にした音を模倣して発声する性質があり、これを利用することで、遠くの人に伝言を飛ばすことができる。一般庶民の家にいるような鳥ではないから、手紙や電書鳩より、ちょっと高級な伝達方法だ。訓練を重ねれば、歌や楽器の演奏というものまで届けることができる。


 しかしそれでも伝達方法として不足している、と唱えたのが魔法使い――特に優秀な魔法の才能を認められた割に暇を持て余していた宮廷魔術師達である。


「魔法を使えば、離れた相手とも経験やら視界やら音声やらを即時にやりとりできるじゃろ。ではそれを、誰でもできるようにすれば良いのでは?」


 かくて、即時音声伝達記、通称“妖鵡もどき”は開発された。

 なお、なぜ形に妖鵡の姿を採用したかと言うと、最初は無骨な箱形だったのだが、「箱が流暢にしゃべりだすの、見ててすっごく気持ち悪いから、もう少しちゃんと喋りそうな見た目にしてくれない……?」と試用現場に立ち会った国王陛下が文句を言ったからとかなんとか。



「いやぁ、やっぱりさあ、絶対素質あるって。お前は頑なに僕のせいにし続けてたし、僕が持っている男であることも事実だけど、お前自身にもなんかこうアレなものを引き寄せる気質というか体質というか、あるって」


 目の前に友人がいれば、好き勝手な物言い具合にそろそろ手が出ている頃合いだろう。部屋には妖鵡もどきだけなので、魔性の男は指でつんつんと鳥をつついている。


「人のことをトラブルメーカー呼ばわりするのはやめろ」

「ほほう。あのさ、一月前、君、結婚式の前日に何やらかしたか、覚えてるかい」

「…………」


 痛いところを持ち出された魔性の男は、黙って虚空に視線を流すほかなかった。


 一月前、ユーグリーク=ジェルマーヌは念願叶ってエルフェミア=ファントマジットを妻に迎えた。

 が、人生の最盛期の一つである重大な式を、危うくこの男はすっぽかすところだったのだ。


 騒動に巻き込まれる形でやむを得ずだったのだが、その節は各方面に多大なる迷惑をかけた。

 特に妻のエルフェミアには、たぶんもう一生頭が上がらない。まあ元々尻に敷かれる気満々な所はあったのだが、あの件でまた一つユーグリークからエルマへの借りというか恩というかが積み重ねられた気がする。


「なあ、ヴァーリス。顔のことはもうどうしようもないし、エルマがいつか何とかしてくれるかもしれないとして。問題が向こうから勝手に押しかけてくるこの性質を変えようと思ったら、やはり祈祷師を探して頼るべきなんだろうか」

「金を払って祈られた程度で己の業が変わるって心の底から信じられるなら、やってみる価値はあるんじゃないかな」

「そうだな、お前が正論を言っているのを聞くと、何故か無性に殴りたくなってくるが……」

「じゃあ参考になる事実を一つ教えてやろう。僕は成人してから毎年、愛しの母上に円満な成婚をお祈りされている」

「祈りは無力だ。理解した」


 成婚については可能性が出てきたかもしれないが、どう考えても円満には終わらない。

 近衛騎士筆頭がまた重たく息を吐き出していると、「幸せが逃げるぞ」とのんきに言ってから、妖鵡もどきは言葉を続ける。


「しかし、セデリアか。その名前に聞き覚えはないが、特徴を聞くに……おそらく黒染の魔女だろうな」

「黒染……」


 耳慣れない言葉にユーグリークは視線を下ろし、記憶を手繰って考え込む。


 魔女を名乗る者は、目立ちたがりか勘違いによる小物の愉快犯か、本当に第二の魔女になる可能性のある危険人物かのどちらかだ。


 ヴァーリスが通称を言えるということは、少なくとも些事と片付けられる小物ではない。だがユーグリークがぱっと思い出せるほど、最近騒ぎを起こしているような人物でもない。


「影を操り、姿を偽り、人の無意識に入り込んで操作する――その手が触れたものは彼女の色、黒に染まる。ゆえに黒染。あるいは魔女のなり損ない」

「魔女のなり損ない――」


 それは本人も名乗る時に使っていた言葉遣いだ。ユーグリークが繰り返すと、情報通の王太子は滑らかに説明する。


「ユー君は魔女教のことはご存じ?」

「……概要程度だと思う。そこまで詳しくはない」


 魔女の詳細は、今の代の人間はほとんど知らない。一方で、魔女が国の敵だったことは誰もが皆知っている。すると今の王家、あるいは国に対して不満のある集まりは、自然と魔女を崇拝、あるいは信仰する。


 その中でも、魔女の復活を目指して地下活動を続け、何度潰されようと人を変え体制を変えしぶとく残り続ける思想団体――それが魔女教と呼ばれる集団だ。


「確か二十年ほど前だったと思うんだけど。ちょうど各地の不作が重なったりしたせいで、一時国が怪しくなった時期がありまして。その揺らぎにつけ込むように、元気な教祖様が出てきちゃったんだな。で、人が集まったものだから、とあるトンデモ計画を実行した」

「……どういうものだ?」

「魔女教は大概、いつかまた地上にいらっしゃる魔女様を待つ、受動的な信者達の群れだ。だがこの教祖様は、もっと攻めの姿勢で魔女を迎えるべきだと考えた。――奴はね、ユー君。魔女を造ろうとしたんだ」

「魔女を、造る……」


 言葉をなぞってから、ユーグリークは絶句した。


 無貌の魔女は、人間の身とは思えぬほど莫大な魔力の持ち主だった。

 それを人工的に造ろうとする――想像しただけでぞっとする計画である。


 見た目は十二、三ぐらいに見えた少女の、異様で不気味な雰囲気を思い出す。エルマに素早く警告を出せたのも、明らかに尋常ではない魔力の量を感じたためだ。


「……まさか、黒染は」

「そ。まあ、直接本人と会ったことはないけど。変わらぬ容姿、膨大な魔力、禁忌魔法の行使――状況から考えるに、人造魔女の成功例なんだろうね」

「そんな存在が、何故もっと周知されていない!? 魔女の情報が規制対象なのだとしても――」

「そらねえ、露骨に脅威だったら、我々ももっと真面目に捜索しますし、討伐していますとも。他の魔獣やなんやかやと同じようにね」


 今度は妖鵡もどきがため息を吐いた。


「なぜ王家がこの黒染を、ほとんど無視し続けていたのか? それはですね――件の教祖様を倒して二十年前の魔女教最大手を壊滅させたのも、この黒染だって話だからなんだよ」



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