11.墓前の邂逅 2
食後、男女に分かれて歓談を楽しんでいる最中、姑たる先代魔法伯夫人はそのように嫁を評した。
ちなみにここで出されたのは薫衣草で作られたハーブティーだ。今は収穫期なこともあってか、あちこちに紫の花の飾り付けも見かける。
薫衣草はその名の通り、人を落ち着かせる香りを最も特徴とする植物だが、こうして食用に用いることも可能らしい。エルマは口にしてまた一つ、(ああそういえば家でもこのお茶、出ていたな……)と過去を思い出している。
「そうですか? トーラスが得がたい夫であることは言うまでもありませんが、先代様とて皆が言うほど酷い人ではなかったと思いますが」
「わたくしからすれば、それが言えるあなたこそ得がたい嫁よ、モーリーン」
ちょっと変わり種のご様子であらせられる当代夫人と、貴族夫人の見本のような立ち振る舞いの先代夫人。意外にもこの嫁と姑の仲は悪くないらしい。
まあ、社交の場に出れば毎回人に囲まれている祖母であれば、どんな人間でも懐柔してしまえるのではとも、孫は思うのだが。
「先代様……意志の強いお方だったと伺っています。昨日見せていただいた立派な橋も、先代様が作られたものだったのでしょう? 長い間放置されていた古い橋を再建したとか」
そういえば魔法伯領の客人として滞在しているネリサリアも、誰とでも素早く打ち解けられるタイプのご令嬢だった。
今も上手に会話をアシストして、昔話を興味深そうに聞いている。
(先代魔法伯……わたしにとってはお祖父さまにあたる方。お父さまのお父さま……)
エルマは一度だけ、この話題に出た先代様と会ったことがある。
――父の墓前だった。
祖父と祖母で、父の墓参りに来ていたのだ。そこに母とエルマが居合わせた。
溺愛した次男を亡くした老人の怒りは、残されたエルマの母にぶつけられた。
『貴様はたかがメイドの分際で、息子アーレスを誑かした大罪人だ――』
『――だが、子どもには罪がない。その子はこちらで引き取る用意がある』
記憶に僅かに残っている祖父の印象は、正直快いものとは言えない。
それから少し時を経て頭を冷やした後は、エルマの母も援助しようと考えてくれたと聞いている。
(でも……それでもやはり、家族に厳しい人だったことには変わりないのでしょうね)
食後のハーブティーに視線を落とす。揺れるお茶にぼんやりと自分の姿が、そして従兄弟達の姿が映る。
『――従兄弟?』
『に、兄さん。や、や、やめな、よ……』
出会ったばかりの頃、エルマは年の近い二人となかなか良い関係になれなかった。
かつてのエルマのように自らに自信のないスファルバーンは引っ込み思案かと思えば反応に困る好意を表してきたし、兄のベレルバーンに至ってはエルマに敵意をぶつけてきたほどだ。
だがいくつかの出来事を経た後、改めて話し合いをしたところ、ベレルバーンの頑なな態度が、祖父の代からのわだかまりの結果であったことを知った。
『あなたは……わたしのお父さまを、嫌っているのですね』
『ああ、嫌いだ。アーレスバーンが菫色の目を継いでこなければ――』
魔法伯の称号の根拠となる、特別な魔法の才能。祖父は一族で唯一“加護戻し”の力を継承できた次男を溺愛した。一方で露骨に、長男に冷淡な態度を示した。
伯父本人は、実の父親から愛されなかったことをさほど気に留めなかったらしい。代わりに母からは分け隔てのない愛情を受け取ったからか、元々家族の絆に頓着しない人なのか。
ただ、偏屈な老人の罵声を聞いて育った孫の方は、身内からの拒絶によって心の底に傷を負った。その傷は当事者が亡くなった後も膿み続け――エルマの登場によって、再び傷口を開けることとなる。
今でこそお互いを理解し、過去は過去として落ち着いてはいる。
だが祖父が残した禍根によって親族間に亀裂が走ったことも事実ではあるし……正直、未だにいい印象は得られていない。
(でも……そういえば、少し不思議だったのよね)
ちら、とエルマは窺い見る。
今は祖母が、祖父のなした仕事について語っている所だ。その語り口も表情も至って穏やかなもので、故人を懐かしんでいる風に見える。
(お祖母さま、今だって人気者だし、若い頃は更に引く手あまただったと聞いているわ。元はこの家と同じ……いいえ、少し上ぐらいの家格のご出身という話だし。お祖父さまの他にも、求婚者はいたはず)
無論、貴族の結婚は恋愛で決まらない。親やそれに類する保護者が決めた縁談ということもあろう。
けれどやはり、エルマは祖母が意に染まぬ結婚を避けられぬ人だったとは思えない。
(……どうしてお祖母さまは、お祖父さまと結婚したのだろう)
ふと浮かんだ疑問は、その場で口にすることはさすがにはばかられた。
今度はネリサリアが熱心に質問をしていて、それにまた祖母が答えている。
(例えば、ネリーさまが好きになったスファルさまみたいな。……そういう時が、お祖父さまにもあったのかしら)
香りに誘われるように、過去に思いが流れていく。
そうしてゆったりと夜は流れていき、翌日は見事な快晴となった。




