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6.故郷への帰還 2

 話は少し前、エルマが里帰りを決めてから数日後に遡る。



 その日、エルフェミア=ジェルマーヌは、ネリサリア=ヒーシュリンと共に船遊びを楽しんでいた。


 二人の令嬢は、エルフェミアが王城に滞在した折に知り合い、親睦を深めた。どちらかと言えば控えめなエルフェミアと、社交的で明るいネリサリアという組み合わせが、ちょうど心地良く感じられたのかもしれない。


 一般的なご令嬢達であれば、もう一人漕ぎ手を乗せ、自分達は優雅に湖面の涼しさを楽しんでいたところだったろう。

 だがこの二人はたおやかな真白い手で、交互に櫂を操っていた。


 ネリサリア=ヒーシュリンが生まれ育った伯爵領は、水に恵まれていて、かなり日常的に船での移動を行うらしい。だから伯爵令嬢とて、船の扱いに慣れている。船遊びに誘ったのもネリサリアの方である。


「日焼けしてしまうと見栄えが良くないから、大人になってからはほとんど人に任せるようになったのだけど……」


 などとはにかみつつも、慣れた手つきで湖面をすいすいと進んで行く様子は、さすがの水辺育ちと言えよう。


 一方、エルフェミア=ジェルマーヌは、今でこそ次期公爵夫人なんて身分だが、元々は肉体労働に明け暮れていた。食器より重たいものだって余裕で持ち上げられる。


「そう、お上手ですわ、エルマさま」

「ありがとうございます。ネリーさまがわかりやすく教えてくださるおかげです」


 櫂の操作は慣れていなかったが、経験者がお手本を実践しながら助言もしてくれれば、すぐにそれなりにこなせるようになった。


 令嬢達は和やかに涼をとりながら、会話に花を咲かせる。


「そうなの、お母さまが戻っていらっしゃったのね……」

「ええ。なので、少し早めに王都を発つことになりまして」


 話題はエルマの里帰りのことになっていた。

 当初予定より一月ほど前から魔法伯領に戻ることになった旨を伝えれば、ネリサリアはにこやかにしつつ、寂しげな風も見せる。


「そう……ご結婚なされたのだし、しばらく会えなくなりそうね」

「ネリーさま……わたしもこうして折角仲良くなれたのに、離れてしまうことが残念です」


 エルマは幼少期は度々の引っ越しに、その後の青春時代はタルコーザ家での使用人扱いによって、あまり友人を得るような機会に恵まれなかった。


 貴族令嬢としてのデビューはいきなり氷冷の魔性の婚約者としてだったので、好奇の目を向けつつ近寄りがたい、という扱いをされていた。


 そんな中で、ネリサリアは慣れない王城でオロオロしていたエルマに気さくに話しかけ、友人にまでなってくれた。

 付き合いの時間はまだ短いが、だからこそこの気の合う令嬢としばらく離れることになるのは、エルマにとっても惜しい。


(ユーグリークさまは、友達がいなくなって寂しいならその分俺がなんとかする、とか言いそうだけど……そのお心遣いは、本当にありがたいのだけど……)


 エルマは思わずふっと視線を遠くする。


 夫はたぶん本人なりに精一杯自制しているのだが、それでも定期的に「妻は俺のことだけ見ていればいいのに……」と強すぎる独占欲を漏らしていることがある。

 時には人間相手だけではなく、天馬にすら「俺だってエルマにそこまで撫でられたことないのに……」と嫉妬の目を向けることもあるぐらいだ。


 そこが愛おしいところでもあり、困ったところでもある。


 エルマがため息を吐いたタイミングで、ネリサリアも息を漏らしている。お互いに目が合ってふふっと笑った。


(そうだ……ネリーさまとしばらく離れるとなると、もう一つ気になることが……)


「あの、ネリーさま。結局スファルさまとは――」

「いやああああ!!」


 途端に船が揺れ、ネリサリアは危うく櫂を放り出しかける。

 じたばたした後、元の位置に無事納まっても、赤い髪のご令嬢は顔まで真っ赤にしたままだった。


 ネリサリア=ヒーシュリンがエルマに近づいてきたのは、気が合いそうと感じた他にも理由があった。

 それはエルマの従弟、スファルバーン=ファントマジットに関連することだ。


 ファントマジット魔法伯家の次男坊は、気弱でおどおどしていて、おまけに吃音癖がある。

 その本質には、義理堅く誠実なファントマジット家らしい芯の強さも秘めているのだが、普段は自信のなさそうな態度の方が表に出ているせいで、良い点より悪い点が目立ちがちだ。


 エルマも最初の頃は、従弟との距離の取り方には悩まされることもあった。今では良き親類としての付き合いを続けているし、ユーグリークが面倒を見るほどの仲にまでなっている。


 そんな従弟のことを、どうやらこのネリサリアは非常に意識しているようだった。

 普段は快活で臆さぬ伯爵令嬢が、スファルバーンの名前を出されると悲鳴を上げて言葉を失うのだ。


 聞く所によれば、幼い頃に縁があり、スファルバーンがネリサリアを助ける機会があったとのこと。

 そのお礼を述べたい、と伯爵令嬢本人は言っているのだが、ではエルマが従弟と取り次ごうか、と提案すると、涙目になって首を横に振るのである。


 敬愛する先輩令嬢の意外な一面を見て、エルマはますますネリサリアのことが好きになった。

 自らの恋路には後ろ向きらしい友人の様子を、しばらくは温かく見守っているつもりだったが――ちょうど先日、ユーグリークとの結婚式があった。


 式にあたって選ばれた花婿花嫁それぞれの付添人には、ネリサリアとスファルバーンもいた。


(あの時、ネリーさまはスファルさまと話す機会があったはずだわ)



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