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4.シルウィーナの墓 後編

「そうか……母君が」

「はい」


 祖母は本当に要件のみ伝えに来たらしく、長居することもなく帰って行った。

 エルマは早速、ユーグリークにシルウィーナの件を共有する。


「お母さまなら、今のままでも気にしない、と言うような気がします。他の人としてお墓を作られても、それで誰かの役に立っているならいいじゃない、って。でも、お父さまは、お母さまに……帰ってきてほしいのではないか、と」

「父君は母君を追って実家を出たぐらいだものな」


 エルマの記憶の中の両親は、いつだって仲睦まじかった。

 意見を違えることがあっても、ずっと寄り添っていた。


 離ればなれの今の状態をなんとかしたい、という祖母の気持ちはよくわかる。


 とはいえ、生前の二人から直接「一緒の墓に入れてくれ」と聞いたわけではない。

 それに、既に埋葬されているものを暴き立てるような真似は良くないのではないか、という気持ちもある。


「エルマはどうしたい? まだ考え中か?」


 言葉を切って考え込んでいると、ユーグリークに意思を問われた。


 そう、結局は今生きているエルマがどう決着をつけたいか、という問題になるのだ。


(お母さまは、わたしのせいで死んだ。だからわたしに償いとして不幸になれ、という方ではなかったけど……)


「――会いに行きたい」


 するりとそんな言葉が零れ出る。口にしてからエルマははっとする。


「どうするべきか……ううん。わたしがどうしたいのか、まだわからない。でも、会いたい。伝えたいことが、たくさんあるの」

「……そうだな。まずは会いに行って……その後どうするか、考えてみればいい」

「ええ」


 夫は微笑み、そっと妻に手を重ねる。エルマも微笑み返した。


(エルマ=タルコーザは怯えながら俯いて生きてきた。でも、エルフェミア=ファントマジットは――エルフェミア=ジェルマーヌは、こうして自分の気持ちを口にして、それを受け止めてくれる伴侶と巡り会えたのだと……お母さまとお父さまに、伝えに行こう)



 ◇◇◇



 シルウィーナは王都からさほど離れていない街の一角で眠っていた。

 エルマ自身は、タルコーザ一家が引っ越すまで王都には縁のなかったように思っていたが、案外近くまで来ていたらしい。


 病弱な夫には街の喧騒や空気がはばかられたが、娘とであれば田舎より利便性が良い、とシルウィーナは考えたのだろうか。

 今思えば、逆恨みした弟が後から追いかけてくることも見越して、移動しやすい場所に居を構えていたというような事情もあったのかもしれない。


 ユーグリークは別の用事が入っていたこともあり、訪問は祖母と行くことにした。


 少し懐かしさを感じる賑やかな町並みを歩いて行くうち、いつの間にかやや静かな場所に辿り着く。


「こういう小さなお墓もあるのね」


 町中にぽつんと現れる、こじんまりとした墓所に、祖母がそんな感想を述べていた。

 少し遠くからは、昼間の人々が奏でる生活の音が聞こえてくる。

 どこか不思議な気持ちにさせられつつ、エルマは祖母と、管理者がいるであろう教会に入っていく。



「ああ……そうですか。あの方にご縁のある方が、いらっしゃったのですね」


 初老の管理者は事情を話すと驚いた顔をしたが、すぐに納得するような表情に変わった。

 エルマに視線を移すと、目を細める。


「そうか、あなた、あの時の娘さんですね? 大きくなられた」

「あ……わたし、お会いしたことがありましたか?」

「事故の後、お母さまがこちらに運び込まれた際に。小さい娘さんが、わたしのせいだ、とずっと泣いている姿が痛ましくて、ずっと胸に残っていました。叔父を名乗る人に乱暴に連れて行かれてしまったが……見違えられましたな」


 エルマは街やこの墓を見ても確信までは至らなかったが、向こうには心当たりがあるらしい。

 会話をしながら、建物から墓前に向かって歩を進める。


 目的地にはどうやら先客があった。お世辞にも上等とは言えない身なりの老人が、せっせと掃除をしているようだ。


「あの方が、ジョン=ニールソン?」

「そうです。もう大分ボケてしまっていてね、話が噛み合わないかもしれないが……」


 祖母と管理人が囁き交わすのを聞き、エルマもこの老人こそが、母を自分の娘と思い込んでいる人物だと知る。


 等間隔に並ぶ墓の中で、ジョン=ニールソンなる老人が整えている区画は一際綺麗だった。周囲にはゴミ一つなく、こじんまりとした野花が供えられている。


「ジョン爺。今日も精が出るね」

「んあ? なんじゃ、小僧か。後ろは誰じゃ」


 管理人が声を掛けると、老人はこちらを向き、見慣れぬ客人達にじろじろと警戒の眼差しを投げかける。


「娘さんのお客さんだよ」


 祖母と一緒に、エルマもお辞儀をした。どう名乗ろうか考えているうち、先に世慣れた祖母が口を開く。


「初めまして。わたくし、ウェステリア=ファントマジットと申します。こちらは孫のエルフェミア。本日は――」

「そうか、ついにお迎えが来なすったか!」


 夫人の言葉は途中で遮られた。思いがけない反応に、祖母とエルマは思わず顔を見合わせる。


 自分の娘と思っている人の墓に別の家族が現れたら、混乱するか、怒って追い返されるかもしれないと想像していた。だが老人はニコニコと欠けた歯を見せ、歓迎するように箒を持ったままの手を広げる。


「エミリーはいい子だから、天使様がお連れにいらしたんじゃ。な? そうじゃろうて。随分遅いお迎えじゃったが、わしの生きがいを考えてくださったんじゃろ。ああもう、もう充分じゃ。はよう天国に連れて行ってくだされ」


 一方的にまくし立てられ、エルマも祖母も声が出ない。

 老人は機嫌良さそうに墓石に近づき、節くれ立った手で撫でた。


「良かったなあ、エミリー。わしゃとんでもねえろくでなしで、ついにお前を幸せにできんかったが、神様はちゃんと見ていてくだすったんじゃろうて。良かったなあ……」



「ジョン爺はもうずっと、夢を見ているんです。本当の娘さんが出て行かれたのは、三十年以上前になるかな」


 建物内に戻ってきてから、管理人はそう語った。


「……これで良かったのでしょうか」

「夢に付き合っていただいたのは、こちらですから」


 エルマはそっと、小さな壺を見下ろす。陶磁器の滑らかでひんやりした感触が指先から伝わってきた。


「大事に守っていただき、ありがとうございました」


 墓地を出る際、まだ墓所の掃除を続けていた老人に頭を下げる。彼は不思議そうな顔をして首を傾げてから、にぱっとまた欠けた歯を見せた。



 かくてシルウィーナは娘の元に戻ってきた。エルマは母と共に、里帰りをすることになる。


 それがまた、新たな波乱の幕開けになるとも知らずに。

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