3.シルウィーナの墓 前編
先代魔法伯夫人はどこか浮き足だった様子で公爵邸に訪れた。
いつも落ち着いた様子の彼女にしては珍しい。
快く祖母を迎えたエルマは、単刀直入に切り出された本題に、きょとんと目を丸くする。
「お母さまの……お墓……?」
「そう。ようやく見つけられたの」
シルウィーナ――エルマの母は、数奇な人生をたどった女性だ。
男爵令嬢として生まれ、家を出て庶民の女性として生き、そして自分と同じように家を出た元魔法伯子息と結ばれた。
病弱だった夫に先立たれた後も気丈にエルマを女手一つで育てていたが、不運が重なった結果、最期は娘を庇って事故死した。
アーレスバーン=ファントマジットの墓がどこにあるかは、はっきりしている。
父が死ぬまで、エルマ達家族はファントマジット領の片隅で暮らしていた。だからお墓もそこにある。
一方、シルウィーナの死後の行方は、今までわかっていなかった。
幼いエルマは母が自分の代わりに馬車に牽かれた現実を、しばらく受け止められなかった。だからその近辺の記憶は曖昧な部分も多い。しかも当時、母の葬儀もそこそこに、叔父のゼーデンに連れて行かれてしまった。
(お母さまが、見つかった……わたしがついに思い出せなかった、あの事故の後の行方が……)
エルマは知らず知らず、動揺を鎮めるようにぎゅっと両手を握りしめていた。
感情が高ぶった結果、焦げ茶の瞳が菫色に変色しつつある。
そんな孫の様子を見つめ、先代魔法伯夫人は静かに言葉を続けた。
「コーランド家の、先代子爵夫人のことは覚えている?」
「はい。あの……美術品集めとお喋りが好きな方ですよね」
エルマは以前、子爵家の養女から加護戻しの仕事の依頼を受けたことがある。
その際、何度か顔を合わせる機会があった老婦人のことを思い浮かべる。
「あの方、きらきらしたものを集めるのが趣味だけれど、その中には曰く付きのものもあったでしょう? それで最近は、曰く話の収集の方によりはまってきたらしくて」
「ああ……」
記憶が蘇ってくると、エルマは少々目を遠くしてしまう。
先代子爵夫人は先代魔法伯夫人と同年代のはずだが、年相応に落ち着いているエルマの祖母とは正反対な雰囲気のお方だ。
けして悪い人ではないのだが、とにかくずーっと蘊蓄のお喋りをしている、かつ話題が定期的にループするものだから、美術品系統にあまり興味のないエルマにとっては、正直相性のいい相手とは思えない。
毎回、飽きもせずに相槌が打てて、しかも相手の喋っている内容をちゃんと把握できている祖母の偉大さを噛みしめる。
「それでね……この前のお茶会で、色んな人から集めたらしい、曰く話をあれこれと披露してくれたのだけど。その中に、出奔した娘の代わりに他の女性の葬儀をした、奇妙な老人の話が出てきたの」
エルマは訝しげに祖母の言葉を聞いている。祖母はいつの間にか、視線をどこか遠くに向けていた。
「その人、お世辞にもいい父親とは言えなくて。最初は妻が、そして次には成人した娘が、愛想を尽かして出て行ってしまったのですって。でも娘さんは、『父さんが改心したら戻ってくる』と言い残していったらしくて……だから失った物の大きさに気がついてからは、その言葉を信じて真面目にお勤めをするようになっていたのだそうよ」
エルマはそわそわした心持ちに瞳をさまよわせる。
意見の噛み合わない親子の勘当……なんだか聞いたことのある、他人事と言えない話だ。
祖母は静かに話を続けていく。
「ある日、幼い娘を庇って馬車に牽かれてしまった女性がいたの。身よりもなかったから、共同墓地に埋葬される予定だったのだけど……ご遺体を見た老人が、娘だ、帰ってきたと大騒ぎしたのですって。長いこと一人でいて、寂しさに押しつぶされてしまったのかもしれないわね」
エルマははっと顔を上げた。目が合った祖母は、寂しげな笑みを浮かべ、孫娘を見つめ返す。
「結局、周りも皆、別人であることは知っていたのだけど……老人の本当の娘が、今更帰ってくるとは思えなかった。それに死んだ女性も、他の誰ともわからない骨といっしょくたにされるより、一人のお墓に入れた方がいいだろう、ということになったのね」
「それが……その女性、が」
「ええ、そう。シルウィーナだったのよ。先代子爵夫人からすぐに話を聞いた元をたどっていって……わかったの」
しん、と静まりかえる。エルマはつかの間、瞬きすら忘れた。
祖母がふう、と息を吐き出す。疲労が思わず漏れたようでもあり、長年背負ってきた重荷を下ろしたようでもあった。
「新婚生活に水を差してしまうかもしれないから、もう少し落ち着いてから、とも考えたけれど……でもやっぱり、娘のあなたに伝えないわけにはいかないでしょう」
「お祖母さま……」
「わたくし、ね。シルウィーナをお迎えに行きたいの。そして……領地に連れて帰って、アーレスの隣に眠らせてあげたい。……返事は今すぐでなくてもいいから、少し考えてみてくれないかしら」