57.結婚式 2
花嫁付添人達以外の参列者は、聖堂で本日の主役を今か今かと待っていた。
何人かは、豪華なゲスト達――特に花婿付添人である二人の王子の様子にちらちらと目をよこしている。
やはり最も目立つのは王太子だ。華やかな金髪の容姿は会場内でもすぐに目につく。隣の第二王子は比較すれば大人しく見えるが、髪や目の色合いが多少地味なだけで基本的には兄と似た姿をしており、要は彼もそれなりに目を引く。
「シーカーンと一緒に寝ててもよかったんだよ、ガリュース君。お前一応、天馬から落馬したんだし」
「ご冗談を。私もシーカーンも問題ないですし、王家の恥たるちゃらんぽらんだけを付添人にするなど」
「こやつめははは……今日はめでたい日だし、お前の文通彼女とやらを拝めるらしいから許してやろう」
「兄上と違って、私は計画的に将来の相手と関係を深めておりますので」
「ふーん。で、巨乳なの?」
「…………」
「その反応はスレンダー系だな。字が綺麗で文筆家、だけど口下手――」
「そうやって私を玩具にしていられるのも今日までですからね」
今日も今日とて、王子二人の間にはけして穏やかではない空気が漂っている。が、他でもない王太子の大親友殿の晴れの日に遠慮しているためか、遠巻きに見ているだけでは、笑顔で談笑しているように見えた。日頃より随分控えめな牽制合戦と言えよう。
それに、飛行場に居合わせた者達は、危機的状況において王太子がどう動いたかは忘れていない。ガリュースが危うかったとき、兄王子は真っ先に弟を保護しに行ったのだ。弟と馬が合わないのも事実かもしれないが、なんだかんだ気にしている相手でもあるのだろう――そんな風に感じる。
そこから少し離れた場所には、ファントマジット兄弟が控えていた。思いがけず大物二人と同じ付添人役を務めることになった彼らにも、好奇の眼差しは向けられる。
弟のスファルバーンは大分居心地悪そうにそわそわしていたが、兄のベレルバーンは幾分か落ち着いていた。彼の場合、鋭い眼差しで一瞥すれば相手がそそくさ立ち去る眼力であることも、余裕を持っていられる一因なのかもしれない。
「スファル、何度目だ。そんなに握ったらいい加減服に皺ができる、やめろ」
「ご、ごめん、にに兄さん……」
「そんなことでどうする。今日はヒーシュリン伯爵令嬢も来るんだぞ。ただでさえあがり症のお前に満点は求めないが、せめて及第点の姿勢は取れ。閣下まで笑いものにされたらエルフェミアから恨まれるぞ」
公爵子息と従妹のことを指摘されると、途端に伯爵子息はしゃんと背を伸ばす。猫背をやめると案外背が高い彼は、なかなかいい見栄えをしていた。だが気持ちの方はすぐには落ち着かないらしく、つい、という様子で兄にまた話しかける。
「ね、ねえ……にに兄さんは、ヒ、ヒーシュリンのご令嬢のこと、知ってる……というか、お、覚えてる? でしょ? そ、そろそろ、教えてくれたって……」
「自分で思い出せ。それか本人に直接聞け。毎年カードを送ってくれるのはあなたですよね、どうしてですか、とかな」
「う……うう……」
その辺りで周囲にざわめきが走る。本日の主役一人目が、家族と共に現われたのだ。
衆目の前であるため、相変わらず魔性の男は顔を隠している。聖堂での衣装は花嫁と同じ白だ。左胸には白薔薇を挿し、そつなく着こなしている。
出迎えた花婿付添人代表者は、労うように友の肩を叩き、それから抱擁した。花婿側の表情は知れないが、いつもの冷ややかな雰囲気とはほど遠い柔らかさを漂わせている。
見届け人の元まで到着すると、彼は――いや会場全体が、もう一人を待った。
やがて式場はしんと静まりかえる。いよいよ主役の登場だ。
先導役の幼子に続き、花嫁が姿を現す。今は亡き父親の代理として送り届けるのは、祖母である先代魔法伯夫人だ。孫を最も心強く支えた社交界のベテランは、臆することもなく立派に役割を全うする。
祭壇にたどり着いた花嫁を、花婿が出迎える。布越しに目が合って、笑いかけ合った二人は、すぐに真面目な顔になって見届け人の口上を聞く。
「――病める時も健やかなる時も、喜びも悲しみも、富も貧しきも、共に支え合い、敬愛し合い、慰め合い、生涯真心を尽くすと――」
「誓います」
「ええ、誓います」
互いに相手と生涯を共にすることを宣誓し、指輪の交換が行われる。
新たな結婚指輪は、一見するとただ銀色のリングで、前の婚約指輪より地味になったようにも見える。だが輪の内側、指に触れる部分にぽつんと、菫色の宝石がはめ込まれている。銀が菫を包み込んでいるようにも、菫が内側から銀色をしっかりと支えているかのようだ。
それをお互いの指に嵌め合い――そして、花嫁のヴェールが上げられた。
――そこからの光景は夢か幻のようだった、と後に参列者は語る。
指輪を交換するのと同じように、ヴェールを上げられた花嫁は花婿の顔の布に手を伸ばした。氷冷の魔性を包み隠す布が取り払われ、端正な横顔があらわになる。
この世の何よりも麗しく見える男は、けれど他の何にも興味を示さなかった。ただ、自分の頬に触れる華奢な手に愛おしげに手を重ね、口付けを送る。
ほんの一瞬、それだけの出来事。彼はまたすぐ元通りに顔を隠し、何事もなかったかのように立ち振る舞う。
けれどこの日、魔性の男は確かに人々の前に姿を晒し――そして目撃者達は誰一人狂うこともなく、ただその幻想的で神聖な愛の儀式に見惚れたのだった。