52.総復習 3
「いちばんはにんげん嫌い、この身は中立。我々は随分長い間一緒いて、共に概ね不干渉の立場でした。でもさんばんが生まれてきた。さんばんは変化を求めたです」
「変化を……?」
「お前を成長させる案、さんばんが出したです。まあ……発想に対しての実行力がいまいちでしたで、この身が出ることになりましたが」
エルマは胸に手を当て、一度息を吸って吐いた。考えが当たったからと浮かれてはいけない。
この二番目の竜は、基本的にはずっと協力的だ。一方で、一番目の竜のことを伏せていたし、三番目の竜のことも、今エルマが話題に出すまではあえて口にしなかった。
竜は竜の都合で動く。慎重に相手から情報を引き出して、交渉しなければならない。
「三番目の竜は……やり方は大分乱暴に感じましたけど、ユーグリークさまの問題解決のためにわたしに助力することを選んだ。ということは、一番目の竜と違って、少なくとも人間に敵対的ではない。そう考えていいのですか?」
「はい。さんばんは最もにんげん贔屓」
「ユーグリークさまをお迎えに行くのに、三番目の竜も協力はしてくれる?」
「はい。ただし、王城は対竜機構まみれの場所ですから、未熟ものには荷が重いです。近づかないよ」
ふん、と鼻を鳴らす音に、エルマも竜もぱっと顔を上げた。
「そんな贅沢を言ってられる場合かのう? お前さんは弱っておるんじゃ。三番目の竜の助力を得ずに、魔性の男を取り戻せまいよ」
「だからわたし、魔性のつがいをさんばんの所に連れて行く。後のこと――力使うの支援するは、確かにこの身では力不足。ゆえにさんばんがやるです」
「ほう。つまりおぬし、自分をここから出せと言うておるな。しかも儂の耳が間違っておらねば、三番目を儂らに確保させる気はないと」
「当たり前です。わたしがここにいる、超例外。竜はにんげんのものではないです」
賢者と竜の間に穏やかでない空気が流れる。
(賢者さまは立場上、危険な竜を放置することはできない。でもヨルンの分身体は、弱っていない自分自身をあえて人間に捕らえさせたくはない。……どうしよう、平行線だわ)
エルマが困って二人を見比べると、不意に老人がはーっと大きく息を吐く。
「そうさな。儂ァな、こやつをおとりに、三番目をおびき寄せることにしたのじゃ。じゃが、三番目は儂より魔法上手だったのじゃ、包囲網を突破して逃げてしまった……そういう所でどうかの」
「賢者さま……!?」
大幅な譲歩に驚きの声を上げるエルマを手で制し、賢者は宿敵に向かって目を細める。
「とはいえ、儂もただやられっぱなしのままではいかん。三番目の竜には逃げられるが、位置探知をつけてこの先の動向はある程度把握させてもらう。どうじゃ、それなら呑めるか」
竜は首を傾げ、紅い瞳を瞬かせた。少し間を置いてから答える。
「いいよ。じじいののぞき見ぞっとしないですが、仕方なし」
「なんじゃ、見られて都合の悪いことでもしとるのか」
「んー……気分?」
「そんなもん我慢せい」
老人が軽く手を上げると、牢獄の扉が開く。竜はぺたぺたと足音を立てながら入り口に近づき、出る直前に「本当にいいのか」と問うような目で向ける。老魔法使いは肩をすくめた。
「ほれ、善は急げと言うじゃろう。はようせんか」
数分後、エルマは賢者と竜と共に城外に移動していた。
転移魔法での移動は便利だが、一瞬で居場所が変わるので自分がどこにいるのかわからなくなる。どうやら森の中のようだが、エルマはなんだか既視感があると周りを見回して、目に見えた建物にはっと息を呑んだ。
「ここ、タルコーザの――!」
「ぬ? おお、そういえばお前さん、王都に初めて来た時はここに住んでおったのじゃったかの?」
そう、エルマがまだエルマ=タルコーザだった頃――初めてユーグリークと出会った場所でもある、幽霊屋敷だった。この場を目的地に指定した竜に、辺りを興味深そうに見回した賢者が問いかける。
「ほほー、これはまた珍しい……人避けの魔法、いや呪いかの。お前さんがやったのか?」
「いいえ、元からあったです。古いし大分ほころびてるですから、ちょっと足したですが」
「なるほどのう……まあ、何代か前の住人が人嫌いだった、というところじゃろうな」
エルマの記憶によれば、ここは元々、どの住人も長続きしないという曰く付き物件だった。建物が古いためか幽霊が出るとも言われており、だから格安――というか無料で入ることができたので、タルコーザ一家の拠点になった。
だが魔法のプロ二人によれば、住人が長続きしなかった理由の一つに魔法が関係していたらしい。言われてみれば、確かに居心地が悪く感じる気がした。
(前に住んでいた時は……古いし掃除が大変だったけど、ここまでそわそわするようなことはなかったはずなのだけど)
「お前の魔法感度上がったから、きっとそのせいですね。後は、お前元々魔法に抵抗あるですから、無意識に解除してただと思うです」
心を読んだ竜が解説してくれたようだ。二番目の竜が屋敷の方へ歩いて行くと、出迎えるように入り口の扉が開く。
現われた人物は、黒い髪に浅黒い肌、暗い色の服――闇に溶けるような色の中でただ二つ、赤く輝く瞳を持っている。これらは二番目と全く同じ特徴だ。だが並べばはっきりと、屋敷の中にいた方が背が低く、幼い顔立ちに体つきをしている。
三番目の分身体はゆっくりと訪問者達を見回し、エルマと目が合ったところで動きを止める。あの日寝室に来た相手に間違いないと、エルマは確信した。