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51.総復習 2

 王太子は小一時間ほどで帰ってきて、エルマに許可が下りたことを告げる。エルマは早速、再び賢者の元に向かった。


 いつも通りウィッフィーを抱えた瞬間、足下に光が走り、景色ががらっと変わる。すぐに見覚えのある老人が視界に入ってきたおかげで、エルマはさほど慌てずに済んだ。


 どうやら賢者が気を利かせて、ウィッフィーを通して転移魔法を使ってくれたようだ。移動の手間が省けて助かる。


「賢者さま、ここは……?」


 しかし、てっきり賢者の部屋に呼ばれたかと思いきや、見覚えのない空間に出たらしい。なんとも言えない嫌な空気に、かび臭さが漂う。賢者が手に提げているらしい照明の光が心細い。


「ヨルンが必要なのじゃろ? 儂はここで奴を封じとる。会話は可能じゃから、好きにせい」


 賢者の指さす先、薄暗い中に目をこらしたエルマは、ぼんやり辺りの様子が見えてくると、はっと息を呑んだ。


 ――鉄格子が見える。どうやら地下牢のようだ。格子の向こう、簡素な小部屋には褐色姿の若者が倒れている。一瞬どきりとさせられたが、エルマが注視したのを見計らったかのように、竜はぱちっと目を開けた。暗闇の中に赤い光が二つ浮かぶ。


「……ヨルン。二番?」


 暗くてわかりにくいが、前に見た時よりやつれているように感じる。一回り萎んだように見えるのは錯覚だろうか?


「ちゃんと回復したようです。いい顔なりました」


 態度の方は相変わらずだ。ふてぶてしいというか、何があっても一切動じないというか。

 エルマはちらっと横の賢者をうかがい見る。彼は黙ったまま、エルマを見守る――あるいは監視する構えのようだ。息を吸って吐き、再び怪しげな紅い瞳に視線を戻した。


「わたし、あなたの言う副作用とやらのせいでしょうか。一番のことを見ました。魔女への執着を捨てきれず、ユーグリークさまを挑発して……おそらくあれで、彼なりの本懐を遂げたのでしょうね。でもユーグリークさまは、竜を倒すために力を解放するしかなかった」


 竜は沈黙を保ち、エルマの言葉に耳を傾けている。相変わらず何を考えているのかわからない無表情だが、一瞬だけ――もう一体の分身体の最期を語る言葉に、ぴくりと体を動かしたように見える。


「わたしの大事な人を、化け物から人間に戻したいの。だから手を貸して」


 エルマは注意深く相手の反応を窺いながら話し続けた。竜は何度か瞬きしてから首を傾げる。


「無論、この身は最初からそのつもり。でも驚いてるです。お前、この手を取れるですか?」

「どういう意味?」

「前に言ったね。不信覚える相手には協力できない。この身は竜、いちばんと同じ。お前はだから、魔性を傷つけたいちばんと同じ竜のこの身に、かなりの不信を覚えたはず。それでもまだ、わたしを頼る――言えるですか?」


 実際、一度は二番目の分身体にいらだちをぶつけた。だが今はあの時より頭が冷えていて、もう少し広い視野で考えられるようになっている。


 エルマはふっと苦笑した。


「もちろん、また意図的に説明不足になるようなことをされて、怒っていないわけじゃない。でも、怒っている半分は、自分自身。それに……」

「それに?」

「……あなたは自分が、人間に友好的な側面だと語った。わたしもずっとそう感じていたし、あなたが敵対的な意思の強い一番を止めようとしていた姿も目にした」


 エルマはじっと竜を見据えた。心を読む化け物の心をのぞき返すように。


『最初はひとり。それでは寂しいと、ヨルンはすぐに感じた。だからわたし、にばんも作られた』


 竜は嘘をつかない。これは事実だ。ならば、と思考を進める。


「そう――あなたはただ、一番に余計な人殺しをさせたくなかった。一方で、わたし達人間にあらかじめ警告して万全の対策を取らせるよりは、一番に本望を成就させることを優先した。……そういうことなのでしょう?」


 エルマはいつも、こじれて絡まった問題を一つ一つほどいてきた。その道をもっと深く、広くしたいと望んだ。だから二番の提案も受け入れた。


 二番に抱いた自分自身のあらゆるモヤモヤにも、同じことができると気がついた。感情と想像と事実をより分けて――整理していった結果、たどり着いたのがこの結論だ。


 ヨルンは目を細めた。不快を表したようにも、目尻を緩めたようにも見える。


「いちばんはもういない。それならこの身は、人間に全面協力するしかない。そう考えたですか?」

「それこそ、あなたに聞いてみたいことです」

「この身、人間に恨みないです。一番が討たれたのは当然の結果。この身も処分対象になる、自然です」

「いいえ、わたしが聞きたいのはそういうことじゃなくて――三番目の分身体のことよ」


 横で静かに見守っていた老人から、はっとした気配が伝わってきた。ヨルンの赤い目がきらりと輝く。


「さんばんいる。どうしてそう考えました?」

「あなたと最初に会った時の言葉を思い出したの」


『あの鱗は一番若いで未熟した。でもこの鱗はもう少しおとな(・・・)なので――』


「一番は、あなたより先に作られた分身体。それならあなたの後に作られた三番目の竜が別にいるし、わたしと初めて会って、指輪を持って行ったのはその子。……違う?」


 牢獄の中の竜は笑みを深める――今度は明確に、笑ったとわかる表情を作った。


「正解です」


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― 新着の感想 ―
[一言] 指輪盗ったの三番だったか! なるほど〜。
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